「おっと危ねぇ。さすが雄英生。躊躇無くその威力を放つかよ?」
声がした方向を見上げ、ヴィランの姿を確認する。黒い目出し帽、白い仮面、キザなシルクハット。顔は見えないけど…声色と背丈からして男だろう。
悠々と木の細長い枝に降り立つヴィランは、小さなビー玉を一瞬見せ、さりげない動作でコートの右ポケットに入れた。
「ーーーかっちゃん!」
「彼なら俺のマジックで貰っちゃったよ。こいつはヒーロー側にいるべき人材じゃあねぇ。もっと輝ける舞台へ俺たちが連れてくよ」
「返せ!!連れてくなよこの野郎!」
「…緑谷、落ち着け」
「ーーー梅雨ちゃん、こいつ持って出来るだけあのヴィランから離れてくれ」
荒い口調で叫ぶ緑谷を、轟が諫める。僕は背負っていたムーンフィッシュを、満身創痍の緑谷を支えている梅雨ちゃんに渡す。
「ふむ。ムーンフィッシュの回収は難しいか…ん?…なるほど、計画は狂ったのか」
ヴィランは僕を見ながら首を傾げた。が、すぐに僕らに背を向けて木々を軽やかに移動していく。
「まぁ本命は回収したから良しとしよう。ーーーそれでは、お後がよろしいようで」
「ーーー追うぞ!麗日、こいつ頼む!」
「あ、うん!」
背負っていた円場を麗日に任せた轟が先陣を切り、爆豪を攫ったヴィランの後ろ姿を追う。
最後尾に緑谷、その両端に梅雨ちゃん、麗日がいて僕、轟の順で必死に足を動かすも、距離は離されていく一方だ。
僕はその状況に歯軋りしながら、あのヴィランの言葉が引っかかっていた。“回収完了”。つまりヴィラン連合の目的は爆豪1人だったということだ。
けど、先程の妙な態度…僕がここにいる事を意外に思う視線。本命は爆豪だったが、僕にはまた別の目的があった?
くそ。わからない。
「くそ…障子君がいれば…!」
緑谷の悔しそうな呟きを聞き、僕は振り返る。両腕が変色し、意識がはっきりしてるかも怪しい危険な状態。《ワン・フォー・オール》の反動でこの状態になってしまった事はすぐに察せる。
彼にどんな戦いがあったかは知らないが、戦い方を想像するだけで痛々しく、顔を顰めてしまう。僕はその姿から目を逸らし隣の梅雨ちゃんに声をかける。
「…梅雨ちゃん。あのヴィランの《個性》が何かわかる?」
僕と轟が振り返った時には爆豪は奪われていたが、その一部始終を彼女は見ていた筈だ。
「爆豪ちゃんの肩に触った一瞬後には、あのビー玉になってたわ。消えたと勘違いする程、一瞬で」
「ーーーわかった。これから《爆破》であのヴィランを追う。轟、あとは任せた」
ヴィランの《個性》を把握した僕は掌での小さな爆破を確認しながらそう告げる。あと1分少しってところか。
「な…!?物間くん、《爆破》があるならもっと早く…!」
「言っとくけど出し惜しみしてた訳じゃない。勝つ算段が出来たから今行くんだ」
「なら僕も…麗日さん、僕を《無重力》で…!」
「ーーー駄目だ。連れて行けない」
「…!」
「ふ、2人とも…?」
緑谷がキッと僕を睨みつけるが、僕は真正面から睨み返す。僕と緑谷の間で流れた剣呑な雰囲気に、麗日がオロオロと慌てる。
「そもそも1人で行った方がいいし、今の君なら尚更無理だ」
「なんで…ッ!僕が未熟だからかよ!また君はそうやって…!」
痛みでハイになってるんだろう。あの夜を思い出したのか、怒鳴るように抗議する緑谷に僕ははっきりと告げる。
「そうだ。その消耗した身体で、何が出来るんだい?今の君に誰かを安心させるような力はない。諦めて宿舎まで引き返した方がいい」
「かっちゃんが拐われてるって時に僕だけそんな事ーーーッ!」
僕は足を止め、緑谷の胸ぐらを掴む。
「ーーー君だからこそ安全地帯にいるべきじゃないのか!?」
この非常事態にこんな事してる場合じゃないのはわかってる。それでも言わないといけないと思った。誰かが言わないと、この馬鹿は自分が如何に恵まれてるかわからない。
轟も梅雨ちゃんも麗日も走るのをやめた僕らを見て茫然とする。
「その身体で…ッ!死ぬ寸前まで身を削って!君は自分の存在がどんなに貴重かわかっているのか!?」
あえて《個性》ではなく存在という言葉に言い換える。まぁ、どんなに誤魔化したところで怪しまれてしまうだろうけど。
僕らの間で伝われば充分だ。
「
「そんな事言ったら…僕は何も出来ないじゃないか!」
「君はもう
「…ッ!」
君は周囲に恵まれて、特別にしてもらった存在だろう…!
何も死に限った話じゃない。彼がヴィラン連合に拉致され、《ワン・フォー・オール》がヴィランの手に渡った瞬間ゲームオーバーだ。
そう、僕が恐れてるのはナイトアイの夢…“オールマイトを救う”事が不可能になること。緑谷がいくら怪我しようと、命を危険に晒そうと、彼の個性が《ワン・フォー・オール》じゃないならどうでもよかった。
彼が綱渡りな行動をするたびに、僕は肝を冷やす。だからこそ昨日発信器をつけたりと気にかけていた。
「落ち着け物間!何があったかはわかんねぇけど…今はそれどころじゃねぇだろ。とにかく手ェ離せ」
「ーーー轟、みんなを任せた」
もう《爆破》の残り時間も少ない。今すぐにでも追わないと間に合わないだろう。
僕は“爆速ターボ”をイメージしながら、先程のヴィランの《個性》を思い出す。
今僕の中には残り僅かとなった《爆破》と《半冷半燃》がある。5分間という制限はかなり不便だが、“個性伸ばし”でも長くならなかった事からこれはずっと5分なんだろう。
《爆破》と《半冷半燃》。両方ともかなり強力な《個性》だが、あのヴィランに対抗するには“ある《個性》”が欲しい。
僕はこの場にいる面々を確認する。
緑谷、轟、梅雨ちゃん、麗日。4人の顔を見た後、僕は新しい《個性》に手を伸ばしたーーー。
⭐︎
掌が熱い。絶え間なく《爆破》を発動させながら空中を飛び続ける。ある程度の高度になったら体勢を変えて空を泳ぐように移動する。
当然簡単な話じゃない。右手と左手の爆破の加減をうまくやらないと、バランス崩す可能性があるし、この高さでそれをミスった時はちょっと怖い。
その恐怖心は感じつつも、更にスピードを上げていく。たまに利き腕に力が入りすぎることもあるが、身体を捻りながら調整する。
そのまま空を駆け続け、僕はその後ろ姿を見つける。間に合った…!
「ーーー返せ!」
「…ん?」
僕は敢えて声を張り上げ、お目当てのヴィランーーー
「…ほう。意外と大したことないと思っていたが…。さぁヒーロー、友達を救け出せるかな?」
「…上等!」
その挑発に乗っかり、僕は更に距離を詰める。
Mr.コンプレスの個性…触れた物体を小さなビー玉に変える…《圧縮》と言ったところだろう。物や人を運ぶのに便利で、誘拐や拉致に関して言えば文句のつけようのない適した個性。
触れられた時点でゲームオーバー。
ーーー
ここからは一つのミスも許されない。
《爆破》の勢いのまま僕はMr.コンプレスとの距離を詰める。その愚直な接近にコンプレスは笑った。
「おいおい、それは悪手じゃないか?ーーーこの程度かよ、雄英生」
コンプレスの言う事は正しかった。彼の《個性》を前もって知っていて尚、不用意に接近を続けるのは愚かと言わざるを得ない。
「…………」
だけど僕は無言で接近を続ける。
空中で迎え撃つようなコンプレスとの距離が更に近付きーーーついに腕一本分の距離となる。
コンプレスも仮面の中で笑っているようだが、少し声に緊張が含まれている。その事から僕の《コピー》を警戒している事もわかった。
それを確認しながら、一瞬お互いを警戒して硬直する。
ーーー先に動いたのは僕だった。
左手の《爆破》で空中性能をなんとか維持しつつ、右掌で意識を集中させる。
「“
「ーーーッ!?」
《爆破》の応用技、“閃光弾”で目眩しをした後、僕の右腕がついにMr.コンプレスへ向かう。
慎重に、けれど的確に、コンプレスのコートの右ポケット目掛けて。
僕は見ていた。このヴィランに後れを取ったあの時、小さなビー玉をコートの右ポケットに入れている所を。
しかしーーー。
「ーーー残念だが、そこに君のオトモダチはいない」
「ーーーッ!!」
躱された。
伸ばした僕の右腕は空を切り、視界には自身の仮面を片手で外し、素顔を見せたMr.コンプレスの姿が映る。そしてーーー。
「《コピー》での勝ち筋と
出した舌の先には、薄い青の小さなビー玉が乗っかっていた。
コンプレスは笑った。
「“クセ”だよ。マジックの基本でね、物を見せびらかす時ってのはーーー
空を切り無防備な僕の右腕を見て、Mr.コンプレスは笑みを深めた。
コンプレスの右掌が僕の腕へと近づいて行き、僕はそれに抵抗しない。
あと一秒でコンプレスが僕の腕に触れ、《圧縮》が発動されるーーーその時。
ーーー嬉しいか?Mr.コンプレス。
僕は笑った。
ーーー嬉しいだろうな。敢えて見せびらかした
マジシャンがマジックで観客を騙すように、自分が“欺いてやった”快感に襲われている事だろう。
ーーーわかるよ。
Mr.コンプレスが《圧縮》を発動させーーー
「ーーーな…!?」
形勢逆転。《圧縮》に失敗したMr.コンプレスの右腕を、僕は左手で掴む。
「ーーー奇遇だね。僕にも同じ“クセ”があるんだ」
“見せびらかす時は、見せたくない物がある”。Mr.コンプレスの言葉を借りながら、僕は《圧縮》をイメージする。
「ーーー《圧縮》」
その一瞬後には、僕の手には一つのビー玉が握られていた。僕の勝ちだ。
あの時、Mr.コンプレスが右ポケットに爆豪を仕舞ったのは
触れられるだけでゲームオーバー。騙し合い。
これらを武器にするMr.コンプレスにとって、僕という存在は天敵だろう。
ーーーそんな事を考えながら、空中にいた僕は落下していく。
残り時間殆どゼロだった《爆破》を捨て、《圧縮》をコピーしたからだ。当然空中性能は落ちる。
今僕の中には宿っている《個性》は2つ。
《圧縮》、そしてーーー《空気凝固》だ。
“爆速ターボ”で追いかける前。
コンプレスが僕に触れるより早く、僕が触れて《圧縮》で動きを封じる。僕はずっとこの勝ち筋を思い描いていた。
…では、どうやって?
一歩間違えれば僕が《圧縮》されて爆豪と共に連れ去られる危険がある。
むしろーーー《予知》の結果から逆算すればそうなる事が確定している。
どうすれば、どの《個性》があればMr.コンプレスに勝てる?それを考えた結果、敢えて右腕を囮にして、その隙を突くという作戦が思い浮かんだ。
そしてその無防備な右腕をどうやって守るかを考える。
答えはすぐに出た。
轟が麗日に預けた、僕がここまで救けにきた理由でもあるクラスメイト。
B組出席番号12番、
僕はこの《個性》でMr.コンプレスに空気の壁を《圧縮》させた。悟られないよう伸ばした右腕の周囲に《空気凝固》を発動させ、コンプレスの圧縮を防いだ。
ーーー救けるつもりが救けられたな、円場には。
そんな事を心中でぼやきつつ、落下した身体が地面に近づいて行く。身体を捻って少し移動し、細めの木の枝に腕を伸ばす。自身を《圧縮》して着地すればなんとかなるかもしれないが、自分に《個性》を発動させるほど“深く”関わると“同調”が発生するかもしれない。この状況でMr.コンプレスの過去を視るのは得策ではないのでやめておく。
掴んだ木の枝は当然折れるが、ほんの少しだけ落下速度を軽減できた。あとは《空気凝固》で更に軽減してーーー。
「ーーー
結果。かなり痛い程度の着地で済ませる事が出来た。まぁ結局痛いんだけど。
足や腕は折れてない。打撲はあるかもだけど大して気にならないなら無いも同然。
あとは《圧縮》の解ける5分以内に、宿舎まで戻る。これを成し遂げれば僕ら雄英の勝ちとなる。
そう自身の状態と今後の方針を確認して、顔を上げる。
僕を喰い殺すような、
ーーー
⭐︎
時間は約5分前。場所は“広場を迂回した宿舎までの道の途中”。
黒色支配、円場硬成、物間寧人の3人を除いた1年B組の殆どが地に伏している光景を、拳藤一佳は見ていた。
「骨抜…!」
気絶した鉄哲を抱えながら、同様に意識を失っている骨抜柔造の状態を確認する。肩と背中に深い切り傷を負って、かなりの血が出ている。疑いようもなく重傷だ。思わず息を呑んだ。
はやく、病院、にーーー。
途端、膝から力が抜けて行く。肩を貸していた鉄哲と共に、身体が地面と衝突しうつ伏せに倒れる。
頭から流れ出る血が片目に入りそうだったので目を瞑る。どうやら自分も出血しすぎたようだと察した。
抗うことのできないほどの瞼の重さを感じながら、自分を、そしてクラスメイトを痛めつけた元凶を見る。
「……?」
何故か森の奥へと引き返したヴィランの背中を見ながら、瞼が完全に落ちる。
「泡瀬さん…!これを…!」
意識を手放す直前、友達のそんな声が聞こえた気がした。