木々が蒼い炎でパチパチと燃える中、その音に混じって話し声が聞こえる。人数は…3人。
「コイツ知ってるぜ!誰だ!?」
「寧人君です。彼、とっても綺麗な血です」
「え、知り合い!?俺も知ってる!」
「喋ってないで取り囲め。逃げられンぞ」
「今燃えカスにした所だろうが!弱いっつーのお前!」
「馬鹿言うな。ーーー効いてねェよ」
咄嗟に《空気凝固》で造った壁で炎を防ぎ切る。その事を確認した僕はやっと辺りを見回して状況を確認した。
「トゥワイス、トガ。お前らは退路を断て」
「荼毘君は何もしないんですか?サボりですか?」
「よくないぜサボり!許す!」
「《圧縮》持ちの奴に近づけねェだろ?オレの出番だ」
目の前にいる黒髪の男ーーー荼毘が両手を僕目掛けてかざす。全身…特に顔には変色した皮膚が移植されたような痛々しい姿に少し顔を顰めた。そんな僕とは対照的に荼毘本人は笑顔だった。思わず鳥肌が立つほどに。
「ーーーッ!」
再び蒼い炎が僕を襲う。すぐさま造った空気の壁で微妙に軌道をずらして受け流しつつ、僕は荼毘に向かって走り出した。
跳躍。
遠くに息を飛ばすように両手を口元に移動させ、《空気凝固》を発動させる。イメージは、空気の箱…!荼毘を箱の中に閉じ込めるように空気を固める技…!
「ーーー“エアプリズン”!」
「ーーー意味ねェよ」
熱が、空気の箱を
僕の《圧縮》を警戒してか炎を放ちながら距離を取ろうとする荼毘。僕は蒼い炎を後ろに飛んで躱したので荼毘の思惑通り距離が空いてしまう。
僕と荼毘は一瞬、視線を交わす。
そして気付けば、攻防の間に逃げ場を塞ぐように火の手が回っていた。木々が連鎖するように燃え続け、炎の渦のように囲まれていた。
「ーーーったく、最後の最後に一仕事増やしやがって…メンドクセェなぁ」
再び遠距離から攻撃を続ける荼毘と、それを《空気凝固》で何とか躱す僕。それを数回繰り返し、荼毘は時間稼ぎをしていると気付く。
僕が《圧縮》を《コピー》した事で、物間寧人という存在はかなり厄介になっている。トガヒミコもトゥワイスとやらも手出しが出来ず、攻め手が荼毘の炎しかないのだ。
裏を返せば《圧縮》が無ければどうという事はない。《圧縮》がなくなるその頃には《空気凝固》も無くなっている。ただの無個性をゆっくり仕留めればいい。
「くそ…!」
思わず呟きが漏れる。荼毘、トゥワイス、トガヒミコの包囲網を潜り抜けるのはかなり困難だ。トガヒミコから投擲されたナイフを《空気凝固》で造った壁で防ぐ。足元を這うように繰り出された炎は一旦真上に跳び、空気を固めた地面に着地し凌ぐ。
躱し切った僕は反撃に移る。《空気凝固》で造られた空気の塊を《圧縮》。小さなビー玉を指弾で放ち、トガヒミコの頭上で解除する。
「ーーグえっ!?」
頭に大きな透明のガラスが降ってきたような感覚を受けるトガヒミコ。硬度もなかなかの分、重さもある程度ある。痛そうだ。
「ーーー器用だなァ。使いこなしてやがる」
「そりゃどうーーーも!」
放たれた蒼い炎を空気の壁で軌道をずらし、続けて放たれた分は自身が横っ跳びして難を逃れる。確かに防戦一方とはいえど戦えてはいる。だが、懸念はあった。
そろそろ《空気凝固》が切れる時間。そうなったら炎を防ぎ切れない。
どうする。どうする…!?
ガサリ、と後ろの草むらが動いた音を聞いた。
「……?」
当然僕はその音に反応して、振り向き、その姿を見た。
「ーーーーーーーーー」
その瞬間、
別に誰かに操られてるとか、そういう話じゃない。自分の意志で、脳が、“何か”が。
コイツは危険だと警報を告げていた。
マズい、マズいマズいマズいマズいーーーー!!!
目の前にいた荼毘も、視界の端で捉えていたトガヒミコもトゥワイスも無視して、“それ”目掛けて駆け出した。
「ほう…」
「なんだぁ!?」
感心するような荼毘の声も、困惑したようなトゥワイスの声も気にならない。ただその危険な存在に対する恐怖が僕の頭を占めた。
いや、正しく言うならば。
かつてないほどの“嫌悪感”を感じたからこそ恐怖を覚えた。この嫌悪感を僕は知っている。緑谷出久、オールマイト。この2人に対して感じた事のある感覚だ。
ーーーコイツは危険だ。早く《圧縮》で…!
と、無我夢中に、そして
「ーーーーーは?」
瞬間、駆け巡る痛みに耐えられず僕は崩れ落ちる。目を見開き、息を止めながら左手で右肘に触れ、繋がってることを確認する。だが、それに安堵してる暇なんてある訳が無かった。
「ーーーぁ、」
地面に崩れ落ち、見上げた先にあるのは異形の生物の、剥き出しになった脳。痛みでのたうちまわる僕の頭をがっしりと掴む
そして。
脳無の指先から放たれた“赤黒い針”が、僕の頭を貫いた。
本能でわかる。Mr.コンプレスの天敵が物間寧人のように。
僕の天敵はこの“脳無”だと。
「ヴ、ァ」
それを理解した時。脳無が何か、言葉とは到底言えない何かを喋る。
その瞬間だった。
「ーーーーーーーーーー!!!!!!!!」
僕の脳内に、膨大な情報が流れ込んで来る。脳が焼き切れるかと思うほどのスピードで処理しようとするも全く間に合わない。
僕の叫び声が森の中に響き渡るのを気にする暇も無くーーーいや、そもそも何も考えていなかったのかもしれない。莫大な情報量が、僕自身の思考力を奪っていく。
やめろ、やめてくれ。
そんな懇願の言葉も意味を成さず、僕の脳が悲鳴をあげ続ける。そうやって処理していく間に、僕は流れ込んでくる情報が何なのかを理解していく。いや、させられていく。
これはーーー“記憶”だ。
ガタイの良かったパワフルな男性の
こんな記憶なんて知らない。けどこの感覚は知っている。これまで何度かあったーーー“
ある時は3人同時に、ある時は男の人生を視ていると思ったら突如ヴィランの人生に切り替わる。ここまでされたら誰だってわかる。
ぐちゃぐちゃだ。複数の《個性》が不規則に混ぜられた事で、“同調”も安定していない。
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」
僕は人目も気にせず、いや、そんなもの気にかけている余裕なんて無く絶叫する。先程の脳無のように言葉になっていないかもしれない。それでもそうしなければ耐えられない。
いや、そもそも僕は耐えてなどいなかった。
許容上限を超えている。僕のコピーストックが2つのように。《個性》が人生と同じというならば、僕の2つ分の器で、この
改人脳無。複数の個性とDNAを組み合わせて造られた化物。僕は今、その根本に触れている。
無作為に、暴力的に、脳を破壊するように、僕という
「ーーーーーーーーーーーー!!!!」
「…
後ろで誰かが喋っている。けどそんな事に構っている余裕は無い。僕は叫び、発狂し続けながら老人の記憶を視ていた。
その記憶の中で、老人の《個性》の詳細を知った。今僕の頭を貫いている、赤黒い針。
ーーー《個性強制発動》。
「コレは俺の指示に従う俺仕様の“脳無”なんだがーーーお前専用でもあるらしいぜ?物間寧人」
場面は移り変わる。時期は飛び飛びとは言え、その変化していく四季や状況を把握するためにも脳の処理を必要とする。いや、もはや脳の処理はとっくのとうに追いついていない。ただ廃人のように見せられているだけだ。
「先生とやらがお前の為に造った特別な奴でな。本来ならコイツがお前を探してこの“実験”をする予定だったんだがーーー」
ーーーそして1人の人生が、終わりを迎える。
その事実に、その感覚にこれまでにない衝撃が走る。後ろから聞こえる誰かの声も理解することなく、気付けば僕は嘔吐していた。
死んだ。1人の人間だった男の記憶が終わった。不幸にも誰かに殺されたようだった。まるで自分が殺されたかのような感覚を確かに味わい、それに反応する間も無くまた
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
「お前を見つけられなかったんだろう。見る限り、
次に終わりを迎えたのは警察官として働いていた女性だった。何者かに後ろから刃物で刺された様子を視る。思わず目を背けたくなる光景だったが、目を背けた所で脳に入り込む記憶は拒否出来ない。刃物で致命傷を負ったものの息はあった女性は、近くの病院に運ばれた。けれど間もなく息を引き取った。
苦しい、悲しい。なんで彼女が、僕がこんな目に…!
「ーーーこの実験動物リストは先生の趣味らしくてな。無理してお前を拐う必要はねェんだが…」
「弔くん言ってましたよね?先生の為にも連れて来いって」
「だりィなァ。ーーーとりあえず黙らすか。…燃やせばいいのか?」
「荼毘くん。寧人君を脳無しくんから解放すればいいのでは?なんでも焼けばいいってもんじゃないです」
「あぁ…。触れた者の《個性》を発動させるんだっけな。脳無、離せ」
僕の頭を掴んでいた脳無の掌が離れ、僕は膝から崩れ落ちうつ伏せに倒れる。
“同調”が終わった。
だがまだ残っている。頭の中に入り込んでくる処理し切れていなかった分の記憶が、僕の精神を更にすり減らしていく。死に向かっていく人生が脳内に流れ込んでくる。
「ーーーーーーーーーーーー!!!!」
けど、無限かと思われた地獄に終わりが見えた事で、僕は別の事を考える余裕がほんの少しだけ出来た。
改人脳無の姿を、僕は朦朧とする意識の中でもう一度確認する。そして、悟ってしまう。あの言葉の意味を。
『ーーーくだらねぇ邪魔も入ったようだしな』
脳無の肩につけられた不自然な切り傷。それはナイフなどの刃物ではない、寧ろトゲの付いた細長い何かを押し付けられた跡のようにも思える。
ーーー塩崎茨の《ツル》。
脳無の足元に付着した、粘着性のある液体。今は乾燥して固まったようだが、そのボンドのような液体には見覚えがあった。
ーーー凡土固次郎の《ボンド》。
硬い皮膚は貫通するのには至らなかったものの、脳無の膝付近についたその独特な傷痕を見慣れた僕にはすぐわかる。
ーーー回原旋の《ドリル》。
それは紛れもない、彼らが戦ったという痕跡だった。
「ーーーーーーーーーー!!」
ーーーだからこそ僕は絶望した。
巻き込んでしまった償いとして、ヴィランから遠ざけようと必死だった。襲撃されるのを知っていたから、罪悪感に耐え忍び、警戒を怠らなかった…!
その決意も、これまでの努力も、全て無に帰していた事を悟った。そして、今まで目を背けてきた事実に気付かされる。
円場を救けるつもりがMr.コンプレスの戦いでは彼に頼り。
皆を救けるつもりが、結局はヴィランとの戦いに巻き込んでしまっている。
それどころかどうだ。僕の脅威だった改人脳無を過程はどうあれ結果的に足止めしてくれていたことになる。
結局、
ナイトアイの《予知》でこの襲撃を知り。
拳藤の《大拳》と鉄哲の《スティール》でマスタードを倒し。
轟の《半冷半燃》と爆豪の《爆破》でムーンフィッシュを追い詰め。
円場の《空気凝固》でMr.コンプレスを欺いた。
唯一、無個性で挑んだトガヒミコにはなすすべなく敗北し、常闇の《黒影》と黒色の《黒》に救けられる始末。
皆を救ける為1人で行動してきた自分を否定するには充分だ。
僕が救けていたんじゃない。僕が救けられていた。そんな事に今更ながら気付く。
「ーーーーーーーーーー!!!」
気付けば僕は泣いていた。“同調”の苦しみのせいなのか、無力を嘆いた涙なのかは、今となってはわからない。
ーーー君はスーパーヒーローにはなれないよ。
なれる訳がなかった。所詮僕はこの程度の人間だった。特別じゃなかった。本物じゃなかった。
結局、1人では、何も出来ないんだ。
…あぁ。
“同調”は粗方終わった。それでも僕は叫び続けた。涙を流しながら、喉が潰れる程の声量で。そうでもしないと狂ってしまいそうだ。
「ーーーったく、うるせェな」
一瞬、蒼い炎が視界を覆う。顔を燃やされたと遅れて理解した。痛い、熱い、などと感じる間もなく、僕は意識を失いかける。
「ーーーーァ」
僕の叫び声は、もはや声になっていない。
喉を焼かれた、のか。なら喉だけ焼いてくれればいいのに。いや、そんな面倒くさい温情をかけてくれる筈もないか。にしても器用だなぁ、と気付けば感心していた。
骨を砕かれたり、顔を灼かれたり。散々な目に合っているな、と笑う。まぁ、実際に笑える身体じゃないんだけど。
いや、もう、どうでもいいか。
そんな事を意識を手放す直前、ぼんやりと考えながら。
『ーーー立て、焦凍』
「………?」
その時、無意識に思い出されていく記憶がある気がした。限界を超えた筈の脳が、これだけは思い出せと叫んでいた。
自分で使ったことがあって、自分で
『ーーーは惜しかった。俺以上の火力を備えているのに、冷の体質を持ってしまって…。あいつは惜しかった』
体育祭で視せてくれた記憶を思い出す。…あぁ、本当だ。
「で、この寧人君はどうします?火傷した寧人君はカッコいいので、トガ的には持って帰りたいです」
「トガちゃんがそう言うならコイツは、ここに捨ててこうぜ!」
「うるせェな。リーダー権限で俺が決めーーー」
「ーーーーャ」
「ーーーあ?」
目の前では、荼毘が面白いくらい間抜けな顔を浮かべていた。焦げた顔で、僕は口角を上げたつもりだが、出来たかどうかは自信ない。
喉がうまく機能しなくて、言葉にならない。それでも、僕はある名前を呼んだ。無意識に、子不孝な父親を思い浮かべながら。真似しながら。
「ーーーオイオイオイオイ。何だ?お前」
「どうしたよ荼毘!コイツ何か喋ってたか!?」
ぼやけた視界で確認する。荼毘が真顔で、少しだけ怒りを含んだ表情で僕を見下ろしていた。
「あン?何も聞こえてねェが…。こいつの顔が一瞬、イカれる程ムカつく野郎の顔に見えたんだよ」
「なるほど!そっくりさんだな!」
「誰ですか?そのムカつく野郎って」
トガの問いに、荼毘は答えた。表情は、ぼやけた視界ではよく見えなかった。
「ーーーさァな。とっくのとうに忘れたよ」
雄英ジャージのポケットを探られる感覚。《圧縮》されたコンプレスと爆豪を僕から奪った荼毘。その姿を最後に、僕は意識を失った。
そこから後の会話を、僕は知らない。
「…爆豪をアジトに連れてくぞ。黒霧はまだ来ねぇのか?」
「え、荼毘くん。寧人くんはアジトに連れてかないんだ」
「あ?話聞いてなかったのかテメェ」
「ーーーアジトじゃねぇ。研究施設に連れてくんだろ。