「物間殿、私らを集めて、何の用件ですかな?…そろそろ予選も始まってしまいますぞ」
「まぁ待てって宍田、そう焦るな」
出席番号9番、
そんな彼を含め、僕の前にはB組のほとんどの顔が揃っている。いないのは3人、“鉄哲”と“骨抜”、そして“塩崎”だ。
この3人は先ほど控え室で、“B組の協力体制”には賛成できないと考えている。それなら僕がこれから提案する策も恐らく、反対されるだろう。
だから、僕はその3人以外の16人を集めた。
先程、ミッドナイトから“一次”予選である《障害物競争》の説明が行われ、B組以外の皆はスタート地点へ向かっている。
「ねぇ、そろそろ始まるし、さっさと行った方が良くない?物間」
少し焦った様子の拳藤を宥め、僕は皆に向かって話しかける。
「ーーーーさっきミッドナイトは、“1つ目の種目は”って言った。つまり、予選はこの《障害物競争》で終わりじゃない」
「…ヒヒ、だから何だ。お前は何を見据えている?」
「提案だよ、黒色。ここはまだ準備する段階だ。みんなも知ってる通り、この“雄英体育祭”の主役はヒーロー科だ。ヒーロー科が注目される行事なのに、一次予選程度で大幅に数を減らすとは考えにくいだろう?」
「ーーーこの《障害物競争》では、最低でも40人は残る筈だ。
真剣に考え込んでいる様子の皆の顔を眺めながら、僕は更に続ける。
「逆にA組が使う《個性》を観察して、今後に生かすのもアリだと思ってる。これが、僕からの提案だ」
ここで僕は口を閉じて、皆の反応を見る。最初に反応したのは拳藤だった。彼女は納得したように頷く。
「なるほどね。鉄哲を呼ばなかったのはそういう理由か」
鉄哲ほどの熱血系は、“あえて順位を落とす”というこの案には頷きにくいだろう。拳藤に続き、宍田も口を開く。
「一理ありますな、物間殿。《個性》が知られているか否かではこちら側が
全員、というわけでは無いだろうが、この場の雰囲気では賛成派が多くみられる。それを確認した僕は口を開く。
「一応言っておくけど、これは1つの選択肢だ。強要はしない。ただ、目先の栄光に縋るよりかは、いくらか堅実的だと思ってるよ」
「…それじゃ、解散。
僕の言葉を皮切りに、それぞれが動き出す。その動きに焦りは無い。まるで余裕が出来たかのように、《障害物競走》のスタート地点へ向かっていく。
その様子を見て、僕は自分の案が採用
☆
「…ふぅ」
皆を見送りながら、僕は一息つく。結構長い演説となってしまって、口も疲れた。
いつのまにか《障害物競走》はスタートしていたようで、僕は小走りに出発地点に向かう。
隣で同じように走り出す拳藤を横目に、僕はやけに氷だらけのスタート地点を不思議に思いながら、遥か前方をゆくA組を追う。
「まさかアンタがB組の事をあんなに考えてたとはねぇ」
ニヤニヤとした口調でからかい、肩を叩く拳藤。
僕は彼女の手を振り払い、ため息をついて、答える。
「ーーーB組の為なんて考えてないよ。全部“自分”の為」
「え?」
呆けた声を出す拳藤に構わず、僕は続ける。周囲にはもうB組すらいないんだし、伝えても何も問題はない。
「ま、B組として勝つに越したことは無いけどさ。今回に限っては無理。さっきの僕の案で第2予選を有利に進めたとしても、予選を通過出来るのは数人程度だろーね。あとは多分A組独占」
「ちょ、ちょっと?何言ってんのさ?そんなのわかんないじゃん!」
「…拳藤も薄々気付いてるんじゃないの?“今の”B組は、
“いや、お前が引き止めたんだろ”という目で見てくる拳藤に、“ライバルに呼ばれて素直に応じ、ホイホイその提案を了承するってのがダメなんだよ”という視線を返す。
「ちなみにさっきの提案は全て“僕”の為。僕は元々1人で《個性》を観察する予定だったんだよ、《コピー》の為にさ」
「…でも、僕1人じゃ全ての個性を把握するのはちょっと厳しい。そんなところに
これで、確実にA組の《個性》を把握できるって寸法。うーん、持つべきものはやっぱり友達だね。
僕は得意のニヤケ面をつくり、さらに得意な挑発するトーンを作る。
「…拳藤さ、鉄哲とかのA組への不満とか、結構心配してるみたいだけどさ。そんなの考えてられる程の余裕あんの?スゴイねー」
「…何、その言い方」
僕の軽口に機嫌を悪くした様子の拳藤。構わず続ける。煽るような口調で。
「いやいや、これでも褒めてんだって。そこまで強くないのによく人の心配なんて出来るなぁってさ」
瞬間。拳藤は、僕を殴ろうと右拳を握る。けど、実際に行動には移さない。
「ほら、今だって、控え室での“協力体制”が頭をよぎったでしょ?だから殴れない…考え方が甘いんだよ、拳藤は」
「…!」
クラス委員長としての責任が拳藤を動かしているのか、思いつめた様子の拳藤。
僕はそんな彼女に、あっけらかんと告げる。
「ーーー優勝すればいいんだよ。全部それで解決」
「はぁ?」
先ほどの僕への怒りなど忘れたかのように、呆けた声を出す拳藤。
別に、そこまでおかしい話じゃないだろう。
僕の予想では、B組から予選を通過出来るのは1人か2人。その誰かが、一位を取れれば、少なくとも負けでは無いだろう。
要は考え方の問題だ。
決勝トーナメントの上位がA組で独占され、クラス単位では勝利とは言えないが、“B組の誰か”が優勝をする。そうすれば、鉄哲の不満が爆発するレベルまでには達しないだろう。
つまり、勝ちでもないが負けでもない状況。
僕が狙うのはこれだ。というか、“勝てないんだから、負けないようにする”なんて、今時小学生でもわかる考え方だ。
「ーーーーつまり、優勝すればいいって事。もしこれでも不安なら、表彰台の1番上でA組を見下ろして煽りまくってやればいいんだよ。これだけやれば鉄哲も納得するだろ」
ま、テレビ放送されてる中そんな事すればヒーローとしての質が下がる。そこまでしようと考えてる人はいないだろうな、僕以外には。
そんなことを考えながら、僕は黙ったままの拳藤に告げる。
「ーーーーだから、
ーーーーそれが、B組の為になると信じているから。
拳藤はどうする?と、目で訴えかける。
これまで一定のペースで前へ走り続けていた拳藤は、初めて足を止めた。
僕も立ち止まり、拳藤を見据える。
「…私、は、B組で勝ちたい。委員長だし」
あまり考えがまとまってないのか、途切れ途切れの言葉。それでも僕は急かすことなく、続く言葉を待つ。
「でも、
そうだ、急がなくてもいい。今は勝たなくていい。負けなければいい。
この反省を生かして、地道に進んでいこう。それが、多分B組の本来あるべき姿だ。
僕は口を開く。
「悪いけど、僕も負ける気は無いよ。狙うは優勝だ」
「…当たり前でしょ。私もだよ」
もう迷いは無いのか、拳藤の眼はいつも通り澄みきっている。
それを確認した僕は前を向く、先に進む為に。
「ーーーーーーーーーーッ⁉︎」
ーーーと同時に、後ろへ跳ぶ。
先ほどまで僕がいた場所に“無機質な拳”が通る。転がりながら受け身をとって、体勢を整える。
上を見上げると、数ヶ月ぶりの再会。
後ろにいる拳藤が呟く。
「入試の0pt仮想ヴィラン…!」
「…なるほどね。これが第一の試練って訳か」
第一関門《ロボ・インフェルノ》
「…ま、僕
そう言って、背後にいる拳藤に手を差し出す。拳藤は僕の手をじっと見つめ、ため息をつく。
「アンタ…今、ライバル宣言したばっかじゃん…。しまんないなぁ…」
そんな事言われてもなぁ…。今の僕は無個性だし、慈悲が欲しいとしか言えない。
手のひらが一瞬重なる、パチン、と小気味の良い音と同時に、僕は《
前へ駆け出した拳藤も僕と同じように《大拳》を発動させ、拳を巨大化し、仮想ヴィランを殴り倒す。
そのまま彼女は勢いづいたのか、前へ前へと走り続ける。僕の事など待たずに。
と、思った矢先、少しだけ立ち止まり、振り返った拳藤は、こう口パクした。
『ありがと』
すぐに前を向き直した拳藤は、更にペースを上げて走り出した。
「…ふん。なんのことやら」
さて、5分以内には片付けないとな。コイツら。
拳藤も去り、僕に
あとはただ、思いっきり殴るだけ。うん、やっぱりシンプルで良い個性だ。
「ま、僕の方がいいけどね」
目の前で砕け散る仮想ヴィランを眺めながら、そう呟く。
☆
口パクで伝えた言葉はちゃんと彼に届いているだろうか。あの捻くれ者の彼に。
物間の言葉を思い出す。
『ーーーB組の為なんて考えてないよ。全部“自分”の為』
「…なんて言ってた癖に、自分が優勝する理由は“B組の為”じゃん」
さっきの提案は全て“自分の為”なんて言ってたけど、それはちょっと違う。
物間が皆を利用するのも、“自分が優勝する為”なのだ。
そしてその肝心の“優勝する理由”の理由には、自分の為なんて微塵も無いのだ。
つまり、巡り巡ってB組の為を思って優勝を目指している。
「ほんとに、不器用というか、なんていうか…」
それに、このタイミングで私にこの話を打ち明けたのもそうだ。
私は“B組の事”を考えるあまり、“自分の優勝”を考えていなかった。個人ではなく団体を優先してしまっていたのだ。
けど、彼はそれは間違いだと指摘してくれた。
『僕が優勝してやるから、拳藤は自分の事を考えろ』
そう言ってくれた気がした。
結局、彼はどうしようもなく優しかったのだ。余裕のない私を気遣って、余計な事を考えてた私を気遣って。
ただ、それを伝えるのが不器用過ぎただけだ。そのおかげで、変に煽ってしまったり。
「…ほんっとに、捻くれてるなぁ」
でも、嫌いじゃないよ、そーいうとこ。
後ろは振り返らず、余計な事は考えず、ただ優勝のみを目指して、私は走り出す。
そこに、迷いはない。