強キャラ物間くん。   作:ささやく狂人

6 / 38
この前書きは読み飛ばし可です。

《騎手》
轟焦凍 飯田天哉 上鳴電気 八百万百 《615pt》
爆豪勝己 切島鋭児郎 瀬呂範太 芦戸三奈 《595pt》
心操人使 青山優雅 尾白猿夫 《245pt》
緑谷出久 常闇踏陰 麗日お茶子 発目明 《10000330pt》
柳レイ子 取蔭切奈 小森希乃子 《105pt》
鱗飛竜 骨抜柔造 泡瀬洋雪 宍田獣郎太 《370pt》
庄田二連撃 円場硬成 回原旋 黒色支配 《320pt》
葉隠透 耳郎響香 砂藤力道 口田甲司 《390pt》
峰田実 障子目蔵 蛙吹梅雨 《320pt》
角取ポニー 鎌切尖 《70pt》
小大唯 凡戸固次郎 吹出漫我 《165pt》

物間寧人 鉄哲徹轍 塩崎茨 拳藤一佳 《470pt》



まぁ、馬鹿でもわかるよね。

会場には常に歓声が沸いている。けど。

 

「ここにいるほとんどがA組ばかり注目してる。何でだと思う?」

 

「…ちょっと、物間?」

 

不可解な顔で僕を止めようとする拳藤を気にかけず、僕はそのまま言葉を続ける。

 

()に向かって、宣言するように。

 

「そして鉄哲が言った通りA組連中も調子づいてる。おかしいよね?彼らとの違いは?ヴィランと戦っただけだぜ?」

 

「僕らB組が予選でなぜ中下位に甘んじたか。ーーーーー調子づいたA組に知らしめてやろう」

 

 

 

 

『おい起きろイレイザー!残虐バトルロイヤル!血で血を洗う雄英の合戦が今狼煙(のろし)を上げル!ーーー』

 

『ーーー騎馬戦のスタートだ!さぁハチマキを奪い合え!』

 

「麗日さん!発目さん!常闇くん!ーーーよろしく!」

 

マイク先生の開始の合図が、会場に響く。それと同時に総勢42人が動き出す。狙うは当然1000万を保持する僕のハチマキーーーかと、思っていたのだが。

 

「……?」

 

「デク君?どうしたの?」

 

動きを止め、僕の怪訝そうな顔が見えたのか、麗日さんが僕に問いかける。その問いに答える事なく僕は辺りを見渡し、疑問の色を深くして、思わず呟いてしまった。

 

「…何だ、これ」

 

「ーーー奪い合い?違うぜ!これは一方的な略奪よ~!」

 

「…!その声、峰田君か!」

 

思考を切り替え、声の方向を振り向くとこちらに一直線に向かってくる障子君の姿。視認出来る範囲では峰田君の姿が見当たらない。

 

「障子君⁉︎これ騎馬戦だよ⁉︎」

 

「待て緑谷。…隙間から来るぞ!」

 

常闇君の言葉に僕は目を凝らす。その瞬間、障子君の《複製腕》の隙間から、見慣れた紫色の球と薄いピンク色の舌が飛び出す。

 

「そんなのアリぃ⁉︎」

「蛙吹さんもか!すごいな障子くん!」

「梅雨ちゃんと呼んで、ケロ」

 

麗日さんと一緒に驚きながらも、僕は何とか《もぎもぎ》の球を躱す。蛙水さんの《蛙》特有の長い舌は常闇君の《黒影(ダークシャドウ)》で凌ぐ。

 

 

「いきなり襲来とはな…追われし者の宿命(さだめ)ーーー選択しろ緑谷!」

 

引き続き蛙水さんに対応してくれている常闇君の問いかけに、きっぱりと答える。

 

「勿論、逃げの一手!」

 

僕は手元にあるボタンを押して、バックパックを起動する。発目さん渾身の発明品(ベイビー)だけあって、スムーズに空中へ飛んでいく。

 

「…くそっ!逃すかよ!」

「ケロっ…ごめんなさい、届きそうに無いわ」

 

悔しそうな峰田君が上空にいる僕らに《もぎもぎ》の球を投げつけてくる。

 

「…黒影!」

『アイヨ!』

 

無重力(ゼログラビティ)》で麗日さん以外は浮かして総重量は麗日さん+装備や衣類分のみだから、空中にいる僕らを黒影が強引に持ち上げ、大まかな空中での機動性にも心配はいらない。

 

「どうですかベイビーたちは!可愛いでしょう?可愛いはつくれるんですよ!」

「機動性バッチリ!すごいよベイビー!発目さん!」

「でしょう!?」

「…浮かしとるからやん」

 

黒影のサポート込みで何とか峰田君達の猛攻を凌ぎきり、僕は空中から会場全体を見渡す。そして、更に感じた違和感を大きくする。

 

「ーーーーー!」

 

「…デク君。もうそろそろ…!」

 

麗日さんに無理させる訳にもいかないから、空中にいられる時間は無限ではない。僕は麗日さんに言葉を返して、着地を3人に伝える。

 

「わかった、麗日さん。…着地するよ!」

 

ジェットパックの出力調整に意識を集中させるも、僕の困惑が身体に出てしまったのか、不安定な状態になってしまう。

 

『…オット』

「どうした緑谷。先程からお前の集中が欠けている」

 

黒影のサポートで何とかバランスを保ち、無事着地すると同時に、常闇君からの喝が入る。自分でもよくわかっていないこの状況を整理する為、僕は口に出す。

 

ついさっき上空から見た光景までの違和感。

 

「…おかしい」

「何がですか?私のベイビーに故障などは見つかりませんよ!」

 

発目さんの言葉に、そういう事じゃない、と首を横に振る。

 

「さっき空中に浮いた瞬間、かっちゃんなら僕らを攻撃してくる、絶対。それに、開始と同時に僕らを攻める騎馬が障子君達だけってのもおかしい…もっと狙われると思っていたから」

 

開始と同時に感じた違和感はこれだ。僕らを攻撃する騎馬が圧倒的に少ない。これは一体ーーー?

 

「…そしてさっき上空から見た光景から考えると、B()()()()()()()()()()()()

 

「…どういう事だ、緑谷」

 

「今の構図はB組VSA組になってるって事だよ。A組から見れば狙うのは“僕”なんだけど、それをB組が邪魔してるって感じ。だから、僕を狙う騎馬が少ない」

 

かっちゃんの騎馬なんて、3つのB組の騎馬に囲まれていた。だから、僕のハチマキを狙う余裕が無いのだろう。

 

「B組は僕に固執しているわけではない…。これだけ聞けば僕らにとって良い事だけど、あまりにも僕らが眼中に()()()()()…。かっちゃんよりも僕を狙った方が絶対に可能性があるのに…」

 

 

 

「ーーーそりゃ、僕らB組はA組を敵対視してるからね」

「…アンタが開始前に煽ったんでしょ…」

 

僕のブツブツと呟くような疑問に答えるような、鋭い声。顔を上げると、金髪碧眼でタレ目のさわやかなルックスを持つ少年の姿。

 

そんな彼はニヤッと笑いながら僕らに話しかける。全てが予定通り、順調に進んでいると言いたげな表情で。

 

種明かしをするマジシャンの様に彼は口を開いた。

 

「ーーー単純なんだよ、A組も、B組も」

 

『さあまだ開始から2分と経ってねえが早くも混戦混戦!1000万を狙わず2位から4位狙いってのも悪くねぇ!』

 

「ーーー!」

 

そんなマイク先生の実況と同時に目に止まったのは、彼の首元にある2つのハチマキ。470のハチマキは自身の騎馬だろうが、もう1つの首元にある390は他の騎馬のもの。高めの数字から察するに、葉隠さん達の騎馬だ。

 

問題は時間が2分も経っていないという事。彼の個性はわからないが、葉隠さん達から短時間で奪った事を考えると、かなり警戒する必要がある。

 

「ミッドナイトが第一種目と言った時点で予選段階から極端に数を減らすとは考えにくいと思わない?」

 

「おおよその目安を40位以内と仮定し、その順位以下にならないよう走って後方からライバルになる者たちの個性や性格を観察させてもらった」

 

金髪の彼ーーー物間君の言葉に、発目さんが警戒しながらも呟く。

 

「…クラスぐるみって訳ですか」

 

物間君は発目さんをチラッと見た後、ため息をつくように話す。

 

「…まあ全員の総意ってわけじゃないけどいい案だろ?」

 

「人参ぶら下げた馬みたいに仮初めの頂点を狙うよりさ。その場限りの名誉に執着するなんて、馬鹿げていると思わない?…ま、そう思ってないから君は1000万(それ)を持ってるんだろうけど」

 

煽るように言葉を続ける物間君に、思わず目を細める。

 

…よく喋るな、この人。何が狙いだ?

 

B組がA組を抑えつけ、この1VS1の構図を作り上げたかったのは理解した。先程彼の右にいるオレンジ色の髪の…拳藤さんの言葉からして、クラスメイトの狙いが分散するように誘導したんだろう。

 

それなら、時間は限られているはず。仲間を時間稼ぎに利用するのにも、限界が来る。

 

そんな風に訝しみながら見ていると、彼はぼそっと呟いた。

 

「…自分が馬鹿にされても激昂しないタイプか」

 

その言葉の意味を理解する前に、彼は更に口を開く。

 

「ほら、特に彼!B組のヘイトの殆どは彼に向かっているんだよ。なんだっけな、あの恥ずかしい宣誓をした彼さ!」

 

『せんせー。俺が一位になる』

 

1時間ほど前の、かっちゃんの選手宣誓を思い出す。確かに騎馬3つに囲まれていた事を考えると、狙われているのは確かだろう。

 

両手を広げ、物間君は心底楽しそうに告げる。

 

「その結果が障害物競走では3位!笑えないかい?あんな大口を叩いた奴がこの結果だ。馬鹿なだけで救えないのに、無謀だなんて!」

 

「待ってデク君!何かおかしいよこの人!」

 

「ーーーこの野郎…!A組(僕ら)は、かっちゃんは常にトップを目指してるんだ!その志を馬鹿にする(いわ)れはないぞ!」

 

あまりの物言いに、僕は思わず口を開いた。怒りを露わにしながら彼の表情を見ると、ゾッとした。

 

物間君は更に顔を歪め、嬉しそうに笑った。笑いながら、はっきりと呟いた。

 

「ーーーほら、かかった」

 

その言葉を聞いた瞬間、僕の身体は動かなくなった。

 

まるで、《洗脳》されたかのように。

 

 

 

 

 

 

騎馬戦の開始前、僕はB組を呼び集め、改めてA組“全体”への対抗心を煽り、緑谷出久に固執させる事を無くした。

 

これである程度の時間は稼げるので、僕らの騎馬だけが緑谷出久を狙うという構図を作りやすくなった。

 

爆豪勝己の騎馬は選手宣誓の一件もあり、狙う騎馬は必然的に多くなる。

 

轟焦凍の騎馬には屈指の推薦入学生、骨抜柔造の騎馬が向かっている。轟は何の理由かは知らないが《半冷半燃》の()しか使わない。

 

それなら骨抜の《軟化》である程度対応出来る…といった考えだ。勝算は中々あると思うし、良い判断だろう。

 

けど、開始前にした事はこれだけじゃない。

 

『取蔭、約束通り借りるよ』

『お、待ってたよ物間』

 

取蔭切奈、個性《トカゲのしっぽ切り》全身を細かく分割し、自在に動かすことができる。

 

僕は彼女の個性をコピーして、発動した。

 

分割した部分は“手”、向かう先は心操人使。

 

僕の個性は《コピー》体に触れた者の個性を五分間使い放題。同時に二つとかは使うことが出来ない。

 

この文面通り、僕の“コピーした”個性同時使用は不可能だ。けど、本来の《コピー》と《他の個性(コピー)》を組み合わせる事は出来る。

 

要は、《他の個性(コピー)》と《他の個性(コピー)》は無理だが、《コピー》と《他の個性(コピー)》の使用は可能という訳だ。

 

そうやって、僕は心操人使の個性ーー《洗脳》をコピーした。《トカゲのしっぽ切り》を使って、こっそりと彼の身体に触れる事で。

 

 

そして今。

 

「ーーーほら、かかった」

 

目の前の一位は、虚ろな目をこちらに向けながら、ただ無防備な姿で動きを止めた。

 

僕はすぐさま緑谷出久のハチマキに向かって手を伸ばす。様子がおかしいと瞬時に察した常闇踏影の個性《黒影》がそれを阻もうとするが、拳藤の《大拳》が一時的に抑えつける。

 

「緑谷!どうした⁉︎」

「デク君⁉︎」

 

緑谷騎馬自慢の防御壁、《黒影》の隙をつき更に緑谷騎馬に肉薄する。ただ、このピンチの状況にも関わらず、ただ動きを止めるのみの緑谷出久に焦った声がかかる。

 

ーーー無駄だよ、()()()から。

 

僕の《コピー》の使い方の1つに、()()がある。

 

(あらかじ)めコピーして、実験しておく事で、個性主しか普通なら知り得ない情報ーー“主の問いかけに答えた瞬間に洗脳が出来る”“発動は任意”“操られた本人に衝撃があると強制的に解除”など。

 

これらの条件を、僕は試すことによって把握した。ちなみに実験台は鉄哲。

 

…ほんとはこの“情報”で《トカゲのしっぽ切り》を使うという取引をする予定だったんだけど、取蔭のお気楽な性格のせいで調子が狂った。彼女は極端にやる気が無いわけではないのだが、あまり勝利に執着していないように見える。…それじゃ困るのだ。

 

そしてついさっきーー葉隠透が騎手である騎馬にも試してみた結果、効果は絶大。一瞬でハチマキを奪い取ることが出来た。

 

「物間…!早く!」

「うおおおおおお!行くぞ物間!」

 

拳藤と鉄哲の声と同時に更に緑谷騎馬に迫る。拳藤の《大拳》で《黒影》を抑えつけるのにも限界が来るのか、少し辛そうだ。

 

少しでも早く解放してやろうと、僕は更に腕を伸ばし、ハチマキにあと少しで触れる、という瞬間ーーだった。

 

緑谷出久を中心ーーーー正確に言えば、()()を中心として爆発に匹敵するような大きな衝撃。

 

 

「ーーーーーーーッ!?」

 

 

あまりの衝撃に、拳藤は《黒影》の対応を辞めて僕らの騎馬を守る壁のように《大拳》を発動。そのおかげで騎馬を崩れさせずに済んだので、彼女の隠れた好プレイだ。

 

けど、僕はそれを褒める余裕もなく、ただただ目を見開き、思わず呟く。

 

「…バカな、洗脳を、自力で解いた…?」

 

「ーーーーッ!」

 

大きな指の隙間から見えるのは緑谷出久の表情、“自分でも信じられない”という顔で、ドス黒く変色した五本の右指を見ていた。なんとも痛々しい。

 

緑谷出久は痛みに堪えながらもブツブツと呟く。

 

「指の暴発は僕だ。でも動かせたのは違う…!知らない人たちが浮かんで一瞬頭が晴れた…?あれはこの力を紡いできた人の気配…!?ーーハッ!」

 

最後に気づいたように口を閉じる緑谷出久。大方、《洗脳》が“声を聞く”だけで発動されるとでも思ってるのだろう。その情報は正確ではないが、正鵠を射ている。

 

もう、彼に洗脳は通用しないだろう。僕は一瞬で察する。

 

初見殺しの個性を破った緑谷出久の個性…なんだあれは。自身でも制御出来ないほどの“超パワー”ってとこか?

 

「物間さん、次の策を!」

「…そうだね、塩崎」

 

いや、どうやって《洗脳》を解いたのかは後回しでいい。頭を切り替えろ。

 

今集中すべきなのは彼の1000万のハチマキ。

 

大丈夫、当然、2つ目の策は用意してある。

 

 

 

 

『オイオイオイ!とんでもねぇパワーだな!予選一位の名は伊達じゃねぇって事かよスンゲェな!お前のクラスどうなってんだイレイザー!』

 

『…うるせぇな。見ればわかるだろ、アイツはまだ個性を制御出来てない。そこまで言われるもんじゃねぇよ』

 

『キビシー!自分にも他人にも厳しいなイレイザー!』

 

『…それに、俺が一番注目してるのはアイツだ』

 

『お?お気に入りでもいんのかよ珍しいな!』

 

『…俺のじゃない。ブラドのだ』

 

『おやB組物間!意外にも緑谷の超パワーを見ても全く退く気配無しィ!下克上なるか⁉︎』

 

『聞けよ』

 

 

 

 

絶え間なくどす黒く変色した右手が痛む。すぐさま麗日さん、発目さん、常闇君にジェスチャーで“声を出すな”と伝える。

 

歯ぎしりしながら痛みに耐えながらも、思考を回し続ける。

 

恐らく、物間君の《洗脳》は声を聞いた者が対象…いや、反応したら、か?そして前騎馬にいる鉄哲君の個性は《硬くなる個性》…切島君の個性と同じ。

 

先頭集団にいた塩崎さんの個性も《ツル》と判明してる。そして先程から拳藤さんは《大拳》を発動させている。

 

つまり、B組の“自分の個性を明かしていない”という有利(アドバンテージ)はもう無い。

 

それに、拳藤さんの《大拳》に関しても、初見では《黒影》が遅れを取ったけど、もう次はない。僕の贔屓無しで、《黒影》はトップクラスに強い個性だ。

 

物間君の《洗脳》は初見殺し程度、葉隠さんが負けたのも仕方がないと言えるくらいのレベルで。僕が今1000万を守れたのは、ただ運が良かっただけだ。

 

先程から一転、焦ったような声で僕に告げる物間君。

 

「…何とか言いなよ。指動かすだけでそんな威力か。うらやましいよ、君の個性」

 

ーーーー僕もそれ、思ってた。

 

「僕はこんな個性のおかげでスタートから遅れちゃったよ。恵まれた人間にはわからないだろうけど」

 

ーーーーわかるよ。でもそうだ。僕は恵まれた。

 

「お(あつら)えむきの個性に生まれて望む場所へ行ける奴らにはさぁ!」

 

ーーーー人に恵まれた!だからこそ僕だって!負けられない!!

 

視線だけで言葉を返す。負けられないからこそ、絶対に口を開かない。恵んでくれた人(オールマイト)の期待に、応える為にも。

 

彼のこの悲痛の叫びは、僕の口を開かせる為のモノだってのは間違いない。決して僕からは攻め込まず、一定の距離をキープする。

 

ーーーー《洗脳》さえ攻略すれば彼らの騎馬に打つ手はもう無い。

 

 

 

『…なんて緑谷が考えてたら、物間の(てのひら)の上って訳だな』

 

『なんか言ったかイレイザー?実況席に立つ以上声は張ってけヨ!』

 

『ただの独り言だ。…物間のあの必死な演説も、B組殆どが個性を隠したのも、全てはこの為だったんだろ』

 

 

「ーーーーくそっ!」

 

 

僕が絶対に口を開かないと察したのか、物間君は苛立ったかのように前進して距離を詰めてくる。

 

もちろんすぐさま対応するのは《黒影》。あくまでも中距離を維持し、拳藤さんの《大拳》に注意しながら、物間君を抑えつけようと動き出す。

 

彼の個性は《洗脳》だから、身体的な向上は見られない。精々並の人間の身体能力なのだから、《黒影》なら余裕でーーー。

 

「ーーーーーーーー?」

 

 

 

強烈な違和感。

 

 

 

 

思い出されるのは、入試の実技試験と、その結果発表であった順位表。

 

実技試験の形式は単純なロボ破壊によるポイント稼ぎ。そして、順位表に表示されていた“物間寧人”の名前はーーー2位。

 

 

 

そうだ、最初からおかしかった。

 

彼は嘘をついていた。

 

あの入試で、《洗脳》をどう使えば2()()が取れる?

 

B組の殆どが個性を隠す事で、ただでさえ薄い()()()()()に気づくことが出来なかった。

 

隠してきた個性が《洗脳》のみであると、無意識に断定してしまっていた。

 

悲痛の表情で必死に叫ぶ彼の顔を見て、僕は“洗脳させようとしている”と判断した。

 

でも、これは違った。

 

彼はそうやって振る舞ったんだ。《洗脳》を持つ人物が言いそうな事を、演技には見えなかったあの表情で。

 

物間寧人の個性が《洗脳》だと、錯覚させた。

 

全ては、僕を騙す為。

 

黒影(ダークシャドウ)》が物間君を迎え撃とうと接近する。僕はそれを止めようと、「待って!」と声を出そうとするものの、脳裏に浮かぶのは《洗脳》という二文字。

 

「ーーーーーほんっとに、良い個性だよ。まぁ、僕の方が良いけどさ」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「な……」

「なんだと⁉︎」

 

右手だけで《黒影》を無力化した物間君は、再び距離を詰めてくる。ーー《黒影》は拳藤さんの《大拳》に初見じゃ後れを取った。そして、今も意表を突かれた。

 

苦しそうに抵抗する《黒影》を気にすることなく、物間君の騎馬は難なく僕らに接近する。

 

「君たちの騎馬の核は常闇踏影の《黒影(ダークシャドウ)》。そこさえ封じればあとは脆い」

 

物間君の左腕が僕のハチマキに伸びる。僕は反応が遅れながらそれに何とか抵抗しようとするもののーー。

 

「ーーぐうっ!」

「デク君!」

 

右手の痛みがそれを邪魔する。動きが鈍くなった僕の頭にあるハチマキを、彼は難なく掴み取り、そのまますれ違っていくように距離を取る。

 

『ここで大きく順位が変動ーー!物間チーム、一気に1位へ躍り出て、下克上成功だァ!!』

 

やられた。騙された。

 

《黒影》を僕らが油断する最適なタイミングで、無力化する為に。

 

彼は本当の《個性》を隠していたんだ。

 

彼の《個性》、それはーーー。

 

「ーー“コピー”…!」

 

「正解!…まぁ、馬鹿でもわかるよね」

 

僕の悔しそうな声に答えるように、背後で物間君の声がした。表情は見えないけれど、何となく予想はついて、僕は痛む右手を握りしめた。

 

 

常闇君が珍しく焦りの表情でこちらを向く。

 

「緑谷どうする。追うか?」

 

段々と遠ざかっていく物間君の騎馬を眺めながら、僕は常闇君に答える。

 

「…大丈夫、()()

 

僕は変色してしまった右手を見せる。そのドス黒い色に麗日さんが小さく悲鳴をあげるが、すぐに気づいた。

 

「デク君…その、ハチマキ。しかも二本も!」

「…成程な。アイツも最後の最後で油断したか」

 

「うん…多分」

 

物間君自身、僕の痛む右手ではハチマキを奪えないと判断したのか、注意が薄かった。だから咄嗟に首元にあった二本を取ったのだが…。

 

「…でも彼、最初から首に二本つけてたのが妙なんだ。まるで、僕にハチマキを取らせたみたいで」

 

「…アイツの意図はわからんが、とにかくよくやった緑谷。その右手を動かしてくれたお陰で助かった。あとは当初の予定通り、逃げ切るだけだな」

 

常闇君からの労いの言葉を聞きながら、僕は物間君の言葉を思い出していた。

 

『お(あつら)えむきの個性に生まれて望む場所へ行ける奴らにはさぁ!』

 

あの時の彼の表情は確かに辛そうで、果たして本当に演技だったのか、僕は少し気にかかった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。