騎馬戦が終わり、フィールドに残った氷を、左手で触れながら溶かしていく作業を、続ける。炎を使うのは不本意だが、自分で凍らせた人を見捨てるほど残虐な人間性を持ち合わせていない。
そうやってこの行いに納得はしているが、左の炎を使うたびに、冷え切った身体が温まっていく心地よさに、イライラする。
これじゃあ、結局、クソ親父の思い通りじゃねぇか。
『お疲れさんだエブリバディ!これにて予選は終了!!このまま本戦へーーーっと行きテェとこだが、その前に昼休憩に入るぜ!たっぷり休んで備えてロ!!』
「…さ、寒いッ、あ、ありがと轟…あんた、こういう時は左の炎使うのね」
「…ひどいです物間さん…。私達ごと凍らせる作戦だなんて聞いてないです…」
「オウ轟!溶かしてくれてサンキューな!」
「…別に良い、元々オレが凍らせたモンだ」
轟焦凍にとってはただ都合が良かっただけだ。大勢で集まってて、身動きの取れない集団を凍らせる事など容易い。
その状況を作り出したB組の騎馬の様子を、軽く観察したところ、今回の作戦を立てたのは騎手1人だという事がわかった。
『ーー轟焦凍!』
あれは、オレが思い通りに動くと確信した発言だろう。名前は何だっただろう。A組の名前ですら最近覚え切った所だ。B組には悪いが1人も覚えていない。
「ーーー…チッ」
目の前にいるB組の3人に聞こうとも考えたが、視界に入った赤い炎に目を奪われ、意識もそちらに向かった。
いるかもしれないな、と予想はしていたが、実際に見つけると不愉快だ。
これ以上考えるのはよそう。そう思考を打ち切り、その場を去った。
⭐︎
「ーーあの、オールマイト?話って?」
「いや、大した事じゃないんだ、緑谷少年」
身体半分壁に隠れながら手招きするオールマイトに連れられ、人目のつかない所までやってきた。ここまでコソコソするという事は、《ワン・フォー・オール》についてだろう。
「その、まず確認なんだが、物間少年に《個性》をコピーされたかい?」
そう聞かれ、先程の騎馬戦を思い返す。物間君の個性《コピー》は触れた人の個性を5分間使う事を可能にする、と後でB組の人に聞いた。
「その発動条件なら…そうですね。コピーはされたと思います…ってあぁっ!?もしかして、これってめちゃくちゃ危険な事だったんじゃ…!?」
先程リカバリーガールに治癒してもらった指を見ながら、さっ、と顔が青ざめていくのがわかった。対照的に、オールマイトは安心したような顔を浮かべる。
「まぁ、そうだろうね。物間少年の先程の様子から、彼は本気で君の《個性》を使えると確信していた。そして不発に終わったという事は喜ばしい事だ」
「…あぁ、でもなんで発動しなかったんでしょうか?」
「うむ、考えられるケースはいくつかある」
確かに、物間くんは《ワン・フォー・オール》を使おうとしていた。気になるのはその不発の理由だ。
「まず、彼の個性の条件がまだ複数あり、その1つを満たしていなかった。こればかりは本人に聞くしかないがね」
ただ触る事に加え、僕らにまだ明かしていない条件があり、僕の時はそれを満たしていなかった、ということか。まぁあり得る話だ。
「そして、《ワン・フォー・オール》は個性として特殊だ。“引き継ぐ個性”はコピーの対象に入らない可能性もあるだろうね」
正直、その可能性が1番高いと思った。ただ、それを確かめる術はないし、本人に確認する事もできない。
「他にも、彼自身が《ワン・フォー・オール》を最低限扱う器では無かった、という場合もあるが…まぁ、物間少年のコピーには怯える必要が無くなったのは、確かかな?当分は。……ふぅぅぅ、良かったぁ…!」
そう言ってホッと一安心…どころか、本当に安心した様子で座り込むオールマイト。というか少しやつれている。その様子に思わず焦ってしまう。
「えぇっ!?ど、どうしたんですか?」
「いや、ね…。実は物間少年には苦労していたんだ本当に…!」
話を聞くと、こういう事らしい。
初めてのヒーロー講座学から、今日に至るまで、毎日オールマイトに付き纏い、《コピー》の実験をしたがっていたらしい。隙あらば不意打ちで触れようとしてきたり、ちょっと病的なストーカーで困っていた…との事だ。
『初めましてオールマイト…じっ、実は!ファンです!握手してください!………チッ』
時には道端で出会うファンに紛れ、
『ーーあぁっ!?学校の階段で転びそうになっている生徒がここに!?これはNo.1ヒーローにしか助けられない!!……あぁ、えっと、A組の蛙水さん…だっけ?ありがとう、助かったよ…長い舌だね』
『ケロ』
時には自分を犠牲にした事故を装って、
「そりゃあNo.1ヒーローの《個性》なんて使ってみたいだろうけど…!!目の前で四肢が爆散する可能性もあるわけで、触れられる訳にはいかなかったのだ…!」
「あ、あはは…」
苦労、してたんだなぁ…。
多分オールマイトも、《ワン・フォー・オール》を本気でコピーされるとは思っていなかっただろう。ただ、万が一を思って、今まで何とか回避してきたんだろう。
ていうか、今日まで接触されなかった、っていうのが地味に凄いよなぁ…。さすがNo.1と言うべきだろうか。
「まぁともかく、これで物間少年とも堂々と握手できる!喜ばしい事だ!」
一生徒の握手を拒否するという事が、オールマイト自身も苦渋の決断だったのか、それが解決した今、とても嬉しそうに笑う。
「いやぁ良かった!君にも警告しようと思ったが、緑谷少年にまでお触り拒否されると物間少年も傷つくと思って、言えなかったのだ!」
「ま、まぁ、どんなに頑張ってもいつかは触られますし…」
「うむ!良かった!それじゃ、ワタシはエンデヴァーとちょっと話してくるから、この辺で!呼び止めて悪かったね!」
「えぇっ!?エンデヴァーが来てるんですか!?って、そうか、轟君の応援か…」
もう少し詳しく聞こうと思ったが、引き止めるのも悪いので、そのままオールマイトを見送る。
轟君といえば…先程の騎馬戦を思い返す。
騎馬戦後半はずっと僕の騎馬と轟君の騎馬の一騎討ちだった。お互い攻め手に欠けていた頃、飯田君が何か仕掛けようと動いた。
その瞬間、遠くで、大きな音。
そちらに目を向けると《ツル》で拘束されたA組、B組の面々があった。
あとは、言葉にするまでもないほどの、轟君の制圧作業だった。
「……そういえば、飯田君は何をしようとしてたんだろう?」
思い返してみて、やけに、1人の友達の事が気にかかった。
⭐︎
「ーーー隣、いいかい?心操くん」
「…物間」
ここは、会場の外れ。人目につかない階段の最下段で、座り込んでいる少年の隣に、返事も聞かずに座る。
「…ハッ、何だ?…負け犬を笑いに来たのか?」
「…まぁ、否定はしないよ」
慰めに来たと言っても、恐らく彼は信じないだろう。君と僕は
「ふん。…負けたよ、完敗だ。お前が《洗脳》の存在を序盤にバラしてくれたお陰で、オレは何にも出来なかった」
《洗脳》は対策しようと思えば、簡単に対策できる。相手の話に応じなければ良いのだ。たったそれだけで、初見殺しの《洗脳》は通用しなくなる。
僕と緑谷との戦いを見ていた面々は気付くだろう。この戦場のどこかに、《洗脳》を持つ1人がいる事に。なら、誰か?A組、B組?…普通科のC組?
何だっていい、声を発さなければ。
初見殺しの《洗脳》という個性を、彼が考え無しにバンバン使おうとは考えないだろう。だから、確実に君よりも先に使える。これも、僕が君の《個性》を選んだ理由の1つだ。
お陰でーーいや、僕の
心操はこっちを見ない。けど、口を開いたのが、雰囲気で分かった。
「『ーーー僕はこんな個性のおかげでスタートから遅れちゃったよ。…恵まれた人間にはわからないだろうけど。お誂えむきの個性に生まれて望む場所へ行ける奴らにはさぁ!』だっけ?……お前が言うかよ」
僕が緑谷に向かって言った言葉だ。口を開かせようと思って。
「…お前だって、“恵まれた人間”の1人だろ」
あぁ、彼は勘違いをしている。僕の《コピー》が強い個性だと思ってる。ーー1人じゃ何にもできない、誰も救えない個性の事を。
けど、それは指摘しない。それを僕が指摘すると、全てを否定する事になる。これまでやってきた事を、全て。
だから、僕は口を開く。
「…たまに、あるんだ」
「は?」
「僕は、“
“
言い訳に聞こえるだろうか。馬鹿にしてると思われるだろうか。“同調”については、言わなくても良かった気もする。信じがたいだろうし。
ただ、認めたくなかっただけかもしれない。あれが自分の言葉だと。本当に“同調”したかどうかなんて、僕にもわからない。
「…何だ?泣いてんのか?」
ハッと顔をあげる。気付かないうちに、俯いていたようだ。
…参ったな、久しぶりに、ここまで動揺してしまった。
僕は頭を切り替え、しんみりした空気を振り払うように、笑顔を浮かべる。
「泣いてないさ。言っただろ?負け犬を笑いに来たって」
僕は立ち上がって、心操に向き直り、ビシっと人差し指を差す。そして、一言、告げる。
「ーーーウジウジするな」
これは正真正銘、僕の言葉だ。
「あの状況、あの戦場で、40人もいるヒーロー科の生徒がいる中で、僕は君を選んだんだ。普通科の心操人使、君をね」
ぽかん、とした表現が似合うような顔を浮かべる心操に構わず、僕は続ける。
「言っとくけど、君こそここで泣いてる暇なんて無い。君の《洗脳》が強い事はこの会場にいる全員が認めてる。なんせ、
たとえ、僕が使った《洗脳》だとしても。《洗脳》が強力な《個性》な事に変わりない。
「お、おい何言って…」
「あとは、
「ーーーここは天下の雄英だ。何もかもがヒーローになるにはお誂え向きだ。設備もーー教師も。自分を鍛える方法なんていくらでもある」
「ーーー僕はね、《個性》という存在が大好きなんだ。だから、たくさんの《
“個性マニア”なんてあだ名もつけられているくらいだ。
「だから、正直、僕は君ーー心操人使という人間にはあまり興味はない。僕が求めるのは1つーーーー、こんな所で、その《個性》を腐らせるな。僕が認めた《個性》を」
ーーいつか
言いたい事は言った。本心だった。さぁ、ここにもう用はない。さよならの挨拶を言うような間柄でもないので、無言で足を進める。
僕は階段を上り、背後にいる心操から遠ざかっていく。
「…はっ、ハハハハハハッ!!」
後ろで、誰かの笑い声が聞こえた。ふむ、これで負け犬を笑わせにきた、という僕の発言は、実現した訳だ。結構結構。
はて、笑いに来たんだっけ?まぁ、どっちでもいいか。それも達成した訳だし。
⭐︎
昼休憩はもうすぐ終わる頃だろう、と思いながら、僕はいつものごとく時間ギリギリに会場に滑り込む。周りを見渡すと、学科に関わらず全員の生徒がいる事が確認できた。クラスメイトの姿もちゃんと確認でき…そんな中、1人で少し顔色を青くした、見知った女子がいた。本戦への緊張が高まっているのだろう。
『さぁ、昼休憩も終了し、本戦についてーーと、言いたい所だが、ここで予選落ちの皆に朗報だ!あくまで体育祭!ちゃんと全員参加のレクリエーションも用意してんのさ!』
「…あれ?このあと本戦じゃないのか」
喧しいプレゼントマイクの実況を背景に僕は自分の勘違いを正す。まぁ、そりゃそうだ、全員楽しまなきゃ体育祭とは言えない。
このレクリエーションの後、本戦のくじ引きって流れだろうか。
『しっかり、本場のチアガールも用意して…!…⁉︎どうしたA組ィ⁉︎』
『…何やってんだ』
「ーーなっ…」
驚きの視線は観客席にいる絵に描いたような本場チアガール…ではなく、グラウンドにいるA組(チアガール姿)に向かった。
可愛らしさと大人っぽさ、どちらの需要にも応えた美人揃いの高校生チアに、一段と盛り上がる会場、それでいいのか?
スカウトする理由を間違えなければいいのだが…。
って、そんな事はどうでもいい!
「騙しましたわね…峰田さん…!」
注目の推薦入学者、八百万百が悔しそうに呟く。くっ…これは確かに注目してしまう…!
「ぐっ…!こら、峰田!」
八百万と目があったのでさりげなく逸らし、犯人と思われる峰田とやらを追及する。おそらく言葉巧みに騙したのだろう。
「なんでB組には声をかけてないんだ!こっちにお眼鏡にかなうやつはいなかったってのか!?この最低!」
「び、B組の方!?だ、誰か!この方を止めてくださいまし!峰田さんが最低なのは確定ですが、たった今貴方も結構低くなりましたよ!?」
「う、うるせぇ!オレも声をかけたけど、話持ちかけた瞬間殴られたんだよ!あのゴリラ女に!」
「なんで拳藤に声をかけたんだい!?着せる相手を考えろ!拳藤へのスカウトが無くなったらどうしてくれる!?」
「チア姿とスカウトに何の関係が!?あっ!恐らく拳藤さんと思われる方がこちらに走ってきてます⁉︎」
ぐっ…!A組には峰田という参謀がいたのに、B組は誰も行動しなかったのか?不甲斐ない上に情けない…!B組男子に目を向けると、後悔と絶望を浮かべた表情の男子をいくつか見つける。あとは行動する勇気か…!
「クソ…ここでもB組は劣っているのか…早急になんとかしないと…」
「なんとかしなきゃいけないのはお前だ、バカ」
背後から聞こえる声と同時に、僕の影が大きな拳で出来る影に覆われる。あぁ、これは殴られますね。チラッと後ろを向くと、真っ赤な顔をして拳を作っている女子。あぁ、いや、緊張が無くなったなら、まぁそれでいいんだけど…痛そうだなぁ…。
気付けば、観客席で、僕は1回戦1試合目の開始を待っていた。
くじ引きも終わり、レクリエーションも終わったらしい。おいおい、恐ろしい奴だな、拳藤の強さが全国放送されたぞ。絶対スカウト来るだろ。
そんな悪態をつきながら、僕は1回戦ーーー麗日VS爆豪の開始の合図を聞いた。