注目の本戦1試合目は、呆気ない結末だった。
爆豪VS麗日の戦いは、側からみればワンサイドゲームだったかもしれない。
試合開始の合図と同時に、先手必勝と言わんばかりに走り出す麗日。触れて無重力にする《個性》に対し、迎撃態勢で迎え撃つ爆豪。
そこからは、爆豪が麗日に向かって爆破を続け、麗日の策を真っ正面から叩き潰す。
ただ、それだけの試合だったーーーように見えた。
…けど、
「…さて、次の試合は…あぁ、緑谷君と飯田君か。…ってそうだった」
そういえば、緑谷と話してみたかったのだ。騎馬戦の件について。決して忘れていたわけではないのだが。
昼休憩は心操と話してたし、レクリエーションの時は何故か意識を失ってたせいで、話しかける時間が無かったのだ。
緑谷と飯田の試合は20分後だ。少し話しかけるくらいならいいだろうか。
試合前に悪いな、と思いながらも個人的にはこの件も僕にとって最優先事項だ。早々と済ませてしまおう。なぁに、ただ彼の《個性》について聞くだけなのだから。
⭐︎
『ーーありがとなぁ。デク君は、飯田君とやろ?…見とるね、頑張ってね』
そう言って、控室に入った麗日さんを見送った僕は、そのまま自分の控室に向かう。その最中も、麗日さんの事で頭を巡らせる。
悔しくないわけないのに、それどころか、また笑顔で背中を押されてしまった。
その姿には尊敬の念が尽きないし、あの言葉に応えたい。
1回戦の相手が飯田君とわかった時は、ビックリした。まさか、こうして戦う事になるなんて。
ただ、これは真剣勝負なんだ。
友達だからって手加減なんてしてられないし、僕は手加減出来る程器用じゃない。
「…はやく、《ワン・フォー・オール》を制御できるようにならないとーー」
「やぁ、緑谷君」
「ーーおおおおお!?」
「…え、な、何?」
気付けば僕は自分の控室の前まで来ていたのだが、そこで思いもよらぬ人と出会ってしまった。
「えっと…物間君?だよね?」
「うん。名前、覚えててくれて嬉しいよ」
爽やかな笑顔で応えてくれる物間君。ただ僕の控室のドアの前で立ちすくんでいるので、正直不気味だ。僕を待っていたのだろうか。
「実は、君を待っていたんだ」
「…う」
思わず嫌な声が出てしまった。いや、言い訳をさせてもらうと、先程聞いた“オールマイトのストーカー”という話がまだ残っているのだ。それに、《ワン・フォー・オール》に関しても警戒しないといけない人物でもある。うっかり口を滑らせないようにしないと…!
やけに警戒されてると感じ取ったのか、困ったような笑顔を浮かべる物間くん。あぁっ…!なんか非常に申し訳ない…!
「…えっと、何か、用があるんだよね?」
「……うーん。やっぱり、また今度にしようかな。試合前にごめんね、頑張って」
試合の緊張でまともに話が出来ない状態と判断されたのか、話を切り上げる物間君。めちゃくちゃ良い子だ。
「うん…えっと、ありがとう」
「ーーーーあぁ、いたいた」
そうやって僕と物間君の間で話がまとまったその時、新たな客人が姿を現した。
彼はーー、いや、その方は僕を探していたようで、こちらに向かってくる。ーーー紅い炎を身に纏わせながら。それは、意外すぎる客人だった。
「エ、エンデヴァー⁉︎な、なんでこんな所に⁉︎」
「なに、ただの激励だ」
「へぇ」
げ、激励?僕に?なんで?
混乱に混乱を重ねる僕と、感嘆の声を漏らす物間君。こんなツテがあるのか緑谷君、みたいな目で見られても、どういう状況か僕にはちっともわからない。ただNo.2ヒーローに応援されてると思うとちょっと嬉しくて、浮き足立つ。
「え、えっと、ありがとうございます!僕なりに頑張りたいと思いまーーー」
「ーーーー君の《個性》は、オールマイトとよく似ている」
…その言葉に、僕の中の浮かれた気持ちは一瞬で消え失せる。
“緑谷出久”と書かれた控室の前で、僕ら3人は無表情で立ち尽くす。
…エンデヴァーが来たのに、気温が、2度程下がった気がした。
「…へぇ」
…隣で呟かれたその“へぇ”が、さっきのと違う事は鈍い僕でもわかった。
⭐︎
思わず漏れた僕の声に、エンデヴァーは目線だけで反応する。が、すぐに隣の…やけに顔色が悪い緑谷に向き直り、口を開いた。
「君の活躍見せてもらった。素晴らしい《個性》だね。指をはじくだけであれ程の風圧…。パワーだけで言えば…オールマイトに匹敵する力だ」
「な、何を…何を言いたいんですか。僕はもう行かないと」
エンデヴァーの登場から、明らかに動揺する緑谷…いや、別にエンデヴァーが来る前から挙動不審ではあったけど、さらに拍車がかかった。
これ以上ここで話を続けたくないと思っているのは、詳細を知らない僕でもわかった。
ここで、僕が気を遣ってエンデヴァーを連れてここを去るのもアリだが…。
何故か、もうちょっとだけこの2人の会話を見てみたい。
“緑谷出久の《個性》は、ただの《超パワー》ではない事”は、僕の中で確定している。
幾つかある仮説から絞り込む為にも、僕は少しでも情報が欲しい。一応僕の中では《オールマイトの隠し子説》もある。2パーくらい。
エンデヴァーは控室に逃げるように入ろうとする緑谷を引き止めようとはしない。ただ、かわりに口を開く。
「ウチの焦凍にはオールマイトを超える
その言葉に、緑谷もーー僕も、動きを止める。
「ーーまぁ、君が決勝まで勝ち進めば、の話だがな。くれぐれもみっともない試合はしないでくれたまえ…言いたいのはそれだけだ。直前に失礼した」
「ーー僕は、オールマイトじゃありません」
言いたい事は言い切った、というように、エンデヴァーは去っていく。その背中に、今度は緑谷が声をかける。
先程まであった怯えも、緊張も今は全く見られない。
「そんなものは当たりーー」
「ーー当たり前のことですよね」
食い気味に、緑谷は言葉を被せる。正直驚いた、先程までとは別人みたいに、凛々しい顔で、エンデヴァーと目を合わせている。
「轟くんも、あなたじゃない」
はっきりと、そうNo.2に向かって告げるその姿は、僕にとって少し眩しいものだった。
《個性》についてはあれ以上情報は得られなかったが、残って良かった。確かに、
空気が、ピリつく。睨み付けるように目を細めたエンデヴァーを、真っ直ぐに見つめる緑谷。
「…緑谷君、もうすぐ試合だ。会場に向かった方がいい」
「え?あ、ホントだ!それじゃ、失礼します!」
先程の問答など無かったかのように走り去る緑谷の姿を、僕とエンデヴァーが見送る。
残ったのは、2人。
緑谷への用も終わったエンデヴァーがここにいる用はないだろう。僕に目を向けずこの場を去ろうと足を動かす。あぁ、やっぱり親子だな、と思いながら、
「ーーーエンデヴァーさん」
僕はその背中に声をかけ、引き止める。正直、今が千載一遇のチャンスだ、感覚でわかった。
僕にとって、
この場での会話の1番の
⭐︎
「あっ、いたいた!どこに行ってたのさ物間!」
「あぁ、悪いね拳藤、席取っておいて貰って。…お、まだ始まってないみたいだね、よしよし」
「…なんか焦げ臭くない?」
空いていた隣の席に座ると、失礼にも顔をしかめる拳藤。それはどうしようもないからご容赦願おう。
拳藤の言葉を無視して、僕は下のフィールドに目を向ける。丁度、緑谷と飯田が、試合前の礼を終えた所だ。
「クヒヒ…物間、お前はどう見る、この試合」
「…黒色、君はどうなると思う?」
「…緑谷はまだ《個性》を制御出来ていなイ。あのパワーは確かに脅威だガ、飯田が逃げ回り、緑谷の自滅を誘うのが定石.ダロウな。…キヒ」
つまり、長期戦の末、飯田天哉が勝つと見ているらしい。僕は目を瞑って数巡考える。
今までの予選で、飯田、緑谷両者の性格や考え方は大体把握している。緑谷の《個性》だけが不確定…予測不可能だけど。
「…そうだなぁ、どっちが勝つかはわからないけど、黒色の言った展開にはならないと思うよ」
「フム、なぜダ?」
「だってーーー」
『それではこれより、A組緑谷と、同じくA組飯田の試合を始めます!』
ミッドナイト先生の開始の宣言が始まったので、僕は黒色への説明を断念して、試合会場に目を向ける。
詳しい説明の代わりに、僕は少しだけ黒色に教える。
「ーーー目を離さない方が良い。多分勝負は…一瞬だ」
⭐︎
試合前の礼を終え、目の前の飯田君と対面する。
「…覚えてるかい?僕が騎馬戦の前に言った事を」
そう言った飯田君は、メガネが光に反射してよく表情が見えない。けれど、真剣さは充分すぎるほど伝わってきた。
「うん」
だから、僕もきっぱりと返事をする。さっきまでの物間君やエンデヴァーとの会話を考えるのは後だ。今は、飯田君や、麗日さんの思いに、精一杯応えたい。
『それではこれより、A組緑谷君と、同じくA組飯田君の試合を始めます!ーーー開始!!』
マイク越しに宣言するミッドナイトの開始の合図と同時に、僕は指先に意識を集中させる。
何かあっても直ぐに対応出来るよう、準備だけはしておかなくちゃーーー。
「トルクオーバー!」
「ーーっ!?」
飯田君の様子がおかしいのを、瞬時に、感覚的に悟る。
今までの飯田君の《エンジン》の使い方じゃない。
「ーーーレシプロバースト!!」
その違和感を探ろうとした瞬間、飯田君はいつのまにか、僕の予想を遥かに超えるスピードで、距離を詰めていた。
「ーーーな…!」
ダメだ、間に合わない…!
そう悟った僕は、“指を弾く動作”を省略して《ワン・フォー・オール》を発動させる。騎馬戦の時のように、これだけでも充分な威力だ。
「ーーーっ!この程度か、緑谷君!」
一瞬怯んだものの、更に距離を詰める飯田君に対し、痛みに顔を歪めながら、なんとか距離を取ろうと後ずさる僕。
ただ、その動きも、遅い。飯田君から見れば無駄な抵抗にしか見えないだろう。
この緊急事態に、僕が《ワン・フォー・オール》を使いこなせる訳もなく、飯田君の鋭い蹴りが僕の首元を捉える。
鈍い音と共に、僕は思わず膝をつき、そのまま僕は飯田君の手によって引きずられーーー場外へと連れ出される。
『ーーー緑谷君、場外!飯田君、2回戦進出!!』
ワァっと沸く歓声を聞きながら、座り込んだ体勢の僕は、飯田君を見上げる。
ま、負けた…?こんなに、あっけなく…?
「…1本使わせてしまったか」
飯田君は一瞬悔しそうな顔をしたが、誇らしげな顔で僕を見る。
まるで、僕に勝てたのが誇りかのように。
「言っただろう緑谷君。ーー君に挑戦すると」
そうして、騎馬戦前に聞いた言葉を復唱した。悔しいという感情を通り越して、あぁ、やっぱりかっこいいな、と思った。
⭐︎
試合時間は10秒にも満たなかった。
な?言っただろ?、とドヤ顔で黒色に自慢しようかとも思ったが、流石にうざいので自重する事にした。
「…やはり、お前の言った通りになったカ。…ちなみニ、
不思議と予想通りみたいな反応をする黒色に僕は疑問を覚えるが、質問された事にはしっかりと答える。
「まぁ、そうだな…。わかりやすく言うならーーー」
僕は、試合会場をあとにする勝者と敗者に視線を向ける。先程まで真剣勝負をしたとは思えないほど、いつも通り、仲が良さそうだ。飯田が緑谷を慰めているけど。
「ーーー友達には、傷ついて欲しくないだろう?」
まぁ、結局指一本は傷ついた訳だが。
「…不思議なヤツだ。オマエは」
黒色が、呆れたように笑う。
なんだよ、当たり前の事を言っただけじゃないか。
「普段の授業デも、騎馬戦の時も、オマエの“予想”は驚くほど当たル。まるで、未来でも見て来たかのようダ。正直に言って、気味が悪イ」
僕はその言葉に答えない。そのまま、黒色は続ける。
「オレは、オマエの“影”が恐ろしい。…嫌いじゃないけドな」
言いたい事は終わったのか、黒色は満足気に僕から離れていき、僕はその背中を見送る。
僕は頭をかく。…参ったな。
…気の利いたカッコイイ台詞、考えておくんだった。
黒色と話す時は、色々と気を遣おう、と心に誓った。
⭐︎
『ーーー瞬殺!あえてもう一度言おう、瞬殺!シュンサツだぁ!』
「ウェーイ…」
「対戦、感謝します」
一回戦3試合目、A組の上鳴電気を圧倒した塩崎が、僕らB組の観客席まで戻ってくる。
クラスメイトが塩崎に群がり、先程の試合を労い、褒めちぎる。塩崎は照れるでもなく、謙虚にその言葉を受け取り、次も頑張る、的な事を言って、その言葉にまた皆ウェイウェイ盛り上がる。…負けた上鳴を煽ってるみたいになってないか?
まぁ、それはともかく。
なんか、やけに体育祭っぽくなってきたじゃないか。
「何が面白いのですか?物間さん」
「あぁ、塩崎。もういいのかい?皆への対応は」
「はい。この試合に勝った方が、次の対戦相手ですから。試合を観たいと言ったら許してくれましたよ」
にやけていたらしい顔を引き締め、塩崎と会話を続ける。
「にしても、圧勝だったなぁ…流石だよ」
「…何事にも相性がありますから。あの方の《電気》は私の《ツル》で防げたことが、勝因でしょう」
「また謙虚な…。なんだかんだ言って、今のところB組で1番目立ってるのって塩崎じゃないかい?」
塩崎は障害物競走でも高順位、騎馬戦でも作戦の核を担い1位、そして今回の圧勝。功績としては充分すぎるだろう。
「
「さて、何のことやら」
お淑やかに、そして意地悪そうに笑う塩崎の顔を見て、なんだかむず痒くなった。
居心地が悪くなったので、僕はこの場を離れる事にした。
「あら、どちらへ?」
「鉄哲にアドバイスでも言ってくるよ、今なら多分控室にいるだろうし」
「……?」
塩崎が、“鉄哲さんにアドバイス?お馬のお耳にお念仏の類似表現でしょうか?”みたいな顔をする。はは、失礼かつ丁寧なヤツだなぁ全く。
もうすぐ始まる第4試合目は、常闇踏影VS瀬呂範太のカード。
その次の試合が鉄哲VS切島だ。
彼らの内どちらかが僕の2回戦の相手になる訳だし、ここは是非ともB組の鉄哲に勝って貰いたいところ……でも、ないな。別にどっちが勝っても同じだな。むしろ鉄哲がアドバイスで強くなってしまうかもしれない。そうすると苦労するのは僕だ。
まぁ、いくらライバルとは言え、鉄哲は友達だ。友達には、少し手助けしても問題無いだろう。
先程の飯田と緑谷の姿を思い浮かべる。
ギリギリ納得した僕は、そのまま鉄哲の控室に向かった。
…ちなみに、そのおかげで見逃したのだが、4試合目は常闇踏影が勝ったらしい。おめでとうおめでとう。
⭐︎
ブロックは変わり、そのまま続けて行われた第5試合目。
注目の鉄哲VS切島の試合はーーー。
「ーーーフンヌっ!!」
「ーーーフンヌっ!!」
「オラァゥ!!」
「オラァゥ!!」
「わっしょおおおおおい!!」
「ワッショオオオオオイ!!」
「“工夫していけ”って言ったよなぁ鉄哲⁉︎何も考えず殴り合うのはNGって言ったよなぁ!?!」
無意味としか言えない殴り合いの様子を見て暴れる僕を、B組男子生徒2人がかりで抑える。
「落ち着け物間!意味のない事をしたお前が悪い!」
「鉄哲を責めるのは自分の非を認めてからだ!」
「待て
《洗脳》の存在を疑うレベルで鉄哲に味方するクラスメイト…。くっ、なんでアイツは僕より人望があるんだ…?
あとでこっそりと説教しようと決心しながら、僕はため息をついて2人の拘束から抜け出る。
「くそっ、バカばっかりめ…!」
「いいじゃねぇか!こうやってバカするのが体育祭だろ?」
やけに笑顔の円場の言葉に、僕はそっぽを向いて答える。
「それでも、試合に負けちゃ世話ないさ」
「ーーーでも、アイツは楽しそうだぜ?」
硬い金属音が、会場内に響く。それに応じるように、観客席からは声があがる。どいつもこいつも、浮かれやがって。
試合に目を向けると、両者笑顔で殴り合う光景。
「…ふん、ただバカが2人いるだけじゃないか」
でも、まぁ、悪くないかな。
両者同時にノックダウンした姿に“体育祭らしさ”を感じ、小さな声で、そう呟いた。