ここからだよ、やっとここからだよ・・・・・・。
なにがって? ああ、それは――――――――
運命通り。
こう「言えば」、とても甘美な状況も、絶望的な状況もあるだろう。
こう「聞けば」、どう転んでも幸運に恵まれた、などと喜べる状況ではないだろう。
そう「読めば」、とてつもなく退屈な物語など、掃いて捨てるほど見つかるだろう。
運命とは何か、などと問うまでもなく。
物語においては、致命的なまでの予定調和であり、先行きを知らしめてしまう劇薬でもあり、どうしようもない退屈という毒を染み込ませてしまう。
そう、退屈。
現実においては超克するべき運命も、物語に限っては真逆になる。
一度でも明確に運命だの、宿命だのと嘯けば、それだけで作者の態度が明確に伝わってしまうし、物語の決着もおおよそが見当をつけられてしまう。
悪は善に負け、邪悪はときに善に勝り、過剰な正義こそが邪悪を討ち滅ぼす。
たったそれだけ。だが、それを運命だの、宿命だのと露骨に描かれてしまえば、物語の中でどれほどの努力を重ねようとも、我々には一切の感動を与えてはくれない。
運命とは、物語の浪漫を殺すにふさわしい。
白雪姫の運命など、かの眠り姫ほども定められてはいなかった。
美を奪う妄執。それこそが悪の主題であったからこそ、運命と呼べる指向性となって白雪姫を殺した王妃に対して、眠り姫は呪いという後天的な運命が、これといった意志を与えずに眠り姫を殺した。
だからこそ。
白雪姫を起こす王子についての記述が、後年になって改変されていく。
より浪漫を追い求められ、より劇的な物語へと改変されていく。
眠り姫の物語よりも、その頻度は多く、本質までは変わらずにだ。
物語の改変。
そう、その一点において、おそらく我々は誰よりも詳しい。
我々は、物語に運命など求めてはいない。いや、物語に指向性を与え、物語が人の意思で、あるいは意志で動かされることこそを、『真実の運命』である、と認めるならば。
我々は『心のない物語』の運命などに、深い愛を傾けはしない。。
愛されはするだろうが、その深さはしれたものになってしまうだろう。
『心のない物語』の運命を改変しよう、などとのたまう者が現れるとすれば。
そいつはきっと、とんでもないほどにロマンチストか。
どうしようもないほどに、真実の運命というものを捉え違えた者。
呆れたほどに傲慢で、思慮の浅い人間なのだろうネ。
「ちょっとまって?
”偶然そっくりそのままな物語”ってなんだよ!?」
がたん、と大きな音を建てて、榊遊矢は立ち上がる。
ぎょっとしたような、驚いたような身体の震えで、うちのワンコも飛び上がる。
いや、こちらは遊矢くんの反応に驚かされたのだろう。実際、私も驚いた。
「言葉通りの意味さ、詳細は違うだろうがね」
紅茶をすすり、Tシャツの内側に見え隠れする胸部に目を向ける。
うん、けっこう鍛えられているはずなのだが、どうにも柔らかさを感じさせる丸みを帯びているのは何故なのだろうね。やはり遊矢くんの肢体は女性に近いのだろうか。
「詳細って・・・・・・たとえば、なんだよ?」
「いちいち君が起きてから、寝るまで。
着替えやら普段の身体のケアやら、トレーニング前後、お風呂を出てからの柔軟体操やら、柊柚子くんとの語らいやら、柊修造塾長との何気ない対話、その他もろもろ。
そういったものを真面目に、事細かに描く余裕はなかったようだからね。描かれているものだけに限っても、実際の表情や声色を含めても、相応に異なるだろうとも」
「・・・・・・え? そこまで厳密な話?」
「そうだとも!
たとえばクリスマスやバレンタインに、柊柚子くんからマフラーやらチョコレートやらを義理であれ本命であれ、実際にもらっていたかどうかは分からないからネ!
ファングッズだと紫雲院素良くんとケーキを作ったりしている様子を描かれたりもしているが、そのあたりを実際にやっていたかさえも我々にはサァーッパリだとも!」
「なんでそんなことまで知ってるの!?」
「おや、柊柚子くんや紫雲院素良くんは、実際にそちらの世界にいると?
なるほど、それでいて一部のファングッズのイラストと似たような物事もあったと。
そうだとも。私が言いたいのは、まさにそういう厳密な話なのだよ、遊矢くん!」
勢いよく捲したて過ぎた、もうちょっと紅茶を飲もう。
「・・・・・・ふう、ひさしぶりに昂ぶったような気がするな。
つまりはだ、遊矢くん。我々、EX次元の住民が様々なメディアで君たちを知っているということは。そのメディア別での世界線での『榊遊矢』も実在し得るということさ」
ちょっと待ち給え、と続けて、再び作業台と化したテーブルから漫画本を掲げる。
ひとつは、デフォルメされた榊遊矢が表紙となっている漫画本。
ひとつは、頬や瞳の流線美が際どい榊遊矢、通称「ファントム」とも呼ばれる少年が表紙となっている漫画本。
「このように、同じ種類のメディアでも、複数の榊遊矢が実在し得ている。
片方は、基本的には『カードの効果』が存在せず、次元戦争などという概念など存在しない、極めて平和極まる世界線でのスタンダード次元が舞台となった榊遊矢の物語。
片方は、『ペンデュラムカードの起源』が異なり、榊遊勝を中心とした人間関係が一新され、まったく異なる歴史を歩んだ結果、記憶喪失となった榊遊矢の物語だ」
もうちょっと具体的に言えば、かなり目の前の榊遊矢くんとの差異は大きい。
だが今回は解説を放棄しよう、具体的な彼ら『榊遊矢』の活躍は、直接君たちの目で確認してほしい。ファントム遊矢は大変ふつくしいと思います。
「アニメーションのメディアと、ファングッズのイラスト。
それぞれの物語やワンシーンが統合されているらしい、ここにいる榊遊矢くんとは別の榊遊矢くんもまた、我々EX次元の視点から見ると、実在し得るIFとしてある。
たとえば、柊柚子くんからバレンタインやクリスマスにプレゼントなどもらっていない、君とほぼ同じ歴史を歩んだ榊遊矢くんも実在し得るだろう。紫雲院素良くんとケーキ作りに勤しんでなかった榊遊矢くんも、むしろ単なる友人や師弟としてケーキ作りに勤しんでいるだけの世界線、融合次元など存在しない場合の榊遊矢くんもあり得ただろう。
厳密な世界線の差異という点においては、とても重要な話であり――――」
「・・・・・・偶然そっくりそのままな物語、ってことにも繋がる??」
「その通り!
よくぞ、私の話の本筋を覚えていてくれたね!」
もちろん、もっと詳細を話すと、これだけで話が終わりはしない。
終わりはしないのだが、これもまた説明を放棄しよう。
「大事なことは、ただひとつ。
どこまでが同じ物語なのか、ではなく。
どこからが違う物語なのか、ゆえに君のアイデンティティが異なるか、だ」
パンケーキが乗せられていた皿を片付けつつ、皿の上を流れる蜂蜜を見比べさせるように示す。それぞれ同じ皿の上にこそあるが、蜂蜜の流れも、残ったパンくずの散らかりようも違うのと同じだと言ってもいい。そう、「食べた」という結果だけが同じなのだ。
大まかな性格の差異こそ少ないだろうが、微々たる性格の差異は起こりうる。
一見すると絶望的な意味が強い、ほとんど物語通りという形骸化した運命を念頭に置く上で、絶対に目をそらしてはならない本当の現実こそが、そこなのだ。
ほとんど同じならば、微々たる僅かな差異こそが、寸分異なる未来を得うるだろう。
「偶然そっくりそのままな未来も、現段階ではありうるだろうね。
だが、『偶然』・・・・・・そう、『偶然』そっくりそのままということは、その『偶然』に当てはまらない要素こそが、我々のイメージする榊遊矢くんの未来、物語としてたどり着いた結末、すでに形骸化した運命と異なる未来を歩める、という証左でもある。
たとえ《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》を入手した経緯が同じだとしても、《オッドアイズ・ドラゴン》を得る経緯は異なるかもしれないし、オッドアイズやエンタメントたちと歩んだ物語も、正確には全く異なるものだろう!
EX次元の我々の知る、もはや過去となった伝説の物語の運命とは、ちがうのだ!
なにが言いたいかというとだね、榊遊矢くん――――!」
「――――君自身の過去こそが、すでに新しい未来。
伝説ではない、今現在を生きている、新しい『榊遊矢』なのだよ!」
「おれの・・・・・・過去が・・・・・・?」
惚けたような顔で、それぞれの漫画本を片付ける私を見る。
そりゃあそうだろう、こんなまだるっこしい、複雑怪奇な、普通なら考えもせず、安直な答えであるがゆえに飛びついてしまう「未来」の話なんて、理解が及ばない。
なのに、そんな話で突然「過去」を引き合いに出してくるなんて、方向性が違いすぎるのもほどがある。もっとも、これらの物語など総じて「過去」でしかないのだが。
人の意志が、意思が運命を定めるのならば、「過去」さえ違えば「未来」も変わる。
《心変わり》が運命を変えるならば、やはり彼の運命を変えるのもまた「過去」だ。
そして、目の前の榊遊矢くんは、ファングッズでのワンシーンもまた、彼自身の記憶として持っている。この時点で、アニメ本編での彼と同一であるか否かは、疑わしくもなってはくる。そう、「過去」が違うかもしれないのだ、微々たるものであっても。
「だからこそ、今となっては、『偶然』そっくりそのままな物語なのさ。
こちらの世界にある、榊遊矢にまつわる物語のすべてがね。君が後々になってパンケーキを作る趣味に目覚めて、榊洋子さんと一緒に作っていようが、そんな未来など我々には預かり知らないように、原作で描かれていない過去や、描写を省かれた空白の部分でなにをしていようが、その時点で、もはや君は君なのだ。
我々の知る榊遊矢とは、違う未来を得られているのだよ」
過去が希望をくれる、そんなフレーズの言葉をどこかで聞いたことはあるが。
今回のケースに置き換えて言っても、まさしくその通りであると言える。
私からしてみれば、形だけの運命などクソくらえだ。運命だなんだと言ったところで、ようは物事の終着駅がどこだ、と口にしているだけで、肝心の終着駅にたどり着くまでの乗り換えルートや、たどり着くまでの寄り道なんてものには目を向けられてすらいない。
運命なるものが絶望的な意味にも聞こえはするだろうが、実際のところは上っ面だけ。
このテーブルの上に散らばったパンくずを見て、どうせテーブルが汚くなるからパンケーキなんて食べない、なんてのたまう阿呆がどこにいるというのだね。
食事の最中に、パンケーキがまずくなる話題ばかりを出す馬鹿が調子に乗ってくることが目に見えているのならば、気持ちはわかるが。それなら席を違えて食べればいい。
腹立たしいことに、そのあたりを勘違いした輩が多すぎる。なぜこんなことを今話さねばならないのかといえば、まさに、そんな輩に出くわす可能性を危惧しているからだ。
「なあに、安心も自信も抱ききれないのならば、打つ手はある。
こちらの世界での『過去』を増やそうじゃないか。
人間として、デュエリストとして。それなら分かりやすいだろう?」
そんな輩に出くわす前の、準備体操といこうじゃないか、遊矢くん。
軽く濡らした布巾でテーブルを拭き終えたので、乾いた布巾で湿気を取り払う。
「過去を増やす? デュエリストとして??」
「簡単な話さ。デュエルをしよう、ただし。
ここが異次元の異文化ありきの、マナーが異なる点をレクチャーしながら、だが」
まさか、誰かや知り合いとの初対面のフリー対戦で、だが。
いきなり勝てる可能性に目を奪われてから、「レディース・エーン・ジェントルメーン!」だなんて叫ばせるわけにもいかないからね。
・・・・・・もちろん、それらがすべてダメだ、とは言わないが。
失礼にならないよう、最低限のテーブル(デュエル)マナーを教えておこう。
――――――――デュエル開始の宣言までがだよ、磯野ォ!!
地の文でさらっと流すにしろ、流さないにしろ、今回が始めてですよ・・・・・・ここまでデュエルし始めるまでに時間がかかる作品を書いたお馬鹿さん(※自分)は・・・・・・!