〈 はなして!! いかせてよ!!! 〉
〈 リュック! 落ち着け! 今行っても危険なだけだ!! 〉
はやての悲鳴と、聞きなれてしまった体の壊れる音が操縦室に響き渡り、最後にブツリと通信が切れたと同時に、リュックは操縦室から一目散に飛び出そうとした。悲壮というには生ぬるい、絶望という絶望を顔一面に貼り付けてリュックははやての救出に向かおうとする。
しかし、そんなリュックをすぐそばの仲間が組み付いて引き留めた。
リュックは無意識に仲間を殴打して抜け出そうとするが、体格の差と関節を極められたせいで上手くいかない。
それでもがむしゃらに暴れまわるリュックの力は思いのほか強く、1人では押さえられないと判断した仲間たちは皆でリュックを押さえ付けた。身体が壊れることをいとわず暴れまわるリュック自身を守るためでもある。
〈 離して! 離してよ! ハヤテが!! ハヤテが魔物に襲われてる!! 助けないといけないじゃん! なんで邪魔するのさっ!!!!〉
喚き散らすリュックにアニキが一喝する。
〈 ダメだっ! 危険だと分かり切っている場所にお前を送ることなどできない!! 〉
〈 だ、だったらアニキが助けに行ってよ! 他の人でもいい!! 〉
〈 今の戦力では遺跡の奥まで探索しきれないと報告しに戻ってきたのはお前だろうが! ダメだ!!〉
〈 じゃあ皆で助けにいこうよ!! 銃を持ってさ! 機械もたくさん持って行って!!!! 〉
なおも叫んで懇願するリュックにしびれを切らしたアニキは、強く床を踏み鳴らした。
〈 いい加減にしろっ!!! リュック!!!!! 仲間全員を危険にさらすつもりかっ!!〉
〈 —————っ!! 〉
アニキの言葉に一瞬頭が冷えたのか、動きを止めたリュック。その様子を見たアニキは、感情を抑え、努めて冷静に諭すように言葉をつないだ。
〈 遺跡深部の魔物が異常に強いことを鑑みると、今の装備ではやてを救出することはできない。用意もなしに遺跡に飛び込めば、最悪全滅する可能性も決して低くない。一族のまとめ役として、それは絶対に許可できない。 〉
〈 じゃあアニキは見捨てろっていうの?! あれだけ皆のために頑張ってたハヤテを! 〉
〈 見捨てることなどしない。だが、誰かが犠牲になると分かっている場所に無策で突っ込むことを許可しないと言っているんだ。 〉
〈 じゃあどうすればいいっていうのさ! 〉
〈 …………先日寄った港に、資材等の調達の向かう。装備を十分に整え、必要になる機械を組み立てた後に万全の状態で遺跡に望む。急ピッチで進めれば……二日後にも遺跡に戻ってこれるだろう。 〉
二日後。リュックはアニキの言っていることが理解できなかった。
二日間もはやてを放っておくというのか。今でさえ絶体絶命の危機に陥っているのに、のんびりと二日間も準備するというのか。
〈 そんなんじゃ間に合わないよ! 間に合うはずがない!! 見捨てるんだ! アニキはハヤテを見捨てるつもりなんだ!!! 助けられるのに! 今なら間に合うのに! 〉
〈 みんなもそうだ! 誰もハヤテを助けようとしない!! みんな、みんな、ハヤテのことなんてホントはどうでも———!! 〉
〈 ―――それ以上、一族を侮辱することは許さないぞ。 〉
殺気にも似たアニキの怒気に、リュックはのどを締め付けられた気がした。
〈 周りを見てみろ、リュック。俺たちが、俺たちアルベド族がアイツを見捨てようとしていると、本気で思っているのか!!! 〉
はた、と周りを見渡すと、誰もがつらそうな顔をしていた。涙を流し、嗚咽する者もいた。唇をかみしめ、血を流す者もいた。感情を押し殺そうと、息を整える者もいた。
誰も、はやてを見捨てようとなどしていなかった。
ただ、己の無力を悔やんだいるだけだった。
〈 ハヤテの救出は必ず行う。だが、まずは準備だ。助けに行った者が命を失うなんてことは、決してあってはならない。俺は、それを絶対に許さない。 〉
アニキは最善を尽くそうとしていた。一度たりともハヤテを見捨てようとなどせず、ただ最適解を取り続けようとしていた。
全てを理解したリュックは、暴れることをやめて大人しくなった。アニキの意思は固い。仲間の命を背負っている以上、無茶をすることは絶対にないのだと悟った。
大人しくなったリュックを見て、リュックを組み伏せていた仲間たちが開放する。リュックは静かに立ち上がり、ただうなだれた。
〈 ………わかってくれ、リュック。お前ら! 出港だ! ハヤテの救出に向かうぞ! 目的地は物資補給に向かった例の島だ!
〈〈〈〈〈 おおおおおおぉぉぉ!!!!! 〉〉〉〉〉
アニキの号令にすべての乗組員たちが呼応し、動き始めた。すでに錨の引き上げが始まり、船のエンジンが唸りをあげる。仲間たちが己の仕事に戻る中、リュックだけは操縦室で未だに俯いていた。アニキはリュックの様子に、無理もないと理解を示す。あれだけハヤテのことが気に入っていたリュックだ。自分の班に入れておきながら、ハヤテ一人を置いていったことも気にしているのかもしれない。
しかし、今は優しい言葉をかけ、慰めている場合ではない。
〈 俺たちにできることは信じることだ。ハヤテの無事を信じて、助けに向かうしかない。お前もハヤテの救出のために戦闘・探索科の会議に………? 〉
突然、リュックは顔を上げた。それは覚悟を決めた顔だった。
そして。
〈 ‥‥‥‥? ————っ?! ま、まてリュック!! どこへ行く!!!〉
踵を返し、操縦室を飛び出す。
リュックはデッキへ向かう。
ただ、ハヤテの下へ向かうために。
ハヤテを助けるために。
小さな体を目いっぱい動かして、全力で船内を駆ける。途中、仲間たちが驚いた様子で何か言葉を発するが、リュックの耳には届かなかった。
理屈ではない。心がリュックを動かしていた。
デッキに飛び出たリュックを仲間たちは驚いた目で見る。リュックはそれに気付くことなく、デッキの手すりまで一気に駆ける。仲間たち全員がハヤテの救出に向かおうと急いでいるのだろう。すでに船は島を離れ始めていた。全力でデッキから飛び出しても陸地まで届かないかもしれない。それでもリュックは駆けだした。
ただ、ハヤテの救出に向かうために。仲間の制止の声は聞こえない。リュックはただがむしゃらだった。
だから、リュックは簡単にタックルを受けてしまった。
その瞬間、リュックは強烈な睡魔に襲われる。身体を操る糸が切れてしまったかのように力が抜け、意識が飛ぶ。なんで、どうして、と思って間もなく、リュックはいとも簡単に意識を失った。
ただ、呟くようにハヤテの名前を呼びながら。
〈 リューーーーック!!! 〉
リュックを追いかけたアニキはすぐにデッキへと転がり出てきた。顔やら膝やらを打ってしまったが関係ない。おそらく船を飛び出そうとしているリュックを追いかけなければならない。すぐに立ち上がったアニキはデッキへと顔を向け、仲間の女性に抱きかかえられて眠るリュックを見つけた。
〈 リ、リュック! 〉
アニキはリュックの下に駆け寄る。先ほどまでの頼れるアニキ像はどこへやら、心配そうにリュックの顔を覗き込む。
〈 ごめんなさい、この子、眠らせちゃった。 〉
〈 い、いや。助かった。まさか、急に飛び出すとは…… 〉
アニキは額の汗をぬぐう。話しを理解してくれたようにみえたリュックなら、すぐに戦闘・探索科との作戦会議に参加すると考えていたが、リュックは予想外の行動に出たのだ。アニキは完全に不意を突かれた。
〈 なーに言ってるの。完全に予想できた流れでしょ。だから私たちはここで待機してたの 〉
〈 な、なに?! 〉
見てみると、他にも多くの女アルベド族たちがデッキの端に待機していた。
まずはここにくるべきだ、当然だ、と言わんばかりの表情でアニキを見ている。どこか呆れたような表情でもあった。
〈 もう、理屈じゃないのよ。恋はね。 〉
〈 は? コイ? 〉
リュックを抱きかかえる仲間は、先ほどまで悲しみと悔しさに歪んでいたとはまるで思えない綺麗な寝顔を見せるリュックの顔を愛おしそうに撫でながら言った。
〈 感情が体を動かすの。頭じゃなくて、心がね。それは何にも勝る力になる。時に美しく優雅に、時に燃えるように暴力的に。 〉
〈 は、はあ… 〉
ぽかんとしているアニキにリュックを抱きなおした女アルベド族、【リュックちゃんの初恋を見守り隊】隊長は、ふふっと微笑んで見せた。
〈 言うでしょ、恋はブラインバスターって♡ 〉
聞いたことありません、と喉まで出かかったアニキだった。
そのころ、はやては遺跡の深部を探索していた。時々魔物を見かけるものの、その数は少ない。探索中に背後から襲われないために、なるべく駆逐しようと考えたはやては、【アサシン】の技を駆使して戦闘を即座に終わらせていた。
「あのモルボルどもが実質ボスだったのか。それともあいつらが魔物を食ってたのか。もうほとんど魔物はいないみたいだ。時々見かけても単体だし、こっちに気付くこともない。単体なら戦闘にはならないから楽だな。気分は【アサシン】だ」
【アサシン】とは主にFinal Fantasy Tactics(FFT), Tactics Advance(FFTA)などで登場するジョブの一つだ。即死物理攻撃や石化攻撃などの技を持ち、攻撃力と素早さに特化した最強クラスのジョブである。即戦力になることから、FFTAのプレイヤーであれば必ず一人は仲間にいる言っても過言ではない。
「しかしこれ、初見殺しと言われるだけあって強力だな。無双……にしちゃ地味だけど。あの二人組には何度殺されたことやら……あいつらホントに規格外」
FFTAでは敵を即死させる【アサシン】の技の一つに【
FFTでの【アサシン】は敵固有のジョブとして登場し、この敵も【息根止】を使用してくるのだが、なんと、この技の成功率は驚きの100%。つまり、食らったら死ぬ。慈悲はない。文字通り息の根を止めてくるのだ。さらに、こちらが即死攻撃無効の装備をしていなければ間違いなく【息根止】を使ってくる。
手加減無用、ただ殺すことに特化した技。
それがFFTにおける【息根止】である。
このジョブについている敵キャラはバトルフィールドの高低差をほぼ無視した移動が可能で、気が付いたら背後を取られて死亡なんてことがざらにあった。そのくせ、様々な状態異常防御の装備を付けていることもあり、こちらの即死攻撃を含んだ状態異常攻撃をことごとく無効にする。
さらにふざけたことにこの敵キャラ。二人一組のペアで登場するのだ。勿論、どちらも【息根止】を使う。たまったものではない。
この死の権化ともいえる敵キャラへの対処法としては、即死攻撃無効の装備をして臨むことが一般的だが、即死対策をしても今度は別の状態異常をかけてくるため、結局は距離を離して遠距離で攻撃することが手っ取り早い。
無論、初見ではそれが分からないことが多いので、大抵一度は全滅する。
バトルフィールドの端まで追い込まれた挙句、じわりじわりと襲ってくる二人組は恐怖でしかない。
今回、はやては隠密性と確実性を取るために、FFT式:仕手【息根止】を使用している。魔物に直接触れる必要があるが、それを除いても大変強力で便利な技だ。触れさえすればまず間違いなく魔物は死ぬのだから。
この世界では【デス】で死なない魔物も、【息根止】であれば死ぬ。即死攻撃の対策を魔物がしているはずもないので、今のところ、はやての近距離最強の技となっていた。
しかし、かつて幾度となく【息根止】によって全滅させられ、リトライを余儀なくされた苦い経験を持つはやては、決していい気分でこの技を使えなかった。この技の危険性も正しく理解しなければならない。
無双といっても、あまりいい気分じゃないと独り言ちるはやてであった。
「まあ今はともかくだ。さっさと探索し終えて帰ろ……ん?」
周囲に魔物がいないことを確認しながら探索を続けていると、はやては行き止まりに扉を見つけた。ドアノブはついていないが、押せば開くように見て取れる。
「………いかにも、だな。ま、何にせよ行き止まり。開けてみるか」
いつでも攻撃できるように注意を払いつつ、はやては扉を開こうとした。
「…‥ん? これ、固っ——っ!! ふんぐっ!!!」
始めは恐る恐る押してみたのだが、びくともしない。今度は力いっぱい押してみるが、力が足りないのかまるで動く気配がなかった。
「んがぁぁぁ! こんなろ!!!」
ついには扉を蹴り始めると、扉が少しずつ動き始めた。とどめとばかりに扉を勢いよく蹴り開けると、そこにはカクテルテーブルのような台と、その上に置かれた物体しかなかった。部屋自体もかなり狭く、部屋というよりスペースと表現したほうが正しいかもしれない。精々が倉庫か、貯蔵庫だろう。はやては台の上に鎮座する物体を手に取ってみた。包んである薄い布を取っ払ってみると、それは、片手大の機械であった。
「おおおお! たぶんこれだな!! ……ぱっと見デカいトランスシーバーだな、これ」
ダイヤルのようなものやボタンらしきものが色々ついているが、下手に触って誤作動を起こしてはたまらない。はやてはその機械を布で包みなおして腰にぶら下げた。
「さて、ゲームじゃこの後決まってボスが出てくるところだけど……。特に魔物が出てくる気配もないか。よし、さっさと帰ろ」
やはりあの色違いのモルボルたちがボスだったのかと納得しながら、はやては【テレポ】を唱えた。
「……………………」
そして今。はやては砂浜でぼんやりしていた。
途方に暮れていると言ってもいいだろう。
テレポで遺跡から脱出してすぐに、はやてはサルベージ船がないことに気が付いた。はじめはテレポ先がずれていたのかと考えたはやてだったが、遺跡の入り口は入ってきた時と全く同じである。
急に現れたはやてに、他の探索者らしき人々が驚いていたので、誤魔化すついでにサルベージ船について聞くと、どうやら数十分前に出港したとのことだった。
かなり慌ただしく出港したらしく、まるで何かから逃げるようにも見えたとは探索者たちの言だが、はやてはアニキたちがはやてを置いて逃げ出すような者たちではないことは、この数週間の間でよく理解していたので、何か特別な事情でもあったのだろうとあたりを付けた。
はやてを置いて逃げたわけではないだろうが、しかしそれ以外で出港した理由が分からない。どこかに急行せざるを得ない事態が発生したのだろうか、とはやては考える。しかし、何だとしても根拠がないため深く考えるだけ無駄かと思い、とりあえずどうしようかと砂浜でぼんやり海辺を眺めて、現状に至る。
しばらくさざなみに耳を傾けながら、海辺に家を建てて暮らすのもありだなあと益体もないことを考えていると、軽鎧に身を包んだ青年がはやてに話しかけてきた。短い赤茶色の髪に青色のヘッドバンドを巻いている。腰には大きな本をひっかけていた。
「あのー、すんません」
「うん? はい、なんでしょう」
「おたく、この遺跡の探索者すか?」
青年は軽い口調ではやてに問いかけてきた。特に嘘をつく理由もないので、はやては素直に聴取に応じる。
「ええと、探索者と名乗っているわけではありませんが、遺跡の探索はしていましたよ」
「そう……、すか」
青年は少し考える素ぶりを見せると、重ねてはやてに問うた。
「あー、実はこの遺跡に探索に入った方が行方不明になっているという情報が入ったんす」
「はあ」
「それで、もし何かご存知でしたら教えていただきたくて……」
「何か、ですか? ええと……あっ」
何かと言われてもなあ……と考えたところで、遺跡深部の魔物たちについて思い出した。
「なんか知ってることがあるんすか?!」
「えっ、あ、ちょっと?!!」
何かを思い出した風に声を出したはやてに青年は強く反応し、はやてに詰め寄った。急に詰め寄られたはやては後ろにのけぞるが、青年はぐいぐいとはやてに迫る。
「あのっ! 何でもいいんす! 行方不明者について何か知ってたら!!!」
「近い近い近い近い近いですって!!」
「え? おっと! す、すんません……」
はやての指摘に我に返った青年は申し訳なさそうに身を引いた。
「お、驚いた。ええとですね、あの遺跡ですが」
「う、うす!!」
青年はハヤテが話し始めると同時に大きな本を開いた。ちょっとした百科事典くらいの厚みがあるが、それでメモを取るつもりなのかとはやては不思議に思いつつ話しを続ける。
「探索したところ、奥に行けば行くほど魔物が強くなっていくんです。それも、尋常じゃない強さで」
「尋常じゃない……すか?」
「ええ、もちろん主観的にはなりますが、戦闘に慣れている部隊が撤退を余儀なくされていましたから」
それがアルベド族であること、また自分がその部隊の一員であることは黙っておこうと、詳しいことは説明しなかった。青年ははやての説明に頷きながらメモを取っている。
「僕は隠れて見ていたのですが、モルボルもいましたよ。それも四体」
「も、モルボル?! そんな魔物があの遺跡にすか?!!」
「ええ。部隊の人たちが倒していました。その人たちはその後すぐに帰っていましたが、おそらく強力な魔物たちが原因なのでは?」
はやてとしては、あのモルボルたちに食べられたのではないかと考えていたが、そもそも遺跡深部に行くまでの魔物たちもかなり強力だった。
モルボルにしろ、他の魔物にしろ、人的原因ではないだろう。
「なるほど……。普通では考えられない魔物の出現に、強さ。この手の場合、遠いところで『シン』と関わっている可能性があるそうなんす」
「『シン』? あの遺跡が、ですか?」
一通りメモし終えたのか、ぱたりと本を閉じると青年ははやてに向き直る。
「うす、直接的な関係ではないかもしれないすけど、俺たち討伐隊が調査に乗り込む必要があるかもしれません」
「……討伐隊、ですか?」
「うす。……って、す、すんませんっ!自己紹介してなかった!!」
慌てたように青年は左手を水平に張って自分の胸を叩く敬礼を見せた。
「ビサイド島支部ビサイド村所属討伐隊、チャップと言います。正確には討伐隊見習い……お手伝い?てところなんすけど」
そう言ってチャップと名乗った青年は頭を掻いて誤魔化すように笑った。
次回からはビサイド村編です。