ビサイド島行の帆船に乗って5日が過ぎた。
船の中でできることはほとんどなく、はやてはアルベド語を復習したりチャップと世間話をしたりしながら暇をつぶしていたが、いよいよやることが無くなってしまい、今はデッキでブリッツボールを使ってストレッチをしている。船の後方ではチャップが大きな本を持ちながら乗客相手に近辺の魔物について解説している。はやては既に聞いた話だったので、邪魔をしないように離れていた。
部屋で寝転んでいてもいいのだが、あえてデッキで暇そうにしている。すると同じように暇そうにしている子どもたちが寄ってきて、はやてを遊びに誘ってくれるのだ。今日も子どもたちと暇をつぶすつもりだった。
しかし、今日はチャップの話に興味があるようで、はやての下には誰も来ない。
どうやら目論見は失敗したらしい。
しょうがないかとつぶやき、はやてはデッキに寝そべって、ブリッツボールを枕に目を閉じる。すると海を割って進む音、帆がはためく音、カモメのような鳥が鳴く声、色々な音が耳に入ってきた。
全てが新鮮だが、なかでも帆船が軋む音がはやては好きだった。
ぎぎぎぃいいい、ぎぃぃ、と間延びする音は不思議と耳に心地よく、元の世界ではあまり聞いたことのない音だったこともあり、いつまでも聞いていられた。
鼻をくすぐる潮の香りとあわせて、自分は旅人のようだとはやては感じた。
しばらく緩やかに浮き沈みする船の動きを体全身で感じていると、くすくすと可笑しそうに笑う女の子の声が聞こえた。
目を開けると、両手で口を押えながらかわいらしく笑う女の子がはやての顔を覗き込んでいた。いつもはやてと遊ぶ子どもたちのうちの一人だ。
「おや、変な顔して寝てたかな?」
「ううん、ちがうよ! はやてって、時々ぐうたらしてておもしろいなあって」
「だって、やることがなくてね。暇なんだよ。ちょっと眠いし」
「おやすみの日のお父さんみたい!」
「うっ……、お兄さんはまだ若いんだぞ」
大げさにリアクションを取りながらそう言うと、女の子はまたおかしそうに笑った。
ころころと笑う姿は、見ているこちらが元気になりそうだ。
よいしょ、という掛け声で立ち上がると、はやては大きく伸びをする。
女の子もはやての真似をして伸びをする。それから2人で何となく笑いあう。
「君はみんなと一緒にチャップの話を聞かないの?」
「んーん。まものの話、あんまりきょうみない」
「そっか」
「まものの話はいっつもおとうさんがしてくれるの。あぶないんだって。でも、ききあきた!」
「あっはっは! 聞き飽きたならしょうがないね!」
「うん! ねえねえ、はやて! はやても何かお話して! みんなしらない、おもしろいのが良い!」
「くくく、いいよいいよ。じゃあそうだなあ……。まん丸の赤いほっぺから、サンダーを出す黄色いネズミの話をしようか」
身近な木箱に腰掛けるはやて。
すると女の子は正面にぺたりと座り込んだ。
本があれば、読み聞かせしているように見えるかもしれない。
「なあにそれ? まもの?」
「いいや、僕らの友だちさ。ある国ではね、子供は10歳になったら……」
女の子は夢中になって聞き始める。
とても穏やかな時間だった。遺跡で経験した地獄が嘘のようで、あれは白昼夢だったのではと思うほど。だがあの苦痛は決して幻などではないと、はやては実感している。
ここ数日、はやては満足に眠れていない。体感で2,3時間ほどは眠れているものの、目を閉じていると、モルボルたちによって失明状態にされた時を思い出し、どうにも目を開けてしまう。肉と果実をとことん腐敗させて混ぜ合わせたような匂いが、部屋の隅から漂ってくる気がして、そのたびに潮の香りでごまかそうとデッキに飛び出している。
体の調子は悪くないが、少しばかり精神的に参っていることをはやては自覚していた。
日中、チャップや子どもたちと過ごしている間は気にしなくて済む。意識が外に向いているからだろう。しかし一人になると遺跡での出来事を思い出してしまう。島に残っていたらどうだっただろうか。毎日遺跡の出入り口に目を向けてひやひやしていたかもしれない。船上のほうが何倍もマシであることは間違いない。
寝不足ではある。しかし結果的に、はやてはチャップに助けられていると言えるだろう。チャップのためなら最大限力を貸そうと心に決めたのだった。
しばらくして話を終えたチャップがはやての下にやってきた。
「よっ。なんだお前ら、またはやての邪魔してるのか?」
邪魔じゃないやい、お話聞いてたの!、チャップー俺もたびに出れるかなー?
やいのやいのとチャップに言い返す子どもたち。
はやてはいつの間にか子どもたちに囲まれて、もっともっとと話をせがまれていた。
赤ぼうしをかぶった少年がネズミの名前を呼びながら橋から飛び降りたシーンで「今日はここまで」と話を打ち切ったはやては、そんなー!と叫ぶ子どもたちをやんわりとあしらう。
自然と子ども同士で集まり、はやて達から離れてトレーナーごっこをし始めたところで、チャップははやてに伝えた。
「あと少しすればビサイド島につくぞ。荷造りはすんでるか?」
「昨日話を聞いた段階で終わらせてたよ。もともと身軽だったから、いつでも大丈夫」
「そうか。……子どもの相手をしてて疲れたのか? なーんか、すすけた背中してるじゃねーか」
「や、帆船ってのに乗り慣れてないからかな。なかなか寝付けなくてねえ」
「おいおい、言ってくれれば揺れの少ない部屋くらい用意したぞ」
「ありがとう、それほど深刻じゃないから大丈夫さ。それにもう上陸するなら問題ないし」
愛しの陸上よ……、とうそぶくはやてを少し呆れた様子で見ていたチャップは船の前方に見える島を指さす。
「ほら、あれがビサイド島だ。初めてだろ?」
「おお! あれが! あれがビサイド島!!!」
はやては船から身を乗り出して眺める。
「小さな田舎の島だが、まあこれが悪くない! 貿易は盛んだし、召喚士様や従召喚士様がよく訪れることもあってまあまあ発展してる」
ビサイド村は田舎そのものだがなと笑うチャップだが、その顔はビサイド島を愛してやまないと言っているようだった。
「うん、楽しみだよ。一度来れたら来てみたかったんだ」
「そりゃまた、物好きだなあ。ま、悪い気はしないけどよ!」
「ブリッツ、見せてくれよ」
「もちろんだ! だがその前に、討伐隊宿舎に寄ってくれ。例の行方不明者とかモルボルのことをルッツ先輩に説明してほしい。それに、ビサイド村で過ごすなら宿舎に寝泊まりしてもらうことになるから、確認しておいてもらいたい」
「わかった。一先ずチャップについてくよ」
「わるいな」
その後はとりとめのない話をしていたが、乗組員たちが帆を下ろし始め、上陸体勢に入り始めると、乗客全員が客室に戻っていった。はやてとチャップも一度部屋に戻って身支度を整えることにした。
ビサイド島に上陸する客と、そうでない客がいるらしい。それぞれの親に呼ばれて解散した子どもたちもどことなく寂しそうにしていたが、それでも「また会おう」と再会を誓う姿がはやてには眩しく見えて、強く印象に残った。
上陸のアナウンスがあってすぐに、帆船は港に到着した。別れを惜しまれながら下船すると、はやては思わず周囲に心を奪われる。
目に入るすべての自然が美しい。
日本では決して見られないであろう自然のありのままの美しさが、そこには広がっていた。
エメラルドグリーンという言葉すら陳腐に聞こえるほどに透き通った海に、色とりどりの草花が調和し合って島全体を彩っている。
砂浜は不純物が一切ない、上品な薄クリーム色で、足跡一つ残すことがはばかれた。なじみのない美しい景色にも関わらず、その胸は郷愁に駆られる。
「ふるさと」が持つ優しさや落ち着きが、この島にあふれているようだった。
いつだって
「どうだ、最高のお出迎えスポットだろ」
惚けているはやての肩を叩いて、嬉しそうにチャップが言う。
「最高だね。ああ、これ以上を僕は知らない」
「………俺はさ、はやて。この島と、仲間や家族、この島に生きる俺の大切な人を、守りたいんだ」
「…………」
「そのためなら、俺は無茶も無理も押し通せる。規則があろうが、掟があろうが、関係ない。守り通すため、俺は俺自身を犠牲にできる」
「…………そうか」
「……笑わないんだな」
これまでいろいろと言われてきたのだろうか、少し不思議そうにはやてをみるチャップだったが、はやては誠意を込めてチャップに続ける。
「君の誇り高い覚悟を汚すつもりはないよ。チャップ、僕は君に出会えて本当に良かった」
選手生命を絶ってでも守りたいもの。決めた覚悟。
それは決して他人が横から口出ししていいものではない。
はやてはただ称賛する。
『シン』は不滅の存在だ。召喚士でもない人間が『シン』のために自分を犠牲にする必要はないと考える者も少なくない。チャップも周囲の仲間からは引きとめられ、とりわけ恋人や家族には何度も考えなおすように言われていた。今は渋々認めてはいるが、内心では肯定しかねているのだろう。
そういった事もあり、手放しで称賛されるとは思ってもみなかったチャップははやての顔を呆然と見つめていたが、照れ臭そうに頭をガシガシと掻くと空気を入れかえるように歩き出す。
「まあ。その、なんだ! 俺としてはここもいいが、やっぱ村を見てほしい! 歩いていけるぞ、さあ行こうぜ!」
「お。じゃあ、行こうか。皆! また会おうね!」
はやては最後に船の上から一生懸命手を振る子供たちに大きな声で応えてから、チャップの背を追う。
「途中魔物が出るぜ。遺跡に潜ってたなら、戦闘はイケるんだろ?」
「まあ多少は。ただ、ちょっと癖があるから、ひとまず僕に任せてもらってもいい?」
2人は歩みを進めつつ、道中の戦闘について話しながらビサイド村に向かう。
「たしか、魔導士だったか? アルベドの所にいたんだろ、機械は使わないのか?」
「うーん、機械は使わない……というより使えないかな。あれは使う前にしっかり練習しないといけないし、僕はアルベド族のみんなといる時も終始コレだったから。ブリザラ!」
そう言って草むらから現れた、
「げっ……一発でしとめやがった」
「基本的な攻撃は魔法だね。でも、時々君の知らない魔法を使うから注意してほしい。七式:トード」
頭上を飛んでいた
ゲコゲコと鳴くそれは、とても鳥類だったようには見えない。
「……は? え? どういう理屈だ、それ?」
「魔法だよ。ちょっと変わってるけどね」
「は、はぇ~~。……ルーには逆らわないようにしよう」
「道中の戦闘は任せてもらおうかな。誤射したらまずいし。道案内よろしくね。プロテス、シェル」
「お、おぉ。白魔法もいけるのか。討伐隊の形無しじゃねーか……」
はやてはカエルをファイアで焼き尽くすと、チャップに先を促した。
チャップは魔導士についてそれになりに理解していたつもりだったが、どうやら世界は広いらしい。見たことも聞いたこともない魔法もあるんだと、また一つ勉強になったと感心した。
「強いに越したことはないか。よし、じゃあ俺についてきてくれ! この調子ならすぐに村に着くだろ」
「あ、景色を楽しんでるからゆっくりでもいいよ」
「意外とのんきだな、おまえ……」
ビサイド島の魔物が比較的弱いこともあり、道中を最短時間で進むことができる。
チャップはかなり早く村に着くと感じていた。はやてはもう少し自然を堪能したかったようだったが、村に滞在してもらえればいくらでも時間はとれるので先を急ぐことにした。
「うし、ここが俺たちの村、ビサイド村だ。ようこそ、はやて!」
「お、おおー。ここがあのビサイド村か……。なるほど、たしかにこんな感じだった気が」
「うん? お前、ここに来たことなかったんだろ?」
「え? あ、あー、うん。話には聞いてたからさ」
「……? ま、いいか。それよりおい、さすがにお祈りの仕方は知ってんだろ? ここにはビサイド寺院があって、村人も敬虔な信者がほとんどだ。一応おさらいしとくか?」
「えーと、たしかこんな感じだっけ」
はやてはゲーム内のお祈りの仕方を思い出していた。
それほど難しい動作ではない。
「よっしゃ。そんじゃまずは討伐隊の宿舎に行こう。基本的にはそこで寝泊まりしてもらうことになる」
「了解」
はやてとチャップは村に入る。はやては、目の前に広がる景色に見覚えがあった。村の奥にあるのは、話に合ったビサイド寺院だろう。イメージしていたよりも大きな寺院で、中に入らずとも特別な建物であることがうかがえる。
村の中心には円形の広場があって、それを囲うように大きなテントがいくつか建てられている。大きさといい、形といい、モンゴル遊牧民の移動式住居「ゲル」のような住居だ。現代の日本によくみられるような建築物は寺院だけだ。
はやてが村の入り口でビサイド村を眺めていると、足元で何かが動く気配がした。見てみると小さな犬がはやての靴にちょっかいを出そうとしている。
「おいおい、わんこ。大事な靴なんだよーやめてくれー」
はやては子犬を抱えてる。いたって普通の犬だ。元の世界の犬と全く同じように見える。
ひっくり返すように抱えてお腹をさすってやると、嬉しそうに身じろぎする。
子犬を抱えてあやしていると、村人たちがはやてを珍しそうに見やる。村に訪れる者が珍しいのか、よそ者が気になるのか。犬を抱えながら会釈すると、村人たちも挨拶を返した。ひとまず友好的だと感じたはやては小さく安堵の息を吐いた。
チャップに気が付いた村人たちが声をかける。
「あら、チャップ君。おかえりなさい。結構長かったね」
「お! チャップ戻ったのか! 怪我ねえようでなによりだ!」
「チャップ兄ちゃんおかえり!」
「チャップさーん! 練習に参加してくださいよー! ただでさえ人数少ないんですからーー!」
「みんな、ただいま! ちょっと宿舎に寄らせてもらうな! 客人がいるんだ」
チャップがそう言ってはやてを指す。
「はじめまして。少しの間、お世話になります」
無難に挨拶をすると村人たちからも挨拶が返された。見慣れない姿格好のはやては村人にとって少し警戒心を抱かせる人物だったが、チャップの客人であるということや物腰の低い丁寧なあいさつで「ちょっと変わった格好をした客人」と認識を改めた。
「じゃ、行くか」
「ちょっと待って、チャップ。あの皆さんすみません、この子、どこの子でしょうか?」
はやては手の中でまどろみ始めた子犬を見せる。手元の子犬を飼い主の下に返さないと宿舎でゆっくり話ができないだろう。子犬を見た中年の村人が答えた。
「あ~、兄ちゃん、その子犬はいつの間にかこの村にいたヤツでな。飼い主はいねぇんだ。一応村のみんなで面倒見てるけどよ」
「あ、そうなんですか。すみません、これから討伐隊の皆さんとお話させていただくんですけど、どなたかこの子を預かってもらえませんか?」
「あ! じゃあ俺があずかっててあげるよ!」
はやての呼びかけに少年が応じた。いつの間にか眠りこけた犬を起こさないようにゆっくり手渡したはやてはありがとう、と少年の頭を撫でる。
「その子を頼むよ」
「へへっ! まかせろ!」
寺院に向かって走り去る少年を見送ったはやては再度村人たちに会釈し、宿舎に向かう。入り口ではチャップが待っていた。
「なんていうか、もう馴染んだんじゃないか?」
からかうように言うチャップ。はやてはそれを不思議と心地よく感じた。
「だといいんだけどね。子犬に救われたな」
「ちがいない。さあ、中でルッツ先輩と会ってくれ」
「わかった」
カーテンのような入口をくぐると、すぐそばに置いてあった木箱に座る、赤毛の青年がいた。髪を短く切りそろえ、オールバックのように後ろに流している。地図のようなものを広げて眺めて、小さくうなっていた。
「ルッツ先輩」
「ん? おお、チャップ! 帰ったか!」
ルッツと呼ばれた青年が立ち上がると、チャップは敬礼をし、ルッツもそれに返した。
「うす。討伐隊見習いチャップ。帰還しました」
「ご苦労だったな、まあ座ってくれ。話を聞かせてほしい。それと、そちらの方は? 見ない顔だが」
「うす。実はちょっと聞いてほしい話があるんす。彼ははやてといって、例の遺跡の探索者の1人っす。詳しい話をしてもらうために来てもらいました」
「初めまして、ルッツさん。柊木はやてといいます。はやてと呼んでください」
「そうか。討伐隊ビサイド村支部所属のルッツだ。よろしく頼む、はやて。遠路はるばるすまないな。早速なんだが、ぜひ詳しい話を聞かせてくれ」
「ええ、知る限りのことをお話ししましょう」
3人はテーブルにつき、はやてはチャップの説明に補足する形で事情を説明した。
「アルベド族、遺跡に潜るほど強くなる魔物、行方不明者の持ち物が一切落ちていない、そして青色のモルボルが4体……か」
一通り話し終わると、ルッツは話を整理して思考する。ルッツにとっても理解しがたい状況だ。どのように判断すべきか分からなかった。
「行方不明者はおそらく、モルボルに飲まれたのだろうな。最奥にいたという話だが、道中の魔物にやられたのであれば装備品の一つくらい落ちているだろう。はやてが潜るまでは遺跡中を徘徊していたんじゃないか?」
「かもしれないすね。俺、モルボルは人間を一飲みにするって聞いたことあるっす」
「かなり危険な遺跡だ。すぐに上とかけあって指定立ち入り禁止遺跡にしてもらおう」
「うす」
「アルベド族と行動を共にしていたとのことだが……、そうだな、最近はアルベドと協力しながらある作戦の準備に取り掛かっていることが多い。会えそうな時は声をかけさせてもらう。元のところに戻れるまで、しばらくこの村でゆっくりしていくといい。寝泊まりはここでしてくれたらいいから」
ルッツは宿舎の奥を指す。ベッドがいくつか置いてあり、そこで自由に寝ていいとのことだった。仕切りがないためプライベート空間については諦めるしかないが、風雨を凌げてベッドまで用意してくれるのであれば文句など言うべきではない。はやてはシェルターの大切さを、かつてのサバイバル訓練で嫌というほど学んでいる。
ただ隅のベッドは確保しようと思うはやてだった。
「感謝します、ルッツさん」
「いいさ、こちらも貴重な話が聞けたんだ。ただ……、はやて、失礼なのは承知だが、『シン』の毒気による記憶の混濁はどの程度だ?」
「構いませんよ。そうですね……、アルベド族のみんなと過ごしているときに「常識」についてはある程度は思い出してます。ただ細かいところまでは」
この世界の細かい設定までは覚えていない。
「そうか。ならアルベドの事はしばらく秘密にしておけ。あいつらが悪い存在って訳じゃないのはオレも知ってるが、やっぱり……な」
「ええ、それも把握しています。お気遣いありがとうございます」
「………わりぃな」
「あなたが謝ることではありませんよ、ルッツさん。僕としてはアルベド族の方と会わせていただけるだけでも大変助かっています」
「そうか。そうだな。うし、じゃあ遺跡についてオレは連絡をするとしよう。チャップ、詳しいことは明日やる。今日はもういいからワッカとルールーに会ってやれ。心配してたぞ」
「うす! そうだ。はやて、俺の兄ちゃんとルールーを紹介するぞ! ついてきてくれ!」
「ああいや、待て。はやてにはもう少し個人的に聞きたいことがある。アルベドと会うためにな。あとで合流すればいい。チャップ、先に会いにいってやれ。大切な家族と恋人なんだ。ついでにはやてについても説明すればいいさ」
「……? うす。 じゃあはやて、ここで待っててくれな。2人を連れてくるから」
そういうとチャップは宿舎を飛び出していった。本人も会いたがっていたのだろう。
ルッツはチャップを見送ると、すこし緊張した面持ちではやてに向き直る。
「はやて、お前に聞きたいことがいくつか……? おい、はやて、大丈夫か?
「…………」
「おい、はやて。おい!」
「———っ! あ、あぁ。すみません、何ですか?」
「おい、お前大丈夫か? 顔色悪いぞ?」
「……いえ、なんでも。一息つけそうな場所なので、少し気が抜けたのかもしれません」
「……? そうか」
「それより聞きたいこととは?」
すこし様子がおかしいはやてだったが、ルッツは気になる点をはやてに問うた。
「遺跡で見たのは青色のモルボルって言ったか。それも4体。おそらくそれはただのモルボルじゃない。討伐隊の本部にモルボルの希少種の記録があったはずだ。『シン』のそばで稀に見られるらしい。一般的な個体とは比較にならないほど強力で、出会ったが最後、精鋭部隊ですら何もできずに全滅してしまうらしい」
「……ええ、とても強力そうでした」
「オレの知る限り、退治記録はない。歩兵小隊、つまり40人前後でたった一体の撃退が精いっぱいだったはず」
「……………何が言いたいのです?」
「お前の話では
「………」
「はやて、何が目的だ?」
ルッツは初め、遺跡を独占する意図の下、探索者から遠ざけるために強い魔物がでるという噂を流布したいのだろうかと考えた。しかし指定立ち入り禁止遺跡にされた場合、討伐隊による調査が行われるだろう。討伐隊に報告する以上、占有はできなくなる上、自分すら遺跡に潜ることができなくなる。
討伐隊に対して恨みがあってモルボルと戦わせたいというのなら、わざわざ魔物の情報を提供する必要はなく、むしろ積極的に調査に向かってもらうよう『シン』の情報でも流すはずだ。
単に遺跡の危険性を伝えにきたにしては、何かを隠しているようにも見て取れる。
はやては何者で、何をしたいのだろうか。
ルッツははやてを見据える。
嘘の一つも見逃さないつもりだろう。
はやてはしばらく口を開かなかったが、ルッツに譲る気がないと見えると観念したのか、しゃべりだした。
「目的は変わりませんよ。アルベド族のみんなと合流する。それだけです。モルボルについてですが、実際のところは私が倒したんです。ただ黙ってた方がいいと思いまして」
「……なぜだ?」
「信じられないでしょう、そもそも」
「………」
それほどまでに強い魔物だったとは思いませんでしたけど、と笑うはやて。
「私としても証明する手立てがありません。ですがモルボルがいたことは間違いありませんし、亡くなった方のことを考えると適当なことも言えない。だから中途半端なごまかしになってしまったんですよ。私自身置いてけぼりをくらって少し混乱していたので、まあルッツさんが思う通り「怪しい情報」になってしまいました。何者が倒したかなど、どうでもいいかと思いまして」
故意的なものではありません、とはやては謝罪した。
「………仮に、はやて。お前が一人で倒したのなら……」
「そうですね、実力を証明することもできます」
「そう、か」
「ええ、そうです」
ルッツは考え込んだ。何を考えているのか、はやてには容易に想像できた。
主に2つだろう。1つは危険人物ではないかという事。そしてもう1つは……。
「はやて、お前討伐隊に入らないか?」
優秀な戦闘要員として勧誘するという事だった。
「オレたちは今、非常に大切な作戦を遂行するための準備に入っている。かつてないほどの大作戦だ。アルベドと手を組んでいるのも、その一環でな。正直、戦闘に長けている者は誰でもいいからウチに欲しい。多少の怪しさはあるが、なりふり構まっていられない状況なんだ」
はやてはモルボルグレート4体を一人で倒したといった。淡々と、事実を述べるように。
その事実を隠そうとするのは、大きな力を持つが故の行動ではないだろうか。周りに振り回されず、必要な時に必要なことを確実に成し遂げるための、いっそ冷酷ともいえる判断。
他者に安易に頼られ、行動が制限されることを避けているのではないか。ルッツはそう考えた。
「もしモルボル希少種を単騎で4体も退けられるのなら、それはこの上ない戦力だ。その力があれば、多くの人間の命を救うことができる。オレでは守れない命を守ることができる」
「はやて、討伐隊に入ってくれないか?」
ルッツは懇願する。
正直傍目にははやてが実力者であるようには見えない。戦闘に特化した体つきをしているわけではないし、高価な武器もない。魔導士という話だが、それにしても身に付けている装備は一般的なものだ。
だが、どういうわけか。
淡々とモルボル希少種を倒したと口にしたはやての顔が頭から離れない。
はやては目を閉じて熟考していた。討伐隊に参加するリスクとメリットを考えているのだろうかとルッツは思う。実際はやてにとってメリットの少ない話であった。皆を守るためとは言え、小さくない危険にわざわざ身をさらし、見返りは微々たるもの。アルベド族への接触も、わざわざルッツを頼らずともルカのような都市に行けば何人かは見つけられるだろう。
金銭に困っているなら魔法で魔物狩りの依頼でもこなせばいい。ビサイド島でもその手の依頼は山ほどある。
考えれば考えるほど、はやてには利がない話だ。
「申し訳ありませんが、辞退させていただきます」
「………そうか」
無理もない。
「私にはやらなくてはならないことがあります。そして、やってはならないこともある」
「そのために、この身はある程度自由が利く状態でなければなりません。今すぐにでも、この村を出発できる身軽さが、私には必要なのです」
「なので、大変心苦しいのですが、辞退させていただきます」
申し訳なさそうに、しかしきっぱりと、はやては拒絶の意を示した。
はやてにとっても譲れない点なのだろう。
「そうか。いや、妙なことを言って済まない。勿論アルベドとの接触の機会はきちんと設けるつもりだ。そこは安心してくれていい。元々この話とは関係ない。宿舎も自由に使ってくれ。すまなかった」
「ですが、一個人として」
はやてはルッツを遮るように続ける。
「友の為に協力することはできます。チャップは、私の友人であり、恩もある」
「多少の無理も聞きましょう。友のためですから。この力、役立てられるなら惜しみなくふるってお手伝いたします。いかがでしょうか」
そういって笑顔で片手を差し出すはやて。ルッツはその手に飛びついて握手を固く交わす。
「あ、ああ! それでいい! すまない! 恩に着るぞはやて!」
「いえ、こちらもお世話になりますから。ただ、あまり期待しないでください。少なくとも、まだあなたの前で力を証明していないのですし」
「いや、分かるさ。直観だけどな、これでも少なくない修羅場をくぐっている。オレの直観が言うんだ。絶対はやてを味方に付けろとな」
「ご期待に沿えるよう尽力しますよ」
そう言ってはやても固い握手にしかりと応えた。
「彼がワッカの弟なら、僕は見届ける必要がありますからね」
誤字報告ありがとうございます!