引っ越しなどでバタバタして、気が付けばこんなに遅れて……
暇を見て書いていた3話分(ビサイド村⑥〜⑧)連続投稿です。
キマリが去った後、はやては引き続きパトロールポイントを周り続け、ビサイド村に帰ってきた時には燃えるような夕日が水平線に沈み始めていた。村の焚火にはすでに火が上がっている。はやては報告の為に副村長のテントに向かった。
「副村長、はやてです。入っても大丈夫ですか?」
テントの入り口に立って呼びかけるが返事がない。どうやら留守にしているようだ。
副村長がいないのであれば、装備の解除に宿舎に戻ろうかと考えるはやてに、腰の曲がった老女が話しかけた。
「おやお前さん。もしかして副村長を探しているのかい? 彼ならついさっき寺院に向かったよ」
「そうですか。ありがとうございます。うーん、魔物討伐の報告に来たのですが……お祈りの邪魔をするのも悪いですね」
「いんやあ。気にしなくてええんでないかい? あれでも副村長だ、村の安全を優先するだろうよ。報告しに行っといで。ご苦労さん」
「分かりました。では、そうさせてもらいますね。寺院への挨拶もまだでしたし」
会釈し、老女と別れたはやては早速寺院に向かった。老女に話していたが、はやては寺院への挨拶がまだだった。寺院とビサイド村の関係を考えると村に滞在を決めた日のうちに行くべきだが、いわゆる「信仰心」とは無縁だったこともありつい後回しにしていた。
はやてにとって宗教とは、人が心の安らぎを得るための哲学のようなものだ。宗教を重んじる人々が形成していった価値観や生活様式は尊重されるべきと考えているものの、昨今の日本人らしく、「神」や「天罰」といったものを信じて生活しているわけではなかった。そんなはやてだから、優先順位をつけ間違えてしまったのだろう。
「自分の生活様式や価値観がみんなのものと大きく違っていたらまずいな。せめて宗教的なタブーくらいはきちんと理解しておかないと」
その辺りの解説は誰かにお願いすると決め、はやては寺院の入り口を進んだ。
寺院には、入り口付近に佇み、ちらとはやてに目を向ける僧官と、祈りをささげる教徒たちが数名いた。教徒たちは祈りをささげることに一生懸命で、はやてに気付いた様子はない。
寺院に入ったはやての目に飛び込んできたのは正面に向かいあう1対の巨大な石像だった。造形を見るに、女性と男性を模している。寺院の奥へと続くのぼり階段を挟むように、乗り出すような形でそびえ立っていた。その足元には4体の石像が並べてある。先の二体に比べると幾分小さく感じるが、それでも全て3mは優に超えているだろう。
のぼり階段のわきに置かれた2つの石灯篭のようなものからは垂直に火が吹きだしていて、それらが寺院内の灯りになっている。他の光源は屋根の隙間から差すわずかな日光だけで、寺院内はかなり薄暗い。しかし、それがかえって寺院に静謐と荘厳さを生み出していた。
寺院の内部構造は全体的に円形で、中心部の床の石レンガには幾何学模様が描かれている。チベット仏教でみるようなモチーフだ。床に描かれているが宗教的に踏んでも問題ないのか、とはやては思ったが、教徒たちが特に気にした様子もなくその上を歩いていたので気にしなくても良さそうだと安心する。
また、中心部のモチーフを取り囲むようにして客席のような石段があり、それぞれの段には何かの石像がいくつも配置されていた。こちらのサイズは人間のものと同じなので、教徒たちにとって、より身近な存在なのかもしれない。実際に、4つの石像以外にこちらの石像に祈りをささげている村人も多い。あるいはすべての石像に祈りをささげるというルーティンがあるのかもしれない。
寺院内をきょろきょろと見渡すはやてがビサイド村の寺院に初めて立ち入る観光客に見えたのか、入り口付近に佇んでいた僧官が声をかけた。
「こんにちは。お祈りですか」
「あ、これはどうも。寺院を訪れたのは初めてでして、少し驚いていました」
「初めて?」
僧官は言っていることが分からないといった風に首を傾げる。
(あ、しまった。つい反射的に)
「……エボン教の教えに何か思う所でも?」
「ああ、いえ、そういうことではなく」
もしや異教徒の類かと、僅かばかり疑いの目を向ける僧官だが、はやては気にした風もなく、
「その、あまり大きな声では言えないのですが……、少し前に『シン』に近づいてしまって、その毒気で記憶が」
「———っ! こ、これは、大変な失礼を」
邪推してしまったと考えた僧官は慌てて頭を下げるが、はやては笑って頭を上げるようにいう。
「いえ、気にしないで下さい。記憶はまだ戻りませんが、少しずつ折り合いをつけていますので」
そう言って微笑むと、僧官は気の毒そうな表情を浮かべて、はやてのために祈りをささげた。
「祈りましょう。きっと、よくなります。何かお力になれることがあればいつでもお声がけください」
「ご配慮痛み入ります。ぜひ、エボン教について教えていただければ。また後日お伺いしますね」
「いつでもどうぞ。それで、今日は見学のみということでしょうか?」
「あ、いえ。僕は副村長を探しにこちらへ。魔物討伐の依頼を受けておりましたので、その報告をと思いまして」
「そうでしたか。副村長でしたらお祈りの後に、奥の部屋でユウナ様とルールー様にお会いになられてますよ。ご案内いたしましょうか?」
「お願いします」
はやてがそう頼むと、僧官は「こちらへ」とはやてを促し、副村長たちの部屋まで案内する。扉の横には先ほど相対したキマリが腕を組んで立っていた。まるで門番だ。はやてが「やあ」と声をかけるが、キマリは顔を向けるだけで返事を返さない。しかし普段の様に威圧するような雰囲気は無く、僧官は珍しいこともあるのだと少し驚いた。
扉が開かれると、そこには僧官の話通り副村長とユウナ、ルールーがいた。ただ、どこか空気が重たい。何かあったようだ。その空気を感じているのかいないのか、僧官は気にした様子もなく口を開く。
「失礼します、皆さま。討伐依頼の件で副村長にお会いしたいという方がいらっしゃったのでお連れしました」
「お? はやてじゃねえか。ご苦労さん」
「どうも。ユウナちゃんとルールー、こんばんは」
「こ、こんばんは……」
「……ええ。討伐、お疲れさま」
はやてがユウナとルールーに挨拶をする。ユウナはどこか落ち込んだ様子で、ルールーは考え込んでいるようだ。僧官が一礼をしてその場を去ると、3者の視線がはやてに向けられる。空気を変えてほしい、そんなメッセージをひしひしと感じ取っていた。
「えー、とですね。副村長、ひとまずポイントの巡回が終わりました。会敵した魔物と討伐数がこちらのメモに書かれていますのでご確認ください」
「おう。すまねーな、1人じゃきつかったろ」
「戦闘自体はそうでもないですね。ただ移動が……足が棒のようです」
「なんでぇ、だらしねえな。近場だろ? そんなに距離もないだろうに」
「いやいや、ビサイド島すべてのポイントを巡回してきましたよ。ほぼ1日中歩いたのでさすがに疲れました」
「んだと?!」
「「えっ?!」」
はやてがそういうと、副村長だけでなくユウナとルールーも驚いた。
「戦闘しながらこの島をぐるっと1周するってなると、どうしたって1日じゃ終わんねえぞおい」
「そうよ、とてもじゃないけど信じられないわ」
「戦闘なら多少の覚えがあるんだ。副村長、お渡しした討伐メモを確認してください。各ポイントごとにも討伐した魔物と数をまとめてありますから」
「お、おう……、ってお前字ぃ下手だなおい。ユウナちゃんの方がよっぽど綺麗じゃねえか」
「えっ、わ、わたし?」
急に話題に上がったユウナは焦った。ルールーが副村長からメモを受け取ったのでユウナもルールーに近づいてはやてのメモを確認する。そこには、たしかにミミズのようにのたくった線が書かれていて、ユウナはこれが文字だと言われなければ認識できないかもしれないと思った。
「どれどれ……、あら本当ね。筆を初めて持った子どもの字みたい」
「………………あれだよ、『シン』の毒気だよ」
苦し紛れに言い訳をするはやてだが、ルールーは呆れたように溜息をついて頭を振った。
「数字はきれいじゃない。単に字を書くのが下手なのよ。毒気を言い訳にしないで練習しなさい」
「あ、はい。いや、というか僕の字はどうでもいいんですよ。ちゃんと確認してください。場合によっては明日以降の討伐数増やしますから。あとユウナちゃんさすがに驚きすぎだから。そうだよそれ僕の字だよ。インクのにじみ? 何言ってるんだいちゃんと、ほら、ディ、ン、ゴ、って書いてあるじゃないか。ねえどうしてそんな驚いた顔して僕の顔を見るんだい」
「お、おいおいおい。こりゃ冗談だろう?」
副村長が深刻そうな声色でつぶやく。
「え? そんなにひどすぎます? 分かりましたよ、明日から練習するからもう許してくださ……」
「そうじゃない!」
副村長が叫ぶ。
「おれぁこの数字のことを言ってんだ!! はやて! お前本当にこの数さばいてきたのか?! 偽装してねえだろうな!!!」
「してませんよ! 何ですか、もう少し討伐した方が良かったですか?」
「ちげぇ!!
副村長が目にしたのは、討伐数が300匹を超えているというありえない討伐数だった。この数字が討伐隊員と村の戦闘経験者全員が参加した場合のものなら「全員危険を顧みずかなり頑張った」という評価が下されるだろう。それでもあまり現実的ではないが、はやてはそれを一人でやってのけたという。とてもではないが、副村長には信じられない。
ルールーが問いかける。
「あなた、どうやってこれだけの魔物を倒したの。きちんと説明して」
「おいおいおい、ガルダの討伐数34匹ってどういうことだよ……」
ルールーは険しい表情だが、一方のはやてはあれ? ととぼけたような顔で副村長に渡したメモを見直し、そして頷いた。
「あー、目につく魔物を片っ端から魔法で倒したんですよ。飛ぶ魔物も走る魔物も這いずり回る魔物も、基本的にはサーチアンドデストロイです。ルールー、僕は黒魔法を中心とした攻撃魔法が扱えるって、チャップは言ってなかった?」
そう言いながら、はやては小規模の魔法をいくつも展開して見せた。見たことの無い魔法がポンポンと連続して発現している様子にユウナが目を輝かせているがルールーと副村長は開いた口がふさがらない。
「い、言ってはいたけど……」
「さっきも説明したけど、僕は多少戦闘の経験があるんだ。この島の魔物なら、奇襲を受けたり群れで襲われたりしない限りそれほど苦労はしないよ」
ルールーは、チャップと会えなかった寂しさを埋めているときに彼がそのような話をしていた事を思い出した。蛙がどうとか、爆発がなんだとか……。そんな話より「二人の時間」に集中して欲しかったため、聞き流していたが、まさか本当の事だったとは。
「副村長、心配でしたら明日討伐に行く前に簡単に攻撃のデモンストレーションを行いましょうか。そのほうが安心するのであれば僕は構いませんよ」
「い、いや、そこまで言うんなら信じるがよ。いやしっかしすんげえな。お前、本格的に移住してこねぇか」
「考えておきます。ただ、字を書く練習に忙しくなるので移住する暇がないかもしれませんねー」
「いや拗ねんなよ……」
拗ねてませんけど、嘘つけ眉間にしわ寄ってんじゃねえか、寄ってませんけど、としょうもない小競り合いを始めたはやてと副村長はさておいて、ルールーははやての持つ力の強大さに戦慄していた。単純な話、はやて一人で、討伐隊と戦闘経験者の集団と同等の力を持っているというのだ。そのような力を持つ者など、そういない。熟練の召喚士などはその部類だが、召喚士というより召喚獣が強力なのだ。そのため、かつてルールーが守り切れなかった召喚士のように、召喚獣を呼んでいない召喚士は戦闘に特化しているとは言い難い。早い話、召喚獣が召喚される前に打ち倒すことさえできれば、召喚士の無力化はたやすくなる。
だが、目の前の男はそうではないらしい。
彼は指先一つで、召喚獣並の破壊をもたらすことができてしまうのだ。
幸い彼は子供を保護したり、率先して村の警備に当たってくれたりする程度には善人だ。昨日話した感じでは、力におぼれた様子もない。チャップもはやての人間性については太鼓判を押しているので、「とても心強い味方」と捉えても問題ないだろうとルールーは結論付ける。
「は、はやてさんってすごい人なんだね……」
副村長とはやてのメンチの切り合いを眺めながらユウナは感心したように言う。
「彼みたいになろうとしちゃダメよ」
「え?」
「彼は普通じゃないの。あれを基準にしちゃダメ。わかった?」
「う、うん……」
驚くほどに冷たいルールーに驚くユウナ。はやてが嫌いなのかと思ったが、表情を見るにそういうわけではないらしい。
「……ねえユウナ、さっきの話だけど」
ルールーは僧官とはやてが入室したところで途切れた話題を持ち出す。
「あ、うん。えっと……」
「私は……やっぱり、考え直すべきだと思うわ。召喚士としての旅は本当につらい。召喚士になる以外にも、いろんな方法で貢献することができる。あなたは白魔導士としての適性があるのだから、召喚士や召喚士を支える人々を癒すことでもスピラの平和に貢献できるじゃない」
「…………」
「それでも、召喚士になりたいの?」
「はい」
何度目になるか分からない問答。しかし、いつだって彼女の答えは変わらない。ユウナの目に宿る覚悟は、まったく揺るがない。
「……そう」
「あ、あのね! ルールー……わたし」
ユウナが申し訳なさそうな顔で口を開こうとするが、先にルールーが指先で封じる。
「わかってる。いいの。わかったわ」
ルールーは指先をユウナの額まで移動させ、優しく弾いてみせた。
「あぅ」
「しょうがないわね……私も、頑張るとするわ」
「ルールー! じゃ、じゃあ!」
「修行、引き続き頑張りなさい。私もガードとしての腕を上げる。あなたを守れるように」
「わ、私も修行がんばる! きっと、お父さんみたいな召喚士になるから!」
「……そうね、頑張りましょう。それと」
ルールーははやてを見る。正体不明の男だ。まるで底の見えない海のよう。
「召喚士になるなら、人を見極められるよう「目」を鍛えなさい。あなたが命を預けられると思える人が、あなたのガードになるのよ」
「うん。でも、「目」かあ……。どうやって身に付けたらいいのかな」
「いろんな人と関わりなさい。善良な人の、不良とされる人の、価値観や正義を知りなさい。そうね、一先ずはやてと関わってみたらどうかしら」
「はやてさん? そっか、旅人のはやてさんなら色々な話を知ってるよね」
よしっ、と意気込んでいるユウナとは逆に、ルールーのはやてを見る目は少しばかり厳しい。
冷たくはない、だが僅かな警戒心が見える。ルールーははやてを完全に信頼したわけではない。はやてを信頼するチャップを信じているに過ぎないのだ。はやての善良さには触れているが、不気味で強大な力を持っていると知った以上、本当の意味で背中を任せられると現時点では判断できない。
しかし、ユウナに危害を加える人間ではないのは分かる。ゆえに、はやての人となりをユウナに判断させるのだ。はやてという「未知」に関わることは、過酷な道の召喚士になる上でユウナに大きな影響を与えるだろうとルールーは考えた。
どういった経緯があったのか副村長と腕相撲を始めるはやてに、果敢に話しかけに行くユウナを見ながら、今後のユウナの成長に大きな期待を寄せるルールーだった。