おや、ユウナちゃんの様子が……?
村の中心、焚火が焚かれているところには多くの村民たちが集まっていた。村の警備に残っていた討伐隊員数名と、ルールーとワッカもいる。村民たちは一つの長テーブルに地図を広げてああでもないこうでもないと言い合っていた。
「それで、出払っちまった討伐隊の連中は戻ってこれねえのか?!」
ワッカが問いかけるが討伐隊の1人が、すでに支部へ向かう船は出港済であることを伝える。ビサイド村には片手の指の数ほどしか隊員は残っていない。
「迷子になった子がどこにいったのか、誰か見当が付く人はいない?」
ルールーが迷子の子どもがいそうなポイントを絞ろうとする。しかし、こちらにも有力な情報はないようだ。ルールーが村民たちを見渡していると、少し離れたテントの側で、迷子になった子どもと仲のいいグループが小さくなって震えていた。ルールーは静かに近寄ると腰をかがめて、目線を子どもたちに合わせる。
「この中で、迷子になった子がどこに行きそうか分かる子はいないかしら?」
ルールーは子どもたちに問う。しかし子どもたちは怖がっているようで震えるだけだ。
「困ったわね……。この時間帯だから闇雲に探し回るわけにもいかないし、人員も限られてる。ミイラ取りがミイラになっては意味がないし……」
ビサイド村で最も人探しに長けているのはキマリだ。魔物との戦闘はもちろんの事、ヒトよりも嗅覚に優れたその鼻で微妙な空気やにおいの違いをかぎ分けることができる。キマリは既にユウナからのお願いを受けてビサイド島全体を捜索しており、迷子が見つかり次第合図をするように伝えているが、今の所それらしい合図は上がっていない。
「このままじゃ友だちがいなくなってしまうのよ。なんでもいい、何か知らないの?」
焦燥感がルールーの口調をとげとげしいものにしてしまう。子どもは大人の感情に敏感だ。子どもたちは余計小さく固まってうつむいてしまった。これでは子どもたちをいたずらに怖がらせるだけだと判断したルールーは立ち上がり、村民たちの下へと戻ろうとしたその時、副村長とはやてが討伐隊宿舎から出てきた。副村長は目に見えて慌てながらはやてに何か話している。迷子についての説明を受けているのだろう。
はやては副村長の言葉にうなづいたり口を開いたりしていたが、ルールーとそばの子どもたちを見つけると副村長に一言声をかけて村民たちの下に向かわせ、はやてはルールーたちの下へと足を運んだ。
「ルールー、話は聞いてるよ。迷子が出たらしいね。僕もすぐに捜索に回る」
「ありがとう、とても助かるわ。こんな時間に外を出まわれるのは私やワッカ、討伐隊の数人を除いてあなたしかいないの。力を貸してくれるかしら」
はやては当然とばかりに頷く。
その目には強い力が宿っているようだった。
「…………はやてぇ」
子どもたちから、縋り付くような声が聞こえた。はやてはすぐに子どもたちと向き合う。
「いつのまにかいなかったの……」
「おれ、こいつと遊んでて気が付かなかったんだ」
「うん」
「ちゃんと帰ってくるよね……」
「ふ、ふぇぇん……」
子どもたちはひどく怯えていた。日頃から親や年配の村民たちに一人で村の外に出かけないよう強く言われていて、魔物の怖さも叩き込まれているのだから無理もない。大人たちの非常にピリピリした空気を感じることも少なかったのだろう、だから村の隅で小さく震えていたのだ。
1人の子どもが泣き出すと、伝染するように他の子どもたちの目にも涙がたまり始める。軽度のパニック状態だ。様子を見ていたルールーが、これはいけないと声をかけようとした瞬間、はやての纏う空気が変わったことを感じた。
「は──っはっはっはっは! だーいじょうぶ! 僕にかかれば、どんな子でも! どんなところでも! あっという間に見つけてみせるさ!」
はやては大きな声でそう言い切って、にかっと快活に笑って見せた。
「僕の魔法は不思議な魔法! できないことはまるで無し! 無敵の大魔法使い、柊木はやてがどんな問題も解決さ!!」
胸にこぶしを当て、わざとらしく胸をはる。まるで演劇の登場人物のように振る舞うはやてに、子どもたちの注意が引かれ、泣いていた子は涙が引っ込んだ。
「皆! 知っていること、考えていること、何でも教えてくれ! 僕に力を貸してくれ! そうすれば、あっという間に問題解決だ!」
手を広げてそう言うと、初めは沈黙していた子どもたちだったが、1人がぽつりと話し始めると、他の子どもたちもあれやこれやとしゃべりだした。
「くすんくすん……虫を探すって言ってたの。きもちわるい虫って」
「なんかさあ、風が強かった!」
「虫ってたべれるんだってえ」
「わんちゃんについた虫をとってくれたの。にがすっていってた」
「海の虫だって言ってたよ」
大半がその日の出来事を羅列しただけのものだったが、中にはいくつかに気になる話があった。
「よーし! 分かった! じゃあ僕は皆の話を思い出しながら探すとしよう! いいかい、他にも何か思い出したり知っていたりしたら、ルールーかワッカに伝えてくれ。二人にだけ教えた秘密の魔法があるんだ! どこにいても僕にメッセージを送れるのさ!」
「「「「「 そうなの?! 」」」」」
子どもたちはキラキラした目でルールーを見る。
「……………………え、ええ、そうよ」
ルールーの中で小さな葛藤があったようだが、すぐにはやての話に合わせた。あとで抗議してやろうと思いつつ。
「よし! じゃあ皆は他に思い出せることが無いか今日一日の事を思い出しててくれ!」
「「「「「 わかった! 」」」」」
はやては子どもたちを明るい所に誘導するとルールーの下に戻る。
「驚いた。子どもの扱いが上手じゃない。私のほうがあの子たちを長く知ってるのに」
そこはかとなく棘のある言い方だ。だがはやてはにこりと笑って受け流す。
「子どもたちの前で先生のまねごとをしたことがあるんだ。コツは仮面を被って
「……そう、私にはできそうにないわね」
あれほどまでに自分の周りの空気を変えられるとは思えない。子どもたちの不安を吹き飛ばそうと「全く異なる何者か」を演じるはやては、まさしく道化のそれだ。そして恐ろしいまでに自然な振る舞いに見えた。
「まあこんなものは慣れだよ慣れ。それよりも……」
「ええ、子どもたちの情報をもとに捜索範囲を絞りましょう。今キマリが山の方を探してくれてる。あなたは海沿いで探してくれるかしら」
「うん、了解。何か見つけ次第空に魔法を撃って合図を送るよ」
「……無事だといいけど」
「きっと無事さ。虫好きな女の子なんだ、なかなかたくましい子だよ」
「そうね。きっとそう」
はやてとルールーは焚火の下へと急ぎ、村民達と情報共有を行う。山の方は危険が多いが、海側であれば比較的安全に捜索が行えるという事から、多少腕に覚えのある者を連れて、はやては海岸に向かうことになった。
さっそく移動を開始しようとするはやて達の前に小さな影が転がり込む。
見ると、息を切らしたユウナが立ちふさがっていた。
「はあ、はあ、ま、待ってください! あの! 私も連れて行ってください!」
ユウナの手には白魔導士用のスタッフが握られていた。居ても立っても居られない、といった様子だ。村民達はユウナを止めようとしているが、ユウナの表情は固い。決意に満ちた顔をしている。
「村の子どもが危険に晒されているかもしれない時に、何もしないのは嫌なんです! 私も一緒に探させてください!」
「だ、だがなあユウナちゃん、ユウナちゃんに何かあっちゃあ……」
「そ、そうそう。ここは俺たちに任せてだな」
「ほら、村の子どもの世話をしていてくれたら」
「いずれ召喚士として旅に出る私が、ここで何もしないわけにはいかないんです!! どうか、連れて行ってください!!!」
「…………はやて、連れてってやっちゃあくれねえか」
叫ぶユウナに村民達がたじろいでいるとワッカがユウナの背中を押す。
「この子の覚悟を無駄にしちゃあいかんだろ? なあ?」
「ワッカさん……」
ユウナは驚いた顔でワッカを見る。ユウナにとって、彼はどちらかというと過保護な人なのだ。ユウナの安全を常に考えており、ユウナが外出する際はキマリを始めとした警護を数人つけるほど。今回も、キマリを捜索に行かせ、ユウナは村に残っているようルールーに進言していた。そんな普段であればまず賛同しないはずのワッカが、どういうわけかユウナの肩を持っている。
「
ワッカの言葉に、村民達は口をつぐんだ。そうだ、もう守られるだけの少女じゃないのだ。
村民達はユウナの目を見る。その決意に満ちた表情に、彼らはいつかの大召喚士ブラスカの面影を見た。
「はやて、私からもお願い。私は連絡要員としてここに残るわ。ワッカを連れて行っていいから、この子をお願いしてもいいかしら」
ルールーがユウナに寄り添い、優しく頭をなでる。
「……もう、なにを言ったって行くんでしょ?」
「うん。やっぱり、ほっておけないよ」
「そうね、召喚士を目指すんだから、これくらいはやってみせないと、ね?」
「うん!」
「なら、ちゃんとワッカとはやての言うことを聞くこと。この二人は、今この時、あなたのガードをしてくれる。この人達から遠く離れちゃだめよ。約束できる?」
「はい、約束します」
「いい子ね」
どうやら話はついたようだ。はやてとしても、周りが止めないのであれば問題は無い。元々海岸までのルートと海岸周辺は人通りが多いこともあって特に念入りに魔物を討伐している。ユウナ一人に行かせるというのであれば話が変わってくるが、今ははやてとワッカを先頭に多くの戦闘経験者もいる。危険が少ない今ならば、ユウナの想いを尊重してあげることがユウナの為にもなるだろうとはやては考えた。
ふと、ユウナが握る杖に目が向いた。かすかに震えている。
(……強い子だよ、本当。怖くないんじゃない、怖くても誰かを守るために立ち上がる。まさに物語のヒーロー……いや、ヒロインといったところか)
ユウナは、はやてに無い輝きを持っていた。
偽善的ではない、本当に誰かを想って行動できるその精神性の美しさと気高さは、嘘にまみれたはやてには輝いて見えた。
自分も昔は誰かの為に行動していた。
兄として見本となれるよう、善を成そうとしていた。
助けるふりをするだけの大人を悪く思っていた。
いつからだろうか。
打算を覚え、
善が偽善に変わり、
それを良しとするようになったのは。
自分は大人になったのだ。
そう
はやてはユウナの側に寄り、ぽふりと頭を撫でた。ユウナは自然とはやてを見上げる形になる。
ユウナを見やるその目は、光を吸い込むような黒色で、
だけど優しい色を帯びていて、
けれど冷たい何かを感じる。
見つめていたら、引き込まれてしまいそうだった。
「ユウナちゃん、一緒に頑張ろうね」
「……あ、はい! はやてさん、よろしくお願いします!」
「うん」
ぼーっとしていた自分を奮い立たせるように、むんっと意気込むユウナだが、その頭をなでる手は止まらない。
なで、なで。
なでりこ。
「あの、はやてさん……?」
なでりなでり。
そしてユウナの頭をなでていた手は、
滑るようにユウナの頬に触れ——
「僕が絶対に守る。傷一つさえ、付けさせない」
蠱惑的な光をたたえる三日月の下、
はやては綺麗な宝物を愛でるように、ユウナを見つめてそう言った。
目が、離れない――
「ちょっとはやて、いつまでそうしてるの」
ルールーの嫌に明瞭な声がユウナの意識を引き戻す。
はっ、と我に返ったユウナは弾けるようにはやてから離れ、胸に手を当てて俯く。
「あ、ごめんごめん。あんまりユウナちゃんが健気だったもんで、つい……、どうしたんだいワッカ、変な顔して」
「お、おう、いや、なんか、いや、な?」
「うん?」
「ああいや、何でもないんだが……、あんまりユウナをいじめるなよ……?」
「え、ええ……? なにを言って……?」
ガードとしてユウナを絶対に守ろうと意気込んだだけで、ユウナをいじめる気などこれっぽちもないのだが……とはやては困惑する。村民たちもどこか微妙な視線を送ってくる。
ルールーは、俯いて何かに困惑しながら浅く息を吐くユウナに近づくが、目の前にルールーが立っていることに気づいていないユウナの様子に「しまった……」と小さく呟いてため息をつき、頭を振る。
「ほら、シャンっとなさい! 何ぼーっとしてるの?!」
ユウナの顔の前でパチンと両手を叩いて見せると、ユウナはひゃあっと声を上げ、ようやくルールーに気が付き、見上げる。あ……、と声にならない声を上げると、何かを振り払うようにプルプルと頭を振る。
「す、すみません! ぼーっとして! 捜索に行きましょう!!」
大きく声を張り上げたユウナははやて達を待たずにずんずんと先に行ってしまう。
「おいおいユウナ! オレ達を置いてっちゃだめだろー?!」
ワッカたちは慌ててユウナを追いかける。どこか逃げる様子のユウナだが、おそらく急いでいるのだろう。残されたはやてが自分も追いかけようとしたところで、ルールーに引き留められた。
「はやて、あんまりあの子をからかわないで。……いえ、からかったつもりじゃないのは何となくわかるけど、あの子、あまり刺激に強くないのよ。自重してくれるかしら」
ルールーの言葉に一瞬きょとんとしたはやてだったが、何か思い当たったのか、あー……、と気まずそうに頭を掻く。
「いや、全然そんなつもりは……。ごめん、ユウナちゃんがあんまりいい子で眩しかったから……。というかセクハラだよね。何やってんだか。ごめん、以後気を付けるよ」
「ええ、そうしてちょうだい。あなたを燃やさないで済むならそれに越したことはないもの」
「いや仰る通りで」
他にも小言をいくつか伝え、ひとしきり謝ったはやてはワッカたちを追いかけて走り出していった。はやてを見送ると、ルールーはまたしてもため息をついてしまう。
今日だけで一体何回ため息をついただろうか。
ルールーはユウナの表情を思い出す。
胸中にあふれ出した「何か」に狼狽え、驚き、困惑していたかわいい妹。
ぱちりと正気に返らせた時に見えた、熟れたりんごよりも赤い顔。首どころか鎖骨辺りまで朱に染まってしまっていた。
ユウナの、見たことの無い反応。
だが、ルールーはその反応をよ~~く
嫌な予感がする。
ああ、本当に嫌な予感が……。
迷子になった子どもが二人に増えたような気がして、ルールーは肩がどっと重たくなったように感じた。
教師は五者たれ、なんて言葉があります。
五者とは、学者、役者、易者、芸者、医者を意味し、教師はその五者であることが大切だという意味ですね。はやて君は無理だろと思いつつも、五者を理想としています。