FFX スピラを旅する異世界人   作:カムパネルラ321

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ビサイド村⑪

「そろそろ離岸流がゆるやかになる地点よ」

 

生ぬるい潮風を浴びながら、ガルダに乗って離岸流が終わる地点に向かう二人。ルールーは辺りをよく見渡せるよう光源となる魔法を海面すれすれに追従させ、はやてはガルダに命令して緩やかに飛行させる。

 

「ビサイド島の離岸流は勢いと距離があるけど、その幅は狭いの。この高さからなら全て目視できるはず。ここから慎重に探していきましょう」

 

「了解。二手に分かれようか? 君の命令を聞くよう言い聞かせることもできるけど」

 

はやての提案に少し考える素振りをみせるが、すぐに首を横に振った。

 

「いいえ、光源はあってもかなり暗いことには変わりないし、同じ範囲をより注意しながら同時に探しましょう。捜索範囲は限られてるわ」

 

「わかったよ、じゃあ端から行こうか。ルールーが先導してくれ」

 

「ええ」

 

ルールー達は離岸流が切れる辺りをしらみつぶしに捜索を始めた。はやてはその意図をくみ取って、ルールーに並んで海面を見渡す。海面には等間隔に配置された光の玉が海を照らしている。ルールーはさらに光源となる魔法を海面にちりばめ、光量は三日月が昇る夜中でもはっきりと見渡すことができるくらいになった。

 

二人は最大限の注意を払いながら、迷子を捜す。時に声を張り、時に危険を承知で魔法を打上げて迷子に気づいてもらえるよう手を尽くしていたが、しかし、迷子は一向に見つからない。大きく弧を描くように捜索範囲を何周もしたが、まったくと言っていいほど手掛かりは見つからなかった。

 

暗闇の中、時間ばかりが過ぎていき、ルールー達は少しずつ焦り始めていた。

 

実際のところ、海での遭難者を見つけることは極めて難しい。高度な機械・科学文明を誇った地球ですら、GPSのない遭難者を見つけるためには少なくない費用と人員を割かなければならない。それは、最も過酷なサバイバル環境と呼ばれる「海」では長い時間をかけて遭難者を捜してしまっては、その生存率は著しく低くなってしまうからだ。休む暇なく、効率的に、そして的確に捜索に当たらなければならない。ルールー達が置かれている現状は、この上なく厳しいものだった。

 

二人は現状を正確に理解しているからこそ、もし迷子が海に飛び込んでいたら、もし迷子が乗っているであろう船が転覆したら、そう考えてしまい、心の余裕をなくしてしまう。

 

また、ルールーの魔力の残量も少なくなってきた。光源となる魔法はそれほど魔力を必要としないが、海面全体を照らすよういくつもの光源を継続して発動していると、魔力の消費も馬鹿にならなかった。

 

一度引き返すべきかしら、ルールーがそうこぼしたそばで、はやては自身がルールーのように汎用性の高い魔法を使えないことを悔やんだ。厳密には、暗闇を照らすという効果だけを持った魔法を思いつくことができなかったのである。これははやての持つ力の意外な盲点であり、はやてはそれが自身の弱点となり得るかもしれないと気が付いた。

 

後先考えず、魔物の殲滅に重きを置くならば、はやては100人力どころか1000人、あるいはそれ以上の働きを見せるだろう。しかし、戦闘に関わらない魔法の使用となると、はやてはそこらの魔導士見習いよりも劣る。ルールーが行っている照明用魔法は、本来の魔法の発動段階をあえて異なる順に踏む、または一部改変することで発動している。照明用魔法はルールーが発案した魔法というわけではないが、彼女には魔法を1からくみ上げて作り上げるという感覚と理論を理解していた。だからこそ、彼女の魔法は汎用性が高い。

 

一方ではやての魔法は一般的な魔導士が踏むべき段階をすべて飛ばし、ただ最終的な結果のみを発現させている。数学の問題に対して、途中式を飛ばして解答のみを導いているようなものであり、魔法の発動段階で工夫を凝らして魔法を変容させることはできないのだ。

 

それゆえ、はやては「魔法の使い方」を工夫しなければならなかった。常識的な魔法の使い方をしないことで、この世界の魔導士たちに並び立つ必要がある。それは、リュックたちと共に戦闘を行う中で、つらつらと考え、はやてが導き出した自分なりの戦闘スタイルだった。

 

(本来なら、光源になる魔法が「思いつかない」ことがあってはいけない……ただ魔法を使うだけではだめだ、今まで以上に使いこなすことを考えよう)

 

自身の力不足を、少しでも埋めるように必死になって海上を探すはやて。

 

「いや、そうじゃない。この力を使いこなすことをしないと……。ガルダ、この辺りに人間がいないか探せ。人間を、お前の魔物としての感覚で探すんだ」

 

「ギュアァァアアア!!」

 

はやては自身を乗せているガルダに命令を下し、ガルダはその命令に答えた。ルールーと並走していただけのガルダは急降下し、主体的に迷子を捜し始める。少し離れたところでルールーを乗せて滑空していたガルダもはやてに追従するよう動き始めた。急な動きに体の態勢を崩されたルールーはガルダにしがみつき、はやてに文句を投げかける。

 

「ちょっと! ガルダがおかしな動きを始めたわ!! 一体何を命令したの?!」

 

「人の感覚だけではもはや足りない! こいつたちにも迷子を捜させよう! ルールーは引き続き光源になる魔法を!」

 

「なっ?! ……ああ、もう! 仕方ないわね!」

 

はやての言わんとすることを理解したルールーは魔力の残量を気にすることなく、光源をたくさん散りばめた。人間を襲う魔物の察知能力は侮れない。それが魔物が生息する地域なら、たとえ岩陰に隠れていたとしても魔物たちは人間を見つけ出し、襲うのだ。

 

はやてがリュックの班に交じって洞窟遺跡を探索していた時も、隠ぺい魔法をかけていたのにも関わらず、魔物たちははやてたちを察知し、襲い掛かっていた。魔物としての感覚で人間を捜すのは、現代の地球にあふれた機械類を用いるのに勝るとも劣らない。

 

ルールーにできることは、せめて周囲を明るく照らし、自分たちが少しでも迷子を発見しやすくすること。発見する可能性をわずかでも上げることができればそれでよかった。

 

2匹のガルダは徐々に飛行速度を上げ、海面に一気に近づいたと思うと、今度は上昇気流に乗って急上昇してみせる。はやてとルールーは必死にガルダに掴まりながら、海上を見下ろす。気が付けば、二人と二匹は三日月を背負うかのように夜空を滑空していた。

 

高度は500メートルを超えていようかという程度で、はやてにとってはそれほど驚く高度ではないものの、ルールーにとってはまるでなじみのない高度だ。魔導士としてのプライドか、騒ぐことこそしないものの、ガルダをつかむ手はかなり強い。ちょっと痛いところを掴まれているのか、ルールーを乗せたガルダは控えめに抗議するように小さく鳴いてみせるが、残念ながら誰に気づかれずに潮風に溶けて消えた。

 

さすがにこの高さでは何も目視できないと、はやてはもう少し高度を下げるよう二匹に命令しようとしたところで、はやてを乗せたガルダは大きく鳴いて見せた。夜空に響き渡るガルダの鳴き声に顔をしかめたはやてとルールーだったが、次の瞬間、はやてはガルダが全身に力を込めたことを感じ取った。

 

「ルールー!!!! しがみつけぇぇえええぁぁああああああ!!!!!!」

 

「きゃ、きゃぁぁぁぁぁああああああああああ!!!!!!!」

 

頭を90度、下に向けると同時にガルダは自由落下を始めた。はやては手足を必死にガルダに絡め、絶対に落ちることがないよう強くしがみつく。人間を乗せていることを忘れているのではないかと思うほど、重力に任せたフリーフォールをかますガルダを後で燃やしつくとはやてが心に決めていると、ガルダが向かう先に、波に揺られ、海流に乗って沖合に向かう小さな木船が目に入った。

 

それは、はやてが血眼になって探す小さなボートだった。

 

「あれはっ!!! ガルダ! 近づけ!!!」

 

「ギャァウ!」

 

ガルダは急接近し、ボートを掴んで止めて見せる。ボートは大きく揺れ、波しぶきを上げた。

急いでボートを覗き込むはやてだったが、

 

「……くそっ、いない!!」

 

ボートには誰も乗っていなかった。失意か焦燥か、はやては八つ当たりにボートを叩く。

 

「は、はやて! その船は!!」

 

「いや、いない!! くそっ、船は見つかったのに!」

 

少し遅れてやってきたルールーははやてが乗り込んだボートを覗き込むが、はやての言う通り、そこに迷子はいなかった。

 

「……どこかで飛び降りたのか、それとも元々船だけが流されていたのかしら」

 

「見当がつかない。どちらもあり得る。僕としては後者であることを切に願うばかりだよ」

 

そう言ったはやてはボートに足をかけて海に降り立つ。てっきり海に飛び込むと思ったルールーは、あっ、と声を漏らしたが、海面に立ってみせるはやてにルールーはため息一つついた。

 

「器用なことね。かなり繊細な魔力操作がいるはずだけど」

 

「うん? ああ、いや、これはそういう魔法なんだよ。ルールーにもかけたから、降りて大丈夫だよ」

 

そういわれてしまうと、海面に降りてみたくなる。ルールーはガルダに降ろしてもらい、おっかなびっくり海面に降り立ち、少しの間、驚きに動きを止めていたが、すぐに切り替えてはやてに向き直った。

 

「それよりルールー、さっきの光源、まだ出せるかな。さっきばらまいてくれたから多少は明るいけど、できればもっと明るくしたい」

 

はやての要求にルールーは首を振って見せた。

 

「そうしたいのはやまやまだけど、もうできてもあと一つや二つだけよ。ワッカの馬鹿にいきなり連れてこられたからエーテルもないし」

 

申し訳なさそうにそう答えたルールーだが、ふむ、と考えこんだはやては驚くようなことを口にする。

 

「じゃあ今から僕の魔力をいくらか譲渡するから、それでこの周辺をできるだけ明るく照らしてほしい」

 

「え? ど、どういうこと?」

 

「うまくいくかな、十四式:マナシフト」

 

はやてが聞きなれない詠唱をしたとたん、ルールーは自身に膨大な魔力が流れ込み、枯渇しかけていた魔力が一瞬で最大まで回復したことに気づいた。それどころか流し込まれた魔力を受け止めきれず、周囲にあふれて霧散している。

 

「—————っ?!?! ったく、どこまで常識外なの!!」

 

自身の中で奔流する膨大な魔力、そのすべてを使いこなすことは無理でも、ルールーはどうにかそれらをくみ取り、光源を大量に生み出して見せる。

 

( 違うわ、汲み取るのじゃない。この流れ、激しい川のような魔力の流れをそのまま魔法の発動に組み込む! )

 

「くっ、こ、この!! ぁぁあああああ!!!!」

 

「あ、あれ? ルールー、大丈……って、でかぁぁあああい?!?!? 目、目があああ!!!」

 

マシンガンのように光源を生み出し、海上にちりばめていたルールーだったが、途中から、頭上に巨大な光球を生み出していた。目に見えてどんどん巨大化していき、気が付けば、いつか見たアドバルーンのように、巨大な光の玉がルールーの頭上に浮かんでいた。ガルダたちは何かやばい空気を感じ取ったのか、早々に飛び去っている。

 

「なにこれまぶしい!! 目を閉じてもまぶしい!!」

 

「え?! なに?! はやて、どうなっているの?! どうしてこんなに明るいの?!?」

 

「ちょ、ルールー! 捨てて! それ捨てて!! なんかわかんないけど多分やばいやつそれ!!!」

 

「す、捨てるって言ったってどこに……」

 

「どこでも!!! 空でも海でもどこでもいいから早く捨ててええぇぇ!!」

 

はやての言葉に急かされるように、ルールーは自身の頭上に展開されているであろう魔法を海に向けて発射した。巨大な光球は海に沈みゆき、しかし強い光は少しも光量を落とすことなく、ビサイド島の海中を明るく照らした。海中から強烈な光が辺り一面の海を照らしたことで、海中の透明度が飛躍的に上がる。

 

それはまるで無色透明の海。ボートは空中に浮いているようで、色とりどりのサンゴや魚たちがきらびやかに海中を彩るその光景は、まさに幻想そのものであった。そのあまりの美しさに、ルールーは息を飲んで眼下に広がる幻想風景にとらわれてしまった。

 

海底まで難なく見通せるほどに透明度を増した海上で、はやては自分の目にエスナをかけながら辺りを見渡す。

 

「こ、ここまで明るくしなくてもよかったけど、まあ結果オーライだね。これで少しはあの子を捜しやすくなったと思うけど……」

 

小舟に手掛かりが残されていないか調べるため、呆けているルールーを呼ぼうと近寄ろうとしたその時、少し離れたところではやてたちのガルダが大きな鳴き声を上げた。敵意に満ちた鳴き声で、目を向けると、そこでは三匹のガルダが空中戦を繰り広げていた。うち二匹ははやてとルールーを乗せていたガルダ。

 

もう一匹は、()()()()()()()()()()()()()()()二匹の猛攻を必死に躱して逃げ惑っていた。

 

「————————ルールー!!!」

 

「向かいましょう!!」

 

 

二人が走り、ガルダたちの下にたどり着くと同時に、ガルダ二匹に噛みつかれた野生のガルダは激痛に掴んでいたものを離してしまった。

 

「ガルダ! その子をこっちまで連れてこい!」

 

はやての命令に、ルールーを乗せていたガルダが野生のガルダに噛みつく口を離して、自由落下していたものを掴み、はやてたちの下へと連れていく。はやての手にぽとりと落とされたそれは気を失っていた。だが確かに、それはビサイド村が総力を挙げて捜索に当たっていた迷子だった。

 

「あ、ああぁ、よかった、見つけられて、本当に、よかった……」

 

はやてに抱えられた子どもの顔を確認し、見間違いないと確信したところでルールーは安心したように大きく息を吐いた。

 

「見たところ、大きな怪我はないけど念のためにケアルガをかけておこう。ルールー、この子をさらったガルダを始末するから、この子を抱えてもらっててもいいかな」

 

迷子を回復し、ルールーに向き直るはやて。

はやての要望に対し、ルールーは首を横に振り、冷たさの宿ったまなざしではやてを見やる。

 

「いいえ。アレは私にやらせてちょうだい。おしおきよ、私が終わらせる(殺す)

 

「……あ、おっけーです。じゃあ、僕はもう一匹のガルダを退避させて……」

 

「はやて、お願いしたいことがあるのだけれど」

 

「うす」

 

「さっきの……マナシフト、だったかしら。あれ、もう一度私にかけられる?」

 

「え、でもさっきなんか暴走しかけて……」

 

「かけられる?」

 

「はいできますです。十四式:マナシフト」

 

ルールーに頼まれ、再度はやての魔力をルールーに移譲する。

 

「———— 集 中 」

 

ルールーはつぶやき、先ほどと同じ膨大な魔力の奔流を自身の内に感じ取る。

 

「発動は……まだ。体内の魔力は練り合わせ、他の魔力の呼び水とする。体内の魔力に引き寄せられた余剰分は抱えるのではなく、体外に纏う……。奔流、それそのものを一つの流れとして……さながら魔力のドレスを身に着けるように」

 

両手を掲げ、溢れる魔力を支配下に置く。一度目の時に感覚は掴んでいた。仮組だが、魔法理論も構成している。

つまるところ、最小の力で最大の力を受け流し続ければいい。受け流す際に外から内へ帰ってくるようにすれば、ルールーが抱えきれない魔力も霧散させずに、自身の周囲で待機させておくことができる。

 

今、ルールーははやてから移譲された莫大な魔力を1MPたりとも零すことなく、自分のものにしているのだ。吸収できた魔力は発動する魔法の中心部におき、吸収しきれない魔力は渦を巻くようにして中心部へと引き寄せられている。

 

「………これが、黒魔導士か」

 

まさに、黒魔導士。

魔法の理屈や理論はわからない。しかし、はやては確かに、ルールーが黒魔導士として最高の専門家であることを実感する。

 

魔法の極致、その一片を見せてもらっているのだ。

 

やがて、ルールーの頭上に小さな炎が灯る。

 

ともすれば風にかき消されてしまうような、淡い炎。だがやがてそれは回転とともに大きくなり、秒針が一周するだけの僅かな時間のうちに、先ほどルールーが生み出した光球よりもはるかに大きい、炎の球へと変貌した。

 

それは、いうなれば小さな恒星。

 

超高密度に練りこまれた膨大な魔力が炎という「形」に圧縮され、その解放を今か今かと待ち望んでいる。すべての力が炎球の中心に向かっているからか、不思議と暑さは微塵も感じない。

 

むしろ、はやてとその足元のガルダの背筋はどうしようもなく冷えていた。

 

はやての支配下にあったガルダは、野生のガルダに組み付き、噛みついていたが、ふとルールーが放たんとする魔法を目にした瞬間、すべての攻撃行動を止めて、はやての下へと急ぎ避難した。野生のガルダ? 攻撃? 心底どうでもいい。今はあのバケモノ(ルールー)の攻撃から逃げることが最優先事項であった。ガルダなどという小物の魔物の相手をしている場合でない。あんな頭のおかしい魔法、千個の命があっても受けきれるものではない。魔物としての直感と濃密な恐怖がガルダの心を支配した。魔物生における最高速度ではやての下にたどり着き、その背に隠れる。先にいたガルダはすでに怯えきり、小さく震えながら防御の姿勢に入っている。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、はやてにそれがばれたが最後、躊躇なく処分されることはガルダたちの足りない頭でも正しく理解していたため、監視の目が切れた瞬間に逃げるまでは、おとなしく従うふりをするつもりだったが、まさかもう一方の人間まで化物だったとは思いもよらなかった。

 

念のため、とバファイをかけてくれる主人に一緒についていこうと心に決めるガルダたちだった。

 

野生のガルダも自身に向けられている、強大という表現すら生ぬるい、馬鹿みたいな規模の魔法に黒い眼をかっぴらいていた。どれほどの殺意を濃縮すれば、あのような魔法ができるのだろうか。野生のガルダはとにかく逃げようと羽を広げて羽ばたこうとした。

 

「……T式:【ドンムブ】」

 

哀れ、ガルダ。空中に縫い付けられたかのように動けなくなってしまった。

羽を動かそうとしてもピクリともしない。されど、落下するでもない。ただその場で停止している。

 

逃げることを許さず、反抗することも許さない。

意識がはっきりしている状態で現実逃避することも許されない。

ガルダはそのうち、考えることをやめた。

 

 

 

「———恐怖のうちに死になさい。ファイア」

 

 

その日、ビサイド島の沖合に第二の太陽が生まれた。

轟音と共に爆発した太陽は、ビサイド島周辺の気温を数度上げたという。

沖合に調査に向かった漁師たちは、海の中に太陽が落ちていたと証言し、のちに「落ちた太陽」はビサイド島の伝説となるのだが、それはまた別の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ビサイド島に二つ目の太陽が生まれたと大騒ぎになった日の翌日、ビサイド村所属討伐隊のルッツは本部で開催されるジョゼ海岸防衛作戦の全体会議に参加していた。全体会議といっても、ビサイド村の討伐隊員にできることはたかが知れている。特別戦闘に優れた集団というわけでもないので、本部に近い部隊や本作戦の実行委員から与えられる指示を下の隊員達に通達、実行、監督することがルッツの主な仕事になる。

 

だがやはり、本作戦はアルベド族と協力する、過去最大級の『シン』討伐作戦であるため、会議出席者の顔触れは錚々たるものだった。所属隊員数最大の討伐隊総隊長や、過激派として知られる討伐隊の隊長、権力者と密な関係にありと噂される討伐隊副隊長などなど。

 

ビサイド島支部の討伐隊はほぼ有志の集まりに過ぎず、隊員のほとんどが本職を持つ村民なので、目立ったことはできない。まあ大方伝令係などの裏方に回るだろうと考えたところで、会議室の隅に陣取る金髪の集団が目に入る。

 

 

(アルベド族か。さすがに会議に参加して議論するってのは難しいみたいだな。基本的には技術・人員提供が主たる動きになるんだろうな)

 

そう考えたところで、ルッツははやてから彼らに言伝を頼まれていたことを思い出す。

はやてはビサイド村に滞在しているが、それはあくまで一時的なものであり、はやて自身はアルベド族たちの下に帰還するとしている。はやてはビサイド村にとって大変貴重な人材であり、討伐隊員としても、一個人としても、彼にはビサイド村に留まってほしいと願っているが、彼にそれを強制することもできない。

 

せめて有事の際に手を貸してくれるだけの信頼関係を築かなくては、と考えたところで会議が終了した。あとは個々の隊員ごとに交流を深めたり、動きを確認しあったりするだけなので、ルッツはアルベド族の集団の下を訪ねようとした。

 

しかし、アルベド族たちは用は済んだとばかりに踵を返してさっさと会議室から退出しようとしている。ここで彼らを逃しては、はやてへの義理を果たせないと思い、ルッツはどうにか部屋にあふれる隊員たちをかき分けて、アルベド族たちの下に向かった。

 

「ああ、くそ! あいつら帰るの早すぎだろう!」

 

もはや意地でもアルベド族たちの下に行く。そう意気込んで、どうにか全体会議も建物から退出すると、海岸に停泊された機械の船に乗り込む集団が目に見えた。走れば間に合いそうだと考えたルッツは声を上げて手を振りながらアルベド族たちに駆け寄るろうとする。

 

 

 

「おーーーい! 待ってくれえぇ!!!」

 

 

 

「ン? ハンア ガエアシ モザエセ ハミア?」

 

「ザア、トエサヒ ギャメネガノ。ワミユナダ トエナム モヂソレウアモ」

 

声をかけられたかと思ったアルベド族の一人が一度振り返るが、もう一人の仲間がそんなはずはないと一蹴する。

 

「ヤ、ホニャホフガハ。マブアキミ アンヒダミム ヌウソヨノ ガッサゲ」

 

「トヤネ ヨオヤネ ホームオ ギョキシ ヤヒダネセ ワミラユアネキセサ コンハ。トレネ ギャメネモ ザアレ」

 

「ネ?! イセサオ?!! フホガノ キシサミ!!」

 

「ハンア ギョキサヒオ カナミザハキシ ハッセサゲ。トヤネ ギャメネモ ッセハ」

 

「ペネン」

 

雑談しながら船に乗り込む二人、さあホームに帰るぞというところで、先ほどの男が自分たちの船に走って向かってきていることに気づく。

 

「トン? トエナッピミハ。ハンオモフガ? トヤネ ハンア トコミワサウア?」

 

「ワー? キウアモ。ラッチオ ラルヘンアミジオ ヨソギャメネア?」

 

「ガソキサナ トエナギャ マハキシ ハナメネソ トコフテゴ」

 

作戦会議の内容ではないかと思い当たり、とりあえずルッツを待つことになった。少しして息を荒げたルッツが二人の下に到着し、荒れた息を整えながら口を開いた。

 

「はあっ、はあっ、す、すまんな。呼び止めて。気づいてくれてよかったよ」

 

「…………」

 

「…………」

 

「あ、ああ、ええとだな、えーと……。は、はやてってわかるか?」

 

「…………?」

 

「…………?」

 

「あ、っと。あー、はやて、はやてだよ。知らないか? はやて」

 

ルッツは身振り手振りを駆使するが、呼び止められたアルベド族二人はきょとんとしている。

 

「ま、まいったな。ええと、あ、何だったか。えーと……、えー……」

 

そういえばと、はやてが教えてくれたアルベド語があったのだと思い出し、服のポケットを探る。奇怪な目で見守られながらメモを捜すこと数十秒、小さく折りたたまれたメモを内ポケットから取り出した。

 

「あった、あった。えーと……、〈ハヤテ〉〈キニワミ〉〈アニキ〉〈リュック〉」

 

「———!」

 

「ト、トミ、ヨミユミヤ アルベドゾム マハラハアッサア? ハヤテ、キニワミ、アニキ、リュックッセ ミッサモハ?」

 

「ワ、ワワ。ガダ ハヤテッセ ガエガ? トヤネ キッセウア?」

 

「ミ、ミタキナメネ。ネ、ゴフヌウ? ワカヘノッセ ヨソギャハミア?」

 

ルッツは自分の言葉にアルベド族たちが反応したことに手ごたえを感じた。

 

「そ、そう! はやて!〈ハヤテ〉〈キニワミ〉〈アニキ〉〈リュック〉だ!」

 

「ネ、ゴフヌウヨエ? ソニワネブ クメシ ソトヌア?」

 

「フーン、ホフガハ。クユフハナ ガレガダ、アミジオヨソ アコキエハミキハ。ソミフカテベ、トヤネ ミッキョシ チハ」

 

アルベド族たちはなにやら話しあって頷きあうと、ルッツに乗船するよう指さした。

 

「……え? お、お前らの船に乗り込めってことか?」

 

ルッツが混乱していると船が大きな音でがなり始めた。アルベド族たちはまずいといったような表情で、ルッツを無理やり乗船させる。

 

「え、ちょ、ええ? お、おい! 待てって! おい!」

 

「ヒョ、イョフシ セミヨフ ヌンハ ヨミユ! トヤネダ チサンガノ!」

 

「ワ、トエ クメガラハミモフ ホフガキユシ ミッセルウカ。ホミユ モノキル」

 

「ヒョ、フホガノ?! チヤブミッセ! トミ!!」

 

そうして、ルッツは半ば強制的にアルベド族の船に乗り込むことになるのだった。

 

 

 

 

 

〈 通信機越しに会議は聞いていたからな。内容はこっちでまた翻訳して把握するさ。 お前たちはこれからどうするんだ? 〉

 

〈 そうですね、いったんホームに戻るつもりです。何か所か港を経由するので明日明後日ではありませんが 〉

 

〈 おう、わかった。悪いな、本当ならすぐにこっちで翻訳して全体に共有すべきなんだが、ちょっとリュックの調子が優れなくてな 〉

 

〈 まあ大丈夫ですよ。それよりリュックちゃん、部屋に引きこもってるって聞きましたけど……大丈夫なんですか? 〉

 

〈 うーん、身体は大丈夫なんだが、ちょっと気疲れしててな。ま、ゆっくり休んでるとこだ 〉

 

〈 そうですか、道中なにかお土産をもっていきますね 〉

 

〈 お、すまんな 〉

 

操舵室には隊長や船長などが通信機越しにアニキとやり取りしていた。会議の内容について、本来リュックが同時通訳を担当する予定だったが、はやての一件以来、なにも手付かずになってしまっている。当人を責めることは決してないものの、意思疎通ができないというのは非常に困った問題となっていた。

 

(……うちの船員の何人かが向こうの言葉を勉強してたな。なんとかかんとか見守り隊って連中だったが。あいつらと話してたら疲れるんだよなぁ……)

 

〈 じゃ、細かい打ち合わせはまた後日だな。お疲れさん 〉

 

〈 はい、おつかれさまで…… 〉

 

 

 

〈 あ、すみませーん。ちょっと緊急なんですけど、いいですか 〉

 

 

 

通信が切られようとしたその時、操舵室の扉が開いて一人の男が入ってきた。

ルッツを乗船させた二人組の片割れである。船長が男に尋ねた。

 

〈 うん? どうした? なんか用か? 〉

 

〈 あ、船長、ちょっと出航待ってもらえませんか? 〉

 

〈 は? なんでだ? 〉

 

〈 いや、なんか大陸のやつが言いたいことがあるとかなんとかで、今乗船してるんすよ。 〉

 

〈 は?! お前なんで乗せてんの?! 馬鹿かお前?! 〉

 

船長は驚いて、男を叱責する。無理もない、今でこそ例の作戦下、協力関係にあるが、だからといってこちらの手の内をすべて見せるつもりはない。そこまでアルベド族は腑抜けていないし、危機感がないわけではなかった。

 

少なくとも目の前の男以外はそうであるはずだ。

船長は自分にそう言い聞かせる。

 

〈 いや、もちろん普通だったら俺も乗せないんすけど、なんか妙なことを口走ってて…… 〉

 

〈 だったらなおのこと、乗せてんじゃねえよ馬鹿かお前 〉

 

〈 いやだって、船が動き出しましたし…… 〉

 

〈 ………はぁ、それで? なんだよ妙なことって〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈 いや、なんかアルベド語で、ハヤテ、知り合い、アニキ、リュックって言うんすよ 〉

 

 

 

 

 

 

 

 

〈 今すぐそいつと話をさせろ 〉

 

 

 

 

 

操舵室に、アニキの硬い声が響いた。

 

 

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