FFX スピラを旅する異世界人   作:カムパネルラ321

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大変、大変お待たせしました…
楽しみに待っていてくださった皆さん、ありがとうございます。
仕事が変わり、なかなか執筆時間が取れませんでしたが、また今日から細々と書いていきたいと思います。(1000回目)


連絡船リキ号①

〈 ………… 〉

 

「 ………… 」

 

かち、こち、と秒針が進む音が部屋に響く。時間が止まっているのではないかと錯覚するほど重たい空気だが、秒針の音が否定してくれる。だがルッツにとって、それは何の助けにもならず、むしろ嫌でも時間を意識せざるを得ない状況を生み出されているとルッツは感じていた。

 

無機質な長方形のテーブル上の、妙な機械と対面しているこの現状、ルッツはどのように解釈すればいいのか分からなかった。

 

はやてから教えてもらった拙いアルベド語を放ったその瞬間は、別に今ほど緊張した雰囲気は無かった。逆に、「なにを言ってるんだコイツ?」と怪訝な目で見られ、その時は気恥しさと共に、もしかして間違ったアルベド語を教えられたのではと心配になり、はやてを少し恨んだものだった。

 

だが、伝令役らしき一人の男が部屋から抜け、鉄板で囲まれた室内をぼーっと眺めながら次のアクションを待っていると、非常に慌ただしいいくつもの足跡が聞こえ、反射的に立ち上がって構えたところで現在対面している謎の機械を片手に、先ほどの男が幾人かの仲間を連れて乱暴に扉を開いた。

 

機械がテーブルに置かれたとたん、機械越しに別の男の声が部屋中に響き渡った。それが通信機らしいことは理解できたルッツだが、怒鳴るようにアルベド語でまくし立てる男の言葉は理解できない。通信機を持ってきた男がなだめると、落ち着きを取り戻すように深呼吸をする声が聞こえた後、着席する音が聞こえたと同時に、立ち上がって構えていたルッツは着席を促されたのだった。

 

そして、冒頭の沈黙に戻るのである。

 

通信機越しの男が、この集団にとってリーダー格であることは、その取り巻きとのやり取りで察することができる。つまり、うかつなことは口にできない。万が一、ルッツたちが参加しているジョゼ海岸防衛作戦の要となる人物だとしたら、ルッツの言葉一つで本作戦に不必要な影響を及ぼしかねない。

 

故にルッツは軽率に口を開けなかった。

 

一方で、相手も何かを考えているのか、あー、だか、えー、だかの意味のない言葉を何度か繰り返した後、小さく唸ったかと思うと、黙り込んでしまった。

テーブルの向こう側には多くの――20人やそこら——アルベド族の仲間たちが険しい表情で事の行く末を見守っている。

 

 

重い。非常に重い空気である。

 

 

( はやてお前、何やったんだよ...... )

 

 

こんな状況に身を置く羽目になった原因のはやてを恨むルッツだが、このままでは埒が明かないと、とりあえずはやてに教わったフレーズを繰り返してみることにした。

 

「…………あー、ハヤテ、アニキ、リュック、キニワミ………っ」

 

ルッツが言葉を発すると、ギンっ!という音が聞こえそうなほど鋭い目つきでにらみつけてくるアルベド族たち。通信機の向こうも同じような感じだろう。それなりの修羅場をくぐってきた自分でなければ、討伐隊員でなければ、恐れをなして逃げ出していたかもしれない。

 

それから、自分の言葉が相手に伝わっているのかどうか分からない現状、アルベド語を話している自分が妙に恥ずかしい。アルベド語を話すことが恥ずかしいのではない、正しい発音になっているのかどうか分からず、間違って全然違う言葉を言っていたらと思うと、なんとも言い難い羞恥心に見舞われるのだ。

 

あれ、キミワニだったか、いや、キイマミだったような。

いや、まて、しかし、いやいや……

 

ルッツが言語習得の壁にぶつかっていると、通信機がノイズ交じりの言葉を発する。

 

「………トヤネ、ハヤテオキニワミハオア?」

 

「——っ! ハヤテ! キニワミ! アニキ! リュック!」

 

何を言っているのかは分からなかったが、キニワミという言葉で間違いなかったらしい。あわせて「ハヤテ」が聞こえてきたので、安堵感と共にルッツは頷きながら、机に少し乗り出し通信機に頭を寄せて、はやてから教わった言葉を必死に繰り返す。

 

(いやぁ、よかったよかった。〈キニワミ〉で合ってたんだな)

 

力が抜けて、椅子に深く腰掛けるルッツ。深呼吸をするように大きく息を吐いたところで、くすり、と微笑む声が聞こえたので目を向けると、部屋にいるアルベド族たちで女性と思しき者がルッツを見て微笑んでいた。彼女はそばにいた別の女性アルベド族に何か耳打ちすると、そのアルベド族もルッツをちらっと見たかと思うと、くすっと笑いをこぼした。

 

(だあああああああああっ!!!! なんだ! なんで笑ってるんだ!!! 俺が必死にアルベド語を話しているのがそんなに面白いのか?!)

 

ルッツの内心は荒れに荒れていた。無性に机に頭を叩きつけたい気分だった。

だがそれでもルッツはビサイド島所属の討伐隊、そう簡単に心の動揺を顔に出すわけにはいかない。特に、今はアルベド族たちに囲まれている。協力関係にある以上無意味に攻撃されることはないと確信していても、普段であれば気を抜けない相手なのだ。

 

そう自分に言い聞かせて毅然とした表情を作るルッツの表情がこれ以上ないくらいに赤く染まっていることに、アルベド族の女性たちはアルベド語を身につけるべく必死にアルベド語会話を練習していたかつてのはやてを思い出し、同時にルッツを可愛い人だと感じて、さらに笑みを深める。

 

 

ふいに、通信機越しの声が、意を決したようにつぶやいた。

 

 

〈 ヨオトソヨ ソ リュック ム マハラヘモフ。 〉

 

〈 ガ、ガミギョフズ ベキョフア?! コキ スアモノヨヂ シ トカッサナ…… 〉

 

ルッツのそばのアルベド族が驚いたように言う。その言葉に通信機は少しだけ沈黙したが、ひとつノイズを鳴らしたかと思うと、ルッツのそばの仲間たちに向けて、通信機越しの男は宣言する。

 

〈 トエマ、ワミユ ダ ヨエミギョフ アハキツ ヌダサ ム イサルメネ。 ホエシ ハヤテ オ ワンペアルシン マ トエサヒ ヒーツ シ ソッセコ ラミギュフモフ ギヨフ オ リソユ ガ。 ハナ、 トエサヒ マ ヨオトソヨ ソ ミキホユフム ヨヨノイハテエザ ミテメネ。 〉

 

通信機からの言葉に仲間たちは真剣に耳を傾けていた。彼らの表情は険しいものばかりで、いやな想像を振り払うように頭を振る者もいた。しかし、それでも、その言葉に反論するものはいなかった。

 

そしてルッツはその様子に見覚えがあった。彼らが何を考えているのか、言葉が分からないルッツにも簡単に想像できた。

 

極めて厳しい任務内容を伝えた時の、「何があろうとついていく」と覚悟を決めた討伐隊員(仲間たち)と同じ表情だったからだ。

 

〈 サオツ、リュック ソ マハキセ ルエメネア。 〉

 

ガピ―ッ!

ルッツに語り掛けるように、通信機はノイズを一つ残した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リュックとハヤテは、船上で水平線に落ちる夕日を眺めていた。

夕日の3分の1はすでに水平線下にあり、わずかに揺らめく夕日と海面に伸びるその光には、見るもの全てが郷愁にかられるだろう。しかし、誰しもが心を動かす自然の美しさよりも、リュックは、夕日を眺めるはやての表情に目が惹かれ、心を奪われていた。

 

「ね、ねぇ、ハヤテ」

 

心臓が痛いくらいに拍動するのをリュックは感じていた。喉にまで感じるその拍動に対して、リュックは喉に小さな心臓があるのかと本気で勘違いするほど、強く、そして激しい。

 

自分の恋を自覚した― あるいはさせられた ―リュック。

仲間のサポートを十全に受け、今、気持ちの丈をはやてに伝えようとしていた。

 

 

正直なところ、仲間たちに焚きつけられた面もあるとリュックは自覚していた。

リュックとしてはもう少し時間をかけて、はやてと仲良くしたかった。これ以上仲良くなるってなんだと言われることもあったが、リュックはいつも、はやてのために気を遣っていたから、もっと気楽に笑いあったり遊びあったりしたいと思っていた。

 

関係を進めることによる変化に対する漠然とした不安もあった。

 

しかし、ある女性アルベド族がリュックの恋心を知っていてなお、はやてにアプローチしようとしているという噂を耳にしてからは、自分の中の焦燥感と言葉にできない気持ちの荒ぶりがリュックに決断を強いた。

 

いつも自分を支えてくれる仲間たちに相談したところ、天気や波の様子から、今この時間こそ、最もきれいな空と海を夕日が彩ってくれると助言をもらい、背中を押してもらって、はやてをデッキに呼び出し、いつもの雑談をして、想いを告げる絶好のタイミングを待ち構えていた。

 

 

そして、今こそ、その時だったのだ。

 

 

「――――うん? リュック、今呼んだかな」

 

ゆるりと顔をリュックに向けるはやて。口元は、わずかに笑みをたたえている。

 

その仕草に、表情に、目に、いちいち心が跳ね上がる。

何も考えず、はやての胸元に飛び込みたくなる。衝動に身を任せ、自分の身体をはやてにくっつけたくなる。そんな自分を、はやてにやさしく抱きしめてほしい、受け止めてほしいと考えるわがままな自分を、リュックは自覚していた。

 

「あ、う、うん。 夕日をず~っとながめてたから、どうしたのかなあって」

 

リュックは自分が何を言っているのか分からなかった。口が勝手に動いて適当なことを言ってしまう。わー!と叫んで部屋に飛び込んでしまいたいと思った。

いつもの自分じゃない。頭と心と体が、まるで別々の生き物のようだった。

 

慌てふためくリュックの様子に、首をかしげていたはやてだが、少し困ったように笑いかけると、リュックの頭を一度撫で、夕日に向き直ってから口を開いた。

 

 

「……ちょっと、昔を思い出せそうな気がしたんだ」

 

「え?! ほ、ほんとに?!」

 

衝撃の言葉だった。

リュックは、はやてがかつての記憶を取り戻すために協力を惜しまないつもりだったから、ここでそのきっかけが訪れるとは思いもよらなかった。

 

はやては続ける。

 

「……いつか、どこかで。今と同じ美しい夕日を見た気がする。今と同じ、船の上で……」

 

それって、海のそばに住んでたんじゃ!

風景を思い出せたら、何かわかることがあるかも!

 

口に出そうとした言葉は、リュックの喉でせき止められた。

 

笑みをたたえて夕日を見つめるはやてが、口元は笑んだまま、しかし、泣き出しそうな顔で、眉をひそめて、辛そうにしていたのだ。それでも、夕日から目をそらさず、まるでそれが、彼の責任であるかのように、目に焼き付けていた。

 

はやては、続けて話す。

 

「あぁ、そうだ……、思い出した。あの時僕は」

 

【100万ドルの夕日】がみたいってわがままに付き合わされて」

 

「そう、【皆】で見にいったんだ。【姉貴】が予約して、僕が【車】を出して」

 

それは、きっと無意識の告白だった。

 

「…………綺麗だった。【皆】で見た夕日は、本当に特別なものだった」

 

「大切にしたくて、忘れたくなくて、【スマホ】【写真】を取ろうとしたら、波の揺れに足を取られた【妹】がぶつかってきてね、それで【スマホ】を海に落としたりなんかして」

 

 

「なんだか、可笑しくてなあ。……腹抱えて、()()()()()()()

 

 

 

はやての言葉にノイズがかかる。リュックは、どういう訳か、彼の言葉の一部を聞き取れなかったが、それでも彼が、過去を回顧し、懐かしんでいるのは理解できた。だけど、あんなに頼もしく、明るく、そして何よりも優しい彼が、過去を思い出しながら苦しんでいる理由がわからなかった。

 

 

「……………………ぃたいなあ

 

 

リュックははやてに抱き着いた。

それは、しがみついたと表現するほうが正しいと思えるほど、必死の行動だった。

 

「―っと。ごめんごめん、重い話になったね」

 

「……ううん」

 

リュックは、はやての服を強く握りしめる。泣き顔を隠し、駄々をこねる子供のように見えるかもしれない。抱き着くリュックの顔は見えないが、それでもはやては、あやすように彼女の頭を優しく撫でた。

 

「ありがとね、リュック。大切なことを一つ思い出したよ」

 

「とても、とても、大切なものなんだ」

 

「忘れたくない思い出を、思い出させてくれてありがとう」

 

夕日と、乱反射するその光が揺らめき輝く海上で、ともすれば抱きしめあっているように見える二人、それは陰で隠れて見守っているアルベド族たちにとって永久保存したいほど、神聖で、尊い一場面だった。

 

 

だが、リュックだけは。

リュックだけは、非常に強い焦燥感を抱いていた。

 

無意識に過去を吐露する彼が。

自分を優しく、甘く、撫でてくれる愛しいその人が。

あまりにも儚く見えて、その姿が幻のように揺らいで見えたのだ。

 

帰るべきところと手段さえ分かれば、たとえ今この瞬間でも帰ってしまう。

根拠はなくとも、リュックは確信できた。だから、ただただ辛い消失感をリュックは抱いた。

 

ハヤテはここにいるのだ。彼の顔を見上げ、リュックは安心したかった。

しかし、そこにはやての姿はない。

 

「…あれ、ハヤテ?」

 

()()()()()()()()()

 

リュックは未だ、気づかない。

 

「………ハヤテ? どこ? ハヤテ?」

 

空はいつの間にか夜に染まり。

しがみついていたはずのハヤテがいなくなっている。

 

星が見えない夜空が落ちてくる。

リュックの(自分の)世界が闇に侵食されていく。

 

だが、そんなこと、リュックにとっては至極どうでもいいことだった。

 

「ハヤテ、ねえ、どこいったの? ハヤテ、ねえ、ハヤテ……っ!」

 

闇が落ちる。いつしかそれは、リュックのすぐそばまで。

一寸先の闇に、彼女はそれでもハヤテの姿を探し続ける。

 

 

まもなく、耳をつんざくほど甲高い機械音が鳴り響いた。

それは通信機がつぶされる際に鳴り響くノイズであり、短い間隔で、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、鳴り響いた。

 

さながら危険を知らせるサイレンのように、大きく、歪に響き渡る。

 

「い、いやっ!!!! この音やだ! やだぁぁああ!!!」

 

リュックはたまらず耳をふさいでしゃがみこんだ。だが、リュックを苦しめるその音は耳をふさいでもなお、はっきりとリュックの耳を、心を、痛めつける。

 

「やだ、やだよおぉ…… 止まって、止まって、止まって、止まって、止まって、止まって、止まって、止まって、とまれとまれとまれとまれとまれとまれとまれとまれとまれとまれとまれとまれとまれとまれとまれとまれとまれとまれとまれとまれとまれとまれとまれとまれとまれ」

 

 

 

 

ぴちょん。

 

 

 

水が滴り落ちる音がして、歪な機械音は鳴りやんだ。

うずくまっていたリュックが顔をあげると、そこはかつての遺跡で。

 

 

「…………ハ、ヤ

 

 

ふらりと立ち上がったリュックは、音の発生源に向かう。

その足取りは、つたなく、不安定で、誘蛾灯にひかれて哀れに飛び交う蛾のようだった。

 

 

ぴちょん。ぴちょん。ぱた、ぽた

 

 

歩みを進めるたびに、音が大きくなる。

同時に、いつまでたっても嗅ぎなれない鉄さびのにおいが強まっていく。

リュックの歩みは次第に速度を速め、やがて、倒れこむようにしてたどり着いたそこは、おびただしい「赤」に染まりあがっていた。

 

「……………ぁ、」

 

そうしてやっと、リュックは思い出す。

これは、自身が目を閉じ、眠るたびに繰り返し見続けている悪夢であると。

 

「……ゆめ、ゆめ、ゆめ。ゆめなんだよねコレ」

 

リュックは立ち上がり、赤の中心へと赴く。

遺跡の中だというのに、いやに明るく、そして赤い。

 

 

 

 

 

リ ュ ッ ク

 

 

 

 

「――――――っ?! ハヤ……テ………?」

 

 

 

 

 

彼の声に振り向いた。

何も考えず、ただ、いつも通り振り向いた。

 

 

 

 

 

 

 

そこにあったのは、見るも無残なハヤテ

 

 

 

 

 

 

 

の、ようなもの

 

 

 

 

「     ぇ  」

 

 

そう、いつもそうだ。

 

 

 

ここで、リュックの身体は倒れこみ、に沈むのだ。

赤の海に身が沈み、ゆっくり、ゆっくり、沈みゆく。

 

 

 

そして体のすべてが沈んだころ。

 

 

 

ぐしゃりという音が耳元にえ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

きゃああああああぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

〈 ―――っ! リュック! 〉

 

リュックが狂乱した状態で目を覚ます。

そばにいた衛生隊員は座っていた椅子を蹴り飛ばす勢いでリュックに駆け寄った。

 

「いやああああああぁあぁぁぁああぁ!!!!! いや!!! いやああああああ!!!!!!!」

 

〈 リュック! 落ち着きなさい、リュック!!! 〉

 

「いやああ!! いやああああ!!! やだああ!!!! やだやだやだああああぁぁぁ!!」

 

〈 ――――――リュックっ!!〉

 

衛生隊員は、リュックを落ち着かせようと抱きしめる。

しかし、リュックはそれを拒むように、押しのけ、叩き、泣き叫ぶ。

 

「あああああぁあぁぁぁぁ!!!!」

 

〈 大丈夫、大丈夫だから。大丈夫よ。心配ないわ。―――エスナ〉

 

「あああぁぁぁぁぁ…………」

 

リュックにエスナがかかると、次第に目の焦点が合い、ひどく荒れた呼吸は少しずつ整い始める。その際も、衛生隊員はリュックを抱きしめ、背中を撫でていた。

 

〈 大丈夫、大丈夫よ。落ち着いて。怖かったわね 〉

 

「……ぅ、ひぅ、ぐ、う、うぇ」

 

 

〈 ね、ほら。大丈夫よ。泣きなさい、いいのよ、泣きましょう。だって、怖かったんだもの。 〉

 

悪夢から目が覚めると、決まってリュックは一しきり泣く。

一日に何度も飛び起きることも少なくなかった。衛生隊員の必死の看病もあり、その頻度は少しずつ減ってはいたが、それでも毎日、必ず1度は錯乱した状態で目覚めている。

 

怖くて、辛くて、情けなくて、悲しくて、痛くて、リュックは泣き続ける。

錯乱していた先ほどとは打って変わって、泣くときはとにかく声を殺して泣く。その理由はリュックにもよくわからない。

 

だけど、声を上げてわんわんと泣いた時点で、リュックは「終わってしまう」と無意識に感じていた。

 

だから、リュックは我慢するのだ。我慢して、我慢して、それでも我慢できなくて、声を漏らしてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

〈 ごめんね……、いつも。 〉

 

〈 なに言ってるの。謝らないで。私は衛生隊員よ。あなたを含め、仲間の健康を支えることが仕事なの。 〉

 

〈 うん…… 〉

 

〈 それに、かわいい妹が泣いてるときは力になってあげたいし、力になれて嬉しいの。だから、そこは、ね? 〉

 

〈 ……あ、う、うん。 あ、りがと。 〉

 

〈 どういたしまして。さて、エスナはかけたけど、これをゆっくり飲みなさい。もっと心を落ち着かせることができるわ 〉

 

〈 うん。 〉

 

リュックは衛生隊員から差し出された温かいマグカップを受ける。

中には茶色の液体が入っていて、薬膳茶のような香りがした。あまり好きな香りではない、しかしリュックは言われたとおりにそれを飲み込む。

 

暖かい液体が喉を通り、肺と胃を温めてくれる。

悪夢から目が覚めて十数分経って、ようやく頭がはっきりしてきた。

 

〈 また、みちゃった。 〉

 

マグカップを両手に持ち、液体にうつる自分の顔を見ながらリュックが言う。

落ち着いたリュックに安心し、椅子に座りなおした衛生隊員が続けた。

 

〈 しょうがないわ。それだけあなたは心に傷を負っているということ。心の傷が深いということを、まず認識することが大事よ。 〉

 

〈 ……うん 〉

 

〈 今度、もっと強い睡眠薬を調合しましょう。夢を見ないほど深い眠りに落ちれば、ひとまず心身を休めることができるからね。 〉

 

〈 う、うぅ…… あのお薬、またのむのかあ… 起きたとき、すっごいフラフラするからきらいなんだよ~…… 〉

 

 

リュックはここ数日、ひどい悪夢にうなされていた。不安定な精神状況下では、深い眠りにつけず、結果浅い眠りばかり続けている。中途半端に脳が覚醒している状況で、はやてのことを想い、そしてショックな出来事を連想して思い出すのだから、それはとてつもなくひどい悪夢となってリュックの精神に大きな負担をかけていた。

 

目覚めの時は常に半狂乱だった。悪夢を見始めた初日は、部屋で無意識に暴れまわり、アニキや衛生隊員たちをひどく心配させた。

 

一度きちんと覚醒してしまえば落ち着きを取り戻すが、そうなるとハヤテの件を思い出し、今度は気分が大きく沈んでしまう。悪夢の内容を覚えているものだから、夢で感じた消失感や狂気まで思い出してしまい、眠りに落ちずとも、ベッドの上で横になる日々が続いていた。

 

〈 薬はちゃんと飲むこと。……()()()()()()()()()? 〉

 

〈 …………うん。 〉

 

衛生隊員の問いかけに、リュックは答える。

不安と悲しみに暮れていても、リュックは確かに、彼女の言葉に肯定した。

 

〈 何度も言うようだけど、あなたには休息が必要なの。部隊に戻ることは、衛生隊員として、絶対に許可できないわ。 〉

 

衛生隊員は何度繰り返したかわからない言葉をかける。

 

驚くことに、リュックは部隊への復帰を望んでいた。

衛生隊員からアニキたちへは、リュックの復帰は絶望的だと説明している。しかし、リュック自身は、絶対に部隊に戻るのだと言って譲らない。

 

〈 ほんとはね、つらいんだ。夜も寝れないし、頭も、ずっといたい。ハ、ヤテのこと、まだ、ぜ、ぜんぜんダメだし。 〉

 

〈 リュック…… 〉

 

〈 で、でもね。でも、やっぱり、あたしは仲間と一緒にいたい。ほら、あたし、ニギヤカ担当でしょ。アニキにも、みんなにも、心配かけたくないし 〉

 

〈 でもリュック、今は心配をかけてでも休まないと……〉

 

 

 

〈 それに、やっぱり……信じたくないんだ。ハヤテが、本当に、もう、いないなんて。 〉

 

自然とマグカップを握る手が強まる。小さく震えてもいた。

しかし、リュックははっきりと言葉にする。

 

〈 信じたくないもん。目で見たもの、感じたものを、あたしは大切にしてる。だから、ハヤテが本当に……し、死ん、死んだんだって、その体を見ないと、あたしは、信じない。 〉

 

〈 で、でも、夢にも見るんでしょう? だったら…… 〉

 

 

〈 ……あたし、夢で血だらけの部屋にいたんだ。それは、遺跡で見た通りの風景で、匂いもそうだった 〉

 

〈 ……リュック、辛いなら言葉にしなくても、 〉

 

 

〈 でも、でもね。それだけ。あたしたちが見たのは、誰のものか分からない血だけなんだよ。…………その、一部もあっ、たけど。 でも! ハヤテはいなかった! 〉

 

 

悪夢の最後はいつも悲惨なものだった。

だけどいつも最後が違っていた。それは、最後はいつも「想像」だったから。

 

 

〈 だから……、本当にあきらめちゃうまで、……あきらめたくない、んだ。 〉

 

 

結局、リュックはハヤテの死を否定した。

それは、盲目的といえるかもしれない。理性的ではなく、屁理屈で、感情論である。

 

だけど、リュックの目の前で亡くなった母とは違い、ハヤテは「ほぼ」生存していないと結論づけられているに過ぎない。誰も彼の死を証明できないのだ。

 

リュックは自分の目で見て考えることを大切にしている。

 

だったら、自分くらいは、そのわずかな可能性を信じてみたいのだ。

 

〈 ハヤテが死ぬなんて考えたくない。それに、やくそく、したもん 〉

 

〈 やく…そく? 〉

 

衛生隊員が尋ねると、リュックは、ほんの少しだけ口角を上げて言って見せた。

 

〈 ぜったい、けが、しないで帰ってこれるっていってたもん 〉

 

さっきまで泣き叫んでいたとは思えない、淡くも強い意志。

ちょっと子供っぽいところがあるけど、それでもリュックは、本当に強い子だ。衛生隊員はそれを確信した。

 

〈 ………そう、なのね。ふふっ、分かったわ。じゃあ、一緒にアニキのところに行きましょうか? 一回くらい、顔を出しておきなさい。 〉

 

〈 ……う~、怒ってないかな。ずっと部屋にいたし 〉

 

〈 大丈夫よ。ずっと心配してたから、ちょっとは安心させないと。それにほら、ニギヤカ担当でしょ? 〉

 

〈 ―――っ! うん! 〉

 

 

ああ、ようやく笑った。

目の下のくまは濃く、数日とはいえどまともに飲み食いしていなかったから、少しやせてしまった。肌も髪も、ちょっと荒れている。

 

それでも、いい笑顔だと言えることに、衛生隊員は安心したのだった。

 

 

〈 じゃあ、顔を洗ってらっしゃいな。それから、アニキに連絡するから、返事があるまでここで……? 〉

 

善は急げと、リュックが身支度を整えようとしたその時。

大勢の足音がリュックたちの部屋に向かっていた。バタバタと慌てた様子にリュックたちが身を構えた瞬間、アニキの声と扉を控えめにたたく音が聞こえた。

 

〈 リュ、リュック。調子は……どうだ? 〉

 

腫れ物に触れるかのような話し方に、やっぱり心配をかけてたと反省するリュック。

 

〈 ん、今はだいじょーぶ。ちょっとまってて 〉

 

そういうとリュックは簡単に身支度を整えて、扉を開いた。

そこにはリュックに会えて嬉しそうな顔を隠そうともしないアニキと、同じように安心したような表情の仲間たちがいた。

 

〈 リュック、だ、大丈夫なのか? つらくないのか? 〉

 

アニキが問いかけるが、その言葉に頭を振って否定する。

 

〈 まだ、ちょっときついかな~。でも、だいじょーぶだよ。みんなも心配かけて、ごめんね 〉

 

リュックがそういうと、あやまるなよ、とか、いいさ、とか優しい励ましの言葉を仲間たちはかけた。

 

やっぱり、仲間たちのために頑張りたい。

皆が立ち上がっているなら、自分も。そう思わせてくれる仲間たちに、リュックはただただ感謝した。

 

〈 そうか! そうか!! いやでも、無理はだめだ。リュック、まずはここ、ホームでゆっくりしてだな…… 〉

 

〈 んもー! 今はだいじょーぶってば! ってゆーか、今からシャワーあびたいし! あとでアニキの部屋で話を……? 〉

 

リュックはアニキが通信機を握りしめていることに気が付いた。

 

〈 ねえ、それ、どうしたの? 誰かと通信中? 〉

 

リュックがアニキの手元を指さすと、アニキはハッとした顔をして、面持ちを改めた。

 

〈 リュック、聞いてくれ。大陸の人間と通信してるんだが……、お前に通訳を頼みたい。 〉

 

〈 つ、通信相手アルベド族じゃないの? ……ぇ、と 〉

 

リュックはためらった。嫌という訳ではないが、何を言われるかわからない不安がリュックを及び腰にしてしまう。

 

〈 ちょっと、ダメよ。どうしたのよ、いきなり。 〉

 

すぐに衛生隊員がリュックの前に出て彼女をかばう。

 

〈 そういうことは後でもいいでしょ。重要なことなのかもしれないけど、ひとまず録音して、あとでリュックに聞いてもらえばそれで…… 〉

 

正直リュックとしても、今すぐは遠慮したかった。

通信相手から罵詈雑言が飛び交うことは珍しくない。通常のリュックなら、やれやれと受け流すことができたかもしれないが、今は精神的に万全な状態とは言えない。衛生隊員が言う通り、録音したものを後で翻訳すると伝えようとしたその瞬間、

 

〈 頼む。俺とリュック……、それから、ハヤテの「知り合い」と名乗る男が対話を試みてきたんだ。それも、アルベド語でだ。 〉

 

 

 

 

「――ったく、いったい何なんだ。島に帰ったらアイツ、こき使ってやるからな」

 

 

 

 

リュックはアニキを突き飛ばすように、その手の通信機を「ぶんどった」。

とんでもない勢いで吹き飛ばされ、壁に激突し、ずるりと床に落ちたアニキは気絶したが、その顔は何処か、安心したように穏やかだったと、後の衛生隊員は述べている。

 

 

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