これはロシアの異聞帯がカルデアによって攻略されてしばらくした頃の話である。
遥か遠方に霊峰エビフ山を望む新築の王宮、その一角にある執務室にてこの異聞帯のクリプター、アシュトンはいつも通り執務に励んでいた。
つい最近までは地獄の餓鬼のような様相で働いていたが、一応の対処法が見つかり、一応人並みの生活を取り戻したのだった。
「――――そういえばアシュトン、前から一つ聞きたいことがあったんだけど・・・。」
アシュトンに話しかけたのはロシアの異聞帯のクリプターであったカドックである。
現在彼は王宮の文官の一人として精力的に働きながら恋人(予定)とイチャイチャしたり、
ロックという音楽ジャンルをこのシュメール文明っぽい異聞帯に根付かせようと布教している。
「ん?何を?カドック君。」
「あ~まずカドック“君”は止めてくれ。言われ慣れないから違和感がある。アナスタシアも同意見らしいし。」
因みに当初からアシュトンに対し警戒心バリバリであったアナスタシアであったが、とあるトラブルを解決した際、和解を果たした。
「そう?じゃあ特に拘りがあるワケじゃないし、次からはカドックとアナスタシアと呼ぶとしよう。それで?」
「いやロシアから連れてきた他の連中はどうしてるのかなって思ってさ。この前何人かのヤガにはあったけど他のヤガやサーヴァントたちはどうしてるのかと思って。」
「なるほど~。」
そういえばティアマトのお着きとして出歩いていたアナスタシアはともかく、カドックはこの異聞帯に来てからずっと此処で自分と一緒に終わりの決まっていないデスマーチに参加していた。
故に他の連中がどうなっているのか知らないのだろう、とアシュトンは考えた。
「まずロシアの異聞帯からマアンナのワープ機能を使って彼らや有用そうな資材を輸送した。するとこの異聞帯の北に本来あり得ないはずの雪山地帯が拡張された。それは分かっているな?」
「ああもちろん。そのせいで一時帰宅がおジャンになって、お前が急遽調査部隊を編成、僕がその分しわ寄せを喰らったからな。」
「因みに賢王の仕事は通常時の倍となってエレキシュガルと週一であっていたそうだ。」
「本当、今の彼は生身でなくてサーヴァントでよかったと思うし、敬意を抱くのに十分すぎるよ・・・。」
「でだ。ヤガにはその雪山地帯の調査や狩りなどを担当してもらっている。一部は試験的にこちらで働いているが体質的に難しい部分も多いから雪山地帯やその境目担当となるだろう。」
「体質って?」
「まずヤガはその見た目通り寒さに強いが、そのせいでこの温暖なシュメールの気候に適応できていない。先ほどの試験的にこちらへ住まわせているヤガは体毛を刈り取らせてもらってこちらに働いてもらっている。まあ逆にウルクの民は寒さに弱いから住み分けというヤツだな。」
これはアマンナを使用してロシアの異聞帯に保護(拉致)しに行った際に判明したことであるが、無駄にスペックの高いスーパーウルク人は寒さに弱かった。
致命的ではないがやはり気候に対応できずいつものパフォーマンスは発揮できなかったのだ。
「ウルク人だからその程度で済んでいるんだと思うよ。普通零下100度の吹雪の中に半裸同然で行ったら死ぬから。」
尚、腐っても受肉した英霊にして神性を与えられた牛若丸、あとサイレントヒルから来たような造形のラフムには一切影響もなかったので保護(拉致)作業には一切影響はなかった。
その為俺とウルク人はカマクラを作成しておでんパーティーをしながら待機していたのだ。
「アタランテは元々オルタ化してたからケイオスタイドによく馴染んだな。神性も与えられて今はヤガやウルクの子供たちのために色々と働いてもらっている。ただ・・・基本脳筋のため書類仕事に向かない。」
「致命的だけど古代ギリシャで王族や賢者以外はそんなものだろう?ホラ、あの神話体系の神も英雄も基本アレだから。」
「酒!暴力!S〇X!が基本だからな。」
アシュトンはロシアでスカウトしそこなったベオウルフが、自分の国を最後まで統治しきった王様であることを知った際、血涙を流し、怨嗟を吐いた。
半裸なのに!バーサーカーなのに!ベオウルフなのに!内政出来ると思わないだろう!
その時、特に理由のない八つ当たりが茨木童子を襲った!!
「サリエリは音楽を広めていてそれ関係の書類にはついては此方が引くレベルでやってくれる。これに関しては多様性が広がることから俺も推奨している。なのでそのままだ。」
「僕も彼に関してはよくロックの普及をする際に意見を聞いているからよく知っている。アマデウスじゃなくて良かったと本気で思うよ。」
「ああ、アマデウスは天才だけどそういう方面のこと絶対し無さそうだし、基本人間性は底辺だしな。」
「ああマーリンよりはマシっていうレベルだからね。じゃあサリエリに関しては基本放置で。」
「「・・・」」
会話が無くなり、しばらくは書類を書く音だけが続く。
時刻はそろそろ昼時、アシュトンはカドックを伴い食堂にでも行こうかと腰を上げた。
「カドックそろそろ昼飯でも食べに「お邪魔します。カドックはいるかしら?」行かないか?はい?」
執務室の扉が開く音がしたので振り向くとそこにはアナスタシアが立っていた。
今はこのシュメールの気候に合わせて白色のワンピースを着ておりどこかの令嬢、実際に皇女であるが、のように可憐であった。
アシュトンも一瞬見とれてしまう。
「近くまで偶々来たから昼食を誘いに来たのだけど・・・お仕事は大丈夫?」
「ああ大丈夫だよ。アシュトン悪いけどアナスタシアと食事行ってくる、午後1時までには戻るから。」
「ああ今日は仕事にも余裕があるしゆっくりしてきて大丈夫だぞ、アナスタシアもゆっくり食事を楽しんでくれ。」
ぺこりとアナスタシアが一礼をして、カドックと二人並んで仲睦まじく執務室を出ていく。
「・・・」
それを見たウルク兵士、そしてアシュトンはチベットスナギツネのような名状しがたい表情で静かに食堂へと向かった。
彼は出来る上司なのだ。
例え部下が「来ちゃった♡」と職場に来た奥さんとイチャイチャ食事へ出かけても気遣いを見せることができる。
後日、独身のヤガとウルク人男性(T-800っぽい男性も居たという証言有り)数名によってカドックが無理矢理アツアツの大根を口に詰め込まれるという痛ましい事件が発生したのはきっと関係ない出来事だ。
これはとある日の出来事である。
場所はいつもの執務室。
終わりの決まっていないデスマーチの真っ最中である。
カドックはいつも以上に青白い顔色でエナドリを飲んでいる。
アシュトンは最近常時浮かべているチベットスナギツネのような表情。
ギルガメッシュは週一の冥界巡礼に旅立った。
他の文官たちも既にキマッてしまい、カドック所有のロック音楽を大音量で掛けながら一心不乱に事務仕事の真っ最中である。
「主殿!」
そんな空気最悪の場所に魔獣の討伐から帰還したばかりの牛若丸(オルタ)がオッコトヌシみたいな魔獣の首を持ってくる。
流石に書類の置いてある机に置くという愚は起こしていないが、(以前一度やった)己の成果をアピールするために両手で首を頭上に持ち上げて駆けてくる。
その際カドックの書類上によく分からない液体が垂れて駄目にする。
こうか は ばつぐんだ!
カドックは気絶した。
「そうか・・・。牛若丸よくやった。だけど執務室に首を持ってくるなと言わなかっただろうか?」
「?はい!書類を書いている机の上に置くな!と言われましたので手に持っています!」
アシュトンは机の下で胃を抑える。
そろそろ色々なものが限界だろう。
「そうか・・・次からは持ってこなくていい。汁が垂れて書類が汚れるからな」
「そうですか・・・せっかくの手柄ですので主様に見てもらったのですが・・・分かりました。」
「分かってくれたならいい。やはりどんなに注意しても生首だとどうしても書類が汚れるからな・・・。」
「ですがどうして書類がこんなに多いのでしょうか主様。」
「いやあ最近は色々な仕事が多くてな、比例して書類もどんどん多くなって・・・」
「いえそれは知っているのですがどうして書類を多くするのですか?」
「どういうことだ?」
「いや書類を作ったり読む時間が勿体ないですし、保管するのに場所もかさばります。ですからなんで書類を作るのかと・・・覚えてしまえばいいではないですか。」
アシュトンの口の中に鉄の味が広がる。
これは吐血?いや歯を食いしばった際に少し切っただけだ。
「そうかそうか。すべて覚えれるなんて牛若丸は凄いなあ。でも皆は全部覚えることな・・・」
「凄いですか!?いやあ私天才ですから楽勝ですよ!」
アシュトンの右手に力がこもる。
尚、偶然だがアシュトンの令呪も右手である。
「そういうとこだぞ~牛若丸。」
「?何がですか主様?」
『自害せよ牛若丸。』
「リフジン!?」
牛若丸の突然の切腹にカドックと文官たちが全力のスタンディングオベーション。
テンションMAXである。
後日カドックに手作り弁当を持ってきたアナスタシアは
『うす暗い部屋の中で割腹自殺する少女の周りを囲んで狂喜乱舞する男たち(カドック含む)』という光景を見てSAN値チェックに失敗して寝込んでしまった。
「ひどいではないですか主様」
しばらくして当たり前のように入室してくる二人目の牛若丸。
一人目の遺体は泥と化して消えていく。
「あ~~牛若丸ってもしかして書類出来る?」
「?ええまあ。兄上と合流してから将を任せれられたりもしたので色々と書類を作って報告などしておりましたが・・・しかし先ほどの主様の目!まるで幕府を開いた直後の兄上のようでした・・・。懐かしい。」
「ティアマトママ~?牛若丸1ダース追加発注で!!」
牛若丸の思い出話?カットだ。
ティアマトに頼んで牛若丸(オルタ)を1ダースほど文官として働かせてみた。
お仕置きのつもりだったのだが、書類作るの面倒くさいなどブツブツ言いながらも精力的に働いて無事アシュトンたちの負担を緩和することに成功したのだった。
アシュトンはひどく複雑な表情をしていたが、牛若丸の活躍によって社畜から卒業できた事は事実。
彼女らを代表して一人の牛若丸を褒めて甘やかした。
具体的には膝枕してナデナデしつつ「流石俺の牛若丸!」「可愛い!」「有能!」「ずっと力になってくれ!」「美乳!」「下着を隠せ!」など甘い言葉を耳元で囁き続けた。
牛若丸は顔を朱に染めながら喜んで、より精力的に文官としても働くようになった。
後、服装が牛若丸(アサシン・オルタ)に変わった。
「主様!本日の仕事が完了しました。また褒めてください!」
今日も異聞帯は平和です。
アシュトン「負けたらギャグ要員」
カドック&アナスタシア「「!?」」