ファンタスティック闇喰らいの一般竜   作:Silas

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この辺に第三回から本編を投げ捨てて駄文をぶん投げる小説があるらしいですよ。
まあこれなんですけど。

途中から何を描きたいかわからなくなりましたが突っ切ったので初投稿です。

さらに言うなら今回の登場人物や出来事は本編には一切関与しません。なんで書いたんだろう。


幕間 一般局員の

 1926年のある日、曇り空から降りかかる鈍銀の光がニューヨークに被さっていた昼下がり。

 無数に立ち並ぶ街並みを抜け、通行人でごった返す大通りに侵入してからしばらく歩くと、ある港がそびえている。

 デザインは「当時らしい港だ」としておこう。ところどころ床板が軋むが、それでもまだ新しく大きな港だ。人員は十分におり、日に幾つもの船が身を寄せていた。

 

 大きな池と大空が覆われていたその日、マグルでぎゅうぎゅう詰めの船に乗って、ニュートはようやく新天地の港へ到着した。

 

 ニュートは船のスロープを下って、港のコンクリートを踏みしめるとあたりを見渡すと、旅行客でごった返す港の内に、暗色で身を包んだ魔法使いらしき人物がちらほら見た。

 

 大股でどこかに向かっているらしく、彼らはニュートに目もくれていない。

 

(よかった、気づいた様子すらない)

 

 ニュートは張っていた気を緩め、手の中でトランクを持ち直すとゆっくりと息を吐きだした。

 

 マグルの船に乗っていたニュートは、彼らに見つかるのは以ての外、魔法使いに見咎められる行動もなるべく避けなければならなかった。

 純血主義者からすれば何でもない事でも目障りに思うはずだ、下手に目をつけられればトランクの中身まで言及されかねない。

 ただでさえ無茶苦茶な理屈を振り回す、頭の凝り固まった人物が権力を持つことが多く、そういった人物にクレームをつけられれば面倒極まるだろうと考えてのことだった。

 

 純血至高主義がマグルの船に乗っているとは思えなかったが、なんと言っても今のアメリカでは魔法動物を連れていること自体法律違反だ。極めて残念なのだが客観的な正論はニュートになかった。

 特にミディールはアメリカじゃなくてもマズい…と。

 

 人の密度が高い中で少々気を張っており、ニュートはひとまず上手く乗り越えたことに安堵していた。

 

(しかし初めに比べたら。だんだん慣れてきた)

 良くも悪くも。

 

 天井に釣られた電灯が薄暗く港のコンクリートを照らしている。

 右から左へと視界の外へ消えていく人たちの隙間をすり抜けて、ニュートは入国審査待ちの行列に加わった。

 

 並ぶ人数自体そう多くはなく、行列と呼ぶかも怪しいものだったが、あまり進まないままニュートが行列の先頭に辿り着くまでにもしばらくかかった。

 

 ようやく先頭に立って、入国審査のセットが見えた。

 コンクリートの上に何列かでいくつも机が置かれており、職員が一人ずつ机を挟んで審査を行っているようだ。

 旅先でよく見る光景だ。今更珍しくもない。

 

「次の方!」

 

 ニュートが列の先頭で少し待っていると、職員の一人から声をかけられた。

 ガタイが良い人物。なんというか、まるで軍人のような男だ。警備員が代わりに事務を受け持っているように見える。

 

 呼ばれて職員へ歩きよったニュートはその軍人じみたその男の机に立ち止まると、職員の様子に気づいた。

 顔は蒼褪めているうえに大粒の汗を流していて、見るからに体調が悪そうだ。

 ニュートはその様子を不審に思いながらも机の前で立っていると、職員はちょっとした間を挟んでニュートへ質問を投げかけた。

 

 ニュートはなんとなく、『アメリカに来たことはあるか』という質問が来るだろうと身構え。

 

「危険なものはありますか?」

 

「なんだって?」

 

 つい聞き返した。

 職員は体調が悪そうな表情を変えておらず、独特だがこういう入国審査の仕方もあるのだろう。なんとか納得させて、答えを返した。

 

「ああ、いいえありません」

 

「は?」

 

「え?」

 

 心底驚いたような声で返されて、口から間の抜けた声が出た。

 

 

「...え?」

 

 何がいけなかったのか。

 

 ◇

 

 同日、ニューヨーク。

 ほんの数分間だけ遡る。

 

 曇り空の下で、ちょうど船もついたばかりで人が港に雪崩れ込み、天井の影が流れる人の波を暗く照らしている。

 ゆるやかな時間の流れを感じるニューヨークの港は今日もまた、多種多様な人種の旅の人々によって鮮やかに彩られ、人の隙間を縫って歓声じみたざわめきと事務的な声が飛び交っていた。

 

 船旅を終えた客と事務的な声を交わす職員達の一人に、同僚の仲間から『シェパード』と呼ばれるマグルの局員がいた。

 黒髪黒目。彫りが深く四角いの顔に、鍛えられているため首はそこそこに太く、肩幅や腕の太さも同じくそこそこある。しわ一つない制服を着て直立不動でいると実に軍人らしい。

 

 美しい妻と子を2人持っているが、仕事を優先して中々家に居ない、『頑固な分からずや』だ。

 

 自他ともに認めるほど勘が鋭かったシェパードは、犬が災害前に異常な行動をするように──あくまで彼が犬であるわけではないが──驚くべき精度の危機察知能力や直感と言った類の持ち主だった。

 それは武術を極めた達人が気配を読みとくように、もしくはどこぞの貧乏巫女が持つ鋭い勘のように第六感じみたものだ。

 

 大雨くらいであればソワソワと落ち着かない程度だったが、大戦争の前には鳥肌を抑えるだけで一苦労だったものである。

 日常で役に立っていたと言うには限定的だったが、それこそ嵐とか豪雨のような災害にあたって嫌な予感が首筋を撫でた。天気予報代わりなり何なりにしても、まあ悪くない特技だったのだ。

 

 『分からずや』の彼はその特技をいかして入国審査の一端を受け持っていた。

 

 

「はい、もう大丈夫です。ご協力ありがとうございます」

 

「ええどうも、ありがとうね」

 

「いいえ。初めてのニューヨークを楽しんで」

 

 適当な言葉と、とってつけたような笑みで観光客の一人を送り出したシェパードは、すっかり仕事場として馴染んだ港を見回した。

 

 港は今日も思い思いの格好で船から降りた客人たちと、慌ただしく動き回る青っぽい制服の職員たちで溢れかえっていた。

 シルクハットの紳士。派手な赤い服のご婦人。それらしく整えられた双子の子供。青いコートを着た男…。

 

 船が着く都合上、壁の一面が取り払われている港には冷たい空気が吹き込み、ほの暗い港にいる人々の大半は寒さをこらえるような仕草をしている。

 見知らぬ旅人たちがうろうろ歩き回る、何の変哲もない港の様子にシェパードは違和感を覚えて眉をひそめた。

 相変わらず人は騒がしく動き回っているし、その大半は職員以外の見知らぬ他人だ。

 

 

(見慣れた光景だ、なのに何がおかしい?)

 

 

 そんな漠然とした違和感に、自分の直感が小さく警報を鳴らしていた。先程からどうも首筋に小さな氷をのせたような嫌な感じだ。

 

 強いて言い表すなら「どこかから強い気配を感じる」ような気がしていた。なんなら重圧と言い換えていい。ずっしりと肩に乗っかっているような感じだったのだ。

 

 生まれつき持っていた第六感じみたそれの影響で、少なからず生き物の気配だなんだというものはシェパードの身近にあったのだが、人の群れからこんな気配を感じるのは初めてだった。

 生き物だと断言できないほどに強い圧であり、しかし壁の向こうで息を潜めているようにぼやけている。

 

 経験則だが動物ならもっと上手く隠すはずだし、そもそもここには今現在人間しかいないはずだ。

 だが、なんだろうか。人の気配というよりは、無理に例えるならばまるで巨大な生き物の気配がどこかから聞き耳を立てているような。巨大な生き物、そうだ、怪獣のようなドラゴンだろうか。

 

 顔を少し斜めに向けて、あたりの喧騒へ視線を巡らせても、視界いっぱいにわらわらと動き回る人々には何も変わりはない。

 ならこの考えや気配も自分の感じているものは気のせいだろうと結論付けた。そもそも巨大な生き物なんておとぎ話じゃあるまいし、そんな考えに至るなんて、俺は熱でもあるのだ。

 さあ仕事をしなければ──。

 

 

 足をそろえて背筋をピンと伸ばし、シェパードは次の仕事にとりかかろうと声を張り上げた。「次の方!」

 単調に光る電灯の下、声は規律よく並んだ机をかきわけて進み、中々距離はあったものの易々と地面の白線で立ち止まる行列に届く。

 入国審査を受けるために並んでいた列の、先頭にいた若そうな男──ニュート・スキャマンダーだ──が反応して、シェパードに顔が向けられた。

 

 強いクセも窺えず、一般人として溶け込んでいる人物だ。流れる人の波を背景にしていて立ち止まる姿が浮かんで見える。

 あまりジロジロ見るとおかしな火種になりかねないが、シェパードは目を細めるとその姿をサッと眺めて男の情報を汲み取った。

 

 青いコート。ブロンドの髪。6フィートはある高身長。大きな茶色のトランクを片手に引っ提げている。顔は、しっかり見えないがおそらくイギリス人だろう。いかにも観光客じみている。

 順番だけ考えても、彼が次に担当する相手だ。

 あらためて気合を入れなおすと、シェパードはこれから行う段取りを頭の中で簡単にまとめはじめる。

 

 アメリカは初めてか、食料はあるか...頭に浮かんだのはマニュアルじみた形式的なものだったが、未だ体にかかる圧力から意識を反らすには十分だった。

 時間がこのおかしくなった感覚も戻してくれるだろうと考えて、シェパードは仕事をしながら違和感が消えるのを待って──

 

 と、まあ結論から言えば、ニュートがシェパードの机に向かって一歩を踏み出しすと、とたんにシェパードが覚えたその違和感は主張を強めた。

 シェパードが感じていた気配や重圧はまさしくドラゴンのものであり、ド直球に言うと闇喰らいのミディールの気配そのものだ。

 

 そもそもミディールは次第によっては神々を屠殺するソウルの業の担い手と渡り合い、数多の薪の王(プレイヤー)たちを喰らってきた古龍たちの末裔である。

 身体に内包するソウル量は膨大であり、常に無意識ながら竜の身体から、少なくともこの時代にとって圧倒的な存在感と威圧を放っているのだ。

 魔法によって空間が半ば隔絶されているトランクからも、大人しくしていたところでミディール本体の異質な存在感がトランクからどうしても滲み出てしまっていた。

微かなものだったが勘の鋭い人物ならわかる程度だ。

 

 つまり、彼が覚えた違和感も勘違いではない。

 

 今日のミディールはニュートとともに移動しており、ニュートが勘の良い入国管理局員との距離を縮めるということはミディールとの距離もまた縮まるということになる。

 そして例の谷底で闇喰らいのミディールが繰り出す攻撃は、基本的に腕や尻尾を使った物理攻撃だ。ミディールの腕が届く距離は、対抗手段がない生物にとって絶対に踏み込みたくない間合いなのだ。

 

 距離が近づくことでその間合いに踏み込んだシェパードが、その気になれば何を知覚するでもなく死亡しうる状況下で、ミディール自身に害する意思がないにしても、命の危機を強く感じてもおかしくはなかった。

 そういったものに敏感なら尚更。

 

 実際、シェパードの生まれ持った直感はつんざくような悲鳴でもって叫んでいた。

 

 

『この男に関われば死ぬぞ!?』

 

 

 男が一歩二歩と近づくたびにとほうもない脱力感に襲われ、粟立った肌に大粒の冷汗を噴き出し、思考回路が逃げへ傾く。

 足はその場で釘付けになって、逃げようという思考すら空回り。シェパードはパニックに陥った。

 

 その場から動こうとしない体とは裏腹に、自分が遠く離れていくような錯覚に落ちる。

 冷汗とともに論理的な思考が流れ出て、喧騒が遠ざかり、頭が痺れて五感がぼやけた。体がかじかみ体温が抜け落ちていくような感覚だ。

 幽体離脱じみた不思議な体験に、何故か家族の顔がフラッシュバックして止まらなかった。

 

 そんな感覚がおかしくなるほどのミディールの存在感に晒されて、シェパードは目の前に立つニュートへ明確な幻を重ねた。

 

 ──巨大なドラゴンだ。黒の岩盤に包まれた悪魔のような竜だ。アメリカを火の海にできる化物だ!巨大な体で俺を見下ろしている──

 

 幻覚の竜を正面に据え、呼吸が詰まって今に潰れてしまいそうな圧力の中で、朦朧とする意識にシェパードは口走った。

 

「危険なものはありますか?」

 

 しまったと思う間もなく、返答がくる。

 

「なんだって?...あー、いいえありません」

 

「は?」

 

「え?」

 

 

「...え?」

 

 

 

□□□□

 

 

 ──危険なものは?

 

 ──いいえありません。

 

 ──本当に?

 

 ──はい。

 

『何を言ってるんだこいつは』

 

 しがない入国管理局員のシェパードは質問の答えを聞いて、いますぐにでもそう叫びたい衝動に襲われた。なんとかこらえて平静をよそおう。

 

 (危険物がないだって?とんでもない!宇宙人を運んでいるとでも言われた方がまだ説得力がある!)

 

 目の前からまだ恐ろしい気配を感じるシェパードは、もうすっかり死んだような気分だった。

 家族で撮った集合写真が浮かんで霞む。ついさっき見たはずなのに記憶は色褪せて消えかけている。

 

 シェパードの体調は、頭の芯まで凍えるように冷め切ったかと思えば燃え盛るように感じるなんて始末で、俺は今に倒れそうな情けない姿を晒しているだろう。

 いや、そもそも俺は立てているのか。そんなこともわからなくなるほどにのしかかる圧はとてつもなく、ここまで白々しい輩も初めてだった。

 

 この男を調べればまず間違いなくトランクからはマズいものが出るだろう。

 今も世界がひっくり返りそうな重圧の中でかろうじて立っているのだ。こんな気配を発するものはきっと麻薬などといったものではなく、当人の意思のみで大勢が死に、それでもなお足りないようなかつてないほどの脅威だ。

 

 ――でなければここまでの圧がありうるのか?

 

 一周回って冷静さを取り戻した気がするような思考で、シェパードはふと助けを求めて横の同僚に目を走らせる。同僚と丁度目が合い、暗闇に浸かったまま一筋の光を垣間見た気分になった。

 

 必死に表情と目で訴えかける。

 

 『助けてくれ!そうだ、なんなら警備員なりを呼んでくれ!』

 

 必死である。

 

 警備員にどうこうできるとは思わなかったが、一刻も早くここを離れたかったシェパードはなりふりをかまわなかった。

 

 「頼むからどうにかしてくれ」という渾身の願いを込められた視線はかくして同僚に届き――

 

 ◇

 

「ニューヨークへようこそ」

 

 そんな台詞と共に握手をして観光客を送り出す。

 

 次の仕事が来るまでのわずかな時間に、シェパードの同僚はちらと隣で業務に励む仕事仲間のシェパードの様子を見て、彼の様子を不審に思った。

 

 さっき来た青いコートの男とまだ話している。

 普段ならもう五人は捌いているころなのに、一人に対してずいぶん時間を割いているようだ。

 シェパードに劣ると自負する自分ですら今さっき一人送り出していた。

 

(シェパードのやつなにやってんだ?)

 

 視界の隅に映るシェパードは挙動不審というか、膝が笑ってないか?

 顔も蒼褪めているように見えるのだ。

 

 なにかおかしいんじゃないか?

 半ば確信に近い疑問の正体を探るべく、まだ次の仕事までありそうなのを見て、軽く顔を向けるとシェパードの姿をとらえた。

 

 驚きに目を見開く。

 

 シェパードは持ち前の強面を苦痛に歪ませ、(普段を知らない人間には分からないだろうが)震える体を必死に抑え込んでいた。

 顔は蒼褪めて冷汗が零れ落ちている。

 仕事も進んでいないようだ。

 

(なんてこった)

 

 心の中で驚きに満ちた言葉が浮かんだ。

 

 あのシェパードだぞ!

 熊と正面切って殴り合うのが趣味とすら揶揄されるあのシェパードだ!

 

 ――何かが起こっている。

 漠然とした違和感が確信に変わった。

 

 見ていることに気づかれたのか、シェパードに睨まれるが、それも覇気がない。

 力は籠っているようだが空回りしているような、不自然な印象を受ける。

 

 震える体。冷汗。入国希望の人物をその場に留め続けている状況…。

 

(おいおいまさか)

 

 そうかわかったぞ。シェパードがどんな状況に置かれているのか。

 

 流石シェパード。恐ろしい胆力だまったく、まさか――

 

 

 高熱だってのに仕事をしようなんて考えるとは!

 

 

 それに今にも倒れそうなのに仕事を続けようとしているのだ。

 

 

(仕事への考え方は気に食わなかったが、中々芯があるじゃねえか)

 

 

 体調が悪いなら休めば良いものを…。

 

 

(だが正直、見直したよ。この仕事が終わったら上司には上手く言っといてやる)

 

 しっかり休めよ。なに、仕事は代わりにやっておいてやるから――

 

 自分を見るシェパードにサムズアップを送って、同僚は気持ちよく仕事に戻った。

 

 ◇

 

 警備員でも呼んでほしいものだという切実な思いと期待が込められたそれは、にこやかに「ニューヨークへようこそ」などと見るからにおのぼりの旅行者と握手していた同僚のサムズアップによって見事に玉砕される。

 

(勘弁してくれ)

 

 だめだ、俺以外気づいてない。

 

 その結論に至るまでそう時間はいらなかった。

 

 もちろん、生まれついた超常的な勘の鋭さ、空気の色を読むその直感がトランクの中のドラゴンの存在をくみ取ったなど知る由もない。

 

 日常のルーチンワークを見せつけられ、また思考に冷水がかけられた。

 もう一度だけ正面に立つ男をみる。

 

 片手に大きなトランクを引っ提げているイギリス人。

 

(…待てよ?この重圧の正体はこの荷物によるものではないか?)

 

 微かに動いた思考で突発的にはじき出された考えに、シェパードはどうしてかとてもしっくり来る感覚を覚えた。

 

 であれば、ここでシェパードに提示された選択肢は二つ。気づかないふりをして送り出すか、ここで引き留めるか。

 この男が運ぶ者を爆弾と仮定すれば、爆発する場所が変わる程度だ。

 アメリカの見知らぬ誰かが死ぬか、ここで俺が死ぬか。

 

 シェパードの脳裏に家で待つ妻と子供たちの顔がちらつく。

 ヒステリックに警報を鳴らし続ける思考回路はそれを燃料にまた加熱を始めた。生まれ持った勘が最適な行動を導き出し、また衝動的にシェパードは口走った。

 

 

「荷物を見せてください」

 

 

 自分でも驚くような言葉だった。

『何を言っているんだ』という言葉がそのまま返ってきた。

 

 言葉に対して訝しげな表情をした男は、少し身をかがめ…トランクを机の上に差し出した。

 机の上に置かれたトランクは何の変哲もないものにしか見えない。

 

 普通、差し出すか?

 

 これを(・・・)

 

 

 拍子抜けして、つい横の同僚を見た。

 

 ニューヨークへようこそなんて言いながら見るからにおのぼりの旅行者と握手している。

 その顔には笑顔が浮かんでいた。

 

(ああ、チクショウ)

 

 …カチリと小さな音が聞こえた気がして、トランクに目を戻した。

 

 ニュートにだけ『MUGGLE WORTHY マグル用』の表示が見える。

 

 仕方ない。パチパチとトランクを開けて中身を見た。

 服と時計と虫眼鏡…普通だ。

 トランクの底までひっくり返しても普通の客と何ら変わりない中身。

 

(何が起こった?)

 

 ――気が付けばメーターを吹っ切る圧力も、命の危険はその痕跡すら残さず消えていた。

 

 なんだというんだ、あの気配は気のせいだったとでも?

 

(そんな馬鹿な)

 

 そう思ったところで実際に重圧は消え失せて、いつの間にか遠のいていた港の喧騒すら耳に戻ってきている。

 唖然としながらも思考を阻害していたものはなく、考えはまとまった。

 

 

 改めて選択肢を提示される。

 

 ◇◇◇◇

 

 ニュートがニューヨークの銀行でニフラーを追いかけていた、丁度そのくらいの時刻にシェパードとその上司とでこんな会話がされていた。

 

「へえ、そいつは面白いなシェパード。お前が担当した旅行客にそんな危険なやつがいたなんて気づきもしなかった」

 

「そう断言されると、自分でもあれが白昼夢のような気がしてきますね」

 

「実際そうだろうさ」

 

(まあそう思うだろうな、例え俺でもそうする)

 シェパードは上司の言葉を聞いてそう思った。

 

 自分が体験したあの重圧は説明したところでわからないし信じてもらえないだろう。あまりにも荒唐無稽だ。

 

 それでもシェパードは自分の上司に、自身の経験を話していた。

 

「はあ。なあシェパード、それが事実として、何でそいつを入国させたんだ?矛盾してるし、作り話にしてもお前らしくない。一体何が言いたい?」

 

 最終的に、シェパードはニュートに入国の許可を出していた。

 

 あの気配が気のせいだとは思わなかったが、気のせいならばそれでいい。

 そもそもあの男が気配の大本ではなかったかもしれない、他の何かがちょうどそう思わせただけなのか。

 

 たとえ気のせいではなかったとしても、どちらでもよかったのだ。

 

「ん?ああそうだ、今日はもう帰らせてもらいますよ上司殿(・・・)

 

「…まだ日も落ちてないぞ?」

 

「えー、体調不良ですよ」

 

わざとらしく人差し指で頭を掻きながらシェパードはそう言った。

 

正しくはないだろうが、シェパードは結論を出したのだ。

人にはどうしようもない状況というものがあり、それは何の前兆も無く唐突に現れる災害だ。

 

災害の前に人は無力で、何の脈絡もなく死ぬということ。

 

「死ぬ前にできるだけ長く、家族の顔が見たくなりました」

 

そんな気分だった。

 

 

上司はやれやれと首を降って、シェパードに言い放った。

 

「病院に行って明日は休め」




添削なんて無かったんや...
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