千恋*万花~福音輪廻~ 作:図書室でオナろう
章ごとに書き溜めたものを放出する形になるので、不定期更新となります。
それでも良いという方はお付き合いくださってくれると嬉しいです。
稲上馨
場違い、という言葉がある。
時折、自分が場違いでないかという疑惑を抱く。
祓う者、戦う者、護る者、仕える者──それらの中にいたら、絶対に浮いてしまう。
何せ────"殺すもの"、なのだから。
「……朝か」
目が醒める。
ゆっくりと身体を起こし、伸びを一つ。
殺風景な自室は何も変わらないのだが、今年の頭から変わった事がある。
両親が仕事の都合で家を出て行った。いつ頃帰ってくるかは未定……突然の事で大変なのは、いつの時代も変わらないか。
一人で飯の支度をし、一人で食べ、食休みを挟み、とある一室へと向かう。
そこは暗く、大仰な札の貼られた一室。まるで何かを封じるかのような見た目だが、当然だ。
ある意味では最も悍ましいものが、ここにあるのだから。
そこに佇んでいるのは、一振りの刀。我が家に代々受け継がれるそれは、決してあってはならないもの。"最終手段"として存在するこの刀を抜き使命を果たす、という事は避けたい。
幸い父母の時代も、祖父母の時代もこれを抜く事は無かった。だが俺はどうだ? 無い、とは言い切れまい。
「杞憂なら、いいんだけどな」
目を伏せて、一瞥し部屋を後にする。
そういえば、手伝いを頼まれていたな……面倒だが、他にやることも無いのも事実。身体を動かすがてら、行くとするか。労働は何も考えなくて済む。面倒なのは否定しないが、嫌いではない。できる事なら、何もしたくないが。
──俺の名は稲上馨。
──ただの人間だ。
……穂織の街は小さい田舎だ。
だからこそ近所付き合い等は深く、祭り事はほぼ街一丸となって行動する事になる。まぁ実際には色々と違うところもあるのだが、俺の主観では、そう見えるという話だ。
家の代表である両親が留守の今、代理として俺はこうして顔を出さねばならないし、足りない人手分動かねばならない。
まぁ知らない顔じゃなし、さりとて困る事でもないのだが。
「……困った」
だがより働くとなると、いかんせん疲れが早く来る。その分休息を多く入れねばならぬ、ということだ。効率的に物事は運びたいが、さて上手く行っている気が欠片もしない。
──これほど疲れるものだったか? いや、慣れぬ事をしているからだろう。疲れなぞ、えてしてそんなものに違いない。
「慣れぬ顔出しは疲れるか?」
そんな風に頭を回す俺にかけられる声。落ち着きを払った、何処か厳格さを持つ声の主は限られてくる。
「玄さん。ひと段落ついたんですか」
ともなれば、顔を見ずとも分かるというもの。それが古くからの友人の祖父であるのならば、なおの事という奴だ。
「お前も奇妙な呼び方をするようになったな」
「いつまでも『廉くんのおじいちゃん』呼びじゃあ、ガキみたいでみっともないでしょう?」
「違いない」
鞍馬玄十郎──旅館、志那都荘のオーナーであり、同時に俺の友人である廉太郎の爺さんだ。
この春祭りの実行にも大きく関わっているし、俺の一族が持つ元来成すべき事を知っている。色んな意味で頭の上がらない人になる。
「廉太郎はどうだ?」
「前の件で懲りたと思いますよ。でもまぁ、本人の気質もありますからね。なんのかんの言って、あいつはいい奴ですからきっと大丈夫ですよ」
「廉太郎には甘いよな、馨」
「そりゃ友達ですから」
クツクツと笑いながら、廉太郎をフォローしてやる。少し前、女を取っ替え引っ替えしたみたいでえらくクラスの奴らから冷たい目で見られてたのを覚えている。
廉太郎──あいつくらいか、親友と呼べる間柄というのは。
「んで、なんです? 本題は」
「いやなに、少ししたら将臣が帰ってくるのでな。ウチの旅館の手伝いだ」
「将臣……? あぁ、廉の従兄弟の彼」
有地将臣という名前だけは知っていた。廉の従兄弟というのもあるが、廉の妹である小春がやけに熱を入れて教えてくれた、というのもある。なんでもイイ男だとか。
俺が幼少の頃は訳あって都会にいたので知らないが、どうやら入れ違うように彼は出て行き、俺は来たらしい。以来ちょくちょく顔を出していたそうだが、実は一回も会っていない。すれ違ってはいるやもしれんが。
「あぁ、この休みの間に手伝いに来るからな。それでまぁ、なんだ……仲良くしてやってくれ」
「彼と俺のソリが合うなら」
「廉太郎とあれほど仲の良いお前の事だ、問題無いさ」
「なるほど。──さて、続きやりますか」
「長話だったな、すまん」
「いえ、楽しかったですよ」
玄さんと別れて、俺は自分の仕事に戻る。
それから仕事をしては休み、仕事をしては休みを繰り返して課せられた業務を終えた後、建実神社へと向かう。
まだ最後の──外せない仕事が残っているからだ。
神社の本殿に入って嫌にでも目につくもの……岩に刺さった抜けない刀『叢雨丸』。妖を斬りこの地を護った所謂神刀であり、それは空想や伝説などではなく、現実のものだ。斬るべき妖──否、祟りは穂織の山中に潜み、それと戦うものもまた存在する。
無論それを知るのはごく僅かな人間のみ。俺も知る一人であり、同時に……
「やはり、見ているな」
俺の視界に薄暗いノイズの塊のようなものが目に入る。ガキの頃からずっと見えていたソレが、大人たちの言う叢雨丸の精霊たるムラサメ様なのかは知らないが……いい加減値踏みをするような視線を送るのはやめてほしいものだ。
「安心しろよ、事が終われば消えるさ。どうせ俺は、夏の雪に千切れる陽炎に過ぎないんだからな」
もしもそうなら、俺を値踏みするのもわかるというものだ。誰が好き好んで俺のような奴を近づけさせるといいうのか。
まぁ、こっちとしては仕事は仕事だ。知ったことではない。
「おや、早かったね馨君」
「存外、楽なものでしたので」
奥から現れる壮年の男性──朝武安晴さん。この神社の神主であり……そして、稲上を最終手段として欲した朝武。その現在の当主。
古き関係に当てれば、朝武と稲上は雇用主と雇われにあり──
今の関係に当てれば、家族ぐるみの付き合いが長くからある一族といったところか。
無論、彼の一人娘である芳乃さんとも幼少の頃より仲は良い。
「万が一の場合が発生した時の話を」
そしてこれから俺たちがするのは、朝武とその従者である常陸が祓うべき古くからの怨敵──祟りに関する話だ。
だが。
「馨君、僕はもう君がそこまで気を張る必要は無いと思うんだ」
やはり、この人は優しすぎる。
「稲上はその為にいる存在です。無いとは言い切れないのならば、その名を以て警鐘とし、生まれ落ちるならば滅する。ただそれだけです」
「昔からそんなの名ばかりだよ。真に受けないでくれ」
「それでも可能性は可能性。時が来たのならば、俺はかの剣にて魔を刈り取り、悪を滅しましょう。──たとえそれが、己の友であったとしても」
仕事は仕事。
成すべきことは成さねばならない。
それが生きる限り裏切り続ける俺への罰なのだから、甘んじて受け入れなければならない。
もっとも杞憂が終わって欲しいのは安晴さんだけでなく、俺もであるが。
「君の両親だってそんなに君が背負い込む事を良く思ってない筈だろ。もういいんだ」
「……ですが」
「君が真面目に物を考えているのは分かっている。僕らが少し楽観的っていうのも分かっている。でも馨君はまだ子供なんだ。そんなに大人ぶらないでくれよ」
そう安晴さんに懇願するように言われてしまっては、こちらは下がるしかない。
だが貴方は分かっていない……生きている限り裏切り続ける俺の存在は、決して許されてはいけないのだと。
「……わかりました」
芳乃さんの事を人一倍に大切に思っている彼が、何故ここまで俺を許そうとするのかは正直分からない。
──安晴さんの妻、秋穂さんは朝武の呪いと戦い続け、志半ばで没した。現実は無慈悲であり残酷……そう分かっている筈なのに、何故。
「ではいつも通り、討ち漏らしが起きた時のみ、俺は出ましょう。そして、億が一が発生した時にも」
「本当にすまないね……」
「いえ、仕事ですから」
仕事についての打ち合わせは終わった。
──もうすぐ黄昏時だな。
家に戻って、今日は身体を休めるとしよう。
野菜と米と魚が食えて、あとは風呂入って寝られればそれでいいさ。
書き溜めが完了した後、一日ごとに0時更新していきます。
とりあえず今は一章が終わっているので、順次投稿していきます。