千恋*万花~福音輪廻~   作:図書室でオナろう

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自由

「……生きて、か」

 

朝の眠気を湯浴みで飛ばしながら、先日の夜言われたことを、また口にする。

生きろと命じたのは駒川。

生きてと願ったのは茉子。

 

この違いは何処から生まれたのか。生きろと生きて──単に言い方の違いというだけで終わるものではない。

いや、考える必要は無い。生きろと命じられて受け入れて約束した、生きてと言われて約束した。だったら不慮の事態で死ぬ以外の死に方は許されない、そういうことだろう。

 

……今日はえらく早くに起きた。

普段ならもう一度寝るかーぐらい思うのだが、今日はなんだかそんな気になれなかった。

 

やけにリアルな感覚で、昨日茉子の背中に手を回した感触が残っている。やけに小さく、暖かく、柔らかい。どれだけ経っても、あいつは『女の子』だったんだな……とも思うし、恐らくは芳乃さんも──

 

「……何考えてる……」

 

不要な思考だとしてカット。ええい、朝っぱらからいらぬ煩悶を抱いてはロクなことがない。

しかし、生きて……とは。どうやって生きればいいんだろうな? 生きろならば考えずに済むから楽なんだが。

──それを探ることを、一つの目標としてみようか。それがわかるまでは死ねない。

 

……随分人間らしいんじゃないかな、こういうの。

 

 

「……生きて……ねぇ……」

 

学院の暇な時間を使って、頭を回す。どうやって生きればいいのか。何をして生きればいいのか。本音を言えば何もしたくない、何も考えたくない。万事が面倒くさくてだから頭を回していない。それは生きているのか死んでいるのか……

 

「……難しいな、ホント」

 

一人ボヤいても仕方ない。

あまりにも難題だ、これは。理詰めで物を考えているからだろうか。どうしたらいいのかまったくわからない。

 

「へーい、馨っちー、飯食おうぜー」

「なんのマネだよ廉」

「ありゃそんなにアレだった?」

「控えめに言って寒気がした」

「全然控えめじゃねーじゃん。んで、どうするよ」

 

チラリと確認すると、いつも通りに将臣もいる。が……

 

「悪りぃ、今日は一人の気分なんだ。ちょいと黄昏させてくれ」

 

ダメだ。生きてという言葉に頭を回してばかりで、他に集中できない。授業すら聞き流すどころか聞いちゃいねえ。それほどまでに生きてに対してどう生きればいいのかを考えてばかりだ。

 

「埋め合わせはするからさ」

「いいって。んな大事でもねーだろ」

「それもそうか。将臣にもよろしくな」

「へいへい」

 

一言断りを入れ、弁当を持って学院の外へと向かう。平屋だからな、屋上も無いし。

フラリと出て行き、ふと当てがないことに気が付く。考えるために離れたつもりだったが、その実考える場所は思いついていなかった。

 

「参ったな……」

 

まぁどこでもいいか。フラフラ歩いて、適当に目についたベンチに腰掛けて飯を食う。

食いながらどうやって生きたものかと考える。生きろではなく生きて──あぁ、まったく、本当にわからない。何が正しくて何が間違っているのか……

食い終わってからも、考えて考えて考えて……グルグルと渦巻く疑問に答えが出ない。

しばらく頭を悩ませてから、はたと気が付く。今何時だ? 時計に目を落とせば休憩時間はとうに過ぎてる上に、もう授業は始まっていた。今から戻っても、ここからなら十五分近くかかる。

 

財布の類は一通り持ってるし、鞄には教科書程度だが……いいのか? はっきり言って間に合っても半分以下しか受けられないぞ? でも行かないのもアレだしな。

 

と、そこまで考えて。

今俺はどうしたいのかと思う。

 

ぶっちゃけ面倒くさい。

バックれた方が早い。

でもバックれたらバックれたで……別に怒られはしないか。呆れられるだけで。

 

都合よく比奈ねーちゃんから電話がかかってくる。

 

「ねーちゃん?」

『稲上くん、どこほっつき歩いてるんですか? もう授業始まってますよ』

「……悪いけど俺サボっから。全部欠席にしといてくれて構わない。ごめん、比奈ねーちゃん」

『えっ? あっ、ちょっと馨……!?』

 

困惑するねーちゃんに心の中でもう一度謝罪しつつ、俺は電話を切って立ち上がる。

……なんか、気分がいい。

今はじめて、明確に自分で考えて自分で決めた気がする。今までだって学院行くのは学生だから当然だと考えてて、だから戻ったであろうことは予想できる。

 

だけど違う。俺は明確に自分の成さなきゃいけないことと、自分のやりたいことを天秤にかけて、やりたいことを取ったんだ。

 

何とかだから、みたいな理由じゃない。利益と不利益で考えたら不利益だ。でもその不利益を是として、俺は不利益を自ら選んだんだ。

そうか、これが自由か。これが生きるってことか。惰性で生命活動を続けてるのとは訳が違う。

生きて、の答えではないだろうが……だがそうか、これが俺が選んでいなかったもの……!!

 

「はっ、最高だな──」

 

上機嫌で歩き出す。さて、家帰って弁当の容器洗って……それから何をしようか? 時間は山ほどある。何もしないのも選択の一つだ。

あぁ、日常とは、こうも楽しいものだったか──!!

頬が緩む、気分が高揚する、足が軽くなる。

 

「あぁ生きるさ、生きてやるとも……!」

 

生きろと言われ約束した。

生きてと言われ考えてみた。

 

だったらこうして考えてアレコレ試してみることこそが、どうやって生きればいいのかの答えが見つかる筈だ。

生まれたことが罪である存在が生きてと言われたなら、どう生きればいいのか。普通に触れ続ければ、異常との境目が見えてくる──俺の生死の答えは、そこにある……!

 

 

 

「──で? サボったのは初めての自由に選択したことにテンションを上げてしまったからというオチなんですね?」

 

そうして得た自由を謳歌し、何をしても新鮮味を感じるほど満たされていたのだが。

 

「何故このような」

「中条先生が「不良になっちゃったかなぁ……?」とか言っていたので、無用な心配をかけることが得意なあなたに説教をしに来ました」

「ワタシはいつも通り」

「あんたまで説教かよ!?」

 

学院に置いてきた鞄を届けるついでに、家に乗り込んできた巫女姫忍者コンビに正座させられてしまった。

 

「いいですか。例の隠し事は事情が事情ですし、私でも似たようなことをしたでしょうから不問ですけど、それでも信頼されてなかったというのはショックです」

「そっから? いやでもあれは……」

「私たち友達じゃないですか!」

「あっ、吹っ切れたなコイツ!」

「ええ! 巫女姫の立場に縛られる必要はそれほどないのだと理解しました! 有地さんのおかげです!」

「あいつ来てから展開が多すぎるんだよちくしょう!」

 

説教とは程遠い、醜い言い争いというか……我ながら何をしているのだろうか?

 

「馨さんは深く考え過ぎなんですよ! 明日はきっといいことだらけくらいの感覚でいいんです!」

「ガキの頃に命の話だぞ!? 無茶言うな!」

「今でも変わらないじゃないですか! 抱え込んで一人で悩んで。相談くらい乗りますよ! だというのにあなたは……子供のときから変わってません!」

「なにを! 立派に変わったよ!」

「茉子か私が引っ張り出さないと家から出てこなかったクセに!」

「たりめぇだよ! 慣れねえ土地だったしな! お前だって木に登ろうとしてすっ転んで泣いてたじゃねえか! 宥めたのってほとんど俺だぞ!」

 

説教はどこへやら。

完全にヒートアップした俺たちは過去の出来事を掘り返しつつ罵倒なんだか罵倒じゃないんだかよくわからないことを言い合う。

 

「つか重荷を背負ってるお前に余計な世話かけられるか!」

「重荷を背負ってるのはあなたもでしょう! お父さんたちには話せて私じゃダメな理由はなんですか!」

「子供じゃん! 大人じゃねーじゃん!」

「なっ……子供じゃないもん! 私より有地さんの方が子供っぽいのに!」

「子供だ子供! 将臣を引き合いに出してる時点でな!」

「二人とも」

 

あまりにもドスの効いた声でそう言われては、止まる以外できない。

……というか、それは卑怯だろ茉子。

 

「不毛な争いはやめてください。近所迷惑ですよ」

「……ぐっ、返す言葉も無い」

「ぐぬぬ」

「芳乃様、落ち着いて端的に」

「そうね、そうよね。なにやってんだろ、私……ごめん茉子」

 

軽く深呼吸をした芳乃さんは、佇まいを正してから

 

「馨さん。もっと人を信頼して、弱いところを見せてください。相談とか、してください。私たちじゃダメなんですか」

 

と、俺の身を案じるように言った。

……この様子だと、あの後色々聞いたな? ムラサメ様か安晴さんかは知らないが、出所はいっぱいあるわけだし。

 

言われてみれば確かに誰かに相談することもなく、俺は自己判断に全てを委ねてきた。全て自分で判断して、自分で実行していた。相談などしても無意味だと勝手に断じていたが……ここまでバレたら、存外気楽に言えるのかもな。

 

「……努力してみるよ、芳乃ちゃん」

「またそんな懐かしい呼び方を」

「いいだろ? たまには」

 

微笑む芳乃さんを見て、閉じた俺を外に連れ出してくれたのは、こんな笑顔だったんだと……今更ながらに思ったが。

 

──どうしてか、本当に心惹かれたのとは違う気がした。

 




二章終了
三章は書き溜めてますのでお待ちを。
なんとかして年越しくらいには三章を書き終わりたい……

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