千恋*万花~福音輪廻~ 作:図書室でオナろう
これまた実験的なものですので、ご容赦
分裂
目が醒める。
……身体が重い。
布団から身体を起こし、首を一捻り。パキパキと鳴らしながら時間を確認。──五時? 早すぎる、気合いを入れないと起きられないはずなのに、何故……?
「目が醒めたか、我が端末よ」
疑問を打ち破る第三者の声。
肉体が反応し、布団を蹴るように後退。すぐさま枕元に置いてある短刀を手に取り構える。
「比奈、ねーちゃん……?」
だが見えたのは比奈ねーちゃんの姿。
しかしその瞳は冷酷な色を宿し、かなり古式の着物を着ている。
違う、こいつは比奈ねーちゃんじゃない!
「いいや、誰だお前……! 俺は比奈ねーちゃんに鍵は渡してない──!」
「まだわからぬか? でハ、コチラのホウガキサマニハワカリヤスイナ」
腑に落ちなさそうな表情と流暢な言葉使いから一転。憎悪に塗れた表情と人ならざる気配、そして俺の声と混ざった女の声。
間違えるはずなど無い、これは……
「虚絶──!?」
「カカカッ、イカニモ」
「なんでテメェが比奈ねーちゃんの姿してやがる……! 今すぐその貌を変えやがれ!」
怒号と共に不快感をあらわにする。俺の姿ならまだしも、よりにもよって比奈ねーちゃんの姿をしているのが気に食わない。これが虚絶でなければ、本気で殺していたところだ。
「フむ、なラバこれでどうだ?」
毒々しい気配が消えたと思ったら、黒い靄がかかる。それが消えると同時に現れたのは……俺ではなかった。
──何故か、茉子だった。
「貴様の記憶の中で印象深い女の姿を取ってみたが、如何に」
「不愉快極まりないな」
「では何を望む」
「……俺でいいよもう」
不快感を剥き出しに吐き捨ててやると、虚絶は再びその姿を変える。三度目にしてようやく俺の姿だ。
だがやはり着物のままだし、しかもそれ女物じゃねえか……
「で、朝っぱらから何の用だ。しかも叩き起こしやがって。生前の習性か何かを流し込みやがったな? 余計な世話だっつーの」
意識は眠いのに身体は起きる気マンマンなのでめちゃくちゃ気持ち悪い。
……ていうかこいつ、実体を持ってたのか? 意志だけの存在だと思ってたんだが。
「黄泉道に迷い彷徨える者に実を与える術を応用し、あの管理者のような状態を意図して作り出した。誰しもに見えるだろうが、緩めれば見れる者が絞られる」
「人の思考を読むな。接続されてる身にもなれ」
「我が端末よ、れな・りひてなうあー……だったか。アレは、なんだ」
「レナさん? ……いや知らない。将臣みたく、ちょいと神性に縁があるんじゃないか。にしては、お前が衝動を送るあたり怪しげではあるが」
「では洗う。駒川の者に尋ねる」
「勝手に動くつもりか」
「寺子屋があるだろう、貴様は」
いや五時だし、行って話を聞く分には問題と思うが……これがどういう状態なのかがわからないのはかなりまずい。
「……とりあえず俺の記憶を照会できるなら散歩するときの道を歩いてこい。俺は家にいる」
「解せぬが、解した。その無益を成してくるとしよう。我が端末よ」
そう言い残して虚絶は家を出て行く。俺は今に行き、水を飲んで胡座をかいてテレビを眺める。差し障りのない、つまらない内容ばかりでいつも通り。
しかし、突然──
「……あれ……」
視界がブレる、意識がトぶ。
家にいるはずなのに、どうしてか建実神社の近くにいる。ただボーッとしていた筈なのに、自分の行動に異常なほどの疑問と魔への飽くなき殺意が溢れ出す──
「戻、れ……ッ!」
意識があっちこっちすっ飛んで仕方ないどころではない。混ざっているどころではない、ミキサーにかけられているようだ。
俺と我が混ざって、我が端末がズレる。俺と虚絶の境目が崩壊して、やばい──!!
どうやって繫ぎ止めるべきなのか。何をするべきなのかを考えている筈なのに思考すら回らなくなりそうになったとき、虚絶が戻ってきた。
その途端混線した思考が急激に戻り始め、吐き気のようなものすら覚える。
「戻ったぞ我が端末よ。どうやら我と貴様の接続は、我が実体を得て行動する場合、近くばかりにいた影響で急激な距離変化が発生すると接続が解れ混ざる。我の方が質量が大きい故、貴様を呑むらしい」
「……てめ、そういうの、先に言え……ッ!! 気持ち、悪りィ……」
「水を飲み横になれ。意識の混濁は平常を保ち、原初の己が何を抱いていたかを強く抱け。貴様の始まりは確か……あの──「黙れ!!」──ふむ、失言か」
ごちゃごちゃうるさいんだよ亡霊のクセに──! 水を再び飲み、近くの雑誌を枕に横になる。
クソほど腹が立つが、こいつの発言は正しい。寝っ転がって自分の中身を意識していくと、自然と混濁した意志が纏まり始める。
──笑顔が浮かぶ。
……これは幼少の頃見たもの。誰の笑顔だったか……とても綺麗な、笑顔だったのに……
「──よし」
時間にしておよそ一時間三十分ほど意識を集中し、自らを取り戻す。
……えらい目にあった。まさかあれほどぐちゃぐちゃにされるとは……
「落ち着いたか」
「……朝から面倒だ」
「意志に罅が入っていなければ問題は無い。しかし貴様に関しては心配無用だ。その意志の根底にあるものは、祟りになろうとも砕け散ることはない。それほどまでに眩しい笑顔か」
「勝手に語るな」
……出てきた理由はレナさんについて調べるためらしい。整理していたら見えた。あと久しぶりに好き勝手動いて気分が良くなったから、肉の檻を欲したというのもある。
しかしその行動はただ一つ。あらゆる魔の撃滅。もしもレナさんが誤認でもされたら目も当てられない。
「で……どうする? お前と駒川に面識無いぞ」
「適当な姿を借りる。貴様ではなく、他の者からな」
「不快にさせそうだから俺行くよ……なんなら接続のギリギリを維持して距離を伸ばしておいてくれ」
「御意。では行くぞ」
「待ってご飯食べたい」
「そうか、習慣は違うのだったな」
──こりゃ苦労しそうだ。
七時くらいなら起きてるだろうから、それくらいに一報入れとこう。
「……つまりなんだ。お前、刀から出てきてるのか」
「統括存在たる我が離れれば必然的に我が端末に流れ込む。故、混線が発生するのも然り。我があの剣に入っていれば問題は生じん」
「そ。戻ってくれると助かるんだが」
「手が足りぬだろう。我が力を貸す」
「ありがた迷惑だこんちくしょう」
飯食ってのんびりした後、外に出たら出勤する比奈ねーちゃんとばったり会ったので遅刻する旨を伝え、虚絶を連れて駒川の診療所に向かう。
極限まで存在濃度を薄くし、俺以外の適当な姿を取らせた虚絶だが、その姿は古き良き大和撫子のような出で立ちだ。
というか、素材があまりにも良すぎる。本人の口から割らせた生前の姿を摸している筈なのだが、どこか美化しすぎただろうか?
「美化も何も、貴様の根底にあるものから派生した姿だぞ」
「……は?」
「無自覚か思考停止か。いずれにせよ貴様も男ということだ、我が端末よ」
いきなり何言ってんだこいつ。てかすぐそうやって人の思考を読むのをやめろ。
やれやれとため息を吐く虚絶を怪訝な表情で眺めていると、診療所が見えてくる。
「最大距離」
「対象のいる部屋から玄関よりやや離れた程度」
「不便だな」
「近すぎる弊害だ。慣れろ」
チッ、ほとんど離れられないな……
「荒療治だが、混線開始距離を保ち貴様の意識だけで耐えれば必然的に伸びるぞ」
「断る。俺が俺でなくなるなんてまっぴらごめんだ」
「それでこそ我が端末、素晴らしき存在よ。
──む、この感覚は担い手、それに管理者か」
フラフラ歩いていると見えてきたのは何故か診療所の前でたむろってる将臣御一行。ムラサメ様もいる。
「よ、おはよう」
と軽く挨拶をすると、ギョッとした目で隣の虚絶を見られる。見えないようにしているんじゃなかったのか。
「見える回線を持つ者には何をしようとも見える。しかしあの時は義憤に塗れた顔をしていたが、それなりに若い顔もできるものだな」
「あの、どなたですか?」
「巫女姫よ、我は我が端末を通して先日貴様と出会っている。我に啖呵を切ったその姿、忘れようにも忘れらぬ」
「端末……お主、虚絶か!」
一度襲いかかられた経験からか、ムラサメ様の表情は険しい。というか全員が全員、その意識を戦闘用に切り替えているようだ。朝の雰囲気ではない。
「如何にも、我が名は虚絶」
「乗っ取るのはやめて今度は自ら現れたか亡霊め。いつまで馨を縛るつもりだ」
「縛るのではない。盟約と成したのだ。我らは魔を討ち亡ぼすがべくその命すら天秤にかけた。なんであろうと亡ぼすと決意した素晴らしき我が端末と我は、共に憎悪と殺意を束ねる者」
「それを縛るというのだろうが!」
「否。我が端末は我が端末であり、我は我である。我と我が端末は、単に肉体を共有するのみ」
淡々と返していた虚絶がムラサメ様をギロリと睨みつけながら吐き捨てるように語る。
「だが縛るであれば貴様もそうだろうが。ムラサメなどと名乗り、父母から戴いた名誉なる名を名乗らぬ貴様こそ縛られる者。哀れなる幼子よ、救いを求めよ。その先にこそ貴様の生がある。故、その使命を──「いい加減にしろ」──無駄話だったな」
一瞬で興味を無くした虚絶は表情は虚無のまま佇む。
「悪いな、朝っぱらから。俺は駒川に用がある。どいてくれないか」
「いや、俺たちもあるんだ。これのことでさ」
と、将臣が見せたのは透明な欠片。
先日、朧げながらに虚絶を通して見たものと同じだ。
が、刀から虚絶が抜けている所為で衝動等は送られてこないので判別が出来ない。
……さて、これは……
「おい虚絶、動くなよ」
「あいわかった。何も無いに越したことは無い」
「そーかい」
要件が同じなら構わないやと入っていくついでに、虚絶は外に置いておく。話をややこしくされては困るからな。
「祟りのところに落ちてた、ね」
あの欠片は水晶のようなものであり、何か不思議なものであること。そして芳乃さんが触れようとしたとき、何故か静電気めいた反応を一つしたということくらいしかわからず、より精密な観測が必要とのこと。一つとは思えないのでムラサメ様が探してみるとのことだが、さて上手く行くやら。
「陰陽師の末裔であれじゃ、俺らはお手上げだな」
「でだ、馨は何の用だい? 虚絶に関係することかな」
「いや近況報告。遂にそこの二人にバレたよ。あと虚絶が叢雨丸の態度に腹立てて暴れたりとか」
「……おい、重要なことだぞ」
大変微妙な顔をしながら、駒川は続きを促す。
「まぁそれだけじゃなくてな。虚絶の件は調査が完了次第伝えるが……真面目な話もある。駒川、レナ・リヒテナウアーに憶えはあるよな」
「うん? あぁ、留学生の。でもどうして彼女が出てくるんだ?」
「将臣をはじめてみたとき、レナさんをはじめてみたとき……虚絶から微弱な衝動が送られた。が、一回きりだ。将臣が担い手だったことを考えれば、何かしら関係があるかもしれん」
そう言うと駒川は「なるほど」と呟いたが、代わりに反応したのは茉子と将臣だった。
「それ本当なんですか」
「嘘言ってどうするよ。虚絶が実体を持って現れたのもそこが所以だ。しばらく考えて分からんのと叢雨丸への当てつけのためだけに五時に叩き起こしやがった」
「でも、レナさんはどう考えたって関係者には見えないだろ」
「おかしいと思わなかったか? タタリとオンリョウなんて間違いをするかよ普通。どれだけ日本語が不自由でも、「み」と「り」は間違えても「せん」と「りょう」は間違えないだろ」
「言いがかりだよそんなの」
「だが、だ。もしも彼女の家系がこっちに来てたとき、祟りを見ていたら? 否定はできまい。それに虚絶が衝動を送った理由も知りたくてな……裏は取っておきたい」
「いくらウチが古くからの資料があるとは言っても、流石に外国人の出入りに関しては何週間洗い直すことになるかわからないよ。それでも構わない? 当面はこの欠片を優先させてもらうけど」
駒川の言うことはもっともだ。
外国人の出入りの記録なんてはっきり言って残っちゃいないだろうし、下手をすれば百年以上前の資料を洗い直すことになるんだから。
「構わねえよ。テメェの腕は確かだからな、時間かけてでも明確な情報が出るってのはいいことだ」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
「素直に褒めたつもりなんだがね。まぁ少々危険だが……虚絶を通して祟りが見たものとかを洗ってみるのも手だし、詰まったら教えてくれ」
「わかった。とりあえずリヒテナウアーで洗ってみるよ」
「任せるぜ、駒川センセ」
ヘヘッと笑いながら要件は済んだとばかりに一歩下がる。
そこに耳打ちしてくる茉子。
「ビターな会話ですね」
「入水自殺未遂からの縁だしな」
「……本当に、あなたって人は」
呆れてくれるなよ、そういう風にしか考えられなかったんだしさ。
まぁそんな風に俺の頼みたいことも聞きたいことも終わってしまったし、本題も終わった。
あとは個人的に聞きたいことがある将臣が残り、俺たちは芳乃さんの希望で彼を待つことになった。
「戻ったか、我が端末よ」
「まだ待つぞ」
「御意」
出てきて早々、壁に寄りかかって腕を組む虚絶に告げると、何故か虚絶は茉子に近づき出した。
そのままジッと顔を見つめ──
「なるほど。やはり純情なものだな」
「はい?」
「いつの時代も、男女とは得てしてこんなものか。いやまったく、何一つ変わってない」
「おい、静かにしてろ」
「知らぬは本人ばかりか……理解ある故苦労するな、巫女姫。いや、貴様も難儀なものだったか……さてはて、如何にして成り立つものやら」
「は、はぁ……」
などと意味の分からないやり取りをした後、最大距離まで離れる虚絶。
本当に何のことやらさっぱり。今朝はこの女に引っ掻き回されて辛い。
それから戻ってきた将臣をからかいつつ、学院へと向かう。ムラサメ様と似たような状態である虚絶は最大距離を保つべく学院の敷地内に堂々といるが、そう見える人間もいないし問題は無いだろう。
後ろの方では廉が弁当を忘れただの騒がしいが、さりとて気にする必要は無し。俺はとっとと食って、色々試すとしよう。
「カオル」
と、暇つぶしがてら虚絶に作らせた弁当を食べようとしていたところで後ろからレナさんに声をかけられる。
「カオルもわたしたちと一緒に食べませんか」
「君はよく俺を誘うよね」
「……ダメでありますか?」
ショボくれたレナさんを見て良心が痛むが、しかし今日はそうはいかん。いや、今日もか。流石に虚絶との接触確認等は一人の方が都合いいというか……
あぁでもダメだ。そういう子犬みたいな目をされてしまっては困る。大変良くない。しばらくのお見合いの末に折れたのは──
「……わかったよ。今日は乗るよ」
俺の方だった。
「ありがとうございます! 大勢で食べるご飯は美味しいですからね〜」
「そうかな? 色々と面倒だと思うけど」
「そういうものではないですよ。誰かと一緒にというだけで心が躍るのです」
そんなことを言われてもなと思いながら向かってみれば、珍しい顔がいた。
「あれ、小春ちゃんいたんだ」
「いたんだって、酷いですよ馨さん」
「そうだぞー。俺の弁当を持って来てくれた可愛い妹をいたんだとは失礼な奴だな」
「ふん、ツンデレ兄妹どもめ」
「ツンデレじゃないです!」
「ツンデレじゃねえよ!」
「やれやれ、知らぬは当人ばかりか……この血筋は鈍いのが当たり前なのかね」
──貴様が言えたことか──
うるせぇよ、タコ。俺は鈍くねえ。
茶々を入れる虚絶を罵倒しつつ、席を合わせる。
「あれ? 馨くんの弁当の中身……なんか、古風ですね」
ひょいと覗き込んできた茉子のコメントは的確だ。何せ千年前の人間がベースとなっている存在に飯を作らせたのだから。
極めて古風だ。ご飯に漬物に卵焼きに、あとは煮物が少しと焼き鮭。六時半から七時半までの一時間で作ってみろと振ったが、さて。見てくれはいいがな。
「長年の居候してる奴を顎で使った」
「あぁ……彼女ですか。これはこれで風情があっていいですね。今度やってみようかな」
「いいんじゃないか? 好きだぜ、そういうの」
「あは、これでいい実験体が手に入りましたよ」
そんなやり取りをした後、飯を食べる。
……古風な味だが、懐かしい味。
千年の憎悪とは裏腹に、母親の味のような、慈しみを感じた。
しかし、飯の最中に下ネタはやめてくれないか廉。
──マナーがなってない。