千恋*万花~福音輪廻~   作:図書室でオナろう

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休息

「ほう、ここが現代の茶屋か」

「急に出てきたと思ったら、甘いもん食いたいってのは妖刀の名が泣くな」

「端末よ、我は貴様と影響し合っている。故、貴様もここに来たかったのだろう」

「否定はしねえよ」

 

休みだからと暇を潰していたら、急に虚絶が出現し甘味処へ案内しろとか言い出した。昨日飯を作らせ家の掃除をさせたことに対する反逆だろうか。まあ俺も食いたいと思う気持ちがあったし、否定しなかったが。

なので田心屋に連れて来たが……実体を持たせた上で、全員に見えるようにしているので迂闊な発言ができない。

 

「響是津京香という名を名乗れば良かったな」

「そ。手間をかけさせるなよ」

「御意」

 

そうして無表情と無感情のまま、虚絶は田心屋の扉を開ける。

 

「いらっしゃいませー」

 

出迎えるのは小春ちゃん。

しかしこの千年前の亡霊は何を勘違いしているのか。

 

「頼もう」

 

……なんて、ぶちかましやがった。

 

「はい……?」

「頼もうと言った。貴公、頼もう」

「えぇっと、何名様ですか?」

「……どうなっている……? 馨」

「はぁ……二名だけど、席空いてるかい?」

「あっ、馨さん! はい、空いてますよ。でも相席ですけどいいですか?」

 

話のわかる俺がいたからか、先程までの困惑した表情からパァーッと明るくなる小春ちゃん。子犬みたいで可愛い。

しかし、相席……相席か。大丈夫かコレ。いや、俺が手綱を握ればいい。うん。

 

「ま、仕方ないことだ。こっちは構わないよ」

「じゃあ、ちょっと待っててください。聞いてきますので」

 

そうしてトコトコと歩いて行って、しばらくもしないうちに小春ちゃんが戻ってきて案内される。

そうして相席となったが……なった先が、だ。

 

「渦中の人間と会うとは、これもまた宿痾か。実に呪わしきかな巫女姫。我らは断ち切れぬ鎖の下に集うというわけか」

「……ホント、ごめん。みんな」

「いや、いいんですけど……何故?」

「甘いもん食いたいって」

 

将臣に芳乃さんに、レナさんに茉子の席。いやはや、なんというか困ったというか……うむ、参ったな。

 

「表が無いぞ」

「メニューは後から来るよ」

「随分と変わったものだ、服装や慣習が似通っていても本質が異なっている。これも時代か」

 

千年前の遺物に振り回されて困ってしまう。俺を含めこのバケモノ大和撫子を怪訝な視線で見つめるそんな中、はじめて虚絶の人間態を見たレナさんは興味深々といった様子で尋ねてくる。

 

「カオル、そちらの女性はどなたですか?」

「我は響是津京香。貴公は……れな・りひてなうあー……? だったか」

「はい。気軽にレナと呼んでください」

「何故、名で呼ばねばらなぬ? 我と貴公は此度、はじめて顔を合わせた。故、親しくもない。慎みを持つがいい。意中の相手に呼ばせる程度こそ、女子らしいというものよ」

「イチューの相手とは、一体なんですか?」

「意中の相手なぞ、意中の相手だが」

「申し訳ありません。わたし、日本語はそれほど堪能ではなくて……」

「恥じることはない。貴公の努力は無価値に非ず。無意味に非ず。誇れ、りひてなうあー」

 

……こいつこんなキャラだったか?

 

「して、りひてなうあー。貴公、恋をしたことがあるか。意中とは即ち其れだ」

「おぉー、なるほど……イチューとはそういう。表現が多くて困ってしまいます」

「素直に表現できぬ人種故、面倒くさいのだ。そこの馨のようにな」

 

なんかすごくいい話みたいな雰囲気にまとまってるけど、こいつの本質が破壊であると思うとものすごく微妙な気分。

そうこう待っていると、奥から小春ちゃんだけでなく芦花さんも出てきてメニューを渡してくれる。

 

「あら、馨」

「や。邪魔してるよ」

「女の人まで連れてきてまぁ……」

 

と含みのある表情を見せてから隣の人形めいた虚絶に目を向けるが、当の虚絶はメニューを眺めている。

 

「金が、違うな」

「そりゃそんだけ経てばな」

「ぷりん、ぱふぇ……貴様の記憶にあるものだな」

「……そりゃね」

 

なんか、手のかかる妹持ったみてぇ。ご先祖様だけど。そうしてげんなりしていると、こっそりと耳打ちしてくる将臣。

 

「……マジで虚絶?」

「マジ」

「嘘だろ」

「……信じたくねーよ」

 

虚絶の生前はいいとこのお嬢様だし、しかも彼女の最新の情報というのは安土桃山時代で止まっている。何せそこからずっと穂織の地にいるし、しかも中々外に出られなければ接続先もほとんどいない。

俺のような奇跡が起きて、やっと数百年ぶりに情報更新だ。

 

「貴公、我はこれを」

「みたらし団子ですね。お飲み物はいかがいたしますか?」

「抹茶以外に何があるというのか。茶屋だろう」

「……あー、なんかごめんね、芦花さん。不快ならすぐ出てくからさ」

「いえ、大丈夫ですよ。緑茶ですね」

 

そんなわけでみんな思い思いに注文していくが、俺は羊羹と珈琲にした。意外と合うんだなぁ、これが。

 

「常陸の末裔よ、何故我を見る」

「いえ……別に」

「我が憎いか。それとも妬心か」

 

何か思うものがあるのか、視線を向けた茉子に一瞬で反応する虚絶。いや喧嘩は勘弁してくれよ……

 

「違います」

「よかろう。知らぬのならば知らぬままでいろ。最果てに待ち受ける喪失と出逢うその時まで」

「……」

 

不穏な空気が流れる中、はたと気がついたようにレナさんが再び虚絶に声をかける。

 

「キョーカはわたしたちとそれほど年齢が離れていないように見えますが、カオルとはどういう関係なのですか? もしかして……カップル?」

「馨とは単なる親族に過ぎん。あと我は既婚者だ。既に子供もいる」

「キコンシャ、コドモ……えぇ!? けけけ、結婚されているのでありますか! えっと、その……おいくつでありましょうか?」

「齢か。三十路だ。夫と結ばれたのは十五程度だったな。過去のこと故、朧げではあるが」

「ぜ、全然そう見えませんでした……これが東洋の神秘……! ファッキンです」

 

突っ込みたい。

君が話してるのはとっくの昔に死んでいる人物で、俺のご先祖様なんだって言いたい。子供いるって言ってたけどその子供の末裔が俺だって言いたい。

でも言えない……だって言ったらややこしくなる!

 

「……馨さん、大丈夫ですか?」

「ありがとう。芳乃さん……気持ちだけでも嬉しいよ」

 

微妙な顔を察してか、芳乃さんの気遣いが身に染みる。

が、何を勘違いしたやら。

 

「接続に問題は無いはずだが。逆流したか」

「ちげーよ」

「ならばよい」

 

もうやだこいつの相手……疲れるよ。

 

「して馨よ。我は疑問なのだが」

「はいはいなんですか」

「近頃も未だ一夫多妻の慣習は残っているのか」

「……なんで?」

「そこな男、我が知る限りでは女ばかりにかまけているように見えるが、如何に」

 

と、将臣を見ながら言う虚絶氏。

言われた側は顔を面白く変化させ、見ている側はやや冷淡な視線になる。しかしそんなことは意にせず、虚絶はペラペラと口を回す。

 

「貴様、女子に囲まれているのは衆道を隠すためか。何、恥じることはない。よくある話だ」

「違いますからね?」

「では何の為に……そうか、それは秘匿であったな。狭く早い土地故、駆け回っているものと考えていた。古き都でも陽が三度落ちれば噂は巡っていたものよ」

「そういうことなんで、内密にお願いします」

「だが答えてもらうぞ。貴様、女子の好みは?」

「はい!?」

「三者三様、否。四者四様。侍らせる女子は選り取り見取り。見目麗しい子ばかりだ。馨は「可愛い子ならなんでも好きだ」などとくだらぬ発言をしていたが、男子としてあげるのならば誰だ」

「おい俺を巻き込むな」

「答えを知っているのに黙っているからだ」

「知らねえって」

「甲斐性のない男め。送り狼になるくらいはやってみせろ。──さあ答えよ」

「え、あー……」

 

未だかつてないほどに困惑する将臣と、それをジッと見つめる芳乃さん。なんだかんだで惹かれあっているみたいだが、さて。

そんな風に眺めていると茉子がチョイチョイと肩を突き、俺を呼ぶ。なによなによとちょいと寄ってみれば。

 

「性格、よく似てますね」

「ご先祖様だしな。似てない方が問題だ」

「……何年前なんですか?」

「千年」

「千年……?」

「千年」

 

千年……とぶつぶつ呟き出したのでそっとしておこう。まあ千年なぞ途方の無い数字。遙か彼方の事柄だ。

 

「い、言わなきゃダメ?」

「それしか娯楽もあるまい。我とて暇だ。コイバナ……? なるものなのだろう、これは。年頃の童はこのようなもので盛り上がるという」

「どこ情報ですかっ」

「違うのか」

「いや違わないけどそんな性癖暴露大会じゃなくてこう、もっとなんていうか、フワッとした感じの……」

「ふむ、やはり更新は必要だな」

 

すっとこどっこい虚絶ちゃんがまた何か言おうとしたとき、運ばれてくる注文の品々。

揃い切ってみれば和洋折衷、ここも様変わりしたものだなとしみじみ思う。芦花さんが経営に関わりだしてから、だいぶ方向性を変えたのは知っていたが……大抵ここに来るときは廉とあんみつを食いに行くくらいだからな。

 

てか、芳乃さん甘いもの好きだったんだな。あんなに嬉しそうな顔をしているのはガキの頃くらいしか見たことないぞ。

 

「甘いもの、好きだったんだ」

「あれ、言ってませんでした?」

「俺、家に押しかけて外に連れ出すお転婆姫様しか知らねーよ」

「……それは言わないでください」

「ヨシノはお転婆だったのですか?」

「違います。これは馨さんの嘘で──」

「暇だからって人ん家押しかけて野っ原かけっこと木登り対決を挑み、ヘロヘロになって追っかける俺を見て今度は茉子の家まで競争だとか……付き合わされるこっちの身にもなってくれ」

「あー。ありましたね、そんなことも」

「茉子!?」

「三人は昔から仲良しなんですね」

 

茉子がしみじみと呟き、そんな様子からレナさんは通りでと納得している。しかし件の婚約者殿ははえーっといった様子でしか見ておらず、能天気なことだ。

 

「だから将臣、気を付けろよ? この女、誕生日が俺より早いからって姉貴ぶりやがったんだ。いや本当に。お前も尻にしかれないようにな」

「前から思ってたけどお前って結構口悪いよな。今日しみじみ思ったよ」

「なんだよ、人が親切心で教えてやってるのに」

「朝武さんからの視線が怖いんですが」

「わー芳乃おねーちゃんこわーい。馨くんビビっちゃうなー」

「本当に恥ずかしいからやめてくださいっ」

「はいはい、わかりましたよ」

 

顔を真っ赤にしながらプンスカと怒る芳乃さんが可愛いもんだから、いくらでも遊べそうだがやめておこう。

しかし予想外の面を見て将臣もご満悦らしい。だいぶ面白い顔をしている。

 

「でもしばらくは馨くんもねーちゃんねーちゃんって呼びながらワタシたちの後ろをトコトコ付いてきてましたよね。まるでヒヨコみたいで可愛かったですよ」

「おまっ……!? この流れでそういうこと言う?」

「ワタシだけが芳乃様をからかっていいんですよ。あは」

「面倒くさいオタクはお前は」

 

ニヤリと不敵な笑みを浮かべて俺の黒歴史を明かす忍者と、何故か勝ち誇ったドヤ顔を見せる巫女。

焦る俺を見て何を勘違いしたやら、レナさんがまた間違った知識に振り回されていた。

 

「これがツンデレ……カオルはとても良質なツンデレなのでありますね!」

「待って。どう見てもツンデレじゃないでしょ」

「カオルはツンデレだとレンタロウやコハルが言っていたのですが……?」

「純真無垢な子に何吹き込んでんだあのすっとこどっこい兄妹」

 

そこでふと、茉子が少女漫画を収集していることを思い出した。良質なツンデレの例を挙げるとすれば、その中にあるのではないだろうか?

というかよく見たら……穂織でしか出回ってない奇怪な和洋折衷の服に変えてるな、レナさん。今気づいたわ、

 

「ツンデレのなんたるかは多分、茉子に聞きゃ出てくるよ。あぁ、そうだ。服を変えたんだね。気付くのが遅れてごめん」

「えへへ……どうでありますか、似合ってますか」

「ふーむ……これは……」

 

マジマジと微笑むレナさんを見つめる。

素材が良い。服装自体は茉子や芳乃さんと同じタイプで、そこまで新しいものではない。虚絶の古式ゆかしい着物と比べれば洋の意匠がとにかく強いが。

……まず目に付くのがそのたわわに実った胸部装甲。芳乃さんのと同じモデルだから強調するようになってしまっている。が、こればっかりは仕方ない。俺も男だ、大艦巨砲主義にはロマンを感じる。

もちろんそれだけではない。いや、ここからが本題であり、真実魅力的なところだ。

 

「うん、すごく似合ってる。素敵だよ。ま、俺は普段着の君を見てないからあんまりどうのこうの言えないけどさ」

 

────首だ。

首が、いい。

普段と違った髪のまとめ方から、首がすっきり見えているし、まとめた髪が頸にかかっている。黄金比とはこれこの一絵、並ぶものが無い。

こりゃダメだ、扇情的過ぎる。お子様には見せられないほど美しい。目を奪われる。やばい。

 

「とても嬉しいのですが……その、どうしたのですか? 首をジッと見て」

「んー、君に見惚れてた」

「わぉ、カオルってばストレート」

 

素材が良いってのは、良いことだないやホント。ニコニコと笑うレナさんを見ながら、まっさか首に劣情を感じてましたなんて言えるわけもないので噛み砕いて処理しておく。

 

「お前も大概だよな、女の子を口説くときは」

「はん、フットワークの軽いお前には負けるさ……何?」

 

何故か俺の後ろに廉がいて、会話に混ざっていた。

 

 

「なるほどね。休日の有意義な過ごし方としてみんなでどっか行こうって話だったのか」

 

支払いを終え、外に出て事情を聞いてみると、適当に知り合いを誘ってなんかしようと将臣と廉が考え、待ち合わせに田心屋を使っていたようだ。まぁ女ばっか拾ってくるのは想定外だったみたいだが。

だから小春ちゃんが廉を監視するべく早引きしようとしていたが、芦花さんに止められていた。当たり前の話なのだが、年頃の女の子は難しい。

 

「そうだけど、いや馨も隅に置けねえなぁ? 昼間からナンパかよ」

「廉太郎。この人、馨の親戚。あと既婚者だし子供もいるぞ」

「マジ!? ……どう見たって大学生くらいだぞ……?」

「サンキュー将臣」

 

将臣のフォローがなければ多分話がややこしくなっていただろう。心から感謝。

しかしそうなると困った顔をしつつ、廉は言った。

 

「けども、それならお前はパスか。色々と借りようとか思ってたんだけど、その人の案内とかあんだろ?」

「童、馨に用があるのか」

「童ってまた古風な……いや別に用ってほどじゃ」

「我は構わん。どうせ馨も断るまい。それに、久方ぶりに童の戯れを眺めるのも悪くなかろう。近頃は穏やかなるものとは縁が無い故、心落ち着かせるのも一興だ」

「……えっと?」

「着いてくけど気にするなってさ。それに元気な子供の姿に癒されたいって」

「ほー、なるほど。まぁ、最近はどこも大変だよなあ」

 

まあ勝手に納得してくれたので良しとしようか。それで俺への用とはなんだったのか。それが気がかりだ。

 

「久しぶりに山で釣りしようかと思ってさ。それでノコギリと鉈を貸してもらおうかって」

「あぁ、釣りね。いいじゃないか。行くし貸すよ」

 

さて用意しなければと思ったが、何故か将臣に止められる。

そのまま芳乃さんと茉子を交えて小声で話しているが何を? と思い耳を傾けてみれば。

 

「昼間って大丈夫なのかな」

「舞は奉納しましたし、経験から言っても昼は問題無いはずですが……どうしましょうか。鉾鈴を持っていくべきかしら」

「念には念を入れて、装備は整えておきましょう。馨くんもいいですか」

「……まぁ、そこにいるし。問題無いよ」

 

なんだ、昼間の祟りについてだったか。そこの祟り絶対殺すファントムがいるからそこまで心配はしてないし、いざとなれば俺が出れば終わりなのだから何の問題も無いや。

というわけで一旦家に戻り、俺はノコギリと鉈を持ち出す。虚絶の格好はそのままだが何の問題も無いとのこと。そうしてまた合流し、山道に入った。

 

「竿が見当たりませんが、どうするんです?」

「ふっふっふっ、竿ならここに」

「あ、自前のボロンとかやめてくださいね。引きますから」

「ナチュラルに下ネタを想像する常陸さんに俺はドン引きだよ。流石の廉太郎でもそんなことは……」

「何故わかった」

「お前なぁ!? マジでいい加減にしろよ! そういうの良くないぞ!」

 

……大丈夫かコレ。

真面目に小春ちゃん呼ぶべきだったか。

 

「我が端末よ、いつの時代もあの愚行はあるものだな」

「知りたくなかったそんな日本史」

 

隣の千年前の遺物から衝撃の日本史が出てきたが、しかしそうした事柄に疎い二人は──

 

「自前の……?」

「サオ……SAO?」

 

当然のことながら理解できるわけもなく。

 

「お二人は知らない方がいいですよ」

「仕掛けた俺が言うのもなんだが、うん。知らない方が二人のためだと思う」

「気にしない方がいいよ」

「疎外感を感じる……そっちだけわかってて」

「そうですよ。教えてくれたっていいじゃないですか」

 

下ネタを知らない純真無垢な二人を汚さぬよう、汚れた三人はなんとかしてあれやこれやと言葉を濁すが探究心にはどうしようもない。

なので廉が手頃な竹を採取し、さっくりと針と糸を使って釣竿に変えたのだが、意外にも待ったをかけたのは虚絶だった。

 

「待たれよ、鞍馬の。そのようなひ弱なミミズで魚を釣る気か」

「お手軽なのはミミズだし、本格的なのになると額が大きいしで、学生は大抵こんなもんですよ。響是津さん」

「餌ならばそこらに転がってるではないか」

 

と、虚絶は言い放つと、そこらの木に止まってた鳩をムンズと捕まえて掲げる。

 

「食いつきが良く持ちが良いものこそ狙い目。いざとなれば焼いて食える。しかし鳥はさほど餌としては優れてはおらんが」

「おおう、豪快な……」

 

とかなんとか言いながら鳩を放し、用は済んだとばかりに黙る。時折時代錯誤な発言が飛び出して、俺はヒヤヒヤするのだが。

そうしてたどり着いた先は────

 

「……ここかよ」

「ほぅ、これまた貴様に縁深いところだな……端末よ」

 

よりにもよって、ガキの頃入水自殺を試みた水場の下流だった。厳密に言えば、自殺の下見に来たとき、足が着きそうだからとやめた場所だ。

 

「どうした馨、そんなシケたツラして」

「……いや、少し思うものがあっただけだ。色々あってな、古い話だが」

「あれか? 将臣みたく溺れたとか?」

「そうなのか? 初耳だぞ」

「……それを言うかねお前」

 

聞けば将臣、子供の頃に足をつったかなにかで溺れたとのこと。前歯を折ったり石を飲み込んだりで大変だったようだ。芦花さんが助けて事なきを得たそうだが……

 

「大袈裟だな、将臣」

「お前に比べればな……」

「いや違う。この程度では死なない。この上流に深いところがあってな。子供ならあそこは、確実に死ぬだろう」

「やめろよそういうの。特にお前はさ」

「悪かったよ」

 

冗談になってねーよとボヤきながら事情のわからなさそうな廉が渡したイタドリを手に取る将臣に、すまんなと声をかけておく。

しかしイタドリ……イタドリか。苦い思い出があったな。

 

「あは」

「……絶対忘れねえ」

 

騙しやがった記憶を思い出してジロリと睨みつけると、愛想笑いを向けてくる。許さねえ。

まあいいや……

 

「俺にもくれよ、イタドリ」

「ん? 珍しいな。馨がスカンポ食うなんて」

「まぁ色々あってな。虚絶は?」

「──蛙だ」

 

食うかを聞こうとしたとき、そこにはカエルを装備なさった虚絶が。

あ、ヤな予感。

 

「鞍馬の。糸と針を」

「おっと、抜け駆けはズルいですよ」

「許せ。童心に帰った、ということだ。故に──」

 

全員がイタドリに気を取られていた所為で、手に持ったカエルにほとんど気付いていなかった。

スタスタと近くの岩に近づき──

 

右手に持ったカエルを叩きつけてこれを殺し、そのまま指を突っ込んで皮を剥いだ。

 

「蛙こそ餌に相応しい……現地調達に限るな」

 

一同絶句。俺も絶句。やるだろうとは思っていたが本当にやるなよ。しかもみんな見てるところで。そのまま肉塊をちょいちょいと針につけ、竿に糸を括り付けて釣りを始める虚絶。

 

「……えっと、食べる?」

 

興味津々にイタドリを見つめていたはずの芳乃さんとレナさんも、眼前で行われた凄惨な現地調達に思わず閉口し、そんな様子に気が付いた廉がフォローの意味も込めて尋ねるも──

 

「わ、わたしはちょっと、今は……遠慮します。キョーカは結構荒っぽいのですね……」

「食べますけど……いやまさかああまで豪快なんて。なんていうか、イメージと違う」

 

……古式の餌調達方法は、ちょっと刺激が強かったみたいだ。

とりあえず。

 

「手ェ洗えよー?」

「解している。流石にな」

 

わかっているならいいやもう。

酸味しかないイタドリの話から山菜の話に移り、どうせなら夕食に使ってしまおうと採取することになった。

と、そういうわけで釣りをする組みと山菜集め組みに別れた──が。

 

「またお前とかよ」

「タダ飯でやっほいとか言ってたのはあなたでしょう? ワタシを悪く言っても困りますよ」

 

……また、茉子と二人きりである。

いや、実はたまには釣りに洒落込もうとしたのだが、よりにもよって虚絶から

 

「女子を独りにするなど男の風上にも置けんな」

 

などと正論を言われてしまい、悩んでいる内に将臣と芳乃さんコンビ、廉とレナさんコンビが遠回しに山菜取りに行けと伝えつつ釣りに行き、虚絶はそのまま釣りを続行。気付けば俺たちだけだったというわけだ。

なお、距離の問題は山に潜む祟りを電波塔代わりに使って解決している。こういうとき、人から離れた我が身は便利なものである。

 

「なんか、くっつけられたような気がしてならねー」

「あは。意識しちゃってるんですか〜?」

「誰がお前なんか」

「なんかとは聞き捨てならないですね。えいっ」

「どわっ!? やめろのしかかるな!」

 

ニコニコしながらいきなり後ろからのしかかってくる茉子に対処しながら、フラリフラリと歩いていると、妙なところに生えているヨモギを見つける。

 

「あんなとこ生えてるんだ。昔お前にヨモギとトリカブトの件でビビらされたっけな」

「ええ、ビビらせてあげましたね。……その頃にはもう、ねーちゃん呼びじゃなくなってましたか」

「ねーちゃん呼びはホント一月もしないうちに終わったよな。さて、山菜だったな。お前に散々仕込まれてっからわかるけど、何年ぶりかね……」

 

ガサゴソと山菜を採り、あーでもないこーでもないと必要なものを見分けつつ、ついでに自分の分も確保しておく。

 

「ふふっ、こうして馨くんと山に来るのはいつ以来でしたっけ」

「さぁね。少なくとも、あんまり会わなくなって以来じゃないか。具体的には……あの雨の日以来だな」

「雨の日……そうでしたね。あれは、雨の降る寒い日でした」

 

──芳乃さんの母、安晴さんの妻、秋穂さんの葬儀以来だ。

あれ以来、俺たちはそれほど会ってもいなければ会話もしていなかった。事務的な話だけはしたが、春祭りの前後で久しぶりに友人らしい会話をした。それ以降は無いとばかり思っていたのだが、将臣の登場で大きく変わってしまった。

 

「まったく、奴が現れてから何もかもが変わっちまった」

「いい変化ですよ。芳乃様にとっても、みんなにとっても。もちろん、ワタシやあなたにとっても」

「お役御免になれればいいんだけどな。虚絶がそれを許すか……」

 

やや暗い気持ちになりながらボヤくと、額を小突かれる。抗議の意味も込めて見つめ返すと、茉子は優しく微笑んだ。

 

「ダメですよ。いつもネガティブなこと言ってちゃ。明日はきっと、いいことだらけですって」

「茉子には敵わないな」

「馨くんが弟気質なだけです」

「言ってくれる。変態くノ一め」

「へんた……っ!? どこが!?」

「そういうとこ」

 

抗議する茉子をあしらいつつ、山菜を探す。そんな俺に諦めたのか、茉子もまた山菜を探し始める。ただ俺は中々お目当てのものが見つからず、ズンズンと奥へと進んでいく。

 

「……ん?」

 

そんなとき。

 

──木々の中に白い影を見た。

 

一瞬で消えてしまったが、その白い影に異様なほどの懐かしさを覚えた。会ったことすらないはずなのに。

 

「……なんだ、一体……?」

 

知っているはずなのに知らない。となると祟り関連だが……

 

「馨くん助けてぇぇぇぇ〜〜〜ッ!!」

「──茉子っ!?」

 

そんな風に思考を回していたら、茉子の叫びが聞こえた。すぐさま反転し、跳躍も使いつつその叫びの下に向かう。

 

「茉子! 大丈夫か!? 何があっ……た……?」

 

そうして見たものは──

 

「ああああ、高い高い高い高いぃぃ……!」

 

木に登った所為で、高所恐怖症を存分に発揮している茉子だった。

……いやホント、何があったんだ?

 

「……何があったんだ?」

「ひひっ、雛鳥が落ちていたので巣に戻したはいいんですけど……!! 早く助けて! あばばばば……」

「テンパるなテンパるな。えーっと……」

 

ガタガタを足を震わせている茉子から視線を外し、周りの様子を確認する。ちょうど近くにそれなりの太さの枝はある。俺が乗る分には問題無さげだが、しかし茉子を抱えて降りるとなると体重がかかりすぎて折れるような気がする。

さて、この場合は……

 

「俺めがけて飛び降りれるか」

「無理ですっ」

「即答か、困ったな。はぁ……動くなよ」

 

茉子の隣の枝に飛びつき、そのまま鉄棒のように一回転。勢いを利用してその枝の上に上がり、茉子の腰に手を回す。

 

「ひゃっ!? いきなり何を……?」

「黙ってろ。舌噛むぞ」

 

そうしてヒョイとお姫様抱っこの形にして……重っ!? こいつ信じらんねえくらい重てえ!? なんだ何突っ込んでんだ一体! あっやべっ。ミシミシ言ってる。こうなりゃヤケだ!

足場にした枝を踏んで跳ぶのではなく、あえてそのまま普通に落ちた。その甲斐あってか、枝が折れるわけでもなく、そして俺たちは問題無く地面に戻って来れた。

抱えた茉子を下ろしながら、俺は思ったことを素直に言う。

 

「……なぁ、茉子。登るのは行けて降りれないのは百歩譲って理解を示そう。だけどさ、なんでお前変に重いの?」

「女の子に体重の話題振ります? 普通」

 

ジト目で見られましても。

 

「いやお前の身長と運動量から体重逆算した上でやったけどさ、それにしたって色々と変な重さがあってな」

「そりゃ爪とか丸太とかマキビシとか色々持ってますもん。忍者ですから」

「そんな重装備は何のために──」

 

はぁ、と呆れながらため息を吐きつつ尋ねたとき、茉子はおらず、代わりに転がっているのは丸太だけ。

何してんだかと思いながら、まぁどうでもいいかと戻ろうとして。

 

「無視は酷いですよ」

「変わり身で死角に回り込んで背後を取ってる女に言われたかねえ。なんで取った」

 

後ろから抱き着くように密着された上に、首に手を回された。変わり身使ってやることがそれかよ。

というかマジでなんで急にこんなことをしてるのか理解に苦しむ。教えて茉子。

 

「なんとなく?」

「ムードがねえ」

「なんでですか。友人達と一旦別れて山の中で二人っきり、その上背中におっぱいまで押し当てられてる……これはもうムード満々じゃないですか」

 

えなにこの雰囲気。

なんでこのエロ女は誘うようなこと言ってんの? ──俺は困惑するしかない。というか吐息が耳にかかってくすぐったい。

いくら女友達とはいえ何をしているんだろうか。しかも茉子と。いや本当に。

 

「黙り込んじゃって……結構初心なんですねぇ。ワタシで興奮しちゃったんですか〜? あはっ」

「はー? 誰が初心だしィ? 俺ァお前よか余裕だと思うですけど? お前も初心じゃないかなとか思うんですけどワレェ?」

「動揺しちゃってまぁ……可愛いですよ。えぇ、とっても」

「うわウッゼ! そこまで言うなら俺ぜってぇお前じゃ勃たせねぇからな! マジで! 茉子に魅力なんて感じてやんねー!」

「はぁっ!? ワタシだって女の子ですよ! ムカつく相手であっても男の子に眼中にないとか言われるとショックです! いいですよ、そこまで言うならワタシだって馨くんなんかで興奮しませんから!」

 

ギャーギャーと言い争っているが、吐息がくすぐったくて仕方ないのでそろそろ抜けるとしよう。

ちょちょいと身体を動かして隙間を作り、そこからクルリと回転しつつ茉子の背後を取る。

構図的にはあすなろ抱き返しに等しいが……まぁいいだろう。身長差はそれほどないとはいえ、少なくとも爪先立ちしないと俺と茉子の身長差は埋まらない。なのでいい具合にすっぽり収まってくれた。

 

「……なんです急に。これでご機嫌取りですか」

 

なんか急に不機嫌そうな顔をしながら、これまた可愛らしいジト目をこっちに向けてくる。

 

「なに拗ねてんのさ」

「拗ねてません」

「まぁしてやられるのにも飽きたし、たまにはこっちからってのもいいだろ?」

「ワタシはよくありません」

「いつまでも年下扱いされてたまるかってんだ」

「そういうところですよ馨くん」

「なにが?」

「わかってないなら……あれ、今パキッて音が──」

「マジ? って──」

 

視線の先には釣りに行っていた方々。

 

「あ、あれ……? 何しに来たんだお前ら」

「そ、そうですよ。釣りはどうされたんです?」

 

予想外の客におもっくそ固まるしかできない。体勢もそのままだ。

 

「ま、茉子の助けてって声が聞こえたから来たんだけど……」

 

と、おずおずと言う芳乃さんだが、妙に顔が赤い。赤面する要素はどこにあるというのか。

 

「まさか二人がその……そういうことをしようとしてたなんて! ごめんなさい! お邪魔よね! どうぞごゆっくり!」

「……しようとしてた?」

「そういうこと……?」

「ナニってことだろ」

 

呆れた廉の発言に二人してはて? と首を傾げる。別にやましいことなんて何一つしていないはずだが、俺は。

……しかし芳乃さんの顔は赤いし、レナさんに至ってはあわあわ言いながらリンゴみたいに真っ赤になって俯いている。

一体何が……?

 

「た、たまにはこっちから……とか、ご機嫌取りとか拗ねてるとかないとか……年下扱いとか重いとか……とと、とにかくダメです!」

「待ってくれ、レナさん。俺らそんなことしてないってば」

「そうですよ。単にじゃれあってただけで何もやましいことはしてません」

「でも興奮だとか言ってたのであります! つまりそういう……エッチなことはダメです! しかもそそ、外でなんて!」

 

あ、どうしよう。

めっちゃくちゃ心当たりがある。

あんとき割と大きな声で言い争ってたから──

 

「盛んよな、年頃の童は」

「お熱いことで」

「わかってるだろお前! ニヤつくんじゃねぇぞ将臣! あぁもう、違うんだって!! なんとか言ってくれよ茉子!」

 

助けを乞う意味も込めて茉子に声をかけるが無言。いや、なぜ俯いている? 今更気が付いたので離れて前に回り込みつつ、顔を見る。

 

「……茉子?」

「……」

 

顔が赤い。

 

「なんか……人に言われると、恥ずかしくなっちゃいますね……」

「そういうとこだぞ茉子」

 

つまりなんだ、このエロくノ一。

────ガチで照れてやがる。

 

 

「つまり、お互いに売り言葉に買い言葉でふざけあってたってことでいいんだな?」

「おっしゃる通りでございます」

「そーだよ」

「ま、馨の発言はアレなことが多いし、常陸さんも思わせぶりなこと言うしで、こりゃ予想出来てたことだけど」

 

結局あの後、理解ある将臣と廉が解説をする側に回ってくれたことで事なきを得た。虚絶は釣った魚を満足気に眺めていて使い物にならなかったので数える必要は無い。

 

「やっぱり二人は付き合ってるのでありますか?」

 

真顔で言われて、思わず茉子と顔を見合わせて──

 

「こんな男なんかごめんです」

「妥協先としても選びたくねぇ」

 

互いに罵倒した。

 

「仲良しですねぇ」

「昔から茉子と馨さんは、ああして口では言い合ってるけど、素直になれば結構二人とも可愛い感じになったりするんですよ」

「いわゆるツンデレって奴だよ」

「やっぱりレンタロウとコハルは正しかったのですね」

「面倒くさい男女の典型か。いや、それともこれが素なのか……度し難いな」

「それで付き合ってないは無理あるよ」

 

────帰り道すら好き放題言われて、誠に遺憾であった。

 

「自らの行為がもたらした正当な結果であるぞ、我が端末よ」

「助けなかったお前に言われたかねー」

「してどうだ。山菜の天ぷらに魚の煮付けは」

「美味いよなお前の飯。妖刀なのに」

「夫が味に飽きても困るのは目に見えていたのでな。使用人ではなくたまに我が作っていた」

 

ご先祖様って、すげー!

 

 

 

将臣から見て、虚絶の人間態は何処かで見たことがあったが、それがなんであるかはどうしても想像がつかなかった。

だが今日の帰りに、廉太郎から尋ねられた疑問が、彼の疑惑を溶かした。

 

──なぁ、気のせいだと思うんだけど……響是津さんって、なーんか常陸さんに似てね? いや性格も見た目も全然似てないけどさ、どうしてか似てる気がしてならないんだよなあ──

 

はて、言われてみれば確かにそうだ。馨や虚絶自身は、適当に作ったパーツの寄せ集めなどと言っていたが、今思い返してみれば何処となく似ている。

だからと思い立って、ムラサメに聞いてみたのだが。

 

「……それは吾輩の口から言っていいことなのかのう」

「なんとなく想像はついてるんだけどさ。長い間見てきた観点から何か言えない?」

「馨も茉子も、恐ろしいほどに面倒くさい性格だから、それが答えとしか言えぬなぁ。それよりもご主人! あの虚絶が釣りをしたとは本当か! ええいあやつめ、吾輩が物に触れられぬことへの当てつけだな……!」

「今度、色々試してみるか。俺を通して食べてみることとかも可能かもしれないし」

「うむ、前向きに頼むぞご主人」

 

ニコニコと楽しげにしているムラサメの頭を撫でつつ、似たような経緯を待つムラサメも、釣りをするときはカエルを解体するのかなと、どうでもいい疑問を抱いた。

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