千恋*万花~福音輪廻~   作:図書室でオナろう

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解明

目が覚めてまず確認したのは、右腕の具合だ。

動かしても痛みは無い。相当早く治った。更に言えば傷痕も何もかもが元通り。数日前の腕になっている。

 

が、しかし。

 

祟りに近づいた状態で破邪の効能を持つ湯に触れた所為か、またなんとも言えない違和感が残っている。

諸々を考えれば学院に行ったところで、どのみち早退させられるふだけだろう。間違いなく駒川ならそうさせる。今の俺は重傷から急激に回復したが、未だその後遺症は未知数。あとで奴にも顔を出さねば……

やむなし、今日は休むかと決める。

 

ご近所さんな比奈ねーちゃんに会いに行こう。

朝食もまだだった比奈ねーちゃんに誘われて、彼女の家でご飯を食べながら、事情を説明した。

 

「……なるほど、わかったわ。病み上がりだから無理しない方がいいもの」

「毎回ごめんね、比奈ねーちゃん」

「いいのよ。休んでいる程度で済んでるんだから。でもびっくりしたのよ? 急に馨が怪我をしたって駒川先生から聞いて。山で落石を避けたら落ちちゃったんだってね」

「死んでないから安いもの、違うかな」

「違わないわ。生命は重いもの」

 

久しぶりに比奈ねーちゃんに頭を撫でられ、くすぐったい思いをしながら甘んじて受け入れる。

 

「ねーちゃんには、頭上がんないや」

「いつまでもねーちゃん呼びは恥ずかしいから、何か別のとか無いの?」

「俺にとって、ねーちゃんはねーちゃんだよ」

「ホント、口は達者なんだから……」

 

呆れるように、でも少し嬉しそうにそんな反応をする比奈ねーちゃんを見て、俺はこんな人を守りたいのだと、強く思った。

 

 

「……さて」

 

それから比奈ねーちゃんの出勤に合わせて帰宅し、俺は着替えることにした。腕は動くが、さて問題も多い。洋服はお気に入りの奴以外はほとんど全滅だ。出血で。

たまには和物で行こう。とはいえ、穂織らしく何とも言えない和洋折衷な服なのだが。

 

「……似合わねえ」

 

まぁ、いつも洋服か和服かのどちらかを選んでいた身としては、いかんともし難い違和感を多分に含む。

だが四の五の言ってられんのも事実。考えるのも面倒くさい。

それに、気合いを入れるのは死装束かアレだけでいい。

 

虚絶に触れることはしないでおく。どれほど動くかの確認をしたいので、家の倉庫に転がっていた竹箒の柄を、庭で振り回してみる。

理想像を描きつつ、現実との擦り合わせを始めて、一瞬で悟った。

 

……なるほど、治ったのは表面上だけらしい。反射神経に対して腕の実動が遅すぎる。コンマ単位の遅れではない、秒単位の遅れだ。遅く、鈍く、そして粗雑な太刀筋──これでは役に立たない。

左腕と比較しても差が大きい。自在に動く左に対して、右はワガママな子供だ。

 

大人しくしているのは一日程度と考えていたが……そうも言ってられんな、これは。一度破壊され、新たに再生された神経が馴染むまでは、戦闘に参加できない。ただ秒単位……あと二日もすれば今までと変わらないほどに戻るだろう。これが十秒単位で鈍かったら一週間は黙ってた。

しかし肝心なのは、祟り寄りから人間寄りに戻るまでどれだけ時間がかかることか、だが。

 

「して……どうしたものか」

 

安静にしているというのは、確かに重要だ。

だが安静にできるかと言われれば、きっとできない。何せ物が無い。買い物をしなくてはいかんし、診療所にも行かなければ。

事態が事態だ、奴に報告しておく必要がある。

 

今日はやることが多い……

そう思いながら風呂掃除なり皿洗いなりを済ませる。放ったらかしではいかんせんマズい。

雑事をこなし、先日の茉子の言葉が脳裏をよぎる。なるほど、確かに休めと言われて休もうとして、何をして休みというのか、これがわからない。

先日、茉子────そこまで考えて、あの温もりと柔らかさと香りと、したことと言ったことと言われたことが鮮明に蘇る。

 

顔が熱くなる。ブンブンと頭を振って要らぬ煩悩を払う。

何を考えているんだ俺は……盛った中学生でもあるまいし、元より恋も愛も知らぬ静かな男。性にもそこまで興味は無い……あっ、ごめん嘘。人並みにはある。

 

あぁもう、ダメだちくしょう……調子狂いっぱなしだよ。

 

大の字に寝転がり、もうやってられんと諦める。

朝っぱらから、なんか疲れた。

比奈ねーちゃんに癒されたい……

 

そうこうしながら昼飯も終えて、ぐったりしていると、携帯が鳴り響く。果たして誰だと思いながら手に持ち……それが駒川からのものだと知って急いで出た。

 

「俺だ。どうした」

『馨、調子は?』

「生命活動に支障は無い。が、右腕の反応が鈍い。そもそも祟りに寄ったこともあって、元に戻るまでは役に立たん」

『まぁ大人しくしていることだ。それで、有地君が目覚めたらしい。それで今から芳乃様のところへ向かうんだけど、君も来てくれないか』

「治りかけの怪我人に出て来いとはお前らしくもないな。何かあったか」

『例の欠片の事で、少しね』

「わかった。俺も向かおう」

 

別に武装する必要も無い。

気楽に行こう、気楽に。──ただし、土産は持ってな……!

 

 

「ちゃろー、元気してる?」

「開口一番それとか、君は相変わらず妙な性格だね」

 

朝武家に着いたときには全員揃っていた。まあ俺の家は茉子の家と並んで遠いところにあるので仕方ない。診療所の方が近いくらいだ。

将臣への土産を片手にフラリと現れてみれば、全員が将臣の部屋にいるという状況。なので割と狭い。

 

「よぉ、お互い大変だったな」

「お前こそ、腕ひしゃげてたぞ」

「もう治った。反応は鈍いがな」

「無茶苦茶だろ」

「そりゃ人間とは言い難いモン」

 

いや元気そうでよかった。

ただ奴の右腕に何か違和感を感じるが、それは一体……?

まぁいい。

 

「で、医者のお前が怪我人呼び出すくらいだ。少しどころの騒ぎじゃねーんだろ? あるいは、俺に聞きたいことでもあったか」

「その両方だ。あの場でいの一番に駆けつけてくれたのは君だからね」

「そういえば、触りは聞いたけど詳しい話はまだだったね。順を追って説明してくれないかい? 整理の意味も込めてね」

 

安晴さんの提案に頷いた駒川は、まずは祟りについて話そうと決めた。

 

「まずあの祟りは、山から下りてきたんじゃない。私の診療所で発生したんだ」

「バカな……!? あり得なかったぞ、そんなことは!」

「何か理由があるはずだ。突然現れるのは、理屈に合わないよ」

「……なるほどな。道理で──混ざってなかった上に神力まで宿してたわけだ」

「馨、詳しく頼めない? 君の意見が聞きたい。私の話はその後の方がいいだろう」

 

駒川に言われて、記憶を手繰り寄せる。色々と抜けがあるが、あの祟りに関してはかなり印象に残っている。混乱しないように、説明順を選びつつ俺は自分の見解を語った。

 

「あの祟りは、何らかの理由によって診療所内に呼び出された……無差別攻撃型の祟りだった」

「無差別攻撃型って、祟りは恨みある存在にしか襲いかからないんじゃなかったんですか。馨さん、何を知ってるんです?」

「過去、俺が殺してきた祟りは大まかに分けて二種類いた。人が侵入したから発生した祟りと、初めからそこにいた祟り……前者は朝武だけ、後者は誰であっても襲った」

 

ここで一区切りをつけ、周りを見渡す。ものすごく噛み砕いて言ったので話が通ってる。

あとは感覚的な話だ。理解させるのが難しいし、説明も難しい。が……やるしかない。虚絶のフォローもない以上、頑張らないと。

 

「そもそもの話、祟りは強力な憑代があれば、誰であっても起動できるほど簡易的な術式だ。中核となる怨みを骨格に、吸い上げた有象無象の暗い感情を肉や皮として現れる。つまり、基本的に雑食なんだ。

 

だが純粋な、混ざりっ気の無い祟りが生まれることもある。それは生まれた直後か、あるいは──有象無象を捩じ伏せるほどの力や性質を持つ例外か。

 

あの祟りがどちらにせよ、原型が神聖なモノだったのか、微かとはいえ神力を宿していたという事実の方がルーツ探しには重要だろう」

 

と、ここまで話終えて、俺は最大の懸念を伝えた。

 

「あと、あくまでこれは憶測でしかないんだが……祟りは二つある可能性がある。差別する祟りと無差別な祟り──同じ憑代を中核に、同じ姿と異なる性質で現れても不思議じゃない。

 

それに虚絶の中にいる祟りでも、診療所に出現した個体に対して極めて強い殺害衝動を送り付けてくるのが二つ……自滅衝動なのか、あるいは他殺衝動なのか。奴らが俺に対して殺せ殺せと言っていたのは覚えてるんだが、もうちょっと具体的に言ってた気がする。

それにその中の片割れが、どうにもレナさん(姉君)を姉君と勘違いしているみたいで……おっと、これはレナさん(姉君)の話でするべきだな。

 

とにかく、これくらいか……長話になっちまったな」

 

とにかくわかるものを片っ端から説明するような形になってしまったが、仕方あるまい。専門家は起きられないし、俺は人間だ。祟りの術式構成は知っているが他は微妙。

しかし確信と憶測が何かしらの形で答えに繋がったのか、駒川は欠片を見せつつ言葉を続けた。

 

「馨の話を聞いて理論的にも確信できた。この欠片が、祟りの発生源だ。この目で黒く染まり、泥が氾濫して祟りになるのは見たけど、そういう仕組みだったとは」

「それは祓った祟りから回収したものなんだよね。となると、祓うだけじゃ終わらないということかな」

「間違いなく。推測するに、穢れを祓うことではなく、この欠片──今後は憑代と呼称しましょうか。これに宿る怨みをどうにかすることで根本的解決になるかもしれません」

 

そんな話をしていると、将臣が何やら不思議な顔をしていた。

どうしたものかと尋ねると、奴は祟りと身近に接してきたお前にだからこそ聞きたいことがあると告げてきた。

 

「なぁ、祟りや憑代が宿している怨みってのは、夢とかで見るものなのか」

「あぁ、見るぞ。厳密には夢ではなくその対象の主観の追体験か、あるいは意識や記憶の混入が近いか……どれだけ通しやすいかでも変わる。──おい待て将臣、お前まさか……!?」

「あぁ、そうさ。俺は……」

「俺だけじゃない。駒川にも……いや全員に言っておけ。知っている奴が多い方が都合が良い」

 

そうして将臣は改めて語る。

殺される夢、下衆な笑顔を浮かべた鎧武者、返せという声──どれも意味深な要素だった。

 

「……推測が真実かもしれないな。でもこれで確定したのが、間違いなく憑代は一つになりたがっているということだ」

 

そう言って駒川は将臣が所持していた欠片の所在を聞き、リビングにあるのでそちらに移動する。

 

そして憑代と憑代を近づけると──それらが光り輝き、勝手に動き出して合体する。

なるほど、確かに一つになったとなれば、これが光明となるかもしれない。

 

「私はこれを削ってみたんだ。調査のために……あの祟りは、それが切っ掛けとなって現れたのかもしれない。欠片を傷つけられた怒り……砕かれた怒りなどが原因で、馨の言うところの無差別攻撃型は現れたとも仮定できる」

「そうなると、ワタシたちに対する怒りが、祟りとなっていたってことですよね? そこから考えてみれば、朝武への呪いというのは長男のものではなくて、利用された犬神のものだったのでは……?」

 

と、茉子が言ったときに皆はそれは盲点だったみたいな反応をしていたが、俺にはさっぱりわからなかった。

……長男に利用された犬神? 一体何を言っているやら……

 

「どうしたのかな馨君。腑に落ちない顔をして」

「犬神……って、なんですかね」

「……へ?」

 

安晴さんに聞かれたので聞き返してみたら、予想外の反応が返ってきた。訳を聞いてみれば知ってるものかと思っていたらしい。いや知らんがな。

というわけで詳しく聞くと、朝武の呪いの始まりは、犬神を利用して生まれたという。

 

──もう読めてしまった。が、解せないところがまだある。

 

「……神が根底にあるなら無差別だろうな。人じゃねえんだし……でもおかしいんだよ。祟りは原則として、その始まりを変えることはできない。千年過ぎても魔性殺すべしを貫く虚絶のように。だってのに、憑代は一つに戻りたがっている上に攻撃されたら影を出す……? どっちだよ、お前……」

 

正直、材料が足りない。

叫ぶ二つはなんとなくわかった。長男と犬神に由来するものであるのには違いない。

……が、長男の呪いは朝武だけを呪ったもの。犬神の怒りは人全てを対象にしたものと仮定して考えると、憑代が二つなければならない。

一つの憑代で二つの祟りを生み出し、かつ混ざらないほどに個我を保てるなど……無茶苦茶だ。

 

「……お前らは何を知って、何をしたいんだ。血族殺しの朝武殺すべしか? それとも人類殺すべしか? 一つの憑代で二つの祟り────どれだけ強力なものを使ったんだ。この憑代の正体ってなんだよ……人間には不可能だぞ……人殺しをし続けて血を啜る妖刀になった虚絶を用いても十年と保たない……お前は誰だ、何なんだ……?」

 

わからない、わからない、わからない。

致命的にまでわからない。何が最初にあったのかが。

 

「馨、落ち着け。わからぬものはわからぬ。今、吾輩たちに必要なのはこれからどうするか、だ。お主の困惑は最もだが、それは後で考えればよい」

 

ムラサメ様に咎められ、俺は思考の牢獄から抜け出す。

そうだ、今大切なのはこれからのこと。祟りがどうのこうのは終わってから考えればいい。

 

「こんな風に憑代を完全な形に戻した上で、丁寧に祀り上げれば、もしかしたら……」

「呪いが……解ける……?」

「断言はできませんが、きっと現状打破には繋がるでしょうね」

 

朝武親子の希望的観測に対して、あくまでも現実を突きつける駒川の態度は、どこまでも医者らしい。命を預かる者として、気休めは言わないということか。

 

「とにかく必要なのは、欠片集め……そうだムラサメちゃん。もしかしてレナさんは、何か欠片に関係してるんじゃないかな」

「そうだな。それに馨の中にいる祟りが反応したということは、大なり小なり関係があるはずだ。吾輩が見えることも気がかりだしな」

 

将臣の発言にムラサメ様は同意。

学院が終わり次第、見舞いに来るそうなので、そこが狙い目ということだろう。

 

欠片集めか、祟りの謎か。

天秤が傾くのは当然、問題解決だろう。

そうして駒川は帰ろうとしたのだが……

 

「あぁ、そうだ。常陸さん。寝てろとは言わないけど、あんまり動かない方がいいよ」

「みづはさんは大袈裟なんですよ」

「馨じゃあるまいし、そういうこと言わないの」

「大丈夫ですって」

 

呆れた表情の駒川に、今回ばかりは同情する。大袈裟だなんだは俺の発言ならいいのだが、茉子だとあまり洒落になってない。やせ我慢なのかどうかがわからないからな。

 

「本当に平気なの?」

「はい、何でもお任せください」

 

と、将臣の疑問に対してドヤ顔で宣言し胸をトンと叩くが……

 

「──ッ!?」

「……茉子、お前な」

「ぉ、おまかせくらはぃ……っ」

「言わんこっちゃない。痛みが引くまで動かないこと。それから衝撃を加えるようなことは厳禁。いいね?」

「……はい……」

 

涙目で駒川に返事をする茉子を見て、ああこりゃあダメだと痛感する。駒川は帰ったが、将臣以上に心配だろう。

というわけで昨日散々世話になった礼も兼ねて、俺が一肌脱ぐとしよう。

 

「大人しくしてるんだな。家事は俺がやってやるよ、昨日世話になったし」

「すみません馨くん……あ、でも家事できますよ。昨日は全部ワタシが──」

「知ってる。だからこそだ」

「そーですか」

「そーだよ」

 

プイとそっぽを向く茉子はまるで拗ねた子供だ。

……やれやれ、こんな意固地な奴だったっけか? 右腕の慣らし運転にはちょうどいい機会だ。たまには本気で家事をしよう。

 

 

 

「そういや馨。お前が持ってきた見舞い品ってなんだ?」

「あー、アレ? ──官能小説」

「バカじゃねえの」

「エロ本じゃなくて芸術だからノーカンだろ」

 

……チョイスとしては巫女ものだが、当てつけとしてはちょうどいいだろう。


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