千恋*万花~福音輪廻~ 作:図書室でオナろう
「だからよ、お前ならもうちょい上手くナンパ出来んじゃねーかなってさ」
「おい廉、ソレをほざく為に俺を呼び出したんじゃあねぇよなァ?」
「え、そんだけだぜ?」
「テメェッ!」
朝っぱらから呼びつけておいて、こんなクソくだらない事を抜かす目の前の軟派野郎に吼えても仕方あるまい。
「うぉ、乗り出すなよ危ねえな。俺のあんみつが倒れたらどーすんだ馨」
「ふん、小春ちゃんに罵ってもらえ」
ここは廉の妹の小春ちゃんがバイトをしている甘味処『田心屋』。なおオーナーは昔からよく知る馬庭芦花……まぁ、有り体に言えば幼馴染のお姉さんかな。
そんなわけで俺たちは男二人で寂しくあんみつを突いていた。
「そう機嫌悪くするなよ。俺の持ちだって言ったろ?」
「金の話はどうでもいい、俺とお前の仲だ。こっち分くらい出すさ。が、昨日代理仕事をやってから疲れて寝た俺を叩き起こして、挙げ句の果てにナンパの話ってのはちと割に合わねえんじゃねえか?」
「なんだよ、その手の話は面白がって聞くのがお前だろ」
「いやそうだけどさ……」
俺も男だ、その手の話には興味がある。が、しかしだ。俺は生きている限り誰しもを裏切り続けている。よって結ばれる女性などいないだろう。
どのみち、孤独に沈み血塗られた宿命を抱いて消えるつもりなのだから。
「んでなんだ、春祭りでナンパすんの?」
「出来たらかねぇ」
「弱気だな」
「将臣帰ってくるし、流石にほら」
「従兄弟の前じゃカッコイイとこ見せたいのか?」
「そういう言い方やめね?」
「おっと悪りぃ」
軽口の叩き合いが心地いい。やはりこいつと接している時は気楽に、何もかもを忘れて只の人間としていられる。
……そうだ、俺は親友をも裏切り続けているんだ。ホント、救われないな。
自己嫌悪と嬉しさが入り混じる複雑な感情を機械的に処理していると、何やらずいと身を乗り出す廉。
「ところで春祭り明日だろ? ──実は気になってるコとかいない?」
……何を聞くかと思えばそんな事か。
「いるはずがないだろ」
「え、常陸さんとか誘わないの?」
「何故そこで茉子の話が出る?」
常陸茉子──古くから知った仲であり、芳乃さんの護衛の忍者。そう、忍者である。本当に忍者なのだ。
気の知れた女友達と言うとしっくりくるのだが、別に男女のそういう訳ではないと感じている。
それに俺は……
「だってお前、常陸さんと仲良いじゃん。巫女姫様除いたらあんなに仲良い奴お前しか見たことねぇぞ?」
「確かに茉子とは仲が良いな。でもそれは早計だろ? 別に俺もあいつも、そういう感情は持っちゃいないし……持ったとしても違う人間に、だろうさ」
「なんでこう、お前は大人ぶるかね」
「大人になりたいのさ」
わけわからん、とだけ呟き、あんみつを食べる。
それからしばらくして完食したが、緑茶を飲みながら廉はいつになく真剣な表情で言った。
「……なぁ馨。昔からお前が何で悩んでんのか知らねえし、俺じゃ役に立てねえかもしれねえけどよ。愚痴を聞くくらいなら、俺でも出来っからさ」
「あぁ、そん時は遠慮無く頼らせてもらうさ」
……俺がお前に言えるほど弱ければ、何か変わったのかもしれないな。
なぁ、廉────
……この街は優しすぎると常々思う。俺のような生まれるべきではなかった存在にも等しく接するのだから。
実のところ、俺の考えすぎなのだろうとも理解している。だがそれでも俺は考えてしまう。恐らくそうなった時、誰であろうとも、俺は冷徹に仕事を遂げるだろうから。
出来るというのは、罪だ──
……一族の使命は、成人した時に親から子へと伝えられる。が、俺は何の間違いか、幼少の頃に知ってしまった。それが原因で俺は壊れたのだろう。両親に感謝しているが、何故それをもっと隠してくれなかったんだとも思っている。
……あぁ、時間さえあればきっと、俺は──だが、いざその時になれば必要なのは俺だ。
二律背反──使命を果たさなければならない俺と、何もかも捨てて自由になりたい俺がいて……きっと俺は、果たしてしまうのだろう。
まったく嫌になる。なんでこう、難儀な性格をしているのだろうか。
「あは、何黄昏てるんですか」
ベンチに座って再び頭を回していると、何処か飄々としているような雰囲気を漂わせた甘い声が耳元から聴こえてきた。
「俺はお前より、一つ悩み事が多いんだ」
別に見る必要もない。
ひょいと隣に座ってきたそいつはよく知っている。
「へぇ、それは是非教えて欲しいものですね」
「お前から良い匂いがする事、かな」
「口説き文句ですかそれ。それともそっちの話ですか」
「そっちの話って言ったらどうする?」
「やらしいですよ」
「男なんてそんなもんさ、茉子」
隣に座ったのは茉子。
廉を除けば、ここまで気の知れた仲なのはこいつくらいだ。自分たちでもわからないが、妙に気が合うというかなんというか。まぁ、そんなに悪くない関係性と言ったところか。
「それで、俺を笑いに来たのか?」
「別に。相変わらず猫背が目立つものですから」
「理由になってない」
「じゃあなんとなくで」
……昔からこいつの事はよくわからん。気が付けば懐にいて、飄々とした態度で煙に巻く。だが不快ではない。まるで猫のような女だ。
もっとも、本心は存外単純なのかもしれんが。
「さっき、急に廉の奴に言われた。春祭り、お前を誘って行かないのかと」
そんな風に切り出してみると、茉子はきょとんとした顔を見せてから、しばし沈思黙考すると、やはり合点のいかぬ顔で聞いてきた。
「なんでワタシがそこで出るんですかね?」
「俺も知りたいよ。なんでお前なんだろうな」
「そういえば、芳乃様も言ってたんですよね。馨くん誘ったらーって」
「……何故俺が? 芳乃さんは何を考えている?」
「そんなのワタシが知りたいですよ」
ふむ……何故なんだろうな?
けれどもまぁ、周りの奴らが望むならば、それはそれとしてありなのではないだろうか? 茉子といるのは心地いいし。
「じゃあ、回ってみるか」
悪くない話だとも思い、思い切って聞いてみる事にした。
「はい? ……ワタシが、馨くんと?」
「あぁ」
茉子は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。いや実に唖然とした顔をしているのだが、まったく良い顔が台無しになってるぞ。
「まぁ、確かに一人というのは味気ないですし。いいですよ、付き合います」
顔を戻してしばらく考えた後、あっさりと俺の提案を飲んだ彼女。
が、付き合いますという言い方はやめてほしい。誤解される気が……いや、別にいいか。何を気にしてるんだ俺は。
「急な誘いに乗ってくれてありがとな、茉子」
「いえ、気にしないで下さい。それにワタシ、馨くんと回れて嬉しいですから」
「世辞でも嬉しいよ。そういうの」
ニコニコと微笑む彼女の言葉がたとえ世辞だとしても、それはそれで男冥利に尽きるというもの。
ただその言葉に何か思う事でもあったのか、ややムッとした表情を見せた。
「なんだ、気に障ったか」
「世辞じゃなくて、本気です。そこ間違えないでくださいよ」
「なるほど、そりゃ悪かった」
ビシッと指差しながら言われれば、謝るしか出来ない。
「んでさ、ずっと気になってたんだけど。近くない?」
ただそれはそれとして……俺の真横に座ってるし、地味に体重かけてきてる感じするしで、本当に猫が近くで丸まっているような感じすらある。
さっき茉子を猫のようだと言ったが、いや本当にそうなるとは思わなんだ。
「あは、何か不都合でもあるんですか〜?」
ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら、更に肩に寄りかかってくる茉子に反省の二文字は無さそうだ。
服越しだというのにとても柔らかく、また不思議と良い香りがする。
「お前の身体がやべえ柔らかで俺がやべえ」
「ふーん、やーらしー」
「……耳に息吹きかけんのやめてくんない?」
「普通殿方はこういうのを好むと思うんですけど、違いました?」
「好物だけど、それは創作物の話であって現実じゃねぇよ」
「ちぇ、残念。もう少しそれっぽい反応して欲しかったなぁ」
それっぽいってなんだそれっぽいって。俺は芳乃さんじゃねぇんだから遊びがいなど無いというのは分かりきった話だろうて。
面白くなさそうなジト目を見せつつ身体を離す茉子を見て、やはり猫のようだという感想しか浮かばない。
猫の茉子……というと、さながらそちらの意味として捉えられかねないのでやめておこう。それ以上は必要無い。
チラリと隣に座る茉子を見る。
昔は起伏のきの字も無いチンチクリンだったが、それがよくまぁここまで変わったものだ。
「──む、悪い。お袋からメール……なるほど。戻るまで店は開けなくていいのか」
「馨くんちのお店って何屋なんですか。割と昔から疑問だったんですけど」
「電気屋だが」
「の割には洋服とか模型とか色々ありませんでした?」
「今は雑貨屋も兼ねてる。もっとも、最近はコンビニにお株を奪われてるよ」
ま、親父とお袋の本業は刀鍛冶だし、そっちの方が儲けが出るから構わんのだが。
しかし俺は刀鍛冶を継ぐつもりは無い。手伝い程度の技術は仕込まれているが、そもそも向いていないという大問題がある。
なんでってそりゃあ、色々考えて経験に従って善し悪しを見るなんて面倒だろう。労働ってのは何も考えずに済むから好きだが、刀工ってのはどうにも性に合わなかった。
最近はハサミや包丁、鎌や鉈の類まで幅広く扱っているようだ。おかげで妙に顧客が増えて稼ぎがいい。妥協しない奴らは金の羽振りがいいと笑ってたお袋の姿は記憶に新しい。
「なるほど、時代の変化って奴ですね」
「あと俺が和服の類よりも洋服の方が楽に着れるとガキの頃駄々こねたのもあるんだろうさ。あの頃から急に雑貨の類が増えた。まぁ、雑貨屋というかここだと珍品屋みたいなもんとも言えなくもないし、何屋なんだかは実際俺もわからん」
まあ雑に雑貨という意味で雑貨屋なのだろう多分。
とかく店屋なのは確かだ。
「しかし、お前がこの時間に一人でいるのは珍しいな。道草食ってたからってドヤされても知らないぞ」
「別にドヤされるほどの事でもないですよ、単なる買い出しですし。あっ、そうだ。なんなら一緒に見て回ります?」
そう提案されては、断るのは難しいというもの。別に断る理由も無いし、家にいたってやることは身体鍛えるくらいしかない。だったら人と接していた方が良いというもの。
しかし、何故だろうか。なんかやけに最近、茉子と接している時間が増えてきた気がする。おかしい、一応避けている筈なんだが。
……まぁ、それはそれとして。どうしてもしてやられたような気がしないでもない俺は。
「いいけど、それ意趣返し?」
と、困ったように聞くことしか出来なかった。
確かに俺は、茉子の誘いに乗った。
……乗ったのだが。
「どうしたんですか?」
「芳乃さん、俺さ。茉子と春祭りを一緒に回ろうって約束取り付けてさ、んでその後買い出しに付き合ったんだよ。
……なのに、なんであんたの家で飯食ってるの?」
いつの間にかあれよあれよと朝武家に連れて行かれ、何の因果か晩飯を食べている。もちろん、安晴さんも芳乃さんとも一緒にだ。
「流されやすいのがいけないのでは?」
何でもないように芳乃さんはズバッと斬り込んで来やがる。いやまったく否定できないし、実際その通りなのだから何も言い返せない。
「別に飯を食う相手もいないからいいんだけどさ」
悪い気はしない。やや罪の意識に苛まれるが、それは生きている限り終わらぬもの故割愛しよう。
「……けどもまぁ、茉子の飯を食う事になるとは。避けていたんだがな」
ただ、気の緩みからか口を滑らせてこんな事を言ってしまった。
別に俺は茉子の飯が嫌いなわけではないのだが、かと言って好きかと言われるとそうではない。いや美味いんだけどさ──
「珍しい事を言うね馨君。君、茉子君のご飯が嫌いだったのかい?」
「えっ、ワタシそこだけ嫌われてた? というかメシマズだと思われてた?」
「馨さん、あんまりそういうの言わない方が。ほら、茉子ショック受けてますよ」
……おっと、いかんな。誤解を解かねば。
ジッと見てくる茉子に声をかける。
「そういう意味じゃなくてだな……」
「では?」
「えぇと、その……アレだよ、うん。なんていうかさ……」
正直な本音を言おうと思ったら、なんか急に恥ずかしくなってきた。
絶対顔赤くなってる。頬を掻く指が止まらない。それでもしどろもどろになりながらも、なんとかして言葉を紡ぐ。
「あの……ほれ。俺、んな料理上手じゃねーじゃん」
「前に食べたけど雑でしたね」
「るせぇやい。んでさ、こう……食べるとさ、違うじゃないか」
「まどろっこしいんで結論言ってください」
急かされた……
茉子の視線は冷たい。
が、奴も思うまい。俺が何故口ごもるかを。
「……なんかさ、恋しく……なるんだ……」
本当に恥ずかしくて俯きながら、声まで小さくなった。
一度美味いものを食べると味を占めるのと同じ理屈だ。俺にとって料理とはペンギンが空を飛ぶようなもの。いや確かに作ることは出来るのだが、まあ雑な味付けと献立になるので茉子の飯を食うとどうにもまた食いたいと思うようになるのだ。
単に俺のプライドの問題である。美味い飯を食いたいが為に友人にタカリに行くなど下賎な話だ。
「あは〜、そういうことでしたか。意外と可愛いとこあるんですね。そのくらいなら言ってくれていいじゃないですか〜」
「男はフクザツなんだよ……」
さっきとは一転してニコニコとしながら「このこの〜」と脇を突いてくる茉子。お前地味に技術入れて突いてんな? ドスドス入ってくるんだけど。
「恋しいって……え? ま、まさか二人は……これが相思相愛──!?」
人が羞恥心でズタズタにされているところで、何やらあらぬ誤解がまた生まれてしまっていた模様。
「ごめんなさい芳乃様。実は内緒でお付き合いしてまして。つい先日から」
「おい茉子。嘘はやめろ」
このバカ、いらんとこでからかいおってからに──!! こいつ従える主人を弄るのにも容赦ねーなぁ!!
この後、安晴さんが解説したことによってこの場は丸く収まった。
……いや本当に勘弁してほしいものだ。