千恋*万花~福音輪廻~ 作:図書室でオナろう
フラリフラリと歩くいつもの通学路。だが今日は少し違う。いつも通りに将臣のトレーニングの見物をしていたムラサメ様が、帰りに家に侵入してきて、俺を叩き起こしたのだ。
「おはよう、馨。吾輩が起こしにきてやったぞ?」
「え……? ムラサメ様……?」
そんな感じで始まった今日。
……まぁ、別に害は無いしで問題はないのだが、女の子が自分の家にいると思うと結構ドキドキした、とけだけ言っておこう。
だってムラサメ様可愛いし。いや本当に。
「馨、学院にいるときはどうしたらいいと思うかの?」
で、人が慣れない環境で割と落ち着かないでいると、いきなりムラサメ様にそんなことを言われた。
「いきなりだな。確かに一番暇な時間だし、困ってるのは目に見えているけど……存在が存在だし、中々難しい」
「吾輩が勝手に学院の中を散策しても構わないのだがな。じゃが、それではご主人を始めとした吾輩が見えるものの集中を欠くことになるだろう」
「いっそ認識されちまえば楽なんだがなぁ……んー、まぁ暇だったらちょっかい出しに来たら? 具体的には将臣とか。触れるのはあいつくらいだし」
資格無き者に見えるようにする方が困難だ。レナは長期間憑代に触れ続けた影響で見えるだけで、将臣に至っては奴が憑代だったからというトンデモ理論が残るのみ。
元より見える朝武の直系、および常陸は論外。俺は見えるようにしているし、その気になれば触れるようにもできるが、人を魔に近づけるという以上ロクなものではない。
そもそもムラサメ様がどういう術式で管理者となったのかが不明の為、虚絶のように1から10を行き来できるよう設定することも難しい。ハードもソフトもダメ、エンジニア側もダメとくれば八方塞がりだ。
更に触れられるのが将臣だけとなれば……
「こりゃ難題だな。伝説は知ってるから違和感無く受け入れてもらえるだろうが、どうやって実在を証明したもんかね」
「……やはり、難しいかのぅ」
どこか悲しげな表情をするムラサメ様。五百年も苦しみ続けたんだ、流石にそろそろ救いがあってもいい筈なんだけど、どうやったらいいのか……俺にはわからない。
そう、"俺には"わからないだけで、他の奴ならいい案が出てくるかもしれない。
「そうショボくれた顔するなって。俺じゃ方法が思いつかないだけだ。もっと人に聞くんだよこういう時は。この手のものは抱えたって仕方ない」
「む、そこまでする必要は無い。忘れておらんか、吾輩はもう五百年もの時を過したのだぞ。観測者側には慣れている」
しかしそんな俺の提案は、一瞬でいつも通りに戻ったムラサメ様にバッサリと切られてしまう。が、ここで諦めてはならない。
……いつぞや夢で聞いた、みんな疲れたという言葉が頭の中に残っている。この人も疲れている。年端もいかない子供だったのに、生と死の狭間で干渉できずにただただ眺めて──傲慢な独善、いやたとえ歪んだ偽善だろうとも、俺はそれを見過ごせるほど恩知らずではない。
「嘘つけ。あんたも寂しがり屋だろ? でなきゃそんなことは言わない筈だ。俺が言えた義理でもないが、素直になってくれ。俺はあんたの五百年が報われるべきだと思っている」
「むぅ……」
「将臣や芳乃ちゃんにも聞いてみるよ。その方がムラサメ様にとってきっといいからさ」
なんとかして、ムラサメ様の孤独を癒してあげたいと思いながらも、その具体な考えはまとまらない。
しかし偉大なる先人であり、同時に古き良き大和撫子といった格好と風貌のムラサメ様と二人だけで歩いているというのは、とてもその……あれである。男の子的に大変マズいのである。
「ジー……」
「な、なんだよぅ」
「いやなに、お主も女子と触れ合うと照れるのだなと」
「そりゃそうだよ、男だし」
ジト目で何処か楽しそうなムラサメ様から逃げるように早足で歩き出す。
ロリにドキドキするって俺はやはり……うーん……そんな度し難い性癖をしているつもりは毛頭無いのだが。
そうして迎えた学院での授業……なのだが。
「ふんふんふふーん……」
鼻歌を歌って教室を覗くムラサメ様。
何かそわそわした様子の将臣。
たまにチラチラと視線を送ってくる茉子。
そして色々情報過多で疲れそうな俺──
はっきり言おう。
むっちゃこの短時間が濃い。
「……くっ」
普通ならば先生の授業など聞き流して、後でそれなりによい記憶力と茉子を頼って如何にかするのだが、そうも言ってられない。柄でもなく集中して聞いているし書いている。
でなければ笑ってしまう。
……あいつらこんなに落ち着きなかったっけ?
「……助けて」
小さく呟いた言葉は授業の喧騒に消え、俺は机に突っ伏した。
「……はぁ……」
「どーしたよため息吐いて」
「いや、疲れただけ」
「? 今日の授業なんて楽なもんばっかだろ」
「色々あるんだよ……」
昼休み。
ぐったりした俺を見かねた廉が声をかけてくる。
「そういや昨日、レナちゃんをデートに誘ってたけど、デートコースとか大丈夫なのかよ」
「鞍馬さん家の廉太郎君があれこれ言ってたのを覚えてるから大丈夫ですよーだ」
「余計なもんばっか覚えてやがって」
「あんなに楽しげに話すお前を忘れられるかよ」
絶妙に嫌そうな顔をしている廉だが、実際初デートの時は随分と楽しげに報告してくれたもんだ。小春ちゃんも「良かったね」と言うくらいには。
……それがどうして、こんなに女癖の悪い男になってしまったんだか。
いや、女癖の悪いというよりも、こいつがさっぱりし過ぎているのか。
「何よその目は」
「いや別に? さてと、飯にするか」
そんな風にいそいそと弁当を取り出すとき、目に入ったもの──それは百面相。険しい顔をしたと思えば、途端に頬を緩めてバカ面に。
まぁなんだ……将臣君や、君めちゃくちゃ愉快な顔してるやで。そんな風にエセ関西人的語尾になってしまうくらいには愉快だ。
元を辿れば京都にいた由緒正しい貴族の家系なんだから、喋れたっておかしくはないんだけど、生憎とウチは分家だ。本家より本来の形に近い分家ってのも不思議な話だが。
「廉」
「みなまで言うな、わかってる」
「行くぞ」
「おうさ」
そんな面白将臣君に気が付いていた廉と共に、渦中に身を投じる。
空いていた前の席に座り、様子を見てみる。すると視線に気が付いたのか彼は一言。
「あげないぞ」
「芳乃ちゃんの手作り弁当が楽しみでそわそわしてたのは丸分かりだからいい」
「な、なんでわかったんだ」
「昨日の今日でお前と芳乃ちゃんの様子、それから茉子の作った弁当ではない弁当。それだけあれば十二分、俺を舐めるなよ将臣。時間だけならお前より上だからな」
「うぐっ……」
痛いところを突かれたと言わんばかりの面白い表情をしているのでクククと笑い、わざと将臣の弁当に箸を伸ばす。
が、ガシッと手を掴まれて止められる。
「ふーん、惚れた女の手作り料理は渡さない……ってか?」
「いきなり何言ってんだよ!?」
「図星だな。隠しても無駄だ……が、黙ってるさ。安心しろ」
大声を出して動揺し切っている将臣に対して小声で反応しつつ、怪訝そうな廉には「からかっただけだ」と言っておく。
「ま、こんな具合だし、飯をもらおうとするのは諦めろ廉」
「将臣があんなに幸せそうな顔をしてるのは久しぶりだから、俺も食べてみたかったんだけどなァ」
「ダメだ。絶対に渡さないからな。何があっても」
「はいはい、わかりましたよー」
おちょぼ口をしている廉が可愛くない。小春ちゃんなら可愛いのに。男女の差とは不思議なものである。
しかし唐突に、真剣な表情に変わった将臣。はてさて何のことやらと思いながら眺めていると、こんな言葉が飛び出てきた。
「朝武さんのお見合いの話についてなんだけどさ、知ってるよな」
「そりゃ聞いたことぐらいは」
「……それを俺に言うかね」
身内にお見合い話が飛びかかった身としては困る話題だ。が、友人の恋の悩みだ。力になってやろうじゃないかと隠しつつ、話を聞き始めた。
「今まではどんな人が候補だったんだ? 巫女姫様ともなると、やっぱり大物か」
「お前な、いくら由緒正しい血筋とはいえ外に出ればただの神社の一人娘だぞ? そういうのは無い。それに、巫女姫様にも恋愛の自由はあるんだぞ」
廉の発言を聞きつつ、そういやそうだったなと忘れていた事実を再確認する。
ぶっちゃけると俺はあんまり知らない。玄さんとかの街の顔役がお見合いには一枚噛んでいるので、そっちに近い廉の方が詳しいだろう。
俺が詳しい……厳密に言えば稲上が詳しいのは、少し暗めのお見合い事情の処理だな。
過去にあったらしい、表には言えないそういうのが。
朝武とウチの本家筋──それなり以上の力を持っている家系が、あらゆる意味で無用なものが入らないように睨みを利かせている以上、基本的には無いんだが……利益欲しさに強行手段を取ろうとする奴だっていた。
そんな奴らを"処理"してきたのが忍びである常陸と、祟りの拡散を防ぐためにある稲上だ。
もっとも、朝武が肩書きを返上して以来、ここ百年程度は大した事も無かったと記録にあるし、せいぜいが写真を持参して本人に直接渡す程度で済んでるのは過去の歴史のおかげか、穂織を守る連中のおかげか。
それでも一応睨みは効かせねばと、要らぬお節介だが無いよかマシな感じで本家は穂織に味方している。
「……ま、廉の言う通りだ。それに穂織はイヌツキだなんだと白い目で見られてる。過度なしがらみを産む存在はこっちとしてもごめんだし、大物でも近寄ってくるのは利益目当てだ。そんなもんは本人に届く前に弾かれる。たまに直接写真を渡しにくるのもいるが、彼女に一蹴される。ウチの本家のような例外こそあれど、基本的にはごく普通の人が候補に選ばれる」
「本家って……馨の本家ってすごいところなのか?」
将臣はわかるのだが、廉にもそんな始めて聞いたぞみたいな反応されても困る。
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「聞いてねぇぞ」
「そっかぁ……ま、端的に言うとウチの血筋は由緒正しい京都貴族の末裔でな。それなりの財力と干渉力があるのさ。穂織への干渉を止めるならこれは方法の一つって訳で、どうしようも無かった時用に来てたは来てた」
……まぁ、俺の存在が長らく続いていたその話を全部無かったことにしたのだが。
何せ狩るべき稲上から、狩られるべき魔に近しい存在が生まれるなど笑えない笑い話だろう。
「なるほどね。でも、どうしてそんな貴族様がこんな田舎に来たんだろうな? 確か五百年前に急にやって来たんだろ?」
「そんなもん本家の資料を漁ってくれとしか言えねえな。俺ら分家にゃ資料は全く無いし。もしかしたら程のいい厄介払いだったかもな」
「稲上さん家も大変なことで」
「本家も本家で最近苦労してるらしくてな……おっと、関係無い話か。悪いな二人とも」
本家の話を始めるとロクな話が出てこないのでさっさと打ち切ってしまう。特に金と土地の話はモメるからな……
将臣が何か納得のいったような雰囲気だが、まぁつまりそういうことなのだろう。稲上家の謎が一つ解けたみたいな感じで。
「あぁ、ごく普通の人が選ばれるっても、多少条件があってな。えーっと、なんだけか」
「街の顔役の親類縁者とかだよ。祖父ちゃんも関わってるんじゃないかな? なんだかんだ言って顔役の一人だし」
「廉太郎は無いな。でもそういう風に選ばれるってことか」
「ひでぇなこの野郎。事実だからって何でも言っていいってもんじゃねーからな。あ、でも馨にも話は来たんだっけ?」
「俺の従兄弟だよ。名前だけ上がった。あと例外と言えばお前だな将臣」
「叢雨丸を抜いたってだけで婚約者になれたってのは驚いたぜ?」
本当は色々と考えた末に──なんだが、事情を知らないこいつにはわからんだろうな。
事情……そこまで考えて、今朝のムラサメ様とのやり取りを思い出す。
事情を知っていれば、駒川や安晴さん、それに玄さんのように見えなくとも納得する……のか? でも祟りが消えた今、どうやってそれを信じさせる。叢雨丸を折った将臣の存在だけで、その理由足り得るか?
「馨?」
「いや考え事」
やはり答えが出てこない。他人を頼ろう。
しかし俺が悩む間に話がだいぶ進んでいたようで、付いていくのに少しの時間を要した。芳乃ちゃんレズ説とかいう噂があったとか初めて聞いたが、お見合いを片っ端から断り続けたから……とのことらしい。
「けれど、どうした? 急にそんなこと聞いてきて」
「いっ、いや別に? なんでもないからさ」
「なによその中途半端な態度」
もう隠すのは無理だと判断して俺から切り出してやった。
「廉、こいつ芳乃ちゃんに惚れてんだよ」
「ッッッ!?」
「なんだ、そんなことかよ。隠してるつもりだったんだなぁ、それで」
慌てて周りを見渡す将臣がおかしくって笑ってしまう。あれで隠しているつもりとは……腹芸が似合わない男だな。
「おおお、お前ら!? てか馨!?」
「安心しろ、この程度の声量なら喧騒に消える。それに誰も聞いてない」
「むしろ気付かれない方がおかしいレベルでわかりやすいんだよ。おわかり、ボクちゃん」
「うっせぇ! こちとらそんな余裕無かったんだよ!」
「じゃ、今は余裕生まれて持て余してるんだな」
「それは……まぁ、うん……」
なんというか、弱々しい。
自信が無い、というわけでもないだろうが。
「ま、ずっと同じクラスの俺たちですら所詮知り合い程度で壁を感じるし、昔からの付き合いの馨や常陸さんにも少し余所余所しい。その上二人とも一歩引いた感じだった……お前が来てからだぜ? あんないつぞやみたいに愉快な感じになったのは」
「だな。意外かもしれないが、俺はちょいとしたきっかけがあって二人とそんなに話してもいなかったんだ。するとしても事務的なことばかり。本当にお前の一件がきっかけでまたふざけ合えるくらいには戻ったよ。──ありがとう」
「よしてくれよ。俺は何もしてないんだし」
「変化になってくれた、それだけで十二分だ」
そんなこんなで弁当ももう少し。
結局いつも通り、一番早く食べ終わるのは俺だった。
「将臣、芳乃ちゃんが好きなら気持ちだけでも伝えろ。変に拗らせると面倒なことになる。それに、お前も彼女も生真面目だからな。真剣に言えば、真剣に考えてくれる」
「お、おう」
「んじゃ、俺はお先に。廉、アドバイスしてやれ。従兄が困ってんだぞ」
「ういうい。さて将臣、何が聞きたい?」
「え、えーっと……」
なるほど、これが青春かと思いながら二人から離れていく。
見てる分には微笑ましいが、しかし……これは、当事者になると面倒極まりなさそうだな。
……まったく、物好きな奴らだ。
嬉しいやら苦しいやら。
誰かに想いを向けられるのも、誰かに想いを向けるのも、どちらにしても何処かで傷が生まれる。
──実に面倒だ。
こんなものの、どこがいいんだ……?
俺に教えてくれよ茉子。それを望むお前なら、きっとその答えを──
恋とは、俺には度し難いものだと決着を付けてからしばらく経てば、もう学院も終わり。さて帰るかと荷物をまとめ始めたときに、比奈ねーちゃんが寄ってくる。
「稲上君、駒川先生から放課後保健室に来るようにと」
「……? わかりました。すぐ行きますよ」
「また何かしたの?」
「多分違うと思う。じゃ、また明日」
ヒラヒラとねーちゃんに手を振って、教室を出て保健室に向かう。一体どうしたというのだろうか。
というか、普段なら診療所にいる筈で、最近の事情も考えれば学院に来る筈など無いのだが。
「来たぜ駒川。俺だけ呼び出すなんてどうしたよ」
「例の件が片付いてしまってね。それの報告さ」
入って早々に薄暗い話題。
例の件──恐らくはレナの件か。となるとリヒテナウアーを洗い終わったってことでいいんだな。
「リヒテナウアー家のことか? いくらお前でもそう簡単に情報は……」
「出揃ってしまったんだよ。驚くほどに「何もない」……つまりは真っ白なんだ。資料を取り寄せるまでもなく、リヒテナウアーはこっちに関係が一切無い」
「マジか。ってなると祟りはリヒテナウアーじゃなくてレナに、しかもそのガワに用があったってことかよ? つくづく意味わかんねえ」
リヒテナウアーが白。
レナも白。
黒いのは祟りだけ。ますます謎は深まるばかりでお手上げだ。
「とにかく、リヒテナウアー家がそうじゃないなら八方塞がりだ。私だけじゃどうしようもない」
「悪りぃな、助かったわ。で、そんだけ?」
「それに関係してもう一つ。彼女、確か玄十郎さんのツテで来たんだよね?」
「なんかそうらしいな。噂程度には」
「だったら恐らく、志那都壮に宿泊記録が残っている筈だ。そっちを当たれば何か出てくるかもしれない。けどもしもっと昔なら──」
「なるほどな。デートがてら、当たってみるのも手か。サンキューな」
「デート?」
「あぁ、レナとするんだ。デートってか、なんだ。お礼も兼ねた街巡り」
「ふーん、そうかい。ま、私は構わないけど、存外妬心を抱きそうな子もいるよね」
妬心。
そこまで考えて、昨日の茉子とのやり取りを思い出す。あんな肩透かしに終わったのは初めてだし、というか……あれはどうしたらよかったのだろうか。
ニヤニヤしている駒川にもどう反応したものかと悩み、とりあえず差し障りの無い反応をすることにした。
「そーかい。もう邪魔だろ? 帰るぜ」
「月並みだが、気を付けて帰るんだぞ」
「比奈ねーちゃんでもあるまいし……じゃーね」
一足お先にと扉を開けて、目の前で待っていたであろう奴と目が合う。
窓から差し込む光を背にした彼女は、学生服だというのに神秘的だった。
「待ってたんだ」
「昨日の仕返しです」
「可愛い奴。なら俺は本音を言えばいいのか? 実はアレは初恋じゃなくて、憧れだったんじゃないかと思ってたんだって」
「へ……?」
間抜けな顔して間抜けな声を出した茉子がなんだかおかしくってケラケラと笑い出してしまう。
「な、なんで笑うの。人が真剣に悩んでたっていうのにっ」
ムスッとした顔でする抗議。学院だというのに素が出てくるほど彼女は本気で悩んでいたみたいだ。
「あははっ、いや、ごめん。そっか、お前真面目だもんな。言っただろ? 初恋かもしれない程度のものでしかないって。なにマジに受け止めてるんだよ」
「で、でもあんな言い方されたら意識しちゃうってば! もう一度会いたいとか綺麗な笑顔とか……とにかくそういうところが卑怯なの! 馨くんは!」
「あ、それは、その……」
「……まぁ、許してあげるけど」
「そーかい。なんかお前の女の子らしいところ、久しぶりに見た気がするよ」
「久しぶりって、確かにそうだけど。というか女の子らしいところって何? ワタシちゃんと女の子だよ」
「拗ねるなよ、そんなつもりは無かったんだ」
実際、女の子らしいところとは年相応の、と付く。今まではお互いに従者と始末屋として接していたところもある。
そういう意味で、こうしてどうでもいいことを話し合って、拗ねたりなんだりは本当に久しぶりだ。
プイとそっぽ向いた茉子の頭をわしゃわしゃと撫でると、彼女はくすぐったそうにしながらも「そんなので誤魔化せませんよ」と何時もの調子に戻っていた。
昨日構ってやれなかったし、ちゃんと向き合ってやらないとなァ。
「……? なんですか。急に手を差し出して」
だから、手を出して。
「ちょっとで悪いけど、デートしてもらえるかな? 俺の初恋かもしれない人」
なんて、からかってやったりするのだ。
「構いませんけど何処行くんですか」
「田心屋」
「奢りで」
「いいよ」
……どうやらダメージになってないようだ。
「なにがデートしてもらえるかなですか。あんな気色悪いセリフ言ってときめく女の子がいると思ってるんですか。今時あんなの漫画でも出てきませんよ。ワタシはあなたと付き合い長いですからね。他意は無いのはわかってますけど、普通は引かれますよ」
「ごめん」
「いいですか? 大体あんな言葉で女の子がその気になるわけないじゃないですか。もう少し普通に誘ってください。いちいちデートとか言わなくていいです。普通に何処かへ行かないくらいでいいんですよ。あれでキュンキュンする女の子がいれば相当なメルヘンです」
「うん」
「そもそも馨くんは女の子の扱いが下手くそですし、その手のイロハもわかってないでしょう。どうせ廉太郎さんから又聞きしたテクをうろ覚えで使っているだけですよね」
「はい」
「ダメですよそういうのは。ちゃんと女の子には真摯に対応しなくてはなりません。みんながワタシみたいに馨くんのへなちょこ態度に慣れているわけではないのですから」
着いて早々パフェと紅茶を注文し、来るまでの間はどう潰そうかと思っていたらこのザマである。
──ボロクソに言われている。
呆れ返った茉子は、さっきから一切そのジト目と不満気な表情を変えることなく俺を容赦無く罵倒している。
「更に言えばなんですか、憧れかもしれないって。あの時初恋かどうかを聞いたんですよワタシは」
「だって、考え直せばなんか恋とは違うかなーって」
「今考え直せばでしょう? 当時はどうなんですか。わかりませんけど」
「なぁ。さっきから黙ってりゃ、まるで自分を意識して欲しいみたいな発言ばっかってのはどういう意図なんだ?」
「……あ」
「あってなんだあって。レナと俺がデートするのがお前にとってそんなに大きな事かよ。俺とお前は半分姉弟みたいなもんだしさ、別になんともないだろ?」
唖然とする茉子に対して、何を今更と呆れながら問う。
そう……結局、何処まで行っても俺たちは姉弟のような幼馴染でしかない。だからこそ、異性として見るのは極めて難しい。所詮は踏み込み過ぎて家族にも等しい、あくまで仲の良い友人止まり。
お互いにお互いが特別になるなど、決してあり得ないのだ。
それに俺の血は呪われている。芳乃ちゃんじゃないが、誰かにこれを背負ってくれなどとは到底言えない。
「茉子?」
黙ってしまった茉子に呼びかけると、彼女はハッとしたように一瞬身体をビクッとさせると、慌てながら答えた。
「た、確かにそうなんですけど……なんだか、そんな弟みたいな馨くんがいつの間にかそんなのになっちゃって生意気だなぁって」
視線はフラつき、あたふたとした様子から伺える通り、何か隠しているに違いない。というか挙動不審だ。
「本音はどうなんだよ」
流石に毎回あんな反応をされては困る。知れるなら知っておきたい。俺の所為なら解決してやりたいし。
根負けしたのか、茉子はおずおずと、決して視線を合わせることは無く、小声で喋り始めた。
「……わかんないよ、本当は」
「わからないねぇ」
「だってワタシたち、姉弟みたいにいつも一緒じゃん。だから今更何か変化なんて想像できなくて、急にこんなことになって──どう考えたらいいのかな」
「どうってお前、どうせ変わんねえよ。それに俺の面倒くささは茉子もよく知るところだろ? どうせ最期までお前の弟分さ」
そう言い切ると、今度は視線を合わせて真面目な顔に変わった。さっきから忙しい奴だ。
「それはダメです。姉的存在として見過ごせません」
「本気でそうしようとしたら文句言うクセに」
「うっ……で、でもダメだからねっ。ちゃんと人並みに幸せとか恋とか色々求めること! 約束だよっ」
「……難しいなぁ。まぁ、善処はしてみるよ」
人並みの幸せってなんだろうさね。
俺は今まで通りの生活で十二分に満足なんだが。
と、困ってると注文の品が運ばれてくる。俺がプリンパフェ、茉子が抹茶パフェだ。
今日は甘いものが食べたい雰囲気なのでプリンパフェにしたが、うむ、甘くて美味い。
この前は確か……何食ったっけ? たまにフラッと寄って食べてくけど、意外と食べたものは覚えてない。まだメニュー全制覇はしてなかった筈だが。
と、そんな風にスプーンを動かしていると、物欲しげな視線を感じる。
「……食べたいの?」
「いえ、別に」
「ふーん」
茉子の態度は素っ気ないが、チラチラと視線が向かってくるのが露骨にわかる。あんまりにも鬱陶しいので食べる手を止め、スススッと前にいる茉子に向けてプリンパフェを押し進める。
「ちょっとやる」
そう言えばやけに驚いた表情でこっちを見る。
「食いたいんだろ?」
「平気ですよ」
「なら視線を向けるな鬱陶しい」
「うぐっ……仕方ないじゃないですか、美味しそうなんだし……」
「……わかった。ほれ」
もう焦れったいのでスプーンで一口取ってから、茉子にズイと突き出す。
「口開けろ」
「えっ、これ、あーんですよね?」
そんなわかりきった事を言ったから、また再びあたふたと慌て出す茉子。さっきと違うのは顔が赤いことくらいだろうか。
……というか、友人の家であーんやってるんだし、もっと恥ずかしいことをしてるんだから気にする必要も無いのでは? 公衆の面前とはいえ、人目に付きづらい位置。それにお前将臣と鮎の塩焼きで甘酸っぱいことしたとか聞いたぞ本人から。
ははぁん、まさか……
「恥ずかしいのか」
「当たり前ですっ」
「将臣とデートしたときと似たようなもんなのにかァ?」
「〜!? それいつの間に知ったんですか!」
「蛇の道は蛇だよ茉子。あーんなんて俺たち割とやってんだし、今更恥ずかしく思う必要は無いぞ。それに──」
……少し、本音を言い淀む。
これこそ誤解されないだろうか? いいや、茉子はきっと俺を理解しているから、そんなことはないだろう。
たまには素直になってみる、というのも悪くない。
不思議そうに小首を傾げている茉子を見つめ直し、本音を告げた。
「年相応に可愛いところを見せてくれるお前は好きだよ」
──すると。
「あ、あは〜……昨日の仕返しですね? ふふ、ワタシはそんな手には引っかかりまひぇんにょっ!」
顔を真っ赤にして動揺し、言葉を噛んでしまった。
……やはり台詞回しに問題有りだなぁ。そんなつもりはないんだけどなあ……
「噛んでるじゃん。昨日の仕返しって……あー、うん。あれね。うん。てかいいからほれ、食え」
「食べさせなくていいですからっ。自分で食べますっ」
スプーンを手に取り食べると、それはまぁ幸せそうに顔を惚けさせるが、しかしその数秒後には突如して再び顔を紅蓮に染める。
忙しい奴だなぁ、とまた思うのだが──なんで茉子が顔を真っ赤にしていたか俺も理解した。
「……馨くん」
「……言うな」
これ関節キスじゃねーかと。
今更何を、とは思うが俺下手したらあーんよかレベルの高いことを茉子に要求していたのかもしれない。
返されたスプーンを再びパフェに戻して食べ始める。
「忘れよう」
「はい」
無かったことにしなければ。
それこそ公衆の面前で何をしているやら、である。
その後話すことも無く、無言でパフェを食べていたが、唐突にケータイに電話が入る。
さて何事やら……と思って確認すると、意外な人物からの電話だった。
■
「悪りぃ、ちょっと電話出てくるから外にいる」
「あっ、はい。わかりました」
いそいそと席を立って店の外に向かう馨を見送った茉子は、本当に何をしていたんだろうか──と深くため息を吐いた。
初恋かと思ったらそうじゃないかもとか言われて。
でも年相応の面が好きとか言われて。
急に可愛いとか言われて。
どこまでも変わりないなんて言ってたりするけど、十分に変わってきているような気がして。
(……顔が熱い)
頬の熱がまだ冷めない。
相手は弟のような人なのに。本人も認めているのに。
どうして妬心のような、複雑な感情が渦巻いてしまったんだろうか──
「ふふ〜ん? 青春してるね、常陸さん」
「わっ!? ま、馬庭さん……びっくりさせないでくださいよ」
いつの間にか笑いながら、芦花がひょっこりと茉子に話しかける。
「馨と何やら甘酸っぱいことしてたみたいだけど、どうしたの急に? 何かあった?」
「まぁ……お互いによくわからない部分の擦り合わせをしていたら、自分でも更に知らないしわからないことがスルッと出てきた〜みたいな感じですかね」
茉子にしてみても、さっぱりわからないことばかりだ。そもそもなんで自分がここまで馨に執心しているかもわからない。
「二人は結構、不思議な関係性だよね。アタシ、馨から初めて話を聞いたときはびっくりしちゃった」
「あは、普通は想像付きませんよね。巫女姫の従者のワタシと馨くんが友達だなんて」
と言って、あぁそうかと理解した。
稲上はどこまで行っても稲上──元来の使命を知る者以外には、単なる変人貴族の末裔ということで終わっている。
幼少の頃から自分たちの存在意義を知っていた二人にしてみればその触れ合いは自然だが、周りの人間から見れば不自然極まりない。
武家だった朝武、それに従える常陸──そして何故か田舎の穂織に来た京都貴族の稲上。どう考えても組み合わせが悪い。武家に忍者に貴族とは……
しかし、稲上は魔物殺しに総てを捧げた一族だと判れば違和感が無い……が。
それでも何故、稲上が魔物殺しとなったのかわからない。
「しかし、馨もあんな顔するんだね」
「馬庭さんは、馨くんがこんな人だって知ってたんですか?」
「ううん、全然。廉太郎と小春ちゃんと遊んでいるときも、一歩引いた感じだったし。同い年の子たちと比べても……なんていうかな、歪な感じがちょっと」
「歪──」
困ったような表情で言う芦花の発言は、近くでずっと見てきた茉子からしても納得の行くものだ。
彼の境遇と心情、暴走する殺意と意志を無視して行動できてしまう現実。
年相応の経験よりも先に、年不相応の絶望を見た子供。
そして、必要とあらば友人を殺さねばならないという使命。
あれで歪にならない方が不自然だ。
「そんなにわかりやすいんですかね」
「わかりやすかったよ? 流石に同年代の子たちの中にいれば目立つっていうか。今だと……昔に比べてだいぶ落ち着いたかな。年相応の顔は、たまにしか見えないけど。アタシが初めて馨と会ったときは、一番ギラギラしてた頃なんじゃないかなぁ」
芦花が馨を初めて見たとき。
──それが本当に子供なのかと恐怖心すら抱いた。
生きているのか死んでいるのかわからない雰囲気、腐って澱んで黒く濁った目、ゆらゆらとした立ち振る舞い、どこか破滅的な発言、笑っていない笑顔、機械的にジッと観察するような視線──
生き物としても相容れない、恐ろしいもの。
「ただ少しすると、急に落ち着いてほんの少しだけマシになったんだけどね」
「……」
マシになった──入水自殺未遂だとすぐに察せた。しかし離れていた時期があったとはいえ、全然知らない事実がポロポロと浮かび上がってくる。
「やっぱりワタシ、全然知らないなぁ……友達なのに」
「お姉ちゃん代わりとして嫉妬?」
「急にレナさんとデートするとか言い出して何マセちゃったのかなぁと」
「……あれ? 常陸さん知らないの? 馨って廉太郎と一緒にナンパするくらいには軽いんだよ」
「なぁっ!? おかしいと思ったらそういうことですか! 又聞きどころじゃなくてそういう風に口説いてたんですか! 本当にロクでなし! ワタシをチョロい女か何かと勘違いしてるんじゃないのかなあのバカ!」
芦花から明かされた真実に、茉子は驚きのあまりこの場にいないバカを罵倒した。
昔からロクでもない男だし、甘えてきたりと色々と思うところはあったが。
いや何故そうなったと茉子は声を大にして言いたい。ナンパしてたとか全然知らなかった。
馨がナンパ? 全然似合わない。似合うはずもない。決して似合っていない。そもそもあんなヘタレ男がナンパなどできる筈がない。どうせむしろ女の子に変な男と思われて終わりだろう。
が、しかし──
「常陸さんって、馨のことになると色んな顔するんだね。なんだか意外」
そんなことを言われて、そういうものなのか? と疑問を抱く。
「そうですか? 自分ではわからないものでして」
自然体で接している以上、仕方ないとは思うのだが。
「うん、本当に楽しそうで見てるこっちも楽しくなってくるくらいには」
などと笑顔で言われてしまえば、そういうものかと納得してしまうものだろう。
「常陸さんはさ、馨のことをどう思ってるの?」
「どうなんでしょうね。どこまで行っても姉弟みたいな関係で終わりそうな気もしますけど」
「漫画のヒロインみたいなこと言っちゃって〜」
「あは、ヒロインじゃありませんよワタシは」
さてはて、そこは茉子にもわからない。
そんな風にしていると、渦中の男が戻ってくる。
「あーびっくりしたー……ん、芦花さん? どしたの?」
「馨が留守にしてたから、常陸さんと話をね」
「へー、珍しい組み合わせだね。何、俺の陰口?」
「陰口というよりも……意外な一面? ほら、馨って今と昔じゃだいぶ雰囲気違うじゃない」
「昔の話は勘弁してくれ。面白いわけでもないでしょ」
「え〜? いつだかおんぶしてあげた時にねーちゃん呼びしてくれた話題とかあるのに?」
「やめてよぉ!? 比奈ねーちゃんもそうだけどどうしてそういうトコばっか覚えてんだよぉ……」
ニヤニヤと笑う芦花と弱った様子でガックリと項垂れる馨を見て、つい笑ってしまう。そんな茉子を見て、片方は微笑み、片方は更にヘコむ。
「さて、じゃアタシはお仕事に戻るから」
「あぁ、うん。あとあれだ、この前また食器見っけたから休みの日持ってくよ」
「りょーかーい」
仕事に戻る芦花に田舎特有の狭い話を振りつつ、馨は茉子の対面に座る。
「悪りぃな、親父から色々とね」
「千景さんから? 珍しいですね」
「ま、安晴さんから色々報告されてたみたいだし、仕事も落ち着いたみたいでさ。まだいくつか残ってるし、それに本家でまたなんかあったみたいで……その火消しだってさ」
やれやれと面倒くさそうにため息を吐く馨の様子から、相変わらず本家と分家で色々あってどちらも大変なのだなと察する。
「ま、シケた話はどうでもいい。親父もお袋も、まだ帰ってこれないってことさ。ついでに計画書だなんだとか……家帰ってやること増えちった」
プリンパフェを食べながら、おーおーやだやだと言いながらも満更では無さげな雰囲気。
相変わらず素直じゃないなと思いながら、同じように食べる。
そんな風に一通り過ごして、田心屋を後にする。もちろん代金は馨持ち。やっぱり払うと言った茉子に対して、二言は無いとゴリ押しした。
「少しは機嫌直ったか?」
「機嫌というか、単にモヤモヤしていただけですよ」
「お前が急にってなったら、まぁ知ってる側としては納得するだろうけど、それはそれとしてモヤつくだろうしな」
なんてことの無い理由だったのだとやっと分かって、あぁなんだと納得する。急な展開に驚いただけで、他は大したものではなかったのだ。
──もっと探せば他に何かあるのかもしれないが、茉子は敢えて考えないようにした。考えてはならないと、彼女自身が戒めた。
「あ、そうだ。ワタシ、色々考えて宴会というかそんな感じのお祝いをしたいなぁと思ったんです」
「何の?」
「ひと段落ついておめでとう……みたいな?」
「あー、そうか。宴会か。いいなそれ、伝えてみたらどうだ? 俺はちょいやることあるから場合によっちゃ出れないかもだけど」
馨はそう言いながら、ふと何かを思い出したかのように──
「あ、そうだ。可愛いとか好きとか本音だから。おべっかじゃないぜ」
「主語を付けてよっ!? それだと告白みたいじゃん!」
「本音を言うんだから告白では?」
「まぁそうだけど、そうなんだけど……」
そういう反応が欲しかった訳ではない。しかしこのすっとこどっこいのロクでなしは中途半端に真面目だからこういう反応をするのが当然──
実に、乙女心とは複雑である。
「……というか、馨くんナンパしてたんだって? 芦花さんから聞いたよ。ワタシの知らないところで何してたの」
「あ? それ? 物の試しにってやってみただけだ」
「それで鍛えたテクでワタシにコナかけてたんだ。ふーん……」
「あいって!? やめろ肘を入れるな勘弁して!」
しかしその辺の女の子と一緒くたにされていたというのは、茉子としては見過ごせないことだった。