千恋*万花~福音輪廻~   作:図書室でオナろう

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無銘

「……お、終わった……」

 

柄にもなく早起きして、昨日親父から送られてきた計画書のコピーを取り、それに不備が無いかを確認していた。

 

計画書は何かというと、シンプルに叢雨丸のレプリカ作成だ。もちろん、ただの刀でしかないので、折れないように計算すると──など、だいぶ無茶な数字や人数制限をより厳しくするとかそういうことになっている。

ついでに言えば土台となる岩ごと作るため、とんでもない予算とかがあってまぁ……不備が許されないわけだ。

 

まだ計画段階だし、あくまで一つの案として……程度でしかないが、これも重要なこと。

叢雨丸のイベントが無くなった穂織は大丈夫なのか? という心配から始まり色々と計算した結果、近いうちに財政難になる可能性が非常に高く、楽観視ができない。よって代わりとなるものを……というのがことのあらましだ。

 

「さて、とりあえず持ってくか」

 

虚絶まで引っ張り出して確認したのだ、決して不備は無い……と思いたい。というかそうなると俺の二時間が無駄になる。

書類を茶封筒に入れて、鞄にしまい込む。とっとと安晴さんに渡さねば。

 

眠たい身体に鞭を打つようにひたすらに歩く。歩いて歩いて歩き続ける。いつも通り朝武家に向かうだけなのだが、二時間も慣れないことやっていた所為か、なんだかシンドい。

 

──精神状態の影響を受けやすい肉体故、致し方あるまい──

 

……とは接続しているご先祖様の談だが、そんなこと言われてもとは思う。疲れるものは疲れるし、漲るものは漲る。

人間である以上はそこに帰結してしまう。いや、人間とは言い難いか。

 

人間でありたいんだけどな──

 

欠伸をしながら歩き、そして辿り着く。ここ最近頻繁に訪れている所為か、茉子じゃないが、だいぶ俺も毒されていたらしい。呼び鈴を鳴らすことなく入ろうとしてしまった。

 

「……いけね」

 

すんでのところで踏み止まり、呼び鈴を鳴らす。しばらくすると出てきたのは──

 

「よ」

「珍しいな馨。まだ家でグータラしてる頃なのに」

「ちょいと仕事があってね。上がるぞ」

 

将臣だったが問題は無い。

鞄から茶封筒を取り出して朝武家に上がる。居間に向かって開口一番。

 

「ちゃろー」

 

うわ、なんかみんな微妙な顔をしてる。そんなに酷いかなこれ……割と気に入ってるのに。

 

「まぁいいや。どうもです、安晴さん」

「どうしたんだい? その茶封筒」

「親父殿から、とだけ。アレですアレ」

「あぁ、アレね。わかった。あとで見ておくよ」

「一応忘れない内にと。あとすみませんでした」

「いいって、気にしないでよ」

「お言葉に甘えさせていただきます」

 

さて、やるべきことも終わってしまったし、今日は一足早く学院に行っているか……とか思っていたのだが。

 

「は? 風邪?」

『はい、芳乃様が』

 

いつまで経っても御一行様が来ないし、朝のHRで今日は休みだと比奈ねーちゃんから伝えられたしで割と困惑してしまい、どうせ暇しているであろう茉子に電話をかけたら芳乃ちゃんが風邪を引いたということだった。

 

「何かそんなに疲れるようなことあったっけ? 最近」

『ほとんど完徹状態だったみたいですけど、何があったんでしょうかね。今朝からやけに有地さんとよそよそしいというか』

「あー……うん、だいたい分かった。だからアレだ、お前もそっとしておいてやれ」

『……? まぁ、わかりました』

「じゃまた。茉子、頑張れよ」

『はい?』

 

ゲロ甘な渦中に身を置く茉子が哀れでならない。強く生きろ……とか思ったが考えてみればあいつそういうのからかうの好きだったから問題無いな。心配して損をした。

むしろ恋をしたいのなら良いモデルケースが手に入ったのでは? 俺は訝しんだ。

 

「……さぁて、どーしたもんかな」

 

休み時間もほとんど終わりだ。

見知った奴らしかいないが、気楽に接せるのが廉かレナしかいない。その廉とレナにしたって、他の奴らともよくつるむ。俺だけには構ってはくれない。

 

──意外と寂しい。

 

将臣もいない、ムラサメ様もいない、芳乃ちゃんもいない……それに茉子もいない。

いるはずなのに、いない。

疎外感よりも先に寂しさが来る。昨日茉子も言ってたが、姉弟みたいにいつも一緒──それに俺の、憧れの人がずっと側にいてくれた……だっていうのに、何故俺はずっと忘れていたのだろうか。

 

「……」

 

自分自身が、愚かしくて仕方ない。

本当はありがとうとか、俺はお前に救われたんだとか、色々言いたいのに──実に今更だ。

 

次の授業の支度しながら、あの日の笑顔を思い返す。あの綺麗な笑顔は茉子だった──茉子こそが、俺の始まりだった。

 

何も無かった俺に、火を灯してくれた恩人……

 

「──茉子」

 

小さく彼女の名を呟く。

我ながら実に狂っている、壊れている。

彼女が従えるべき巫女姫よりも、俺を優先して欲しいと思うなんて。いいや……優先して欲しいんじゃない。

 

──いつも通りに、ただ側にいて欲しいんだ。

 

本当にそれだけでいい。

 

いつか彼女が恋を実らせる、その時まで。

だけど彼女の弟分であるのは、最期まできっと。

 

 

 

 

「カオルー、一緒にご飯食べましょうっ」

「俺と食べても面白くねえだろ」

「わたしが面白いからいいのです」

「そーかい」

 

レナが俺の隣に座って、弁当を広げる。

 

「物好きな奴だな、お前も」

 

微笑むレナに、どうしたらいいものかと適当な言葉を投げるしかできない。弁当を広げながら、ふと思い立ってジッとレナを見つめる。

 

……何かが、違う気がする。

祟りがガワに用がある──とは知っていたが、実のところ具体的に何のためにとはわからなかった。祟りの始まりは犬神ならば……

 

「カオル?」

「悪い悪い、見惚れてた」

「またそういうことを言って」

 

あまりにもジッと見てたものだから、小首を傾げられてしまう。それっぽいことを言って煙に巻こうとしたら、察したような視線を向けられてしまった。

レナはこちら側だし、まぁ別に構わないんだけど……

 

「あ、デートの話なんですけど、今度の土曜日に休みをもらいまして。そこでならできますよ」

「ん。わかった。そんな感じで。待ち合わせは……学院手前の坂にしようか」

「了解であります」

「……なぁ、レナ。お前割と言葉遣い固くない?」

 

弁当をつつきながら、不意にそんなことを言ってみた。「であります」とか割とその、比較的妙に固い印象を受けていたから気になっただけなのだが。

 

「? そうでありますか? 今のでも固いのですか……」

「いや俺の印象ってだけだ。ごめん、やっぱなんでもない。けったいなことを言ったわ」

「ケッタイ?」

「あっ、ごめん。方言出た」

 

たまーに、本当にたまーに方言が飛び出る。親戚に会いに行っても基本京都言葉だし、俺も影響されたのだろう。しかし、俺の作る料理は相変わらず雑な味だこと。見てくれだけはいいんだがなぁ……

話題にも困ったので、昨日の話を振ってみる。

 

「昨日、茉子とパフェ食べに行ったんだ」

「おぉー、それは楽しそうですね」

「誘い文句はボロクソに貶されたけどな。あいつ、ホント容赦無くこっちを罵倒しやがって……しかもなんだ、俺がナンパしてたっていいじゃねえかよ。肘入れるほどか」

「ふふふっ、マコとカオルは本当に仲良しですね」

「そりゃ姉弟みたいなものだし。ガキの頃からずっと一緒だ」

 

……しかし、たった一日会えないだけでどうしてこんなにも苦しいのか。

将臣の甘さが移ったのだろうか。いつぞや虚絶が言っていたが、俺も覚悟が鈍くなったもんだ。

ふと弁当に目を落としてみると、最後の一口だけになっていた。対してレナは半分ほどで、あいも変わらず早い自分に微妙な感想しか浮かばない。

 

「……ありゃ、早かったな。これじゃ話し相手くらいにしかなれないや。俺だけ喋ってもあれだし、レナはなんか面白いことあったか?」

「んー、わたしはですねぇ──」

 

そんな風にレナの話を聞いて、それなりに楽しかった。

ただ昼食も終われば、また寂しさが飛来する。

 

──恋煩いか?──

 

続く授業の中で、珍しい奴が茶化してくる。無論、そんな筈がない。いやあり得ない。俺が恋などする筈も無ければ、していい筈が無い。

 

──難儀な──

 

よりにもよって、そんな螺旋に落としたお前が俺に言うかと嫌悪感を感じながら、ノートを取り続ける。

しかしふと気になって、奴の素体となったご先祖様は如何にして男に惹かれたのかを考えてみた。

 

……当然だが、俺は虚絶を知っていてもご先祖様については何も知らない。名前くらいだ。更に言えば、この刀が如何にして呪物となったかは、理由は知っていても経緯は知らない。

 

稲上は魔物殺しの一族……なんて聞こえのいい肩書きだが、結局はどこまで行っても人殺しを是としてきた一族でしかない。確かに魔物と呼ばれるものを狩って来たのだろうが、数だけで言えば人間を殺した方が多い。

 

戦いを是とする訳ではない。

殺しを是とする歪んだ血筋。

 

貴族がどうしてそこまで変わり果てたのかはわからない。資料も無ければこいつも語ろうとしない。

だから俺が知っているのは、常に殺しと共に在ったということだけ。

 

──過去を知りたいか──

 

知ったところで何になる。

答えは何一つ変わらない。

 

──虚を絶つ、故に虚絶。そう呼んだのは外部だ。我ら一族にとって、この刀は単にけったいな物もまとめて斬れる、良質な無銘の刀に過ぎぬ──

 

……なんだって?

虚絶が不意に語り出した真実に、心が揺さぶられる。

 

──無銘は苦痛と共に生まれ出た。美しい刀を打つ刀工に、意図して殺人のみを突き詰めた剛刀を要求した。それこそが始まりだ──

 

殺人のみを突き詰めた刀など、それのなんと異端児たるや。

千年前であろうが、刀とは基本的に美術品の側面も持ち合わせている。武器としての刀、美術品としての刀……どちらに比重を置くかは打つ者次第だ。親父は今の時代に合わせて美術品としての面を重んじるが実用品を打っていた方が気が楽だ、なんて言ってたっけ。

 

だが剛刀とは同田貫の類。しかも本拠は九州だ。いくら大元の延寿派の始まりが京都にいたとはいえ、狙って見つけられるものでもあるまい。

時代背景的に考えても、京都貴族の伊奈神が気楽に行けるものではないし、その頃は普通の貴族である以上、本来なら無縁である筈だ。

だというのに剛刀を打たせた。しかも殺人のみを突き詰めた一振りを。

 

──飾りも遊びも皆無、ただひたすらに質素。あの時代として見ても馬上太刀に匹敵する二尺八寸の長物。しかし反りは浅く、全て含めれば三尺以上にも届く。武家はともかく、普通の何もしない貴族ならば無縁……貴様の言う通りだ──

 

打刀の叢雨丸と比較しても、虚絶は確かに長い上に装飾は一切施されていない。ガキの頃から触れていた所為で感覚が麻痺していたが、太刀とも打刀ともつかぬ、刀としてあからさまに異端児である。

一体何のために? わざわざ美しい刀を打つ刀工に無骨な剛刀を打たせたんだ。意図がわからない。無理難題どころの騒ぎじゃない。もはや嫌がらせの類だ。

 

──それはな、端末……いや、馨よ。これを要求した者が、他者の苦痛を是としこれによって生を実感する破綻者であったからだ──

 

その発言に驚愕し、シャーペンが落ちた。

他者の苦痛によって生を実感する破綻者が、美しい刀を打つ刀工に対して求めた苦痛。誇りや矜持を無視して、意図して専門外の事を要求し強要する──打った側はどれほどの苦痛と苦悩を強いられたものか、想像もつかない。

 

──打った者は、破綻者の常軌を逸脱した要求と脅迫により銘も刻みたくない、その刀すら見たくないと忌避した。やがて心を擦り減らし切って生まれた一振りが、人が虚絶と呼んだ刀だ──

 

矜持と誇りある製造者の息子として、これが如何に惨たらしいことか、多少ではあるが理解できる。やりたくないことを強要され、なおかつ異端児を作れと強いられればそうもなろう。

先生に差されたので適当に答えつつ、虚絶の言葉を待つ。

 

──破綻者は求めた、更なる苦痛を。踏み躙り、殺し、奪い、喰らい……その最果てに、復讐鬼と化した"私"に討たれた。その刀を奪い、魔物と呼ぶに相応しい人間を討つべく、貴族だった伊奈神は人殺しを是とする殺し屋となった──

 

呪物と化すだけの土台がありながら、堕天するまで命を喰らい啜った妖刀……叢雨丸のような美しい伝説もなければ、苦痛より生まれ出て、他者に苦痛を与え、そして苦痛を殺す為の苦痛となった人の業。

なんと悍ましい刀か。なんと虚しい真実なのか。

 

──実際、魔物と呼ばれるものも殺したとも。祟り神の類との殺し合いも征した。だがやはり、その刃が求める敵は人だった。あまりにも永き刻の中で、魔が宿る憑代として完成し、悪を以って悪を征する妖刀へと至った──

 

……だが何故、伊奈神京香はこの刀に宿ったのか。この刀の本来の持ち主である破綻者とは何者なのか。そして、虚絶の統括者たる『虚絶』とは何者なのか。

それに関しては一切答えなかった。

 

──そして放課後。帰宅してやったことは家に置いてある虚絶を引っ張り出して、柄を外して茎を見ることだった。

 

無骨な刀剣に銘は確かに刻まれておらず、故に虚絶というその名さえも、誰かが呼んだだけという名も無き刀──ではなかった。

 

「……なんだこれ……?」

 

聞いていた話と違う。自然と疑惑の声が漏れて、表情も怪訝なものに変わり果てる。

とても掠れていてよくわからないが、茎には何かが書いてあった跡があった。

 

銘は確かに刻まれてはいない。

無銘であるのは間違いない。

 

だが何かが書かれていたのだ。

無銘の刀に、何かが──


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