千恋*万花~福音輪廻~   作:図書室でオナろう

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進展

「起きろ、端末よ」

「ぅ、ぉ……ぉぉ……っ」

「──起きろ」

 

眠い感覚から無茶苦茶な引力と共に意識が覚醒される。

眠たい目を擦りながら、眼前のご先祖様にも一つ文句を言う。

 

「フツーに起こしてよ……」

「普通では起きまい」

「否定できねー」

 

フラフラと立ち上がり、洗面所で顔を洗う。

 

「レナとデート、かァ……」

 

言い出した俺が言うのも何だが、あんまりデートという気がしない。

いや、デートというつもりは元々なかったのだが。

 

「うっし、がんばろ」

 

 

俺は人と会うときは必ず30分前に着くようにしている。

別に茉子が相手ならどうでもいいが、仕事柄1分1秒が惜しい場合もある。俺の性質の関係上、起きるのは苦労するが、普段より早く寝れば良いということ。

……昨日はちょっと茉子とサボった件が尾を引いて中々寝れなかったから、虚絶に起こしてもらったが。

 

「……身に付いた習性ってのは、時として何の役にも立たねえな」

 

適当な段差に腰掛けて、プラプラと足を揺らして待つ。

 

──それ見ろ、寝ているべきと言ったではないか──

 

うるさいな、そういう奴なんだから仕方ないだろう。

 

──まぁ良い。でーと、なるものは我には縁無き故、せいぜい足掻くといい──

 

ふん、これでもナンパの経験ならあるから平気だっつーの。

 

──そういうものでもあるまい。女子に恥をかかせるなよ、貴様──

 

……わかってるよ。

それから待つこと30分きっかり。

 

「おはようございます、カオル」

「あぁ、おはよ。レナ」

 

レナは時間ぴったりに来た。誤差はコンマ数秒とかそういうレベルの話で、ここに気質の違いが現れているというべきか。

ただ彼女は改めて俺の姿を認識すると大層驚いたように。

 

「カオル、どれくらい待ったのですか?」

 

と、少し罪悪感にも似た雰囲気を見せながら尋ねてきた。

別に待つのが嫌というわけではない。遅れるのよりよっぽどマシだ。別に誤魔化す必要も無し、なら本当の事を言ってしまおう。

 

「ぴったり30分。人に会うときは30分前に場にいるってのは俺のクセでね。中々意外だろ?」

「確かにカオルらしからぬ話ですね。起きるの大変だったでありましょう?」

「そういうものでもないさ。存外、往々にしてそういう時は起きれるんだよ。じゃ、デートと洒落込もうか」

 

そう言って差し出した手は、すんなりと繋がれた。

 

 

デートコース……なんて言っても、穂織にそんな良いものは無い。大型デパートのある田舎の方がデートには困らないだろう。

これが地元民であれば、そこまで悩む必要も無いのだが──

 

「すごいですよカオル! こんなところがあったなんて知りませんでした! 目からウラ、ウロ……コ? という奴ですね!」

「そうそう、目からウロコね。ま、中々縁の無いところだ。俺みたいな物好きには縁深いが」

 

流石にレナ相手にただブラブラとするのもあれだし、古馴染みの骨董品屋に連れてきた。

ま、骨董品屋と言いつつ、アンティークよりレトロな方が多いのだが、それはまぁ時代の流れから見ても仕方ないこと。俺たちには手も出せないような値段から、ガキの小遣いでも買えそうなものまでピンキリだ。

 

「……ん。どうした、何か気に入ったのあったか?」

 

さっきからレナの視線が釘付けになっているものを見る。

それはやや古風な首飾りであり、五輪の花を模したものであろうか。白と灰色を基調に、所々黒の差し色が入った独特だが美しいもの。価格は少々貼るが、質の良いものであることを祈るばかりだ。

……買うとしたら、であるが。

 

「欲しいの?」

「欲しいと言えば欲しいのですが、あまり付ける機会が無いと悩んでしまいまして」

「あー、旅館だもんな。でもいいんじゃないか? 記念がてらとかでさ」

 

困ったように悩むレナに対して、こんなことを言ってはいるが俺は買い物で悩んだことはあまりないので心中不安である。

欲しいものは買う、欲しくないのは買わない。ていうか考えるの面倒だからそれ以外の判断材料は要らない。

 

……我ながら大変考えの浅いことだ。

 

「むむむ、やはり悩ましいであります」

 

と、ここで妙案が思い付いた。

俺、考えてみたらレナには迷惑をかけてばかりだったな。勝手に睨んで、勝手に記憶を覗こうとして、許してもらったとはいえ負い目があるのは否定できない。

詫びも兼ねていっそ贈り物にしてしまえば……いや迷惑か。好きでもない男に贈り物されても。

 

が、しかし。

結局俺は──

 

「……俺が買おうか?」

 

言っちゃったよ。

 

「はい?」

 

鳩が豆鉄砲を食らったような表情。レナにしては珍しい、そんな顔。あんまりにもおかしくってつい笑ってしまいそうになったが、それを堪えて訳を言う。

 

「贈り物なら、あっても付けない理由が増えてそれっぽくなるだろ? あとついでにお前はタダになるし、俺は色々迷惑かけた詫びになる。どうよ」

 

ところがそれを聞いた途端にレナの表情は呆れたものになる。そして一言。

 

「カオルは変なところで変に気を効かせるでありますね」

「……マジ?」

「わたし、前に気にしてないって言いました。もう忘れたのですか?」

「覚えてるけど俺が収まりつかないというかなんというか……まぁぶっちゃけると贈り物させて欲しいなーって」

「最初にそう言ってくださいよ」

「素直じゃねーのは知ってるだろ。じゃ、改めて……お前に贈り物をしたいんだけど、いいかな? レナ」

 

恥ずかしさを感じながら、苦笑めいた表情をしているのだろうとぼんやり思いながら尋ねたそれは。

 

「はいっ」

 

満遍の笑みとともに受け入れられた。

少し財布が寂しくなったが、とても嬉しそうな彼女の姿と引き換えと考えれば、実に安い話だ。

 

それから骨董品屋を出て、普段は中々お目にかかれないところを紹介していく。

 

「ちなみにあの坂を上ると夕陽がよく見えて綺麗だったりするんだぜ」

「それはロマンでありますね、今度是非行ってみます」

「あとは……そうそう、あそこの花屋は珍しい品種も揃えててな。ついでに花言葉も一緒に書いてあるから贈り花にも安心だ」

 

しかしだ。

そんな風に中々レナが行きそうにない、あるいはあんまり縁の無いところを中心に、それなりに面白くなればと思って回っているが……どう考えてもこれ、観光案内だよな。デートじゃないよな。

……てか、デートって何をすればいいんだろうな? 茉子とだってこんな感じで……バカ! 今はレナの隣にいるんだぞ! 他の女を考えるなど無粋極まりない!

ここは何か、もっと妙なものを──!?

 

「レナ、鮎を食べに行かないか?」

「アユ? まだお昼には早いですよ」

「ちょっとだけだから大丈夫だって。小ぶりだし」

「構いませんけど、どうしたんですか」

「いや、まぁ、色々とね?」

 

我ながら実に無能である。

……さっき他の女の事をとか言った矢先に茉子と将臣がブラついた時のことを思い出してなぞるなど、あぁ……まったく──どこまでも使えない男だ、俺は。

 

 

そうして鮎を食べに行くために、串焼き屋まで歩く。その道中、たわいのない話で盛り上がったり、あるいはくだらないことに微妙な反応をしたり──まぁ、結構新鮮で楽しかった。

 

「そういえば、カオルのご両親の話は全く聞きませんね」

「しても面白くないよ。特にウチの家系は関係性が面倒でな……」

 

そんなこんなで鮎の塩焼きを片手に、二人でベンチに腰掛けてる現在。

 

「複雑なのですね」

「本家と分家はいつの時代も微妙な仲なのさ。……うん、相変わらず美味い」

 

流石に実家の複雑極まりない醜悪な因縁はこの子には伝えたくない。惨たらしい話ばかりだからな。親父もお袋も、その辺りは極めて面白くない、吐き気を催すような思い出がある。

そんなもの考えたくもないし、理解したくもないし喋りたくもない。

忘れるように、鮎の塩焼きをもしゃりながら、その味に舌をうつ。

 

「おぉ、とても美味しいであります! 」

「そいつはよかった。紹介した甲斐があったもんだ」

 

顔を綻ばせて喜ぶレナを見て、俺も嬉しくなる。彼女のこういう可愛い面を見れるというのは中々無いから、結構レアな感じだ。

俺にとってのレナ・リヒテナウアーは基本的に何処か妙な言葉遣いをしながらも、芯がしっかりした強い女の子といった印象がある。

そういうものから逆算していくと、今こうして無邪気にははしゃぐレナは、普段の印象とはまた違った魅力がある。

 

「──美人だなァ」

 

大変絵になる。

金髪巨乳の美少女が、和の意匠を持った独特の衣服に身を包み、鮎の塩焼きを笑顔で頬張っている。

……綺麗だ、本当に。

 

「うん、綺麗だ」

 

比べたりなんだりとかするのは失礼極まりないが、レナは普通の女の子よりも可愛いではなく綺麗が先に来るのだ。

芳乃ちゃんと同じ、と言っても過言ではない。なんのかんので似た者同士なところあるしな。

 

ムラサメ様は尊敬の念が先に来るのでやや例外的な判定。小春ちゃんは言うまでもなく可愛いタイプだ。

芦花さんは……どうだろうか? あの人はお姉さんだから例外的な判定か。

 

──と、そこで。

 

「か、カオル……」

「んぁ?」

 

はたと気が付いた。──何に?

レナが動揺した表情と、赤く染まった顔していることにだ。

何があったのかと周りを見渡すが何も無い。となれば原因は俺にあるわけだ。しかし俺が何か……いや待てよ? 脳裏に浮かんだ可能性、そんな漫画みたいなことが……? とも思いながら、恐る恐る尋ねる。

 

「もしかして、口に出てた?」

「はい……それはもうはっきりと」

 

……どうしよう。

意図せずとはいえ、女の子に正面から綺麗だなんだの言ったのは初めてだ。

 

「あ、あはは……なんちゃってー……」

 

恥ずかしさで思考が一杯になって、何処ぞの忍者みたいなことしか言えない。なんてこったという後悔と、顔の熱でまともではなくなっているのを自覚するが、どうしようもできない。

結局二人して赤い顔で俯き、顔を逸らしながら鮎を食べ進めるしかできない。

 

「……なんか、ごめんな……」

「き、綺麗とか美人とか言われたのは嬉しいからヘーキでありますよ」

 

でも、と彼女は口籠る。

年頃の女の子に綺麗はマズかったかとも思いながら、俺は大人しく次の言葉を待つ。

そして、しばらく待って──ついに少し不安そうに彼女が紡いだ。

 

「──マコにも、そのようなことを言ったことがあるのですか?」

 

言っちゃあなんだが。

それをここで言うかね、君。

 

「あー……そう来たかァ」

 

デートのときに他の女の事を思い浮かべるなど無粋極まりないと言ったのは俺だから、あえてレナを責めたり戒めたりするわけにもいくまい。

なので甘んじて受け入れよう……だが、よりにもよって今ここで茉子の話題か。

……将臣とも、あいつはこんなやり取りをしたのだろうか?

 

モヤモヤする。

甘えられる人を取られたとすら、心の何処かで感じていた。

 

しかし将臣は芳乃ちゃんを選んだ。

……そして茉子はきっと、俺よりも素敵な相手を見つけるだろう。そうに決まっている。

 

思考が混沌としてきたので一度深呼吸して落ち着きを取り戻す。

さて、どう答えたものか。隠すようなことは何も無いが、答え方にも気を配らねばならないのが現実だ。

 

「……んーっとねぇ……言ったか言ってないかで言えば、言ってないな。あいつには」

「マコには、ということは他の子には言っているということでありますね」

「え? いや別にそういうわけじゃないよ。俺が綺麗だって言ったのは、芦花さんと芳乃ちゃんとレナ……それくらいだって」

 

するとレナはなんだかよくわからないけど、なんだかよくわからない小動物めいた大変可愛らしいぐるぐるお目目で俺を叱責した。

 

「ダメでありますよ! そんな風に女の子にすぐ綺麗とか可愛いとか言っては! 大変軽い男だと思われてしまいます!」

「べ、別にいいじゃん。友達にしか言ってないんだから」

「そういうところがいけないのです。カオルは誰にでも、言うべきと思ったら言うのでしょう」

「まぁね?」

「正直レンタロウよりオンナタラシですよ。本当に下心が無い分タチが悪いです」

 

ジト目と共にそんなことまで言われるが、ここまで言われる謂れはない!

 

「そこまで言うか!? てか廉よりタチが悪いってなんだよ!? いやまぁ、確かにさ、俺はアレだよ? そのー……どうしようもなく人間としてはダメな奴だよ」

「そういう話ではないのですよ」

「そうなんだ」

「そうですとも」

 

どういうものなのかね、と思いながら食べ終わった鮎に刺さってた串を弄ぶ。指先でクルクルと回したり、ジャグリングしたり……

 

「早いのでありますね」

「許してくれよ。職業柄だ」

 

レナはまだ鮎が半分より少し少ないくらい残っている。早いのはいいのことだが、しかしこういう時は良くない。

 

「ごちそうさまでした。美味しかったです」

「そいつは何より……さて、次は何処行こうか? 俺の都合で振り回したんだ、今度はお前が振り回してくれよ」

 

正直なことを言えば、ぶっちゃけ俺はネタ切れだ。あとはもう彼女も知ってるところしかないしでかなりマズい。

……穂織ってこんなに何もないところだったかァ……こりゃ客も来ないわ。交通も悪ければ曰く付きの噂もあるし、しかも目立ったものは温泉と刀と舞だけ──よくまぁ、今まで持ったもんだ。

 

「変なとこばっかだったろ? 遠出でも構わないぜ」

「わたしの行きたいところ、でありますか。カオルと色々回れるだけでも楽しいのですが……そうですね、行きたいところは──」

 

純粋に退屈であろうと思って声をかけたが、だいぶ好意的に受け取られていたようで嬉しい。

しかし、レナからの提案は──

 

「カオルの家に行ってみたいです」

「え」

 

……思考が完全に停止した。

そうなりながらもなんとか引っ張り出した言葉がこんなものであった。

 

「女の子ちゃんが男の家に行きたがるって迂闊に言うのは、どうかと思う」

 

将臣や廉ならここで上手く色々な方向に持ち込んで行くのだろうが、生憎と俺はそういうのがいざ目の前に来ると、一般的な反応しかできないというか……そんな経験も無いし。

 

「あはは、カオルは真面目ですね」

「お前だって女の子なんだから、たとえ親しい男でももう少し警戒心をだな」

「そういうことは決してしないと信じていますから」

 

屈託の無い笑顔でそう言われてしまうと、俺はもう困るしかできない。呻き声だか困り声だか唸り声だか判別のつかない声を出しながら、顔の熱さを実感する。

 

「信じられるのは嬉しいけど……ウチ、街の東側の端っこだぞ? ここから行って帰って来るだけで、だいぶ時間食うぞ。やめとけって」

「むぅ、それは残念です」

 

茉子の家が西側の端っこなので、その真反対であるウチは東側の端っこ。この辺に当時の関係性というか、そういうところが見えてくるが、今考えるとたとえ従者やお抱えの傭兵といっても四六時中一緒にはいたくあるまい。

 

というか、未だにそのままだしな。

引っ越しするにしても難しいし、とか色々あるし。

 

まぁどうでもいいんだけどさ。

 

「なら、カオルのオススメのお店に行きたいです! アユを食べたらなんだかお腹空いちゃいました!」

「オーケーオーケー。そういうことなら昼だな、うん。さぁて、なーにあったかなァ……?」

 

物を食べたら逆に腹が減る、なんてのは珍しい。それだけ彼女が元気ということだろう。

……しかし、そんな天真爛漫な彼女であったとしても憑代に引かれ動き出すほどに、それ相応の何かを抱えているんだろう。

──俺では、彼女にとって助けになる友人足り得ないのだろうか?

……少しだけ不安が差し込んだ。

 

 

昼を食って、それからもあれこれ回りながら楽しく過ごしたが──

 

「──結局、ここになるよな」

「半日でほとんど周り尽くしてしまいましたね」

 

2時手前に差し掛かる頃にはもう、目ぼしいところは一通り周り尽くしてしまった。あとはお互い知っているものばかりだし、と考えたときに、レナが「デザートを食べましょう!」なんて言って俺の手を引っ張って田心屋に連れてきたのだ。

 

──めちゃくちゃドキドキしたし、今もしてるんだが、一切表に出していない……つもり。

だってすごくいい匂いするし、柔らかいし、あったかいし。

 

そんな俺の内心を知ってか知らずか、レナはガラガラと戸を開けて店内に入る。……俺の手を握ったままで。

 

「いらっしゃいませ! ……あっ、レナ先輩」

「おぉー、コハル! 会えて嬉しいですよ〜。さっ、カオルも入って入って」

 

どうやら出迎えてくれたのは小春ちゃんのようだ。

グイグイと手を引っ張られて素直に入るが、実際考えても意外な組み合わせなので、俺が顔を出せば小春ちゃんはそれはもう大層驚いた。

 

「へ? 馨さん?」

「やぁ。今デート中。というわけで席空いてる?」

「あっ、はい。ご案内しますね」

 

そうして案内されれば、レナはあっさり手を離して席に座った。

……なんか俺だけドキドキしてたのがアホみたいだ。慣れてないんじゃなかったのか。いや、単にきっとそういうのじゃないはず。弄ばれてはいないはず……

 

複雑な感情を整理しながら座ると、メニューを持ってきた小春ちゃんが一言。

 

「常陸先輩といない馨さんは珍しいね」

「そんなに意外かい?」

「てっきり、何時も一緒だと思ってたから」

「なるほどね。でもこれ以上は無粋だからやめよう。デートの最中に他の子の話はね」

「勉強になります」

「大袈裟だよ」

 

決まったら呼んでくださいと言ってから戻る小春ちゃんを見送った後、レナがメニューを見ながら尋ねる。

 

「……お昼は無粋でありましたか?」

「いや、あの時は俺も他の子を思い浮かべたりしてたから自分のことを棚に上げる感じにしたくなくて黙ってた」

「マコのことを考えていたのですよね」

「まぁ、そうだけど今はお前に夢中にさせてくれ。レナ」

「すぐそういうことを言うのはやはり問題かと」

「ダメ?」

「言い回しがダメです。もっとこう、漫画みたいじゃなくて普通にすると良いのでありますよ」

「そっかー」

 

手厳しいレナに苦笑しながら俺もメニューを眺める。しかしそうか……言い回しか。今度から気を付けよう。

 

その後?

特に何もなかったさ。デザートを食べて、店を出て、また学院でと別れておしまい。

志那都荘へと向かうレナにヒラヒラと手を振って見送っただけだ。

 

「さて……」

 

傾き始めた太陽に向かって歩いていくレナが見えなくなったと同時に、俺は後ろを振り向いた。

もちろん誰もいない──が、しかし俺にはわかる。人にして人ならざる我が身は、こと異質なものを区分することに優れている。特に常人と異なる性質などはよくわかる。

 

──なので、この穂織で最も常人と異なる性質を有しているのは誰か……そう考えたとき、途中から俺を尾けていたのは誰なのかは、あっさりとわかった。

 

「出てこいよバカップル」

「誰がバカップルだ!?」

「バカってなんですかバカって!?」

 

本当に小学生のような挑発に軽々と乗って現れた将臣と芳乃ちゃん。

──昼を食った後からか、こいつらが追いかけてきていることは把握していた。

気配が隠しきれてないというか、俺には確実にバレるというべきか。将臣が特殊性の塊なので、それと同じくして動く気配など自然と絞れるというか。

 

「人のデート覗き見たァいいご趣味じゃねぇか」

「うぐっ、そ……それは……」

 

狼狽える将臣だがこっちからすれば何をしてるんだと言いたくなる。

 

「大方、茉子とムラサメ様が気を利かして二人でデートでもしてこいって言ったんだろ? ついでに足りないもの買ってきてとか」

「すげぇ、全部当てた」

「馨さんは茉子が絡むことになると頭が急に良くなるから」

「よーしーのーちゃーんー? 君の恥ずかしいエピソード今ここで暴露してもいいんだけどー?」

「なっ!? そ、それはやめてください! 子供の頃のお転婆な話なんてしても面白くないでしょう!」

「クハハハっ、悪い悪い」

 

幼馴染特有の脅し合いをする俺たちと、そんな状況に少し微妙そうな視線を投げつけてくる将臣。

ふむ……ちょっとからかうか。今の俺は多分、人をからかう時の茉子のような表情をしているのだろう。顔の動きからなんとなくわかる。

 

「愛しの女が取られて嫉妬(ジェラシー)か?」

「……そうだよ」

 

おや、意外にも膨れっ面だが素直に答えた。と、なれば──

 

「なるほどなるほど。これはもう俺はお邪魔虫だな。ちなみにこの時間帯なら陽が落ちてくるのもそろそろだから、夕陽をバックに……なんてロマン溢れることもできるぞ。あとはごゆっくりー」

「なななっ、なんてことを言うんですか!? で、でも夕陽に照らされてなんて……あぅぅぅ……」

 

ナニを想像したのやら、顔を真っ赤にして恥ずかしげな表情をする芳乃ちゃん。うん、お前がからかうのもよくわかるぞ茉子。

と、帰ろうとしたのだが──

 

「あっ、馨」

「んぁ?」

 

今度は将臣に呼び止められた。

はて、何かしただろうか? いや特にからかう以外に何をしたわけでもないのだが。

そうして不思議そうにしていると、急に真剣な表情になって。

 

「ムラサメちゃんのこと、ありがとな」

 

なんて、頭を下げられてしまった。

どうした急にとも言えなくて完全に困惑する。本当に何か感謝されるようなことをしたわけではないのだが。

あんなもん感情の発露だし。

 

「お、おいおい。頭上げてくれよ。別に俺は──」

「俺、浮かれ過ぎててさ。ムラサメちゃんが寂しくなるとかそこまで頭が回ってなかったんだ。昨日、本人からお前と話したこと聞いてハッとしたよ」

「お、おぅ……?」

「俺くらいしか触れ合えないのに、そんな俺が離れたら元通りじゃないかって。だから彼女と接せる人が増えるようにしなきゃなって思ったんだ」

「……お前、よく自分の女の横で他の女のこと言えるよな」

「真面目なんだよ、茶化さないでくれ」

「ムラサメ様がいなければ呪いの解決も無かったのですから、私たちも少しでも何かお礼がしたくて」

 

あっ、芳乃ちゃんが復活した。

 

「ちょうど常陸さんが色々終わったお祝いをしたいって言ったから、それを上手く活用してなんとかしてみようと思う。馨も、ムラサメちゃんが独りなのは嫌なんだろ?」

「そりゃ尊敬する人、報われて欲しい人が永遠の孤独に包まれたままってのは嫌だよ」

 

そこで先日のレナとの会話を思い出す。信じてくれる人に伝えてみては、と。

 

「……ま、ゆっくりと信用を勝ち取ってくしかねぇわな。ムラサメ様が見えるのは俺たちだけだが、"ここにいる"って知ってる人もいるわけだし──内祝いみたいな雰囲気になるのはどうにも避けられないが、むしろそれくらいでいいのかもな」

「もちろん馨さんも来ますよね?」

 

芳乃ちゃんに言われて、俺ははたと気が付く。

ムラサメ様の存在を明かすということは、必然的に祟り神や呪いとのことを明かさざるを得ないわけであって……つまり俺の──稲上の正体にも触れる必要がある。

流石に祝いの席に暗い話を持ち込むのは……難色を示さざるを得ないのは仕方ないことだろう。

 

「うーん……行きたいは行きたいけど、ムラサメ様の話を振ると色々明かさなきゃいかんだろ? となると暗い話な俺がいても平気かね」

「流石に一から十まで明かすつもりもないよ。その辺は適当にそれっぽいこと言えば大丈夫だって」

「それにレナさんだって、別にあなたのことを全て知っているわけではありません。ただ有事の際に必要な存在だと言っただけですから」

 

それなら安心だ。

ってことは、あれは絶妙にすれ違っていたんだな。褒められたのは嬉しいけど。

 

「了解了解。んじゃ、基本参加の方向で。急な用事が入らなきゃ行けるさ。暇だしね。日時はまだなんだろ? あとで伝えてくれ」

 

いつになるかは知らんが、ムラサメ様を知る人が増えることは素直に嬉しい。あぁ、本当に楽しみだ──

 

「けどムラサメ様って飯食えるのか? 将臣に触れられるけど、他はダメなんだろ?」

「この前パフェを指に取って食べさせてみたらすんなり行ったぞ」

「お前彼女いるのに他の子に指舐めさせるとか変態かよ」

「違うからな! 合意の上だからな!」

「色々試した結果ですっ!」

「なんかごめん」

 

こいつらも楽しそうで何よりだ。

が、そうだな……あいつはどうしてるんだろうか?

 

何処へ行くのかは知らないが、二人に別れを告げて家に帰る俺の脳裏にはやはり──

 

 

 

夜。

家を出て、いつも通りの道を歩き、いつも通りにあいつを待つ。

そして──普段より少し遅く、彼女はやってた。

 

「遅かったな」

「今日はお風呂を貸してもらったので」

「湯冷めしないのか?」

「むしろいい具合に身体を動かせていいんですよ」

「そっか」

 

歩幅を合わせて、茉子とそんなたわいもない話をしながら歩き出す。

 

「レナとデートしたよ」

「知ってます。どうでした?」

「楽しかったさ。俺はね。彼女がどうかは知らないけど」

「きっと同じ筈ですよ」

 

そう微笑みながら言われてしまえば、俺はそう言いくるめられてしまう他ない。

 

「けど、流石にウチに来たいなんて言われるのは想定外だった」

「彼女、中々に小悪魔的ですよね」

「俺を信じてるからそんなこと言ったらしい」

「あははっ、信じられるのは良いことですよ。ワタシだって信じてますもん。馨くんならどうせ手は出してこないって」

「それは男として喜ぶべきか悲しむべきか、どっちかねェ」

「あは、普通なら悲しむところでしょうけど」

「だよな」

 

そうして会話をしていると、いつも通りに分かれ道に差し掛かる。

ただ今日は──

 

「……家まで送ってこうか?」

「どうしたんですか?」

「なんとなく」

「そうですか」

 

苦笑する茉子と、別段何か変なわけでもない俺。

ほんの少しだけ彼女は悩んでから──

 

「じゃあ、お願いしちゃおっかな?」

 

ちょっとだけ照れた顔で、そう言った。

 

「何照れてんのさ。可愛い奴」

「あんまり可愛いって言わないでください。これでも恥ずかしいんですよ?」

「へぇ。お前押されるのに弱いんだ」

「語弊を招く言い方はやめてくださいっ」

「事実だろ」

「そうですけど……」

 

何でか言い澱む茉子を不思議そうに眺めていると、彼女は俺に対して。

 

「馨くんだって同じのクセに」

 

ちょっと赤みの差した頬と、拗ねたような表情で、斬り込んだ一言を放ってくれた。

悲しいかな。まったく反論できないので、俺も奇妙な反応をするしかない。

 

「じゃ相性抜群ってこと? まぁデートで鮎の塩焼きを食べに行くくらい同じだからな」

「何してるの。レナさんとのデートなのにワタシの行動をなぞらないでよ」

「正直、意外と何もなかったんだ。許してくれ。でも……将臣とお前がって思ったらモヤついた」

「あは、嫉妬(ジェラシー)しちゃってる?」

「……するさ、お前は俺にとって……」

 

つい、本音が漏れる。

するに決まっている。しない筈がない。だけど──

 

「……茉子はどうなんだ? 妬いてくれるか?」

「ワタシ?」

 

自分だけが、というのは性に合わなくて、つい彼女に尋ねてしまった。

 

「ワタシは……」

 

視線が逸れる。表情も見えない。

 

「……ワタシも、するかな……」

 

だけどやけに、その言葉から彼女が今どういう状態かというのは連想できた。

きっと、俺と同じだ。

 

……本音を言って、恥ずかしい。

しばらく無言で歩き続け、茉子が足を止める。

 

「ん、ここまででいいかな」

「そうか」

「じゃあ、おやすみなさい」

「あぁ、おやすみ」

 

そうして、俺は彼女に背を向けようとして。

 

「茉子」

「? 何でしょうか?」

 

「……またな」

「またね──」

 

また明日とは言えないけど、また会おうと言ってから、今度こそ、俺は家に戻るのだった……

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