千恋*万花~福音輪廻~   作:図書室でオナろう

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急転

そうして迎えたお祝い当日。

集合時間よりも結構早く着いた俺は、茉子と顔を合わせた。

 

「……と、言うわけで芳乃ちゃんの要請により救援に参った」

「助かります。じゃ、これが献立です。ワタシはこれをやってるので馨くんは──」

 

別に何でもなく、彼女はサラリと流して料理を作り始める。俺も献立を見て彼女のやってないものを作り始める。包丁捌きだけは俺は絶対に人並み以上のものだと自負している。味付けはヘッタクソだが。

 

「あ、それ取って」

「ん、わかった」

 

二人で黙々と準備を続ける。

俺は俺がやって問題無いものを作り、茉子は茉子がやるべきものを作る。そこにそれ以上のものはない。

 

そう、何も介在しない。

ドキドキしないし、いい匂いなんてしない。ごくごく普通の話。

目で追う必要も無い。

 

確かに、俺は茉子が好きだが……別に今まで以上を求める気は欠片も無い。何故か? 俺が彼女に抱く愛は姉弟愛と異性愛と、彼女の優しさに甘える心が入り混じってしまった歪な愛。決して真っ当な愛ではないからだ。

 

それは理屈だ……という人間もいるだろう。

 

だが冷静に考えてもみろ。彼女は俺に弟を求めている。そして俺は彼女を女として求めていると言ったら、互いの認識の不一致から面倒なことになって、お互いに後味の悪い結末を迎えることになるだろう。

 

心の底から好きだからこそ、それだけは避けなければならない。

 

──なーんて考えて、呆れたため息しか出てこない。

……いや本当に、俺は茉子しか見えていないらしい。というか茉子以外に惚れそうな女はいないと断言できるほど茉子に夢中だ。

 

割とレナや芦花さんに心惹かれてそうなものだと自分でも思ってはいたのだが、驚くほど冷静かつ的確、そして絶対的にそうではないと断言できる。

 

ならば俺は、茉子が望むなら彼女の弟分であり続ける。惚れた女に望まれているのならば、それはそれで悪くない。個人の心としては、それ以上になれたらなぁとは思わなくもないけど、俺は人を不幸にしてしまう考えや事情が多すぎる。

ま、好きな人の幸せを横目で見れるなら、なんでもいいさ──

 

「馨くん?」

「いや、なんでも」

「変な馨くんですね」

「そうかァ?」

「そうですよ」

「そっか」

 

そんなやり取りをしてみれば、クスクスと笑う茉子に吊られて俺もケラケラと笑ってしまう。

 

──初々しいな。もっとガツンと行かんか──

 

いや、枯れた身みたいなもんだし……

 

──男ならがっつけ。狼になれ。甲斐性を見せろ。大抵こういう場合というのは、お互いに満更でもなかったりするのだ──

 

お前もわかってんだろ? 茉子はあくまでも俺を弟としてしか扱ってない。だっていうのにそういう風に立ち回ったらアレじゃないか、インモラルじゃないか。

 

──今更いんもらるもクソもありはすまいて……重症だなこれは──

 

何がだよ。

 

──もういい、面倒な奴らめ。我に話かけるな。こんな面倒とは思わなんだ──

 

お前から声かけてきたんだろ!?

めちゃくちゃ言うなやお前な!

 

──まったく"私"に似たのか、"アレ"に似たのか。いやどちらにも似たのか。この面倒臭い恋愛感情もそうだが、余計なところばかり似おってからに──

 

という独白を吐き捨てるように呟いた後、虚絶は俺からの呼びかけを無視するようになった。

好き放題言ってこれとか本当にご先祖様過ぎて何も言えない。こういう余計なところも似たのだろうか? いやまぁ、ウチの家系はみんなこんな感じだしなァ。

親父も婆ァも伯父貴も、本性は面倒というかややこしい人だし。

 

「……ふっ」

 

まぁいいか。

茉子の隣は、今だけは俺のものだ。

 

──ほんの少しだけ。

こんな俺を、彼女の隣にいさせてくれ。

ほんの僅かな時間でも……

 

──それなりに面白い感じだな──

──面白いけど、趣味悪いわね──

──そういう人間だからな──

──知ってる。けどどうするの?──

──恋煩いはどうしようもない──

──使えないわね。過去の力も何も意味もなしていない──

──愛は狂気であり、そしてあらゆる要素に対して勝るものだ──

 

──だから/故に──

 

──今度こそ殺してやる──

──今度こそ死に絶えろ──

 

「……んでさ、生物はいつ届くの?」

「有地さーん? いつですかー?」

「あ、それなら3時くらいって」

「そりゃ二人で回すには無理だな。虚ぜ……あダメだ。あいつ拗ねて口聞かねえ。将臣、お前できる?」

「え、俺? 見栄えも味も保証出来ないぞ」

「無いよかマシだ。あとは芳乃ちゃんや安晴さんにも手伝って──」

「それはダメです。ワタシたちでなんとかしましょう」

「将臣、芳乃ちゃん、安晴さん。この石頭説得しよう」

 

──結局。

中々折れない茉子を見兼ねて将臣がレナと小春ちゃんに救援を求めたくらいで、芳乃ちゃんと安晴さんによって彼女の砦が陥落され、なんとも言えない雰囲気の中二人がやって来てしまい、もうどうしようもねぇやと準備を進めることになった。

 

まぁ、人が増えることはいいよな。うん。

 

 

 

「背中にへばり付くのはあまりよろしくないかと思うけど? ムラサメ様」

「やかましい。吾輩にも色々あるのだ」

 

客も揃って配膳を始める中、姿を消して将臣の背中にへばり付くムラサメ様を発見したので、虚絶のように見えなくした腕を伸ばして彼女を呼び止めた。

なんで見えたかって? メガネ様様ってことで。ピント合わせりゃ見えるのさ。余計なもんまでな。

 

「恋人持ちの男だよ?」

「吾輩にはご主人以外の何者でもない」

「違いねえ」

「恋か何かかとも、最初は思ったのじゃがな」

「え」

 

ムラサメ様の口から恋とか飛び出してきた所為で、極めて間抜けな声しか上げられない。きっと表情も間抜けなものだろう。

 

「だが相棒、戦友、友人──いくらでも当て嵌まるが、恋だけは絶対に違うとわかった。恋であるのならば……吾輩はもっと喰い付いたであろうからな」

「わぁお、肉食系」

「温もりに飢えておるのは事実じゃろう。一度だけ抱いてくれとでも迫ったろうさ。まぁ、そういう意味では惚れているのじゃな」

 

クツクツと笑いながら、ムラサメ様は心酔する的な意味で惚れていると発言した。

そんな彼女に、やはり俺は畏敬の念を抱く。純粋に、カッコいいのだ。そうした感情を正確に理解し、己を律し、自己を確立しているというのは。

 

──男の子なら憧れて当然だろ?

 

……だけどきっとこの人は、その憧れはダメな憧れだと優しく正してくれるんだろうけど。

 

「というか馨。油売ってていいものか?」

「大丈夫。ちょっとくらいは──」

「馨さんっ、仕事してくださいっ」

 

ヒョイと顔を出した芳乃ちゃんに怒られる。

 

「怒られたのぅ」

 

──全然大丈夫じゃなかった。

 

「さぁて仕事仕事……おい廉、テメェも来いよー。どうせ暇してんだろー?」

「お前、俺を口実にサボろうとしてない?」

「にゃァん、別にィ?」

「キモっ」

「ひでぇ」

 

廉のガチで嫌そうな顔を見て、ちょっとショックを受けた。

いやお前……友達だからって言っていいことと悪いことあるんだぞ?

 

割とガチで凹みつつ、配膳を続け──不意に、駒川と目が合った。

 

「やぁ」

「よぉ」

 

普段通りの、味気ない挨拶と絶妙に合わない視線。奴はいつもと同じように、少し寂しげな笑顔を見せる。俺はどうしたらいいのか、実は未だにわからないから……ただ顔を逸らして、黙るしかできない。

 

「あー……その……なんだ」

 

ただとりあえず言うべきことがあるのは事実。

しかし俺の深遠を知る人間はほとんどいないので、下手に妙なことを言ってはならない。故に──

 

「色々、言ったわ。うん」

 

端的に伝えること。

それが最適解だ。

 

「そっかぁ。言えたんだね」

「あぁ、言えた」

「でも変わらないんだろ?」

「根本だけはな。変えられない」

「それでいいさ」

 

珍しく安堵した表情と声で奴はそう言い、俺の頭をクシャクシャと撫でる。もうそんな歳でもないのだが、散々迷惑をかけたんだ。これくらい安いものだ。

 

「もういいだろ」

 

ただまぁ、口と身体は素直じゃない。

恥ずかしさに負けて、頭を撫でていた手を掴んで離させてしまう。

そんな様子を見て、奴はケラケラと笑う。

 

「素直じゃない奴」

「うっせ。今日はパーっと騒げ。んで寝ろ。たまにはしっかり気晴らししとけ。俺もあんたも、似たようなもんだからな」

「心遣い感謝するよ」

 

周りの奴らはまだ俺たちに意識は向けていないが、しかしあまり話し込むのも考えものだ。それに俺と駒川の間に飾った言葉は必要無い。

──これだけでも十二分だ。

 

「あ、お酒は程々にするんだぞ」

「わかってるってばっ」

 

……訂正。

信用されていなかった。

別にいいじゃん、ビール瓶一本空けるくらい……

 

 

そんなこんなで準備は完了。

あとは乾杯を残すのみとなったのだが……

 

「普通なら僕が何かを言うべきだろうけど、それじゃつまらないので、将臣君から何か一言言ってもらってからにしよう」

 

ここで安晴さんまさかのキラーパス。

ギョッと目を向くこの間抜けが、昨日俺の真実に踏み入ってきた男と同じとは思えん。

 

「いやいや。俺じゃダメでしょ安晴さん。ここはやっぱり、朝武さんとか常陸さんとかがやる場面ですって」

「あ、ワタシは丁重にご辞退申し上げましたので」

「私もなので、是非有地さんに」

 

とても素晴らしい笑顔とまるで音符が付いていそうなくらいに弾んだ声の茉子。対照的に、控えめに微笑みながらキラーパスをぶん投げる芳乃ちゃん。

一瞬で勝てないと悟ったのか、視線は俺へと向けられる。

焦った表情が面白い。

 

「馨っ! 頼む! お前慣れてるだろ!?」

「はっはっはっ。そんなの思えるわけねぇし選べるわけがねぇよ。面倒は嫌いだ、ふざけんなってな!」

「敢えて昨日の言い回しするかお前!?」

「まぁ俺のキャラじゃないし諦めろや。お前がやれ。面倒嫌いだし。つかやりたくないし」

「……えぇー」

「まぁどんなこと言っても許されるさ。気にせずやれよ」

 

付き合ってられんと横になる。

ただし位置の関係上、俺の眼前に広がる光景は茉子の(自称)太いおみ足という楽園である。

 

「わぁお、眼福」

 

とても眼福。

めちゃ……いや、品が無いからやめておこう。

 

「っ!? 見ないでくださいっ」

 

しかし顔を真っ赤にした茉子は、グイッと下腹部を隠すように服を掴み、そしてついでに俺を押して反対方向に向かせてしまった。

 

ちぇーっとか言いながら身体を起こす。

向こうでは将臣と芳乃ちゃんがあれこれと揉めてる。あ、ムラサメ様が将臣を丸め込んだ。

で、硬い挨拶から行ったら旧友に茶化されてやんの。プークスクス。

 

「今日は憑代を無事奉ることができたお祝いなんだけど、まぁ色々知らない人もいるから、とりあえず事情を説明させてくれ」

 

おっと、本題かな。

 

「本当に祟り神って存在がいてさ、まぁ夜な夜な暴れてたんだよ」

 

……あれ? ムラサメ様の紹介も兼ねてるのにそっち行っちゃう? 普通にムラサメ様を紹介すりゃいいのになんで……?

 

「それを朝武さん、常陸さん、そして馨が今まで命を賭して祓ってくれていたんだ」

 

厳密には違うと突っ込もうとしたが、当然ながらその辺はシケた話になるのでやめておくことにする。祝いの場には似合わない。

 

「えぇーっ!?」

「じゃあ、伝承は本当にあったことなんだ……」

「いやいや、冗談キツイぜ将臣。流石に嘘……いや待てよ? おい馨、お前よく駒川先生と追いかけっこしてたけど──」

 

疑惑の視線がこちらに突き刺さる。

仕方ねえ……言うか。

 

「ま、俺は三人とは違ってちょいと傷が出来やすかっただけだ」

「ついでに治りやすい身体だからと言って医者に報告しなかった悪ガキさ」

「駒川ァ!?」

 

予想外の伏兵である。

お前が言うのかよ。てか納得したような顔をするなそこの今知った三人。

 

「ごめんごめん。でも追いかけっこの理由まで聞かれそうだから先手を打っておかないと」

 

駒川の言ったことも事実だが、とにもかくにも、話は元に戻さねば。

 

「まぁそうだけどよ……とにかく、ほら、アレあったろ。俺や将臣が倒れた話。あれの真相は祟りとの戦いってワケ」

 

補強がてらそう言うと、いの一番に食い付いたのは小春ちゃんだった。

 

「本当ですか? 巫女姫様」

「はい。全て本当の事です」

 

こくんと頷き、しかしと続ける。

 

「それももう終わり。憑代を奉ることで祟り神の怒りは鎮められました。あんな事件は二度と起こりません」

 

……まぁ、不安要素はあるがと付くが。

このまま何も無ければいいんだがね。

 

「そ、それなら良かったけど……」

「なるほどねぇ、こりゃ色々としか言えんわな……ビビったけど」

「裏で色んなことがあったんだね。全然知らなかったよ」

 

芦花さんと廉はスッと飲み込んだようだが、小春ちゃんは少し不満気……というか、色々と感情が見えている。まぁそれだけ将臣が愛されているということだろう。

……ふと思ったけど、従兄妹同士ってどうなんだ? 近親相姦になるのか?

 

いやまぁどうでもいいか。

結局くっ付いたのは芳乃ちゃんとだし。

 

「それでなんだけどさ、三人はムラサメ様の伝説を知ってるよな」

「うん、御神刀を作るために人柱になった女の子の話だよね。でもまー坊、それとこれって何の関係が……?」

「この話のオチは、ムラサメちゃんは実在するっていうところに繋がるんだ。こんな風に」

 

と、将臣は座っているムラサメ様の頭を撫でる。しかし見えない人間には虚空に手を置いているようにしか見えない。特に今日知った三人は目を見開いている辺り、かなり異常な光景のように見えるのだろう。

──俺は見える見えないも自由だし、違和感も無いのだが。

 

「ずっと昔からここを守り続けていたんだ、ムラサメちゃんは。だから多くの人に知って欲しい。ほとんどの人には見えないけど、俺たち見える側がその橋渡し役をすればいい」

 

そんなカッコいいことを言っているが、ムラサメ様を撫でているので割と締まらない。気恥ずかしそうなムラサメ様はレアな光景だ。

しかし将臣は急に視線を俺に向ける。

 

「んでさ、馨もちょっと顔を出させてやったら?」

 

顔を出させる、とは。

つまるところ、虚絶を出せというのだろうか。あの女を? いやまあいいんだが……

 

「それ必要?」

「あの人も昔から戦ってきたろ」

「……わーったよ。皆さまあまり驚かれないように。俺のご先祖様の慣れ果てだからな」

 

そう言って手を前に伸ばす。

発言の意味がわからない人の方が多く、中には首を傾げているのもいる。玄さんですら怪訝な顔をしている。そんなに……いや不思議だわ。

 

そうして強制的に外に出す。

シトシトと黒い雫が俺の腕から垂れる。それが床に黒い沼を作り上げ、人型がその中から浮かび上がってくる。

 

真っ黒な人型。

ホラーすぎて小春ちゃんが怯えてる。

 

「……祝いの席に我を呼ぶとは、余程面白い男だな……神刀の担い手」

 

黒い人型が響是津京香と呼ばれた人型を形成し、黒い沼は消え、彼女は開口一番将臣にそんなことを言った。

 

「童どもには、改めて名乗ろうか。我は虚絶。貴公らには響是津京香の方が通りが良いか。まぁ、そういうことだ」

「……つまり何? お前はその……よくわからない存在みたいなご先祖様を親戚って紹介したの?」

「だって楽じゃん」

「マジかよ。そりゃ子持ちなワケだ」

 

ショックを受けた廉には呆れ返るしかできん。

 

「もういいか。我は貴様の、そのどうしようもなく面倒な感情に頭を抱えているのだ。故に端末よ、しばらく起こすな。我は寝る」

 

しかし虚絶は面倒くさそうにそう言い捨てて、俺の中へと戻っていった。そんなに嫌か。てかそんなに俺の頭の中に頭を悩ませるのか。

 

「き、消えちゃった」

「あー、大丈夫だよ芦花さん。どーせ人の頭ン中勝手に覗いて勝手に疲れてんだ。いい気味だよ」

「なんだか複雑なんだね」

「単に子孫とご先祖だけじゃ表せないのは事実だけど、複雑かどうかはまた別だよ。あ、ちなみにレナと将臣、それから茉子と芳乃ちゃんは初めからムラサメ様が見える組で、見えてないけど知ってる組が玄さん、安晴さん、駒川。んで俺は最近見えるようになった組ね」

 

あ、廉が玄さんを問い詰めに行った。

やれなんでそんな女の子の事を教えてくれなかったんだとか……お前ブレねぇな!

 

「あー、将臣。そろそろ締め入っとけ。俺の所為で余計長くなったしな。飯も冷める」

「と、いうわけで今日はムラサメちゃんもいるし、気になる事とか話したい事あったら俺とかの見える組に言ってくれ。間に入るから。以上! 憑代が奉られて良かったね! これで穂織は安寧だ! 乾杯!」

 

高々とグラスを掲げる将臣。意外と様になっているが中身はウーロン茶だ。俺? そりゃビールよ。飲みすぎなきゃいいってお墨付きだ。存分に楽しませてもらうんだよ!

 

『乾杯!』

「……乾杯」

 

ただやっぱり、自分が此処に出て良かったのかなと思うところがあり、少しだけ遅れてしまった。

 

──それからはどんちゃん騒ぎだ。ムラサメ様への質問、将臣の余計な一言で芳乃ちゃんが妬心を燃やしてあーんしてたりなんだり……大人組は酒も入ってなんだか楽しそうだし。

 

「──」

 

久しぶりに飲むビールの味はわからない。美味い飯に楽しい時間……あとは酔いを回す酒。充実感と満足が先に来て味とかそういうのは後回しになっている。

でもそれでいい。

一歩引いたところから見守っているのがちょうどいい。

 

「何黄昏てるのさ」

「テメェもよく知るネタでだよ」

「そうかい。じゃあほら、注いでくれ。実は楽しみにしてたんだぞ? 君とこうしてお酒が飲める日をね」

「親かってーの」

 

ヒョイと横に来て、空のコップを差し出してくる駒川に対応しつつ、本当に親のような奴だなァ……としみじみ思う。親代わりと言っても過言ではない。別に親父やお袋から愛情を感じなかったとか、そういうわけではないが……

 

「なぁ、駒川──」

「おい馨! お主もこっちに来い! 主役であろう!」

「あー、悪りぃ。呼ばれたから行ってくるよ」

「あぁ、行っておいで。君も楽しめよ?」

「言われなくても──はいはい、行くよ! ムラサメ様は寂しがり屋だなァ!」

 

──やれやれ、今日は楽しく忙しそうだ。

 

 

その後は色々あった。

掻い摘んで話すと、将臣が玄さんに勧められた酒で酔い潰れたり、芳乃ちゃんが慌てながら介抱したり、酔った廉がモテないことに泣き出したり……あとは芦花さんも彼氏が出来ないことを嘆いてたな。

 

……あれ? なんか大抵モテないことに嘆いてるなコレ。まぁ田舎だし……顔見知りだしなぁ。

 

「よし……と」

 

結局夜遅くまでやったが、酔い潰れそうになってる大人や片付けも考え出すと、あんまり回ってない組が色々を世話を焼こうとしてしまう。

今日はもういいだろ? なんて駒川に丸め込まれて俺は大人しくしていたが、まぁそれも悪くない話だ。

 

潰れた将臣は芳乃ちゃんに任せればいい。頭が回ってる廉と小春、それにレナが完全に酔いが回った玄さんのフォローをしながら帰っていった。駒川も芦花さんも帰ったし、あとは後片付けに不備がないかを確認するだけ。

 

……まぁ、あれやこれやと語ってはみたが。

 

結論から言えば、俺たちらしく、グダグタとした終わりだったということさ。

 

「月、デカイな」

「そうですね。今日は一際」

 

だからこうして茉子と帰るのも、当然と言えば当然だ。

 

「そうだ。どうでもいい話だけどさ、月が綺麗ですねってのは信憑性の無い俗説なんだとよ」

「それ、今言うことですか」

「話題がねぇんだよ」

「今日のお祝いの話題があるでしょう」

「全部楽しかったろ?」

「それは極論」

「手厳しい」

 

笑い合いながら歩く、月下の道。

いつも通り、何も変わらない。自覚しようが何をしようが、何一つ変わることもない。

 

そう、変わるはずなど無かったのに。

 

「あの……馨くんはさ」

「ん?」

 

不意に茉子が真剣な表情で俺と向き合う。

そして──

 

「好きな子とか……いるの?」

 

なんて、いきなり言ってきた。

 

「えっ……あー、そういうこと。まぁお前も色々あるもんな。特に願いの話とか」

 

──どうしよう。

まさか眼前のお前が好きな子ですなんて言えるわけもなし。別に好意を伝えても結ばれるつもりは無いと言えばいいのに、何故かそれは絶対に出来ないと確信した。

悩んで、悩んで、悩んで、悩んだその果てに、困ったような顔と共に口にできたその言葉は──

 

「いないかな」

 

なんともつまらない、そしてなんとも臆病な嘘だった。

 

「そっか」

 

茉子はそれを何でもないように受け止めて、何でもないように返した。

そうして無言のまま、いつも通りの別れ道に到着する。

 

「またな」

「うん。またね」

 

微笑む彼女と別れて、やはり何一つ変わりない日常だったなと今日を締めくくりながら、俺は一人家に向かうのだった……

 

 

 

「楽しかった?」

「ああ。普段とは全く違って、話せぬ者とも話せたし、食べれぬ馳走も食べられた。これが楽しくない訳がなかろう」

 

馨と茉子が別れたのと同時刻。

ムラサメと将臣は、外で月を眺めながらそんなことを話していた。

 

「のぅ、ご主人。吾輩が人柱になる日もな、こんな月の夜じゃった」

「そうだったんだ」

「消え逝く灯のような扱いじゃった。多くの者が別れを惜しみ宴を開いた……そして吾輩はこう成り果てた。だというに、五百も経ってみればかつてと似ているようで、しかし確実に違っている事が起きるとはな」

 

寂しさを含ませた笑い声が響く。

しかし次には花が咲いたような笑顔を彼女は見せた。

 

「じゃが、嬉しかったぞご主人。今、吾輩はここにおる……それが実感できた」

「なら良かったよ」

「さて、そろそろ冷える頃合いじゃろう。戻って芳乃の温もりでも分けてもらえ」

「前々から思ってたけどムラサメちゃんも結構アレなところあるよね!」

 

このネタでからかわれるのは一体何回目だろうか。まだキスもできていないと言ったら馨は吹き出すほど驚いていたし。

応援してくれるのは嬉しいが、どうしてこうみんな微妙な感じなのか。一番まともにアドバイスしたり応援してくれるのが女に飢えている廉太郎だけというのが、将臣の中でなんというか腑に落ちない。

……なんだかこう、ちょっと違くね? とか思ったりするのだ。

 

「けど風邪引きたくないし、戻らないとな」

 

そう呟いて立ち上がり、隣にいる戦友に微笑んで手を伸ばす。

 

「これからもよろしくな、相棒」

 

その手をがっしりと握り、彼女もまた微笑む。

 

「応さ。こちらからもよろしく頼むぞ、相棒」

 

 

 

そうして二人が戻ると、ゆらりと影から人が現れる。

 

(……行きましたか)

 

──それは茉子であった。

彼女はそのまま本殿の扉を開け、中へと入っていく。事前に安晴から借りていた鍵を使ったのだ。

 

彼女の前にあるのは、静寂と憑代のみ。

 

「ワタシのご先祖が残した呪いは……もう、終わったんですよね」

 

今の今まで罪滅ぼしの為だけに人生を費やしてきた。だがそれももう終わり。中々決心が付かなかったが──彼女は今日のお祝いと、馨との少しのやり取りを通して、ずっと昔から抱えていた本音と向き合うことを決意した。

 

これからの人生は、そのために使うと。

 

自然と言葉が紡がれる。

 

「ワタシは……人として、人間として生きて──」

 

その続きを言おうとして、止まる。

何もかもわかっているのに、言えない。

 

だけどもうそれは終わるのだと決めた。振り払うように、彼女は本音を曝け出した。

 

「好きな人に好きだって言って、抱き締めたり温もりを感じ合いたい……」

 

言い切った途端、ストンと何かが落ちたような感覚がすると同時に、彼女の中に眠っていたモノがはっきりとした形になって現れる。蓋をしていた筈の醜悪な感情が滲み出る。

 

好きな人……とは誰か。

 

──ワタシから離れない人。

──ワタシが離れられない人。

──ワタシが求めてる人。

──ワタシを求めてる人。

 

茉子はその答えを知っている。

だけど自分はその人の隣にいる資格は無いとわかっている。醜く歪んだ狂気に従って男女としての温もりを求めてしまうなんて、純粋に慕ってくれているその人への裏切りに等しい。

わかってる……わかってる。その人が女としての自分ではなく、姉としての自分を欲しているのだと。だけどそれでも、それでもとそれ以上を望んでしまう。

 

……けど、自分では彼を幸せにはできない。何処まで行っても自分たちは姉弟モドキ。他ならぬ彼が言っていたこと。抱く愛は姉弟愛と異性愛と、彼の優しさに甘える心が入り混じってしまった歪な愛。決して真っ当な愛ではない。

姉を求める彼に、女として接しようだなんて不幸以外の何者でもない。だから──

 

──ワタシは彼と結ばれちゃいけない。彼の本当の幸せと時間を奪ってしまうから。

 

そうに違いない。

決まっている。

だけどそれでも、心の底から好きだから。彼が望むのであれば、姉として。好きな人の幸せを応援したい。

 

……同じ人なのに、人として生きられなかった人。

その人と、人として──

 

「あは──愛おしいですよ……」

 

溢れ出す感情は、理性で押し留めるのも不可能だった。

彼女は今、かつてないほどに本心を剥き出しにしている……

 

──ミツケタ──

 

……刹那、無音の中に音が響いた。

扉は閉めてあるのに、何故か嫌な風を感じる。

 

──コイガシタイ……アイシタイ……ソノカンジョウ──

 

──アネギミト、オナジネガイ──

 

──アイスルトハ、ナンダ──

 

「──何者ですかっ」

 

周囲を見回しながら声を張る。

しかし音とも声とも取れない何かが、空間に響き渡るのみであり、茉子以外には「何もない」……

 

「……」

 

クナイを抜き、構える。

 

──そして、ゾワリと背筋が凍った。

祀られている憑代と呼ばれる水晶から黒い靄が立ち上っている。

そしてその靄からシトシトと暗く黒い雫が垂れ落ち……床に沼を作り上げる。

 

──インネンカ。ソノチガナガレルオマエガワタシノモトメルコタエトオナジトハ──

 

その中から、何かが生まれた。

獣の如き四足歩行の影。

赤光の瞳、剣を連想させる尾。

 

それは──あの日見た、完全な姿となった祟り神。

 

「──そんなっ!?」

 

動揺が先走った。普段の冷静さが消し飛んだ。終わったはずなのに、どうして、どうして──!?

呪いの再来。

終わっていなかったなんて……!?

 

完全に顕現すると同時に、彼女めがけて飛びかかる祟り。

思考が動揺一色に染まり上がっていた茉子の反応は、一拍どころか二、三拍遅れている。

 

無論、回避も防御もできない。

得物がクナイである以上、大物の突進は避けることでしか対応できない。しかし避けられもしない、防げもしない──

 

(……あは、ここでおしまいですか……)

 

胸に飛来するのは無念。

 

(せっかく、決意したのになぁ……)

 

こんなところで終わりたくない。

やっとひと段落ついて、やっぱりと思ったのに。

 

(……皆さん、ごめんなさい……)

 

だけど現実はどうしようもない。

馨くんも、こんな風にどうしようもない現実に打ちのめされたのかな──? なんて考えて。

 

(先に逝ってるけど……ちゃんと生きてね……)

 

ただ一人。

弟のように思っていても、ずっと心惹かれて想っていた男の子の、寂しげな笑顔を思い浮かべながら、その意識を闇に沈めた……

 

 

 

──筈だった。

 

不意に意識が浮上する。

 

(閻魔の審判はえらく早いものですね)

 

なんて内心自嘲しながら、瞼を開ける。

しかし祟り神の姿もなければ、本殿は何一つ変わっていない。

 

(──どういうこと? アレは幻覚なんかじゃない……なら、何もしなかった?)

 

血筋的に憎んでいる自分に何もしないなんてあり得ない。

もしかしたら、芳乃様に──!? そこまで考えて、考えよりも行動よりも先に声が出る。

 

「わんっ!」

 

……茉子の思考は停止した。

 

(犬の鳴き声……? それに、なんだか視線が低い。足元に散らばってるのは、ワタシが着てた服……!?)

 

 

その時。

子犬の鳴き声が、満月と星々の輝ける夜に木霊した。

 

それはまるで母を求める鳴き声のようでもあり──

 

いいや、敢えてこう言おう。

 

ただの困惑した咆哮だった……

 




Chapter5があまりにも長くなりそうなので、大体半分ほど出来上がり次第一旦投稿したいと思います。
いやぁ……また膨大な文字数になりそうで……しかも話数も多くなりそうで。
3月の終わりまでには何とか半分行きたいなぁ

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