千恋*万花~福音輪廻~   作:図書室でオナろう

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と、とりあえずキリがいいとこまで行ったから投稿……でもまだフルは終わってません……ごめんなさい


Chapter5 恋心
子犬


「……ぁんだよ、うっせぇな……」

 

俺が早朝に起きたのは、珍しいことにキャンキャン犬が吠えているからだった。家の前でキャンキャン鳴いてやがる。クソうるせぇ。しかもなんだ、この辺で犬飼い始めたなんて聞かねえから、野良だよな。

 

……仕方ない。

野良なら追い払うか。

 

「ギャーギャーうるせーんだよ、ったく……」

 

文句をボヤきながら玄関を開けると──

 

「わんっ!」

 

漆黒の塊が俺に飛び込んで来た。

 

「おわっ!?」

 

急な対応もできずにそれを胴に喰らう。咄嗟にそれを抱え込みながら、倒れ込みそうな身体をなんとかして押さえ込む。

 

「なんねなんね……」

 

なんだと思って視線を下に向けて見れば。

 

真っ黒い子犬だった。

 

いや、真っ黒い子犬というのは語弊がある。正しくは泥に汚れた子犬だった。白い毛が漆黒と勘違いするほどに汚れている。ウルウルと俺と視線を合わせて同情を誘うような声で鳴いてくるし、テシテシと前足で俺の胸を叩いてくるが、生憎と犬語はわからない。

 

「……あー、服が汚れちまったな」

 

懐かれる要素など無いはずなのだが、動物の相手をするのは嫌いじゃない。というのも、奴らの自由気ままさは尊敬にすら値するから……って話なんだが。

 

つーかこいつ、飼い犬か?

……んー、首輪もねぇし違うのか? まぁウチで預かってもいいんだが……

 

「てかなんだお前。さっきから申し訳なさそうに鳴いたりショボくれやがって。人間みてぇだなオイ。……まぁ、とにかく風呂入るがてらこいつも洗うか……」

 

服が汚れちまったと言った時、何処か申し訳なさそうな雰囲気をしたり、そんな感じの鳴き声を上げている辺り、かなり賢いというか、人間慣れしているのやもしれん。

まぁ、いいか。

猛烈に抗議したそうにキャンキャン鳴き始めた子犬を無視して、俺は家の中に戻るのだった……

 

 

 

 

(いやいやいや、ワタシですよワタシ!! 茉子ですよ!?)

 

しかし当の子犬……というか子犬になってしまった茉子はそれどころの騒ぎではなかった。

昨晩祟り神と接触したと思われる結果、何故か子犬になってしまった彼女だが、芳乃の安全を確認することもできず、不慣れな犬の身体に振り回されて散々苦労し、挙句疲れて寝てしまい、やっとのことで恐らく自分だと分かるであろう馨の元に向かったのだが──

 

「なんだよその視線は。新聞紙の上から動くんじゃねーぞ。床汚れるから」

(ダメかぁ……うう、わかるって信じてたのに……)

 

……このザマである。

必死になって行ったというのに、一切気付いてもらえずに完全に子犬扱い。泥だらけの身体の所為で今は新聞紙の上にチョコンと座っている。

 

「さて、風呂付けるか」

「待て端末よ」

 

風呂を付けようと動いた馨を止めるのは、突如として実体化した虚絶。

今度こそわかる人が来た! そう喜んだのだが……

 

「この犬、どうにも穢れめいたものを感じる……巫女姫の家より貰った温泉水があったな。あれを使え」

「あー、この前のね。お前がそういうならそうなんだろ。わかった」

(嘘でしょう!? 虚絶ですら気付かないって今のワタシどういう状態なんですか!?)

 

鼻の効く二人がこのザマでは、もはや終わったも同然。

 

(あれ? ということは……ワタシって気付かれない? これヤバいですね、果てしなくヤバいですね──どうしよう)

 

望みが絶たれた。ので自力でどうにかするしかないが、どうしようもない。チェックメイトという奴だ。

 

「……なんだ子犬よ。我を見て」

(気付いてください〜!)

「鳴かれても困る。が、しかし……この感覚は何処かで……?」

(ワタシです……常陸茉子です……今、あなたの頭の中に呼びかけています……常陸茉子なんです……)

「いや、そんな筈はあるまい。人であるのならばもっと露骨だ」

(気付いてない!? もう、どうすれば……)

 

最後の希望すら無残に千切れた。

縋るものなど何も無い。ガックリとうなだれて、悲しげに一つ鳴く。

 

だから彼女は聞きそびれたし、見そびれた。

 

「……そうか、貴様か……」

 

小さく呟かれた言葉と、あまりにも愉悦に歪んだ亡霊の表情を。

 

「あとは風呂が沸くまで待機。んで風呂上がったら洗濯か。寝間着汚れたし……やること多くて困るわ」

「安心しろ馨。朝餉と服の用意は我がやっておく。ついでに洗濯も回しておいてやろう」

「助かる。任せた」

 

風呂場から戻ってきたのは下着一丁の馨。なんでもないように転がってたズボンを履いて座っているが、中々見ないものを見てしまって、ついつい視線で追ってしまう。

 

(うわ、すごい……ぱっと見細く見えるから中々気付けなかったけど、ちゃんと殿方って感じの身体してる……)

「……なんか邪念を感じる」

(気付いて下さい気付いて下さい!! ワタシですから気付いて下さいっ!!!)

「わふん、じゃないよまったく。どっから来たのか知らないけどさ。そんなつぶらな瞳で見られてもね。……って、あー動くな動くな。床が汚れるだろ」

(違うんですよぉ……)

 

心底面倒くさそうな声と共に新聞紙の上に戻される。

と、その時である。遂に風呂が沸いた電子音が鳴る。すると馨は子犬の茉子を抱えて何処かへと向かう。

 

(へ? 一体何処へ? ……あぁ風呂場ですか。って、ワタシ今裸も同然だからこれってセクハラなんじゃ──!?)

 

今更な事実にあたふたと暴れ出すが。

 

「暴れんな面倒くせえ……テメェ自分が泥だらけだと分かってんのか?」

 

再び心底から面倒くさそうな声と共により強く抱えられてしまい、抵抗すら無意味なものとなってしまう。

 

(すごく今馨くんの匂いがする……ってなんでこんなの思ってるの!? ワタシ変態みたいじゃん! いやいやでもでも、きっと芳乃様だって好きな殿方の裸が目の前にあったら普通じゃないよね。うん、多分。きっと、めいびー)

 

まったく何処の誰へ向けたものかわからない言い訳を茉子がしている最中も馨は移動を続け、遂には脱衣所に到達してしまう。

 

「そうだ馨」

「なにさ」

 

一通り着替え等を用意していた虚絶は去り際に一言。

 

「しっかり洗ってやれ。貴重な体験だぞ? そこの子犬にとってもな」

「? よくわかんねぇけど、まぁ洗ってやるさ。流石に俺も湯船に浸かるけど」

 

そして、茉子に視線を向けて──

 

(ククククッ、貴様も貴重な体験をするといい。惚れた男に全身を撫で回されるなど、中々あるまい……楽しめよ)

 

彼女の脳内に響く愉悦に満ちた声。

──わかっていたが、わかっていて敢えて黙ってこうしていた。

つまり茉子だと気付いていて、しかし面白そうだからという理由一つで黙っている。

このロクでなし、あまりにも最低すぎる。茉子は決意した。必ずかの邪智暴虐な虚絶に一泡吹かせねばならん。

 

「わふっ!? わんわん!」

「ハッハッハッ! 元気なことだな、貴様も。馨、あとはじっくり楽しめよ」

「は? ……行っちまった。お前も妙な奴に声かけられて大変だなぁ」

 

去った虚絶に怪訝な視線を向けつつ、わしゃわしゃと茉子を撫でる馨。

 

(あっ、これ……気持ちいい……っ……ふぁ、なんだか本当に犬になったみたい……っ)

 

だがしかし事態を完全に理解して爆弾を残した虚絶。事態がかなりマズイことになってしまっている上に想い人の素っ裸を見るかもしれない茉子。そしてさっぱりわかっていない馨。

実に混沌とした状況である。

 

「さーて風呂入るか。大人しくしてろよー」

(えっ、あっ、脱がないで見せつけないでせめて最初にお風呂に入らせてぇぇぇっ!!!)

 

さっと呪力で手を作って茉子を固定しつつ、馨は素っ裸になっていく。

 

(あ、あああ……こ、これが……せめて見るのならこんな形で見たくなかったよぅ……)

 

ブラブラとモノが振動で揺れている。乙女心が折れそうだ。手の拘束が外れて、ヒョイとまた抱えられて風呂場へと入っていく。

 

(ううっ、なんだろう。このイケナイことしてる感は……ワタシ、何してるんだろ……)

「んなショボくれるなよ。ほら撫でてやるからさ」

(ひゃんっ!? す、すごっ……ダメッ、手つきやらしいよ……!)

「ほーらこことかどうだー?」

(ぁっ……ひんっ!?)

「あ、お前メスなんだな。付いてない」

(何処見てるの!?)

「なるほどね、尻尾の付け根トントンでやたらイイ声出してたのはそれかァ……性感帯?」

(馨くん!? 馨くん!! 馨くんっ!!! 最低!! セクハラ!)

「わーわー。噛むな噛むな……ほら流すぞー。はい目ェ瞑れよ……って難しいか。目のところだけ覆って……ほい」

 

湯船のお湯を桶に汲み、それを茉子に流す。すると泥で気持ち悪く固まった毛が解けていく。

 

「おーおーよしよし、いい子だねお前は。さて次はっと」

 

そのままわしゃわしゃと弄られるが、不思議と悪い気はしない。むしろ心地いいくらいだ。

そう、心地いいくらいなのだが──

 

(ひ、んっ!? 指が変なところにまで、ぇ……っ)

 

色々といかがわしい状況と、肝心の茉子自身が桃色な雰囲気であるのは……まぁ、つまりそういうことなのだ。人と犬では感じ方が違う……というか、人に置き換えると大変やらしい状況である。

 

「あとは股だな」

(股!? ダメだよそんなところ! たとえ泥に汚れててもダメだって!)

「……また暴れ出した。じゃあ浸けてやるか」

 

渋々、といった様子で馨は再び水を汲んでそこに子犬の下半身を浸ける。しかし面倒になったのか、そのまま彼女を小脇に抱えて湯船に浸かった。

 

「ふぃー……あー、あったけぇ。ほら、持っておいてやるからお前もあったまれ」

 

と、そんなことを言いながら両手で器用に持ちつつ茉子と共に湯船に浸かった途端、急に光が湯船から放たれる。

 

「……なんだ? 光ってるって……何が?」

(あ、あれ? ワタシの身体光って──)

 

刹那。

極光が二人を包んだ。

 

 

重い。

──とても重い。

いや軽いと言えば軽いのだが、先程抱えていた子犬と比べるとあまりにも重い。

 

「……あれ?」

 

というか、子犬がいない。

何処へ行ったやらと前を見ると、見慣れないものが俺の下腹部に見えた。普通ならもう一人の自分が見えるのだが……桃か何か? と勘違いする丸みを帯びた物体。ついでに胸板に感じる柔らかさと硬さ。

状況が違いすぎる。

 

……何がどうなってるんだ?

とりあえず好奇心には逆らえずその物体に手を伸ばし──

 

「ひゃん!?」

 

指が触れたところで、耳元に嬌声が聞こえた。聞き慣れた筈の彼女の、聞き慣れない声。

ギギギと身体を引いて、俺にもたれかかっているものを確認する。

 

──水に濡れ薄く上気した肌。

──しっとりと張り付いた黒髪。

──状況がよくわかっていないぼんやりとした目。

──初めてこんな間近で見た彼女の顔。

──なんだかやらしい唇。

──結構大きかった乳房と可愛らしい乳首。

──白魚のように細い指。

──スラリとした身体のライン。

──ちょっと待ってすごいエロいんだけどお前。

──むっちゃ扇情的なんだけどお前。

──てかなんで裸で俺にもたれかかってるの?

 

えっ? えっ?? えっ??? えっ???? えっ?????

 

理解できないしたくない。でも理解できるしてしまう。

というかなんだろうこの感覚。幸せと言えば幸せなんだけど全然嬉しくないというかなんというか。

どうせ見るならもっとムードのある時とかに……

 

「あっ、あれ? 喋れる……? ワタシ、戻ってる!?」

 

しかし向こうはさっぱり俺に気が付いていないらしい。

恐る恐る視線を合わせて、一言。

 

「……茉子、なんだよな……?」

「え? あ、うん。そうだけど……一体何がどうなっ──」

 

ここでお互いに状況を完全に把握した。

単刀直入に言おう。構図としてはほぼ正常位だ。しかも互いに素っ裸。その上狭い浴槽なので密着させないと入り切らない。

 

「……っ」

 

思わず唾を飲み込む。

俺は今……好きな人の裸を見ているどころではなく、好きな人と裸で密着している。

…………使い古された言葉だが、先人に倣って俺も敢えて言おう。

 

目の前に惚れた女の肢体がある。

細い線でありながら、程よく肉感的な、とてもそそる──彼女の、カラダ……

これを見てまともでいられる男などいない。

 

身体を離して見つめ合い、茉子の視線が前と後ろを行ったり来たり。ついでに俺の視線も上下に動く。

……すごい。

やましいけど仕方ない。許して。でもこんな形でこいつの裸を見たくなかった。

 

そのままカーッと茉子の顔が赤くなり……

 

「……ってぇ、なにこれぇぇぇっ!?!?」

 

耳元で叫ばれるがそんなことはどうでもいい。問題は彼女の下腹部と俺の下腹部がほぼ同じ位置にあることだ。

 

「うわぁ……っ!? 股が擦れて……っ」

「ちょっと何硬くしてるの!? お尻に当たってるんだけど!!」

「テメェこの状況がどういうのかわかってそのセリフ吐いてるんだよな!?」

「そんな大胆にセクハラされると困るよっ!」

「何が困るだ怒れよコラァ!」

「怒れるわけないじゃん!」

「じゃあ嫌がれよ! どう見たってこれ素股だろ!?」

「す、すま……っ!? いきなりナニ言ってるの!!」

「つか退けよマジで! 意外とこの体勢辛いんだぞ!」

 

流石にこの体勢のままは絶対的にヤバいので、咄嗟に手で茉子を押したらプニッとした感触が伝わる。

 

「ん……っ」

 

また再び風呂場に響く嬌声。

多分胸でも触っているんだろうけど気にしてられない。

もたれかかるような体勢ではなくなり、そのまま俺も身体をズラして普通に座って向かい合う形になる。

ついでにいきり勃ったモノを太ももで挟んでとりあえず隠しておく。そのまま視線を逸らす。

これで一安心。──というわけでもなく、今度は茉子に怒鳴られる。

 

「なんでおっぱい触ったの!?」

「うっせぇなとっとと風呂上がれや! 俺が上がれねぇだろ!?」

「女の子のおっぱい触っておいて何その反応!? もっとこう色々あるでしょ!?」

「柔らかくて感動しました! 勝手に触ってごめんね! 早く出ろ!」

「ワタシだって傷付くよその言い方!」

「だからごめんね!」

「こっち向いて謝ってよ!」

「向いたら見えちゃうだろ!?」

「……馨くんになら、いいけど……」

「へ……? お前何言って……」

 

あまりに突然のことで、俺はどう反応したらいいのかわからない。とりあえず視線は逸らし続けるけど。

いやなにそれ勘違いしろってこと? 勘違いするぞ俺。でもわかっている。どうせ家族的感情からってことだろう。うん。

 

と、完全にお互いが沈黙していると、風呂の扉が開いて──

 

「なんだ。せっかくゆっくり楽しめと助言してやったのに、何を躊躇っている。常陸茉子にも我は言ったのだがな、楽しめと」

 

とんでもない爆弾を投げ込んだ虚絶。

 

「テメェ────ッッッ!!!」

「最低ですよこの亡霊っ!!!」

 

俺たちはこのゴミクズクソロクでなしご先祖亡霊に対して、有らん限りの罵声をぶつけまくった。

 

 

……結局あの後、虚絶は茉子の服を用意し、先に茉子が出て俺が後から出た。

今は洗濯を回しつつ、しまってあった和服に袖を通した茉子と居間で正座して向き合っている。

 

「とりあえず、色々ごめん」

「ワタシもちょっと急展開すぎておかしかったから謝らないで。というか、ワタシの方こそごめん」

「じゃ両成敗で」

「うん」

 

改めて頭を下げて、ごめんとお互いに謝って気持ちを切り替える。

さて、聞き出さなきゃいけないことがいっぱいある。虚絶が朝飯作ってる間にどれだけ聞き出せるかな。

 

「……スースーする」

「悪りぃ」

「いいよ別に」

 

……流石に下着は用意できず、俺が昔使ってた単衣の着物と適当な上着を貸した。サイズが多少ズレているため、スースーすると言われても謝るしかできない。

仕方なさそうに微笑む茉子には、本当に申し訳ないと思っている。

 

さて、ここからは真面目な話と行こうか。

 

「んで……ありゃどういう状況だよ? 何があって犬になってた?」

「正直ワタシにもわからないの。昨日本殿で憑代の中から出てきた祟り神と接触してからこうで……」

 

だが、どうやら当の本人もさっぱり状況は理解していないらしく、帰ってきたのは困惑した表情と言葉だけだった。

 

しかし、祟り神と接触したとはどういうことなのだろうか。既に祟り神は消えた。万が一……とは考えていたが何かが違う気がする。まさか、茉子の血に反応して……? だったらもう死んでいる筈だ。

疑問に従い、茉子に尋ねる。

 

「なぁ、祟り神と会ったって言ってたが──そりゃ祟り神と同じ姿の別存在じゃないのか? 清められてから結構な時間が経ってるし、多分中身の方が……」

「ごめん。ワタシ専門的な話はわかんないから、端的に言ってくれない?」

「んーと……そうさね。犬神の方が反応したんじゃないかってこと。恨み以外でな」

「恨み以外で?」

「恨みならお前はもう死んでる筈だ。そうじゃないなら、別な目的があるかもしれない」

「別な目的……」

 

茉子はいまいちピンと来ないのか、訝しげな顔で悩み始める。

 

「おい、貴様ら。できたぞ。冷めぬ内に食うがいい」

「だってさ。食おうぜ。んでその後芳乃ちゃんち行って服回収して、駒川んとこ行って色々考えようぜ」

「わかった。そうしよっか」

 

しかし……茉子と二人だけで飯を食うのは、初めてなような気がする。

 

「あ、先に芳乃様に連絡入れとかないと。電話借りるねー」

「ういうい。お好きにどーぞ」

 

トテトテと電話へ向かう茉子を見送りつつ、俺は用意された朝飯に手を付け始めるのだった。

ザ・和の朝食という感じでとても美味しかったです。はい。

 

「……どう見ても夫婦か何かであろうに……」

「なんか言ったか?」

「気の所為だ」

 

 

まぁそういうわけで俺たちは二人で芳乃ちゃんちに向かうことになったのだが……

 

「ね、手繋いでくれる?」

 

出た途端にこれである。

つい先ほど裸で触れ合ったので意識をするなという方が難しいが、しかし茉子とて不安なのだろう。

 

「ん、まぁいいけど」

「あは……ありがと、馨くん」

 

そんな風に心底から安心したような笑顔を見せられてしまえば、こっちは見惚れるしかできない。

まったく惚れた弱みという奴である。

 

「……お前が嬉しいならなんでもいいけどさ」

 

そして顔を背けて頬を掻くくらいしかできない。しかも熱い。赤くなっているんだろう。

まぁそりゃそうだ。

……正直なところ、平静を保とうとかなり無理をしている。茉子は一旦人に戻れたし、なんだか光明が見えそうでもう完全に普段の調子だが、一方俺は何が何だかわからない内に惚れた女の素っ裸を見て、挙句の果てに勃ったモノが尻に当たったりとか胸触っちゃったりとかまぁ色々あったわけで。

 

純粋に恥ずかしいが、そこは俺。

多少の感情の切り離しと適切な処理というものは身につけている。

 

「じゃあ、行こうか」

「うん」

 

故に煩悩なるもの一切よ、ただ安らかに死に候え──とにかく自分を冷静に保ちながら、俺は茉子の小さな手を握り、そして芳乃ちゃんちに向かうのだった。

 

 

 

「心配したのよ茉子。さっきまで連絡も何一つ寄越さな……あっ、ふーん。朝帰りね。今日はお赤飯かしら?」

 

着いて俺たち……というか茉子の格好を見た芳乃ちゃんは開口一番これである。

 

「待ってください芳乃様! これにはとても深い事情があるんですっ!」

「そうだぞ芳乃ちゃん! 事情も聞かずに赤飯コースはよろしくない!」

「えっ? でも茉子の服が馨さんの物ってことはつまりそういう……」

「あー、わかりました芳乃様! ワタシと一緒に本殿行きましょう! それで少し理由がわかるはずですから! ねっ!」

「あっ、ちょっと茉子引っ張らないでー!」

 

……なんだか嵐のように二人は本殿へと向かっていく。俺は置いてけぼりを食らったのでとりあえずお邪魔しますと言ってから家に上がる。

 

「なぁ馨。その……遂にヤったのか?」

「テメェもか将臣ィ! ちげぇよクソ真面目な話なの。祟り関連でな」

「……! わかった、ムラサメちゃんを呼んでくる」

「助かるわ。あと駒川にも連絡取っとかねえと」

 

朝から忙しなく動く。

今日は本当に忙しくなりそうだ。

 

それからしばらくして服を持った茉子と芳乃ちゃんが戻ってきて、ムラサメ様もその少し後にやってきた。

そうしていつものメンツが揃ったところで、茉子が昨日の話と今朝の話を始めた。

 

「……つまり茉子は、憑代から出てきた祟り神らしき存在と接触してから子犬になってしまったということじゃな」

「はい。それで一番鼻の効く馨くんと虚絶を頼ったのですが……」

 

その瞬間茉子は苦い顔をした。当たり前だ、互いに醜態と醜態を晒したのだから。

そしてそのまま沈黙し、頬に赤みが差す。何を思い出しているんだろ。なんか「チラッと見たエイリアンが……」とか聞こえてくるしちょっと待てお前俺が視線逸らしてる間にナニを見たのかお前。やめてよぉ……!?

 

「「「ジー……」」」

 

その様子を見た途端、三人はわざわざ口に出しながら俺をジト目で見てくる。

 

「な、なんだよぅ……」

「馨さん、茉子に何したの?」

「いや、別に何もしてないよ芳乃ちゃん。だからそのジト目はやめて欲しいな〜って。うん」

「……本当に?」

「ほ、本当だよー。馨君嘘吐かない。嘘吐けない」

 

大変怖い表情をしている芳乃ちゃんに内心とてもビビりながら、嘘は吐かない。でも本当にあったことは隠しておく。でないと絶対面倒くさい。

──胸揉んだとか絶対言えない。裸見たとか絶対言えない。

 

「し、心配なら茉子に聞いてよねぇ〜……」

 

そそくさと芳乃ちゃんから離れつつ、俺はムラサメ様に視線を向ける。

 

「それでムラサメ様。何か変化は?」

「茉子が犬に変化したこととは別の問題等は無い。純粋に茉子の問題だけに取り組んでも良いだろう。今のところはな」

 

……一先ずは安心か。同時に問題が起きていたら困っていたところだ。

 

「しかしどうやって戻ったのだ? 茉子」

「馨くんの家にあった温泉水をかけてもらったら元に戻った……って感じでしょうか」

「確か虚絶の奴が穢れに近いものを感じたーとか言ってたっけ。詳しい仕組みはわからないけども、ここのお湯を引っ掛けりゃ何とかなるのは間違いない」

「そんな漫画みたいな……いや冷静に考えたら色々漫画みたいだったな。ここら辺の話」

 

将臣の感想はもっともだが、事実は小説よりも奇なりという言葉があるように、現実とはえてしてそんなものだ。

と、ここで俺はふとどうでもいいことに気付いた。

 

「てかお前いい加減着替えてこいよ」

 

服を持っているなら着替えてくればいいのに……茉子がすっかりそれを忘れていることに。

言われてハッとした様子を見せ、しかし何処か悩ましそうにしながら一言。

 

「後にする」

「あっそ」

「えっと……話を戻すけど、茉子が犬になったのは呪いなの?」

 

芳乃ちゃんの軌道修正により再び空気が変わる。

 

「馨、お主の見解は」

「呪いじゃなくて単に中にいた犬神が、何かに反応して茉子に取り憑いたと睨んでる」

「あの血筋だから、ではないと?」

「だったらもう茉子は死んでいる筈だ。神が無慈悲に命を奪うのは昔からのお約束だからな。そうしないなら何か理由があるんだろうよ。ムラサメ様はどう睨んでる?」

「大体同じ考えじゃが、吾輩は呪詛返しの類であると思う」

「それは違う。呪詛返しはあくまでも呪詛が起動している時に破られたら、反射的に作用するものだから、将臣の中から取り出した時点で発動していないと辻褄が合わない」

「……ならば何故茉子が?」

 

しかしここで、悩む俺たちに一石を投じる声が。

 

「なぁ。思うに常陸さんが取り憑かれたのって偶然なんじゃないか。ほらさ、意志自体はあるんだし血筋云々じゃなくて事故みたいなもんだったり……」

 

将臣の言ったことは確かに納得が行く。事故と言われれば何となくそんな感じがする。

俺の中にいたあの思念が犬神の物だとすれば、茉子に反応しなかったのが奇妙なくらいだ。つまり茉子そのものに関してはさして反応する理由もないんだろう。

 

しかし反応するだけの理由を茉子が持ってしまったから……となってもあるか? 神が起きる理由なんてあるのか?

 

「何か心当たりとかある?」

「いえ、特には……神様が反応するようなことなんて血筋以外にワタシには無いと思います」

「とにかく、みづはさんのところに行って話してみよう。そうすれば何かわかる筈よね」

「じゃな。向かうぞ」

「あ、ワタシ着替えてきます。流石にこの格好だと色々誤解生むので」

 

……結局その後、貸した服はどうするかということで揉めそうになったが、そんなことよりも先にと優先して、とりあえず貸した服の問題は棚上げしておいた。

やけに生暖かい視線を送る将臣と芳乃ちゃん、そしてとても楽しそうにニヤニヤしているムラサメ様を見て、なんてこったいとか思ったりもした。

 

 

駒川の診療所に行って早々に、俺たちは事情を話して今わかっていることと、いくつかの推論を伝えた。

 

「なるほどね。またややこしそうな話だ」

 

と、奴は言って引っ張り出した資料をパラパラとめくり、何やらブツブツと呟きながら視線を動かした。しばらくして……

 

「昔とはいえ、類似した事例はある。けどトリガーとなる要素が確認されている場合が基本だね。今回の件、確かに常陸さんは襲われるだけの理由があるけど……だったら前提が崩れてしまう」

 

そんな風に、顔をしかめながら言った。

 

「前提?」

「芳乃様、朝武家の呪いを考えてみましょう。あれは朝武を等しく呪ったものであるのにも関わらず、直接の血筋である常陸家は呪われていなかった。荒神になった犬神の思考がどれだけ憎悪一色になっていたとしても、崇めるべき自らを無下に扱った人間の血筋くらい簡単に見分けが付く筈でしょう」

「なるほど。確かに私の方だけで、茉子の方は短命でもなければ耳も出てなかった。言われてみれば違和感がある……でも、だとしたら私に反応しなきゃおかしいわ」

 

芳乃ちゃんの言う通りである。

もし血筋だけが反応するとしたら、芳乃ちゃんに反応してないとおかしい。それに憑代に近い上に、接してる時間が長いのは彼女だ。いくら奉られて薄れ始めたとはいえ、薄れる前の状態で反応してないと辻褄が合わない。

 

「まぁつまりだ。常陸さんでなければならない理由が血筋以外に必ず存在しているということなんだろう。何か、心当たりは……確か無いんだったね」

 

そう、心当たりが無いのが現状。

打破する要素が無さすぎる。

 

「──いや待て。ある筈だ……常陸さん。昨日君は、憑代の前で何を考えていた? それと何を発言した? 思い出せる限りでいい。"普段"と何か違うことをしたか、教えてくれないか」

 

しかしここで駒川、我に妙案有りと言わんばかりに真剣に茉子に問う。

 

「違うこと……」

「考えてみれば確かに違うな。わざわざ安晴から本殿の鍵を借りて、人気の無くなったところで敢えて入ったのだ。のぅ、茉子。何をしていたのじゃ?」

 

更にムラサメ様も続けて言う。

 

「えーっと、ちょっと待ってくださいね。あの時、あの時……ワタシが何を考えて何を言って何をしていたか──」

 

腕を組んでうーんと悩んでいた茉子だが、何か思い当たる節があったのか、ハッとした表情に変化した途端、顔が真っ赤に染まった。こいつの真っ赤な顔を見るのは今日2度目である。

 

「……ぁ、ぇ、どうしよ……」

「茉子、隠して困るのはあなたよ。この件、放っておいたら大変な事になるかもしれない」

「え、あ、そうですけど。芳乃様の言う通りですけど。でもその……」

「下手をすればお主の命に関わることだぞ。何をそこまで言い淀む」

「そっ、それは……えっとですね……あは〜……」

「別にほら、俺たち相手だしそんなに考えなくてもいいんじゃない? 初めから事情知ってるんだしさ」

「〜ッ!」

 

ムラサメ様、芳乃ちゃん、将臣の説得を受けて更に顔を赤くしながら、唇をキュッと噛みしめる。そこまで考えるほどってお前ナニ考えてんだお前……

 

「「茉子」」

「「常陸さん」」

「あー! もぅ! わかりました! 言います! 白状します! だから迫らないで下さい怖いです!」

 

茉子はズィと迫った俺以外の面子を手で押して遠ざけるほどには元気だ。あ、ムラサメ様は将臣が引っ張ってった。

そうして茉子は意を決したように──

 

「その……えっと、ワタシはあの時……ぃ……について」

「あんだって?」

 

思わず速攻で聞き返した俺は悪くない。だって意を決した表情で、あまりにもか細い声だったんだからさ……そりゃそうなるってもんだろ。

 

「だから! ……その、こ……………………ぃ……について……」

「いや聞こえんから。そんなに恥ずかしいことか?」

「だからっ! ……察してよ、馨くん……」

「は? 俺が知ってるお前の秘密ったって、せいぜい昔からこ────」

 

そこまで言いかかって、思わず俺も止まってしまった。

つまり、つまりだ。茉子はあの日、俺に好きな相手はいるかと問うた後に本殿に向かって……恋について考えていたら犬神が反応した……?

 

いやいやいや、なにそれ。ふざけてんのか。どうして犬神が恋で反応するんだよお前さ。

 

「馨、何か知ってるんだね?」

「へっ!? あ、まぁ知ってるけど……どう考えてもおかしいっていうか、よりにもよってそれに反応するか普通? みたいな……?」

「教えてくれないか」

「ダメっ! 言っちゃダメだからね馨くん!」

「無茶言うなや! 恥ずかしかろうとあれくらい普通だろうが!」

「ダメなものはダメなの!」

「もう隠せないから!」

 

ゼーハーゼーハーしながら言い争いに発展しかかったが、周囲からの死ぬほど冷たい視線がヒートアップした頭を冷やす。俺がここまで口走った以上、隠し通せない。

冷静に努めてながら、茉子に尋ねた。

 

「……自白か暴露か、好きなのは」

 

沈黙の末、苦渋の表情と共に茉子が選択したのは──

 

「……わかりました、腹括ります」

 

自白だった。

ぶっちゃけ俺としても助かる。

 

大きく息を吸い込んで、そして吐く。

(見た感じ)茉子は、羞恥心を完璧な精神強度で押さえ込みながら──

 

「………………………………あのぅ、恋について……考えたり、呟いたりしてました……あは」

 

本当に年頃の女の子のように、静かに言った。

惚れた弱みだろうか、やたらと可愛く見える。見惚れてしまいそうだが、そうなってはならんと意識を切り替える。

 

「恋とか愛……?」

「すまん、吾輩少し混乱してきた」

「──私でもいいはずなのに、何で茉子のそういう気持ちに……?」

「それを言い出したら俺も引っかかっておかしくないんだけど……」

 

──ますます分からん。

全員の反応からしても逆に分からなくなった。

……何故恋に反応した?

 

「恋って、茉子は気になる人いるの?」

「い、いえ。全然。だからどんな基準で好きになるかとか気になって昨日馨くんに好きな人いるかって聞いたけど、いないって話だったので」

「ふーん、そっか。そっかそっか」

 

……なんだろう? なんでか芳乃ちゃんが俺と茉子にとても優しい視線を送ってくる。ま、まさか俺のバレてる? ──まぁ将臣にバレるくらいだし全員にバレてると思った方がいいか。

 

「まぁでもこれではっきりした……というかしてしまった、かな」

「何がですか? いやワタシの内心は暴露しましたけど」

「単純な話だよ常陸さん。君が恋をすれば中にいる存在が帰ってくれる可能性があるってことだ。憑代と同じ理屈だよ」

「あー、はぁ。ワタシが恋をしなきゃいけない。確かに単純ですね────えっ? 待ってワタシが恋を? ……本当に?」

 

唖然とする茉子。

そりゃ俺だって唖然とするしかない。

 

……誰だって好きな子が他の誰かに恋をしなきゃいけないってのは動揺するだろ?

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