千恋*万花~福音輪廻~ 作:図書室でオナろう
茉子が恋をする。
……まぁ人だから当然のことだろう。いつかはそうなる。それが必然だ。
だが今回は事情が事情だ。
普通に恋をしろなどと……かなりの難題だろう。利己を先走らせず、純然たる恋愛をする。なんと難しいことか。
「気が重い」
ガサゴソと着替え等をまとめながら一つ呟く。
──それでいいと思ったのは俺だ。
──そうでなくてはならないと思ったのは俺だ。
「もし、もしそうなったのなら……俺がそう口にすることが許されても……」
──結局、きっと俺はその直後にこう付け足してしまうのだろう。
『お前の事を永遠に忘れられない誰かなんて、もう忘れてくれ』……と。
「ケッ、人魚姫気取りか俺は……」
なんと醜い。
勝手に気持ちを押し込めて、いざ伝えてみれば忘れてくださいなど都合が良すぎる。それならばいっそ正面から雄々しく愛に敗れた方が格好がつくと言うもの。
……そんなこともできやしないが。
「……はぁ。やってらんねェ」
──恋煩いなど面倒だ、と言っていた男がこのザマとはな──
「うるせぇ。人間そんなもんだ」
──……知らぬは本人ばかりか──
「は?」
──忘れろ──
……さて。
唐突だが何故俺が着替えをまとめているか、といえばだが……まぁ、少しばかり時を遡って話をしよう。
──あの後。
まぁ、そんなこんなで恋だ云々だはとりあえず置いておいて、子犬になることへの対処の話へと移った。
「常陸さん、これからしばらくは芳乃様の家で暮らしてもらえるかな。色々と都合が良い」
「万が一、という時も楽ですもんね。わかりました。じゃあ戻って着替えとか持ってこないと……」
駒川の提案は合理であるし、そこに口を挟む必要は全くない。むしろ行き帰りが無くなる分楽になるという奴だ。
こんな形で茉子と芳乃ちゃんの距離が物理的に近づくとは思わなんだが。
「あと馨。君も暮らしな」
「ん、わかった」
反射的に返事をして……あれ?
俺が暮らす? 何処で? ──話の流れからして芳乃ちゃんの家だよな。てかそれ以外あり得ん。
つまり……同居? 茉子と? えっ、ちょっと待って。
「………………っておい待ちやがれ! お前何言ってるんだ!? なんだって俺が芳乃ちゃんの家で暮らす必要があるんだよ!?」
気付いているクセにそういうこと言うの本当にお前なァ……! とか思いながら聞き返す。
俺いる? いらんでしょ。
「だって君しかいないだろ。魔の存在について詳しいの。ムラサメ様だって間違いをするんだし、他の観点から見れる君を置くのは合理的だ」
「いやまぁそうなんだけど、独り身としては色々複雑というか……恋とかどうでもいい人間としては恋人同士になった男女の家で過ごすと砂糖吐くんじゃないかとか……ね?」
「ダメだ、暮らしなさい。そんなこと言っている場合じゃないのは、馨がよく知っているだろう?」
「うぐぐ……」
ぐぬぬと口を噛む。いやだって……ねぇ? とか色々悩んでいると、駒川は声を潜めて俺に一言。
「──ま、いい機会じゃないのかな。距離を詰めるにはさ」
「なっ!?」
よりにもよって俺を知るお前が、そんな事を言うのか!? ……驚愕以外の何者でもない。唖然とする俺に「頑張れよ」と肩を叩いた駒川を見ても、周りの奴らはそれほどピンと来てないようだ。
……バレてると睨んだけど違った? いやまぁ……茉子にさえ気付かれてなければなんでもいいんだけどさ。
「……一旦俺も家に戻って着替えなりなんなりを取ってくるよ」
……とまぁ、こんなオチだったわけだ。
同居……ねぇ。
なんでみんな、茉子と俺の距離を縮めようとしてるんだ。いらんお節介だよ全く……
荷物は一通りまとめ終わったが、俺は未だに自宅に留まっていた。
正直行く必要性がそれほど感じられない。合理ではあるが、俺がいたところで何も変わらない。
「……はぁ」
ゆらりと立ち上がり、虚絶……いや、敢えてここでは無銘刀と呼ぼうか。それが置かれている部屋に向かう。
……打刀とも太刀ともつかぬ、無骨で異形の刀。幼少の頃から身の丈ほどもある大剣のように認識していたが、今や長めの刀くらいの認識しかない。
本当の意味で、これを必要とする日はもう来ないが……俺を端末と言うのであれば、本体と端末である以上、最期まで付き合ってもらうぞ──
鞘をひっ掴み、敢えて本体を持っていくことを改めて決意する。置いておいてもいいのだが、そういう気分ではない。
……死なば諸共、と似たような感覚と言えばいいのか。とかく、こいつは俺と心中するくらい当然なのだ。
振り回したんだから振り回されろ。
復讐心としては当然だろ?
「……行ってきます」
荷物を纏めて持って、誰もいない寂しい家に一言告げて出て行く。
……本当に少し寂しくなる。
いやはや、毛布の香りが恋しくなるものだ。
そういうわけで安晴さんに事情を説明すると
「なるほどね。ま、自由にしてくれよ。ほら、もう我が家みたいに気軽なものだろ? なんなら僕の秘蔵のプリン食べてもいいからさ」
とかまぁ……その……快承してもらった。少し俺相手に甘いのはどうかと思わんでもないが、いいか。
「世話になるって言ってもねぇ……」
「なんじゃその辛気臭い顔は」
「色々あるのさ、ムラサメ様」
結局何をするわけでもなく、芳乃ちゃんは舞の奉納。将臣は資料の読み漁り、茉子が家事やって、俺とムラサメ様は暇潰しに外でボーッとしている。
「今日はいい天気だなァ。花が咲いて、小鳥も鳴いている……」
「吾輩、たまにお主の言う言葉がイマイチよくわからんぞ」
「いいんだよ、わからなくて」
適当に流しつつ、はぁ……と一つため息。
そんな俺を見兼ねたムラサメ様は、心底面倒くさそうに言った。
「茉子と一つ屋根の下は落ち着かんか」
「いや考えてみようぜ? 惚れた女と物理的に距離近付いてしまったら困るだろ。今まで上手くやって来れたのは調整しやすい位置だったからなのに、それが無くなったんだ。ため息も吐きたくなるだろ」
「要はドキドキしてんじゃろ」
「はい」
「いっそ告白すれば良かろう。茉子も満更ではあるまい」
「……無理だよ」
感情が絡まってごっちゃになっている。したいような、したくないような……それ以上を求めているような、いないような。
「では聞くが、馨は茉子が自分以外の男と笑顔でいるのにはどう思う」
「どうって……妬くかどうかってことか?」
「それ以外の何があるのだ。ぶっちゃけ吾輩はご主人が構ってくれないとそれなりに妬くぞ。兄を取られたようでな」
「なにその情報」
「ムラサメちゃん情報じゃが? まぁ参考までに知っておけ」
ドヤるムラサメ様。
──可愛いんですけど、微笑ましくて。
まぁでも妬くか妬かないかなんて分かりきった話だ。ムラサメ様も人が悪い。昔から決まっている。
茉子が他の奴といたって──
……と、そこまで考えて。
不意に頭をよぎったのは、いつぞやの光景。
茉子をお姫様抱っこする将臣の姿。
「──」
口に出かかっていた言葉が、ピタリと止まった。
妬く必要も理由も無い。茉子がそう選んだのだから──
だから……だから……だから。
だから俺は──
嫌だ。
──そんなのは嫌だ。
嫌だけど、でも俺は……きっと……
「顔が雄弁に語っておるぞ」
呆れたムラサメ様がそんな風に言う。
だがその視線は何処か優しい。
「──吾輩と同じ目じゃな、馨」
「そんなこと……!」
「茉子と一緒がいいのだろう」
「っ! それ、は……」
咄嗟に出た否定の言葉すら、内心を言い当てられて続かない。加えて俺自身、それが図星である以上、もう何も言えないのだ。
……そう、俺は別に急でなければきっと、この想いを適当に処理できた。けど事態は急を要する……いや、茉子が恋をしなくてはいけない。
好きな子が誰かに心惹かれて行くのを、指を咥えて見ていることしかできない。
それでいいと思ったのも事実。
諦めようと思えば諦められるのも事実。
しかし俺はどうしても、諦め切れない。理由がわからない。俺が不幸の塊だってわかっているのに、何故か……
「頑なに否定する理由は当然わかっておる。じゃが押し留めることでは更に苦しむだけぞ」
そう言われても……というのが偽らざる本音だが、それを言っても仕方ない。だから黙り込んでいると、ムラサメ様はふと。
「──昔話をしてやろう」
──なんて、急に言い出した。
何事かとも思ったが、とにかく聞いてみようと、彼女の語る言葉に耳を傾ける。
「かつて、愚かにも死にかけの女に恋をした男がいた。そ奴はごく普通の男じゃった。だというのにも関わらず、ある日医者に担ぎ込まれる死にかけの女に一目惚れした」
どうやら過去に見た恋の話のようだ。先人として、何か思うものがあるのだろう。故にこの話を振ったということか。
しかしムラサメ様の表情はとても懐かしいものを思い出すようなものであると同時に、とても優しいものだった。
「それから色々あって男と女は言葉を交わすようになった。無論、男は女に向かって愛を伝えたとも。じゃがこれまた必然的に、先の無い女はそれに喜びを覚えたが、同時に悲しみと共に断った」
しかしそれはガラリと変わり、とても楽しげな表情に。
「男はそれを受け入れた。何の迷いもなくだ。きっとそう言うであろうと思っていた、と笑いながら。同時にそれでも、実らぬとしても其方を愛していると告げた」
そして楽しげな表情で告げられたその言葉は、あまりにも潔すぎる男の引き際と、それはそれとして好きは好きだと告げたということ。
非常に参考になる話だ。俺と似たような状況で挑んだ男がいたのだから。
「……そして、その女の死はあっさりと訪れた。今際の際、女は男に謝った。こんな女の事は忘れてくれ、其方の心を奪ってすまないと」
ムラサメ様は俺を見つめる。
「男はなんと返したと思う?」
「そりゃ、忘れらないとか?」
「いいや。決して忘れない。其方こそ我が運命であったのだから……とな」
戯けたように男の言葉を告げたが、その表情はとても穏やかな──こう言ってはなんだが、何の未練も無く、静かに死に逝く人が浮かべるような──とにもかくにも、あまりにも穏やかで、言葉では言い表せないほどに"女性"であった。
普段の威厳と少女が混在するムラサメ様ではない。そこには確かに、"ムラサメ"となる前の少女がいたんだ。
「結局その男は、最期までその女への愛を貫き、妻を娶る事も無く駆け抜けた。まったく……運命であったとしても、命を繋ぐことに文句なぞ付けんというに……バカめ……逝くまで操を立てんでも……」
後半はよく聞き取れなかったが、何やらムラサメ様とは深い関わりのある話らしい……ということはわかった。
もっとも、それが彼女にとってどれだけの意味があるのかは、知る由も無いが。
「さて、そんな男が女に問われたことがある。何故先の無い自分に愛を伝えたのかだ。はっきり言って通る理由も無い。周りも何故と疑問に思っていたのう」
「死にかけだったんだろ? 言ったとしてもそれじゃ時間も何も無いし、断られるだろうことは予想できるよなァ」
正直、まったく解せない。
その男がその女をどれほど愛していたのかは知らない。だが、愛する故に愛に敗れに行く理由がさっぱりわからない。
──胸に秘めたっていいじゃないか。
それで良いと思えるなら。
「理由は単純じゃった。伝えないよりも伝えたい。敗れるからこそ伝えたい。正気ではなく理屈ではない。愛という名の狂気は全てに勝るのだ」
だが、出てきたのは理屈を通り越した、どうしようもない話。
「なんだよそれ。最強じゃないか」
ムラサメ様の言葉は、最強だった。
──全てに勝る。理屈ではない。
「馨、そういう答えもあったと覚えておけば良いのじゃ。これは一つの例にすぎん。そう悩むな」
まるで手のかかる子供を嗜めるような表情を浮かべて、彼女は微笑む。そこに安心と信頼を覚えるが、しかし……この話は、あまりにも強すぎる。
俺はそこまで強い男では無い。
──あぁ……まったく、何故俺は素直に『弟として見られるのは嫌だ』と言えないんだろうか……吐き気がするよ。
「どうしたらいいんだろうな、俺」
「これは受け売りだが、愛とは逃げることはできない、立ち向かうしかないのだとも言う。お主なりの方法で、お主なりに立ち向かってみればいい。吾輩も力になろう。見てきたものは多いからな」
「立ち向かうしかない……か。わかったよ、色々考えてみる」
こういう時に頼れるのがムラサメ様だ。ホント、この人には頭が上がらない。えっへんと胸を張る彼女を見て、頭を撫でようとして手を引っ込める。
……俺は彼女に触れられない。
彼女に温もりを別けられない。尊敬している人に、触れられない。
好きな人に想いを伝えられず足踏みをして、理屈に勝ると知ってなおあれやこれやと屁理屈を付けるか。
……なんと情けない男だ。
「馨、そんな顔をするな。初めてのことに戸惑うのは当然だろう」
そんな俺を見兼ねて、ため息を吐いた後、ムラサメ様は姉か母のような表情と優しい声で言った。
「そりゃそうだけどさ」
相変わらず俺は反抗期のガキのような対応である。いやまったくダメな男だ。
「悩んだら誰かに言え。吾輩でも誰でもいい」
「……うん、頑張る」
ふんす、と腕をグッと握り、改めて決意する。
みんな頑張ってるし、俺も頑張らないと──
なにやらムラサメ様は用事があるらしく、あの後何処かへと向かっていった。
なので俺はさてどうしたものかと頭を悩ませながら、家に戻って──
「あっ、おかえり」
「へっ? あっ、うん……ただいま」
居間にいた茉子に、笑顔でおかえりと言われて、一瞬何も考えられなくなる。なんだかそういうのって、こう……その……恋人っぽくて、いやまぁそれなりに願望はあるが実行に移せない俺にとってはつまりまぁそういうわけで……
とかく、しどろもどろになりながら返事を返す。
そんな様子がらしくなかったのか、彼女はクスクスと可愛らしく笑っていた。
「なんだか最初の頃の有地さんみたい。どうしたの? この家でおかえりって言われるの、そんなに慣れてなかった?」
「ま、色々あるのさ」
「? なにそれ」
不思議そうにする茉子。
お前におかえりって言われるとすごくドキドキする……なんて、言えるわけもなし。
しかしそうか、将臣の奴……美人と一つ屋根の下でよくまぁ身持ちを固くできたな。正直すごいと思う。俺なら一週間保つかどうか……
──けど、茉子と同居か。
ガキの頃のお泊まり会みたいにはいかなくなっちまったのを喜べばいいやら、悲しめばいいやら……
折り合いをつけるのも大変だと内心ため息を吐きながら、座ってまた頭を回す。
だがここで俺は、現実的な恋愛や男女のお付き合いに関して非常に知識が欠けているのではないか? ということに気が付いた。
──なるほど、そりゃあ確かに答えも出ないわな。後々で廉に聞こう。多分、そっちの方が求める答えが出てくる筈だ。
「流石に芳乃ちゃんの家でウチでの自堕落な生活はできんさねェ」
だが同時に、普段通りの生活はできんわなと一人呟く。俺の生活は物凄くテキトー極まりない──はっきり言おう、アレなものだ。自身の性質……最善を保とうとする肉体に任せっきりで何にも考えていない。腹が減ったら飯を食う、本当にその程度くらいだ。多分普通の身体なら……贅肉と仲良くやることになっているだろう。
「みんな気にしないと思うよ」
そんな俺がどういう人間かを理解している茉子は、キョトンとした顔でさもなんでもないように言うが、割と俺としては死活問題である。何せアレだ、男としてどうなんだ? 格好つかない生活を晒すってのは。
「俺が気にすんの」
と、告げてみれば、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべて。
「見栄張ってるんだ」
「張るさそりゃ」
「意外かも」
「そーかい。しかしどうやって暇を潰したもんかねェ……」
何も考えずに静かにしていたい気分ではあるが、他人の家でそれはちょっと……という奴だ。こういう時は何かしていないと落ち着かない。何かしてれば何も考えずに済む。
「あ、なら馨くんにしかできないことあるけど」
「は? 力仕事なら将臣にでも任せりゃいいだろ」
しかし、俺にしかできない事と言って何故茉子は擦り寄ってくるのか。お前俺に裸見られてるって忘れてない? お前がいいならいいんだけどさ……俺だって男だよ? そんなにアレ? 弟分? それはそれでちょっとヘコむな……見られたし。
色々と悶々と考える俺を知ってか知らずか、彼女は花の咲いたような笑みを浮かべて──
「ワタシに構ってっ。あは」
……沈黙、そして停止、からの再起動。
天然ですか。そうですか。可愛いですね。天使でしょうか。誤解しそうなんですが許されますかこれ。
「……ダメ?」
固まる俺が悩んでいるのかと思ったのか、上目遣いと小首を傾げて小さく呟く。えらく甘えた声と態度だ。
そんなことを言われたら、そんなことを言われてしまったら……
「いいけど」
「やった」
受け入れる以外の選択肢は存在しない。
えへんと喜ぶ茉子を見て、もうなんでもいいかと考えをやめてしまう。
「んでどんな風に構えばいい。リクエスト受け付け中」
「いつもみたいに」
「やー、テキトーね」
テキトーに構うとはどういうことなのか非常に不思議だが、求められたなら応えねばなるまい。
隣り合わせで座る俺たちは、さして何をするわけでもない。構え、と言われたところで……
いや待て。
──忘れてないかコイツ。
「茉子さ」
思い立って声をかける。
「ん?」
「その……今朝のこと忘れようとして無理してる? へっぽこな俺見て色々忘れようとしてる?」
するとどうだろうか。
唖然とした表情から、無表情へと変化したと思ったら即座に驚き、ついでに顔を真っ赤にして俺を突き飛ばした。ひでぇ。
「何しやがる!?」
「何思い出させてるの!?」
忘れてたんかい。お互いに動揺から声を上げてアレコレ言い出す。
「今の今まで忘れてたのかお前!? 意識してた俺がバカみてーじゃねーか!」
……なんか、色々とこう、その……思うものがあるんですが。
「──スケベ!」
醜態を思い出してか慌てて俺に摑みかかる茉子。痛いっす。
あと顔がいい。可愛い。羞恥とか色々混ざったその表情イイ。
「せっかく忘れてたのに!」
そしてプンスカ怒りながら猛抗議。胸を隠すようなポーズなのは今朝のことを反映してなのだろうか。それとも単なる偶然か。
……さてどうしたものか。
茉子が関わると大変馬鹿になると自負しているが、この場は俺が収めないと面倒くさい。朝の誤魔化しがバレたら何を言われるやら。
「あー……ごめん」
まぁ有効なのは謝罪だろう。
さっさと謝るに限る。
「……まぁ、あんな自白をさせられて、そっちに意識向いていたワタシとしてはアレですけどね……」
「そっちもごめんってば」
「わかってますよ」
プイとそっぽ向きながら渋々といった様子の茉子を見て、とりあえず謝るのは正解だったかと安心する。
……てか猫被ったなコイツ。被るような話題でもないと思うんだが。
ま、そっちも好きだけど。
「でも許す代わりに約束してください」
しかし茉子はまだ終わらないと、ムスッとした表情で俺に言う。
「何を?」
「ワタシも忘れますから、今朝見たものを忘れてください」
「……そ、それかァ……」
結構な無理難題にどもってしまう。
忘れようとして忘れられないのはよくある話だと思う。まさしくその状況で俺も困っている。
……正直言おう。鮮明に思い出せる。
これ忘れようと意識したら逆に思い出すパターンだ。やべぇどうしよう。
そんな風になんとか頭の中に浮かぶ茉子の裸をかき消そうと努力していると、途端にジト目になった茉子が一言ボソッと。
「……えっち。鼻の下伸びてるよ。やらしー」
……刹那、顔に熱が帯びるのがわかる。
──バカなことを言っていいだろうか。茉子にえっちって言われるの……アリだな。って、俺は何を考えているだこのバカッ!! 大変よろしくない!!
つか鼻の下伸びてる!? えっそんなに俺ってわかりやすい!? やばいぞこれ……!
「──マジ? そんなに伸びてる?」
やべぇやべぇと思いながら尋ねてみたが……
「嘘です。でもそういう事を言うってことは考えてたんですね」
ジト目は続いたまま、カマかけに引っかかってしまったことを淡々と告げた。その視線と声の熱が冷たく、罪悪感が刺激される。
「あっ……い、いやその……えっと……はい。忘れようと意識したら逆に鮮明に」
「それは当然でしょう。意図して忘れるのなんて記憶操作くらいでしかできないんですから」
「あれ解き方わからない人間に対してやるものだぞ。俺が自分にやっても大した効果が無い」
「普段通りに努めれば忘れるんじゃないんですか。変に意識したりせずに」
「確約はできないけども、やってみるさ」
どうだかみたいなため息を吐いた茉子は、そっぽを向く。
……できる気がしないが、案外早く風化しそうなもんだ。
ただ、うん……すごかったなぁ……と。
女の子──だった。
めちゃくちゃ女の子──だった。
……気持ち悪りぃな俺。
好きな子の裸を思い返してすごかっただの女の子だの……キモい以外の何者でもない。ただの変態じゃないか。
「馨くん?」
「なんでもない」
流石に、知られたくないなぁ……