千恋*万花~福音輪廻~   作:図書室でオナろう

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始動

翌日、俺は待ち合わせの場所へと行く。30分ほど前に着いたが、どうせ茉子の事だ。そんなに待たされることも無いだろう。

その証拠に──

 

「早いですね、相変わらず」

「遅れるよかマシだと思ってね」

 

茉子はすぐに来た。

普段の格好とそう変わらないが、少しだけ綺麗に見えた。可愛いではなく、綺麗。はてさて、何故だろうか。

 

「じゃ、行こうか」

「エスコート、お願いしますね。あはっ」

 

眩しく屈託の無い笑顔だ。

いつ見ても、そう思う。

 

春祭りは観光客で賑わう。

初めて見たときは人の波の多さに辟易したものだが、慣れてしまえばそれほどでもない。

温泉に刀に祭りに舞──なるほど、人の好むものが立て並べばこうもなろうという好例だ。こちらとしては騒ぎ立てる理由がさほど分からないが……どうも、人間ってのは不思議なものに惹かれるらしい。

 

「昔も、こんな風に何回か回りましたっけ」

「片手程度だけどな」

 

そもそも春祭りの時に外にいた方が珍しい。大体は面倒くさがって家にいたもんだ。都会の人混みを思い出して嫌になるからな。

生まれは向こう故、こっちの単純明快さに初めて触れた時、こうも楽なものかと感動した。あれだこれだと考えず、ただ場所を憶えておけば全部歩いていけるなんて、とても楽な話だろ? あと健康にもいい。でも主流の和服は着るのが面倒だ。

 

もっと単純なのは"仕事"の時だが……まあ比較対象が悪いか。

しかし、俺は今年も出ていくつもりがなかったのでノープラン。ここは大人しく希望を聴くとしよう。

 

「どこ行きたい?」

「あなたとなら、どこへでも」

 

どこか蠱惑的にそう返してきた茉子。胸の高鳴りとかそういうものよりも先に呆れが来る。

こいつのこの、飄々として余裕のある態度の鼻を明かしてやりたいもんだ。何でもなくどうでもいいことを思わせぶりな言動で、あらぬ方向へと向かわせてからかう。別に悪いことではないが、こうもいいようにやられると困る。

 

「あのな、そういうこと言う? フツー」

「あれ、グイグイ系の方が好みでした?」

「別にそういうのじゃ……あぁ、もういいよわかったよ。テキトーに回ろう、アテなくさ。ほら」

 

そう言って茉子の手を握る。

……思っていたよりも柔らかいな。てっきり、もう少し硬いものかと思っていたが。

 

「……えっと、これって……」

 

見れば顔がやや赤い。

ククク、だが俺は知っている。茉子にからかいでは勝てない。だからこそ、想定外の一撃を用意する必要がある。

 

「──これで迷子にゃならねえだろ?」

「子供じゃありませんよワタシは!」

 

期待通り、茉子はガーッと吠えてくださった。

へへッ、一本だ。

 

 

 

「珍しいからってオマケつけるのは商売的によろしくないと思う」

「馨くんが出て来てるのが珍しいのか、それともワタシが出店回ってるのが珍しいのか」

「俺らが二人でいるのが珍しいか、まぁどうでもいいけどさ」

 

珍しいコンビで回っているのがそんなにウケたのか、日常生活では顔馴染みの出店の方々にやたらとオマケをもらう事になった。

行く先々で付き合っているのかと言われたが、そうではないと言えば皆怪訝な顔をする。どれほど仲良く見えても付き合っていないのは目に見えているだろうに。

 

「何回言われた?」

「数えてませんよ」

 

焼き饅頭をかじりながらそんな事を言う。

こうして回ってみると、なんだか少しわかったような気がする。女性と回ってみるという楽しさが

 

「廉の奴がどうしてナンパをするのか、なんとなくわかったような気がする」

「それ、褒め言葉として受け取るべきですか?」

「あぁ、なんか楽しいからな。お前といると」

「ふーん」

 

なんとも言えない目線を送られる。

いやそんなん送られても何もできんがな……女の気持ちってのはよくわからん。

腕時計に目を落とすと、そろそろ奉納の舞の時間だ。ここに暮らすものとして、普段なら一目見に行きたいところではあるが。

 

「茉子、そろそろ行ったらどうだ?」

「馨くんは行かないんですか?」

「まぁ……ちと野暮用があってな」

 

──今回は違う。

さっき茉子と回っていると、何か妙な感覚を覚えた。何かのピントがあったような……テレビのチャンネルがピタリとあったような……

それにおかしな話だが──山の中にしか出ないはずの祟り、それと俺が出会った時に生じる衝動が発生した。

何が起きている……? そういう風に警戒をしているからか、自然と身体に力が入る。

 

「何かありました?」

 

そんな様子を見て、祟りを祓う為に戦っている茉子は瞬時に気が付いたようだ。が、彼女の杞憂とは方向性が違う。

 

「……さぁね。先芳乃さんのとこ行きなよ。俺は後で行く。別になんともないだろうけどさ」

「あとで聞かせてもらいますからね」

「はいはい、煮るなり焼くなりどーぞ」

 

なんか呆れた感じの視線を向けられながら茉子を見送る。

御誂え向きに、今俺のいる場に人は少ない。

 

「"仕事"にならなければいいが」

 

最悪、洋の意匠の強い服では目撃者を始末しなければならなくなるやもしれん。身元割れを防ぐ為にも、着替えておくべきだ。

さて、あまり時間をかけるのも不本意だ。すぐに片付けるとしよう。

 

全速力で駆け出す。最短ルートを通り、バレなきゃいいの精神で他人の敷地を通ったりしつつ帰宅し、オマケを一通り居間にほっぽり込んでからサクッと着替える。

完全なる和服だ。これでもしもが発生しても多少の擬態効果はあるだろう。

 

また再び家を出て、自分と接続している"モノ"の送る衝動に耳を傾ける。無論、索敵の為に。

──いた……神社の方だな。微弱な感覚を捕捉した。

 

まだ夕刻には至らず。逢魔時とはなりたくないが、さて。

急ぎ足で神社に向かい、"モノ"が見たものを目で追う。それはすぐに見つかった。何故なら本来この穂織では山にしか現れぬ祟りへの衝動と同じものを感じるそれを探せばいい──瞬時に判別できた。

 

茉子ほど上手くはいかないが、気配を殺し息を潜め、物陰に隠れながら観察する。対象に近い人影は……1、2、3、4──固まっている。得物はまだ出すな、刀を抜く並びと帰る観光客が多い。始末するかは実物を見て決める。まずは見知った顔か否かの判断を……!?

 

「……何……?」

 

見えたのは見知ったどころか馴染み深い面々。

廉と小春ちゃん、それに芦花さん……となるとあれが噂に聞く有地将臣……なのか?

──あり得ない。何故ただの人間から祟りを見たときの、あの殺意にも似た衝動が生まれなければならない? "アレ"が誤認したのか? 転じているわけではない、極めて微弱な感覚……あの男、一体何者だ?

 

「イナガミの」

「──ッ!?」

 

刹那、幼い少女の声が真横から聞こえた。気を張っていた影響か、咄嗟に手が出た。真横に振った手刀は……

 

「危ないのぅ」

 

何かに当たるわけでもなく、ただ空を切った。視界に入る人間を改めて注視する。幼い少女──だが、この感覚は神刀のそれと似通ってて、かつこの視線を俺は憶えている。ついこの前も感じたもの……と、なればまさか。

 

「あんた……ムラサメ様か?」

 

半信半疑、そして資格を持たぬものには見えぬその性質から声を潜めつつ尋ねる。

 

「如何にも。しかし何故吾輩を見れるようになった? イナガミは外から来たはず……」

 

彼女は訝しげに俺に尋ねる。

……そう、ムラサメ様が見えるのは朝武の直系だけ。具体的には、朝武から派生した常陸──つまり茉子と芳乃さんだけだ。婿養子の安晴さんは見えないらしい。

 

つまり、俺が見える通りは無い。

両親も、祖父母も見えなかったのだから、その子である俺に見える筈が無い。

だが、そうじゃなかった。俺は朧げながらも見ることが出来た。何故なら──

 

「あんたが俺を見てると気付いたとき、"アレ"が見えるように視界を弄った。古い術らしいが知らん。俺にはピンボケしたものしか映らなかったが……何の因果か、さっき急に焦点が合った」

 

家にある、"アレ"。

俺と接続している"モノ"。

それが勝手にチャンネルを合わせ出した。俺の意思など関係無く。

すると合点がいったのか、一つ頷いた。

 

「なるほど、"アレ"が……お主、先祖返りだな。かつ、"アレ"に接続できるほど適していると」

「忌々しいことに、な。生まれながらの時代遅れ──そして生まれたことが罪である存在……かつてイナガミが求めた完成形を、新たな形を作らんとしていた新しき稲上が産み落とす事になるなんて」

 

本当に忌々しい。己の存在それそのもが滅び行く筈だった古き稲上の求めた傑作にして希望であり、新しき稲上が捨て去ろうとした過去の罪業だ。この世に生まれたことが消えぬ罪、生きる限り裏切り続ける大罪人。

 

「……故に生きていてはならぬ、と?」

 

だが何を思ったのか、ムラサメ様は嘆くように、俺に問うた。

 

「当然。始末を生業とし始末しなければ生きられない存在など、死んだ方がいい」

 

吐き捨てるように答えると、彼女は大きくため息を吐き……

 

「それが芳乃や茉子、いやお主に纏わる人間総てを不幸にすると知りながらか? 安晴が嘆いておるのは聞いていた。だが、何がそこまで駆り立てる? 生きていたって、いいではないか。そう急ぐな。限りある生と受けた愛を無価値とするつもりか」

 

──何かを後悔するように、俺が目を背けていた事を突き刺してきた。

そんなことはわかっている……が、己の存在がどれほど罪深いかをこいつは理解していない。いいや、理解できるはずなどない。

裏切りと苦悩と血に塗れた俺なぞ、生まれるべきではなかったのだと──!

 

「──あんたに何がわかる」

 

感情が先走って有りがちなことしか出てこない。

やめろ、やめろ──哀れみの目を向けるな。何故軽蔑しない? 何故疾く死ねと言わない? 生み出し破壊するものがヒトなのに。そのヒトなのに殺すことしかできない甲斐性無しなど──!!

 

「そんな、お主……そこまで」

「黙れ! 俺は……俺はッ! 時が来たら消えなきゃならないんだ……! この時代にはいらないから!」

 

何かを言われる前に遮る。

子供の癇癪にも似たソレは、ムラサメ様の目にはどう映ったのか。

 

「のぅ……主の名は? たしかに吾輩は主の名を知っている。だが、主自身の口から聞きたい」

 

失望か、呆れか……どちらともつかぬ再びのため息。嘆きか哀れみか、何故と問いたげな視線と声色で、俺の名を尋ねた。

名を尋ねられれば、応えねばなるまい。

 

「馨だ。稲上馨」

「馨、か。良い名だ」

 

噛み締めるように名を褒めるムラサメ様。……名を褒められるのは、悪くない。やはり俺の両親に間違いはない。間違っているとすれば俺の方だ。

 

「……ぬ?」

 

しかし、突如としてムラサメ様は何かを感じたのか……とても驚いた表情を見せた。

 

「これも運命……か。担い手が見つかったようだの。馨、しばらくそこにおった方がよいぞ。きっと、何処かで呼ばれるに違いない」

「だろうな。頃合いを見て、本堂に入るさ」

 

そうして姿を消すムラサメ様を見送り、俺は静かに座り込む。

……わかっている。

 

だがそれでも、俺は自分が許せない。

イナガミの血が流れる己が憎い。

単に度し難い異常者であれば、悩むこともなかったのだろう。しかし平凡な親より生まれた俺にあるのは平凡な精神。故に開き直れるほどのものでもなく……あぁ、吐き気がする。

 

 

……しばらく待つこと一時間以上。

なんかもう面倒くさくなって寝た……のだが。

 

「起きろ馨。いつまで寝ている」

「……んぁ……? 玄さん……?」

 

玄さんに叩き起こされてしまった。

 

「少し来い。叢雨丸の担い手が見つかった」

 

……本当に呼ばれたよムラサメ様。あんたの予知すげーや。

と、なれば……それは稲上としての仕事になるのだろう。つまり、殺すものとしての己を露わにしなければならぬ時が近づいてきたというわけだ。

なるほど。最終手段であり、現状自由に動けるこの俺に声をかけるのも通り。

 

「わかりました。が、編笠か何かありません? 貴方も知っての通り、俺は自らに失望しています。そんな俺が栄えある担い手殿に会うとなると、恥ずかしくて顔も見せられません」

「相手は将臣だぞ。そこまで気を貼らんでもいいだろう。いや待て、お前その格好は……」

「はい。何か妙な気配があったもので、"仕事"かと思いまして」

「わかった、しばし待っていろ。取ってくる」

 

あるんだ……と驚いていると本当に取ってきたよ編笠! マジであったの!?

 

「あ、あったんっすね……編笠」

「まぁ少し大きめだが顔が隠れてちょうどいいだろう」

「すみませんね、ホント」

 

これ三度笠か……いそいそと被り準備を整える。なんか人斬りみたいだな。いや本当に人斬りのようなものなのだが。

それから玄さんについて行き、本堂へと入る。

 

「待たせてすまんな」

「大丈夫だよ祖父ちゃん。って、その人は……? やっ、やっぱり俺地下行き?」

 

やけに怯えながら抜けた叢雨丸の前で座している彼が、有地将臣か。

ふむ……見た感じに雰囲気も全て、都会の少年のような感じだな。それに衝動も来ない。誤診か? ──まさかな、そこまで耄碌していまい。

しかし茉子じゃないが、からかってやりたくなるものだ。ああまで素直な反応では、特に。

だからだろうか。だいぶ妙なイントネーションで彼に話しかけた。

 

「あぁ、どうも。お初にお目にかかります、有地将臣さん。あっしは掃除屋っちゅうもんです。どうぞご贔屓に……ヒヒッ」

 

不敵な笑いを入れたせいか、更に怖がらせてしまったようだ。

 

「あ、あはは……どうも」

 

完全に引き笑いをしながら恐る恐るといった様子だ。おかげで見えない角度から玄さんに小突かれた。遊ぶな、ということなのだろう。

 

「てのはまぁご冗談で、あっしは一応顛末を知らなきゃならん人間ですんでこの場にいるだけです。脅してすんませんね」

 

ケラケラと笑いながら謝罪する。

この様子だと、仕事は単にこいつの護衛か稽古あたりか。トーシロをいきなり戦場にほっぽり混むわけにもいくまい。

聖なるものに選ばれたということは、同時に邪悪なるものの存在を証明する。神秘の残らぬ地に、祟りにしろ妖にしろ──魔性は生まれぬが、反存在を持ち込めばいつ如何なることが発生しても不思議ではない。

……となれば囲い込みか。この地に留める気だな。しかしどうやって? 馬鹿正直に物事を明かすのには、恐らく芳乃さんが反対する……彼女、背負い込んでるからな。だが隠し事などいつか暴かれるというのに。

 

その辺は、安晴さんと玄さんの手腕に期待か。

胡座かいて座ってると、奥から安晴さんがやって来る。しかし芳乃さんの姿は無い。ムラサメ様もいるのに。

 

「待たせて申し訳……何してるんだい?」

「いえいえ、掃除屋の顔出しはいかんでしょうて」

「……まあ、そうなんだけど……僕としては君にそうされるのは嬉しくないな」

 

む……いや、ダメだ揺らぐな。

出来るのは俺だけだ。ならば俺がやらねばならない。

覚悟を揺らすな、揺らすならばあの一度だけだ。

──あの女との約束だけだ。

 

「公私は別けねばなりますまい。俺も貴方も、因果な星の下に生まれた。それだけです。そして彼もまた……ね」

 

小声で仕方ないことだと呟く。

──さて、始まるか。事がどう動き、俺の仕事がどうなるかは、全てこの男次第だな。

 

「あ、聴いてるだけでいいから」

 

……へ?

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