千恋*万花~福音輪廻~   作:図書室でオナろう

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ここから先は頑張って書いてます……まだ全然終わりそうもないけど!


混乱

揺さぶられているのだろうか。

まだまだ眠っていたいのに誰かが俺に起きろと言っているかのようだ。

 

……というか、家には俺一人のはずなんだが、何故にこうも?

 

あぁ、虚絶か……いや待て。あいつなら無理矢理起こしてくる筈なのに、どうして揺さぶっているんだ?

 

「…………きて……さ……」

 

何か言ってる……けどまだ寝ていたい。飯なんてどうでもいいから寝ていたい。適当にパンとか突っ込めばいいから寝ていたい。

 

「起きて……」

 

……あれ、この声って……?

 

「起きて下さいっ!」

 

はっきりと聞こえた声に目を醒ます。ゆっくりとその声の方向を向くと──

 

「……なんでお前……?」

 

とても困った顔をした茉子がいた。

……はて、何故茉子が俺のトコにいる? 合鍵を渡してないのは確かだ。ならば余計にわからない。

──これは夢だろうか? 俺が茉子と長く接していたいとほんの少し、本当にほんの少しだけ、そんな願望を抱いていたからこそ見ている夢なのか?

 

「なんでって忘れたんですか? とにかく起きて顔でも洗って下さい。じゃないと朝食に間に合いませんよ」

 

呆れた声と顔。それを見て記憶に何かを感じて……あぁ、そうかと。

全て思い出した。ここが何処でどうしてこいつがここにいるのかも。

 

「……ありがと」

 

とりあえず返事をして、欠伸を一つ。

──眠気も全部ぶっ飛んだ。寝起きから茉子の声を聞いてハッキリと目が覚めた。

……いやお前、好きな女の子に通い妻みたいなことされたら目ェ覚めるだろフツー。

 

「すぐ着替えて行く。待っててくれ」

「わかりました」

 

居間に向かう茉子を見送りつつ、ガサゴソと着替えを漁り制服を取り出す。

しかし、そうか……ギリギリまで寝かしてくれたのか、あいつ。有難い話だ。

 

 

 

「そうだ、お前調子どうよ」

 

着替えて飯を食って、そのまま学院へと向かう中で、俺はふと茉子に声をかけた。昨日はあの後、犬になることはなかったが、さて今朝はどうだったのか。

 

「今朝に一度なりましたね」

「はぁ。規則性は無し、か……」

「いつも通りトレーニング行こうとした時になってびっくりしたよ」

「ふーん……俺が叩き起こされる訳でもなし、かと言って今の茉子から何かを感知できる訳でもなし……」

 

そこまでボヤいて、だが俺はふと気がつく。将臣がそう言ったということは、つまり茉子の──

 

「将臣」

「なんだよ」

「……見たな」

「何を!?」

「芳乃ちゃんという人がいながら……お前ェッ!」

「違ァう!」

 

キシャーっと掴みかかり、睨み合う俺たち。朝っぱらから元気なことだが、ぶっちゃけ俺だって見てみたいよ茉子の……あっ、いや……それよりすごいの見てたわ俺。うん。

 

──でも健全な男子的に言わせてもらうと全裸よりエロく感じるんだよね、下着はさ。

 

いやでも本物はすごかったな……じゃない!! ええい、思春期のガキか俺は!?

グギギと睨み合いながら、一つため息を吐いて落ち着いた後に──さてどうなのかを聞いた。

 

「……実際」

「朝た……芳乃を起こしに行ったよ普通にさ。見てないって」

「ホント?」

「ホントホント」

「騙したら殺す」

「信用してくれよ」

「茉子に後ろから胸押し当てられたりお姫様抱っこしたりしたの俺は思うものあるからな」

「面倒だなお前」

「面倒だよ俺は」

 

取っ組み合いをやめつつ、ため息を吐く将臣を俺は笑う。面倒でない俺など俺ではない……と言ったところか。だがしかし、やはり思うのだ。

 

羨ましいぞちくしょうと。

 

……昨日から気持ち悪いな俺。

 

先程までのやり取りは全て小声。近くにいたムラサメ様以外には聞こえなかったろう。現に茉子と芳乃ちゃんは不思議そうな顔をしているではないか。完璧。

 

「でも茉子、大丈夫なの? また急になったら今度は隠すのが大変になるんじゃないかしら」

 

心配そうに言う芳乃ちゃんの発言はもっともだ。家の中で起きたのならばとにかく、外ともなると隠すのも難しければ、更に復帰したとしても茉子は素っ裸だ。

──しかも抑制も出来なければ常に暴走状態。何がトリガーかもわからない。はっきり言えば詰んでいる。

 

「……つかお前普通に過ごしてるけどいいのか? 駒川も待機しておくとは言ってたけどさ」

 

だっていうのにこの女、普通に制服着て学院へ行こうと考えたようだ。俺たち全員が怪訝な顔をして見たって当然の話だろう。

 

「平気ですとも。だってほら、こういうのは大抵一日一回って相場が決まっているでしょう?」

 

ドヤ顔をしながらえっへんと漫画やアニメ知識的な考えを抜かす茉子を見ては、今度は呆れたため息しか出てこない。

 

……こいつは本当に変なところで楽観的だなぁ……

 

確かにお湯は手元にある。水筒にお湯を入れてきたので何も問題は無いと言えば無いが、当然ながら何も起きない方が嬉しいに決まってる。

 

「……朝からこの調子なんです」

「マジかよ……」

 

芳乃ちゃんの補足を聞いてゲンナリする。こりゃ……マズいのでは?

 

「まぁ吾輩が学院の中にいて随時見ておくことにしてもよいのだが、物理干渉ができんのでな。こちらは憑代を見ておこう。馨、虚絶を貸してはくれぬか?」

「──だとさ」

 

ムラサメ様の提案を虚絶へと伝えてみると、俺の影から黒い靄が蠢き、そのまま茉子の影に入った。

 

「もしなったとしても虚絶が服を回収するし、普通の人間には反応不能な速さで入れ替わりもしてくれるから何とかなる……と思う。あと伝達が早い」

「心配性ですねぇ。大丈夫ですよ、あは」

 

いや本当に心配なんだって。

なんか楽観が過ぎる茉子に、俺たちは一抹の不安を覚えながら登校するのであった。

 

 

 

さて、そんなこんなで授業を受けつつ、茉子を見て状況を確認する。しかし何一つ変わらない。感覚的な話でも、視覚的な話でも、だ。

 

──ふむ……均衡が崩れると子犬になるということか──

 

そんな中で、虚絶は分析結果を告げる。

 

──どうやら、中にいるものが何かしらのものに反応した場合、均衡が崩れてしまうようだ──

 

なるほどな。

茉子の座っている椅子の横に獣がいる。が、獣が反応すると椅子に座っている茉子を押し退けて……という構図か。

と、なればもうどうしようもない。本人の努力でどうにかというものではない。獣側との対話が必要だな。けど応じてくれるもんかね……

 

──難しいな。回線が違っている……魔と神の境の狭間に通じる回線など、人の身には無理な話だ。向こう側からこちらに合わせてくれなければ通じん──

 

ちっ、不可能か。

……無理をするにはやや厳しい……ともなれば、クソッ……

 

──貴様が想いを告げれば全て丸く収まるというに。この軟弱者め──

 

じゃあかしいわいっ。

俺が伝えても、彼女は俺を異性として見ていない。それが事実だ。それだけで終わる。

 

──いや貴様、本当に貴様、おい貴様……貴様は……貴様な……──

 

なんだかとても言いづらそうにモゴモゴと虚絶は言うが、最終的には「忘れろ」とだけ言って勝手に切り捨てた。なんだよお前……本当にさ。

 

──あの女の本心はまた別だ。そして恐らく、子犬になることをどうにかする条件もまた、恋などではない……──

 

しかし急に虚絶は続けた。

何を急に? しかも茉子の言葉が嘘だって言うのか。

 

──恋などという次元は通り過ぎている、奴は既にな。それに、誤魔化したという線もある──

 

……どういうことだ?

 

──我が思うにな、常陸茉子は既に恋をしている。恋をしているからこそ獣が反応した。そして常陸茉子は想いを明かすことを拒み、敢えてあのような言葉を使った……そう見ている──

 

虚絶の発言は確かに可能性がある。が、しかし茉子が敢えてそのような事を言う必要があるのかわからない。別に何かそうする必要なんて……

 

と、そこまで考えた時に。

 

虚絶が、淡々と告げた。

 

──あの場に、常陸茉子の想い人がいた……とすればどうだ──

 

思考が止まった。

茉子の想い人が、あの場にいた……?

 

……もしかして、あいつ横恋慕だったのか? それとももしかして廉だったりとか……

 

絶対に俺ではない筈だ。間違いない。

 

──愚かだな馨よ……実に愚かだ──

 

心底呆れた声で、彼女が吐き捨てる。

それだけ伝えると、一切応えなくなった。

 

……まさか、俺……?

 

いや、あり得ない。

それこそあり得ない話だ。

 

彼女は俺を異性として見ることはない。

俺だけが異性として見ているんだから。

 

ただそれだけの事だ。

 

 

それから更に時間は過ぎて昼休み。

なにやら女子トークが向こうの方で繰り広げられているが、俺の知らぬところだ。年頃の女の子らしく恋バナに花を咲かせている。

 

んで、かくいう俺たちはと言えば。

 

「……なぁ馨、マジな話お前どうするんだ?」

「するわけないだろ」

 

将臣が割と深刻そうに言ったことを切り捨てる。

 

「やるだけやってみるのもアリだと思うぞ。というかデートくらい誘ってみたらどうだ」

「普段と何一つ変わらんさ。彼女は俺を異性として見ていない」

 

──俺たちも恋バナだよ。

 

「おっ、なーに話してんだよ二人とも」

「廉」

 

そして女に飢える男が聞こえてきたワードに反応してヒョッコリと顔を出す。丁度いいか、こいつに聞きたいこともあったし。

 

「いやな、廉太郎。そのだな……」

「俺が片想いしてる。それだけだ」

 

将臣が言うか言わないかを悩んでいるらしいので、さっぱり小声で切り出してみると、そこの従兄弟コンビは鳩が豆鉄砲を喰らったような顔どころか、非力な赤子にブレーンバスターを喰らった大人のような顔をしていた。

それくらい間抜けだった。

 

「おまっ!? 馨!?」

 

ひどく驚いた様子で間抜けな声を出す将臣とは対照的に、廉はしばらく間抜け面を晒した後に、キリッとした顔に戻ってから静かに一言。

 

「常陸さんだな」

 

………………今度は俺が沈黙した。

いや、あの……そんなにわかりやすかったかな……どう考えてもどっちつかずで中途半端な感じだから余計わからないと思ったんだけど。

 

「……なんでわかったの……?」

「あれで気付かねぇのは無理あるだろ」

「いやでも……ほらさ」

「てかやーっと自覚したかって感じ?」

「色々あったんだよっ」

 

心底呆れた表情の廉にヤケクソ気味に返してから、俺はソッポを向く。

当の俺だけ長い間気付かなかったのに、周りの奴らにはバレバレってのはなんか割に合わねぇ……

多分面白い顔をしていたんだろう。そんな俺を覗き込むなり二人が笑い出す。

 

「なんだよ、拗ねんなよ馨。ほら、俺に相談してみろって」

「聞きたいことと言えばどうして男女は付き合うのかぐらいだ」

「……は?」

「そもそも恋愛に対する知識が無い」

 

だってそもそもの話、俺恋愛についてさっぱり知らないし。

そういうことだと素直に言ってみれば、何やら将臣と廉は顔を見合わせた後、「すまん」と告げてから俺から距離を置いてから何やら小声でコソコソと話している。

 

「真面目に答えるなよ? 答えたら理詰めで余計告白しなくなるだけだぞ」

「んなこたぁ俺もわかってるつーの。てかどう見ても両想いなんだから勇気を出しゃ全部解決じゃねぇか」

「それが異性として見てないだろうからってよ」

「えぇ……マジかよ。馨お前本当にお前って感じだわ……」

「……正直両方とも面倒くさいと思う」

「あぁ。俺も小春からたまに二人が田心屋でイチャついてるのは聞いてる。で、その片割れの馨がこれなら、常陸さんも多分拗らせてる可能性高いぞ」

「こっちは弟分でしかないからダメだと思ってて、向こうは姉貴分でしかないからダメだと思っててってパターンだな。死ぬほど面倒くさい」

「真面目に夜這いしろって言うか?」

「なんかそれが手取り早い気がする」

「……マジな話どうするよ?」

「俺たちじゃ非力すぎる。いくらなんでもなぁ……」

 

……長いな。

ちゃんと答えてくれるかね。奴ならばと思ったが……いや頼むぞ親友。

 

「とりあえずなんて言う」

「理屈じゃねーとしか言えねえだろ。変に説明するとあいつもっと拗らせる」

「頼むぞ廉太郎」

「これもう当人たち次第だけどなァ……」

 

大分長い作戦会議が終わったらしいのだが、それにしたって物凄く微妙そうな顔をしている将臣と廉が近づいてくる。

 

「なんだその顔は」

 

なんか割と癪に触ったのでとりあえずジャブをしてみると。

 

「自分の胸に聞け」

「右に同じく」

 

フッツーに殴り返された。

……俺の所為かよ。まぁいい。

 

「んで答えは」

「理屈じゃねーから衝動に従え。以上」

「使えねえな親友」

「ポンコツなのはテメェだよ親友」

 

ポンコツかよ、お前だって芦花さんに恋をしたら同じように悩むだろうに……

 

と、その時である。

 

「はて? 何故ここに子犬がいるのであります?」

 

──気の抜けたレナの声。

子犬というワード。

ギギギと首を動かしてみると。

 

茉子が、また子犬になってた。

 

──すまん端末よ。服が落ちるということは我が服を回収したら出られなくなった。ついでに報告が遅れた──

 

「ぶ──ッ!?」

「な──ッ!?」

 

将臣が吹き出して、俺が愕然とする。

──ラグは無し。早い、早すぎる。瞬間と瞬間の隙間とでも言うべきだろうか。速度とかそういう域のレベルではない。

 

しかも光るわけでもない。

つまりなんだ、絶対的に感知不能と。

 

これは紛れもなく、神の不条理に他ならない。

 

……変な感じだけどね。

 

「わふぅ……」

 

いやわふぅじゃないよ俺を見るなよ……

レナに抱えられ、そのたわわな果実を横顔に受けながら子犬茉子が俺を見つめている。

 

……え? マジ? 俺?

なんか芳乃ちゃんからも無言の威圧を感じるし、将臣なんて「はよ行け」みたいな感じだし、なんか虚絶に至ってはさっきから「役得しろ」とか宣ってくるんだけど、マジで俺がやんの?

 

「あれまホントだ。ていうかなんで子犬? レナちゃん知ってる?」

「全然知らないであります。でもなんだか何処かで会ったような……?」

「それにしても、常陸さんどこ行ったんだろ? 急に居なくなって何かあったのかなあ」

 

もう隠しようがねーじゃねーか!?

柳生がキョロキョロと見渡すと同時に芳乃ちゃんが青ざめていく。いや待って!? 君さっきは俺に任せたみたいな雰囲気出してたよね!? レナは関係者だからいいかと思ってたの!?

 

──何を躊躇っている。助けてやれ──

 

……どう、やって?

しっ、自然な展開が思い浮かばないんだけど……

 

──動け──

 

いや、その……

 

──何度も言わせるな動け!──

 

虚絶の叱責と同時にウルウルと泣きそうになりながらレナの腕の中で腕をテシテシと動かして視線を送ってくる茉子。

ただ事情を知らなければ可愛い仕草にしか映らんので。

 

「おー可愛い子可愛い子……よーしよし」

 

あ、小野が撫でくり回してる。

 

──早く行け! 貴様、いつまで馬鹿をやっている!──

 

再びの叱責。

ついでに将臣からも「はよ行け」的な視線が強くなっている。芳乃ちゃんは……アワアワし始めたからダメだなこりゃ……

 

──やる気があるのか? はっ、そんなザマでは何処とも知れぬ馬の骨に取られても知らんぞ──

 

別に俺のというわけでもないだろ! なんだその……そんな言い方は!? むしろ芳乃ちゃんのだっつーの!!

 

──あぁもう……!! そこまで似ることないじゃない!?──

 

……は?

思考が別の意味で停止する。

虚絶なのだが、そう、虚絶なのだが……普段の奴は超常的な言葉遣いと抑揚をするのに、なんでかこの一瞬はとても人間のように、何処にでもいそうな感じで、普通に声を荒げていた。

……猫被ってたのか? こいつも。

 

──好きな女の子のピンチでしょ! 男の子ならカッコつけなさい!──

 

あっ、うん……うん。

なんか気圧されて、間抜けな返事と共に俺は動き出す。

 

「あー……レナ? それね、俺の知り合い。のでプリーズ。すぐ戻してくるよ」

「カオル、とても目が泳いでますが……」

「うーん? アイがスイミング? オーケーオーケー。藪からスティックな言い草で確かに疑問だよなァ、うン」

 

動揺しながらの発言故に、あまりにも珍妙で素っ頓狂な物言いとなってしまう。

 

「カオル? 大丈夫でありますか? わたしの目を見て……ほら」

 

しかしレナは俺が何故そんな風になっているのかがわからないので、頬に手を当てて目と目を合わせてくる。

 

「──」

 

思わず。

比喩でもなんでもないが。

 

俺は、彼女に魅了された。

 

何故かなど言わなくていいだろう。

ジッと俺を見つめてくる、その澄んだ青空のような瞳に吸い込まれた。

 

それだけだ。

それだけの理由だ。

それだけの重大な理由だ。

 

何度も見たし、もっと間近で見たことだってあるのに。

 

──青空のようだとも。

──あるいは、宝石のようだとも。

 

"俺以外の何か"が、俺の中で蠢いていたような……ッ!?

 

「痛っ!? なんだよ!?」

 

痛みを感じて手元を見れば、近づかれて腕を前に出してたのを茉子に噛まれたらしい。なんだよ急に。

 

「おろ? 噛むのでありますか」

「あー、気にしないで。俺には当たりが強いだけだから。渡してくれるか? 知り合いのところに預けてくる」

 

心配そうなレナにとりあえず渡すように言う。時間もギリギリで、もうすぐ授業も始まってしまうが、ちょっと場所を変えて戻すだけだ。大して時間もかかるまい。

学院自体は端の方にある上、物陰も多く、誰に見られる可能性も限りなく少ない。ある意味では好都合だが好都合ではないとも言えるのだが……ま、最悪見られたら俺が仕事をすれば良い、それだけのことだ。

 

「……まぁ、カオルがそう言うのなら」

 

ただ奇怪な反応だったのも事実。

動揺が表に出ていたのか、レナからの視線には疑惑がありありと見えている。

なんとも言えない雰囲気を醸し出しながらも、まぁ……と言った感じで茉子を差し出してくる。

 

「ありがと」

 

受け取ると、パタパタと尻尾を振りながらテシテシと前足で叩いてくる。

 

「はいはい、散歩ね」

 

適当に言いつつ、教室を出て行く。

教師への言い訳? まぁなんかテキトーにだ。

他の奴らが何言ったって構わんがね。

 

フラリと外に出て、一番人目に付きづらい所の物陰へと向かう。

ただ流石に裸足で地面には立てさせないために、床のある所になったから結構微妙な感じだが……気にしても仕方ない。

さっさとお湯をかけてやって、例の光が見えたらそっぽを向いておく。

 

「なに見惚れてたの」

 

多分素っ裸なのにいきなりこれを言ってくる辺りこいつ元気だなァ……

 

「噛むほどのことかよ」

「前に言わなかった? ワタシだって妬くんだよ」

「そーかい」

 

その妬くは、きっと姉として……なんだろうが。

空回り? いや、独り相撲か。

そんな虚しいことがしたいわけでもないのに。

 

勇気も無い、何もない。

俺は彼女との関係性が壊れることに怯えている。

 

「虚絶」

「わかっておる」

 

さっさと呼び出して服を渡させる。

俺は目撃者がいないかを見るのとついでのガードか。

しばらく布がゴソゴソする音を背後で聞きつつ、しかし決して振り向かないようにしていると──

 

「端末よ、何故貴様は戻らんのだ?」

 

急に、そんなことを聞かれた。

 

「いや誰かいないと面倒だろ」

「……貴様忘れてないか? 我の姿なぞいくらでもある。故にどうとでもなるとは貴様が言ったこと。もう一度聞くぞ? 何故貴様はここにいる? そして常陸茉子よ。何故端末に帰れと言わなんだ?」

「あー……」

「……あっ」

 

……えーっと、なんでだろ?

二人してウンウンと唸っていると、呆れ返った声と共に一つ。

 

「要は貴様ら、二人だけの時間が欲しいのであろうよ。誰にも邪魔されず、自分だけが隣にいる……という時間がな」

「んなわけあるかァ!」

「違いますッ!」

 

反射的に振り向いて反論するが、虚絶の姿は無い。いつの間にか戻っていたようだ。

と、なれば当然眼前に広がるのは──

 

「……」

「…………」

 

制服を着かけの茉子。

なんか……半脱ぎみたいでとてもその……淡い水色の下着も見えて……

思考が止まる、ぐちゃぐちゃになる。どうしようもない程に動揺して何も言えない。振り向こうにも振り向けない。

 

「あ……あー、えっと……あの、あのだな茉子……?」

「えっ、あっ、はい……?」

 

だからなんとか、無理に言葉を捻り出そうとして……

 

「……下着、似合ってる」

 

いや何を言っているんだ俺はと。

 

「あっ、いや悪りぃ! 忘れてくれ!」

 

口に出した後にやっと、ハッとして後ろを向くことができた俺は、間違いなく愚かな男だ。

気持ち悪いとかもうそういう次元を通り越して最低である。真剣に死にたくなってくる。ていうか死ねよ俺。

 

最近最低なことばっかりだぞ。

こんなの合わせる顔が無い。

 

つかなんだよ下着似合ってるって。

せめてさ、エロいよなお前ってくらいにしろよ。まだそっちの方がマシだぞ。気持ち悪いぞ俺よ。

 

「急にそんなこと言って恥ずかしがってどうしたの?」

 

後ろから呆れた彼女の声が聞こえてくるけど、なんか納得行かねー。普通は女の子がキャーみたいな場面なのになんで俺が……

 

「どうしたもこうもねーよ」

「裸見てるのに」

「言われてみりゃそうだけどさ、ほら」

「気を遣ってくれてるんだ」

「いくら仲良くても女の子だろ」

 

そう言うと、何故か茉子が黙った。

というか完全に停止している。何も聞こえない。

 

「どっ、どうした? なんかあったか?」

「……」

「茉子?」

 

声をかけても無言のまま。

なんだか非常に怖くなっている。女の子と言われるのには慣れてなかったのか? 可愛いとかは言われ慣れてないとか言ってたけど、そんなこと一言も……

あっ、俺の所為で変に意識させてしまった感じだなこれは。だってこいつは恋をしなきゃ────

 

「──ワタシが、"女の子"……って言ったんだよね?」

 

突然聞こえた、その含みを持った言葉。

 

「へ?」

「"女の子"って見てるんだ」

「だってそりゃお前女の子じゃん。生物学的に」

 

何を当然なことを、どうしてそんなに年を押すように聞くのだろうか。

自分が女の子って自覚があんまり無いのかこいつ。そんな訳ないと思うのだが。

 

「そっか……そうだよね」

「逆になんだと思ったんだ」

「なんだと思う?」

「そういうのやめない?」

「やだ。やめない」

 

本当にどうしたんだろうか。

なんていうか、茉子らしくない。

 

などと思っていたら、パキリと何かを踏む音。

俺たち以外の誰か──間違いない。

 

「誰ですか!?」

 

先に反応したのは茉子。

その声に応えるように姿を現したのは……

 

「レ……レナ? どうしたお前」

 

さっき別れたばかりのレナ。

てことはこいつ、授業抜け出して──

 

「また、何かあったのかと思って付いて来たのですが……」

 

どうやら心配だったから付いて来た程度の話らしい。とりあえず安心。

 

と、ここでレナの視線が奥の茉子に向いていることに気がつく。しかも茉子もレナの方を向いているのでモロバレだ。

半脱ぎみたいな姿の茉子がな。

 

あっと気が付いてももう遅い。

一瞬にも満たない時間の間にレナの顔が真っ赤に染まり上がる。

 

「は、は……ハレンチにゃ!?」

「違いますから落ち着いてください!?」

「マジで違うんだけど!?」

「だってカオルとマコは……どう見てもアレであります!」

「アレってなんですか!?」

「てかお前マジでさっさと服着ろよ!?」

「ふふふふ服ゥッ!? ファッ禁です! なんというファッ禁! カオルもマコも外でプレイするヘンタイなのですか!?」

「なんでそうなるかなァッ!?」

「ワタシ見られる趣味なんかないもん!」

 

収集がつかなくなってきた。

とか頭で考えているが俺自身色々誤解されて気が気でない。冷静じゃない。

……好きな女の子といかがわしいことしてたと思われたら……ねぇ?

 

「そういうその……やらしい話じゃなくてな? 色々あって茉子が犬になっちゃったりしたんだよ」

 

もうどうにでもなれの精神で明かしてみると──

 

「マコが……メス犬に?」

 

素晴らしくトンチンカンな発言をした後、「メス犬……メス猫……受け攻め……ふしゅぅ〜……」などとうわ言を言ってから煙を出して倒れ込んだ。

目を回している辺り、本気で気絶しているらしい。

 

「「……えぇ……」」

 

どうしよう……

 

「これ、レナさんに事情説明しないとですね」

「その前にテメェいい加減に服着ろよ!!」

 

風邪引くぞ茉子。

 


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