千恋*万花~福音輪廻~ 作:図書室でオナろう
書き溜めは理想で、ダメそうなら即上げ。そんな感じでいきます。
「……」
「……」
そんなこんなで、帰ってきたはいいのだが……俺たちは特に喋ってもいなかった。
「やはり戻ってきておったか。何かあったの……なんじゃお主ら? そんなに黙って」
もちろんこんな様子ではムラサメ様とてびっくりする。呆れたというか、珍妙なものを見る顔が可愛い。
──ちょっと浮気者じゃないの馨──
うっせー、可愛いもんは可愛いんじゃい。
てか随分気軽に出てくるよなアンタ。なんだよ、今更になって。とりあえず目的だけ話せ。どうせ報告くらいしかやることないんだからさ。
──ま、一言で言えば私が出てくる理由が生まれたから……かな──
ヘラヘラした声が鳴りを潜め、落ち着いたトーンで話されたその目的は、納得が行くが極めて不穏な、そして不透明なものだった。
……出てくる理由。
魔物を殺せと暴れ始めるほどの憎悪を持った復讐鬼が出てくるだけの理由。
復讐者が出てくる理由なんて、復讐対象がいるくらいしか思い浮かばない。だが俺はこのご先祖様についても、虚絶についても、そしてかつての伊奈神がなんであったのかも知らない。
俺が知っているのは、俺のやるべきことくらいだった。
──その線はあながち間違いじゃない。でも……キミが知る必要は無い。これは私と奴の話だ。死んでも因果な鎖で結ばれた、ね──
教えるつもりは無いと容赦無く打ち捨てられる。だがここまで関わっておいて、それはないだろう。どうせ俺の身体を使うんだから、関係無いってのは筋が通らない。
──いいやダメだ。これは私の話だ、唯一の願いだ。奴が出たのならば私が殺す。私がそう決めた。ならばそれを貫き通す、死してなおも。それが出来なければ私がここに存在する意味など無い──
その言葉を聞いて、あぁ──と。
ようやく、この女に俺が似ているという事実を受け入れられた。
"これは俺だ"。間違いなく"俺"なんだ。これと決めたことを成し遂げられないなら生きている価値も無い。本当にそれはよくわかる。
……なら、無粋という奴か。
──ただ……アレがもし本当にアレのままなら、必ずキミのところにもやってくる──
……何故俺に?
いや、こいつの復讐対象は破綻者と聞いた。ならば無差別というわけか。でもご先祖様がやると言うんだ、なら任せる方が筋が通ってるってもんだろう。
──あんまり面白くもないし、できることなら話したくないから、黙らせて。でも気にしないで。アレが本当に来たら、今度こそ私が殺す──
その声は極大の憎悪を纏い、闇より暗い奈落の奥底より、天に轟く恨みの叫び。
数千年にも渡って研ぎ澄まされた、復讐の刃にも等しい。この女は、確かに人ではあるが、同時に復讐の魔人でもあるのだ。死してなおも、その憎悪と絶望から解放されることなく。
なるほど、全て終わったら解放してくれと言うわけだ……
「……馨? どうした、黙り込んで。茉子が色々と報告してくれているというに。さてはお主……エロい妄想をしてたんじゃろ?」
その声にハッとする。
どうやら二人は話を始めていたらしい。俺はというと中に潜むご先祖様との会話に夢中になっていたから、外からはボーッとしているように見えたようだ。
……とはいえ、ムラサメ様。すぐにエロい妄想と揶揄うのはやめていただけないだろうか。小悪魔的表情がよくお似合いなので非常にその……良い。
「ニヤニヤしながら言われても困るよムラサメ様。あと違うから。俺将臣と違ってそんなにエロくねーもん」
「ではズバリ、茉子の裸は」
「とってもエッチでした」
「かーおーるーくーんー?」
「ごめん」
「よろしい」
なんか漫才みたいだな。実際、漫才みたいな感じで茉子は満足気な顔してるし、ムラサメ様はウンウンと頷いている。
……まぁ、気を取り直すにはいい機会だったか。
「しかしどうした、そこまで眉間に皺を寄せて。何かあったのか?」
「まぁ、多少は」
「あの女、ですね」
「のぅ、茉子よ。お主何があった」
あまりの茉子の変貌ぶりにムラサメ様、怪訝な顔をしながら俺に意味深な視線を向ける。いや、俺の所為じゃないから……
「俺なんもしてないよ?」
「ま、そうじゃろな。そうなら下手くそな言い訳が飛んでくる」
「ひっでぇ。……まぁいいや。顔を出させる」
「はいはーい。呼ばれて飛び出て即参上。伊奈神京香お姉さんでーす」
刹那、この女は闇の中から現れた。
同時に……白けた。
いや、冗談でも比喩でもなく。ムラサメ様も茉子も白い目でこのクソご先祖様を見ている。
もちろんクソご先祖様、真顔でこんなこと言ったからな。
そしてご先祖様はそんな俺たちを見て一言。
「なんだよぅ、私の話したんだし、聞きたいことがあったんだろ? だーから出てきてやったってのにそりゃねーだろお嬢ちゃんたち」
バリバリの文句であった。
呆れたため息を吐きながら、この場を仕方なく円滑に回してやろうと、渋々声をかける。
「えー、この人、どうも虚絶とはまた別な存在らしいです」
「端的に言えば私は亡霊。キミたちのよく知る虚絶は刀そのものの意志。以上」
いや待てお前、そんな重要なことをサラッと吐き出すな!?
それ見たことか、ムラサメ様は唖然としてるし茉子に至ってはさっぱり理解してない顔だぞお前!
「えー、私帰りたいからこんな端的に言ってあげたのに」
「人の頭を勝手に読むなっ」
「ごめんごめん。まぁでもそんな感じ。ちょっと色々あって出てくることになったよ」
そう言って後は知らんとばかりなご先祖様だが──
「待たんか、伊奈神の者よ」
そこに待ったをかけたのはムラサメ様だった。意外にも茉子は黙っている。
「おっと、伊奈神の者って呼び方されちゃうかー私。一応キミより五百と十余くらいは年上なんだけど」
「そなたから見れば全て童じゃろうて」
「はっ、違いない。んでなにさ」
よいこらせ、とババくさい発言とは裏腹にとても雅に座るご先祖様。めちゃくちゃサマになっていると感心してしまう。
そしてムラサメ様は、静かに尋ねた。
「虚絶とは、なんだ」
その表情は真剣と警戒が入り混じるもの。完全に今、ムラサメ様は京香に対して最大限の警戒をしている。声色にもそれが現れており、普段のそれよりも数段低く硬い。
「何って言われてもねぇ? 呪いと絶望から生まれた刀であり、数多の殺戮を通して完全に呪物になったもの。ついでに言えば私の家族を殺した奴が使ってた刀で、曰く怨恨の宿り木なんだってさ。無秩序に降り積もる怨恨がやがて魔物──鬼になる。人が自ら生み出した魔物が、人を殺すために歩き出す……祟り神として、だっけか。仔細は省くけどまぁ色々あってこっちに流れた」
それに対して京香はと言えば、ヘラっとした表情と声で、あっさりと白状して終わりだ。
けれどあからさまに何かを隠している雰囲気を見せているし、その上で関わってくるなという強い意志を感じる。
「では、その刀の意志とは?」
「さぁ? 怨恨の中身なんて知らないわ。私は私の憎しみを以ってして、この怨恨が鬼とならないように方向性を与えてやってるだけよ」
京香にとってはつまらないことらしい。その退屈げな表情がはっきりと語っている。
「夫も子供も殺され、復讐も果たしたのなら、死んでもなお忌むべき相手に吠え面をかかせてやりたいものでしょう? それに、流石にまた私みたいなややこしいモノを生み出しても困るし。だから人柱となって、内に潜み燻り狂うその鬼に方向性を与える役割を担った」
そう言い切ると、だが何処かバツの悪そうな顔をしながら──
「……まぁ、私もだいぶ魔人だから、それもあったんでしょう。無秩序に死を振り撒くよりかはマシだけど、そうした魔物と呼んでも過言ではない存在への殺意に変換されてしまった、ってオチね」
なんて、さっくり言ってのけた。
まぁ、なんだ。つまり俺が突き動かされ続けたものは、最悪よりマシだったと。
恵まれていたのだなぁ……と、しみじみ思う。俺は本当に、運が良かったらしい。下手をすれば俺が鬼の端末となっていた可能性もある。笑えない話だ。
「話はそんだけ? なら今の事話そうか。シケた話とか私嫌いだし。そう、そこの二人のデートとか!」
この重たく苦しい筈の話を、サラッと流して話の続きを──いや待て。
……なんで俺と茉子がデートすることになってるの?
レナからの、あくまでも"提案"であるのに何故この女はさも俺たちが自然にするものとして扱って話しているのか。
「む? なんじゃと。お主らやっとでーとするのか? 賭けは芳乃の勝ちじゃな」
「やっとってなんだよやっとって!?」
「いや、芳乃が「あの二人はそろそろ、いい加減にデートの一つや二つをして砂糖を仕入れてくれる筈」とか言っててのぅ」
「芳乃様ぁ!? 最近やけに夜中進展とか惚気聞かせてくるようになったのってそういう意図だったんですかぁ!」
茉子の叫びから、どうやら芳乃ちゃんが愉快なことになっていることを俺はやっと把握した。
てか君そうか、そんなに愉快な子だったのね……いや多分俺たちの中で一番愉快な性格してるかもしれない。
ケラケラと笑うムラサメ様と京香だが、一方俺たちはなんかもう盛大に疲れた。ため息しか出てこない。
「……茉子」
「……なに」
「疲れた」
「あとでお昼寝しよ」
「そうする」
……ん?
何か妙な返事だったような気が……もうなんでもいいか別に。なんか二人がやけにニヤついてるが知らねー。俺は疲れたんだ。ちょっとくらい寝たい。
「で、何故お主らでーとをするのじゃ。あ、いや、別に吾輩としては遅すぎるくらいだが──」
「その弁明は何処に向けたものなんですか、ムラサメ様」
「気にするな。口を滑らせただけだ」
ジト目の茉子の質問に対して、なんか腑に落ちるんだか腑に落ちないんだかわからない返しをするムラサメ様。
口を滑らせたって、だけの話なんですかねぇ……?
で、理由だっけか。
「いやぁ、ほら。茉子が犬になったってのは知っての通りだけど、あれレナに見られてたんだよね。その関係で事情を説明したら、とりあえずデートしてみたら? って話になって」
「なるほどな。確かに家族のように仲のいいお主らならば、普段していないことをすればそれっぽくはなるであろうな。今更感溢れる話だが」
口では納得したようだが、なーんか表情が納得していないように見える。いや絶対に納得していないというか不満げというかなんというか……とにかく、そんな感じだよ。うん。
しかしそんな俺たちを知ってか知らずか、我がご先祖様はさぞかし暇そうに一言。
「てかさぁ、キミら明日デートするんだよ? ちゃんと段取りとか服とか気合い入れるんだぜ」
「は? 明日?」
「だってそこの茉子ちゃん、このままだとマトモな生活送れないでしょ。だったらさっさと行動した方がいいじゃん」
「そりゃそうだけどさ。でも待てよ、俺はまだ一言もするとは──」
「じゃ、あれ見てしないって言える?」
呆れ顔でご先祖様は俺の隣──つまり茉子を指差す。
もちろん、彼女は……
「あー、デートですね、はい。デート……馨くんと、デート……」
実にまんざらでもなさそうな声と、何処か楽しそうな表情で、ぶつくさと何かを言っていた。怖えよ。
「流石に乙女の純情を弄ぶ真似はするなよなァ? 馨」
「はい……」
真顔で言われると、なんか否定したら殺されそうな気がしたので、俺はすぐさま頷くのだった。
意志が弱いって? うっせぇやい。
──ま、俺も……役得だとは思ってるし……
ちょっと嬉しいのも事実だ。
■
「あれで良かったのかのぅ」
「ああでもしなきゃくっつかないでしょ?」
「それはそうじゃが……」
本殿の中で憑代を見るムラサメと京香は、例のデートの話をしていた。
主に話題は、無理矢理にでもセッティングした話だが。
「考えてもみなって。あれじゃあ一生かかっても燻らせてるままだよ? それに、お節介というか、見ててやきもきするような、恋愛劇だからねェ……ちょいと私思うのよ。劇薬無いと進展しないなァーってさ」
和装で胡座をかくという器用なことをしながら、京香はそうボヤく。
何せ彼女は、馨と刀が初めて同期した時からその複雑奇怪で面倒くさい内面を知っている。そして茉子の内面もまた、今朝取り憑いた所為でこっそりと仕入れている。
「第一、お互いを好きすぎるあまりお互いに身を引き合うって何処の創作物だってーの。面倒ったらありゃしない」
「らしいと言えばらしいがの。しかし、二人の境遇を思えばさもありなんという話ではないか」
「どうかね? ま、綾ちゃんはほら、母親目線だし。あの有地君だっけか、彼の前くらいでしか年相応な面は見せられないもんね」
「む……」
綾──それこそが、ムラサメとなる前の彼女の名前。
京香から出てきたことも驚きだが、それよりも彼女にとっては。
「綾はもう、死んだのだ。ここにいるのはただのムラサメじゃ」
かつての己と今の己は、明確に線引きするべきだと、さっぱり切って捨てた。
しかしそれは、渋々といった様子でもあり、そこに彼女の抱く複雑な思いが垣間見れる。それを見逃す京香ではないが──
「キミはキミだ。名前が変わろうとも、人とは違う存在となったとしても、他の誰にもなれやしない。そうして誤魔化すのはやめなよ」
言葉と表情は優しいものだ。
それこそ子供に言い聞かせる親にも等しい。彼女自身の優しさと呼べるものは、確かに含まれているし、本音ではある。
だがその内面はと言えば、コイツも面倒クセェな……と。
面倒極まりない人々しかいない穂織にウンザリしていた。
(昔から面倒極まりない連中しかいないね、ここ。あの兄弟戦争もクソみたいな理由だったし。しかもそれで"アレ"と来た。こりゃあ────
────"馨が殺したがる"のも、無理はない……か。
いやはや、困ったもんだね姉上。あんたくらいだと思ってたよ、死ぬほど面倒な人間は)
──そう。
虚絶とは単なる怨恨だ。
京香が入って初めて、魔物への殺戮者となる。
その成り立ち故に、魔物と呼んでも過言ではない人間への絶対的殺意の衝動を与えるが、何処まで行ってもただの人間である朝武、常陸両家に対する『確実に殺すであろう、殺せてしまう』だけの理由は、彼女は"持ち得ない"。
例えば。
茉子がどうしようもなく人の不幸を好み、他者を蹂躙して破壊する事を、異端と知りながらも止められない、止まれない人間であったとすれば、京香の殺意が彼女を殺していた。
反社会的なサイコパスとでも言うべき人間が、京香の殺意の対象だ。誤認等はあり得ない。彼女は本物の破綻者を知っていて、殺し合いまでしたのだから。
だが当然だが、現実の茉子はそうではないし、京香が殺すだけの理由は……揚げ足を取ればあるにはあるが、当の本人からすれば、家族の仇程のものでもないし、大した話でもない。
では、馨が苦しめられていた、殺せてしまう理由の持ち主とは誰か?
──それは他ならぬ、馨自身だ。
(さっさと告白して付き合ってくれれば、多分お互いに笑って流せるネタになるんだけどねぇ……今のままだと自覚したら余計に縮こまっちまう)
深く馨の人間性を理解している京香だからこそ言える。
馨にとって茉子も芳乃も、そして将臣も『殺したいほどに羨ましい』対象なのだ。
引き金が引かれれば、馨は暴走し穂織を滅ぼす。
もっとも、そう簡単に魔物と成り果てる程度の存在ではないし、彼は自らを戒めるのは上手だ。それにもしもの時は自身もいる。
京香が馨の身体を勝手に使っていたのは、適当な憎しみの対象を与えてそうならないようにしてやるという意味合いもあったが、まぁ暴走の方が先だったのも事実。
(無自覚でいてくれよ馨。私みたいな悲劇は、私一人で十分だ。もしそうなったら、私が止めてやる。私の所為だからな──)
幼い馨は本能的に、伊奈神の始まりが朝武の始まりと相容れぬ上に、総ての苦しみの根源を察したのだ。
刀は千年もの間、怨恨の宿り木として呪いを溜め込んでいる。そしてその中にいた京香から、恐らく知ってしまったのだろう。
伊奈神の始まりは、誰の所為とも言えないものだ。異形の血族として生まれたのも、殺しの輪廻に身を置いたのも、誰が悪い訳でもなく、ただ間が悪かった──としか言えない。
だがそうなったのは朝武の所為だとも言えなくはない。だからこそ大義名分が与えられれば嬉々として殺しに行くだろう。
貴様らに与えられた祝福とは、我を苦しめる呪いなのだ。
故に死ね、俺に殺されろ。その罪を償えよ──と。
「……どうしたのだ? 苦い顔をして。吾輩ではなく、そなたがそのような顔をする理由もないであろう」
「いや、別に。世の中ってのは因果なモンだなぁ……って嫌になってるだけさ」
愛しい女を殺すことに躊躇いと迷いもあれば、思い留まることなんて息をするようにできるし、考え直して単なる八つ当たりだと知ってやめられる。何せこじつけにも等しいのだから。
しかし一度大義名分が得られれば殺せてしまう。
それでも人として生きて、人として死ぬと決めたのだから、それを封印してそうならないように無自覚を無自覚のまま消していく。生きろと言われ、生きてと願われたのならば、人として当たり前に生きて死ぬためにそれらは魔人として切って捨てる。
(よりにもよって、奴に似たか……馨)
奇しくもそれは、京香の総てを奪った破綻者が、破綻する前の状態と同じであり、人の望んだか魔人を望んだかというのは、絶対的な違いなのだ。
仇は魔人を望み、馨は人を望んだ。
如何なる世の中であったとしても、二人の選択が変わらない限り、魔人は魔人にしかならぬし、人は人にしかならぬ。そういうものだ。
(さっさとくっ付けて、確実に芽は刈り取っておかないとねェ)
余計なお節介だし、そうならないのは目に見えているが、破綻者に殺された側としてはたまったものではない。
「あ、そうだ綾ちゃん」
「ムラサメと呼んでくれぬか?」
「えー、可愛いのに。それにキミの本当の名前で呼びたいんだよ私が」
「ダメなものはダメじゃ」
「ちぇー。腹決まったら教えてよね」
ぷーと文句を言いながら、京香は内心を上手く隠しつつ、ムラサメを如何に素直にしたものかと悩みながら、そろそろ可愛いことになってそうな向こうを覗き見ようと、いたずらっ子のように思考を回し始めた────
制服から着替えて、さっさと家事も終えて、あとは芳乃と将臣が帰宅するまで暇になってしまった茉子。
「……俺昼寝する」
そんな状況で、馨は心底疲れ果てた顔でそうボヤき、横になって瞼を閉じた。
しばらくすると規則的な寝息が聞こえてきて、完全に眠ったのが実によくわかる。
そう、茉子はこの時を待っていたのだ。
「寝た、よね」
小さく呟き、気配と音を殺してゆっくりと近づく。なんだかいけないことをしているような気分だが仕方ない。
そのまま馨の隣に寝転び、寄り添うようにして瞼を閉じる。
(このままだと、お二人が帰ってきた時に起きられるかな……)
お勤めとこの添い寝。
果たしてどちらが大事なのかと問われれば、それは当然、茉子にとってみれば添い寝の方が絶対的に大事なことだ。
(ま、いっか……安晴様に見られるけど、正直なんだっていいやもう。今は美味しい思いをしたいし……)
好意がバレてるのでは? と思うと怖いのは事実だ。しかしバレてるかもしれないなら、いっそ開き直ってしまえばいいのだろうか? 茉子は訝しんだ。
そして実行した。それだけである。
……いくらでも言い訳できるし。
普段の彼女から信じられないほど、蕩けた顔で瞼を閉じた。
いい夢が見られそうだと確信しながら、茉子はちょっとずつ近づいて、ほぼ密着するくらいのところで、寝惚けたとでも言い訳すればいいかと考え付いて、もう面倒くさくなって、抱き着いて寝た。
「なー? 面白いもん見れたでしょ?」
「うん、確かにそうだけど……君は誰だい?」
「……あれ? こっちじゃなかったっけ?」
「戯け! 今のそなたは虚絶の姿ではなかろうて!」
「あっ」
──大人組が締まらない感じで覗き見していたのは、実に少年的であった。