千恋*万花~福音輪廻~ 作:図書室でオナろう
今回は綾地寧々(動詞)する回です。苦手な人はご注意ください。
加減がわかりません。R15ってどこまでがR15なんだろ。問題あったら直します。
あと前回はややこしい話にして大変申し訳ありませんでした
……質問責めと主に俺のヘタレ具合をからかう祝辞でボロクソにされ帰宅した俺は、着替えることもせずにぐったりと居間につっ転がっていた。
「……どいつもこいつも、なんなんだよぉ……言いたかねぇよ。なんで茉子のそういう顔を教えてやらなきゃならねえ」
なんだよ、もう初体験は済ませたのかとかそういう話題聞きやがって。
そんなもんどうして教えてやらなきゃならねぇ。そんなもん俺だけが知ってりゃいい。
まぁのっぴきならない理由で教えるとしたら向こうの両親……いや、どうだろ……うーん……駒川か? シただけなら。
──流石にショットガンマリッジはごめんだ。なったら責任取るけど。
「独占欲の強い彼氏を持てて、ワタシは嬉しいですよ?」
転がる俺の頭上から茉子が覗き込んでくる。もちろん頭の上に下半身があるのでスカートの中、スパッツが見えてる。
……あいつも着替えていない。着替えるなら冷蔵庫の中身を確認してからだと。
「スパッツ見えてる」
「あは、やーらしー。このまま顔に座ってあげましょうか?」
「興味はあるしされたら嬉しいけど、さてそういう行為はまだ早い」
……茉子の蒸れたスパッツとかご飯三杯イけそうだな。うわ、気持ち悪りぃぞ俺。死ぬほど気持ち悪い。
──というか!
「お前昼飯の時彼女とか言ってたし、俺もその気になってたけど! でもまだ一応友達だろ!?」
「早くカッコつけないとワタシが我慢できなくなって食べるけど」
「待ってくれるんじゃなかったのかよ」
「今日のことから考えて多分友達なんて思ってないよね。ワタシは……我慢できなくなっちゃったけど」
「うぐっ……」
実際、今から友達の距離感に戻っても無理だ。俺の方が耐えられなくなって言葉無く求めてしまう。
つまりおおっぴらにするんだったら俺がカッコつけないといけないわけであって。
友達で待っててくれている茉子になんて失礼な真似を……いや待ってんのか? これって。
「確かにワタシ、馨くんのカッコいいとこ見たいけど、そもそも馨くんがカッコつけられるまでどれだけかかるの? 無意識でこれってことはもう要らな──」
「いやダメだ! これはな! 男の小さなプライドなんだよ! 惚れた女にカッコつけたいんだよ!」
「いつカッコつけてくれるの? ワタシはいつきゅんきゅんすればいいの? ワタシはいつ馨くんに甘えればいいの?」
「──明日だっ! 明日には腹決めて言うよ! 正直お前に隙だらけされるの最高に良かったけど!!」
──大口叩いたねぇ? あと半日で考えつくのかい?──
頑張るんだよんなもん!
稲上馨は男の子ォ──ッ!!
「明日にはお前の心をグッと掴むようなロマンチックな一言かはわからないけど、とにかく俺がどうなのかを伝える! あんなへなちょこじゃなくてはっきり言ってやる!」
「ホント?」
「あぁホントだ。嘘言ったって仕方ない。必ず伝える、必ず言う、必ず教える。約束破ったら何したっていいっ!」
……後戻りはできないぞ?
だがちょうどいいハンデだ。
「だから俺はお前に愛してるって伝えるからな!」
「……ノーカンにしておいてあげる」
「あっ」
呆れた顔。
ポロっと出てきた言葉。
……もうダメだな俺たち。
待っててあげるとか言われた筈なのに、お互いに結局待てていない。
なんかもう、告白そのものはできていないのに、付き合っているような状態になっている。
──なんて我慢できないんだろうな、人間って。
……そうだよ。ポロっと出てくるなら行けるじゃん。何を躊躇っている。もう躊躇う理由なんてない。
というか俺が我慢できないのは目に見えている。腹を決めろ、カッコつけろ、こういうのを求められてたんだから!
「……いや、やっぱりごめん。今からって言ったらどうする?」
「いいよワタシは。いつでも、どこでも」
「よし……じゃあ──」
深呼吸を一つ。
立ち上がって、茉子をしっかりと見つめて──
「俺は……俺は、お前が……好きだ。今更になったし、その……お前の発言に気付かないで勝手に彼氏ヅラしてその気になってたマヌケだけど、そんな俺で……えっと、やっぱり、いい……です、か……?」
……出てきた言葉は、やはり無様なものだった。しかも敬語まじりだし、さっきポロっと愛しているって言えたのに、気合い入れて言おうとすればこれである。
──なんと情けない男よ──
実際情けない。
「……」
ただまぁ、言われた側はと言えばなんとも顔を綻ばせていることか。
そして彼女は──
「本当にワタシでいいの?」
「茉子じゃなきゃダメなんだ」
「芳乃様を優先するよ」
「構わない」
「ロクでなしの子孫だよ」
「俺なんて魔人だぞ」
「足、太いよ」
「ばっちこいだが」
「……えっちだよ?」
「???? いやまぁ……いいじゃないか、うん。健全に不健全で」
最後の質問が意味不明で本気で困惑したが、彼女的にはとても大事な質問だったようで、心底から安心した様子を見せている。
「──あは、やっぱりダメだなぁ……ワタシ……」
そんな小さなつぶやきが聞こえたと思ったら、突然こっちに抱き付いてくる。倒れないように抱き止めると、どうも押し倒したいのか、妙に力を入れてきている。
ここは……押し倒されてやるか。
力を抜いて、茉子に押し倒される。
そのまま見つめ合って──
「……んぅ……っ」
唇が、押し当てられる。
瞼を閉じて、彼女の味をはっきりと感じる。
甘くて切なくて、溶け落ちるほどに甘美な味に、そして茉子の愛────
息が苦しくなってもなお離さない、離れない、離れたくない。唇を重ねたままでいたい。永遠に口付けていたい。
だから限界まで重ね合って、ゆっくりと離れて息を整える。
赤く染まった頬で、吐息を漏らして息を整えている茉子は、とても扇情的だった──
「……茉子の唇は、あったかいな……」
「……アナタの言葉で教えて、もう一度。ううん、何度でも」
「俺はお前が好きだ。愛しているよ、茉子」
「ワタシもあなたが好き。大好きだよ、馨くん」
「……ごめんやっぱ恥ずかしい。この一回で勘弁して」
「芳乃様の家だから?」
「まぁ」
するとそのまま茉子は、首に噛み付いてくる。昨日とは違って、まるで貪るように甘噛みをしてくる。
かぷかぷと甘噛みされながら、無言でそうしてくるかお前とか思いながら、されるがままに受け入れる。拒む理由も無いし。てか噛みながら舐めてくるな。
「なんだよぅ」
「ヘタレの馨くんには甘噛みでお預け」
「ん? ……あぁ、そうだな」
「キスだけでそうなるって、ちょっとやらしーよ」
「お前がエロいのが悪い。んな扇情的な感じになりやがって」
……ちょっと意地悪してやろう。
虚絶の蓄積された記憶を漁り、あるものを引っ張り出してなんとなくやり方を察する。
「茉子、こっちを向いてくれないか」
「あむ……なぁに?」
「──仕返しだ」
今度は俺からキスをする。
一瞬だけ驚いて、けれどすぐに茉子も体重をかけてくる。
ただ重ねるのは唇だけじゃない。
「んむ……っ!?」
茉子の柔らかい唇の隙間を通って侵入させた舌。
……まぁつまりなんだ、フレンチキスって奴だ。とは言っても所詮素人の浅知恵。二、三回くらい舌で舌を突っついて、恥ずかしくなってやめる。
本当ならもっと絡めてやるべきなんだろうが……まぁヘタレなので。
茉子が驚いて固まったようなので、離れて顔を見る。真っ赤になって、目を見開いていて……らしくないからこそ、より魅力的に映る。
「そっ、そういうことするって……つまりその……したい、の……? 今から、ここで……」
視線を逸らして、潤んだ瞳と上気した肌に、消え入りそうな声で、そんな可愛らしいことを言う。
そんな度胸があったらこんな情けないことになってないんだがなあ……そうならまず間違いなくあの日、俺は茉子に愛していると素直に言えただろう。
「ただの仕返し」
「なにそれ。その気にさせるだけしてお預け?」
「えー、だって付き合ったその日にとかなんか違うじゃん」
「厳密に言えば昨日からのはずだけどね」
「……まぁ、そうだな。行為そのものは待てなかったな、お互いに」
……結局のところ、俺たちはあのデートの告白擬きをやった時から、その気になっていたんだろう。
その気になり過ぎて、何かと理由をつけてそれらしい行為をしたがる。待ってくれと言った俺も、茉子の気持ちに甘えてしまったし。
結局言葉を言えなかったのは……きっと、
……きっと……なんだ?
待てよ、俺どうして言い渋ってたんだ?
ポロッと出てきた、腹決めたらすぐに言えた。ならあの場で言えなかった理由があるはずなのに……
まぁでもヘタレだからって理由一つでもいいか……周りからそう見られたし、そうしたいのだから、意地張る理由も無くなったんだろ。
そうだな。そうに違いない。
まさか茉子を
「馨くん?」
「いや、なんでも」
これは胸に秘めておこうか。
流石に言えない。
「──表層に上がってない?」
晩飯の時間に、芳乃ちゃんのさっぱりわかってない声が響く。
茉子が犬神からの伝言を伝えたが、生憎俺にもさっぱりわからない話だった。表層にって……はぁ?
「ええ。なんでも、有地さんの中には呪いの残滓の残滓が残っているそうで、それに反応して耳が出ているようなんです。深いところにあるので、まずは表層に上がるのを待つ必要がある、と」
「ふむ、残滓の残滓であればある程度は納得が行くな。いつぞや、祟り神に腕を突っ込んだのだから」
「ただ、当然呪いですから有地さんの身体を使って何かしでかすかもしれない可能性もあるそうで、警戒するに越したことはないとも言ってました」
表層に浮かび上がらないとどうにかできない。つまり表層に浮かび上がるということは何かアクションを将臣の肉体で起こさざるを得ない、ということ。
俺と茉子がいるし、もし気付かなかったとしても、そうなれば俺が勝手に起動するだろう。
待つ姿勢で何の問題もないということだ。
「……てか、随分協力的だな。全面信用できるのか?」
「嘘をつく理由も無ければついたところで見返りもない、です」
「なるほどね。確かにそうだ」
なら逆に信頼できるというもの。
利益がないのであれば、見極めるためにこっちを騙す等はしなさそうだ。
ただし渦中の将臣と言えば。
「部屋割りは昨日みたいなことしないで今まで通りの方がいいな。残念だなァ? 馨」
なーにがだこんちくしょう。
ニヤニヤしてるのがムカつく。廉に告げ口してやろうか。
「うっせーよ将臣。いいんだよ、俺ァちゃんと告白したんだから」
「いつだよ」
「帰ってきた時、ポロッと出たのをノーカンにしてもらった時に」
「……カッコつかねぇな」
「言うな……」
なんとも言えない雰囲気が流れる。
結局カッコつけた言葉を言えなかった。いやでも、彼女が求めていたカッコつけた場面ってこういうものだったらしい。後で聞いてみたら「こういうのでいいの。嬉しいから」とかなんとか。
あと「舌入れられて、よかった」とも。
「正直、見ていたのだがのぅ」
「あ、あは〜……ムラサメ様、忘れてください」
「いやじゃいやじゃ、吾輩はあんなに淫猥で甘えるような接吻を忘れとうない。馨も茉子も互いに求め合って止まないような、あんな接吻を忘れとうない」
「何してたんだい君達は……とやかく言う気は無いけれど、一応人の家だってこと忘れてないかな?」
「「すみません……」」
安晴さんに咎められて、二人して沈み込む。そしてふと思い浮かぶのは、この問題が解決したらどうなるかの話。
……俺はまあ家に帰る。
茉子はまあ犬神の方針に従うだろうが、けどこの家に住み込みってわけじゃなくなる。
また離れている時間の方が長くなりそうだ。
けど、茉子のいない生活……か。
ククッ、おかしいな。いくらなんでも、おはようからおやすみまで会える方がおかしいっていうのに。
でもずっとそれが続けばいいと思ったのも事実。茉子とずっと一緒にいたい、二人で色んなものを背負ったり、背負わされたりしたい。
……本当に愛おしくて仕方ない。
「茉子、終わったらどうする? 今まで通りにするの? それとも馨さんの家にでも行く?」
「や、芳乃ちゃん。それは早いと思うんだ。多分今まで通りだろ」
「ん〜、通い妻も面白そうですけどね。ちょっと遠いのが難しいかなぁ」
????
なんで茉子は満更でもなさそうに言ってるんだ? ちょっと気が早くない?
「あ、馨くん。一緒にお風呂入りますか?」
「ん? 俺構わないけどお前が大丈夫なの?」
「……」
「黙んなよ」
お前の裸くらい見慣れたし、なんか別にあたふたする理由も無いし。
まぁ役得だしどうでもいいかなとか色々思うのだが、茉子は顔を真っ赤にして固まっている。
とりあえず向こうがダメみたいだ。
「少しは煩悩を抑える練習をするといい。お前ちょっと欲に素直すぎるぞ」
「なんか、馨くんにそう言われると腹立ちますね」
「そーかい。あ、お代わり」
「……はい」
不服そうな茉子だが、そうムスッとした顔で見られても困るというか。
いつも通りの量をもらって食べてると、意外そうな顔を安晴さんがしていた。
「馨君は、割とそういうの耐性あるんだね」
「こいつのはもう見慣れてますよ。子犬騒動で朝っぱらから苦労させられましたからね」
「おや、そうだったのかい。……うん? ちょっと今、付き合い始めたばかりのカップルから聞こえてはいけない言葉が聞こえてきたような」
「気のせいっすよ」
「そうだよね。うんうん」
安晴さんを誤魔化しつつ箸を進める。
照れ隠しなのか、あるいは本気で怒っているのか。隣にいる茉子から肘打ちをされているが、まぁ些細な問題だろう。
今重要なのは芳乃ちゃんの耳問題なのだからな。
その後は特に何もなく寝たけど……途中、目が覚めて水を飲みに行くときに、なんかうるさかったような記憶がある。
発情期の猫みたいな……そんな感じの鳴き声が聞こえたような……いやきっと気のせいだろう。
方角的には山とは離れているし、あの山に基本的に野良はいない。何かの物音を聞き間違えたんだろう。
■
(……はぁ……)
悶々とした気持ちを押し込めながら、芳乃の隣で横になる茉子。
眠らなければならないというのに、結局眠れないし、風呂から上がって結構経っているのに身体の火照りは収まらない。
(……ずるい。というか酷い)
腹を決めたとは言い難い、環境に押されての情けなくて可愛らしい告白。
そのクセ、キスに舌は突っ込んでくるしそういう気分にさせておいてお預けにするしたたかさ。
せめてもの仕返しにからかってやろうと風呂の話題を持ち出してみたら容赦無くセメント対応をされる。
(……ホント、なんであんなの好きになっちゃったんだろ)
割と最低だと思う。立派に興奮しておいて付き合ったその日にってのはちょっと違うとか言って先延ばしにするし、意外とがっしりしてるし、顔がいいし……なんでからかう側のワタシがこんなに辱められてるんだろ──とかそういうことを考えて、また一つため息を心の中で吐く。
(キス、すごかったな……舌、入れられて……溶けちゃいそうだった)
まるで蛇のように唇を開けて侵入して、舌を突っついてくる。それがたまらなく気持ち良くて、もっとして欲しいのに、仕返しに過ぎないという理由一つでやめてしまう。
本人のそんなつもりは無いのだろうが、あれでは酷いお預けだ。
(次はワタシが主導権握らなきゃ)
これでも蠱惑的忍者で通っているのだからとふんすと気合いを入れる。
と、同時に──先日の夜に自分が何故? と唐突に思い浮かぶ。
そのまま思い出すのはキスで感じた唇の暖かさ、確かに奥に湧き上がって熱となった情欲──されるがまま、滅茶苦茶にされてもよかったという被虐心。
(……どうしよう……どうしたら、いいんだろ……?)
茉子の内に燻る情動が荒れ狂って、思考を溶かしていく。愛おしくてたまらない人に、触れて欲しいのに触れられない。
胸は怒りと情で高鳴っている、求めている。叫んでいる。
──もうどうすればいいかは分かっている。何を躊躇っている……? と、心が訴えかける。
さぁ、その獣性を解放してしまえ。一匹の雌になってしまえと。
(ここは芳乃様の部屋。それに隣には芳乃様が眠っている。なら変なことしないで寝ないと──)
そう思っても眠れない。眠れるはずなどない。
瞼を閉じれば愛しい人の姿が浮かび上がり、自分の名を呼ぶ声が再生され、口の中に広がる彼の味と共に、弄ばれた心地良さが明確に蘇る。
頭は恋の狂熱にうなされ、胸は愛されたい女として高鳴って仕方ない。トクントクンと鼓動が響き、どうしようもできない感情に支配されていく。
(……ワタシって、思ってた以上にいやらしい子なのかな……)
だからこそやめなければ止まらなければ。
理性に反してじわりと熱を帯びて濡れる。その奥が疼いて擦り寄せてももっともっとと渇望して止まらない。
(あ、あ──)
理性が察した時にはもう遅かった。
手が伸びた。それに触れた。嬌声が漏れた。はしたない水音が立った。
慕っている主の隣で情欲に溺れ、それが露見したらという恐怖すら快感に変わった。
箍が外れて絶頂を求めて止まらなくなる。
求めたい、求められたい、甘えたい、甘えられたい、愛されたい、愛したい、食べられたい食べたい総て残らず余さず一つたりとも逃したくない──それら全ての感情が色を帯びて掻き立てる。
(……眠ってる、なら……早くシないと……)
情欲を迎えに堕ちる──
「かおる、くん……っ……ん、ぁ……か、おる、くん……っ」
あとは言うまでもない。
……ただひたすらに想い人を想いながら茉子は、自分を慰めた。
「う、わあぁぁぁぁぁ……〜〜〜ッッッ」
熱も情も収まり、慰めた結果より濡れた身体をどうにかするべく、もう一度風呂に入った茉子は自己嫌悪の念に襲われていた。
「いやホント、取り返しがつかなくなってから不安になるのはなんでなんだろ……」
自制が出来ずに行為に至った。まぁそれはいいだろう。
ただし主人の寝ている真横で、大胆にもと付いた瞬間に……変態の烙印を押されるのは間違いない。というか茉子が茉子自身を変態だと思っている。
「……気付いてない、といいなぁ。寝てるといいなあ……」
起きていないことを願うしかない。
「するんじゃなかった……本気でするんじゃなかった本当にするんじゃなかった真面目にするんじゃなかったぁぁぁぁぁ……なんでオナ──いやいや、言っちゃダメです。そんなこと言ったら馨くんにオナ陸さんとか不名誉なあだ名付けらちゃう……」
想像を絶する後悔に襲われていると──
──仕方なかろう──
意外なところから、意外な声をかけられた。
「……そういうものですかね?」
素直な疑問なので素直に尋ねる。
犬神が恋を知りたかったのはそういうところ含めてなのだろうか?
──そもそも、想い人とまぐわいたいと思うのは当たり前ではないか。それを慰めることの何が悪い──
「……まぁ、そうなのですけれど……」
──……あのお方もそのように思っていたのだろうな。だが……──
不意に茉子の視界に、全く違うものが映る。
それは山奥、セピアではなくモノクロの記憶。視線の前には、唯一色の付いた金髪の、仙女の如き女性がとても穏やかな笑みを浮かべている。
──それは死に逝く女が浮かべる穏やかな微笑。見るもの全てを魅力してなお有り余る、"女"の強さに溢れたもの。
「──あなたも、恋をすればきっとわかるわ」
その言葉を聞いた瞬間に、茉子の内面にはある感情が再生される。
──何故あなた程の存在が一介の人間などを。
──何故裏切りに等しい行為を働いた相手を。
──何故自分から奪った相手を助けるようなことを。
──何故? 何故? 何故なのです姉君。
──何故あなたは、覚悟を決めてそこまで為すのですか?
──どうして、私の隣に……
(……これは)
"それ"がなんなのかをはっきりと把握する前にそのモノクロの記憶が終わる。
間違いなく、犬神の古い記憶であり、彼がこのような行動をする理由だ。
──ふん……見たか──
「あっ、その……すみません」
──……私の記憶を垣間見た程度で謝る。貴様は本当にあの男とは違うな──
静かに茉子をそう評価すると、犬神はふと思いついたように彼女に尋ねる。
──貴様、死にたくないな?──
「はい?」
──答えろ──
死にたいか死にたくないか。
そんなもの当然死にたくないに決まっている。
でもそれだけが彼の求めている答えではないと察した。
「それはもちろんですよ。死にたくないのは誰でも当然です。ワタシは自分の為に死にたくないと思ってますけど、それ以上に、馨くんの為に死にたくない。彼と一緒に歩みたいから死にたくないって思います」
それだけは胸を張って言える。
この気持ちに偽りはない。茉子の表情は、なんとも形容しがたいが、穏やかというよりも悟りすら開いたものだった。
──死に逝く女が浮かべる、そんな表情。
──……なるほど──
奇しくもそれは、犬神の古く、だが決して色褪せることない記憶にある顔と似ていた。
──愛とは、難儀なものだな──
「愛とは、矛盾するものですよ」
──ふん、言ってくれる──
何処か納得したような、そうでないような、そんななんとも言えないけれど、微笑ましい感じの声。
彼女の脳裏に描き出された、プイとそっぽを向く闇の狼の姿は、何処と無く素直になれない最愛の人と似ていた。
「……茉子が、すごい声を出してた」
「しかも、色々……すごい。私起きてたとか言えなかったぐらいにすごい」
「……あ、あれがもしかして……オナ……!?」
「つっ、つまり茉子は、茉子は──」
「茉子がいやらしい子になっちゃった──!?」
……実は起きていた芳乃は、将臣の部屋に逃げたくて仕方なかった。
次章、Chapter6 "Paradise Lost"
楽園を失ったもの
楽園より追放されたもの
失楽園の真実へ──