千恋*万花~福音輪廻~   作:図書室でオナろう

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Chapter6 "Paradise Lost"
恋歌


……ここはどこだ?

瞼を開けると同時に感じたのは、奇妙な違和感と、夢か幻かといった浮遊感──

 

「──憎い」

 

突如として声が響く。

身体が動かない。

 

(……なんだ!? 表層に上がるってこういうことか!?)

 

渦中の将臣は、この状況に目星をつけながらも、何もできない不安とともに、ただ何かを待つしかできなかった。

 

「憎い、憎い、憎い──お前だけが栄光を勝ち取るなぞ許せるものか。血族を躊躇いなく殺したお前たちなぞ、永劫に死に続ければいい……」

(これって……まさか、呪いの──)

 

闇が人を……鎧武者を形作る。

しかしそこには貌は無く、目の部分であろう場所に赤い光が見えるのみ。

まるで人形のようですらあり、あるいは人としてのあらゆるものを無くした姿でもあり。

 

「俺にお前たちを、愛させろ(■させろ)……■■……!!」

 

──その中に垣間見たものは。

 

紛れも無い、怨恨の魔物だった。

 

魔刀(きば)を鳴らし、狂い慟哭(さけ)び、そして身を破壊する程の、たった一つの愛情(■■)に従って■■を望む鬼。

 

それは十年の(■■)

餓えた四肢に情欲(■■)の暗い歓びが燻り滾り咽びながら、渇いて今も疼く恋心(■■)を携えて決して逃さず必ず愛す(■す)

我が永劫の(■■)よ──億の()となりて狂い咲け。

 

闇の情動(こえ)を掻き集め、目障りな神の■を穢してやる。

苦しみ嘆けと顎門が零すは久遠の悪夢、喰らい尽くすは永久の夢。内に燻る猛毒(こい)が切に切に、絢爛たる輝きを消し去れと、我が総てに語りかける。

 

だから……いざ震えろよ。

楽園より追放されたならば、そこで求めても得られなかったもの、手に入れる前に消え去ったもの──その損失を、ここで帳消しにするのみだ。

 

過去(ならく)の底で蠢く、呪わしき魔物の咆哮(れんか)を聞け────

 

 

「──はっ……!?」

 

身体を起こす。

 

(……あれは、なんだ……?)

 

将臣の心中に浮かび上がるのは貌無しの鎧武者。その叫びはこちらからすれば全く知ったことではない。

だが、だが──最後に垣間見た者は何なのか。狂気の恋心に従い、底無しの恋歌を謳い上げる者。

 

(……あいつ、は……なんだ?)

 

──鬼、あるいは魔物。

そうした漠然とした感想だけが浮かび上がる。

そして。

 

「しつ、らく……えん──」

 

自然と口から出てきたのは、失楽園という謎めいた言葉。

将臣とてそういう時期があったので、その意味は知っているけれど、だが何故失楽園などという言葉が零れ落ちたのか。

全く関係がない筈なのに。

 

(表層に上がってきたのは、怨念の筈だろう? ならあれは……いや、きっと違う。怨念であっても違うものだろう)

 

そんな不思議な確信があった。

恋、情欲、恋歌、情動、鬼、魔物、魔刀、怨恨……どれもこれも、朝武家を蝕んだ呪いとは結びつかない。

 

──それは相反して矛盾しながら、しかし正当に存在して一切の矛盾の無い奇妙な慟哭。

 

結びつかないのに、結びついている。深く、深く……

 

(……なんだ、俺たちの知らないところで、何かが起きている? いや、起きていた……? それが今となって、声を上げている……?)

 

全然わからない。

わからないが、何故か……何故それが何かわかっているし、知っているような──

 

「叢雨丸」

 

自分の内から湧き上がる、不安と恐怖を押し殺すように叢雨丸を握り、祈るようにその名を呟く。

 

「──俺……どうしたらいいんだ……?」

 

呪いとは別の、慟哭の恋歌。

それは果たして何なのか、それを誰かに尋ねるべきなのか、それとも終わった後にどうにかするべきなのか。

迷いの霧は晴れず、また叢雨丸は何も答えることすら無い。

 

だから迷いを振り払うように、彼は日課のトレーニングに急いだ。

脳裏に浮かんだモノを、忘れるように。

 

 

──おや、そろそろかな……──

──怨恨の魔物が目覚めつつある、ということは……蓋が外れかかっている──

 

──これは、使える──

 

そして黒もまた、嘲笑していた。

既に魔物の叫びは、蒼天に轟いていた。

 

 

 

 

「茉子の首筋が噛みてェ」

──馨、お前そんな変態だっけ?──

「人間なんざみんな変態だよ」

──むむむ、むっ、むむ……──

「何がむむむだ」

 

朝っぱらからなんか元気だ。

少なくとも茉子の首元をはだけさせて、そのまま噛んで吸って舐めて心行くまで楽しみたい。

 

──おーい、コ……狼くん。キミの方はどう?──

──……そっちの男の無欲さに呆れている。こちらの方が余程健全だ──

──んー、まさか……ねぇ?──

──可能性はあるぞ。こと、その男の特異性を考慮すればな──

 

……?

おい、京香。どうした。急にチャンネルを狭めて。

 

──いやいや、独り言よ独り言──

 

……ホントォ?

 

──ホントホント──

 

ま、いっか。

んー、と伸びを一つ。身体をパキパキと鳴らしながらゆっくりと起き上がる。今日も普通に学院があるので、あれこれ考えられないのだが──

 

「確か今日は休診日だから、駒川のところに話が持ってけるんだよな」

 

ある程度話は通してあるとは言えども、本業の邪魔にならない程度の情報と、現在良い方向に向かっているということくらいしか話してないのも事実。ここらでしっかりと説明しておくべきだろうというのか、昨日の夜中、寝る前に話していたことだ。

夜中……と言えば、発情期の猫めいた音が聞こえていたような気がしたが、まぁ……気にするほどでもないか。

 

「あ、起きてた」

「おっはー、茉子」

「おはよう、馨くん」

 

……茉子は何か知ってるかなあ?

 

「茉子ー。昨日の夜中さぁ、なんか変な音聞かなかったか? こう、発情期の猫の鳴き声みたいな高い音」

「………………さぁ? ワタシ、ぐっすり寝てたので」

「そっか。じゃあ俺の聞き間違いか。この家もだいぶ経つからな、そういうこともあるよな」

 

納得する俺に対して、何故か気まずそうに沈黙し続ける茉子。視線まで逸らして、何か音に心当たりでもあるのか? あっ……あー、もしかしたらあれか、脚でも攣って艶めかしい声でも出たのか?

 

──お前は鬼か──

 

……は?

鬼って何がよ。

 

──そのままにしておいた方がいいよ、馨──

 

芳乃ちゃんじゃないけどきーにーなーるー……

 

──キモいからやめなって──

 

わかってる。似合わんのがわかっている。俺は多分「やめてよぉ!?」とかのヘタレ受けみたいな男だと自覚している。

 

──……襲ってやりゃあいいのに──

 

無理だろ。多分グダグダになるぞ? 絶対に俺が優しくしてって言うことになるぞ?

 

──カッコつけろよ、甲斐性見せろよ、男の子だろ。むしろ茉子ちゃんは誘い受けなんだからさ──

 

そうかァ? どう見ても茉子は食べる側だろ。

 

──いいや、彼女は受けだね。女の勘でわかるものさ。女の子ってのは、男のイイとこ見てみたいんだから、ちゃんと馨から食べてやるんだぞ?──

 

……頑張る、と言いたいところだけどそんな風にする暇あるのか? 耳の問題が解決してるわけでもなし、あんまりそういうその……そういう行為をするのはちょっと、違うような……

 

──てかなんだよその反応、生娘かよ。言えるだろ、同衾とか自慰とか。今風に直すと……──

 

やめろはしたない!

如何に歳を食えどもあなたは女性でしょう!? 変な知恵を俺から吸い上げて変なことを言わんでください!! よろしかないです!

 

──えー、耐性なさ過ぎるよ馨ー。タマ付いてんの? ちゃんと勃つ? 男のケツの方が興奮する? それともロリの方がいい? B以上の膨らみには興味無い?──

 

付いてるし勃つよ!? あと普通に可愛い女の子が好きで胸の膨らみは……どうだろ?

 

──ま、なんでもいいけどサ。ちゃんと優しく抱いて、甘い夢を見せてやれよ〜──

 

なんだその言い方は……いやもう、なんかもう……朝から疲れる。

内心グッタリしながら、気まずそうでどこか恥ずかしげな茉子に声をかける。

 

「……あー、その、なんだ」

「は、はいっ」

「今日は何の味噌汁?」

「お麩ですけど」

「っしゃぁ! 朝から気合入る」

 

茉子の言葉を受けてガッツポーズを取る。

実は俺、茉子の作る味噌汁の中で麩の味噌汁が大好物なのだ。

本人はそんなに胸張ってる訳でもないし、味噌汁であれば豆腐とわかめの味噌汁の方が得意だーと言うのだが、俺は麩の方が好きだ。

 

「相変わらず好きですね。お麩のお味噌汁」

 

そんな俺を見て、まるで手のかかる弟を見るような視線を向けてくる。恋人になったというに、この辺はさっぱり変わってない。

……もう少しこう、男として見てほしいところではあるが……いや、俺が散々女の子として見ないようにしていたんだ。罰や咎だと思って甘んじて受け入れよう。

そういう茉子も好きだし。

 

「お前の作るって付けろ。茉子のじゃないとどうも麩の味噌汁はな」

「毎日飲みたいですか? お味噌汁」

「ん? あー、叶うことなら。茉子の作るメシは美味いからな。できることなら毎日食べたい」

「ふふふっ、そっか。毎日食べたいんだ、ワタシのご飯」

「そりゃな」

 

気を良くする理由がさっぱりわからんが、茉子は今にも小躍りしそうな程にとても喜んでいる。ニコニコとした笑顔はやけに嬉しそうに見えて、なんかキスした後みたいな浮かれた雰囲気。今の問答の何処にそれを生むのあった? と疑問を感じる。

 

「なんか嬉しそうだな」

「だって好きな人に自分の料理を毎日食べたいって言われたら、作る側として嬉しいことこの上ないよ」

「そういうもんか?」

「そういうものだよ」

「ふーん……ま、なんでもいいけど。すぐ着替えて行くよ」

「はい、待ってますから」

 

トテテと去る茉子を見送り、制服を引っ張り出していそいそと着替え始めると同時に、不意にプロポーズといえば……というのを思い出した。

プロポーズといえば、結構前は毎日味噌汁を作ってくれ、みたいなものが流行ったという。朧げな記憶だが。

 

つまりだ、俺は茉子に誘導させられてプロポーズ紛いなことを言ってしまった訳であって──

 

「……悪くないな」

 

茉子と恋人から夫婦になる。

それはそれで悪くない、というか。

 

「外堀埋められてるのでは?」

 

けれどもまぁ、なんでもいいや。

茉子にそれ以上を求められるというのは男として、彼氏として冥利に尽きるってものだし、それにこっちとしても嬉しいこと。

なるほど、がっつかれるのは悪くない。

 

 

朝食の席で聞いたのは、将臣の見た夢の話。確かに表層に上がってきているようだが──

 

「……あとなんだかわからないけど、他に何かあるような、変なものを垣間見たんだ。いや何かはわからないんだけど、とにかく変な……」

 

だが怨念、つまり呪いの残滓の中に何かが含まれている。

ただ心当たりが無い上に、変なとしか形容できぬものであるらしくて、その表情と声は沈んだものだった。

 

「ご主人、あまり気を沈めるな。不安になるのはわかるが、今ご主人は怨念を宿しておるのとそう変わらん。馨のように喰い潰せるわけでもなし、虚勢でもいいから胸を張るのだ」

「わかってるよ。でも、俺はあの声が、叫びが、恋歌が……頭から離れない」

「恋歌じゃと?」

 

ムラサメ様は大層不思議そうにしているが、実際不思議だ。

恋歌……恋歌って……なんで恋歌?

 

「恋歌って、恋よね?」

「はい。確かに恋ですね」

 

そっちの主従コンビの言う通り、確かに恋だ。怨念や呪いとは何の関係も無い。むしろ対極に位置する感情だとも言えよう。

 

「好きであればこそ嫌い、嫌いであればこそ好む。愛憎とは陰陽の如き関係にして矛盾の螺旋、なればこそ愛する事と憎む事は同じである……昔千景のアホがフられてこんな風に斜に構えてた時期あったけど、呪いの中に恋を見出すか。不思議なものだね」

 

ボソリと呟かれた安晴さんの言葉を聞いて、親父の何と情けない部分に幻滅しながら、しかし一理あるとは感じる。

確かにそうだ、好きと嫌いはその対象に関心があるからそうした感情が湧き上がるもの。無関心であれば何も感じる筈がない。

 

であれば、呪いの中に恋を見出したということは、なんらかの意味を持つ筈だが。

 

「なあ馨、怨念って混ざるのか?」

「混ざる……というか、怨念なんてものは主体となるものが代表しているだけで、基本的には混ざり物だ。混ざりっけ無い怨念なんてのは、生まれた時くらいか、なんらかの条件が重なった結果として保たれているくらいのレアケース。だからお前が恋を見出したのであれば、混ざってたものが見えただけだろ」

「そうかな……」

「ま、気にすんな。表層に上がりつつあることも考えれば、すぐに無くなるだろ。気疲れしたなら芳乃ちゃん成分でも摂取しておけ」

 

だが、しかし。

次の瞬間には重い雰囲気の朝食の場が凍り付いた。何故だろうか? 俺はそんな変なことを言ったつもりはないのだが。

大変微妙そうな顔をした将臣だが、はて……? というかムラサメ様も何言ってんだコイツみたいに見てくるし、茉子も呆れてるし、芳乃ちゃんよくわかってなさそうだし、安晴さんの表情はいつも通りだからよくわからんし……

 

「なんだその……なに? 芳乃成分って」

 

混乱の中、将臣がさっぱりわからないと言わんばかりにボヤく。

もちろん俺は答える、優しいので。

 

「お前だけが芳乃ちゃんから摂取できる成分。さしずめ、芳乃ニウムと言ったところか。ちなみに俺は疲れると茉子ニウムを摂取するぞ」

「ははぁ、さてはお前馬鹿だろ」

「惚れた女に馬鹿になって何が悪い。あとおススメはムラサメイオンな。あれは効くぞ。めっちゃ癒される」

「……おう、吾輩初耳なのじゃが」

「ムラサメイオンの方はワタシも」

 

ムラサメイオンはムラサメ様が変な行動や可愛らしい行動した時に発生する成分であり過剰摂取するとムラサメ様萌えになってしまう……まぁ余談か。

ところが急に芳乃ちゃんは我が意を得たりとキラキラとした目で、ぱぁっと明るい表情になりながら、俺の手を取った。

……柔らかい。

 

「わかりますっ! ワタシも疲れたら将臣さん成分を摂取しないと中々気が休まらなくて」

「だよね芳乃ちゃん! いやぁ、俺もそうなんだよ。茉子ニウム摂取しないとやってられなくてさぁ」

「そうですよね! 気を休める為にも将臣ウム摂取しないと上手く行きませんよね」

「「ちゃろー☆」」

 

珍妙な掛け声を上げながらハイタッチしてアハハと笑い合う。そんな間柄な俺たちを見た、俺の彼女と芳乃ちゃんの彼氏は。

 

「ねぇ有地さん。ワタシちょっぴり微妙な気分なんですがどうです?」

「すげーわかるよ常陸さん。いくら馨と言えどもなあ」

「あは、ジェラってますねぇ〜」

「常陸さんだってそうだろ?」

「もちろんです」

 

とても仲良さげでしたとさ。

ちゃんちゃん。

 

 

 

「ふむ、なるほどね。仔細はわかった」

 

別に学院ではさして何も無かった。

いや、厳密に言えばそういうわけでもないのだが、さしたる話でもない。せいぜい、俺が茉子と別々に飯食ってたらざわつかれたくらいか。

そして今は駒川の所で情報を伝え終わったところだ。

 

「実際、犬神の分析が無くとも待っていれば勝手に表面化して祓うことになったろうね。ただ不安の感じ方がだいぶ変わってしまったろうけど」

「結果として色々と良い方向に繋がってきた、ということですね」

「その通り。ただ……恋歌、ね」

 

将臣からの報告を受けて、やはり駒川もまた恋歌の話を聞いた途端に訝しんでいた。

 

「確かに古来より、愛情とは狂気であると語られることは多いけど、怨念の中に恋歌を叫ぶ者がいる。けど馨の見解では混ざり物の一つが現れたのかもしれない……と、なれば」

 

そこで言葉を区切って、不意に俺の方を見つめてくる。

そして──

 

「……この件は君と深く関わっているのかもしれない」

「俺?」

 

本来、まったく関係が無い筈の俺が関わっている可能性があると、真剣な顔で指摘した。

 

「君からの報告があったように、虚絶の中には犬神の怒りや呪いの意志めいたものもあった。けれどそれらは憑代の完成と共に消えた……なら、それらに覆い隠されていた何かが剥き出しになって、有地君が怨念の中にそれを垣間見たのかもしれない」

 

なるほど、と頷きかけたが……それでも解せない。混ざり物とは言えども、俺に関係するなど……と。いくら虚絶の中で有象無象を啜っていたとしても、現に犬神は純粋なままであるし、規模こそ小さいが呪いも純度を保っている。

であれば他が浮かび上がるとしても、俺には何の関係も無い筈だが──

 

「虚絶には意志があり、その中には伊奈神京香も存在していた。ならば彼女たちのように、恋歌を叫ぶ者が潜んでいても不思議じゃない」

「──そうか」

 

虚絶には謎が多い。

そして俺も知らぬものだってある。恋歌を叫ぶ者が虚絶に由来しながらも無関係であるのならば、偶発的に混ざって意志を保っているとしても不思議ではない。

 

「それにそもそも……何故朝武は犬神の存在を知っていたのか。何故伊奈神は魔人として生まれたのか。何故有地君は叢雨丸に選ばれ、何故馨は虚絶に選ばれたのか──」

 

言われてみれば、という点ばかりがわからない疑問として残っている。将臣は何故選ばれたのか。いつぞや虚絶は選り好みをしている……と言ったが叢雨丸は何を選り好みしているのか。

何故俺は魔人として覚醒したのか、神を知りながら何故神を斬ったのか。

 

「これは私見に過ぎないけれど、あらゆる事態が何処かで繋がっていると思うんだ。それも大昔に」

 

駒川のそれは確かに推測に過ぎないが、何処と無く何か確信めいたものがある発言だった。

 

「まぁとりあえず、怨念を祓うことに集中した方がいい。明日には更に表面に出てくるだろうし、何があっても対処できるようにしておいた方がいい」

「そっちに関しては抜かりありません。既に準備は整えてあります」

「なら安心です、芳乃様。私は知識があるだけで基本は無力ですからね」

 

あらゆる事態に備えているのもまた事実。恋歌の謎は置いておいてもまだ大丈夫だろう。

全てが終わったら、俺は虚絶をどうにかしなくてはならない。怨恨の宿り木であるあれもまた祟りであるからな。

 

そんな風に考えていると、駒川の視線がまた俺に向けられる。そのまま茉子へと移って、しばらく行ったり来たりしてから。

 

「そういえばサラッと流されたけど、常陸さんの子犬問題は解決したんだよね。で、結局馨はどうしたの」

「ん? 付き合ってるよ、茉子と」

「ふーん……えっ?」

「いやだから付き合ってるって」

 

眼鏡を外して目を擦ってから、再び眼鏡を戻す駒川。何やってんだコイツと思いながら言葉を待っていると、今度は茉子を見て。

 

「常陸さん、このアホをよろしくね」

「はい、みづはさん。このアホはワタシがちゃんと支えます」

「え何その結婚前夜みたいな反応は!? てかお前は俺の親か!」

「ある意味では親みたいなものだと言ってくれたろう?」

「いやそうだけど、そうだけど! ……うーん、うーん……」

「それで告白はどっちから?」

「秘密ですっ。あは」

 

……まぁ二人が楽しそうだからいいか。

あれやこれと盛り上がる二人から視線を外して、所在無さげにムラサメ様を見る。

え? 芳乃ちゃんと将臣? 向こうでイチャついてるよ。

 

「ムラサメ様ぁー……」

「わかったわかった、構ってやる。ほれ、馨。吾輩に存分に甘えるが良い。お主の姉代わりとして少し付き合ってやる」

 

大層仕方なさそうにため息を吐いた後、優しい顔で、本当に手のかかる弟の相手をするような口調で、ちょいちょいと手招きされればこんなの堕ちるしかない。

俺はムラサメ姉さんに構ってもらいながら、駒川と茉子の話が終わるのを待ちつつ、イチャつく二人の会話を聞き流していた。

 

……レナ、助けて……

助けてくれぇ……レナぁ……

 

俺はしんどいよぅ。

 

「馨、今他の女子の事を考えておったろ」

「そんなバカな」

「……こりゃ茉子も大変じゃろうて」

「ハッハッハ、その手の話で茉子に迷惑は──」

「今こうして吾輩に甘えながら、恐らく頭ではレナの事を考えつつ、そして茉子が構ってくれるのを待っているのであろう」

 

……完璧に当てられたんですが。

呆れた顔でムラサメ様は続ける。

 

「ご主人がそういう時は顔に出るが、馨はまったく出さん。故に気を付けろよ? お主は可愛いからな、そういう内面とのぎゃっぷを見られては色々と危険だ」

「かっ、かわっ!? いやいやいや、ムラサメ様、何をおっしゃって!?」

「尊敬する人には報われて欲しい、姉のように思っているからこそ甘えてくる。可愛い弟分ではないか」

 

ニコニコと屈託の笑顔で改めて告げられるとその……とても困る。大変困る。なんでかってそりゃあ……可愛いし綺麗だから。

ってか俺には茉子がいるんだぞ!? 茉子を愛してるのに何でムラサメ様でドキドキしてるんだ浮気者か!!

 

──立派に浮気者だと思うケド──

 

やめてよぉ!?

わかってても言わないでよぉ!?

……てか、お前なんか知ってるか。

 

──……いや、何も。初耳──

 

まぁ、お前が言うならそうなんだろうけど……大丈夫かな。

 

──きっと大丈夫さ。キミらなら、何が来たって平気だよ──

 

だといいけどさ。

 

 

 

──……やはり目覚めていたか──

──私と奴が離れている影響だな。蓋が外れては怨恨も溢れ出すというもの──

──そして……──

──……こんなのじゃ私も結局、奴と同じ……か。血は争えないって話だね、ホント。生きているだけで傍迷惑なんて──

──あぁ、まったく……吐き気がする──

 

──だがお前が仕掛けてくると言うのならば、今度こそ私が殺してやる。潜むだけならば互い争うこともなかったろうが……──

 

──……カウンターとして動かないとな。けれども巻き込まざるを得ない……腹、括るか──

 

 

 

で、あらかた話した後にそのまま珍しく5人で帰ることになった。なんかこういうのって気分が良い。

しっかし、駒川に何か言うのを忘れていたような──

 

あっ。

 

……すっかり忘れてた。

リヒテナウアー家の洗い直しで、志那都荘でちょろっと資料か何か見せてもらおうとか、あのデートの前日に考えてたのに。

……まぁ、いっか。変にほじくり返すとロクなことにならん。俺にしろ何にしろ、知らないことは知らないままでいい。

 

しかし、帰ってみればだ。

 

「将臣は裏で叢雨丸振ってくるって」

「芳乃様は?」

「見学だってさ」

「そっか」

「で……お前はなんで俺の足に座ってんの」

 

ゆらゆらと揺れる茉子の後頭部。

胡座かいて座ってたら、本当に猫みたいに真ん中に座ってきて、そのまま棒アイス食べ始めた。

身長差と私服の構造的に谷間が見えそうになったりとかしてる。というか棒状の物を食べているとなんかエロい。

 

「そうしたいから」

「胸見えそう」

「見ていいよ」

「あとお前のケツがやべぇ柔らかで俺がやべぇんだけど」

「やらしーよ」

「……アイスくれ」

「ん」

 

食べかけのアイスを受け取り、一口。

まぁ……美味い。冷えてて。

欲しかったのは一口だけなので、素直に渡す。

 

「今日は、何もしなかったね」

「そだな」

 

正直これを何もしていないと数えるのには無理があるような……いやしかし、茉子が何もしなかったと言うのであればこれは何もしなかったのだろう──うん。

 

残った棒を口に咥えつつピョコピョコ動かしている彼女を、そのままの体勢で抱きしめる。

 

「あは、どうしたの?」

「物欲しそうだったから」

「急にそういうことするのズルいよ」

「ズルいズルくないの話は堂々巡りだからやめようぜ?」

 

宥めるように言えば、渋々と言った様子で黙ってしまう。そのまま残り棒を華麗にゴミ箱へ投擲した後、振り向くこともなく、そのままこっちに体重を預けてくる。

 

「甘えさせて」

「はいはい。茉子にゃんは甘えん坊ですな」

「前から気になってたんだけどにゃんって……なんでにゃんなの?」

「猫みたいだからにゃん」

「可愛くないよ」

「知ってる。可愛いのはお前だからな」

「おだてても何も出ないよ」

 

別に顔を合わせる訳でもない。

ただ俺が背中から抱きしめて、茉子が体重を預けてくるだけ。

感じるのは彼女の温もりと香り、あとは……まぁ柔らかさくらい。

 

「あったかいね」

「うん」

「……終わったら、またデートしよ?」

「そうだな。一息ついたら、またデートだ。今度は、本当の恋人として」

「うん……」

 

急に、上目遣いで見つめてくる。

見下ろす形になってしまったが、それでも彼女は微笑んでくれる。

けれど視線は物欲しげに、欲するものをなんとなく察したから。

 

「……今日はキスしないぞ?」

「馨くんのケチ」

「毎日するようなものでもねーだろ」

「それはそうだけど、やっぱりダメ?」

「ダメ」

「えー」

 

……真面目な話。

自分を抑えられる自信は、それほどない。

 

そして今というか、この件が終わるまでそんなことをしている場合ではない。

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