千恋*万花~福音輪廻~   作:図書室でオナろう

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気付けばもう40話……早いものですねえ。


安寧

 目が覚める。

 もう見慣れた風景。

 

 そして、見慣れないけど見慣れた彼女の寝姿。

 

「……やれやれ」

 

 結局昨日、戻ってから泣きつかれて涙でぐちゃぐちゃになった服を洗濯カゴに入れるついでに、二人で改めて風呂に入ってから寝たのだ。

 あ、別に変なことはしてないぞ。ただ茉子が近くにいてくれと言うもんだからな、仕方ないだろ。

 

「茉子、起きろよ。今日普通に学院だぞ? 明日から休みだけど」

「ぅん……んん……」

「茉子さーん?」

 

 隣で眠っている茉子の頭を撫でながら声をかけても、寝惚けた声が聞こえるだけ。そんな様子も可愛くて仕方ないのだが、起きてもらわねば困る。

 ちなみに今日の朝飯は本人たっての希望で芳乃ちゃんが担当している。昨日、事が終わった後に急に「明日私がご飯作る。たまには茉子は休んでて」と言っていた。

 前々から茉子に家事を仕込まれていたので全く不安など無いが、何か心境の変化があったのだろう。幸せになる云々とはまた別に。

 

「ぁ……馨くんだ……」

 

 瞼が開き、トロンとした目がこちらを向く。寝惚けた顔で寝惚けた声。らしくない茉子の姿に大変こう、血が滾って心が踊るが、しかし朝起きなければ面倒である。

 故に心を鬼にして接しよう。

 

「はいはい、馨君ですよー。起きてくださいねー」

「うひひ、ワタシの馨くんだ……」

「うひひってなんだよ」

「あは〜……」

「ダメだこら」

 

 だらしなく蕩けた笑顔を見せながら俺にペタペタと触ってくる茉子に半分呆れながら、そういえば寝起きのこいつは甘えん坊になるのだったなと思い出す。

 ……あれは、まだまだガキの頃だったか。芳乃ちゃん、茉子、俺の三人で川の字になって寝たのだが、その日は珍しく茉子が一番最後に起きた。

 何処かぼんやりとしながら、俺を確認すると急に両手を広げて──

 

『かおるくん、ぎゅーってしてっ』

 

 とかそれはもう花が咲いたような笑顔で言い出して、大変可愛らしくて幼き日のことながらめちゃくちゃドキドキしたのだが、まぁこんな具合だったのだ。

 ……それにしたって、ちょっと違うような気がするが……甘えん坊って、こういう甘えん坊だったかな?

 

「はぁ……茉子? そろそろ時間だぞ」

「ヤダ、もっとこうしてたい」

 

 俺の首に腕を回しながら、大変不服そうにそんなことを言われても困る。

 というかなんだ、こうしてたいなら日中いくらでもしてやるのだか……

 

「いやほら起きないとさ」

「起きたら馨くん、つれなくなっちゃう」

「なんないよ」

「ホント?」

「ホント。むしろ余計につれるかもな」

 

 ムスッとした顔をされても俺にはなにもできない。そんなこいつも可愛いのだが。

 とにかく宥めて起きなければとそれっぽいことを言っておく。

 が、しかし茉子はそのまま胸に顔を埋めてから──

 

「……馨くんの匂いだぁ……」

 

 ……これ寝起きじゃなくて寝惚けてるだけじゃねぇか!?

 あぁもう、道理で甘えてるにしては奇妙な面倒くささがあったわけだよ。可愛かったけどな。

 ため息を吐いた後、仕方ないので肩を持って見つめ合う。

 

「うひひ……じーっと見てどうしたの? ワタシはずぅっと、ここにいるよ。離れないから大丈夫。大好きだよ……馨くん……大好きっ。あは」

 

 優しい瞳を向けてから、にっこりと微笑みながら、蕩けた声で彼女は囁く。

 や、やばい……このまま起きなくていいやとまで思えるほどにやばい。抱き締めていたいくらいにはやばい。

 

 だが俺は稲上馨。ロクに手も出せないヘタレな男だ。問題ない。

 深呼吸を一つ……あっ、茉子の匂い……俺今茉子ニウムを摂取してる……じゃない! 気を確かにしろ!

 ……そうだ、こう言えばいいんじゃないか?

 

「茉子」

「なぁに?」

「俺も茉子が大好きだ。愛してる。だから結婚しよう茉子。ずっと茉子を離さない。茉子、返事が欲しい」

 

「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………????????」

 

 可愛らしく目をパチクリしながら、ポケーっとしつつ俺をジッと見る。

 凄まじく長い沈黙に耐え切れなくなり、多分オーバーロードしているのだろうという予想を付け、ならばとダメ押しに────

 

「茉子」

「………………………………………………………………………………………………………………………………?」

「俺と結婚──」

「へっ!? あっ、えっ!? ワタシなんでこんな!?」

 

 途端に顔を真っ赤にしながらビクッと動く茉子。

 我ながら最低な発言だと自覚しているがこの暴走特急茉子にゃんを正気に戻すにはこれしかないと思った。

 ……本当に最低だが。

 

「……おはよう、茉子。可愛かった」

「あ、あは〜……ありがと……? って、なんでワタシ、アナタに抱き付いて……そうだ時間! 時間は!?」

「寝惚けてたぞ。普段俺が起きるくらい。今日は芳乃ちゃんが朝飯担当だって話だったろ。気にするな」

 

 名残惜しさを感じつつも、さっさと布団から出て──着替える前に未だに布団にいる茉子を見て一言。

 

「つか、いい加減出てけ。間に合わなくなっても知らんぜ」

「ひゃわっ!? ごごっ、ごめんね! ワタシすぐ出てくからね!」

 

 ヒューっと忍者らしく、しかし慌しく部屋を出て行った茉子を見て、一つため息を吐く。

 ……なんで朝からこう、疲れなければならないのだろうか。

 

 ──実際結婚すんの?──

 

 茉子が望むなら。

 

 ──馨的には──

 

 まぁ、憧れはあるよね。

 

 

 ……飯を食って学院に向かうまでの道すがら。

 いつも通りに着いてきたムラサメ様が急に隣に来る。ちなみに構図は将臣と芳乃ちゃんが手を繋いでいて、その後ろに茉子で、俺とムラサメ様が最後尾だ。

 

「のぅ、馨よ」

「なんざんしょ」

「今朝方、お主の部屋から結婚とか聞こえたのじゃが、なんじゃあれは」

「ん? 寝言ー」

「……ホントかのぅ?」

「では俺と茉子の秘密ということで」

「むむむ、気になるが……ま、無粋よな。じゃがご主人と芳乃、ああもべったりでは吾輩、そろそろどえらい場面に出くわすかの。具体的には『まぐわい』とか」

「ムラサメ様って結構アレだよね、うん」

 

 あなたは生娘の筈なのですがね。

 ……ぼかぁ心配ですよ。そんな耳年増みたいにって、実際年増か。だって推定500歳だぜ? 京香が推定1000歳だって考えるとまだまだ若いと思えるけど、普通に考えれば年増どころか化石である。

 

「おい馨。愉快なことを考えている顔じゃのぅ?」

「ひぇっ」

 

 にっこりと、あまりにも穏やか故に恐怖を与える笑顔を見せて下さるムラサメ様だが、それがまるで獲物を前にした肉食獣のそれにしか見えない。純粋にビビる。

 

「まぁよい。お主もお主で茉子を泣かせぬようにするのじゃぞ? 泣かせればそれなりに覚悟してもらおう」

「わかってるよ。泣かせるような真似はするもんか。大切な人なんだしさ」

「あとそれはそれとして吾輩にもちゃんと構えよ? 寂しいのじゃからな」

「うぐっ……た、確かに最近蔑ろにしている感はありますけれど、言ってくれればちゃんと相手しますよ俺は。ていうか、それは将臣に言ってやって下さい。あいつしか触れられないのですから」

 

 まぁでも将臣と芳乃ちゃんは、昨日やっと事が終わったばかりだからな。しばらくは邪魔をしたくないというのが、ムラサメ様の考えだろう。

 気持ちはわかるのだが、この人もっと素直になってもいいんじゃないか? まあ意地張ったりして中々素直になれないのは非常にわかるのだが。

 

「ふむ、まぁ確かにご主人にも構ってもらわねばな。如何様にしたものか」

「将臣お兄ちゃん遊んでーとでも言えばいいんじゃねーかな」

「それだと小春と被ろう。吾輩固有の強みで何かこう、二人に構ってもらえるような感じで……」

「……というか真剣にどうしたもんかな。俺」

「? ……ああ、そうじゃな。いつまでも世話になる訳にはいかんと考えておるのじゃろ?」

 

 実際そうなのだが……茉子と離れた生活ってもう想像つかないというか、茉子の飯が食えないのは辛いというか、茉子の寝間着姿が見れないのはちょっと損してる感あるというか、茉子のだらしない姿を見れないのは残念というか……

 いやでもこれはある意味で逢瀬なのでは? むしろより昂ぶる材料として使えるのでは? 毎晩毎晩茉子と同じ月を見て過ごす……これはもう楽園なのでは?

 

「これはもう、茉子と離す訳にはいかん顔じゃなァ」

「うわ超だらしねえ顔してる馨とかレアだな」

「昔からあんなのですよ、馨さんは」

「……ワタシとしては大変微妙な感じですね。もうちょっとカッコいい顔して欲しいなあ」

 

 ふへへへ……と内心でほくそ笑んでいたが、周りの目は大変に冷たかったことをここに言っておこう。

 

 

 

 

『一泡吹かせる』

 それが昨日、犬神から伝えられた意志だった。

 実際その通りに行動して、救われたのだから感謝の念しか無いのだが、それはそれとして気になっていた事がある。

 

(あの、ワタシの先祖はどのような人だったのでしょうか)

 

 愛を知らぬ子供にも見えたが、しかし外道であった。

 故に茉子にとってみれば、その判断に困ったものだ。

 

 ──貴様も知っての通り悪鬼羅刹……恩を仇で返すどころかそれ以上に最低最悪な、魔人が如き所業を為した者だ──

(です、よね)

 ──正直な事を言えば、貴様があの男の血筋とは未だに信じられんぞ。確かに全てが全て、というわけではなかろう。だがな──

(いやまぁ、それはそうなっても仕方ない話ですから。それよりも、何故ああも手を貸してくれたんですか?)

 ──理由が無ければいかんのか──

 

 手を貸したことに理由は特に無いと言わんばかりの態度。

 ……まぁ確かに言われればそう納得はするだろうが、それにしたってなんかこう……と、茉子は複雑な感情を抱く。

 一応、腐っても怨敵の血筋であるはずなのだが。

 

 ──私は、あの少女を見て、己の為すべきと思ったことを為しただけだ。それが結果的に、あの男の怨念に一泡吹かせることに繋がっただけにすぎん──

 

 だが犬神はそれだけだとシンプルな理由を明かす。

 茉子が芳乃に未だに仕える理由と同じで、為すべきと思ったことを為しているだけ。

 ──為すべきことを為す、というのは最強の理由だ。恋や愛情などの狂気に匹敵するほどの、鋼の狂気。

 とはいえそこまで極まったものでもないだろう。そこまで至ってしまえば、それはもはや狂気すら通り越した別種のものだ。

 

 ──それにもう、貴様らは十二分に罰を受け、そして罪を償った。なればこそ、その行為に応えてこそ神というものだろう──

 

 ……なんのかんの言って。

 犬神は、彼なりとはいえ優しいのだ。優しいが故に祟り神となってまであの憑代を守っていたのだ。

 それを今になって、しみじみと実感した。初めから贖罪の機会は与えられていたが、あの怨念の呪いによってそれが遠ざかっていたのだ。

 ……心の底から、安心した。

 

(……ありがとうございます)

 ──ふん。私に感謝なぞして何になる。貴様らの償いが実を結んだだけのことよ。しかし……──

 

 しばらく沈黙する犬神に不思議に思い、尋ねようとした瞬間。

 

 ──貴様、いや今朝のお前。なんだあのザマは。あれでは伊奈神も呆れよう──

(……そんなに酷かったんですかワタシ!?)

 

 あまりにも強烈な問いが茉子に突き刺さった。朝方、馨がとても言いづらそうに可愛かったとだけ言っていた、自分の寝惚けた時の行動。

 犬神から見てもあのザマとまで言われるほどの醜態。

 ……何をしてしまったのだろうか?

 

 ──見るか? 一応、復讐鬼より伊奈神の主観記録は流すことは可能だが──

(見ます──!)

 

 そうして流れ込む馨の記憶。

 それは今朝の寝惚けて大変になっていた自分の姿であり──

 

(……えぇ……うひひってなに? ワタシどうしちゃってたんだろ……)

 

 だらしなく甘える自分を他人の視点から見せられて、彼女はとてもその……寝惚けてだらしなく恋人を求める自分を恥ずかしく思った。

 いや恥ずかしいことは恥ずかしいのだが、しかしこういうのはちゃんと明確に意識のあるときにやりたかったとかまぁ色々思うのだ。

 

 ていうかいくら起こす為にでも結婚って……

 

(……ひどいよ馨くん)

 ──何処が酷いというのだ? あの男とて伊達や酔狂でお前に対してあのような言葉を吐くことはあるまい。それはお前が一番良くわかっている筈だ──

(それはそうなんですけどね……ただその、女の子としては色々ひどいと思うんです)

 

 馨はタチの悪い男だ。

 普段は言葉より行動で、欲しい言葉がある場面では拙く、けれど可愛らしく伝える癖に、不意にポロっと大胆な事を素面で言って何でもないように振る舞う。

 例えそうでなかったとしても、茉子にとってはもはや魔性そのものだった。

 ……変な男、という意味で。

 

 ──さっぱりわからん──

(アナタだって、大切な人がいたんですよね? 例えばほら、普段とは違う顔を見せられて心が動いたりとかしませんでした?)

 ──……心当たりはあるが──

(それと同じことですよ)

 ──そういうものなのか──

(ええ)

 

 犬神はさっぱりわからない様子を見せながらも、自分なりに咀嚼しているのか、黙りこくっている。

 中々に面白くて好ましいこの関係……茉子自身、こうも仲良くやれるとは思ってもいなかった。

 まぁ共通の話題が暗い以上、明るい話に持ち込もうとお互いに考えていれば、それなりに上手くやれるのも必然であるが。

 

 ──しかし、お前たちは恋人らしいことというのはあまりしないのだな。あの二人を見て思ったのだが──

(まぁ、毎日一緒にいられるだけで幸せですから。それだけで満たされるし、嬉しいんです)

 ──その割にお前は随分とまぐわいを望んでおるようだがな──

(そっ、それはいいじゃないですか! ワタシが昨日も一昨日もその……お、おっ、オナ……オナ陸さんだったのは別に今この話に関係ないでしょう!?)

 

 昨日は先に馨が寝付いたので、枕をこっそり持って行ってそれをオカズに。

 一昨日はやはり芳乃の隣で背中越しに抱き締められた感触を思い出しながらこう。

 犬神的には何をそんなに悶々として自慰ばかりしているのか疑問である。

 動揺が表に出ないように努めつつ、頬の熱を感じながら授業を受ける茉子は、チラリと馨を見て──目が合って小さく手を振られた。

 

「〜〜っ」

 

 やっぱり恥ずかしくて机に突っ伏す。

 

 ──……何をしているんだお前は──

(乙女には色々あるんです!)

 ──バカなのか?──

(馨くんバカですよっ)

 ──それほど夢中というわけか。だが……裏切りとは感じないのか?──

(……はい?)

 

 思わず間抜けな返事が出た。

 裏切り……裏切りとは何故? というか何を裏切ったのだろうか?

 

 ──奴が応える気配が無い。お前が思い悩んでいるにも関わらずだ──

(まぁ……そうですね。もうちょっとこうガツガツ来てもいいとか、向こうから誘ってくれたらとか、いっそ押し倒してくれたらとか思いますけど……)

 

 まぁ環境も環境だし、中々そういうことができなくても何の問題も無いのだし、それにそもそもこれは、自分自身の思惑だ。

 その通りに動いてくれる恋人なぞ、ただの人形だろう。

 

(自分勝手な願いですから、裏切られたとは感じないですよ。馨くんだって同じように、ワタシに何かを望みつつもそれが叶わないことがあるかもしれない。だから別に、裏切りとかワタシを軽視してるとかなんて考えたりしません)

 ──……やはり、わからん──

(愛は狂気であるって言葉があるように、そう簡単に表現できたりするものではないんですよ。あは)

 ──ふん──

 

 犬神は素っ気なく返事をするが、何処と無く思い当たる節があるようだ。そんな彼に可愛さを感じながら、もしかすると"あの方"もこんな風に可愛がっていたのかもしれないと思い当たる。

 それはまるで姉弟のような。かつて最愛の人とそんな風な関係だった茉子には、なんとなくそんな気がした。

 

(……もしかして叢雨丸は、アナタにとって大切な人と関わりのあるものなのですか?)

 

 だから。

 昨日、叢雨丸を受け取った時に彼の呟いた『姉君』という言葉が……気になった。

 神の姉というのであれば、人の常識で測れない何かがあるのだろうが、純粋に一人の人間として、気になったのだ。

 ……と、言うよりも。

 何処と無く最愛の人に似ているこの神様を放っておけないという感覚がある。

 

 ──叢雨丸……と言うのか。あの刀を──

(へ? あっ、はい。ワタシたちはそうですけど……もしかして真の名があるのですか?)

 ──いや、良き名だと思ったまでよ、気にするな。……関係あるのか無いのかで言えばあるが……しかし、今は、言えぬ──

(なら、後で教えてくれませんか? 本当に気が向いたらでいいんです。教えたくなければ、教えないままでも……)

 ──いや、知らねばなるまい。話さねばなるまい。お前たちの為にも。だが私は未だお前たちに話す気にならんのもまた事実。故に……待たれよ──

(わかりました。待ちますよ、ずっと)

 ──……お前は、そういう言葉を恋人に伝えてやれ。私などではなく──

(ふふっ、そうですね)

 

 犬神の表情も、心境もわからないが、彼なりに茉子を気遣っているのだろうと察して、彼女はその会話を閉じる。

 

 ──あぁ、存外どころか、まるで友人か何かのように、この会話は心地良かった。

 

 

 

 昼飯は別に、必ず茉子と一緒に食べるわけでもない。お互いに気が向いたらという感じだ。

 だから──

 

「おいお前ら、俺を憐れんでんのか」

「憐れむというか、恋人が出来てからだと尚のこと一日で乗り換えたお前がわからんよ廉」

「つかお前、女癖の悪ささえなければ気遣いに家事全般に肉体労働に接客に販売にとこなせる上にルックスもいい優良物件なんだからさ。一人に落ち着こうとか考えようぜ廉太郎」

 

 こんな風に。

 今日は珍しく、男三人でバカな会話と洒落込んでいた。芳乃ちゃんは将臣を快く送り出し──きっと内心では夜寝るまでたっぷりとイチャつく算段なのだろう。

 ちなみに茉子は特に何も言ってくれなかった。ちょっとショック。

 うん……今日も茉子の弁当は美味いな。

 

「……そうかぁ? 俺ルックスいいかね」

「控え目に言っても都会で通用するぞ。従兄弟の俺が保証する」

「というか小春ちゃんの兄貴だぞお前は。あんな可愛い子の兄貴なんだから顔がいいに決まってるだろ」

「うーん、やっぱお前らに顔を褒められるとケツが心配になってきたわ。やめてくれ」

「俺に男色の趣味はねぇよ! 普通に芳乃を愛してるよ!」

「まぁ将臣も廉も、どちらかといえば男受けしそうな顔立ちだよな。柔らかいけれどしっかりしてて、こう……」

「「やめろ馨!!」」

「悪りぃな」

 

 何もそんなに本気で顔を嫌悪に歪めなくても……そこまで嫌か。まあ嫌だろうな。

 うーむ、老若男女問わず美しいものは美しく、心奪われるものは心奪われる。そんなものだと俺は思うがね。

 俺? まぁ男に好かれたらその時はその時だ。ちゃんと対応するさ。茉子がいるしな。

 

「ところで馨。お前どこまで進んだんだ。将臣はほら、相談されたから何となく把握してるけどよ」

「ん? あー……首を甘噛みされたのと、一緒に寝たのと風呂入ったのと、あとキスとちょっとだけ舌入れたのと……一番大事なのは同じ月をずっと一緒に見ようって約束したことかな」

「なんでそこまで行ってヤることやってねーんだお前……」

「最近忙しかったからな。あいつもあいつで色々あったし」

「ふーん……ま、後始末かなんかがあったのか。将臣もそんな感じでまだ先って具合か?」

「大体そんな感じ」

「なるほどねェ」

 

 なるほどと頷いた廉は、急に飯をかっこむように食べ尽くしてから、水を飲んで真剣な表情のまま──

 

「後始末、大丈夫だったのか?」

 

 と、こいつにしては珍しく、本気で俺たちを心配していた。

 

「まぁ、無事に一件落着だよ」

「そうか……いやぁよかったぜホント。それ聞いて安心したわ」

 

 ……言えねえな。

 

 ──まぁ私に任せろ。さっさと終わらせてやるさ──

 

 頼むぜ、ご先祖様。

 

 ──でさ馨。キミどーすんの?──

 

 家の話か?

 基本は戻るつもりだよ。確かに茉子と触れ合える時間が短くなるのは嫌だけど、一般常識的に考えて俺は俺の家にいた方がいい。

 それによ、お前にとっても都合良いだろ?

 

 ──まぁ、ね。でも私に気を使わなくていいんだぜ? 自分のやりたいようにしなよ──

 

 いいんだよこれで。

 そう決めたんだ。

 

 

 

 

「えっ、帰るのかい?」

 

 帰ってきて、気付けば晩飯の時間。

 話を切り出してみると、安晴さんのこんな反応。

 

「なんでいつまでもいると思ってるんすかね」

「だって君の事を秋穂はよく可愛がってたし、そもそも君は結構な頻度でウチに来てご飯食べるだろう?」

「いやまぁ……そうっすけど……」

 

 ぐうの音も出ない。

 実際、俺がこの家で飯を食う頻度はかなり多い。あれよあれよと誘われて気付けば……ということがガキの頃から多く、最近で言えば茉子に誘われて食べていたりと……まぁ、都会のコンビニの利用回数くらいには多いと言えばいいのか。

 

 というか秋穂さんの事を出すのは卑怯だぞ安晴さん。確かにあの人は俺をやけに可愛がっていたが、それでも茉子や芳乃ちゃんと比べれば大した話でもなかったけど。

 

「けれどその、一般常識的に考えても長々いるのは失礼でしょう?」

「僕は全然構わないんだけどね。それにほら、茉子君とも離れることになるけど」

「大丈夫ですって。何もそこまで子供じゃありませんってば」

「寂しいって言ってたクセに」

「言わないでくれよ茉子……とにかく、戻りますよ。まぁ結構な頻度で顔を出すでしょうけど」

 

 茉子の横槍にぐったりとしながら、とりあえず自分の答えを告げておく。どうせ明日は休みなのだ、さっさと帰る支度くらいはしておきたい。

 

「寂しくなるけど、でもこれはいい機会か。茉子君をいつまでもここに縛るわけにもいかないし、この機会に役目から解放してあげれば──」

「茉子って結構働いてないと気がすまない人間だから、まずは休日を設ける形の方が馴染みやすいと思う。具体的に言って週4休とか。もちろん土日はお休みで」

「お二人とも待ってください。実質的にそれ週6休では」

「「それが何か問題?」」

 

 さもなんでもないように言う朝武親子だが、いきなり週6休はやりすぎではないだろうか。将臣なんて目をパチクリさせてるぞ。俺も唖然としてるわ。そして茉子は頭抱えてる。可愛い。そのまま茉子はうーんと唸りながら。

 

「せ、せめて土日含めて週3休に……」

「ダメよ茉子。馨さんと長くいれないでしょ」

「そんな急にお休みをもらっても困ります。確かにその、馨くんとは長くいたいですけど……」

 

 それはとてもわかる。

 四六時中一緒というのは一つの憧れだが、しかし実際そこまでやりたいかと言われるとそこまでは……と思うところもあるし、けれどもう二度と離れないくらいに一緒にいたいような……

 

 ただ毎朝早起きしてここに来て、夜分遅くに帰るのが当たり前の茉子にとってみれば、いきなり急に自由にされても困るだろう。

 週3休はちょうどいい塩梅の筈なんだが。

 

「ま、まぁほら。常陸さんだって今までの生活急に変えられたら困るだろ? ここは本人の希望通り週3休でいいんじゃないか? 無理に自由にしなくても」

「まぁ、確かに急いじゃったか。とりあえず週3休にしてみる?」

「それでお願いします」

 

 ……けれど、茉子の奴多分週3休でも困り果てそうな気がするぞ。

 その横でニヤニヤしていたムラサメ様が俺にコソコソと聞いてくる。

 

「して、馨。週3休の内お主の家に茉子が向かうのは何回じゃ?」

「予想では1回」

「それで済むかのぅ……?」

「俺だって一人で庭いじりしたい時もあるしさ」

 

 しかし、庭いじりの話を聞いた全員が変な目で俺を見ている。少なくとも目玉焼きに練乳をかける安晴さんにここまで怪訝な目をされる謂れはないだろう。

 割と庭いじりの声は普通だったからな……聞こえてても不思議ではない。

 その中で将臣がふと思い出したように俺に言う。

 

「そういや馨って、いつぞや趣味らしい趣味が珈琲と紅茶と、庭いじりと植物の手入れくらいしかないとか言ってたよな」

「あー、よく覚えてたな将臣。俺ほとんど忘れてたよ」

 

 いつぞやの約束だけは覚えていたが、そんな風に柄も無く自分語りをしたなぁ。

 ……ただ庭いじりや植物の手入れという趣味は中々に渋いようで、廉や小春ちゃんからはジジくさいと言われたことがある。

 花が咲いて枯れるまでの一生は、美しいんだと言っても中々に理解を得られないのは悲しいことだ。

 

「つかそうだなァ。なぁ将臣、なんならまたクレープでも焼いてやろうか?」

「うん。申し出は有難いんだけど、女子三人の目がね」

 

 将臣の発言に視線を動かすと、そこには修羅が三人いた。

 女の子って生き物は、基本的に甘い物が本気で好きらしい。

 これは……えらいことになったなと。

 キラキラと目を輝かせて見てくる女子三人……そのうち一人は化石だが……を見て真剣に後悔するのだった。

 

 ──女の子を化石呼ばわりは最低だぞ馨〜──

 

 わぁってるよっ!


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