千恋*万花~福音輪廻~   作:図書室でオナろう

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残影

 唐突だが。

 ──彼女が自分の家に着いてくるというのはどういうシチュエーションを想像するだろうか。

 

 恋人としての甘い時間? それともただの暇つぶし? あるいは休憩とか? もしかしたら忘れ物を届けに来たり?

 

 甘酸っぱかったり、特に無味無臭だったり、もしかしたら甘かったり辛かったりかもしれないし、その人の味がするかもしれない。兎にも角にも、普通は一大イベントというわけだ。

 年頃の男子にしろ、女子にしろな。

 

 ……残念ながら、俺はどれにも当てはまらなかったがね。

 

 パンケーキ食べたいから──とは。

 素直なのはいいんだが、ちょっと……色気もクソもねーなと。

 

 とは言っても急な話だし、物も無いので実際何も作れない。かと言って買いに行くにしたってそこまでそんな気はしない。

 つまりお預けだ。

 

「ね」

「あ?」

「パンケーキは?」

「後日。そもそも結構家空けてたんだから買いに行くだなんだしねぇとダメだろ。買い出しは後後。今は庭いじり」

 

 庭に出て雑草だなんだを処理しながら、花壇を整理したりする俺を、軒下から眺める茉子。

 ……何が面白いんだろうか。

 

「あ、これは枯れそうだな。雑草かね……時間かけてもいいから毎日来るべきだったか。向こうの向日葵は時期になりゃ勝手に咲くから置いといて、あとここの木の枝が伸びすぎてるから切らなきゃで……それからなんか知らん奴が生えてんな。感覚的に雑草じゃねえから育つまで待ち。んでこっちが……あー、この雑草食い過ぎてるからあとで確実に処理。アロエは相変わらず鬱陶しいが問題無し……」

「感覚的にってどんな感じなの? なんか庭造りって感じしないけど」

「よーわかんねえけど、昔から俺は草木の枯れる順番がわかったり、養分吸いまくってる雑草がわかったりするのさ」

「不思議だね」

「神様よか不思議じゃないさ」

 

 言葉を変えれば死に敏感という訳だ。実際、これは人にも適応される。病を患う人間、呪われた人間、純粋に短命な人間、長寿な人間、何の間違いか死にぞこなってしまった人間、死にかけたものの助かった人間────

 

 ガキの頃は気持ち悪い程それを感じ取れた。自分の周りに生と死が満ち溢れて輪廻を描いていた。

 入水自殺未遂くらいから、ぼんやりとしか感じ取れなくなったし、今では意識してもほとんどわからない。植物だけは……庭いじりしてる内にある程度わかるように改めてなっただけだ。

 

 けれど……いくら魔物寄りったって、なんでそういう生命を感じ取れたのかねェ? 理屈が合わねえってのは不気味だが。

 まぁ、犬神の欠片が入ってたんだし、そういう意味で敏感だったのかね。

 

「茉子、どうせしばらく庭いじり回してるだけだから、家の中でくつろいでろよ。見てても面白くないぞ」

 

 一旦手を止めて、茉子と向き合ってそう声をかける。

 実際、いじっていればすぐに二時間三時間経つのだし、それまで一人でこれを眺めてろってのは酷だろう。

 もちろん茉子がいる以上、一時間で一旦止めるつもりだが。

 

 ──いや三十分にしろよ──

 

 三十分で終わるほどヤワなもんじゃねーんだよ。

 

 ──庭師かキミは──

 

 庭いじり見習いですが。

 

「んー、真剣な表情の馨くん見るのも中々きゅんきゅんして良いんだけど」

「なんでそんなとこにきゅんとするかな」

「あは、秘密だよっ」

「……そ」

 

 優しく微笑みながらそう言われてしまえば、俺は頬の熱を見せないようにそっぽ向くことしかできない。

 

「……茉子」

「なにー?」

「確かアイスはまだあった筈だから、好きに食べてていいよ」

「ホントー? ありがとー」

 

 ……恥ずかしくて顔が見れないので、アイスで釣っておこう。その方が、きっといい。だってすごく今、だらしない顔してるはずだから。

 ああ、もう……ホント茉子のこと考えたり茉子の笑顔を見たりすると、バカになっちゃうなぁ。それがたまらなく心地いいんだけどさ。

 

 ……あんまり花を摘むのは好きじゃないが、恋人への贈り物だ。向こうも大目に見てくれるだろう。

 

 何を一本、送ろうかな。

 愛を伝える花言葉は何があったかねと考えながら、とりあえず雑草処理を始めることにした。

 

 

 

 

(……アイス食べてるけど……)

 

 一方茉子は、言われた通りにアイスを食べながら、家の中を見渡していた。

 あいも変わらず殺風景な居間だが、飾られている写真などから確かな温かみを感じる。

 

 しかし片付きすぎている。

 いい機会だからと馨がやったのだろうが──

 

(怪しい)

 

「面倒だからゴミ捨て一週間先でいいだろ?」「ビンカンペットボトルは月3回ペース」「そもそも片付けたら逆によくわからなくなる」……などと家事ができるのにしない馨だ。

 当然ながら茉子からの信頼はゼロである。ちょうどいい機会だし、この面倒嫌いクセを矯正してやろうかとも思ったが、そういうところ含めて好きになったので思うだけで終わった。

 

「……よし」

 

 まぁ世話を焼くのも嫌いじゃない。

 なので茉子は居間にゴミが隠されていないかを探し始めたが、珍しいことに全く存在しない。

 ちゃんと捨てた、ということだろう。だが……彼の部屋はどうなのか? ある意味でまったく信用していない茉子は、馨の部屋に向かう。

 

 ガラガラと戸を開けて出てきたのは、和室にはそぐわないたこ足配線とコンセントの数々。携帯電話の充電機に、ノートパソコンの器具等、もはやぐちゃぐちゃになっているが、ある程度の規則性はあるので、まぁ本人が一番わかりやすいのだろうと抑えておく。

 

 が、しかし。

 しかしだ。

 

 ──おい、これはなんだ──

 

 内面に潜む犬神が心底から理解できないという声を上げる。

 茉子だって理解できない。というか、理解したくない。

 

「男の一人暮らしの部屋。所謂縄張りですね」

 ──誰がそんな説明を求めたのだ。……いやなんだこの……衣類や本が散らばって足の踏み場も無い針山は──

 

 足の踏み場も無い針山、という犬神の言葉すら生温いと茉子は確信する。

 これはもはや……ゴミ畑だ。いくつかの衣類は脱ぎ捨てたのか放ったらかし、趣味の珈琲や紅茶、庭造りの雑誌があちらこちらに散らばっている上に、片付けていないペットボトルやビンが適当にまとめられて、その横っちょに気が向いたら入れると言わんばかりのレジ袋が置いてある。

 

「……掃除したのはリビングだけだったんだね……」

 ──収集癖のある者ならばともかく、これは……なぁ、好く男を間違えたのではないか?──

「いいえ。こんなのだから好きなんです。それに無理に片付けるようにも言うつもりありませんし、ここはひとつ──彼女としてお節介を焼いてあげましょう」

 

 ふんすと気合を入れてから、とりあえず転がってるレジ袋を引っ掴んでペットボトルだのカンだのを入れていく。

 

「それにほら、ここは馨くんの部屋ですよ? 彼をからかうネタの一つや二つ仕入れたいじゃないですか〜」

 

 忘れられがちだが、茉子は結構な悪戯っ子だ。そういう心に火がついたというのもあるし、世話を焼きたいという気持ちもある。

 ニコニコと楽しげに笑いながら──

 

「ついでにワタシへの愛を(したた)めたポエムなんか無いかなーっと」

 ──お前……割と……その、あれだな──

「ふふふっ、ワタシはこんなのですよ」

 

 犬神の呆れに胸を張って答えながら、片付けを始める。朝武家の掃除すら短時間で済ませる茉子にとってみれば、この程度はお茶の子さいさい、朝飯前だ。流れるようにペットボトルとカンを片付け、一旦リビングの集積場へ置いておく。

 また戻ってきて、今度は雑誌を種類別に分けて机の上に置く。これもそこまで時間をかけるものでもない。むしろ馨の庭いじりのごく簡単なものの方が時間をかけるだろう。

 

「さて、次は衣類……っと」

 

 とりあえず手にとってシワを見る。

 ……大して着ていないらしいが、しかしもう面倒なので片っ端から手に取って洗濯機の中に突っ込んで回しておく。

 と、ここで。

 脱衣所と洗面台が同じであることから、かけられたバスタオルに目が行く。

 

(……どんな匂いするのかな……?って、ワタシ何考えてるんだろ)

 

 ブンブンと煩悩を振り払って何か見落としがないか、もう一度馨の部屋に戻る。

 そうして見ていると、不自然に机の下に、中身がわからないように書類置きが置いてあった。

 

(……? なんだろこれ)

 

 まぁ面倒だからここに置きっぱとかそういうのかな? そう目星を付けてその書類置きを取り出して────

 

 

 

 

 ──いや、待ってと。

 茉子はその出てきたモノを見て頭を抱えた。

 

(……いやまぁ、健全だと安心したけど……うん……)

 

 それは成人向け雑誌……ただどちらかと言えば三次元ではなく二次元の方だ。大変淫らな少女のイラストがデカデカと載っている。

 

 いつぞや、彼がレナから家に来たいと言われていたのを思い出す。もし条件が揃っていれば、馨はまず間違いなく家に上げてしまうだろう。

 もしそこで「カオルの部屋を見てもいいですか?」などと言われてしまえばどうせ断る度胸もなく見せてしまうだろう。

 そしてこの杜撰な隠し方のファッ禁雑誌を見つけてしまえば……オーバーヒート間違いなしだ。

 

「彼女として色々不安だなぁ。もうちょっとこう……隠してよ」

 

 探そうと思ってやったのではない。

 偶然見つけてしまったのだ。

 それほどまで……杜撰だったのだ。

 

「……世話が焼けるなぁ」

 

 もっとわかりづらい所に隠しておいてあげよう。

 とは……思ったのだが。

 ただやっぱり年頃の女の子としては彼氏が持ってる成人向け雑誌の内容は気になってしまうワケで。

 

(ま、まぁ……参考、程度に……いい、よね? 彼女として、彼氏の性癖は確認しておかないと……)

 

 内心で誰かに言い訳をしながら茉子は、その雑誌を読み始める。

 

 

 ──これは妹モノの成人向け雑誌……

 まぁいっか。

 そこは気にならないよ? でもね、やたらと使ってそうな折り目のついたページ……金髪巨乳で低身長気味なムチムチの義妹モノって……そういうの趣味だったのかな。

 ワタシ……金髪巨乳はいかがかなと思う。ちょっと危機感持っちゃうよ? そんなこと無いとわかってるけど身近にいるし。

 

 こっちは姉モノなんだ。ちょっと安心というか、まぁ妥当だよね。馨くんお姉ちゃん求めてたフシあったし。中身は……あっ、折り目発見。どれどれ……ふーん? 歳が三つ離れた幼馴染の甘々お姉さんと、なんだ。ふむふむ。

 ……でもなんで白衣? 着たままって作画省略? それともそういうプレイ? 確かに結構えっちだと思うけど……も、もしなんだか退屈になったら……してあげよう……かな?

 

 ……でもたまに忍者モノあるのは……そのぅ……これも候補に入れとこ。

 

 ……大体姉モノか妹モノで基本巨乳だし、ワタシ的にはちょっと安心。ちゃんと馨くんも殿方って感じで嬉しいな。

 少しだけ入ってた普通の成人向け雑誌の、気に入ってそうなページから逆算しても、ワタシの身体つきは結構すごいし、胸の大きさは……レナさんや馬庭さんには負けるけど、それなりだし。馨くんが興奮してるのは知ってるし、大丈夫。

 でもたまにロリがあるのワタシちょーっと気になるなぁ……貧乳なら全然イイけど。というか女性優位モノ割と多いね。

 もっと野生的になってくれてもいいのに。多分その気になれば結構……うひひ、ワタシは乱暴でもいいよ、馨くん。あはっ──

 

 

 恋する乙女というよりも、これは恋の捕食者(プレデター)ではないだろうか。

 内面より様子を伺っていた犬神は心の中で、「姉君もこれほど積極的であれば……いやこの娘があれなだけやもしれんな……」と考えたが、敢えて茉子には伝えず、もう面倒見きれんと不貞寝をするのであった。

 

 

 

 

「思ったより時間かかっちまったな」

 

 割と花決めに苦戦した、というのもあるが、純粋に久しぶりで時間がかかってしまった。

 だが茉子に渡す花は決めた。

 

「まぁ……ちょっと重いけど、あれでいいよな。帰り際に花瓶ごと渡してやろっと」

 

 しかし、思ったよりも汗かいたな……ちょっとシャワーでも浴びてくるか。

 軍手を適当なところに置きながら家の中に戻る。

 けれども居間に茉子はいない。と、なれば……

 

「茉子ー?」

「ひゃ、ひゃいっ!?」

「俺ちょっとシャワー浴びてくっから。多分俺の部屋いるんだろうけど片付けとかしなくていいからなー」

「ど、どうぞごゆっくりー!」

「……?」

 

 いや、なんだってんだマジで。

 ……というか、なんで俺、茉子が俺の部屋にいるんだろうって目星を付けたんだろうか? なんか入ってそうなイメージあったんだよなぁー。でも本当にいるっぽいな。

 まぁいいかと考えて着替えを朝武家から持ち帰ったカバンから出してさっさとシャワーを浴びる。

 

 そして出て、下着とズボンだけ着て居間へ向かうと、何故か頬を赤らめながらモジモジとしている茉子の姿が。

 

「どうしたのさお前」

「なんでもないよ?」

「……まぁいいんだけど。ところで俺の部屋片付けたな? 洗濯機回ってたけど」

「あっ、うん。汚かったし」

「ありがと。でもあんまり甘やかさんでくれ。多分お前任せになっちまうから。世話を焼いてくれるのは嬉しいけど、この辺は自分の問題だからな」

 

 流石に茉子がたまに遊びに来るのだから、その辺の整理はやっておきたかった。自分で。

 そもそも面倒だからとやっていなかっただけであり、決して出来ないのではない。これから茉子がこの家にたまに来ることを考えると、まぁそろそろ習慣づけるにはいい機会だ。

 

 けれども茉子は──

 

「ダメ?」

 

 と、首をコテンと傾げて微笑みながらそう尋ねてきた。可愛い。

 

「いや、ダメじゃないけど……ほらさ、俺だって男じゃん? あんまり世話焼かれるとこう……いや嬉しいんだけどね。こう」

 

 しどろもどろになりながらも、ちっぽけなプライドを何とかして言外に伝えようとしたのだが、それを恥ずかしがっていると取られたのか、茉子は更にニコニコとしながら言う。

 

「別に恥ずかしがることないじゃん。ワタシ、馨くんに世話焼くの好きだよ」

「いやそういう問題じゃなくてな。これはごくごく単純な、男心の話なんだよ。なんかヒモみたいでどうなんだと自分で思ったんだ」

 

 もう隠したって仕方ないからいっそぶっちゃけてしまおうと思い切って言ってみたら、意外そうな顔をした後に、「なんかこれ解釈違いだけどこういうのもアリ」みたいな、とても名状しがたい表情をしてから、一言。

 

「本心を隠すのは上手なのにどうして……」

 

 ──待て。

 隠す? どうして?

 お前、まさか──

 

「……な、なぁ……茉子? 机の下に置いてあるアレ、見た……のか?」

 

 震える声で尋ねる。

 いや、別にアレは確かにお気に入りではあるが、しかし……本命というわけではないので見られたって問題は無いのだが……

 

「みみみみっ、見てないよ!?」

「そっ、そうかァ」

 

 顔を真っ赤にしてあたふたしながらこの反応……見たな。

 まぁいい。こっちの羞恥心と性癖が知らぬところで知られていたという問題を除けば、森に隠した木の葉──つまり本命は見つかっていないということだ。

 さて、そろそろいい時間だし、昼飯と晩飯の材料を買いに行きたいところではあるのだが。

 

「……まぁ、うン……そろそろ色々買いに行くか。ほれ、冷蔵庫の中何もねーし。お前どうするよ? 昼」

 

 茉子は当然休み。

 だが家に戻らず俺の家にいる。いつまでもいたっていいが、しかし休みは休みだ。一人でゆっくりしていた方が気も休まるというもの。

 俺と一緒がいいと言うならば、一緒にいるけれど……茉子だって家族といたい時があるだろう。

 あまり俺ばかり構ってもらうのも悪いというか、こいつの自由な時間を奪ってしまっているというか。

 

「あー……そっか。どうしよっか」

「久しぶりに家族の時間を過ごしたらどうだ? 報告とかそういうのもあるし。それにお前だって一人の方が気を遣わなくていいだろ?」

 

 正直今日はお互いに休息を取るべきだと思っている。

 最近は色々ありすぎたし、特に茉子は同居人と積もる話もあるだろう。なのでこういう提案をした。

 ……本音を言えば、俺だって茉子とゆっくり二人きりで過ごしたいが。

 

「──じゃあ、明日」

 

 ならばと。

 いやなにがならばなのかはわからないが、やけに茉子はちょっとだけ照れ臭そうに、決意を固めた表情で俺と向き合う。

 

「明日、デートしよ。それにその……もっと、恋人らしいことしたいな。二人で」

 

 けれども、出てきたのはそんな可愛らしい言葉で──

 

「ああ、わかった」

 

 だからそこで、なんとなく察した。

 彼女が何を求めて、何を考えているのか。確かに俺は鈍感だが、ここで気付けないほど愚かではない。

 見ぬふりをすりゃあ、そりゃもう愚かしいことこの上無い鈍感男になることはできる。けれどもうそうする理由も無いし、それに……茉子なりの"お誘い"だ。勇気を出してくれたなら、それに応えなきゃ男が廃る。

 

 ──そうでなければ抵抗してもらえばいい。逃げてくれればいい。

 俺だって年頃だ。それなりに興味はある。

 

 でも。

 ……女の子からお誘いを受けるほど手が出せない自分というのは、あまりにも情けない。かと言って経緯的にも一日くらい空白を置いておくものだと俺は思ってるし、正直こう……メリハリというか、そんな感じに分けるのは大事だと思う。

 

 ──だから茉子からお誘いを受けるのは、想定外でもあり同時に想定内だ。今受けるのは想定外、けれどいつか来るだろうとは想定していた。

 故にその前に俺から……と考えていたのだが、茉子相手にはそれでも遅かったらしい。

 なるほど、付き合う時に「えっちだよ」と確認取るわけだ。

 

「んじゃ、これから帰るか?」

「うん。名残惜しいけど、明日はもっといっぱいいられるから」

 

 可愛らしく、そして綺麗な笑顔を浮かべながらそう言う茉子。

 前は、その笑顔は古い思い出をより輝かせるだけだったけれど、今は──もっと見たいと、今の方がもっと素敵だと、そう思う。

 

「あぁ、それなら──」

 

 ちょうどいいかな。

 

 

 

 

 ──あら、青い緋衣草なんて馨君ロマンチックなのね。

 

 一本。

 馨から渡されて『これ、飾ってくれ』とだけ言われた、青い緋衣草。

 家に持ち帰ってとりあえず花瓶に挿して、リビングで眺めていたら、茉子は母のそんな発言を聞いて驚いた。

 

「お母さん、それどういう?」

「あら、知らないの? 青い緋衣草の花言葉」

「全然。ワタシ、そこまでお花興味あるわけでもないし」

「ふふっ、調べておくといいわ。その方がきっと、茉子も楽しいわよ」

「……? よくわかんないけど、わかった」

 

 結局、花は自分の部屋に置くことになった。

 ちょうどよく隙間も空いていたので、窓際に置くとこれが中々見栄えがいい。

 陽射しがいい具合に当たる部屋であるので、光に照らされた青い緋衣草は絵になる。

 久しぶりに新刊の出た漫画を読む前に、軽くインターネットで花言葉を調べてみる。

 

「……そっ、か……」

 

 それはすぐに見つかった。

 緋衣草──つまりサルビアの花。

 

「青い緋衣草──花言葉、そういう意味……なんだ」

 

 その中でも青い品種の持つ花言葉。

 知ってしまって、段々と顔が『女の顔』になってしまう。今日一番の頬の熱を感じて、色々な感情がごちゃ混ぜになって──

 

「……『永遠にあなたのもの』って、あぁもう……っ。卑怯だよ、ズルいよぅ……馨くんのバカぁ……」

 

 どうしようもない程に女の子としての自分をさらけ出しながら、最愛の人への文句のような、だが決して違う言葉を呟く。

『永遠にあなたのもの』……口では中々言えない男なりの、確かな愛の証明。

 

「永遠に、あなたのもの……永遠に……永遠……あは……」

 

 しかし永遠にあなたのもの──とは、なんと言えばいいやら。

 笑みが溢れて、胸の内には甘く暖かいものが満たされていく。

 いじらしくて、愛おしくて、嬉しくて、幸福感が満ち溢れて仕方ない。本気で好きになって、いつまでも一緒にいたくて、同じ墓に入るならこの人でないと嫌だとまで想っている人から、自分は永遠にあなたのものだと言外に伝えられる。

 乙女としては喜ぶ以外に何をすればいいのか。

 

 ただ。

 昨日といい今日といい、どうして馨はやけにプロポーズめいた行動を取るのか。

 

 全然キャラが違うはずなのに、どうしてかこんな風に手玉に取られている。本来なら自分が手玉に取る側のはずなのに。

 

(馨くんって、もしかして……素はこんな感じに振り回してくるタイプだったのかな。でも昔は静かで素直な性格だったし、それに戻ったと考えたなら──)

 

 なるほど、全く違和感が無い。

 色々と武装する必要も無くなったのであれば、根っこの素直な性格で自分と接しているからこそ、こんなにも振り回してくるように思えてならないのか……と、茉子は結論づけた。

 

「明日、楽しみだな……あはっ」

 

 明日が楽しみで仕方ない。

 やっともっと、恋人らしくなれるのだから──

 

 

 

 ────

 

 そして夜。

 

 彼女は──奇妙な浮遊感と共に瞼を開けた。

 

「……はれぇ……? なんで、わたし外にいるでありますか……?」

 

 おかしな状況、まるで夢だ──と。

 レナ・リヒテナウアーは身体を起こしつつ、そう呟いた。

 辺りを見渡すと満月と月光のみが見える暗い夜空。光の当たり加減から言って、どうやら室内にいるようだが──

 

「ここは、一体……?」

 

 瞬間。

 屋敷が燃えた。

 

「ひゃぁっ!?」

 

 炎であるのに熱くない。焦げ臭さも感じない。本当に夢なのかと、けれどそれは夢にしてはあまりにもリアリティがあり過ぎる。

 怯えながら、視線を元に戻すと──

 

 燃え盛る炎の中に見える背中。

 切っ先より滴る血の雫。

 炎に照らされた壁の鮮血。

 

 打刀にしては長く、太刀にしては浅い異形の日本刀を握る人影が、燃え盛る屋敷の中で、自分に背を向けている。

 

 漆黒の和装に、漆黒の髪は闇の中でもなお黒い。

 その黒に浮かぶ白の素肌はまるで白夜のよう。

 妖しくも神秘的な刃紋は炎によって映し出されている。

 

「……あぁ」

 

 その後ろ姿は。

 あり得ない筈なのに、何故か。

 

「私は今……生まれたんだ」

 

 楽しげな、愉しげなその声と共に、その刀を軽く振る。

 それは血振りにして杜撰で格好をつけたものだが、その者が行うことであり得ない程に恐怖を掻き立てられるものになっている。

 それを何と表現すればいいのかを問われれば、きっと──魔人以外の何者でもない。

 

 何故だろう、本当に。

 レナにとってその後ろ姿は……

 

「──カ、オル……?」

 

 とても信じられない声が出る。

 唖然とした表情のまま、そう呟いた。

 

 服装こそ違えど、背格好も、髪型も髪の長さも、全体的な雰囲気も、仕草も、持っている刀も──何もかも。

 

 さながら生き写しのように。

 

 その黒衣の人物は、稲上馨に酷似していた。

 

「さて、では──始めるとするか……」

 

 クツクツと笑いながら、そう呟き、刀を掲げる黒衣の人物。

 炎と月光の中に、異形の日本刀を携えた魔人が、確かにいたのだ。

 

 

「──は……っ!?」

 

 目が醒める。

 外を見ても炎は無く、満天の星空が広がるだけ。

 

(……終わったのでは、なかったのでありますか……? それとも、始まったのでありますか……?)

 

 言い表せぬ不安が、彼女の心中に生まれていたのだった──

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