千恋*万花~福音輪廻~   作:図書室でオナろう

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一転

 廉が方向を確かめて報告し撤退。

 俺が先行し、建実神社へ誘導。

 茉子と将臣の闇討ちにより、速攻をかける。

 

 ──それが本来のプランだった。

 

 だが結局、廉は小春ちゃんの中に潜んでいた者に挑発され、俺は廉の救助に向かわざるを得なくなった。

 

 ……挑発に乗ってしまった廉を責めることはできない。廉からすれば家族の一大事だ。乗って当然な精神状態だろう。

 血を流して気絶している廉を駒川の診療所に担ぎ込んでから急いで建実神社へと向かったが、どうやら終わっていたようで、暗い顔をした将臣と、小春ちゃんを抱えている茉子を見ることとなった。

 

 ……何があったのかを聞こうとしても、何一つ答えてくれない。ただ整理する時間をくれと、皆が言った。

 確実に何かあった、それも言いたくないような何かが。その後小春ちゃんも診療所に入れられ、翌日となった。

 

 ──駒川から二人が目が覚めたと聞いていの一番に飛んで行った。電話で起こされたが、しかしこれは俺が招いた事件……いくら謝っても足りないほどに、俺に責任がある。

 

 ……実は、聞いた瞬間"処理"してしまおうかと考えた。だが家から離れない以上は記憶操作と俺が乗り込む必要がある。

 ──俺は友人の家族の記憶を弄くり回せるほど冷酷になれなかった。結局俺は使命と自己を天秤にかけて、自己を取ってこのザマなのだ。

 なにが殺せてしまうから、だ。殺せてしまうからなんて言っておきながら、その方が早く確実に済むって時に殺せないどころか傷付けることすらできない。

 自分で自分を騙して、わかったようなことを言って、挙句この始末か。

 

 もっと上手くやれた筈なのにと。

 

 もっと何か……と思ってしまうのだ。

 

 たらればの話なぞ意味無い。これからどうするかが問題なのに、どうしても過去にばかり目が行ってしまう。そう、どうすれば傷一つ無く理想の自分であれたのかという────なんて女々しいんだろうか。

 

 傷を誇るのだと決めても、中々にそうはできない。

 

「よ」

「あー……悪りぃな馨。台無しにしちまった」

「……気にすんな」

 

 心底からの謝罪、すまなそうな表情。

 そんな廉に言えたのは、たったこれだけのことだった。

 ベッドに寝っ転がっている廉を見て安心するけれど、でも何故謝罪するのか俺にはわからない。

 いくら自分から役を買って出たって言っても、俺たちの方がもっと上手くやれたかもしれないのに。

 危険に放り込んだのは俺なのに。

 

「シケた顔すんなよ。小春に見られたらなんて言い訳するんだ? 結果良ければって考えろって」

「……だけど……!」

「ケツ拭いてくれてありがとな、馨」

 

 やめてくれ。

 俺に感謝なんかしないでくれ。

 俺は、お前が思ってるような人間じゃないのに……!

 

「よしてくれ……」

「……まぁ、お前と俺とじゃ立場も何も違うもんな。ただ俺はしくじった俺が許せないだけで、お前を責めるなんてできない。責めてくれとか言われてもできねーからな」

「わかってる」

「……なんて伝えたもんかなあ。俺のドジにでもしておくかァ?」

 

 そんなことをケラケラと笑いながら……あぁ、やはり空元気なのだろう。

 ただ急に真剣な表情になって。

 

「この件、お前関連か」

「あぁ。俺の……正確にはご先祖様の因縁の筈だ」

「なるほどねぇ……なんか、事情が複雑そうだなあ」

 

 何か思わせぶりなことを言っていたのか、ただその頃には廉は倒れていたし、俺は聞いていない。

 

「あと小春に会いに行ってくれ。あいつ、筋肉痛がひどいからあんま動けねーんだって。きっと暇してるだろうから」

「お前は?」

「基本快調。ちと腹痛えくらい。穴空いた筈なんだが、不思議なもんだな」

「……そうか。よかった」

 

「じゃあまたなー」と気軽に手を振って小春ちゃんのところに行けと催促する廉。なんのかんの言って、こいつもこいつなりに小春ちゃんの事を兄として愛しているのだ。

 

「……」

 

 そうして小春ちゃんの病室へ向かうと彼女は暗い表情をして外を向いていた。

 

「小春ちゃん?」

「……馨さん」

「将臣じゃなくて悪いね。身体、大丈夫かい」

「うん、まぁ」

 

 空返事、そしてどこか虚ろ。

 昨日ことをどれだけ覚えているのか。そして彼女が何を考えて何を欲しているのか。付き合いの深くない俺には、いまいちわからない。

 

「私、何をしてたんだろう」

「覚えてないのか?」

「ぼんやり、所々……廉兄の件は覚えてる」

「……そっか。君は悪くない。悪いのは奴だ」

「そう、だよね……」

 

 ……ただ小春ちゃんは何か自分が隙を見せたとでも考えているのか、自罰的な表情を浮かべていた。

 

「廉兄は?」

「腹痛いらしいがかなり元気だ。不思議な話だけど、身体を酷使された君より回復早そうだ」

「じゃあ、あの言葉……嘘じゃなかったんだ。私言われたんだ。中にいた人に、出来る限りは被害を少なくしようって」

「……律儀だな。まるで狂人だ」

 

 小春ちゃんの言葉を聞いて、思わずそんな感想が出た。

 被害を少なくしようと言いつつ、だからと言って軽傷とは言え腹に穴を開けてみたりするなど……到底理解でき────ないということもない。

 

 なんとなく、わかるのだ。

 

 恐らく小春ちゃんの中にいた者は、俺と同じでこれと決めたことをやり遂げなければ気が済まないタチだ。しかも俺より数段酷い。

 自分はこういうものなのだから、こういうことをすると決めたらやらねばならないとかで雁字搦めになった挙句……というタイプ。

 で、自分ルールの穴は容赦無く突いてほくそ笑む。間違いない。

 

 ……京香の家族の仇、虚絶の本当の持ち主である破綻者である可能性が高いが、京香は確信を得ているのだろうか……昨日から帰ってきてないが。

 

「まぁ、あれかな。色々と気にするなとしか俺言えないや。気休めだけど」

「……」

「とりあえず、早く元気になってな。廉も将臣もそれを望んでるだろうし」

「うん……」

「じゃあ、その、お大事に」

「ありがとう」

 

 実際気の利いたことが言えるほど、コミュ力があるわけでもない。こんな具合に差し障りの無い話をして、俺は彼女の元から去る。

 ──その途中、将臣たちとすれ違った。

 

「……後で話が」

「ああ」

 

 

 

「……それで、話は?」

 

 その後。

 二人の見舞いを終えた将臣たち……というか、茉子もいれば芳乃ちゃんもいるしムラサメ様もいる……つまりいつものメンツだ。

 少しの間、使ってない診療室を貸してもらって話をすることになった。

 

「京香さんは?」

 

 ……やはり。

 京香関係の話、か。となれば──

 

「呼び戻す。答えられる範囲で答えるよ」

 

 ──ん? 呼んだ?──

 

 帰ってこい。お前に用事がある。

 

 ──あいよ──

 

「んで、将臣。本題は?」

「……小春の中にいた奴は、魔人を名乗っていた」

「魔人……ね」

「何か知ってるか?」

「確証は無いが、予想は立っている。京香が戻り次第──」

「戻ったよ、馨」

「噂をすればか」

 

 ちょうど切り出したところで、京香がぬるりと壁を抜けて戻ってくる。

 ただその表情は険しく、そして──復讐鬼のそれであった。

 

「やーやー、将臣君。私に聞きたいことあるって?」

「……常陸さん」

「はい、伝えるしかないかと」

 

 ……?

 そういや二人は昨日何も教えてくれなかったな。となればそういうことかもしれないし、あるいは……まぁ、それもすぐにわかる。

 意を決した将臣は、京香を見据えて──

 

「小春に取り憑いた魔人について、知っていることを全て教えてくれ」

 

 そう、切り出した。

 すると京香は無表情に変わり、「ちょっと失礼」と言うと将臣の頭に手を乗せて────納得したような表情をした後、手を退かして。

 

「……やはり、奴か」

「っ!? 知ってるのか!?」

「知ってるも何も──

 

 ──奴は、私の……

 

 私の、仇だよ。私から全てを奪った魔人であり、同時に……私が封じていた筈の存在。一体どんな手品使ったかは知らないけど、虚絶……奴が付けた名は転生だったっけ? とにかく、中から抜け出して色々と手を引いているみたいだ」

 

 そう、告げた。

 

 ──魔人。

 

 京香の家族を手にかけて、ひたすらに人の不幸でしか生を実感できない破綻者。虚絶……いいや、あの妖刀『転生』の元来の持ち主。

 転生……さしずめ、死を転じて生と成すが故に転生、と言ったところか。

 

 他者の死を転じて己が生と成す……理解はできないが、魔人にとってはそれが生きるということなのだろう。

 だが、俺の邪魔をするならば消すまでだ。茉子のためにも。

 

「封じていたとは……? 憑代と呪いのように混ざった、と言うことでしょうか」

「いいや、違うよ芳乃ちゃん。私は自分の得物をへし折られてね、咄嗟に奪って殺したんだ。その時にはもう、怨恨の宿り木として完成していたから……肉体は消したけど魂は保存されていたんだ」

「じゃから吠え面をかかせるために、そなたは封印を担っていたというわけか」

「そういうこと」

 

 ……なるほど。通りで。

 つまりこれは、除霊のようなものか。

 

「では、抜け出したというのはどういうことなんですか? 虚絶の中にいたということは、多分馨くんも察知できたんじゃないかと思うのですが……」

「……あの日、ほら、キミたちがお祝いをしていた日には私も奴も、同じところにいたんだ。その翌日くらいから急にいなくなってね。ああ、馨は察知できないよ。だって腹の中を見るのは、掻っ捌いてみなきゃ無理だろ?」

 

 いやそれ初耳なんだけど。

 先に言えよ……言ってくれなきゃわかんないじゃないか。人に素直になれとか言いながらお前が素直じゃねえのはズルいと思う。てかやっぱこの人俺の祖先だ。

 面倒くさい方向性が同じだ。

 

「……で、今回キミたちが遭遇したのは分体だろう。小春ちゃんはあくまでも足、奴ならきっと……本体とは別に、実働用の分体を確保していると思う」

 

 かなり事態は進んでいるらしい。

 京香の考えはほぼ当たっているだろう。さっき色々流れ込んできたが、次の私とか言っていたし、多分……

 

 ならばと。

 俺は口を挟んだ。

 

「昨日悩んでたのは、俺の話か?」

「……それは」

「そこのお節介が流し込んできたが、なるほどね……なんとなく読めた」

 

 黙りこくる四人を見つめながら、更に言葉を続ける。

 

「多分……これは堂々巡りだな。魔人を放置すれば魔人が俺を殺して自由になる。かといって魔人を殺せば俺が魔人の如き者となる……みたいな感じか」

 

 将臣の聞いた魔人の言葉。

 殺せるのはただ一人。虚絶と繋がっている俺だけが、恐らく魔人が唯一殺せる人物なのだろう。

 恐らく魔人がいなくなれば、虚絶がより純度の高い状態になる。深く接続している俺に何かしらの悪影響があり、そしてそれが最後に立ち塞がる者となる……といったところか。

 

「馨、あんまそういう悲観的な──」

「お前が俺に魔物殺すべしを徹底させられるなら、魔人が俺に人殺すべしを徹底させられることも造作もない筈だろ京香」

「それは……」

「ま、魔人をさっさと殺って、俺を止めてくれればそれでいいさ。叢雨丸で斬りゃ多分、接続も無くなって虚絶の対応をするだけでいいだろうし。

 

 だからほら、頼んだぜ将臣。そうなった時はって約束だろ? 自分の意思でそうするならまだしも、他人の意思で茉子を手にかけるのは死んでもゴメンだからな」

 

 悲観する理由など無い。

 過去の因縁を解決できた人間たちに不可能は無い。たかが魔人の一人や二人、のしてしまうのも簡単だろう。

 だからこそ俺は迷いなく、魔人殺しに挑める。その時になったら絶対にこいつらが俺を止めてくれると、確信しているからだ。

 それに、実体の無い幽霊よりも、実体のある人の方が何百倍もやりやすいだろう。

 

 ……と、いう感じだったのだが……

 

「お前、死ぬ気か!?」

 

 怒りに顔を歪ませた将臣に胸倉を掴まれる。

 ……あれ? 俺なにか言葉しくったか? いやでも約束は覚えてるし、それにあの場で俺の首を……なんて言った覚えはないんだけど。

 

「い、いやおい落ち着けよ将臣。そもそも俺は──」

「死なせてたまるかよ! 他の方法を探してでもお前を助けてやる!」

「……将臣君や。何も馨は死ぬとかそういうことじゃなくて、単に虚絶の影響だろうから接続を叢雨丸で断てばいいって言っただけだよ」

 

 横から京香がフォローを入れると、とても間抜けな表情を見せてくださる。横では芳乃ちゃんは言わんこっちゃないみたいな顔してるし、ムラサメ様は「あれほど話を聞けと……」とかボヤいてるし、茉子はなんか嫉妬してる顔……え? 嫉妬? なんで? 今の何処にジェラっちゃう要素あったの? ホント可愛いよなお前。

 

「……まぁ、なんだ将臣。その……約束ってそういう意味じゃなくてな。俺一応人だからさ、叢雨丸で斬っても死にゃしねーぜ?」

「あ……そ、そうか」

「つか、いつまでも死にたがりと思わんでくれ。死んだら茉子との約束を破ることになるし、なにより茉子が愛せないだろ」

「シレっとそういうこと言うのやめてよぅ……恥ずかしいってば」

 

 茉子が照れ臭そうに目を伏せながら、そんな可愛らしいことを言う。ついついそんな彼女にクスッと来てしまって、笑いが漏れてしまう。

 

「こほん」

 

 場が和んだのと同時に、芳乃ちゃんが咳払いを一つ。

 

「とにかく、将臣さんの考えているようなことはなく、馨さんの惚気と茉子のデレデレはいつも通りということで。結局魔人を倒すことしかない、ということですね」

「その通りだよ芳乃ちゃん。あの魔人を殺らなきゃ、穂織は滅びる。絶叫する奈落の使徒の手によって」

 

 芳乃ちゃんの一言に、京香も同調して魔人討伐に頷く。

 しかし茉子は驚いた表情で──

 

「絶叫する、奈落の……」

 

 何か心当たりがあるのか、あるいは犬神が反応したのか。とにかく彼女らしからぬ声だった。こんな声を聞いたのは、中々……ちょっと興奮する。いや、なんでだろうか。

 

「……茉子? 犬神が何か言ったのか?」

「あっ、いえ。なんでもないと」

「そうか。まぁ、かの神もかの神で色々あるじゃろうしな」

 

 犬神的にはこの件、どうなのだろうか? 一応ここまで来ると協力してくれると嬉しいのだが、彼自身そこまで協力的ではないからなあ。

 ま、協力する理由もあんまりないし。

 しかしだ。

 

「さて……そろそろ学院行くか。このままだと遅刻ギリギリって、俺はいつも通りか」

 

 ……昨日あんなことあったのに、今日は普通に学院なのだ。

 行かないとレナとの情報共有もできないし、行かねば。

 

 え? なんで俺には駒川からいの一番に連絡が来たのかって?

 ……だってあいつ、俺のメルアド持ってるもん……駒川のメルアド持ってるのって、子供の中だと俺くらいしかいないレベルだぞ。

 

 まぁ、そんなこんなで大急ぎで学院に向かう、朝から忙しい俺たちなのでしたとさ。

 

 

 

 

 ──おい、あの娘と神刀の担い手だ──

 

 急に。

 色々と考えながら授業を受けていたら、茉子の内面から犬神がそんなことを言った。

 

(いきなりどうしたんですか)

 ──あの一件で確信した。間違いなく魔人、そして伊奈神には……お前たちの始まり、その過去が関わっている──

(だからと言って有地さんとレナさんが出てくるのはかなり謎なのですが……)

 ──記憶を頼りに言葉をまとめたのだが、抜けが多くてかなわん。よって私の魂に刻まれている記憶を追体験させれば、完璧に伝えることができると至ったのだ──

(なるほど……?)

 

 記憶の追体験には外見が連想でき、性別が一致していないとダメである……という知識が茉子に与えられる。

 何故将臣とレナなのかを考えるも、思い当たる節がほとんどない。将臣ならまだしも、何故にレナ? ……やはり合点がいかない。

 

 まぁいいかと思考を打ち切り、今朝レナには現状を報告し、二人は無事と伝えた時、心底からホッとしていた様子のレナは、中々に見れないものであったと思い返す。

 

 考えてみれば茉子も実際、レナのことはあまり知らない。勝手に友人だと思っているが、それにしてはお互いのことを知らなすぎる。

 

(……よろしくないですけど、いい機会と言えばいい機会ですかね)

 

 芳乃に同性の友人が少ないことを茉子は気にしているし、これを機に二人が更に仲良くなってくれればなあと考える。

 

(けど、馨くんが……最後に立ち塞がる敵って……なんだか、信じられない)

 

 本人はそれくらいされるのは造作も無いと言っていたが、どうにも何か違和感がある。

 

 ──……その事に関してだが、あの復讐鬼が何か隠している可能性がある──

 

 そこでふと、犬神は京香のことを復讐鬼とばかり呼んでいることに気が付いた。復讐者でも魔人でも京香でもなく、あえて復讐鬼という表現を使い続けているのには、何の訳があるのか……

 

(何故、復讐鬼……鬼と?)

 ──あれは鬼だろう。あの男の言っていた、いずれこの地を滅ぼす絶叫する奈落の使徒ではない。あれは人にも魔人にもなれなんだ、鬼だ──

(あの男……ワタシの先祖が、魔人について言及を?)

 ──あぁ。如何なる方法で知ったのかは知らんがな──

 

 何故常陸の始まりは魔人について言及できたのか。犬神に腑に落ちないところがある。如何にその始まりは始まりと言えども、正真正銘ただの人間である筈なのに。

 もしかすれば、などといくらでも推理できるが、それはそれ。彼は話を戻した。

 

 ──話を戻すぞ。復讐鬼は、担い手の記憶を見ただけで察した。それが不思議なのだ。考えてもみろ、顔も声も伊奈神馨……如何に憎い相手とて、言葉と戦法を見ただけでわかるものか?──

 

 それを聞いて確かに、と思った。

 茉子が覚えている限り、即答していた。迷う様子もなく、知った瞬間に『やはり奴か』と。

 それは微かな材料で確信できるほどの知り合いか、あるいはその特徴を知っているもののみに許されることだ。

 

 ──私が再びあの男と出会ったとして、言葉が同じでも顔も声も違っていれば一度は性格が似ているだけかと思うぞ。だが……あの女は憎悪の相手がどのような性格でどのような傾向なのかを深く、事細かに知っている。得物の名すらもだ──

(確かに、不自然ですね。封印していたとしても、憎い相手と話なんてすることはないでしょうし。だから何かを隠している可能性……と)

 

 確かに怪しい。

 今の今まで黙っていたのだ。極秘裏に始末するにしては何か不自然さはあるし、馨すら知らないことを知っていた。更に言えば、馨が最後の敵となる可能性が浮き彫りになった時、動揺するわけでもなく悲観的になるなと言いかけていた。

 ……一体何を隠していて、何を知っているのだろうか、彼女は。

 

 ──まぁ、お前は自分の男の側にいておけ。流石に不安だろう──

 

 唐突にイチャつけと言われて、内心慌てつつも、まぁ実際不安であるし、否定する理由もないかと茉子は反応した。

 

(あ、あは……流石に見抜かれますよねえ)

 ──ふん、お前がわかりやすいのだ。だが当の本人が、ああも迷い無く受け入れているというのは、口を挟まざるを得なくてな……──

(ふふーん? やっぱり優しいですねぇ〜)

 ──やかましい。勝手に言ってろ──

 

 これがツンデレかと、本物とは中々にすごいのだなと、茉子は場違いだと思いながらも、犬神の可愛げある性格に苦笑していた。

 

 

 

 

 ──おやおや、馨の彼女サマじゃないか。なるほど、これは惚れ込むわけだ……──

 

 ……それを魔人は、近くで見ていた。

 とても、とても近くで。

 

 ──これならば、しばらくは黙っておこうか。向こうが勝手に深層に入るのを待っていれば舞台も整うものだ──

 

 ──そして、小さな愛が生んだ大きな呪いと対面するといい。それこそがお前たち朝武と常陸が、本当に罪を償うべき相手だ──

 

 ──だがまぁ、馨はそんな罪だ罰だは気にしないだろうな。そうでなければ私が憧れん。きっと己の魔性に従って……そうするのだろうさ──

 

 

 

 

 帰り。

 レナを連れて、俺はもう一度廉の元を訪れていた。

 将臣は鍛錬があるので、とのことで終わった後に芳乃ちゃんと共にまた顔を出すようだ。玄さんが行かない理由が無い筈だが……さて彼はどうしたのだろうか。昼間には間違いなく顔を出している筈だが。

 

 だがそれにしたって。

 

「茉子」

「はい」

「腕組まれると歩きづらいんだけど」

「馨くんはレナさんを結構な頻度で口説くので」

「あははっ。カオル、言われていますよ?」

「うぐぐ……」

 

 茉子がムスッとした表情で、まるで腕にしがみ付く猫のように腕に引っ付いてきて、レナはそんな様子を見て笑っている。

 いや、その……恥ずかしいんですけど。

 

「れ、レナぁ……その、助けて?」

「ダメであります。そんなことをしてしまえばわたし、マコに酷い目に遭わされてしまいますでありますよ」

「えっ? そ、そんなことしないよな茉子」

「馨くんに酷いこといっぱいしてもいいんだよ? 夜寝かせないとか」

「やめてよぉ……」

 

 ニヤニヤと意地悪な顔をしながら上目遣いで見つめてくる茉子。

 ──マズイ。

 ただでさえベッドヤクザだなんだと言われてるんだ。茉子と夜通しヤり続けてしまった場合、間違いなく二人とも寝坊するどころか昼まで寝ている。

 ……で、また風呂入って……ってなることになる。そこでこの前みたく我慢できるかどうかはかなり……危険だ。誘われたら間違いなく襲う。だって茉子、エロいんだもん……身体つきめっちゃエロいし、流し目がめっちゃエロいんだもん……

 というかなんでこいつここにいるの? 魔人が何処にいるかもわからないのに。

 

「てかお前芳乃ちゃんといなくていいのかよ」

「芳乃様から『馨さんとイチャつきなさい。それで不安感とか色々解消してきなさい』という命を受けたので」

「職権濫用すぎる」

「ヨシノはオテンバですね」

「な? 前言ったように愉快な子だろ」

「はいっ、とっても愉快でありますよね」

「今度暇な時、また一緒に過ごしてみるといいさ。もっとわかる。たまには女子会、ガールズトークってのも悪くないだろう?」

「なるほど、そういうの楽しそうでありますね。ジョシカイ……わたし、ワクワクしてきました! となるとダンシカイもあるのですよね?」

「まぁ……あるにはあるけど……キラキラするようなものでもないぞ」

 

 野郎の集まりなぞ、おおよそロクなものではない。目をキラキラとさせているレナには申し訳ないが、女子会にしろ男子会にしろ、同性特有のアレコレをグダり合うものだ。

 と、そこでさも自分関係ありませんみたいな顔をしているネコなカノジョに声をかける。

 

「お前も行けよ。そろそろ距離感取っ払って来い」

「へ? ワタシ? ワタシはほら、別に」

「お前だって俺と同じでヘタレなんだからさ、ちゃんとここらで一区切りつけるなりなんなりしろって。それにほら、レナだって色々聞きたいことあるんじゃねーの?」

「はい。モチはロンですよ〜。マコにはそう、色々とカオルとのお付き合いとか、気になるでありますからね〜」

「お、お手柔らかにお願いします……あは〜……」

 

 意外と古いな、モチのロンって。

 たははと笑っている茉子と、微笑むレナを見るとこう……百合の花が咲いて見える。眼福というか何というか、これが乙女の花園か。

 そんな風にイチャつく茉子とレナを後方で微笑ましく見守りながら、診療所に到着。

 

「ん? また来たのかい、馨」

 

 ヒョイと顔を出した駒川が意外そうな顔をして俺を見る。二人には「あぁ、お見舞いかい? 廉太郎君も小春ちゃんも暇してたから、存分に話し相手になってくれ」とか言ってたクセに。てか茉子だって二度目だろ。

 

「あんたも知っての通り、寂しがりなんでね」

「ふふっ、だいぶ可愛くなったもんだね」

「うっせ。それで、経過は?」

「二人は問題無く、だね。暇そうだし同じ部屋にしておいた。今はいつも通りにじゃれあってるけど、廉太郎君なんて腹に穴空いてた筈なのにもう塞がってる……というか、傷跡も無くて普通に歩けてる。小春ちゃんも驚いてたよ。彼女、歩く度に身体が痛んで仕方ないっていうのに」

「不思議なもんだな、いやマジで」

「医者泣かせだよ、魔人ってのは」

 

 俺は不思議なまでの再生能力に加えてあり得ないほどの健康体。魔人は廉の腹に穴を開けておきながら翌日には完全に塞がっている不思議な傷。小春ちゃんもまた魔人に肉体を酷使されているのにも関わらず酷い筋肉痛だけで済んでいる。

 果たして京香は生前どうだったのか。不思議なものである。

 

「なんだ馨もいんのか」

 

 そして顔を出してみればこの男あまりにも元気すぎである。横にいる小春ちゃんすら「このダメ兄……!」と呟くレベルで元気だ。

 茉子とレナは唖然としている。

 

「テメェ二度も見舞いに来てやったこの俺になんてことを。腹に風穴開けんぞ」

「どーせなら女の子三人の方が良かった」

「お前の見舞いに来てくれる女子なんているかァ? 女取っ替え引っ替えした悪名高き廉太郎だぞ?」

「いねェだろなァ。悪名高きこの俺の見舞いに来る奴なんて、野郎か家族かレナさんや常陸さんみたいにその辺気にしてないタイプかだし」

 

 ……終わりかい。

 せめて否定しろよ。真顔で言うな。

 横で微妙そうな顔をしている小春ちゃんがため息吐いている。

 

「廉兄と馨さんのやり取りって結構反応に困るよ……。レナ先輩も常陸先輩もわざわざありがとうございます。こんなダメ兄のお見舞いに来てくれて」

「常陸さんもレナさんもありがとうな。小春の奴暇だ一人だ寂しいだで疲れてたから、来てくれて嬉しいよ」

 

 しかしここでこの兄妹、揃ってツンデレなものだからお互いに視線を合わせた後。

 

「なにさ! 廉兄だって暇だ一人だ退屈だで死んだ魚みたいな顔してたじゃん!」

「なんだとぉ!? お前がそれ言うのか! 将臣が学院行った後に寂しいだなんだずっと言ってたろ!」

 

 ……俺たちを無視してじゃれ合いを始めた。ギャーギャー吠えられると物凄く困るというか、小春ちゃんもいつもの調子が戻ってきたようだ。よかったよかった……

 

(いやなんでほっこりしてるのっ)

(止めろと!?)

(流石に診療所でありますからねぇ)

 

 茉子のツッコミに反応していると──レナは大変マイペースだったが……──二人はヒートアップして聞いてもいないのにお互いの醜……態……かこりゃ? いや違うな、うん。とにかくあれこれ言い始めた。

 

「なんで恥ずかしいこと言うのかなぁ!? 廉兄だってお祖父ちゃんとお父さんとお母さん来た時に思わず涙ぐんでたじゃん!」

「俺腹に穴空いてたんだぞ!? 涙ぐむに決まってるだろうが! つかお前だってえんえん泣いてたろ!」

「うっ……廉兄のバカ!」

「あっそれ卑怯だろ!」

「二人とも。ここは診療所でありますから、お静かにですよ」

「「あっ」」

「まぁ二人とも元気そうで何よりです。わたし、結構心配していたものですから」

「そ、そうですね。ワタシも何せ直接的に関わっているものですし、今朝見ただけでは不安でした。その元気な姿を有地さんに是非見せて差し上げて下さい。きっと喜びますよ」

 

 苦笑と共に挟まれたレナのフォローを起点に、茉子も話の流れを戻していく。俺はと言えばまぁ一眼見りゃそれでよかったかなってすら思ってるし、特に何か言うことはない。

 

 とりあえず、この二人は問題無さそうだ。

 今日の眠りは、不安で浅くならないだろうな。

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