千恋*万花~福音輪廻~   作:図書室でオナろう

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もうすぐ終盤、駆け抜けていきます。


魔性

 激しい剣戟の音が響き渡る。

 二者は憑代を駆り、移動せず戦闘を繰り広げていた。

 そんな様子がおかしいのか、もはや百を超えて千となろうかという剣戟の中で、京香は憎悪に歪んだ表情と共に吐き捨てる。

 

「珍しいな、アンタが気を使うなんて」

「馨の影響かな。まぁ、そんなことはどうでもいい。どのみち、私はいつも通りに生きるだけさ──!」

「なら尚の事、生かしてはおけないな──!」

 

 吠える。

 妖刀転生を模した狂気の刀が、憎悪と共に彼女の研ぎ澄まされた技術で振るわれる。

 しかしながら、魔人は京香の手の内を知っている。知りすぎている。その憎悪と共に放たれる斬撃の数々を、難なく受け流していく。

 

 ガキンガキンと甲高い金属音を立てて刀身と刀身が噛み合っては離れる。袈裟には袈裟、横薙ぎには横薙ぎを、時にゆらりと最小限の動きで回避し、突きを繰り出せば突きを弾くという荒業で防がれる。

 

 狭い裏路地ということもあってか、技らしい技のほとんどは使えない。ただ純粋な斬り合いになる。体術を交えようにも、体術を交えるための動きをするには隙が大きすぎる。

 よって剣戟のみに徹するというのは、必然であろうか。

 

「お前は父に似て剣鬼の才覚だけはあったな、京香」

「剣くらいしか誇るものはなかったからな……!」

 

 斬撃を受け流しては斬り返し、それはまるで舞踏のようで決してそうではない。

 ──二者の実力は拮抗している。

 しかしこの戦いを見ている者がいるとすれば、双方の動きがある程度共通していることに気がつくだろう。

 もっとも、それがなんだという話なのだが。

 

 京香が更に踏み込み、袈裟に凪ぐ。

 それを魔人が敢えて踏み込み、横に流す。

 

 最大接近距離において刀を使った怒涛の猛攻──それが二者が共通して使う剣術の基礎である。徹底して刀を振るうこと、如何にして刀を使って敵を斬ったものか、それのみを突き詰め……そして道半ばで朽ち果てたある剣鬼の技。

 

 風を斬り、地を蹴り、刀身を噛み合わせて睨み合っては離れて斬り込み、弾いては斬り返す。同じ剣を受け、手の内、心の内を知り尽くした相手だからこその拮抗。

 現代の常人であれば、魔人にしろ京香にしろ、立ち合った時点で斬り捨てられていてもおかしくはない。それほどまでには魔人の性能は人間を超越する。その力は神の法則に近いが故に。

 

 だが唯一の違い、それは互いに憑代となる人間の性能を熟知できていないこと。そして魔人は自身のみしか燃料がないが、京香は芦花を味方につけて、彼女の年長者としての意志、守るという強い意志を燃料としていることだ。

 

「く──、っ」

「せぇいっ!」

 

 京香が一歩前に攻める。

 芦花の意志を反映した攻めの斬撃、その軌跡には一切の迷いは無く──故に魔人は受けに徹する他はない。

 その攻防は、互いの……否。魔人と鬼と人の違いを淡々と示している。

 

()()()()()()()という人類の中でも極め付けの宿業は、人にしか為すことができない。

()()()()()()()という簒奪者の宿業とは、鬼とならねば為すことなどできない。

 ならば魔人の宿業とは──()()()()()()()()()、即ち転生。殺すために殺すのでもなく、単にそうしなければ生きていけないというだけ。他者の死が自身の生になければ魔人は生きていけない。彼らは星の光を喰らって生きる闇の怪物なのだ。

 

 彼ら魔人にとって殺しとは、食事と同じだ。京香の仇は人の不幸こそが自身の飯なのだが、しかし時代が悪かったのか、最終的には殺す方向に至った。至ってしまった。

 

 ──攻めの斬撃が嵐となって襲いかかる。それを弾きの傘でひたすらに防ぐ。徐々に押される魔人だが、その表情に焦りはない。惑わば死ぬる、それこそが戦の中で、死闘の中で見出した答え故に。

 

()()()()()()()人、()()()()()()()()()()()鬼、双方が一つとなれば()()()()()()()()()()()()()()()()()()者となり得る。

 

 そして京香と芦花はその方向性を合一し、()()()()()()()()()()()()()()()()という境地に至った。

 よってただひたすらに殺さねば生きていけない魔人が不利なのは必然である。

 

 守る鬼人と化した京香と芦花を超えるには、正攻法なら魔人は元来の己を取り戻さなくてはならない。もっともそれは不可能だ。京香が半分を持っているのだから、まず奪うところから始めねばならない。そこでやっと殺すなという呪縛から抜け出せられるのだから。

 ──鍔迫り合い、互いに飛び退き、無形の構えを取り直す。その距離はおよそ畳数枚分。しかしそれでもなお、二人にとっては十二分に呼吸を戻せる距離だ。

 魔人は自身の不利を叩きつけられたが、だからどうしたと忽然と事実を京香に叩きつけた。

 

「……守るために殺す、あぁ、実に美しいじゃないか。しかし京香、お前と馬庭芦花では中条比奈実と私を切り離せない。せいぜいできるのは、私諸共殺すことだけだ」

「──黙れ」

 

 挑発のような指摘を、そんなことはわかっていると切って捨てる。

 京香には叢雨丸とは違って人を救うことはできない。

 芦花には何か特別な力があるわけでもない。

 結局、二人にできるのは殺すことだけ。そして日常を守る以上、殺すことはできない。

 

 ──だが、加減できる相手でもない──

(策を練らないと……でもアタシ全然わからないしなぁ)

 ──時間を稼ぐしかないか。手荒く行くぞ、馬庭芦花──

(……お手柔らかにお願いしますねー、京香さん)

 

 内面での会話を終えて、改めて向き合う。

 勝負で言えば既に勝っているが、試合には勝てない。持ち込めるなら判定勝ち──互いに小細工をしなければ先は無い。

 

「……あぁそうか。考え方の問題か」

 

 突如、魔人が嘯く。

 

「何……?」

「殺さぬのであれば、良いのだな馨。腕の一つや二つは砕いて構わぬと……なれば──」

 

 刹那、魔人が跳んだ。

 疾い、疾すぎる。肉体が人間であるのにも関わらずその爆発力は正しく、神速。

 その神速の中、京香は捉えた。

 刀を持った右腕が、身体を右方向に構えられていることを。

 

 ──マズい!──

 

 それは咄嗟の判断だった。

 身体を横に逸らしつつ、脚を出したのは。

 

「なっ……!? お前っ」

「ッ!」

 

 刀身を脚で踏み付け、突きを潰す──常陸家の忍び技の一つ。馨のやった猿真似を見ていたからか、あるいは京香の天性の才能によるものか。

 どちらにせよ突きは潰された。

 そのまま身体を更に回転させながら後頭部を峰で殴り付けんと逆手に持ち帰るが、それで終わる魔人ではなく。

 すぐさま両手で柄を持ち、逆袈裟のように振り上げる。

 

 ──足場がぐらつくその一瞬、京香は体勢を崩しつつも攻撃をやめ、脚を退かして確実に地に足を着ける。

 刹那の睨み合い、踏み込んだのは魔人。振り上げた刀に、大きく勢いを付けた横薙ぎの斬撃を見舞う。逆手で動かし、刃と刃を擦り合わせるようにその横薙ぎを強引に流しつつ、僅かな隙間を縫って順手に持ち替える。

 

 が、横薙ぎを防いだところで続く袈裟斬り。

 ──流せない。だから身を逸らして紙一重で避ける。

 反撃に出るために、その逸らした勢いを付けた回転させながらの斬撃を繰り出そうとして……流れるような逆袈裟の、微かな起こりを見つけた。

 咄嗟に刀を横に構えられたのは、彼女の経験によるものか。ギィ、イ……ンという鈍い音が嫌に響いて火花を散らす。

 

 斬り返す為に力を入れて刀を押し出す──前に魔人が引いた。力を入れる先が抵抗を失ってバランスを崩す。そこに差し込まれる素早い二連の横薙ぎ。

 ──今度は魔人としての性能を完全に引き出し、憑代への負荷を無視して素早く弾く。

 

 だが、ここで敢えて斬り返さない。

 この二連の横薙ぎは、魔人が好んで使う攻撃。ここから何に繋ぐか、起こりを見極めて的確な対処をしなければならない。

 

「──っ」

 

 息を飲む。

 相手を注視する。

 その軌道を予測し、怯えを支配し──見切る。

 でなければ敗れる。

 

「──」

 

 そして、繰り出されたのは──無であった。

 スルリと魔人がまるで突きでも躱すように横にズレる。京香が好んで使う半身逸らし抜けとは違い、純粋な横移動。

 

 そして素早く、踏み込んだ。

 

 振り上げられる刀、見え透いた軌道──弾く。だが軽い。重い一撃を使うのが二者の流派の特徴であるにも関わらず、軽い。斬り返しはしない。

 続く横薙ぎ──弾くが軽い。

 まだだ。袈裟二連──弾く、更に軽い。手数と速度による圧倒……そうとしか思えない。

 斬り上げ──弾く。だがあまりにも上手く弾けた。まるで力を入れろと言わんばかりに……!?

 

 ──そうか!──

 

 悟った京香は踏み込んだ。

 この連撃は調子を狂わせる軽い物。ならば最後に重い一撃が来るのは絶対。ならばやることはただ一つ。

 

「……なっ」

 

 その一撃を、飛ぶための線にする。

 放たれる筈だった渾身の逆袈裟、それが軌跡を描く前に地面を踏み付けて魔人の背面に跳ぶ。

 死中に活を求めよ──攻撃の軌跡が生まれる前に、あるいは斬撃を跳び躱し、背面に移り殺す……それは京香の父が彼女に刻んだ技。強いて技の名があるとすれば、父は『裏盗り』と語っていた。

 彼女の姉……つまり奏は小洒落て、さながら飛ぶ鳥の片翼を落とし仕留めるが如き様を『鴉崩し』などと勝手に呼んでいた。

 

 そしてそれを今、京香は披露した。

 

「く、ククク……ッ」

 

 それを見て、魔人は笑う。嗤ってワラってわらって──そして、噛み締めて。

 

「まさか裏盗りとはな……

 

 昔を思い出すぞ、京香ァッ!」

 

 闘争の狂気を纏って、魔人が咆哮(ほえ)た。

 轟、と魔人から怨恨が青黒い波動となって狂い哭く。魔人が喰らった星の光が、奈落より深い漆黒の闇が、かつて神が治めていた土地に氾濫してなお止まらない。

 

 それは大きな波。

 飛んだ京香が空中で立て直して着地するほどの衝撃。

 

 ──あれは……まだ炎になりきってないのか──

(え、魔人ってああいうこともできるの!? なんか漫画みたいでアタシ理解追いつかない……)

 ──尚のこと気合を入れろ。貴様の意志が私の刃となるのだからな──

(現実はファンタジーなんだね、まー坊……)

 

 もはや何が何だかな芦花は、とにかくこのファンタジー野郎を撃退せねば平穏な日々は来ないのだからと気合を入れ直し、再び守護(まも)らねばという意志を研ぎ澄ます。

 

「さぁ、続きだ──」

 

 そして、魔人は氾濫する青黒の怨恨たちを全身から立ち上らせ、たった一回の踏み込みでそれなりに空いていた筈の距離を一気に零にした。

 振り下ろされる一刀。それは弾けない、受け止めるしかできない。ギギギと嫌な音を立てて、鍔迫り合いとはまた違った、十字を描き睨み合うこの状況の中で、魔人はその内に猛り狂うある感情を吐き出した。

 

「思い返せば京香。お前は自身に燻る魔性と向き合わなかったな。目を逸らし続けたな。適当な大義名分を掲げて人斬りを楽しみ、徹底して人斬りのみを行ってきた。それがお前の本性だ。でなければいくら生臭や賊のような塵屑とは言えども、人の二十や三十を好んで殺しはせん」

「──ッ」

 

 それは、怒り。

 魔人は京香に怒り狂っている。その弱さを、履き違えた認識を、そしてその生涯を、何もかも。

 それに対して京香は何も言えない。全て事実だからだ。賊の類は死合を求めて斬り殺し、生臭坊主は技の練習台がてら斬り殺し、武士だろうと貴族だろうと平民だろうと舐めた輩は斬って斬って斬りまくってきた鬼……それが自分だ。

 当時の常識で言えば何もおかしくない。だがそれでも、京香は人斬りという自身の魔性から目を逸らして『自分は剣聖になりたい』と騙し続けてきた。

 

「伊奈神京香という女は所詮そんなものだ。人斬りという自身の魔性を捨て切れず、飲み込むわけでもなし。目を逸らし、挙句大義名分を掲げて死んでいい奴を殺し続ける。その上極限状況に追い込まれなければ魔性と折り合いをつけることすら叶わん敗北者だッ!」

「く、っ──」

 

 それが気に入らないと、魔人は叫ぶ。何故開き直ることもせず、何故それを認められないと否定することもせず、何故答えを出すことしなかったのかと。

 

 受け止めていた刀が振り切られ、力を込めた逆袈裟が放たれる。その一撃、常人であれば上半身が吹き飛ぶものと言っても過言ではない。それをなんとか受け流すと同時に斬り返す。弾かれる。更に斬り返される。弾く。斬り返す、弾かれる、斬り返される、弾く、斬り返す、弾かれる、斬り返される、弾く──!!

 しかしその剣戟の中で魔人は傾向を見切り、強引に鍔迫り合いに持ち込み、睨みつける。

 

「そんなお前があれほどまでに悩み、そして極限状況ではなく平時で、しかも精神性は我々とは遥かに離れ、当時はまだまだ子供だというに、一つの答えを出した馨をお前が上から語るなど──ふざけるなよ京香」

 

 そうして吐き出されたのは、羨望と憧憬が複雑に入り混じった、奈落より低い音。そこで京香も芦花も、何故魔人が比奈実の肉体を奪い取ってなお完全に主導権を握って完璧に同調しているかを理解した。

 鍔迫り合いが剥がれ、そして今度は魔人が感情の赴くままにひたすらに刃を振るう。それは怒涛。死を運ぶ黒い風。ありとあらゆるものを斬り刻んで止まない刃の嵐。受けることで精一杯だ。

 

「お前に馨の何がわかる? 面倒なところだけ似ただと? 理解してすらないな。馨は大義名分があれば喜んで殺す殺人鬼などではない。あれは強く、そして優しすぎる男だよ、とても」

 

 それは馨に対する理解。

 比奈実も魔人も、馨が持つ精神性の方向を理解していて、故に京香に対する共通の感情として束ねた。

 

「我々の力、そして存在と魔性は他を圧倒する。それをどうするか、どう向き合うか……私は飲み込み、お前は目を逸らし、そして彼は正面から向き合った。その覚悟、その意志の頑強さ、素晴らしい。憧憬を抱くよ、羨望を覚える、尊敬に値する。そうだ──お前が思っている以上に、馨は強い子なのだよッ!!」

 

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 ──ただのそれだけ。

 伊奈神京香という女の全てを否定するというたった一つの感情。魔人に入り込まれた所為で比奈実に生じた薄暗い感情。馨に姉と慕われながら何一つしてあげられなかった自身と、魔人と鬼を履き違えて導くことなど初めからできやしない筈なのに導いた気になっている大馬鹿者への怒り。

 それら全てを叩きつけるが如く、この怒涛の攻めは展開されている。

 

「それにこの件、自分で決着を付けるなどと息巻いているが、そもそもお前が私を殺せたのは、奪い取った我が『転生』の力添えがあったからだろうに!」

「だから何だ! 使えるものを使って何が悪いっ!」

 

 吠え返す。

 金属音の鳴り響く中で、魔人と鬼が叫び合う。

 

「お前は無力だ京香! 私より先に転生から抜け出したのは失敗だったんだよ! わかるか!? お前と私が、転生に封じられている馨の真なる魔性の蓋だったのにも関わらず、お前は自ら蓋をやめた!」

「っ、全て私の所為とでも!? 遅かれ早かれそうなるのであれば、私とお前が諸悪の根源だろう!」

「いいや、諸悪の根源は朝武と常陸だ! 私とお前はきっかけにすぎんさ!」

「何が言いたい!」

 

 弾き、斬り返し。

 眉間、左胸、手脚、肩、太腿──受ければ人体が行動不能になる箇所であったとしても、今や共に怨恨に呑まれた両者にとっては知ったことではない。

 死んだら死んだ、その時だとすら考えている。

 

(ちょ、ちょっと落ち着いてってば京香さん!? このままだと多分──)

 ──口を挟むなァッ!──

 

 芦花の忠言にすら耳を貸さず、狂気に、魔性に従って京香は刃を振るう。

 

「奴らがいるから我らは生まれ落ちた! 我ら魔人の苦しみは、奴らさえいなければ初めから存在しなかったのだ!」

「それを私に言って何になる!」

「何故殺さない!?」

「あの子たちが何をした!? 何もしてないだろう!!」

「あの二人が、あの血筋があったから馨は苦しんだ! それは事実だろうが! 魔人と人との境で苦しむ中で、奴らはのうのうと生きていた! 挙句生きろと? 生きていられない地獄に落としたのは奴らだろうが!! 厚顔無恥な連中めが! 己が血族の業で滅んでいればよかったものを!」

 

 ──馨が虚絶、即ち転生と接続している以上は、京香も魔人もその影響を多少なりと受けている。

 だがこの叫びは馨の持つ闇なのか、あるいは真実を知る魔人だけが持つ闇なのか。愛する女が生まれて来なければよかったと願うのは、決して違うのだろうが……だがこれが真実なのかは、誰にもわからない。喋る魔人本人さえもだ。

 

「生まれてきたものに罪は無いだろう!」

「罪科があるとすれば、そこだけだ!」

「愛することが罪だとでも!?」

「ああ罪だとも! 傲慢で不公平な愛が、業を無理矢理に背負わせる……業を背負い苦しみ嘆き、他と違う己を必死に律して精一杯生きている者を横目に、奇跡とやらで救われた奴らはのうのうと生きている! これを罪と呼ばずしてなんと呼ぶ!?」

「それは──!!」

 

 その答えは、芦花も京香も知っている。その精神は今再び合一した。狂気から守護へ、その意志は束ねられる。

 凄まじい連撃、その瞬間と瞬間の隙間を奪って剣戟を弾き、意識を落とす為の刀を構える。

 

「──そんなもの、人の勝手でしょう!! ──」

 

 そんなものは、勝手に人が評価しただけに過ぎない。

 声が、重なる。

 構えた刀を、袈裟に振るう。

 峰打ち──これならば確実に意識を落とせる。

 完璧なタイミングで放たれた筈のそれは。

 

 ──またしても氾濫した怨恨の波動によって、理不尽に捩じ伏せられた。

 

 ……今度は無理だ。

 

 体勢を崩し切ってしまった。刀が飛ぶ、地面に崩れ落ちる。

 

「……さて京香、お前の持つ私の半身、返してもらうぞ──!」

 

 その隙を逃さぬと迫る魔人。

 向こうの方が、疾い。

 そしてその刀が突き立てられんとした、その時。

 

「その人から、出て行けェェェェェェ──ッ!!!!」

 

 魔人と人との狭間で揺れ動く男が、黒と白を伴って乱入した。

 

 魔人が動く前に白い腕が無数に影より現れ拘束し、魔人を比奈実から強引に引き剥がす。

 黒い人型が馨と瓜二つの顔になろうとも、馨は気にかけない。

 

「かお──」

「比奈ねーちゃんに、芦花さんに、手を出すなァァァッ!!」

 

 魔人が何かを言う前に。

 咆哮と共に、虚絶の刃が憑代から引き剥がされた魔人に、突き立てられた。

 

 

 ──……好奇心も妬心も堕ちたか──

 

 ──やれやれ、困ったものだ……だがこれで必要な分は揃った──

 

 ──京香に捕捉されたのは偶然だったが、まぁいい。後は機が熟すのを待つだけだ──

 

 

 

 

 ──その光景を見た時、身体は勝手に動いていた。

 比奈ねーちゃんの中に魔人がいて、芦花さんを手にかけようとしている。

 

 ならば魔人を葬る。

 そう決めて、速攻で乱入して、実際に腕を使って引き剥がして、世辞の句一つ詠ませることなく、仕留めた。

 突き立てた俺そっくりな顔が消え去ると同時に、右腕に大きな裂傷が生まれた。……もちろんそれは簡単に癒えていく。

 こうして見つめる自身の異常性に吐き気がするが、しかし今はそれどころではない。

 何故か刀を持っていた芦花さんに目を向ける。──無傷だが、しかし不安だ。気を失っている比奈ねーちゃんは虚絶に抱えさせて、俺は芦花さんに声をかける。

 

「大丈夫? 遅くなってごめん。あと将臣じゃなくてごめん」

「……いやまぁ、アタシ別に白馬の王子さま役はまー坊がよかったーとか思ってないけど。とにかくありがとう、馨。お姉さんなのに助けられちゃった」

「気にしないでくれ。これも仕事だ。でもどうして刀なんて持ってるんだ? そんな……何処のどいつに唆された? ぶちのめしてくる」

「待って待って! 顔怖いよ! それにこれは京香さんが──」

「京香?」

 

 なんでここで京香の名前が……と考えて、ああと納得する。なんてことはない、憑代に選んだのは芦花さんだったのだ。

 全く無関係な人間を巻き込んで大変ムカつくが、事情を知っていてそれなりに体格の近い人物となると消極法でこうなるのは必然か……微妙な顔をしているのだろう。芦花さんは「たはは」と笑っている。

 ──まぁ、今やることは一つだけか。

 

「とりあえず駒川のトコ行くよ。比奈ねーちゃんを安静にさせないと。それから芦花さんも診てもらえよ? 京香に動かされたんだろ」

「そこまで大袈裟でも……ま、行った方がいいかな?」

「いいや大丈夫だ。馨から借りてた燃料を回復に回した。問題無い」

「……京香」

 

 刹那、芦花さんから分離した京香が姿を現わす。……やはり俺から完全に離れていたらしい。ここに来るまでに虚絶が教えてくれた。

 俺から離れた以上は、もはや言葉を交わすことは実体を通じなければ不可能だと。

 

「根掘り葉掘り聞かせてもらうぞ」

 

 だからこそ、もう聞かないというのは無しだ。

 いい加減話してもらう。人にぶっちゃけちまえと散々言ってたんだ。自分がそういう側に回るくらい、甘んじてもらおう。

 それにもう、事ここに至っては個人の話ではない。喋りたくないは通用しない。

 口を割らせてやる。

 割らぬというなら裂いてやる。

 いい加減にな。

 

 

 駒川の所にねーちゃんを預け、俺は芦花さんと京香を連れて朝武家に戻る。

 そして戻って早々、みんなの視線が右腕に集中していた。はてなんだっけと見てみると、制服の右袖は血塗れになっていた。……あぁ、すっかり忘れてた。

 

「や」

「や、じゃないでありますよカオル!? みみみ、右腕! 右腕は大丈夫でありますか!?」

「ん? あぁ、これ? ファッション。あるいは手品。それかケチャップ」

 

 あたふたと慌てるレナに笑顔を見せつつ、事情を知る面々には「黙ってて!」と視線を投げておく。別に俺の内面の話はどうでもいいが、虚絶の代償は流石に面倒だ。命に関わる話だからな。

 

「なぁ、なんで芦花姉が?」

「んー、簡単に言えば京香が芦花さんに取り憑いて魔人に取り憑かれた比奈ねーちゃんを迎撃してたから」

「……そう、か」

 

 将臣の表情はとても複雑そうだ。気持ちはとてもわかる。無駄に色々と事態をややこしくしたくないというのは、俺も同じだからな。

 ただ憑代として選ばれた人が意外だったのか、芳乃ちゃんは大層驚いていた。

 

「中条先生が……? ということは、とても近くにいたってことよね……」

「間違いなくね。で、事情を知ってる京香。いい加減全て話せ。俺たちは知らなきゃいけない。魔人が何者で、何を狙っていて、俺たちはどうしなきゃいけないのか。あとお前の姉について教えろ」

 

 そうして視線が集中する。

 そして京香は顔を歪めて──黙った。黙り込んだ。黙り込んでしまった。苦い顔で。

 いやおい……てことはあれか。

 

 ……まさかなぁ。

 助けを求めるつもりで芦花さんに視線を投げてみると、彼女も苦い顔をした後、黙り込んだ。

 

 いや、いやいやいや。

 

「京香?」

「…………」

「芦花さん?」

「……アタシはちょっと、色々言い難いというか……知ってるには知ってるけどさ」

 

 こ、困ったな。

 どうしよう、か……な。

 

「……ええっとさ、二人とも?」

「いいや、馨……わかっているんだ。もういい加減認めないとダメなのは知っているんだ。だけど、やっぱり私も必要なんだ、時間が……明日だ。明日言うよ、全てを。芦花ちゃん、言えなくなったら頼むよ」

「本当にいいんですか?」

「いいんだ。いい加減に、あの人は転生したことを、私も認めなきゃいけない」

 

 ……とにかく、明日か。

 微妙な顔をしたまま芦花さんの中に戻る京香を見送った後、ジッと視線を向けられる芦花さんはポリポリと頭を掻きながら、困ったように一言。

 

「み、見ないで欲しいなー……なんて」

「言い方がやらしいわね」

「ええ、やらしいですね」

「やらしいよな」

「やらしいでありますね」

「やらしいよ芦花姉」

「やらしいね芦花さん」

「みんなでやらしいって言わないでよ!?」

 

 涙目になった芦花さんは可愛かった。

 ……ついつい見惚れていたのを茉子にバレないか不安だが、まぁ、うん……許してくれるよね?

 

 

 

 今日の夜は芳乃ちゃんの家でいつも通りにお勤めをすると茉子は言って、またねと手を振って別れた。

 お互いに名残惜しいが、しかし今日考える時間をくれと言ったのは(オレ)だ。

 

 魔人の件もあって、レナを送ってから帰ることにした。

 珍しくレナと(オレ)だけの時間。そんな中で彼女は(オレ)の顔を見ると、クスクスと笑った。

 

「ふふっ、なんだか面白くなさそうでありますね」

「そうかァ? ……まぁ、茉子と長くいれないからかな」

「本当に、カオルはマコが好きなのですね」

「ああ。俺の……"オレ"の、運命だからな」

 

 運命。

 我が運命──そう言っても過言じゃない。茉子の存在は、俺の中のほとんどを占めている。

 そんな言葉に暖かいものを感じたのか、レナは優しく微笑みながら、単なる好奇心からか、こう言った。

 

「カオルは……どのようにすれば茉子を一番愛せるのですか?」

「茉子を、一番……愛せる?」

「その、ほら、色々あるじゃないですか。せっ、セッ……くちゅ……とか」

「あっ、ああー、そういうことね。そうか、茉子を一番愛せることか……」

 

 茉子を愛せること。

 俺の愛を、如何にして茉子に証明するのか。その答えは──なんだろうか。

 ……少し考えて、彼女の白く細い首が思い浮かんだ。何度も何度も、行為をする中でも、彼女の首に手を当てて、ゆっくり撫でていた。

 

 ──俺の、愛とは。

 

 ──オレは、彼女を愛している。

 

 ──愛しているからこそ、闇の情動に従って。

 

 闇?

 いいや、そんなものじゃない。

 己の衝動とは。

 

 ──彼女を、常陸茉子を、最愛の人を。

 

 

 

──愛す(殺す)こと──

 

 

 

 ……そこであぁ、と納得した。

 オレの魔性は、オレの始まりは、オレの自死の選択は、そこにあった。

 

 オレの魔性……それは愛す=殺すこと。

 

 愛しているからこそ殺したい。

 殺したいから愛しているのではない。愛している、だから愛を捧ぐ為に、愛を証明する為に殺す。

 茉子を愛したからこそ殺したいという矛盾して矛盾しない魔性を見て、オレは自身を魔人だとはっきり認識したのだ。愛することは罪だと思ったから。

 ……なんて、今更な。

 

「カオル?」

 

 黙ったオレを、レナが覗き込む。

 

「……あぁ、いや……茉子の側にいて、茉子と一緒に同じ月を眺めることが、一番愛せることだよ」

 

 それとなく誤魔化しつつ、オレは魔人の分体を喰らったことで一つ蓋を手に入れたことですんなりと魔性を自覚して、ついでに言えば抑えも効いている。

 ……さて、これで魔人を倒せばオレは恐らく……抑制されていた愛するが故に殺すという魔性の感情が荒れ狂うだろう。だがオレは茉子を人として永く愛すると決めたのだ。魔人の愛し方では茉子を永く愛せない。刹那的すぎる。それではダメだ。人の愛し方ではない。だから愛す(殺す)ことは決してしない。そう決めた。ならば貫き通すだけ。どれほど手が出そうになっても問題無い。その程度なぞ簡単にねじ伏せれる。そもそも虚絶に大半が持ってかれて、オレに残っているのは残滓だけだ。

 

 だが、虚絶によってそれが増幅されていた場合が面倒だ。しかしあくまでも虚絶の仕業。叢雨丸で断ち切れば、オレは解放される。もしそれに失敗すれば……茉子を殺してしまうだろう。生きろと言われ生きると決めたなら生きる。それが善でも悪でも関係無い。オレの悪い癖が悪い形で発現しそうだ。

 

 兄弟……虚絶の意志はオレを本質から遠ざけようとしたのだろう。今ならわかる。全て理解した。これがあってはオレは決して生きていけない。あの自殺の一件以降、これを外していたのはまさに神の一手だ。今ならだからどうしたと受け入れられるが、かつてでは無理だったろう。

 

 ──だから将臣、頼んだぜ。

 

 約束を果たす時が来たなら、その時はオレを倒せよ。

 

「レナも、きっと何処かで会えるさ。オマエの運命って奴に」

「わたしの運命……おぉ、ロマンチックでありますね! でもそんな風に、素敵な恋愛をしたいものですよ」

「絶対にできるよ。オマエなら」

 

 レナはきっと、運命に会える。

 間違いない。

 それがいつになるかは分からなくても、きっと彼女は運命に出会える。

 

「……っと、もうか。参ったな、オマエといるのも心地が良いからすぐに時間が経っちまう」

「そういうことを言って、マコにジェラシーされても知りませんよ?」

「本音を言っちゃ悪いかい?」

「カオルはダメでありますよ」

「ひっでぇや」

 

 ケラケラと笑うと、レナも釣られて楽しげに笑う。

 そしてひとしきり笑った後に、笑顔で彼女に手を振る。

 

「また明日、レナ」

「はい。また明日でありますよ〜」

 

 そうしてオレは一人帰路に着く。

 ……オレの為すべきことは、もうわかった。

 

 ……この数奇な運命に感謝を。

 そして魔人よ、オレの前に立ちはだかるというのならば超えてやる。

 オレがかつて選んだことのツケを払えというのならば払ってやる。

 オレが茉子を害する魔人となるのであれば喜んで将臣に斬られてやる。

 

 ……オレが求めても得られなかったもの。手に入れる前に消え去ったもの。忌まわしい力と記憶をもってしても、触れる前に深淵へと溢れた無数の星屑──その鬱積を、そこで焼却する。

 

 その最果てにオレは、彼女と一緒に、人になる。




馨の一人称が漢字からカタカナになったのは魔性を自覚して意識が少し変わったからです。
一応、カタカナの方が素です。
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