千恋*万花~福音輪廻~   作:図書室でオナろう

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前回の続きなのでそういうことが沢山出てきます。
ご容赦


敵名

 放課後。

 

「つまりなんだ? 殺し愛? あとダム決壊みたいな?」

「そうなる、なっ」

「っと……どうだったムラサメちゃん」

「ふむ。動きそのものは問題無いが、強いて言えば返された時に少々危ういくらいか」

 

 将臣との鍛錬の中で、オレの魔性について軽く説明していた。

 

「オマエが見た恋歌、ありゃオレだろう。愛するが故に殺したいと謳うのであればな。怨霊はオレのそうした面を持っている虚絶の中にいた。となればそう不思議じゃない」

「そんなもんっ、か?」

「そういうもの、さっ!」

「うぉ!?」

 

 弾きながら、恋歌の正体に言及しつつ、まぁオレだけどとあっさり告げておく。

 

「そういや芳乃ちゃんはどうした?」

「ん? あぁ、駒川さんが呼び出してた。何か違ったものが見つかったらしい。だから常陸さんもそっちだ」

「ふーん……違ったものってなんだろうな」

「さあな。ただ二人を呼ぶってことはそっち関係だとは思うんだけど」

「だよなぁ」

 

 ……なんだろうか。

 芳乃ちゃんと茉子だけを呼ぶ、というのは中々に謎だ。いや、確かに安晴さんを呼べば神社に人がいなくなるから問題だけど。

 

「それよりほら、まだやるぞ。今日は見物客もほとんどいないんだし、気が散ることもあるまい」

「わかってるよ」

 

 再び構えて向き合い──不意に奇妙な感覚を覚える。

 ……ムラサメ様だった。感じたのは、なんと言えばいいやら。

 矛盾、という言葉が一番近いかもしれない。そこにいるはずなのにいない……何処か遠くに彼女を感じた。

 ──だがそのことは後でいい。

 ……多分芳乃ちゃんはそれで呼ばれたと思う……きっと。

 

 それからしばらくは打ち合いを続け、ああでもないこうでもないと動きを研ぎ澄まさせていく。これなら京香にも頼めば、オレを超えるのもそう難しいことではないだろう。

 ただ問題があるとすれば、完全な形となったオレが未知数であるということくらいか。消耗を狙えるほど加減できる相手でもないのが、辛いところか……

 

「……こんなところか」

「な、なんか……この前よりキツくなってね?」

「そうか? ま、最後にオレをどうにかしなきゃいかんのは事実だからな。気合い入ってるんだろ」

「そっか……そうだよな」

「次からは京香も呼ぶぞ。アイツの方が色々知ってる」

 

 マジかぁ……とかゼーハーゼーハーしながらグッタリしている将臣を見ながら、最近コイツとは真面目な話しかしてないなぁと気が付く。

 ──そうだな、たまには年頃の友人らしく、下世話な話でもしてみるか。このむっつりスケベに。

 

「なぁ将臣」

「あんだよ」

「芳乃ちゃんとはしっぽりしたのか?」

「ぶっふぉっ!?」

 

 あ、吹いた。

 飲んでいたスポーツドリンクが綺麗な放物線を描いて飛ぶ。そんなに驚くようなことか。見ろ、ムラサメ様だって面白そうな顔を……

 

「なんじゃその目は」

「いや、別に。あの日夜中に茉子が押しかけてくるほど疲弊したこと忘れてないからな。オレの可愛い茉子を辱めて……やっていいのはオレだけなんだぞ」

「なんかお主、その辺フツーに歪んでおらんか」

「自覚はしてる」

 

 呆れた態度のムラサメ様だが、これがオレだ。仕方ない。茉子が好きで好きで仕方ないんだから。

 ジト目を受けつつ視線を戻せば、落ち着いた将臣が馬鹿じゃねぇの? と言わんばかりの顔を向けていた。

 

「お前いきなり何を言ってんだ」

「健全な男子らしい下世話な話だろ」

「さっきまでの雰囲気で言うことかそれ」

「オレは昔からこんなのだよ。で?」

 

 そんなにオレは真面目な男として認識されていたのか。残念ながら割と愉快な性格であるし、ロクでなしの不真面目君だ。

 ……さて、そう言われた将臣はものすごく微妙そうな顔をしながら、一言。

 

「まだだよ」

「え、マジ?」

「逆に聞くけどそんなことしてる場合か今」

「毎日気ィ張ってるよかマシだろ。一回だけでもさ」

「魔人はどうするんだよ」

「……あー、ヤツねェ……」

 

 なんだか少し前のオレみたいな考えしてるな。確かにオレもあの時、その……一歩前に進むには時間を置く必要があるとか思ってたけど向こうはそうじゃなかったし……てかコイツ芳乃ちゃんが興味津々なのを知らないのか。

 

 ……とは言え、そうか魔人か……

 同じ視点に立ったからか、あるいはヤツの分体を食ったからか、それともオレとヤツの間に繋がりがあるからか。どれなのかは正直わからないものの、オレはヤツが、絶対に真実を知り終えるまでは手を出してこないと確信がある。律儀、とは違うが決戦ならば正々堂々正面から……という具合か。

 完璧主義者? まぁやや違うか。とにかく、ヤツは間違いなくオレと同じでそうした区別をつけたがる。そういうものだ。

 

「ま、あの魔人は全く動かんさ。事が終わるまで」

「わかるのか?」

「あぁ。ヤツはオレと同じで区分を付けたがる。これが終わるまではこれをしない、とかな」

「……悪い、正直信用できない」

「馨、それは楽観的すぎではないか? 相手は人の理屈が通じぬ魔人じゃぞ」

 

 まぁ当然、そっちの相棒コンビからすれば狂人の理屈。苦い顔で否定されても文句を言えない。オレだって同じだろうな、立場が違えば。

 

「オレだって魔人だよムラサメ様」

「そういうことではない!」

「さして気にする必要も無いですよ。アレにとってオレたちは、謂わば熟す前の果実。美味くなるのがわかっているのに、渋く青いままのソレを食べる理由は無いでしょう」

 

 それを言い出したら自分だってそうだ、という旨の発言だったのだが、それがまた自虐に取られたらしくムラサメ様はまるで母親のように声を上げた。

 ならばと言葉を変えたが、二人とも納得はしてくれたものの、半信半疑だ。

 オレも含めて確かに理屈の通じない怪物だが、しかしながら「他者を害さねば生きていけない」という点以外は魔人だって普通の人間とそう変わらない。

 オレのように殺すのを嫌がるヤツもいれば、京香のように逃げ続けたヤツだっている。誰だって好き好んで殺したいわけじゃない。殺さないのが一番いい。

 

 "──だが殺す。そうしなければ生きていけないから"

 

 ……なんともまぁ、あさましいことで。

 

「アレは他者の絶望を喰らって生きる者ですが、無益な殺生は行いません。魔人にとって殺しとは必要なものであって好きでやっていることではない。あんなのでも、最小限の死で済むように気を遣っているんです」

 

 オレたち魔人は殺す事を除けば普通だ。あの魔人は殺人に行ってしまうのが問題で、それ以外なら単に人の不幸をなじる嫌なヤツで終わりだ。オレが愛しい人を殺したいと思って実行しようとしてしまうのが問題で、それ以外はさしたるものでもないように。

 

「なんじゃそれは……理解、できん」

「オレたちのような怪物を理解する必要などありませんよ。真っ当な人間であるアナタたちにとって毒でしかない」

 

 やりたいことが人を殺すことでしか表現できない。狂っている、壊れている。だがそれが当然で、かつそうしなければ生きていけない。業深き存在、魔人以外の何者でもない。

 

「毒っておい──馨」

「将臣、ムラサメ様。オレが魔人であることは誰にも否定させやしない。たとえアンタたちであったとしてもだ。魔人だからここまでやれた。ここに至るまでの全てに価値があった。無意味であったものもあるけど、無価値だったものなんて一つもない」

 

 ……そうだ。

 この数奇な運命だからオレはここに至れた。それだけは誰にも否定させない。オレが欲しいのは魔人じゃないなんていう気休めの言葉じゃない。

 オレはオレでしかない。

 

 オレは……稲上馨だ。

 

 ただの稲上馨だ。

 

 が、しかし。

 不思議なものだが、どうしてかこういうことを言う時、茉子の前だけは大して恥ずかしくないのに、コイツらだととても恥ずかしく感じた。

 のでそっぽ向きつつ、早く話を戻そうとテキトーに締めておく。

 

「まぁ、あれだ。自虐でもなんでもないとだけ」

 

 まぁ、実際毎回毎回自虐だと思われても鬱陶しいしな。

 

「なるほどな。そうか、いやすまん馨。お主がそういう意味で言っていたとは」

「変わったな、お前」

「そうだな……変わったよ、色々」

 

 ……ちくしょう、なんかこっぱずかしい。こんなのオレのキャラじゃない。

 ──その時であった。

 

「……馨、お主照れてるのか?」

「はっ!? いや、そんなわけねぇからな!?」

「ははぁん、相変わらずお前そういうところでカッコつかないよなぁ」

 

 なんでか一瞬でそれを見抜かれて、おかしいな、さっきまでの雰囲気何処か行っちゃったよ。それがオレたちらしいと言えばそうなのだが。

 視線を戻せば「まぁ奥さん、この子照れてますわよ」みたいな将臣とムラサメ様。そのニヤケ面がクソほど腹立つ。でも照れてるの事実だし……あぁもうどうすりゃいいんだ。

 

「愛い奴よのう」

「そういうところ歳下成分あるぞ」

「ぐぬぬ……そこまで言うか! ええぃクソ、なんでしまらねぇんだオレっ」

 

 ケラケラと笑われながら、己の不甲斐なさというか、そういうところに複雑なモノを感じる。二、三回ほど咳払いをしてから、改めて下世話な話を始めようと口を開く。

 

「もうオレのことは置いとけ。んでさ将臣」

「いやあのさ」

「一日くらいバチ当たんねーって」

「でもなぁ」

「次代に生命を繋ぐ立派な行為だぞ」

「……つまり?」

「色々変わるからヤっておけってこと。向こうも望んでるみたいだし、理解できんもので頭悩ますよりいいだろ。没頭しちまえばほら」

 

 ……しかし将臣。

 途端、間抜けな表情を見せる。よくよく見ればムラサメ様も唖然としてるし……え?

 

「待て将臣、オマエ知らないのか?」

「そんな様子何一つ見えなかったんだけど」

「ムラサメ様」

「流石に言えぬわ」

 

 ばっさりと斬られて、えぇ……と頭を抱えながら思考を回す。

 流石に言えないのはわかるけど、将臣って鈍感じゃないのにここまで気付かなかったなんて。余程芳乃ちゃんの隠し方が上手かったか、魔人の存在が大きかったか……恐らくは後者と見たいのだがしかし。

 

「あー、まー、うん」

「なんだよ」

「いや、その……ええっとな……というか……」

 

 訝しまれた。なんて言おう。

 ……助けて茉子。

 

「……芳乃ちゃんがむっつりスケベなのは血縁の茉子を見れば一目瞭然だと思う」

「あぁ……そういや随分前に射精管理ならぬ排尿管理とかぶっ飛んだこと言ってたな」

「は? オレの茉子にナニ言わせてんだ殺すぞ。いつの話だ? いや言わなくていい。多分オマエと芳乃ちゃんが同棲を始めた頃の話だな」

「ガチ勢すぎて怖い」

 

 とビビる将臣だが、ここで不意に思い出す。

 コイツ、来た頃は怪我してばっかりだったなぁと。

 ……茉子に看病された? あの後? もしかして着替えさせた? 茉子に裸を見せたのか? よし殺そう。

 

「将臣」

「んだ」

「遺言は?」

 

 虚絶を呼び出して鯉口を鳴らし、ギロリと睨みつける。焦る顔だがナニ考えてたんだか。

 

「待て待て待て待て待て待て!? 急にどうした何があった!?」

「茉子に裸を見せたな?」

「見せてない! ただちょっと蠱惑的だったからこう……小悪魔常陸さんを想像して……」

 

 有罪。

 

「オマエはここで死ね! 消え去れゴミが!!」

 

 その叫びと共にグァァァァーッと抜刀。とてもわかりやすい軌道で飛びかかりながらの兜割りを繰り出す。もちろん将臣は横へひとっ飛びしてそれを回避。

 

「てめっ、そりゃねぇだろ!」

 

 ヤツが踏み込んでくる。勢いを活かしての、横に滑らした竹刀の一閃と共に。

 それをオレは──鞘で防ぐ。

 噛み合う竹刀と鞘。驚愕の視線も一瞬、離れた竹刀が上段に振り上げられる。後方へ飛び鞘に刀を納めて、腰に挿して無手で再び接近。腕を掴む為に手を伸ばす。

 そこで将臣は竹刀を左腰に構えつつ、背撃と共に踏み込む。……あぁ、いい判断だ。よって最大接近距離のオレは短刀を使うしかないので──

 

 大人しく受けて、首に竹刀を突き付ける将臣に対して両手を上げるのだった。

 そんなオレを見て、将臣がとても微妙な表情をしている。横で面白げな顔をしているムラサメ様とは大違いだ。

 

「手、抜いたな」

「バレたか」

「そりゃああいう状況から裏周りしたり、もっと出の早い一撃を牽制に入れたりしてくるのがお前だしな」

「軽い運動だ。手を抜いたりだとかは気にしないでくれ。さぁて戻るか。今日も色々あるし」

「だな。帰ろう、ムラサメちゃん」

「うむ。……ところでご主人。今夜まぐわうのか?」

「……………………その話するぅ?」

 

 この幼刀、スケベすぎる……というのは冗談。ただ興味津々すぎるだろう。げんなりした将臣だが、どうなのだろうか。するのだろうか。

 

 というか。

 

「……あとさ、将臣。芳乃ちゃん性知識があんまりなくてこの前茉子に羞恥プレイを強いてたんだけど、オマエその事も知らない?」

「おう、知らん」

「……明日休みにしてもらおうか、鍛錬。てか今日の夜と明日丸一日は芳乃ちゃんの為に使え。それがいい。恋人をあんまり寂しくさせるな」

「けど……」

「うっせ。決めたんだから従え。玄さんにはオレから言っておく」

 

 真面目な話、将臣と芳乃ちゃんは平和な時に付き合い始めたが、最近はあんまり時間が取れていない気がする。

 ここはやはり、一日くらい恋人との心安らぐ時間を持つべきだろう。で、恋人らしいことをするべきだ。うん。

 

「あとで芳乃には吾輩からそれとなく知識を聞いてみよう。基本もわかってないようじゃと、ご主人が苦労するじゃろうしな」

 

 ムラサメ様はそうなった場合に備えてか、対策をするのだと薄い胸を張られている。大変可愛らしいが……その、割と生々しいというか、教えるのは絶対に茉子になりそうだから彼女が萎えた時どうやって慰めてあげようかとか色々問題が……いや、いずれ来ること。茉子には犠牲となってもらおう。

 

 そんなこと忘れるくらいに、オレが愛し(殺し)てやれば──

 

「……っ」

「馨?」

「いや……オレの宿痾がちょっとな」

 

 不安そうなムラサメ様に笑顔を見せつつ、その感情を捩じ伏せる。……本当に早急な解決が必要だな。

 この暗い雰囲気を変える話題と言えば……そうだ。

 

「将臣、殺し文句くらい考えておけよ」

「いきなりだな!? お前はどうだったんだよ」

「オレ? ……いや、まったく言ってない。せいぜい全部まとめて愛してやるくらいしか」

「誘い文句は?」

「向こうから」

「……廉太郎に聞くかァ」

 

 役に立たない男ですまんなとは中々言えない。

 なんでって、そうするのがそんなに難しいとは思えないので……

 

 そうして歳相応の話をしながら朝武家に向かえば。

 

「……よう、来たか」

 

 ──京香が待っていた。

 その表情は意を決した表情でもなんでもなく、ただひたすらに疲れた顔。自身に噛み付く因果に疲弊している人間がそこにいた。

 

 魔人になり損なった鬼、それが京香だ。

 ……本能的にわかる。コイツは出来損ないだ、食えたものではない。魔人の精神性を否定すれば最後、人のような何かに変わり果てる。この女はそれを選び……だがその選択を、誰が責められるものか。

 

「レナは?」

「レナちゃんならあの二人と一緒に本殿。なんでも見たこともない御神体がどうとかこうとか」

「御神体? ムラサメちゃん知ってる?」

「いや、吾輩も初耳じゃな。京香よ、そなたは?」

「私も初耳」

 

 御神体……誰も見たことはないってのは中々不思議なもんだ。普通、御神体なんだから清掃するなりなんなりする中で目撃する筈なんだが……何を隠しているやら。

 建実神社の御神体なんて、逆に中々想像できない。何の神様を奉っていたかも曖昧だとな。

 そんな風に考えていると、噂をすればなんとやら。三人が戻ってくる。

 

「お待たせしました……あれ、京香さん。馬庭さんは?」

「芦花ちゃんはほら、お仕事あるし。心配されちゃったよ。けどもう大丈夫さ」

 

 まずは今日の夢の話から。

 将臣とレナから話を聞いて──

 

「将臣さんそっくりな人、ですか」

「うん。ただなんかこう……鞍馬の先祖とは思えないんだ」

 

 どうも馴れ初めだったらしいが、しかし将臣そっくりな男が出たらしい。そういや昔、虚絶が男の選り好みとか言ってたような……叢雨丸も女性だしとか感じたな。

 ……まぁ血縁関係的には、そう不思議でもないか。

 

「でも今日の収穫はこれくらいでありますね。この次がきっと重要かと」

「なるほど。そろそろ安晴も呼んでの報告をするべきじゃろうな」

「ですね。ただ最近はどうも多忙みたいですし……芳乃様、何かご存知で?」

「うーん、確かに最近夜遅くまで起きてるみたいだけど、どうしたんだろう」

 

 十中八九、財政難の可能性についてのことだろう。あれ以来これといって情報が流れてこないのは、魔人対処に忙しいオレたちを気遣ってか……まぁ、次の報告会の時にでも聞いてみればいい。

 

「まぁまぁ、安晴さんを交えて話す時にでも聞けばいいさ。なぁ将臣」

「だな。無理に今聞く必要もないだろうし」

 

 ──さて、と視線が京香に向く。

 向けられた彼女は、疲れ果てた表情のままため息を一つ吐き、そして……

 

「魔人は何者なのか、でしょ?」

 

 無言で続きを促す。

 

「……いいよ、教えてあげる。あんまり言いたくないけど」

 

 そうして京香は、まるで罪人のように。

 

「魔人は……私の、姉だよ」

 

 ──そう口にした。

 

 オレはなんとなく想像ついていたから、そう驚く話でもなかったが、他はそうでもないらしい。信じられない真実を知った顔だ。当然か。今より魔人は、ただ滅ぼすべき存在ではなく、妹の夫子を殺した化け物となったのだから。

 血族が血族を殺す。血族殺しより始まった朝武のお家騒動と同じく、魔人に纏わる因縁もまた始まりは身内の争いだったのだ。

 

「名を伊奈神奏。他者の絶望を喰らってしか生きれぬ魔人──私の夫と子供を殺し、父母を殺した。それが私の姉だ」

 

 ──伊奈神奏。

 それが京香の姉にして魔人なる者の名。オレたちが滅ぼすべき亡霊。

 オレの先祖で、オレの影で、オレの中にいた魔物。立ち塞がる宿敵。

 

「穂織のお家騒動を笑えないくらい、こっちもお家騒動……いや、お家騒動なんかじゃなくて……あぁ、本当にままならないね……どうして……姉様……」

 

 嘆くような京香だが、しかし嘆きたくなるのは死ぬほどわかる。誰がこんな形で生んでくれなんて頼んだ。どうせなら生まれてきたくなどなかった……嘆く理由は星の数より多い。

 チラリとレナを覗き見れば、心底から絶望したような表情を見せている。どんな平和な記憶を見たのだろうか? ……きっと仲睦まじい記憶を見たのだろう。それがまさか、殺し合う関係などと──想像できるものか。

 

「レナちゃん。キミが夢か何かで私と姉上の過去を見たのであれば、それは前に虚絶がキミに取り憑いたからだろうね。残滓ってのは結構残るから」

「……あんなに仲の良い姉妹でありますのに、何故……何故なのですか……?」

「それが魔人の宿痾よ。身内だろうと何だろうと殺害対象になれば、どんな思いを抱いていようとも殺す。──ごめん、お前の心臓を抉らせてくれ。必ずその死を己の生に変えるから。片時も忘れず背負うから……ってね」

 

 ──本当にこれだから救いようがない。確かに構図的にはそう変わらないが……よくまぁ、茉子も受け入れてくれたもんだなあ。こんな悍ましいものを……そこまで愛してくれているってまぁなんかその……嬉しいケド。

 

「レナちゃん、こんな亡霊の過去は忘れてしまいなさい。ヒトには理解できない怪物の過去なんて毒よ」

 

 悍ましい絶望、そんなものは忘れてしまえとあっさり切り出す。だがレナは即座に反発した。

 

「忘れろって、どうしてですかキョーカ! 見たもの聞いたもの、どうするかはわたしの自由でしょう!」

「そうね。自由ね。でもそれはキミを蝕む。星の光を喰って生きる生命体なんて、呪いよりもタチが悪い」

「たったそれだけではありませんかっ」

「こんなものを覚えていたがるなんて全く理解できない。……馨、彼女の記憶を──」

「断る」

 

 何をバカなことを言ってるやら、そんなのはこっちもごめんだ。使命として見てももう遅い。彼女は既に渦中にいて渦中そのものだ。それにオレは彼女の記憶を弄りたくない。彼女は望んでここにいる。だからそうする必要なんてない。

 

「京香、ソイツはオマエが思っているほど弱い女じゃない。でなけりゃここまで来ないさ」

「……」

「オマエがもし実力を行使するのであれば、オレは身内の恥を消すとしよう。とまぁレナ、さして気にしないで欲しい。そこのアホが何かしたらならオレに言ってくれ」

「あっ、はい」

 

 呆気に取られていたレナだが、これと言って問題無いようだ。よかったよかった。

 というか、まぁ予想していたことだし、大した話でもない。この湿っぽい空気をさっさと変えてやらねば。

 

「ま、アレだ。ウチの身内沙汰で申し訳ないが付き合ってくれ。なぁに、ただ単にしがみ付く悪霊払いだ。そう気にする要素もあるまいさ」

「……その、馨さん……えらくさっぱりしてるのね」

「予想付いてたし。要はご先祖様がやべー奴だから止める。そら、何も変なことじゃないだろ? キミらが頑張ってたのと同じさ、芳乃ちゃん」

 

 そう、だから不思議なことではないんだとさっと流しておく。というかこんなことで一々気を揉まれても困る。死んだ人間に振り回されるというのは面倒臭いのでこれくらいでいいのだ。

 同情も何も要らない。謂わば生存競争だ。

 

「んでさぁ、京香。オレ思うにあの奏って奴はかなり区別をつけたがるタチだと思うんだけど合ってる?」

「は? あぁいや、確か姉上はそういう人だ。律儀というか……実るまでしっかり待つというか」

「なるほどな。よかったな、お墨付きだぞ将臣」

「嬉しくねえ! この流れだと果てしなく嬉しくねえ!」

「お墨付き……? マサオミ、何がお墨付きなのです?」

「えっ、あっ、いや……その……馨!」

「オレしーらねー。あ、芳乃ちゃん。明日将臣はトレーニング休みだから」

「あら、それなら二人でゆっくりできそうね」

「……うわぁ、馨くんとってもいい笑顔してる……」

「吾輩より悪い顔じゃな」

 

 一転してわいのわいのと騒がしくなる。

 そうだ、湿っぽい空気なんて全く似合わない。前に進むんだ、オレたちは。過去の因縁が何だという。断ち切って進む、もう囚われない。それだけだ。

 

「なぁ、馨」

「なんだよ京香」

「人間って、強いな……」

「そうだ。オレたち魔人よりもずっと強い」

 

 だから早く終わらせて、コイツも眠らせてやろう。

 

 

 

 

「茉子。どうしたの? やけに浮ついて見えるけど」

 

 唐突に芳乃は、みづはから御神体の事を聞いた時──いやその前から、具体的には昼過ぎの授業に遅刻して出てきたくらいからやけに浮ついている茉子に色々聞くことにした。

 ちなみに件の男連中は何処かのアホが「よし将臣、積もる話もあるから風呂借りようぜ」とか抜かして、言われた側は「お前に言われるとなんか後ろが怖いんだが……まぁいいけどさ」と同意したので仲良く風呂場だ。

 

「言われてみればそうでありますね。カオルもマコも、時間にはうるさいのに今日は遅れてきましたからね」

 

 もちろん、そこに食い付かないレナではない。

 

(やっぱりですかぁ……)

 

 やったことはやったことだしやろうとしたことは大問題だ。まぁ誤魔化せばいいかと思いつつ、この戦いに臨む。

 

「別に大した話ではありませんよ。愛しい人と一緒にいられるから、嬉しいだけです。あは」

 

 色々と言葉を抜いたが、嘘は言っていない。それに蠱惑的な笑顔を浮かべながら、唇に人差し指を当てたポーズ……これは勝ったなと確信しながら茉子は次なる一手を待つが──

 

(何か隠してるわね。あんなに見つめ合って微笑むなんて、こんな浮つき具合はデートの時と一緒よ)

 

 何十年の付き合いだと思っているのか、内心をあっさり見抜く芳乃。どうやって彼女の牙城を崩したものか……と刹那、沈思黙考する。

 時間にして一秒にも満たないほんの小さな溜め。そして先に仕掛けたのは──

 

「まぁでも、幸せ加減では毎日リビングでちゅっちゅっなされている芳乃様には負けますが」

 

 茉子だった。

 しかもこの場においては最大級の爆弾を片手に攻め入った。何故ならこの前の仕返しも兼ねているし、朝っぱらからイチャつかれるのを見せられていることのアレコレもある。

 

「んなぁっ!?」

 

 一方芳乃はまさかそんなことを言われるなどとは想像しておらず、その爆弾の対処を完全に失敗した。

 もちろんそれを逃すほど甘くはない。

 

「いやぁ、どう思います? レナさん」

「毎日ちゅっちゅっ……毎日キスでありますか。ヨシノはとても立派な淑女(レディ)なのですね〜」

「れでぃは所構わずするものではないと思うがの」

「あっ、ムラサメ様! 助けて下さい、茉子がっ」

 

 野暮用を終えたムラサメが戻ってきた途端に泣き付く芳乃。それが悪いとは言わないが、しかしムラサメ的にも毎日見せつけられるというのはあまりにも甘すぎる。

 ので、ここは一つからかってやろうと思い至ったのだ。

 

「まぁお主たちのそのイチャこらっぷりは吾輩的にも気になっていたのじゃ。ならばこそ芳乃よ、──ここは一つ、まぐわってしまうのはどうじゃ」

「まぐ……っ!?」

 

 死角からの一撃。牙城崩れり。

 もはやこの勝負は芳乃の敗北が決定していた。いや勝負でもなんでもないけど。

 ただしかし、失念していたことがあるとすればレナのことである。

 

「マグワイ? マグロの親戚でありますか?」

「あっ、いえ。まぐわいというのはですね──」

 

 いそいそと耳打ちする茉子。それを聞いてレナはふむふむと頷き……

 

「なるほど〜、いわゆるセッ……せっくちゅ!?」

 

 ボンッと真っ赤になって、ブンブンと頭を振って煩悩を払った。そんな様子はあまり見たことないので怪訝そうな視線を向けられるものの、そういえば言ってなかったなと事情を説明した。

 

「……申し訳ありません。わたし、どうしてもその辺りの知識があまり無くて」

「謝ることはないと思いますけど……殿方勢はお風呂ですし、いっそ芳乃様の部屋で勉強会します? 芳乃様もほとんど欠けているみたいですし」

「そうね。求められた時、どうしたらいいかわからないとアレだし。というか私がシたいし」

「で、ではわたしも!」

(おっ、意外と良い方向に向かっているな。これなら吾輩が妙な方向に持って行かなくても良さそうじゃ。さて、いい機会にご主人の本音を教えてやれば──)

 

 ……そんな感じで始まった勉強会。

 風呂に浸かってバカをやっている男どもはそんな事とはいざ知らず、アホな会話をしているのだが彼女はそんなことを知る由も無し。

 

 ──そうして、純朴な少女たちに対して割とエグい知識が織り込まれたのであった。

 

 

 

 ……その後?

 まぁ特に何かあったわけでもなし。

 オレはちょっと将臣に話があったから二人で風呂に浸かりながら軽く話しただけで、女子勢は何をしていたのかは知らない。

 

 ただ風呂から上がってみればどういうわけか、芳乃ちゃんとレナの顔が赤かった。めっちゃ。何があったのか聞こうとしたらムラサメ様に止められるしで、色々と謎だった。

 

 あぁ、京香はさっさと帰った。

 ムラサメ様に御神体の推測を話して、だが。

 

 軽く玄さんに色々吹き込みつつ明日のトレーニングを休みにしてもらって……自宅の清掃を始めた。いやほら、割とこう……色々気になるし。しかし自身の本質を自覚すると向き合い方が変わるなあ。昔はよくわからないまま、最中に首を絞める作品を手に入れていたものだが、今考えるとこういうわけだったとは。

 

 しかし時間とはさっさと過ぎ去ってしまうもの。気が付けば夜になり、気が付けば飯を食べて──気が付けば、茉子の元に向かう時間になってしまう。

 別に気合を入れるというわけでもないけれど、お気に入りのジャケットを着て夜道を歩く。

 そうして足を進めて行けば、自然と見える彼女の家。ただノックをするのは何かと躊躇って立ち往生してしまう。悩んで悩んでその末に──呆れた顔の茉子が、玄関から姿を見せた。

 

「や」

「どうしたの? 立ち往生なんて」

「いやノックするのを躊躇ってさ」

「恥ずかしい?」

「うん」

「そっか。行こ」

「ああ」

 

 手を繋いで、歩を合わせて進む。

 確かな温もりが伝わって、こんなにも愛しい人の命を愛しているからこそ手折りたい己の宿痾に、心底から呆れる。

 

「なんて言い訳してきたんだ」

「朝帰りしてくるって言った」

「……バレてるのかァ」

 

 それはそれで、なんかこう微妙だが既にそういう仲なのは知られてるし……フクザツ。

 

「意外と秘密主義?」

「言外にそういうことしますってオレは中々言えないよ」

「だからなんだ」

 

 何を思い出しているやら。

 大変面白そうな顔をしていらっしゃる。

 

「なんだよその顔」

「別になんでもないよ。あはっ」

「オマエなぁ……」

 

 まぁ、可愛いからなんでもいいか。

 キュッと強く握られるから、ギュッと強く握り返す。

 それから言葉を交わすこともなく、誰もいない夜道を、月に見守られながら、二人だけで歩いていく。

 慣れ親しんだ道もまるで特別に感じられて、心底から彼女との時間を楽しんでいるんだろう。

 少しだけ茉子を見れば、普段通りだけど、浮ついた雰囲気を感じる。そこまで嬉しく思ってもらえるのなら、男冥利に尽きるというか何というか。

 

 そうして──

 家に着く。

 ──着いてしまった。

 部屋に着く。

 ──着いてしまった。

 

「……なぁ、茉子」

「──なんで止まってるの」

 

 振り向いて、優しい笑顔とは裏腹に、衣服は肌蹴て情欲の証明が滴れている。

 

「ずっと待ってたの。火照って仕方なかった。早く責任取って欲しかった」

「え、そんなに」

「そんなにって……三度目のキス、どれだけ激しかったと思ってるの。あんな風にヨダレまで飲まされて……夜まで待てばって我慢してたのに」

「あっ、拗ねるなよ。悪かったって」

 

「……アナタが欲しい。心の底から、アナタを求めてる。アナタだけを……」

 

「ね、ワタシ……えっちなこと、してほしいな。馨くんのしたいように、ワタシを可愛がって……ね?」

「わかった──啼かせてやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ワタシ、もうダメ」

「オレも無理……」

 

 時間すら忘れて貪りあって、理性らしい理性が帰ってきたのはお互いに色々と尽き果てた後だった。

 布団の上で横たわりながら、顔だけを向き合っている。

 

「ね、もうその……元気にならない?」

「まだヤるのか!?」

「そんなわけないよ!? ただ近くに行きたいから、聞いただけで……」

「そっか。ほら、おいで」

 

 悪戯っぽく聞いてきた割には、そういうことかよと彼女のチグハグさに何とも言えなさを覚えつつ、身を寄せて来た彼女を抱き締め、同時に静かに背中に手が回されたのを感じる。

 

「二人とも裸だから、お布団しっかり被らないとね」

「そうだな。風邪ひいても嫌だし」

 

 手を動かして布団をひっ掴み、茉子が風邪をひかないように、気持ち多めに被せる。オレは別に頑丈だからどうでもいいが、茉子にひかれちゃ困る。そんなオレの気遣いに気付いたのか、嬉しそうに胸に顔を寄せて来た。

 

「まぁでも、オマエに風邪移されるのなら悪くないかな」

「なにそれ?」

「色々複雑なのさ、魔人は」

「気持ち悪いかも」

「ごめんな、こんな男で」

「でも、そんな馨くんだから好き」

「言われると恥ずかしいな、なんか」

 

 恥ずかしいが、気分は良い。

 

「……ね、馨くん」

「どうした」

「ワタシね、全部終わったら……お嫁さんになりたいな」

「気、早くない?」

「芳乃様と有地さんって例があるじゃん」

「あの二人は特別だろ」

「それはそうだけど……」

 

 不服そうな顔。

 小動物的で大変可愛らしいが、気が早いのも事実だと思う。

 

「……責任取らせる男が本当にオレでいいのか? まずそこだろ」

「馨くんじゃなきゃヤダ」

「わかったよ。逃げ道塞がれたなァ」

「逃げる気なんてないのに」

「あ、バレた?」

「気付かないと思ってたの?」

 

 ケラケラと笑いあって、今日はあれこれもう話す必要も無いか、と自然に瞼が重くなってくる。

 

「……おやすみ」

「おやすみ……」

 

 殺してしまう程に愛するというのも、悪くない……

 この腕の中にある確かな愛しい温もりを感じながら、お互いに眠りの海へと泳ぎ出すのだった──




まとめ
お家騒動の後にお家騒動
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