千恋*万花~福音輪廻~ 作:図書室でオナろう
「……虚絶を抜いたね?」
「緊急時だから仕方ねえだろ。それでカマイタチ一つなら安いもんだ……イテッ、もうちょい痛くしないでくれよ。ほぼ治りつつあるってもイテェもんはイテェんだよ」
「うるさい。君はいつもそうだ、放っておけだのなんだのと……いい加減にしてくれ。杜撰に扱うのは、誰であってもいけないことだ」
将臣の容体を見終わった後、先に止血措置を行っていた俺の腕を診に来た女。
……この女は駒川みづは。医者の一族で知られる駒川家の出身となる診療所の主で、朝武家お抱えの医者。
そして、俺がガキの頃やった入水自殺を未遂にした張本人だ。
つまり俺が二十歳まで生きるという約束をした相手でもある。自分でもさっぱりわからないが、どうしてもこいつだけにはツンケンした態度を取ってしまう。感謝はしてるんだけどな。
「……うん、やっぱり治りかけ。肉体の修復の方が早いね。ちゃんと血は拭いた?」
「茉子に拭かれたよ……あぁ、芳乃さんは将臣に付きっ切り。玄さんも来てるってさ」
「へぇ、やっぱり彼女……まぁいいか。この様子なら、君の言ってた通り放っておいてもすぐに元通りになるね。でも包帯は巻かせてもらうよ。あと、治ったら治ったでちゃんと見せること。いいね?」
「はいはい、わかったよウッセーな。親じゃねーんだからさ」
「私は君のご両親からまたバカなことしないかどうかを報告するという役割があるからね」
……親父ィ、お袋ォ……なんでこいつなんだよォ……
「まさかとは思うけど、また企てたりしてないよね」
「大丈夫だって。この前、包丁眺めてても約束が頭にあってやる気にならなかったからさ」
「そもそも考えないということをしないのかな」
「……努力はしてんだけどさ、無理なんだ。どうしても……」
「……そうかい」
この女ほど、俺の狂った性格を理解している人間はいないだろう。親父にもお袋にも、いい顔はしているから多少はバレていてもその奥底までは行っていないはすだ。
俺の事情を知っているのは身内を除けば、この女と玄さんと安晴さんの三人だけ。他には誰もいない。
芳乃さんと茉子も、表向きの最終手段である稲上しか知らん。祓うことはできないが、殺すことはできるということも知っている。虚絶を振るえば代償が起きるのも。
「さて、こんなもんかな。終わったよ」
「悪りぃな、世話かけた」
「前の一件に比べれば、なんともないさ」
包帯の巻かれた腕を動かし、手首を曲げ、握り拳を作り、調子を確かめる。ふむ、概ね問題無い。明日には元通りだろう。
しかし今回の一件、非は確実に向こうにあるな。将臣が哀れだ。
「まったく呆れたな。関わらせまいとして山に入るなまで言ってないなんて。叢雨丸を抜いた時点で立派に関係者だろうに」
「陰口とは感心しないな」
「俺にゃ解せんね、ホント。まぁこれで是が非でも関わらなきゃならんっつーわけだ、彼は」
芳乃さんはやはり無関係な人間を巻き込みたくない、という善意から黙っていることを選択し、安晴さんも茉子もムラサメ様もそれに従ったのだろうが……俺からしてみれば甘い、としか言いようがない。
そも神刀に選ばれた時点で祟りの攻撃対象だ。土地に係わりの薄い俺ですら対象なのだから、安易に想像がつく。
「幸い命に別状はないんだろ? あとは本人次第だ」
「馨としてはどう思う」
「そんなの戦ってくれた方が気が楽で済むからそっちだよ。俺の仕事もなくなるし。けども、戦場に迷い込ませるわけにもいかん」
「なるほど」
難儀なもんだね、まったく。
器具を片付け終わった駒川が立ち上がったので、見送りの言葉をかける。
「んじゃ、お疲れさん。ちゃんと寝ろよ駒川」
「あのね、君が人を心配できるような立場かい。私は馨の方が心配で仕方ないよ」
「違いねぇや。ま、大丈夫だ。俺はちゃんと最低20まで生きるよセンセ。他ならぬあんたとの約束だ。絶対に破りはしないさ」
「どーだか」
悲しげに笑いながら去る駒川を見送り、気を取り直して空き部屋から居間に戻る。
開けて早々、安晴さんに頭を下げられた。
「本当にすまなかった、馨君。僕が一言言っておけば、君に虚絶を抜かせることもなく、将臣君を危険な目に合わせることがなかった筈なのに──」
「頭上げてくださいよ。過ぎたことは気にしても仕方ありません。今は命があることを喜びましょう」
「でも、また君に仕事をさせてしまった……」
実はこうして"仕事"をするのは珍しいことではない。前戦のダメージが響いている茉子の代わりに芳乃さんを護衛したり、芳乃さんが負傷した時は代わりに出撃したこともあった。
が、今回のような一件も稀にあったことだ。そこまで気にしているわけでもない。
だから安心させようと、ついでに安晴さん以外誰もいないから、俺は口を開いたのだが……
「別に人殺しに発展するような展開でもありませんでしたし、単に虚絶に殺せと急かされて祟りを殺っただけです。仕事にも入りません」
「ごめんね……本当は僕らの問題だから、僕らが解決するべきことだったんだけど……また君に助けられた」
「いいじゃないですか。人助けも案外悪くないもんです。ま、殺しが天職なんですけどね……ハハ」
お互いに変にネガティブな方向の会話へと進んでしまい、沈黙してしまった。
むむ、いかん。いかんぞ。何か気の利いたことを言わねばこの人が罪悪感に苛まれてしまう。
……あっ、そうだ。
「目が覚めたら説明するんですよね」
「あぁ、そのつもりだよ」
「……俺については、そっちの裁量に任せます」
「いいのかい?」
「ええ。貴方は信用に足る人ですから」
そんな話をしていると、ドタドタと降りてくる音が一つ。
居間に入ってきたの茉子だった。
「あ、馨くん……大丈夫でした?」
「問題無いよ。単に虚絶の反動だ、負傷したわけじゃない」
「本当に?」
「疑い深いなァ。ウソ言ってどーするよ」
「……よかった……」
「悪いね、心配かけて」
ホッと胸を撫で下ろす茉子の様子からして、どうやら本気で心配していたようだ。まったく、あの程度傷にも入らないと何度言えば分かるやら……
ガサゴソと台所の方を漁っているが、どうしたんだろうか。
「簡単ですが、夕餉ですよ」
「俺に?」
手前に用意されたのはおにぎりが三つに、具の少ない味噌汁と漬物。夜飯にしちゃあ質素だが、仕方ないことだとは理解している。
が、俺が疑問なのは別の箇所だ。
「あれ、安晴さんや芳乃さんは?」
「僕らは君が診てもらってる間に済ませちゃったよ。さすがに長々やってられないからね」
「……の割にはあったかいな。おにぎり」
「作り置きだと、味気ないでしょう? それにこれくらいならサッと作っても間に合います」
「そっか、ありがと」
微笑まれては、笑い返すしかない。
……やっぱり、こいつの笑顔は──
「さて、僕はお邪魔かな。席を外すよ〜」
「「えっ」」
そそくさと退散する安晴さんに呆気に取られてしまい、茉子も俺も止めることすらできなかった。
そうして残されたのは俺たちのみ。玄さんを含めた全員は、今頃将臣の周辺。つまり……言っちゃあアレだが、二人きりだ。
いや、何そんなに考えているのだろう? 二人きりになることなど多かったのに、何故だ? どこに戸惑う要素がある? 今日の茉子が、やたらしおらしいからか? ……わかんねえ。
「い、いただきます……」
とにかく飯だ飯。空腹なのはいかん。おにぎりを左手で掴んで──
あれ? 左手で飯を食うのは失礼に当たるんじゃなかったか? ん、んん……これ仏教の話か? いやでも……仏教ってか、神前において左手は不浄とかなんとか……じゃあ左利きはどうなるんだよって話だが……ええいままよ、もう右手使って食べてしまうとするか。
「やっぱり慣れませんか?」
右手に持ち換えようとしたとき、茉子がそう言った。
「えっ、いや別に」
「……右腕、無理に動かさない方が」
「あー、ほら、見ろよ大丈夫だろ? こんなブンブン回しても平気なんだから──」
と、腕を振り回してると近付いてきた茉子に止められる。
「茉、子……?」
ジッと見つめられて、なんかその瞳に吸い込まれてしまいそうで。なんでもない筈なのに、動くことも何もできない。
ただただ、茉子に視線が釘付けになってしまう。
「手伝います」
「あの……」
「見てて危なっかしいです」
「えっと……」
「ワタシは心配なんです。お味噌汁こぼされても困りますし」
「まぁそうだけど……」
「箸、左手で使えますか?」
「うん、無理」
「じゃ四の五の言わないでください。ホント、昔から馨くんは……ほら、あーん」
「あ、あ〜ん……」
この後めちゃくちゃ恥ずかしかった。
「はー、えらい目に合った」
あの羞恥プレイを潜り抜けた俺は、流石に夜も更けてきたので帰宅することに。茉子も泊りがけとは行かないから帰るとのことで、さっきまで散々あーんだの世話を焼かれた奴と隣り合わせというわけだ。いや恥ずかしい。
「気遣いは嬉しいんだけどさ、ちょっと恥ずかしかったな」
「別に誰もいなかったですし、恥ずかしがるようなことないと思うんですけど」
「そうかねぇ」
ホント、なんでこいつこんなになんでもない顔をしてるんだろ。こっちは顔から火を噴きそうだってのに。
気恥ずかしさから早歩きになると、左手をぎゅっと掴まれた。
振り向いて茉子の様子を見るも、俯いていて表情がよく見えない。
「ぁ……手を、繋いでください」
呟かれたのは、そんな可愛らしい頼み。
「いいけど……なんでだ?」
別に構わないからと握りつつ、何故と問うてみれば──
「──何処かへ、行ってしまいそうだから……」
「────」
凍り付いた。
何故? 黙っていたはずだ、なのにどうして茉子はまるで俺の最果てを知っているような発言をしている……? まさか、聞かれ──いやそんなはずはない。声量は小さかった。
「あ、あは……何言ってるんでしょうね、ワタシ……」
急に恥ずかしくなったのか、頬を赤らめつつ目を逸らして、無理に普段の調子でそんなことを言う。
ホントに何を言っているのか、とも思うが……
「案外、可愛いとこあるんだなお前」
「言うことがよりにもよってそれですか!?」
失礼な話だが、そんな茉子を見て可愛いと思ってしまった。我ながら何故?とも思うが思ってしまった以上は仕方ない。
「ま、そう心配すんな。いなくなる時があるとすりゃ死ぬ時だけだ」
「……心配なんですよ。ワタシの知らない間に、死んでいたりしたら……」
「お前も俺の頑丈さは知ってるだろ? そう易々とくたばりはしない」
「でも、あなたは虚絶を振るえば蝕まれる。痛みと傷を伴って、苦しみや流血と引き換えに祟りを倒す……運が良ければ無傷で祓えるワタシたちと違って、馨くんは倒そうとすれば必ず傷付くじゃないですか……!」
不安な声が伝えたいのは、俺にとって普通であること。
──なんだ。そんなことか……と処理してしまう程度の、何でもないこと。
不安げな茉子を安心させるべく、手を離して肩を持ち、そして目線を合わせる。
「茉子、大丈夫だ。お前たちの背負う重荷に比べれば軽い」
「そういうことじゃなくて──!」
「──茉子」
遮るように彼女の名を呼ぶ。
「俺を信じてくれないか」
「……バカ」
「悪いね」
肩に置いた手を戻すと、間髪入れずに手を握りしめられる。苦笑しながら握り返し、別れ道までずっと歩いた。
「おやすみ、茉子」
「おやすみ、馨くん」
そのやり取りを最後に、俺たちは各々の帰路につく。
……何が信じてくれないか、だ。吐き気がする。裏切り続けるこの俺が言うに事欠いて「信じてくれ」だと? ──愚かしいことこの上ない。信じられる要素がどこにある……!! お前は今も彼女たちを騙して、本音を隠して、挙げ句の果てに死のうとすることをやめられないクズだろうが!!
死なねばならないと思う俺、生きると約束した俺。
果たして、どちらが優先されるだろうか……
家に着く頃には、腕の痛みは全て消えていた。
■
ムラサメが稲上馨をはじめてみたとき、その黒々として濁り切った瞳に驚いたものだ。
人柱になることを是とし、それによって死病から逃れようとした己がそこにいた……と言っても過言ではなかったのだから。
稲上の家系の宿痾は知っている。
しかし年代を置くことにより段々と解放されつつあった。
馨の父──稲上千景の代では、ほとんど消えつつあり、本来馨の代で完全に消えるだろうというはずだったのに。
何の因果か、馨は先祖返りを果たして生まれた子であり、それ故に殺すことに適した己と元来の使命が原因で病むほど、とても繊細な人物であった。
声をかけてやりたかった。死に急ぐな、やめろと、救ってやりたかった。似通った境遇にある人間が闇へと堕ち行くのを、ただただ見ていることしかできなかった。
芳乃の母、秋穂に頼んでなんとかして説得しようともしたが……彼が入水自殺を試みたと聞いた段階では、もう遅かった。約束だけが生きる縁であり、他は全て自身の死へと向けられたその姿は、あまりにも悲しいものだった。
秋穂が亡くなってからは、娘に重荷を背負わせることの罪悪感と無力感にさいなまれる安晴の嘆きや使命に身を焦がすことを是とした芳乃、単に使命を果たす補助機械であろうとする茉子に、生きているだけで自殺願望が高まるほどに壊れてしまった馨など、彼女にとって大切な存在たちがボロボロになっていくのを見ているしかなかった。
だが、今は違う。
将臣の登場により馨はムラサメと接することが可能になり、芳乃や茉子の心境に一石を投じられるかもしれなくなった。全てが変わりつつある。上手くすれば、改善に向かうかもしれない。
「だからのぅ、ご主人……ちゃんと起きるんだぞ……」
眠る将臣の頭を撫で、不安な声で呟く。
「……あのバカ者を、なんとかせねばな……」
見ていられないどころの騒ぎではない。
死から逃げ生に依存した愚者だと自嘲するムラサメにとって、死を望み生を罰とする馨の存在は────
「酷い話だ……古い鏡を見せられておる。
────あんな女が、いたのだったと……」
終らぬ悪夢をそのものであった。
■
「……朝……か」
布団から身体を起こし、右腕の包帯を取る。
やはり治っていたらしい。傷一つ無く、元通り。
駒川に知らせるのは……いいや、あとで。別に奴も分かっているだろうしどうでもいいや。
寝間着の単衣の着物を脱ぎ捨て、朝風呂と洒落込む。でないとあまり目覚めが良くない。余程のことでもない限り、朝は何もかもが鈍い。身体を拭いて、その辺に転がってたズボンを引っ掴んで履く。
上は着てないが、まぁ別に誰と会うわけでもなし。今しばらくはいいだろう。
「飯は……ありゃ、ねぇや。パンの一つや二つあった筈だけど」
……仕方ない、予定変更だ。
作ろう。
──できた飯は、ここ最近よく食べている茉子の飯とは雲泥の差があった。どこか寂しさを覚えるが、まぁ自分だしこんなもんかとも妥協できる。
飯を食い終われば、食休みを挟んで身体の調子を確かめる。軽い運動をして、何も違和感が無ければ問題無いということだ。結果は当然、問題など無かったわけだが。
「……手持ち無沙汰だな」
何もしないのも暇なので、包丁をくるくる回して遊んだりしていたが、手遊びは所詮手遊び。すぐに飽きがくる。だがゲームという気分ではないのも事実。寝るというのもまた違う。
何も考えたくないし、何もしなくない。それは俺の本質だが……それはそれとして、何もしないとなんか違う日くらいある。
……ウチに習作の真剣あったよな。庭で素振りでもしてよ。どーせ壁あるし、ウチの周りに家もそんなにねーし、人の通りもそんなにだし、見られても文句言われるくらいだからいっか。
────んじゃまぁ、遊んでるか。
その内何もしたくなくなって、ごろついてパソコンいじるようになるだろ。
……一時間やって飽きた。
ので、汗を流して布団戻ってノートパソコンを起動する。穂織にパソコンだのスマホだのはそこまで通ってないが、親父の趣味と仕事を兼ねてで、ウチにはそういうものがある。なので勝手に使わせてもらっている。まぁ、そこまで頻度は高くない。月一程度だ。
「……ネットは偉大だな」
ただ情報を流し見るだけで外のことがわかる。都会の奴らが熱中するのも頷ける……が。いらん人間関係だの色々と面倒くさそうで、積極的に触れようとも思わんが。
三十分も持たなかった。すぐにやめてしまい、毛布を被って目を閉じる。寝てしまおう。それが楽だ──
そう思って寝ようとしたが、鳴らされた呼び鈴で嫌々布団から出て行く。脱ぎ捨てた単衣を羽織り、無茶苦茶な和洋折衷になってしまったが、問題は無い。
「へーぃ……今出ますよ」
サンダルを履き、ガラガラと扉を開けて顔を出すと、そこにいたのは──
「何お前ら、デート?」
「開口一番それって元気そうですね。心配して損しました。デートしてましたけど」
「常陸さんも悪ノリしないで」
茉子と将臣。つまりマコンビ。
「んで、何の用? 冷やかしなら帰れよ」
「あ、そういうのじゃなくて。お礼を言いに来たんだ」
「礼……あぁ、昨日のね」
「ありがとう、助けてくれて」
「気にすんな。それより身体に大事は無いか?」
「ああ。動く分にも、何の問題も無いよ」
「そいつは行幸」
しかし何故ウチに来たのだろうか? しかも二人で。気になって尋ねてみるも、どうも気分転換にデートしていたら、将臣が俺に礼が言いたいと来た模様。まぁ別に構わないのだが……
「おい、何の冗談だ? デートをしてる時に他の男の話をするなんて無粋だねぇ、将臣」
「常陸さんにも言われたけど、馨もそう思うんだ」
「ああ無粋も無粋。女の子に対する配慮が足りないったらありゃしない。デートだぜデート。ちゃんと相手してやれよ? ま、こいつが相手なら無粋な方がむしろちょうどいいくらいかもしれないけど」
ケラケラと笑いながらチラリと不満気な視線をくれる茉子を見る。
「気を付けろよ将臣。こいつ、思わせぶりなことをしてその気にさせてくるからな。俺も何度かコナかけられた」
「二人は本当に仲が良いんだな」
「有地さんはワタシと馨くんの関係に夢を見過ぎです」
「ただの腐れ縁だよ、俺と茉子は」
「うっわ絶対嘘だ」
「事実ですよ〜?」
「嘘じゃないモン」
いやだからなんでそんなに二人とも仲良いねみたいな目線送るの? どう見たって男友達みたいな雰囲気じゃないか。何を誤解する要素があるというのか。なぁ茉子……と視線を向けると一転して真面目な表情に変わる。
「そうだ、都合いいから今報告を」
「なんだ?」
「祟りがまた出ました」
昨日の今日で……? いや待て。霧散を確認後即時離脱したから、喰いそびれたのが再生したのか。
──チッ。確かに、これは失態だ。
苦い表情が表に出たのか、和やかな雰囲気は一蹴されてしまった。
「わかった。宵の口になり次第、俺が確実に始末する……お前らは寝てていい。楽な仕事だ」
自分の蒔いた種は自分で刈らねばなるまいて。人としてごく当然のことだ。自然とそう口にして、家の中に戻ろうとしたのだが。
「無理はしないでください。ワタシと芳乃様が片付けます。そう二人で決めました」
「昨日のことか? 気にするな、安い授業料だ。俺に任せろ、今度はヘマしない」
「いいえ。馨くんは下がっててください」
凛とした目で見つめられ、そう断言された。
「……そこまで言うなら、普段通りにしてやるよ」
元よりよっぽどの事態がなければ出るつもりも無い。俺が原因だから俺の手で仕留めたかっただけだ。確実に潰してくれるなら、それに越したことはないが……尻拭いを頼んでいるみたいで少し思うものはある。しかしどうせ意見を変えないだろうから、大人しくしてよう。
「──怖くないのか? 祟り神と戦うこと……」
将臣が俺に尋ねる。
なるほど、不安を覚えない人間などいないだろう。しかし……俺は別だ。
「将臣。俺はお前らとは色々構造が違ってな、恐れも嘆きもほとんど感じない。あるのは──」
「なんだよ?」
「ずっと頭の中に響く、"殺せ"って言葉だけさ」
言い切ってピシャリと扉を閉める。
──おしゃべりが過ぎたな、まったく。
■
「祓うんじゃなくて"殺す"……?」
「はい。祟り神を祓えるのは巫女姫だけですが、稲上のように手段を選ばなかった結果、祟り神を"殺す"ことを可能とした一族もいます」
馨の家から離れ神社に戻る途中、将臣は茉子から稲上について聞いていた。
「手段を選ばなかったって、どんなの? 安晴さんからは何か叢雨丸みたいな刀を持っているとしか聞いてないんだけど」
「ワタシも詳しいことは知りませんが、馨くんをはじめとしたこの土地の稲上一族は、代々受け継がれる刀──『虚絶』を用いているんですよ」
「拒絶?」
「虚を絶つ、と書いて虚絶だそうです。ただこの刀が問題で……」
茉子の声が小さくなっていき、何事かと思うが、彼女は意を決したように語り出した。
「曰く付きらしくて、あまりいい話も聞きません。一度ムラサメ様が妖刀であると言っている場面も耳にしました」
「妖刀って、じゃああいつ!?」
「祟り神を斬り付ける度、自身の身体が損傷していく諸刃の剣……どれだけ一撃で仕留めても、傷は必ず付きます。──有地さんの想像通りですよ」
「そんな、俺のせいで……」
先日、助けに入った馨が怪我をしたと聞いていたが、そういう事情があったとは。つくづく己が原因で嫌になる。
性根が良い将臣にとって、自分のせいで誰かが傷付くのは、堪え難いことであった。
そんな彼を安心させるように、茉子は言葉を選ぶ。
「でもあの通りピンシャンしてたから、そこまで気にしてないと思いますよ? 元気な姿を見れて、きっとホッとしてるはずです」
「だよ、な」
「……ワタシも芳乃様も、馨くんとは子供の頃からの縁なんですけどね。実はあんまり知らないんです。彼がどういう事柄に巻き込まれているのか、とかは……」
──頭に響く殺せという言葉
──構造が違う
──手段を選ばない
──代償を強いる妖刀
将臣も茉子も、それを知るべきではないような気がしているものの、親しい相手が苦しんでいるのならば助けになってやりたいと思ってしまえるほど、優しい人間だ。
「……常陸さん。もしかしたら馨は、呪詛以上に厄介なことに巻き込まれてるんじゃないかな」
「かもしれません。だけど事情を知っているであろう両親も安晴様も、何も答えてくれないんです。ムラサメ様から馨くんの話が出たのも、7年前くらいからで──」
「何を隠してるんだよ、あいつ……」
呪詛も祟り神も問題だが。
思った以上に馨もまた大きな問題なのかもしれないと、将臣は心中で不安を感じた。