千恋*万花~福音輪廻~   作:図書室でオナろう

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いやぁ、気が付けば50話超えてかつお気に入りも300超えちゃってますね……びっくり。
完結目指して頑張ります。まぁChapter6終わってもChapter7があるんですけどね……


叢雨と叢雲/否神と不安

 まぁ放課後まで、大したことはなかった。

 とりあえず茉子に軽く話しておいて、誤解は産まないようにしておいたくらいか。万が一の場合はオレが茉子に殺される。

 やれやれ……今日一日くらい、せっかくだからゆっくりしたかったのになァ。

 

 そして今は──

 

「……」

「何さ、レナ」

「いえ……」

 

 距離感を測りかねているレナから視線をチラチラ受けながら、朝武家に移動中。やりづらい。このやりづらさは……前に茉子にポロっと過去を漏らした時とよく似ている。かつてと違って、今はさもありなんと受け入れ……てはいないが、しかしこの痛みがオレを形作るものなのだとわかっている。

 

 心配そうな顔や雰囲気という訳ではない。何故? というようなものだろう。彼女はあくまでもオレが単なる『始末屋』だと思っていたから、ああいう形でというのは予想外だった……と見たが如何に。

 始末屋で魔人で潔癖症でヘタレでパラノイアで茉子だけが知ってるあれやこれやとか属性過多すぎるのではないかオレよ。いやそもそも先祖からして属性過多だった。ダメだ。

 

「むぅ」

 

 言ってしまうか?

 いや切り出し口をどうするかだよな。

 そういう話をする──とは言ってもマジで気にしないでくれ、もう済んだ話だ、茉子可愛いよ茉子だし……

 レナがあんまりそういうのを気にしない人だとは理解していても、友人の自殺だしなぁ……言葉しくじるとえらいことになるぞこれ。

 

「なぁ、レナ」

「なんでありましょうか」

「……人ってさ、秘密知られると中々にどうしていいかわかんなくなるよな」

「……それは……そうでありますね」

「でもそれが今では「あぁそんなこともあったなぁ」って処理できる話なんだけど重いとかだと余計に困るよな」

「……っ」

 

 息を飲むのが聞こえる。目に見えて動揺している。けれどそれはとっくに答えを出している事であって、さて……ならあれか。もう、切り出してしまおうか。聞かれたところでいくらでもやりようはあるんだから。

 

「将臣から聞いたよ。まぁあれだ、色々と気にするな」

 

 なので、単刀直入に言うことにした。

 しかし物言いに問題があったのか、あるいはあまりにもさっくりと流したのが問題だったのか──とにかくレナはその言葉を聞いてからしばらく立ち止まって唖然とした後、ワナワナと震えながらグッと迫ってきた。

 

「気にするなって言われましてもっ!」

 

 ……正直、レナがどんな想定と想像をしているのか全くわからない以上、どんな言葉が一番良いのかというのは分かりかねる。

 

「もう過ぎたことだ。それに他の人から散々叱られた話だし、そもそもアレは潔癖症を拗らせたオレが選んでしまっただけに過ぎないしなぁ」

 

 そうは言っても物凄く心配そうな態度をされてしまう。言葉選びをしくった感が強い。……レナを納得させられるものはなんだろうか、納得させられる言葉……あ、そうだ。一番いいのあるじゃん。

 

「……つーか、なんだ。昔そうしても今こうしてるってことは大丈夫って証拠だろ」

「いやそれ無茶苦茶ですよ」

「ですよねー。さて、本当にオレは問題無いんだが信用は……あんまり無いよなァ」

 

 ──らしくないレナの視線から感じるものは、不安だ。それも確証が無いから不安になる……といった具合だろう。

 けれどオレの信用が無いのは折り紙付きだ。その上、レナ自身もきっと自覚しているだろう。オレは大抵の場合誤魔化したり言葉を濁したりで、本音を言うのが少ないというか、本音を巧妙(?)に隠しがちだから、信用するに足り得る理由が見つかりづらい。

 

 忘れがちだが、オレとレナの付き合いは短いし、距離はそれほど近くない。オレの根幹に近くところをレナは微かに知っているけど、オレは彼女のことをさほど知らない。ただなんとなく、人の温もりを求めている節が見えるくらいか。

 なら、言うべき言葉はただ一つだ。

 彼女を安心させられる言葉。彼女は何故を求めていない。今もそうするのではという不安を消したいだけだ。

 姿勢を正し、改めて向き合って、そのびっくりするほど端正な顔をジッと見つめて──

 

「レナ。オレにはもうああいう選択肢は無い。だって言われたんだ。駒川には「生きろ」、茉子には「生きて」って。ならもうほら、そんなことできるわけないだろ? だってオレはあの人には頭上がんないし、彼女を愛している(殺したい)んだからさ」

 

 どうして今も尚、自分という存在に複雑な思いを抱いているオレが、拗らせた潔癖症に従って死を選ばないのか──その理由を、簡潔に伝えた。

 

「生きろ」と言われて生きていた。

「生きて」と言われて生きると決めた。

 生きてやる、生きてやるとも……と。

 

 レナはそれを知らない。けど、オレにとって駒川と茉子が重要な意味を持つ人であることは知っている。

 だからこれを言うことが、一番いい。

 

 ただ少し──悍ましい想いが溢れているけど。

 

「ほっ……」

 

 そんな言葉を聞いてやっと信用できたのか、ホッと胸を撫で下ろした。けれど少しだけ、彼女の、その瑠璃色の瞳が……オレには悲しみの色を宿しているようにも思えた。

 それは一体、何に対する憐憫なのか。

 

「なんかごめんな、見苦しいものを見せる形になって」

 

 しかし見せるものではなかったと思うのは事実。見てしまったにしろ、見せられたにしろ、レナにとっては要らぬ不安だ。オレの口から飛び出て来たのならこうはならなかったろうが……将臣め、素直に話しても良かったというに。

 まぁ、無理も無いか。

 

「いえ、わたしが見ちゃったのが悪いのですから」

「……見せられた、という可能性もあるけどな」

「カナエに、でありますか?」

「まぁね」

 

 見せても何か楽しいことあるか? という点になるのだが。見せる理由など無いだろう。もたらされる結果としては全く面白くない。おかしいな、同族の筈なんだが……

 

「──友達を置いて逝くのも、失礼というものだろう」

「へ?」

 

 まぁわからんものはわからんと切って、素直な本音を伝えてみたら、これまた意外そうな顔をされた。ポカンとしている。可愛い。

 ──許せ茉子、オレは今レナの可愛さにときめいている。

 

「惚れた女もそうだけど、友達ってのはとても大事なものだ。オマエもその一人だよ、レナ。殺したい程に愛おしい友人だ」

「お、おぉう……なんだかちょっと不気味でありますね。素直なカオルって」

「そっちなの!? 殺したい程に愛おしい友人じゃなくて!?」

「? それがカオルなのでしょう? マコだって受け入れているようでありますし、部外者のわたしがトヤカク言う必要は無いかと」

「あ、うん」

 

 唖然としていたのに、なんとも言えない笑顔を浮かべて、そして最後にはケロッと真顔。

 マジかよ、そんな軽く流されるとこっちが拍子抜けだよ。

 まぁ、レナからして見ればオレが茉子を置いて死ぬのではとでも思ったのだろう。あんなものを見せられてはそうもなろうか。

 

「けれど良かったでありますよ。わたしが想像してたことと全く違って」

「悪いね、いやホント。ちなみに手が出そうになる件については割となんとかなってる」

 

 割となんとかなっているし、どうにかなりそうな感じはあるのだが、そのどうにかなるまでに一悶着ありそうでおっかない。

 

「じゃあ、改めて……よろしくな、レナ」

「はいっ。よろしくお願いしますですよ、カオル!」

 

 眩しい笑顔のレナを見て、内心で自嘲する。

 ……考えてみれば、オレも田舎に毒されていたようだ。新参者にそこまで対応が上手く出来ていないところとか。

 元都会暮らしが聞いて呆れる。なら今度は、またなんかみんなでワイワイしてみるか。

 

 ……そうだなぁ、田舎っぽいことじゃなくて、なんかこう……本当にバカやったりとか、そういうのがいい。

 ハズレ入りの菓子食べてみたり、くだらないことで一喜一憂したりとか。

 

 ──夢のある話だ。

 頬が緩むのを感じる。

 ビンボーくじは男勢が引けばいいだろ。その方がバカな反応が出来るから。

 

 ──その為にも、オレは過去に打ち勝たねばならない。そして最後に、立ち塞がって超えられねばならない。

 オレを超えろ、オレを倒してみせろ、オレに唯一無二の終焉を与えてみせろ。オマエたちが人間であるのなら……

 

 怪物を超えるは、人の誉れだろう?

 

「レナ、決着ついたらさ、今度また何か遊ぼうぜ。みんなで。んでアホなことしよう」

「おぉ、是非是非! 必ずでありますよ!」

「あぁ、約束だ」

 

 

 ──そうして小さな決意と、和解(?)をしてから、オレたちは朝武家にたどり着いた。既に同居組と茉子は私服。羨ましい。

 多忙な安晴さんまで呼んで報告とは、と思ったが、何でも叢雨丸の元々の所在というかその辺もあって呼んだという。

 

 で、話を聞けば何と叢雨丸は叢雲という神サマが、惚れた男を守る為に身を削って作った刀であるという。

 ──それを聞いて、茉子も芳乃ちゃんも、ムラサメ様もその一途な想いに感服していたが……

 

「む、どうした馨。苦い顔をして」

「ムラサメ様……どうしてもオレは──叢雨丸の誕生経緯もそうだけど、叢雲って神様の行動が総じて()()()()()()

 

 すべからく()()()()()()

 行動、言葉、態度──何もかもが()()()()()()()()()()。人伝に聞いてなお気に食わないし、隠しているが心底では、非常に強い不快感を感じる。

 

 何故かはわからない。

 理由が思い当たらない。

 同族嫌悪などではない。

 羨望でもないし、ましてや理解出来ないとか、腹が立つとかではない。

 

 ──心底から気に食わないし、吐き気がする程に不快だ。

 

 叢雨丸を尊いものとは思えない。選り好みする愚かな妖刀にしか思えない。悍ましい想いの形としか思えない。

 何故? 何故オレはもはやいない神の行動に、親の仇のような反応を示している? 理由が無い。理由が無いのにここまでの不快感、気に食わなさ、そして何よりも先に来る感想──何を勝手に救われている? という、他人の物のようで自分の物であるこの()()

 

 オレであってオレでない者が、奈落の底から憎悪の絶叫と共に狂い哭いている。魔性ではない、根本からしてオレはこの叢雲という神と相容れない。

 

 ──訳がわからない。

 が、なんとなく理屈じゃないことだけはわかる。

 

 オレが魔人である限り、異形の血族である限り、そして稲上馨という存在である限り……叢雲という存在とはどうしても反りが合わないのだろう。

 効率的とか効果的といった言葉は馬耳東風、好き嫌いというものは理屈や道理を拗らせる。なるほど、オレと叢雲は生まれながらに不倶戴天なのだろう。

 ただ、それならどうしてその弟たる犬神にはこの咆哮を上げない? だから余計にわからない。単なる宿命、というわけではなさげだが……

 

 ……いや、待てよ……? 魔人足り得る由縁は、そこにあるのか?

 

「訳わかんねぇけど、生まれながらに不倶戴天なんだろう。オレの血が魔人である理由もその辺にあるとは思うけど。とにかく、なんか気に入らないってだけ。いやさ、個人としては心底から好きな人を愛せ(殺せ)るなんてすごいなぁとか思うけど……どうもね」

 

 酷いしかめっ面で、自分でもわけわからんけど、とりあえず気に入らないだけで何かするわけではないと伝えておく。確かに魔人として一族が生まれた理由なんて誰も知らないので、みんな「まぁそういうこともあるだろう」と一応の納得はしてくれた。

 

「しかし神の身を削って生まれた刀かぁ……これは祀り方が正しかったかどうか、しっかり確かめないと。あぁ仕事が増える……」

 

 なんだか日に日に疲れが増しているように見える安晴さんが、凄まじく疲れた声でそう言った。いや大丈夫かよアンタ。

 見ろよ芳乃ちゃんを。めちゃくちゃ心配そうにしてるぞ。昔と立場逆っすよ。

 

「お父さん、一日くらい休んだら?」

「今までのみんなの頑張りに比べたらこの程度大したものじゃない。それに人の都合で迷惑かけたんだ、正しい形で祀らなきゃ大変失礼だろう」

「それって……え? それはいいからそっちの問題を先に片付けろって……?」

「あー、茉子君。彼にはひと段落ついたら手を変えてみると伝えてくれ」

「はい、わかりました……?」

 

 さっぱりわかってなさげな婚約者組やムラサメ様から判断するに、安晴さん、まだ言ってないのか。

 多分犬神を祀る為にもう一つくらい作る計画でも立ててるな? で、その上で将来的財政難への対応策の検討までしてると……いくつかの家に対策そのものは分散してるとはいえ、未だ中心は彼だ。その疲労は途方も無いものだろう。

 オレんちは、経過は報告されるも基本的には製造にならん限りは話が飛ばん。レプリカ製作だって費用の方で見送られたんだ。あとはただの意見飛ばしで終わりだろう。親父とお袋ならともかく、オレは役に立たんし、それに渦中にいるからなぁ。

 

「……とりあえず、僕はそっちの資料をほじくり返してみるよ。あとは馨君、みづはさんから後で来いって」

「は? オレ? なんで?」

「君の血筋の話とかなんとか」

「わかりました。終わったら行きます。てか、倒れるのは勘弁してくださいよ? ちゃんと休んでください。つまらんことで川に行ったら秋穂さんにどやされるのアンタなんですからね?」

「そうよ、お父さん。倒れたら私泣くからね」

「あははは……泣くのは勘弁してよ、芳乃。お前に泣かれると、昔から僕はどうしていいかわかんなくなるんだ。けど、そうだね。今日は早めに切り上げるかなぁ……将臣君、もし芳乃が泣いたらよろしく」

「ええっ!? なんで俺!?」

「ご主人が恋人じゃからじゃろ」

 

 婿殿に対してなんて無茶振りな……まぁ、そういうこともあるか。

 

「……レナさんも、しっかり休息を取ってくださいね? 過労で倒れるととても大変ですから」

「マコ、実感こもりすぎでは」

「……その昔、修行でぶっ倒れたオマエを介抱してやったのは何処の誰でしたっけなァ?」

「そんなこと言わなくていいから!?」

 

 マジで昔、茉子がぶっ倒れた時があった。あれは生きた心地がしなかったなぁ。レナならきっと大丈夫だと思うが、人間、存外に脆いから気を付けてくれると嬉しいもんだ。

 

 

 そうしてオレは──

 

「やっぱり着いてくるのな」

「ちょっとでも、一緒にいたいから」

「オレもだよ」

「ホント? 嬉しいな。あは」

「うひひって言わないんだ」

「……それは忘れて」

 

 やっぱり着いてきた茉子と一緒に、診療所へと向かっていた。

 ちなみに、たまにうひひというのは茉子曰く「クセみたいなもの」らしいけど……オマエ、クセってなァ。まぁ可愛いから良いんだけど。

 

 というか。

 

「やけに強く手を握るな」

「だって馨くん、レナさんには妙に甘いじゃん」

「否定しないけどさ。昨日あんだけしてまだ不安なのか?」

「恋人が異性と二人きりだよ? ほんの少し不安になったっていいでしょ」

「ま、そうだな。ぐうの音も出ない。ごめんよ、茉子」

「あは、しょうがないから許したげる」

 

 えへへと笑う茉子は素敵だ。

 オレは本当に、この笑顔に心の底から惚れたんだなぁ……と、言葉に出来ない嬉しさを感じながら強く握り返す。

 

「茉子」

「何?」

「……好きだ」

「……うんっ」

 

 なんでもないやり取りの筈なのに、なんだか言い表せない恥ずかしさを抱き、頬の熱を感じながら俯いて──けれど、手だけは決して離さないで。

 茉子はどんな顔をしてるかな。照れてるのか、それとも笑顔なのか。確認すればいいだけなのに、なんでか出来ない。

 

「ね」

「ん」

「芳乃様と有地さん、大丈夫かな?」

「散々お膳立てしたし、都合良く安晴さん熟睡してくれそうだし、ムラサメ様は察してくれるだろうし。平気さ」

「だといいけど……ちょっと気になる」

「ま、あの二人心配する必要は無いだろ。だって将臣と芳乃ちゃんだぜ? 見てるこっちが砂糖吐きそうなくらいに甘いんだ。大丈夫だろ」

 

 ぶっちゃけそれほど心配はしてない。

 というか、絶対に生きて帰るのだという理由くらいさっさと作って欲しい。オマエら健全な年頃なんだからもっとこうがっついていいじゃないか──と考えて、自分を棚に上げてることに気が付いて、肩を落とした。

 当然、茉子に笑われた。可愛いから許す。

 

 

 

「……ふーん、熱いねえ」

 

 そして診療所に着いて早々、ムカつくくらいニヤついた表情の駒川に出迎えられた。

 

「うっせぇ。好きな女の子を感じたくて何が悪りィ」

「素晴らしいじゃないか。というかそろそろ手を離したらどうだい。資料とか色々あるから」

「だってさ、茉子」

「帰りもだよ」

「わかってる」

「ひゅーひゅー」

「うっせぇ!!」

「馨くん、落ち着いてよ。もぅ」

 

 そんなこんなで用意されてた椅子に腰掛けて、駒川が雑に取り出したファイルを受け取る。横から茉子が覗き込んでくるのと同時くらいだったか、そこで──

 

「あ、それ君のご先祖様に関する情報だから」

「……え? マジ?」

「マジもマジ、大マジさ」

 

 唖然としながらパラパラと中身を捲る。けれど動揺が出てる所為か中々こう、最初のページにたどり着けない。目次も前書きも要らんのだ。

 

「ここだよ馨くん」

「サンキュ。どれどれ……ん? 否神(ひしん)?」

 

 やれやれといった雰囲気の茉子に教えられて、あぁここかと目を通した時に真っ先に入ったのは否神という文字。伊奈神なんて何処にもない。

 

「私の友人が京都にいるから、ちょっと探ってもらったんだ。見事に出てきたよ。この否神(いながみ)がね」

 

 ……イナガミ。

 稲上、伊奈神、そしてこの否神か……なんつーか、段々と言葉が定着してきたみたいな感じだな。茉子の良い匂いと柔らかさに気が散らないように気を付けながら読み進める。

 

「かつて、幼少より老境の極みに至りし神童あり……か。名は、久楼否神公暁(くろういながみのきみあき)……また長えな。しかもこの否神ってのは単なる自称だって? じゃあなんだ、コイツは久楼(くろうの)公暁ってなるし、ウチは本来久楼さん家ってわけか」

「そうなるね。久楼馨、結構似合ってるよ」

「やめろよそういうの。んで?」

「この人物は、常日頃から神童って呼ばれることに辟易してたのか、よく「否、我は神に非ず。昏き力を宿す人なり」と言ってたらしい」

 

 (いな)、我は(かみ)に非ず──故に、イナガミの名を冠する。

 なるほどな……

 

「そして彼は自身が当主になると久楼の名を変え、伊奈神を名乗らせた。我々は神の如き者に非ず、我々は人に非ず、我々は昏き魔人なり……とね」

 

 当時の常識に沿って考えると、かなり殊勝なことだ。神童だなんだと持て囃されて、神の如き者ではなく、単なる人でもなく、魔人であると名乗り、そして戒めとして己の名を変える……だから否神か。

 

「けど、時代的には幕府成立前後だろ? 新天でも名乗って反逆しそうなもんだがな、魔人を名乗るのであれば」

「そこに関してだがこの否神公暁、何故だか知らないが、天皇をやけに……というか人一倍尊んでいたそうだ。更に言えば天皇に否定的な人間に対して天誅を加えたりと、過激派と言っても過言では無い言動だったとある。理由も無くね」

「となれば奴の魔性は、自己が崇める者に対する絶対性と言ったところか。あるいは……神に対する強烈な憧憬や崇拝か」

「彼の死後、伊奈神からはそんな風に理由無く何かをするという人間は出なかったわけじゃない。剣鬼 伊奈神雅隆に代表されるように、時折殺しを求める人間が生まれてた」

「剣鬼ねぇ、物騒な奴だ」

「物騒も物騒だよ。ただひたすらに剣を極める為に実家から出て行って全国人斬りの旅。ちなみに家督は弟の雅義が継いだ。それから彼はしばらくして、さる町娘と結婚して娘が二人できたと実家に文を送っていたようだ」

「その娘の名前は?」

「長女は奏、次女は京香だってさ」

「奏と、京香……つまり奴らの親父か」

 

 だがこの資料はそこで終わっている。

 しかし、これだけあれば十二分だ。何故ならたった一つとは言えども、知らなければならないことは知れた。

 

「つまりだ駒川、ウチの血が魔人足り得る由縁は、この公暁って奴が出てくるまで欠片も無かったんだな?」

「そうだね。まったく。突然変異のようだ」

「……人が突然変異って、例えば鬼と結婚したりとかですかね? ほら、昔から天女と人間の悲恋とかよくあるじゃないですか」

 

 茉子がさも名案かのように言っているが、千年前の京都だぞ。鬼とかのもののけが生きていられるか。無茶言うな。そら見ろ、陰陽師の子孫である駒川だって頭抱えてる。

 

「あ、あれ? 違いました?」

「……どー考えても血が混ざったはねーだろ」

「資料よく見なよ。ちゃんと人間だって書いてあるから」

「いやいや、歴史に隠された真実みたいに! 鬼の一族とか! そういうのロマンありません!?」

「茉子、流石に創作物にしか許されねぇ展開だよ」

「……話、続けていいかい?」

 

 駒川に言われて気を取り直して言葉を待つ。

 

「とにかく、稲上の魔の流れは唐突に現れたみたいなんだ。それも、原因が全く不明でかつ、馨や報告にあった奏と同じように何かを殺すことにやたらと執着している」

 

 ……昨日、茉子を迎えに行く前に駒川には伝えておいた。自分がどんな宿痾を持っているのかを。

 けどこうして見ると、オレは先祖返りなどしていなかったのかもしれない。オレは先祖返りなどではなく、ただ単に血の中に眠る魔性が目覚めただけなのかも、と。

 しかし、最初の魔人もそうだが、みんな生まれながらに殺しに生を見出そうとしているのか。そうしなくては生きられないからとは言えども、それは生物としてあまりにも破綻した在り方──

 

「……恐らくは京香さんもそうだろうね」

「けど、アイツは理由を知らないみたいだった」

「……ならイナガミとは一体何者なんだろうね」

「さあな。気にしたって仕方ねーさ」

 

 今を生きるのでもう大変なんだ。

 血の源流だとかはもう、考える必要も無いだろう。

 ……そして、オレは。

 

「茉子、少しだけ外してくれないか? 駒川にちょっと話があってな」

「大事な事なんだね。わかった。外で待ってる」

 

 茉子はそう言って、部屋の外へ出て行く。

 中はオレと駒川だけ。

 

「なぁ、もしかしたらオレ……」

 

 言葉が、中々出てくれない。

 まるで罪を自白する時のようだ。

 

「オレ、アンタの記憶を弄ってたかもしれねえ……」

「あぁ、そのことかい? 何となく検討は付いてたよ」

 

 ……はい?

 目を丸くして驚いていると、やれやれとため息を吐いた駒川は、呆れた態度を隠すことなくこう言った。

 

「あの日、君に説教した後に気付いたよ。そもそも馨が山に向かったなんて、時間帯から逆算しても誰も知る筈が無いし、ましてやあの時間、私が山に行く理由すら無い」

「えっ……あの……」

「ま、だからなんだって話だ。嘘の記憶が植え付けられたところで、私が君を心配してああいう言葉をかけたのは事実だからね」

 

 ──だって大人は、子供の助けになるものだろう? ──

 

 なんでもないように、この人はそう言った。

 もうそう言われてしまっては、オレは何も言うことはできない。だってそれでいいんだ、って言われてしまったから。

 

「嘘が始まりでも、今に至るまでの全ては本物だ。そうだろう?」

「……申し訳無く思ったオレがバカみてーじゃん」

「そういうところが君の美点だろ。魔人であったとしても、君は普通の人と同じように、人を心配したり、優しく接することができる子だ」

「〜〜っ」

 

 やめてくれとは言えない。

 ホント、この人だけには素直になれない。真っ赤であろう顔を背けて黙るしかできない。

 そんなオレを見て、駒川はさぞ面白そうに笑った後、扉を指して──

 

「ほら、さっさと戻りなよ。常陸さんとの時間、大切にするんだぞ」

「わかってるよぉ……ありがとな、騙されてくれて」

「気にしないでくれ。私が好きでやったことだからさ」

「……うん」

 

 ──本当に、敵わない。

 大人というのは、強いものだ。

 手間のかかる子供を見る目で見送られながら、オレは茉子の元へと戻った。

 

 

 

 ──家に帰ってきた。

 何故か茉子も着いてきた。なんでも「芳乃様には晩御飯までに戻るって言ったから」らしいが、割と時間が無いことを知った上でそうしているのだろうか。

 まぁ、構わないのだが。

 結局新品の制服にも、ボタンを閉めることにも慣れなかったなぁと思いながら私服へと着替えて、二人だけで、軒下から静かに庭を眺める。

 

「雨だな」

「雨だね」

 

 ザァザァと曇天の中で雨が降り注ぐ。風があるわけでもなし、ただ降り注ぐ雨と、水滴が水溜りに落ちる音だけが聞こえる。

 

「茉子」

「なあに?」

 

 心中に息づく、微かな不安。

 ──不安だから、欲しくなった。

 彼女の、温もりが。

 茉子に抱きついて、心中の不安を温もりで消すように、彼女の鼓動に耳を澄ませる。

 

「……寒いんだ。オマエの温もりを、分けてくれ」

「ん。いいよ」

 

 瞼を閉じる。

 鼓動がより鮮明に聞こえる。温もりをより鮮明に感じる。頭を撫でられてるのだろうか、髪に手が触れる感触がする。

 

「茉子の鼓動が聞こえる」

「あんまり聞かないで。ちょっと恥ずかしいから」

「でも、なんか安心する」

「そっか。よかった」

 

 しばらくそうしていると、急に茉子が少し離れた。そして──

 

「────……茉子?」

「うひひ、キスしちゃった……あは……」

 

 ほんの少しだけ重なった唇。けどそれは、更なる温もりを宿していた。

 

「……なにさ、急に」

「寂しそうだったから」

「なんだよそれ」

 

 微笑む茉子に半分呆れながら、でもその優しさに甘えて、今度は自分から彼女を求める。

 ──僅かな時間でも、確かな温もりだった。

 

「……茉子の唇は、相変わらずあったかいな」

「そう? ワタシじゃわからないけど」

「あったかいんだ、とっても」

「ふふ、じゃあワタシも今度馨くんはどうか確かめてみようかな」

「そっか」

 

 それからオレたちは、時間が来るまで──側にいた。




そういえばゆずソフト新作発表は30日ですね。
……新作が出るまでには終わらせたいなぁ。あと中途半端で積んでるリドジョもやらなきゃ……

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