千恋*万花~福音輪廻~   作:図書室でオナろう

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デモンエクスマキナやってて遅れました。
……いやシナリオ自体は買って2日で終わったんです。でもアタッチメント掘りに精を出してしまって……その……大変遅れました
あと今回ものすごく短いです。というか分ける必要無かったかなこれ……とにかく色々ごめんなさい


否神/朝武

 色の無い世界。すべからくに生きる意味を失った虚無の空。哀しい程にがらんどうで、冷たい程に何もない。

 

 ──宙ぶらりんになった星月。

 消えた夜空の瞳。

 冷えた黒昼の涙。

 燃えた白夜の笑顔。

 なんて苦しく、そして悍ましい程に美しい砕けた思い出の夢幻。

 けれどその中で色を持つのは純白の大狼。

 

 なるほど、確かにこれは神サマだと納得する。善し悪し双方を備えてこそ神というわけか。濃密なまでの、かつての残滓がわかる。

 オレは特に何か感じるわけもなく、気軽に声をかけた。

 

「よぉ、会いに来たぜ」

「お前……!? どうしてここに……っ」

「そんなに不思議か? オマエのチャンネルは覚えた。虚絶と繋がっているオレなんだ、それくらい引っぱり出せる。それに、結構な頻度で茉子側のチャンネルを観測できたからな。この程度なら容易い」

 

 実際、チャンネルが分かれば後は回線を絞るだけ。なんてことはない。魔人である以前に、オレは虚絶に選ばれた者なのだ。後は意識を落としてチャンネルの中に入れば……ほら簡単。いつぞや、京香がオレを呼び出したのと同じ理屈だ。

 だからそんなにも驚いている犬神が、あんまりにもおかしくってケラケラ笑ってしまう。こりゃ茉子が愛着を持つ訳だ。コイツ、結構面白い。

 なんていうか……オレと同じで弟っぽいというか。

 

「でだ。わざわざオマエの領域に入り込んで来たってことは、要件はたった一つしかない。わかるな」

「つまりは──」

「まぁその前に」

 

 一旦言葉を切り、恭しく頭を下げ──

 

「お初にお目にかかります、犬神様。オレは稲上馨。異形の血族、その末裔にして──穂織の住まう地に潜む否神の魔人でございます」

 

 オレは、改めて己の名を名乗った。

 

「……皮肉のつもりか」

「へ? あ、いえ、純粋に敬意を払わねばというだけですが……?」

「そうか」

 

 皮肉って……まさか本当に、か。

 だとしてもオレのやることは変わらない。

 

「さて、教えてもらおうか。オレの……否神の誕生由縁を」

「待て。何故私が知っているとわかったのだ。何も言ってないぞ」

「ご先祖様たちは穂織に長いこといる中で、突然朝武と常陸が宿痾の原因だと叫ぶようになってな。そんな記録が残されてた」

「……ふむ」

 

 この反応、オレたちと穂織の成り立ちは切っても切れぬ因果で結ばれているのは間違いないと見た。

 犬神は歯切れが悪そうにしばらく黙った後、何かをもう一度確認するような深呼吸をした後、オレと本気で向き合った。

 

 そして。

 

「語る前に、一つだけ約束してもらおう」

「何だ」

 

 ヤツは──その覚悟をオレに示した。

 

「この真実を知り、そしてお前が刃を向け、殺すならば私だけにしろ。代わりに、この地と住まう者たちにだけは絶対に手を出すな」

 

 それは……

 つまりそういうこと、なのだが……

 オレの呼吸である愛す(殺す)ということをするな、ということだ。それをするな、と言われてしまえば死ねと言われているようなものだ。返答に困ってしまう。

 

「……確実に破らざるを得なくなる」

「わかっている」

「なら何故」

「お前はあの小娘も、そして土地も愛す(殺す)だろう。それに関して私は何も言えない。だが、憎しみに駆られて殺すのであれば──」

「なら約束する。絶対に真実を知って憎み殺すのであれば、オマエだけだ」

「……感謝する」

 

 なぁんだ、そんなことか。

 愛す(殺す)のとは別口の話だったのか。それなら出来る。何があっても。既にそう決めたから。

 

「それでまず、なんでオマエとオレらに関わりがあるのか教えてくれ」

「何処から話したものか……正直なところ、今のままでは説得力に欠けるのだ。何せ姉君の行動により魔人たる由縁が生まれたのだからな。何故姉君がそうしたか、等の話も含めるとお前が信じれるかどうか……」

 

 ただ何やら言い渋る理由があるようで、それがオレが信じられない可能性を秘めているという。しかし生き証人たる犬神の言うことだ。間違いない。それに、自分の命を懸けてるんだ。嘘を言う理由も無いだろう。

 

「我が身可愛さに嘘を言うようなヤツじゃない。オマエはそういう性格なんだろ? 約束もある。信じるさ」

「よいのか」

「はっ、良いも悪いかあるか。言えよ」

「では単刀直入に行くぞ。姉君が行った黄泉下りで、あの一族は生まれた。そしてそれと同時にお前たちも生まれたのだ」

 

 ……理解が追いつかなかった。

 てっきりもっとこう、具体的な話とか何々が原因で──とかで来ると思っていたのだが、いやまさかこんな答えだとは。

 それに、なんというか……嘘ではないのはわかるのだが、何故? という疑問しか出てこない。

 説得力が無い。これは言い渋るのにも納得だ。意味がわからん。というか、魔人の由縁に一見何の関係も無いようにすら思える。

 

「待て。何故そうなる? 因果関係がわからん。どうして叢雲のやった黄泉降りがご先祖様の魔人たる理由なんだよ」

 

 穂織と京都がどれだけ離れてるってんだ。それに、そもそも何の関係も無いだろう。朝武と稲上は。

 訳がわからないので説明を要求する。

 そして犬神は──

 

「……黄泉とは繊細。些細か事で子供を繫ぎ止める鎖と杭は外れかねない。お前の先祖は、姉君の自己犠牲の裏側で黄泉から鎖と杭を宿したまま生まれたのだ」

 

 ……まぁ要するに。

 オレたちはとばっちりを受けていた。それも、大層くだらない理由で。その結果が誰にも見向きされることなく忘れ去られ、生に死を、死に生を見出す矛盾螺旋の宿痾に呻きながら"生きて"いた。

 

 ──つまり、オレは。

 

「……オレは……オレを地獄に叩き落としやがった奴らにいいようにこき使われてたってことか」

「……そうだ」

 

 叢雲によって朝武が生まれた時、同時にそのとばっちりを受けたのがオレたちイナガミというわけだ。素晴らしいな、オレは死を選ばせるだけの由縁を作った連中の子孫や、その庇護下にある連中に生きろだなんだ言われて従ってたってのか。笑わせるぜ。

 しかもその中で自分から恩を仇で返した奴の末裔に惚れただって? なんだそりゃ、冗談にも程がある。

 

 あぁ、まったく──これは傑作だ。

 

「で?」

 

()()()()()()

 因果なもんだと、それだけだ。

 態度も変える必要は無い。何でもないように斬って捨てた。

 

 別にそれが何か、というわけでもあるまい。根本はそうだったとしても──今更それを知って、言われたところでオレはただひたすらに生きるだけだ。

 

 それに、この数奇な生まれにオレは歓喜している。

 だって、好きになった女の子とこんな運命的な関係だったなんて、惚れられた男として喜ぶしかないじゃないか。茉子とオレが陰陽の関係で、いやまったく……クククッ、乙女座でよかった。センチメンタリズムな運命を感じずにはいられない。

 

「は、ぁ──!?」

 

 けど、そんなのまったく考えてなかったようで、とても間抜けな顔を見せてくださった。

 

「いや、だから何よってハナシ。オレは確かにこんな運命にした神がいるなら死ねばいい、この手でブチ殺してやりたいと思ってたさ。けど片方はもう死んでるし、オマエは恩を仇で返されてるし……本音を言えばそもそも別にどうでもいい」

 

 報いであれば十二分に受けただろう。それも最悪の形で。だからオレがどうこう、ということはない。する必要も無い。

 それにオレにとってみれば、コイツらがいなければ始まりもしなかった。それを今この場で殺せと言われても……オレにはそうする理由なんてどこにも無い。

 

「……と、いうよりもだ。オマエらがいないと茉子も芳乃ちゃんもいない。もちろんオレもいない。確かに憎む気持ちはあるよ。よくもまぁノコノコと顔を出した挙句にオレの惚れた女に取り憑きやがってぶっ殺すぞとかさ」

 

 でも、色々と思うところがまったく無いと言えば、それは嘘になる。

 オレとて人の子だ。苦しみ呻いた者たちを知るが故に、この傲岸不遜で後片付けもしなかったコイツらへの憎しみは当然ある。恨みだってある。

 

 オマエなんでそんな肝心な事黙ってたんだよ忘れてたとか都合良いこと言うなよ、とかとか。

 オマエの姉貴の不始末がオレのレールを壊したのならば茉子から引き摺り出して虚絶転生に閉じ込めて望まぬ永遠をくれてやろうかとかとか。

 

 だが──

 

「けど、色々な事を考えても……憎悪よりも殺意よりも、オレには感謝の方が強い。だってこの数奇な運命に導かれなければ、オレはこうして──好きな女の子と一緒にいられなかったんだから……」

 

 ──ただ、今こうして呪いは消えて、正しい形で神様を祀れそうで、そして色々と大変ではあるけれど、確かに幸せではある。苦しむことしかできなかった穂織の存在が、こうして幸せを噛みしめることができている。オレはやや例外的だが。それに本家は既に魔人足り得なくなっている。この地に住まうオレだけが、言ってしまえば最後の魔人だ。

 

 全てに意味があったと。傷だらけでも間違いだらけでも、誰かの希望も絶望も、歓びも嘆きも、決して無駄ではなかったんだと。確かに幸福とは呼べない過去だったけれど、それでも不幸ではなかった。オレはそう信じている。確かに無意味だったものはあるかもしれない、でも無価値だったものなんか決してないと信じているから。

 

 ……それに恋だって、成就したし。

 

「──あっべ、恥ずかしくなってきた……ちょいタンマ」

「何故だ?」

「クッセェ事言ったからだよ……」

「恥ずかしがることか?」

「そういうものなの」

「……そんなことだから睦言にも小言を言われる」

「うるせぇな!」

 

 余計なことを言いおってからに……!

 やかましいんだよっ。

 羞恥心とか色々を収めるためにコホンと一つ咳払い。改めて向き合って、オレは語る。

 

「──とにかくだ。諸々の理由もある。アンタに誓おう。必ずや魔人の……伊奈神奏の息の根を止めると」

「出来るのか」

「オレを何だと思ってる。殺人に関する才覚は一族の中でもそれなりの方だぞ。"殺す"ことに関しては、奏や京香より優れている」

 

 そもそも勝ち負けの土台においては、オレは将臣にすら勝てんのだ。というかまだ廉が剣道を辞める前に少し打ち合いをしたことがあるのだが、まぁ、負けた。

 ルールの中で勝つというのは、存外に難しい。ましてや、そのルールを守る為に力を抑えなければならない魔人の身では。

 

 だが殺し合いの場であれば、オレの右に出る者はそうそういないだろう。生まれついての殺人適性者というのは、そういうものだ。"殺す"だけなら、今現在穂織に存在する何よりも誰よりも優れている。

 そしてオレの半分は、彼女たちのものだ。久々に力として、この殺人を為せる。オレは祓う者でもなければ、守る者でもない。殺す者なのだから。

 

「まぁ、そういうことだ。少なくともヤツだけはオレの手で殺す。オマエも理解してるだろうから言うけど、オレでなきゃ奏は殺せない。そして奏を殺せば、オレは真実魔人として回帰する。どの道魔人──イナガミとの決着は、果たされねばならない」

 

 だが、オレがヤツを殺すということは、オレが最後の蓋を外すことに他ならない。しかしその蓋がすべからくを殺そうとするのだから殺すしかない。そしてそうしたらオレもまたそうなる──

 

「つまり、穂織の未来に立ち塞がる最後の敵はオレだ。ならその時は遠慮無く愛させて(殺させて)もらおう。この地に生きる者が、オレに生きろと言ったのでな」

 

 友としては、確かに信じている。

 だがオレに生きろと言ってくれた者たちの為にも、オレは"生き"なきゃならない。

 

「千年の恋花が、たかが十年の愛情に喰い尽くされるのであれば、所詮そこまでの話だ。そうでないというのであれば、怨嗟の断末魔たるオレ程度、軽く超えてもらわなきゃならん」

 

 (まじな)いと(のろ)いが混在する千年の恋鎖(れんさ)。その中から生まれた神の愛を受けた人々と、殺しの宿痾を持つ魔人。それらにも意味があった、価値があったとするのならば、ヤツらはオレを超えられて当然だ。

 

「今までの幸福、かつての絶望、これまでの贖罪……千年だ。もう休暇は充分だろう? ──白山狛男神」

 

 もはやこの神の真の名すらわかってしまうほどに外れかけた己を実感しながら、だが被害者としてそれなりのケジメはつけさせてもらうと宣言した。

 

 もしそうでないというのであれば、証明できないというのであれば、オレがすべからく、まとめて愛して(殺して)やろう。

 この狂い咲く十年の愛を以ってして、あの咲き誇る千年の恋を、喰らい尽くしてやる。

 

 それがオレなりの、伊奈神としての復讐だ。

 

「……要件はそれだけだ」

「そうか。そうだ、一つ言い忘れていたのだが」

「あ?」

 

「すまなかった……」

「……今更過ぎるんだよ」

 

 誰もが加害者で、誰もが被害者だった。

 この件は、そこで終わりだ。

 

 だが曰く、「恋は現実の前に折れ、現実は愛の前に歪み、愛は恋の前では無力となる」という。

 既に恋は現実に折れたが、しかし愛は現実を歪ませた。ならば、オレという異形の愛を無力化するには千年の恋しかあるまい。この三竦みが正しいのならば。

 

 ──待っていろ奏。

 オレがオマエを殺してやる。

 

 戻り行く意識の中、もう自分が後戻り出来ない程に魔人になりつつ──正しい形になりつつあるのを実感した。




失われし楽園の一つ、それは死に満ちた世界。
天が地に堕ちて、人が生まれて、悪魔が生まれた。

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