千恋*万花~福音輪廻~ 作:図書室でオナろう
読んでくださっている方々、もう少しお付き合いをお願いいたします。
あ、夜中書き終わったので昼間投稿です。ごめんなさい
「……朝……?」
ムクリと身体を起こし、伸びを一つ。
殺風景な自室は何も変わらないのだが、オレにとっては気分が良い目覚めだった。
とても頭がスッキリしている。
──あぁ、本当にオレはそうなってしまったのだ。
「……」
魔人。
生の中に死を、死の中に生を見出す矛盾螺旋の使徒。
オレがそれを自覚した時から刻々と進行していたが、遂に奏が最後の枷となった。
「茉子」
彼女の名を呼び、心中に息づく衝動が黒い炎となって胸を焦がすのを実感する。この手で手折りたい、だが永遠に愛していたい。
矛盾するこの想いこそ、まだ人と魔人の狭間にいる証明。しかしオレはこれからそれを捨てなければならない。
──最早迷いは無い。
為すべきことを、為すのだ。
オレにしては珍しく早起きだったと察したのは、着替えて家を出てからだった。普段より人の数も少なければ、開店の支度がまだまだ始まったばかりだったり。とかく、察するに芳乃ちゃん達が出て行くのと同じくらいか。
ので、少しいらん気を回して待つことにした。地理的な関係上、オレの方が待ち合わせ場所……あぁ、主に茉子の帰りに顔を出すときくらいにしか使ってないけど……に着くのが早い。
そんな訳で婚約者様御一行とオレの可愛くて愛おしくてたまらない彼女を待っていたのだが──
「あれ、キミだけ? なんかあったの、芳乃ちゃん」
「おはよう、馨さん。今日は少し、1人になりたくて」
「ふーん……?」
珍しく芳乃ちゃん一人だけ。しかもオレを見るなり笑顔を"作った"。声の調子だった普段と比べれば少し暗い。ちょうど祟りが発生してた頃みたいな感じだ。
つまり何かあったと見るのが妥当なわけで。更にそれが将臣や茉子と距離を置いて一人になりたいとくれば、彼女自身に何かがあったのか。
「どしたの、微妙な顔してさ」
「あ、いや……その……」
ちょっとカマをかけてみたら、相変わらず嘘が言えない人の良さを見せてくれる。しかしその瞳に何か、罪悪感めいたものが垣間見えるのは何故だろうか。
まぁ最近のネタと言えばアレだし、考えてみれば奏は物凄く近くにいたのだ。あの性悪が何かをしない筈もない。そして知らない筈がない。地頭だけで辿り着いていても不思議ではない。
一番面白そうなのは……確かに芳乃ちゃんだ。
彼女は真面目だから、なんというか……唆し甲斐があると言えばいいか。オレも腐っても魔人だ。何とは無しに想像はつく。
「知ったのか、知らされたのか? 性悪のやることだ、なんとなく予想がつく。そして色々考えたけど……ってところかな」
どうせ誰もいないのだしと軽く聞いてみれば、とても複雑そうに俯いて、彼女は小さく頷いた。
「……そうよ」
「そっか。でもさ、芳乃ちゃん。この話ってのはあんま大した話じゃないんだ」
そう言うと、まるで信じられないものを見るかのようにオレに視線を投げてくる。そんなに意外かね? とも思うが、そりゃ意外か。彼女から見れば、実際オレが死ぬ由縁は彼女たちにあったのだから。
──とは言えども。
「誰もが被害者で、誰もが加害者だった。オレは好きな女の子と同じ生まれで、対になる存在だった。それだけさ」
事実はほんの、これだけのこと。
オレたちの世代が、もっと言えば今を生きる人々にすれば何の関係の無いこと。確かに知らなければならないだろうが、だからと言って何かをする必要など無い。
「気を病む必要は無い。美しい悲愛の裏側で、ありふれた悲劇を誰かが背負っただけのこと。あるいは、生まれるはずのなかった者が、そのお零れに預かった結果、対価を払っただけのこと。よくある話だ。──そう、そこで終わりなんだよ」
犬神に対してあぁは言ったが、実のところオレたちが勝手にお零れに預かって生まれただけで、宿痾も正当な対価であるとは認識している。だが納得が行くかと言えば、少し違う。けれど気にするほどでもない。心とは不思議なものだ。
理解している。わかっている。だが思うものがある。しかしさして牙を剥くに値することは無く流せてしまう。なんて面倒な話。
あぁ、まったく──厄介な感情だ。
「キミらがいなけりゃオレらはいない。だから気にするな。むしろキミらからすれば、オレたちは本来なら無かったはずの余計なものだろう。だから憎まれるのが当然で、オレらが憎むのは筋違いだ」
彼女らは何も知らなかった訳だし、今更出てきてオレたちが被害者面をしているのも事実だ。だからオレが彼女を憎んだりする、というのは根本的に間違っている。
強いて憎めるとすれば、それは犬神くらいだろうが、彼を憎むのもまた筋違い。
──結局、誰も何も悪くなくて、間が悪かったというだけに過ぎない。この話は全て、そこに帰結する。もはやどうしようもない以上、このどうしようもない現実を受け入れて次をどうするかを考えるのだ。
過去ばかり見ていてもダメなんだから。
「恨むとか憎むとか、そういう問題じゃないもん……」
珍しく子供っぽい口調。そしてちょっと拗ねた顔。彼女のこんな様子なんて、ここ数年見たことも聞いたこともなかった。
将臣と茉子には悪いが、かなり可愛かった。
いや場違いな感想だが。
では、オレも素直に言おう。
「じゃあ、言葉を変えよう。生まれてくれて、ありがとう。おかけでオレたちはこうして出会えた」
──嘘偽り無い本音。
魔人だろうと人間だろうと、オレがオレである限り、これは永遠に変わることない感謝だ。
オレたちはぐちゃぐちゃに絡み合った雁字搦めの鎖なんかじゃない。未来を織り成す一本の糸で、それらが交差して彩ったタペストリーだ。
ただどうも、彼女的には何か腑に落ちないのか、何とも言えない雰囲気だ。芳乃ちゃんの落とし所と、オレの落とし所は当然違う。だからどうしたらいいのかなんてわからない。
「納得いかないかい?」
なら素直に聞けばいい。それだけの話だ。
「まだ、少しだけ」
「ならオレの気持ちを。──悩まないで、芳乃ちゃん。キミとオレは友達だ。それに、直接何かをされたわけでもないのに、友達を嫌いになるなんて難しいよ」
理由も無く友人を憎めるか? 嫌えるか? 例え受け入れ難い要素があったとしても、それだけで蛇蝎の如く嫌えるか?
──無理だ。何事も積み重ねなのだから。
良し悪し双方積み重なって初めて憎んだり嫌ったり、愛したり好きになったりできる。
ならば、悪しが積み重なっていないどころかそもそも無い状況で、何故友達を憎めるのか。
オレにそんなことはできない。
オレにとっても、芳乃ちゃんは大切な人だから。
「それも、そうよね……私、なんでこんなことに気づかなかったんだろ」
「見落としがちになるもんさ。特に、色々と複雑な場合は。オレなんて特にそうだろ」
「笑えない冗談はやめてよっ」
「あはは、ごめん」
憑き物が落ちた、と言うわけではないが、何か一つ納得がいった様な彼女を見てホッとする。ついでに見落としがちな件でジョークを飛ばしてみたが、割と本気の声で避難されたので謝っておく。
……茉子への好意についてのつもりだったんだけどなぁ……
「さて、これくらいにしないと将臣に妬かれちまいそうだからやめておこう」
まぁ、人様の彼女と人様の彼氏が二人だけで話し合うというのは側から見たらまるで逢瀬みたいだし……と考えるオレの頭がスケベなだけか。少なくとも芳乃ちゃんはまったくそうは思ってなさそうだし、「別にこれくらいで妬く人じゃないけど……」って言ってるし。
ただ彼女としてはこれが気がかりだったのだろう。やけに心配そうに言った。
「ねぇ、茉子には?」
「伝える。お互いに答えは変わらないだろうけど」
アイツに伝えるのがオレなのか、それとも犬神なのかは話し合って決めるとしよう。
茉子の言う通り、オレと彼女が殺し殺されの相思相愛である事実に何の変わりもない。ただそこに、ちょっとだけ妙ちくりんな話が加わるだけだ。
最初こそが、オレたちにとって大きな壁だったのだから。
「そしてもちろん、将臣にもだ。ヤツとオレは最後、戦わなければならない。オレが魔人である以上は」
「必ず帰ってくるわよね?」
「連れ戻す将臣を信じなよ」
「……帰ってくる気、無いの?」
「あ、それ? まぁ後で。大事な話だし、みんながいるところでさ」
──帰って来る気はあるが……オレ一人では
生きろと言われたとき、オレはどう生きればいいのか。
それを決める、大事な事だから、みんなに知っていてもらいたい。オレがどうしてそうなって、何故そうするのかを。
「……って待って。なんで馨さんはそれ知ってるの?」
「ん? 昨日、直接コマちゃんと話したのさ」
「は? え?」
「魔人である以前に、オレは虚絶に選ばれた存在だ。だからそっちもできる」
へへーんすごいだろーと胸を張ってみると、帰ってきたのは微妙な視線。胸が痛くなった。
「芳乃ー……と、馨? どうしたお前。やけに早いな」
「ま、色々とね。な、茉子」
「いやワタシ知らないよ」
「馨、お主そういうところだぞ」
「何がよ」
今日もワイワイ……だが。
さて、そろそろ記憶も終盤だ。仕掛けて来るならここらだろう。
受けて立つぞ──同族よ。
そして、何事も無く昼休みを迎えた。
今日も変わらず夢を見たそうなので、放課後にはその報告を──と将臣とレナは言っていた。
……二人だけの時間。茉子の事だけを考えられる時間。
今日は茉子から声をかけてきた。
「ね」
「ん」
「……犬神様から、少しだけ聞いた。話したんだってね」
「あぁ、そっか」
仔細は後で、だが。
彼女は犬神と昨日話したということを、本人から聞いたようだ。
「オレから聞く? それとも彼から?」
「ちょっと考えさせて。別にどっちでも納得するし、主観を消して言ってくれるのはわかってる。でも少しだけ怖いの」
「怖い、か」
「うん。なんて言えばいいのかな、ワタシが自分の血の業を知った時も、受け入れるまで少しかかったから、それと同じような気がして……」
少しだけ視線を落とし、彼女は困ったような声でそう言った。
なら、オレはこう言うべきだろう。
「待つよ。オレは茉子を待つ。今まで散々待たせちゃったから、今度はオレの番だ」
「ありがと」
「気にしないで」
微笑む彼女は、相変わらず可愛らしい。あんまりにも愛おしくて、綺麗で、可愛くて、思わず手を首に伸ばしてしまった。
指先が彼女の首元に触れ、そのまま上げて中心で止まる。困ったような、嬉しいような、両者が複雑に混在する視線と笑顔が向けられて──ストンと身体を預けてきた。
「なんだよ」
「なんでも」
……お預けか。酷いな。
あぁいや、酷くない。それでいい。
早く彼女を愛さなければならないのだし、早く彼女を
ぐちゃぐちゃになる思考。
異なる愛が狂い哭いて止まらない。
あぁ、まったく──吐き気がする。
茉子の背に手を回しても、満たされる自分と餓える自分がいるのがよくわかってしまう。彼女はそれを知っているのか、知らないのか、満足げに目を細めている。
茉子の頭を撫でながら、どっちつかずの宙ぶらりんでは、こんなにも苦しいものかと心中では苦しく思う。
早くオレの生きるべき方向を定めたいものだ。もっとも、その為には引っ張ってもらわねばならないのだが。
「茉子」
「なぁに」
「……オレはオマエを愛してる」
「……うん」
「けど、その愛はどっちだと思う」
「どっちでも──ワタシは応えるよ」
「ありがとう」
そしてオレたちは、強く抱き締めあった。
──遂に、放課後を迎えた。
恋物語も最終盤ともなれば、話すことも少なくなってくるだろう。しかしさっさと行くに限る。オレの大事な話もあるのだ。
そうして全員で向かって、本殿に集まる。
今日に限って安晴さんは何やら用事があるようで、この報告は後でということだ。
彼も知る権利と義務があるのだが、まぁ仕方あるまい。それはそれ、これはこれだ。
「ご主人、レナ。頼むぞ」
「あぁ、それじゃあレナさん」
「はい、マサオミ」
と、二人が何処から話すかを少し考えた途端。
──……では神の愛、その終焉を明かし語ろうか──
……低く、恐ろしい声だけが、空間に響いた。
キョロキョロと辺りを見回しても、その声の主はいないし気配も何も感じない。声だけが響いているのだ。
──黄泉に繋がれた愛しい相手の子供をこの世へと送り出す為、冥界に降りて死神の怒りを買い、叢雲は死んだ。そして玉石となって弟たるに受け継がれ、彼は生まれた子……後の朝武の守り神となった。叢雲は安産の神としてこの神社で祀られ続けた──
その内容はおおよそ犬神より聞いた通り。
だがしかし、この声が何故それを知っているのか、そしてこの声の主は誰なのか。オレたちには分からず、一箇所にまとまって辺りを警戒するしかできない。
レナを守るような形になるのは、自然の流れだ。
茉子もクナイを抜いて構えているものの、やはり何も無い。
──その裏側で、否神は誕生した。叢雲の介入一つで連鎖的に子が現世へ出てくるほどには黄泉は繊細だからな。そうだ、馨が自死を選ぶほどの宿痾はお前たちが生み出した。そして馨が魔人となったのも、お前たちの所為だ──
「何を……!? オマエ、ふざけるな……! 彼女たちは何も関係無いだろう!」
叫んだところで何が帰って来るわけでもなし。
淡々とその声は続ける。
──何処ぞの大馬鹿者が犬畜生の首を斬り落として亡骸を砕いてから、巫女姫は異様に短い生死の輪廻を積み重ねた。結果、稲上の血に潜んでいた黄泉の杭と鎖が目覚め、矛盾螺旋の宿痾が宿った。喜べよ──
嘘だと言うには、それはあまりにも真実味を帯びていた。杭と鎖を宿すオレたちの存在が、死を求めるのであれば、言わば野生に戻ったようなものであり……だが他のみんなにとってみれば、単なる戯言に映ったようだ。
そしてこの声が何者なのか、薄々と察し始める。
──……そして、穂織は滅びる。滅ぶべくしてな──
穂織を滅ぼす者。
滅ぶべくして滅ぶというのはたった一人しかいない。
──万の咲き誇る千年恋花は、今宵すべからく死に絶える……この地に根を下ろした
「……奏……!」
我が先祖、我が同族、我が先達。
──魔人、伊奈神奏。
京香の姉であり、彼女の全てを奪った怪物。
そして、オレと対極に位置する魔人。
「カナエ……って、キョーカのお姉さんでありますか!?」
「そうだよ、だから動くな! 将臣、叢雨丸を……っ!?」
レナの驚愕に答えつつ、指示を出そうとした途端、身体が倒れ込んだ。
「馨!? おい馨!! どうした!」
「な……」
焦ったような将臣になんでもない、とも続けられない。
身体の奥が、魂の中から、疼いている。叫んでいる。狂い哭いている。衝動の中の衝動。
もはや意識を保っていられない。崩れ行く自分を自覚しながら、オレは奏が何処にいたのかをやっと理解した。
奴は────すぐ、近くに……
■
「カオル!?」
「馨さん!?」
奏の声が響く中、突然に馨が倒れた。
何が起きたのかもわからない。突然に宿敵、怨敵とされる者の声が響いて、過去を暴き立てて、そして馨が倒れる。どういう因果でそうなったのかは、誰にもわからない。
──いち早く冷静さを取り戻したのは茉子だった。倒れた馨の脈と様子を確認し、それが単なる気絶であると察する。
「皆さん落ち着いて、馨くんはただ気絶しただけです」
「ならばご主人! 叢雨丸を!」
「あぁ!」
──おいおい、勝てもしない癖に挑むつもりか。この私に。舐められたものだな、まったく……──
その言葉が響いた途端、将臣の足が止まった。そして脳裏には、魔人同士の殺し合いが再生される。
ただの人間である自分が、あれに勝てるのか? 殺せるのか? ──無理だ。彼我の戦力差というものではない。将臣自身にも分かっている。
自分などものの数秒も持たずに死ぬ。自分の上位互換と呼べるような相手と真っ向からやり合って勝てるか? 結果は火を見るより明らかだ。
──死──
彼ら魔人の生まれ故郷に連れ去られる。
いくら相性が良かったとしても、根本的に研鑽に素質、経験……ありとあらゆるものが不足している。届かない。それは生まれた時代の違い、環境の違い、そして刃を振るい他者の生命を喰らうことへの思い込みの違い。
絶対的な事実として、有地将臣では魔人たちを可能性は僅かでも倒せはするだろうが、決して殺せない。
「……くっ、くそ……」
──賢明な判断だ。私とて無益な殺生は好まん──
苦虫を噛み潰したような表情で吐き捨てれば、楽しげにその選択を褒められる。
吐き気がする。
「ご主人、何故止まる!」
「……ムラサメちゃん、魔人ってのはなんでもありなんだよ……」
知らないのだからムラサメの態度は当たり前だが、将臣の心中にあるのはある種の諦めだった。
自分では何の役にも立たない。恐らく馨か京香でなければ、この怪物を討ち破れない。自分が対処できるとしたら、あくまでも馨か祟り神だけ。
「何故、ですか。何故あなたはこうしてっ」
奏と浅からぬ因縁のある芳乃には、この状況が普通に考えればさほど面白くないことに気が付いた。
真実を明かすのであれば、諸々を告げた後の方が良かったはずだ。彼女は「助けた者が実は被害者だった」という状況を組み上げて腹を満たすような性格なのに、何故この場ではこんな……言ってしまえば短絡的な行動に出たのか。
だが。
──いやいや大した話ではない。気付いただけだ、もっと面白いことにな──
そう、楽しげに告げて。
「見知った顔が殺し合うのを直に見れば、満たされそうなものなのでな」
馬鹿なと振り向けば、楽しげに、愉しげに笑うレナがいる。腹を抱えて笑って、嗤って。
いいや──レナの肉体に憑依している、奏が……!!
「どうした? ククッ、この肉体を使っていることが不思議か」
今度は芳乃を庇う形に将臣と茉子が立ち塞がり、奏を睨みつける。
そんな様子を楽しげに、満たされるようにジロリと眺めて、まずパチパチと拍手をした。そうして大仰な身振り手振りで、彼らに話しかける。
「こうして直接顔を合わせられて嬉しいよ。くだらんお家騒動の生贄に、巻き込まれただけの可哀想な男、そして罪人の末裔に誰かに助けてもらわねば生きていけない脆弱な一族が、一堂に会するとはな」
「貴様……っ!」
「馨はお前たちに生まれてきてくれてありがとう、と思っているようだが、実は私も同じでね。感謝するよ本当に。おかげでこうして、まだまだ私は生きていられる」
皮肉たっぷりの感謝。この場にいる誰もが、攻撃という選択を選ばなかったのは奇跡に等しい。倒れた馨の存在と、人質に等しいレナの存在があったからだろうか。
それとも、迂闊な行動は死に繋がると知っていたからか。
「リヒテナウアーはとても良い隠れ蓑になってくれたよ。いつぞや、転生に用があると言われた時は流石に焦ったがな」
やれやれと肩を竦めながら、しかしそれさえも楽しげに語り、そして遂に奏はジロリと視線を倒れた馨へと向けた。
「……まさか、私が出てくるだけで共鳴して倒れるとはな。杭と鎖の片割れが、勝手に外に飛び出せばそうもなろうか。そういうのは困る。殺すならば殺し合いの末に殺すものを」
「馨くんに、何をしたんですか──!!」
刹那、茉子が跳んだ。
周りがダメだとも言えない程の速度で背後を取る。
取り憑いているのならば無力化すればいい。祓えばすぐに終わる。事実そうである。そしてこの場にいる誰よりも戦力として優れていた。
何でもあり? ならばそれより早く動けばいい。何もできなければ木偶の坊と何も変わらないのだから。
何処かの誰かに毒されたのか、そうした選択を取れるようになっていた。
「ほぉ、来るか」
関心したような一言。
迎撃の体勢すら取っていない余裕の表情。
「だが所詮──」
背後に回った茉子に、脚を引っ掛けて体勢を崩させる。神速で放たれる揺らぎを生み出すための小技。
あっ、と声を漏らす間も無く、彼女がちょうど床と平行になった時、奏はその頭を掴んで床へと叩き付けた。
「「茉子!?」」
「常陸さん!?」
「幼児の手遊びに過ぎんよ。だからこのような小技一つで意識を落とされる。あぁ安心しろ、まだ馨に縛られているのでな。傷も付かんし後遺症も残らぬ程度の威力だ。まぁ、気絶はしているが」
瞬く間に茉子を無力化した奏は、少し身体を動かして「ふむ」と呟き、満足そうに手を握ったり開いたりしている。
現状の最強戦力二名が、何も出来ずに無力化された──残った将臣と芳乃とムラサメは、余計に動けなくなっていた。
「……さて」
そしてその視線が遂に三人へと向いた。
ムラサメが目眩しが出来るようにと手に神力を集中させる。将臣はすぐに抱えてでも逃げられるように芳乃の腕を握る。
そんな様子を察したのか、奏は絶対的な差を見せつけるように──
「無駄な事はよせ。私の方が疾い。お前たちなど瞬き一つする間も無く無力化できる。だがそれでは面白くない」
尋常ならざる速度を以って、彼らの背後を取りそう告げた。
「……っ!」
「なんだ綾。そんなに睨みつけて。お前は我々と似たようなものだろう? 何故そこまでこの地と朝武一族に肩入れをする」
さらりとムラサメの本名を呼ぶ奏だが、ムラサメの逆鱗を踏む形となり、彼女は怒りを込めて叫んだ。
「お主がその名で、吾輩を呼ぶな!」
「だからムラサメで呼べと? おい、お前は自分の名前をなんだと思っている。親から頂戴した大切な名前だろう。死人だからその名を名乗るに相応しくない? 愚かな。お前はお前だ。どれほど名を変えようとも、それが偽りの名に過ぎず、
「親殺しがそれを言うのかよ!」
「それの何が悪い。すべて私の餌にすぎんよ」
ムラサメの心の傷に塩を塗って、楽しげに嗤っているのが気に食わない。だから声を上げたというのに、完全に人から外れた倫理観で応戦してくる。
──魔人。完全なる魔人とは、ここまでのものか。だから馨は死を選んだのか、ここまで狂ってしまう前に……
「……しかし、獲物を前に舌舐めずりしか出来んのはつまらんなァ……」
いつの間に擦り取ったやら、奏はクナイを自分の首に当てて叫んだ。
「出てこい京香! 早く来ないとこいつが死ぬぞ!」
すると突如として本殿の床、三人を守るような形で一本の日本刀が飛来して突き刺さる。
そして黒い粒子が人の形を形作り──芦花が、否、京香が現れた。
全身から凄まじい殺意と憎悪を滾らせて。
「──姉上!」
「京香……!」
異なる肉体で、同じように複雑で読み解けない感情が混ざり合った声が響く。
三人を一瞥すると、京香は低い声で呟く。
「あの二人を頼む。後は私が」
倒れた茉子と馨に駆け寄り、抱える形で出口付近まで向かう三人を見送ると、楽しげに顔を歪めた奏から姉妹の再会は始まった。
「久しぶりだな、我が妹よ。全てはお前の蒔いた種。あの場で一族郎党を皆殺しにしないからこうなったのだぞ」
「論戦をする気なんて無い。姉上、今度こそ消えてもらう。黄泉比良坂に帰るがいい」
「はっ、最高だな。だが生まれ故郷に帰るのはお前の方だ」
共に黒──即ち呪力を刀の形に変えて握り、全く同じ刀を横に流した無形の構えを取る。
千年前の死闘をなぞるように。
「しかし、お前と刃を合わせるのは何度目だ?」
「さあな。子供の頃からだ。数えちゃいない」
「ふん、それもそうか。──ならば失望させるなよ。後ろをついて回った子犬とは違うということを、証明してもらわねばな」
その声をキッカケに、両者が刀を振りかぶり──漆黒の
肉親同士の殺し合いが原因となって地を蝕む呪いが生まれた土地で、彼らの裏側に相当する存在たちが再び殺し合う。その因果な事実に歪める顔は、果たして。
鍔迫り合う刃を滑らせて、入れ替わるように動き、そして弾き合う。
準備運動は終わった。後は……
「これが最後だ、姉上」
「いいや、終わらんさ。私とお前、どちらが勝とうが辿り着く結末は同じだ」
駆ける。
この戦いを制して──
「だが姉は私だ……妹には負けん!」
「ほざけ、そうそう好きにさせるかよ!」
"生きる"為に。
切り結び合う両者。遂に千年越しの、敗者復活戦が幕開けた……