千恋*万花~福音輪廻~   作:図書室でオナろう

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おまたせしました。
今度は純粋に時間かかってしまいました。ごめんなさい。


伊奈神奏

 ──かつて討ち倒した者と、かつて討ち倒された者。

 どれ程の年月を重ねようとも、その構図は変わらない。

 肉親同士の争いは、その結末すら過去をなぞった。

 

 幾千、幾万……数えるのすら億劫になるほどの剣戟。彼女らの勝敗は、三人が去った後、ほんのしばらくの間で決まろうとしていた。

 時間にしておよそ数十分にも満たない僅かな時間だ。たったそれだけの時間で、片方が膝を折った。

 

「……はっ、はははは……くっ、は──……」

 

 制服に染み付く流血。床に広がる血の斑点。

 神聖であるはずの本殿は、いとも容易く凄惨な戦いの場に変わり果てていた。

 柔肌は斬り付けられ、膝を折り、脂汗を流して、レナに潜む奏は苦笑いを続ける。

 対する芦花に潜む京香は、傷一つ無く涼しい顔でその呪刀を突き付ける。

 

「は──……は──……やれやれ……お前、いくら私だからと言って、リヒテナウアーの……肉体、だぞ……? 諸共に殺す気、か……? くっ、ククク……は──……っ」

 

 レナの肉体が奏の無茶苦茶な動きに対応できる筈がない。今まで潜むことを優先していたのだから、知識では把握していても実戦で動かす感覚は一切無い。ましてや未だ馨に縛られたまま。十全とは程遠く、更に言えばその状況で芦花の肉体の能力を完全に把握して加減無しで動ける京香に勝てるわけもなし。

 必然的に──彼女は今、命の危機に瀕していた。

 

「黙れ。あんたはここで死ぬ」

 

 響く声は冷たく、憎悪と殺意が渦巻いて止まらない。千年の怨恨、その刃は無限の螺旋を描いていたのだから当然だ。何度でも殺したい相手なのだから。

 ──詰みだ。様々な意味において、二人は詰んでいた。

 

「……死ぬ? 私が? ……死んだ者を殺して、それを死と言うか。しかしお前……リヒテナウアーを殺すのか……? やめておけよ……馨の、友人だぞ……」

 

 それは死を恐れる心か、それともただの親切心か、あるいは縛られるが故の心にも無い言葉か。もっともどれであっても何も変わらない。それは当人も理解しているし、言葉で解決できる段階はとうに過ぎた。

 

「──()()()。死ね。姉上」

 

 悪鬼羅刹の貌を見せ、魔人としての性質が最悪な方向に向かわせている。究極的な死を与えるためにひたすらに暴走している。

 

「……馬庭芦花とて、人殺しはしたくあるまい……? それでいいのか……おい」

 

 とはいえ、奏のやることも京香のやることも、何も変わらない。互いに互いのやるべきことをやり続けるだけ。やらねばならないから、やるだけ。

 睨み合う二者は、互いを無視して叫び合う。

 

「知ったことか。私に殺されろよ姉様。私から全てを奪ったお前は死ね。静寂を乱した姉様は、死ぬべきなんだ」

「リヒテナウアー……! お前はここで死ぬのか……? お前とて、懐いた女に殺されるのはごめんだろう……!」

 

 ──叫び合う二者はそこで止まり、視線を交わす。

 

「──どうする……京香」

「どうする? 決まっている」

 

 振り上げられる刃。

 殺意に塗り潰される世界。

 

「何を望む」

「夫子の復讐だ」

「馨すら捨てて、か」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()姉様!」

「そう、か……ならば……」

 

 遂にとどめを。

 致命的な間違いは犯されようとして……

 

 ──お前は本当に愚かな妹だよ──

 

 

 

 

 

 

 ──我が端末、我が半身、我が担い手よ──

 ──目覚めよ。今こそ我らの使命を果たす時だ──

 

「……っ、はっ!?」

 

 身体を起こして辺りを見回す。

 ……芳乃ちゃんの家の居間だ。何故? オレは本殿で……

 

「そうだ、奏は!」

「奴ならば今、京香が抑えておる」

「ならなんとか……ん? どうして茉子がいないんだ、ムラサメ様」

「……奏に気絶させられた。まだ目を覚ましていない」

「そう、か……」

 

 ──わかる。わかっている。

 奴ならばあくまでも意識を落とすだけに留めるだろうと。だから茉子は平気だ。それでも……心配で、今すぐにアイツの様子を見に行きたい程ではあるけれど、今はそうしている場合じゃない。

 ただ、ムラサメ様はそんなオレの心中を見透かしたように。

 

「行けよ馨。惚れた女が倒れておるのに、無理に合理に努める必要もあるまい」

「いや、でも……奴が」

「ええい、行け! 吾輩はご主人と芳乃を呼んでくる!」

 

 ……行っちゃった。

 残ったのはオレ一人。だが──

 

 ──担い手よ──

 

 わかってるさ……

 

 ──ならば──

 

 ああ、行こう。虚絶。()()()()()()()()()()()()

 奏と京香は殺し合う運命だが、でも奏は今は殺せないけど、京香は殺せる。互い憑代となっている存在に人格がある以上、やりたくないことを強行すれば引き剥がれる。

 芦花さんに人を殺せるわけがない。いや、そもそも穂織に住む人々の中で、そこに至れる奴なんて片手ですら十二分な程だ。

 その肉体を使ってレナ諸共殺そうとすれば、当然抵抗するだろうし、剥がれる。

 だから──

 

 この機を逃すわけにはいかない。

 

 ──然り──

 

 ……ごめん、茉子。ごめん、みんな。

 何も言わないで悪いけど、オレは行くよ。

 あの日掴んでしまった蜃気楼を、また掴むために。夢を見るのをやめて、現実を見るために。死んだままの身体から、生きている身体に戻るために。

 

 全てを振り切るように本殿へ向かって、まず見たのは倒れた血塗れのレナと同じように倒れた無傷の芦花さん。

 そして──

 

「やはり……愚かだよお前は。自分たちがどういう存在なのかを忘れたか」

 

 黒い和装を身に纏った、オレと同じ顔をした魔人──奏。

 白桜色の和装を身に纏った、オレと酷似した顔を持つ魔人──京香。

 

 そう──

 

「おかげでこうして、全てが上手く運んだ」

「あね、さま……ァ……ッ──!」

 

 黒き刀を胸に突き立てている。

 誰が誰に?

 ──()()()()()()

 

「──さて、回帰と行こうか」

 

 黒が氾濫し、両者を包んで繭となる。

 それは一秒か二秒か三秒か、はたまた一分かそれとも──鈍化して加速した時間の中で、遂に魔人が再臨を果たす。

 黒い繭が消えて、中から現れたのは──()()だった。

 

「……やはり、この身体でなくてはな」

 

 歓喜に打ち震えてなお足りないその声は、ある意味でオレに強烈な羨望を抱かせる。

 オレの選ばなかった、選べなかった未来。全てを飲み込んで、ありのままに生を叫んで謳歌するその姿は、悍ましい筈なのに、どうしてか美しい。

 それこそ、好き勝手に咲き誇り栄養を独り占めする植物のように。

 

「血沸き肉踊ってこその、人生だ……私は今、生きている──!」

 

 狂喜。

 素晴らしい程の狂喜。見ているこっちが感動する程のそれ。叫びだ。究極的な叫びだ。

 開花している。花が咲いている。狂い咲いている。

 ──完璧だ。まったく羨ましくて仕方ない。本当に、凄まじい。

 

「……ふっ、年甲斐も無くはしゃいでしまったか。いかんな、これでも淑女だというに」

 

 ギョロリとその視線がオレを射抜く。

 何処が淑女なのか言ってみやがれ。

 

「……おい、言葉くらいは交わしたのか?」

「アンタを逃すわけにはいかないからな」

「風情が無いぞ馨。最愛の女を放って私とは。浮気か?」

「好きも嫌いもない女に浮気もクソもねぇよ」

「やれやれ……だがまぁ、因果なものだな」

 

 虚絶を抜こうと鯉口を切るが、まぁ待てと奴は言い、血塗れで倒れるレナに手を伸ばした。

 

「やらねばならんのでな。すぐに終わる」

「……どうやって治す? オレら寄りじゃないんだぞ」

「こいつは神力を宿している。しかもそれなりにな。大方、神の遺骸と共にあったからだろうが……まぁ、それを刺激してやるのさ。あとは勝手に治るだろうし、足りなければ()()()()()()()()()

「そうかい……ん? 待った。他ってどこだよ」

「他は他だ。あるのさ、神力を宿す場所が今なおな」

 

 妙な含み、そしてなんとも言えない感覚を覚えながらも見守っていると、見る見る内にレナの傷は消えて行った。まるで時間が巻き戻るかのようだ。大抵裂傷というものは傷跡になるもんだが、一つも見当たらないという辺りどういうことやら。

 

 それと同時に、何か……近くに物凄く身近な気配を感じた。オレの心はそれを知っているが、肝心のオレが何なのかを知らない。たたまぁコイツの事だ、何か面倒な事を仕込んでいるんだろう。そしてきっと答えない。

 ──ならばオレの腹に戻すまでだ。

 

「……こんなところか。制服に関してはお前が持ってやれ。責任があるだろう? まぁ、持ってやれる状況にできればの話だがなァ」

「くだらねぇ戯言だ。さっさと構えろ」

「待て待て。これは私とお前の決闘だ。愚か者の前で行われていいものではない。然るべき場所、然るべき時間帯に行われるべきだ」

 

 そう言い放って、奏は視線を山の方角へと向けた。奴らしくない、なんというか真剣な表情。

 ……らしくない、というのは間違いだな。これもまたコイツなんだ。殺戮の限りを尽くすコイツでも、決闘とかそういうことをするのであれば、それに相応しい時と場をと考える。礼節を重んじる──と言うとやや異なるが、まぁ形から入るタイプってことだ。

 

「──着いて来い。我らの決闘の場に相応しい場所はただ一つだ」

「あー、どのくらい?」

「我らの能力であれば十分とかからん。が、五分は要するな」

「遠いんじゃねぇか」

「一つ聞いておこう。着替えは?」

「はぁ?」

「するならば早くしろ。いつまでもそのだらしなく着崩した制服のままなのか。と言うよりもその格好で決戦に臨むのならばあまり格好がつかんぞ」

 

 真顔で言われた。

 ……いやオマエな。それ言うのか。まぁそう言うのなら……

 

「虚絶。ジャケット」

 ──あいわかった──

 

 ささっと行ってきてもらい、お気に入りの紺色のジャケットに袖を通す。制服の上は……ちょっと割と危険な感じに胸が見えそうなレナにかけておく。これで安心。

 さて……

 

「案内しろ」

「行くぞ」

 

 本殿を出て行き、跳躍により木々の間を駆け抜ける奏をオレは、同じように跳んで追った。

 ──必ず戻ってくる。どんな姿になっても。どんなモノになってでも。

 だから茉子……オレはオマエを、もう待たせない。

 

 

「ここだ」

 

 五分とかからなかった。

 いや。それはオレの錯覚かもしれない。実際には五分以上だったかもしれない。

 

「……なんだここ」

 

 相応しい場所、なんて言うからてっきりすごいところかと思ったが。いざ目に入る景色は、実に寂れた場所だった。

 寂しさを覚えると同時に、奇妙な帰郷したような感覚。確かにそうだ。ここが相応しい。

 ただ──何もない。ごく普通の……木々も少ない山の一角。多少の赤い草はあれど、それも長いわけでもなし。大きめの岩が墓標のようにあるくらい。

 決戦のバトルフィールドというには、あまりにも寂しすぎる。

 

「生まれ故郷だよ、馨。叢雲が黄泉へ降る時に使った入り口だ。よく見ろ、彼岸花が狂い咲いているだろう?」

「……いや確かにそうだけど。──随分踏み荒らされてるんだな」

「大した話ではない。かつて、ここが祟り神との死闘の現場になっただけだ」

 

 かつてに比べれば細々と狂い咲いている程度の彼岸花。なんともはや。

 しかし感傷に浸っている暇は無い。虚絶を抜き、右に流す無形の構えを取る。

 

「……やる気か」

「相応しい時と場所だ。やるしかねえよ」

「確かにな」

 

 奴もまた黒い柄も鍔も無い異形の刀──真なる転生をその手に握り、右に流した無形の構え。オレのと比較しても、やはりその姿に僅かな隙も存在しない。

 

 ひゅう、と一陣の風が吹く。

 時刻は夕刻、逢魔時。そして場所は黄泉降りの入り口。魔人の殺人現場にはこの上なく相応しい。

 ──奏は決闘なんて言っていたが、これの何処が決闘だ。生存競争じゃないか。それに、決闘なんてものができるほどオレたちは秩序的な存在じゃない。そんなこともわからないなんて耄碌したな。

 殺し合いにルールなど無い。ただ敵を殺すだけ。手段を選ばず、無秩序に、理由無く命を刈り取る。

 

 決闘? 冗談じゃねぇ……オマエにとっては決闘かもしらんが、オレにとっては違う。

 オマエ風情がオレの決闘相手を務められると思うな。

 

 コッチの気なんて知らずに、向こうは気合十分みてぇな顔してやがる。あぁクソ、そういうところが羨ましい。

 魔性と向き合った時に飲み込んで、その通りに生きていられる。自分の感性も性格も全て無視して魔性を飼い慣らして魔人となれる、一種の才能。

 対してオレはどうだ。魔性と向き合った時に死を選んで死ねなかった。飼い慣らすより先に自分の感性や性格が先に来て話にならない。

 本当に羨ましくて仕方ない。ふざけているよ、まったく。

 

「おい、名乗れよ。戦の作法も知らんのか」

「……」

 

 真面目な声と顔。なんていうか、やり辛い。

 というか気が散る。が、形から入っていい気分になって、勝手に油断なりなんなりしてくれるならやってやるさ……

 

「魔人、稲上馨」

「魔人、伊奈神奏」

 

 ただどうも、オレも男の子らしい。

 こういう場面に立つのが、いざ自分になると──

 

「「──参る……!」」

 

 どうしようもなく、心が躍るな……!!

 

 脚による推力が爆ぜて葬り去るべき敵手へと向かう。

 左手に短刀を握り、右手には虚絶を握る。──殺すために。

 

 

 

 

 ……殺人と戦闘の違いとは何か。

 それは、戦闘には目的が複数存在し、殺人は殺人という目的のみであるということ。

 

 要するに。

 

 殺人に優れていたとて戦闘に優れているわけではない。その逆もまた然り。更に言えば戦闘者の才覚は格下殺し、同格殺し、格上殺しの三種類に分けられる。そして磨いた技の練度、適性距離、得物、体調、気分、空気──それらが組み合わさってその戦闘者を作り上げる。

 

「──ッ、!」

「……っ」

 

 ギン、と鈍い音を立てて左の短刀が奴の袈裟を噛み止める。

 ──流石親父だ。魔性が開花しつつある身だからこそできる病的な仕事への打ち込み。こうして奏の斬撃を短刀で止めているが、生半な物では二撃と耐えられずに両断されたろう。

 

「その短刀……お前の父親、千景の作だな。なるほど、微かだが確かな執念。年月こそ少ないが立派に呪物だ」

「ほざけ……!」

 

 虚絶による逆袈裟。無論後方へのひとっ飛びで避けられてしまう。また再び、中間距離での睨み合い。

 

 ……話を戻そう。

 奏のスタイルは中間距離からの睨み合いを起点とし、隙を掴めば踏み込んで斬る。そうしたものだ。ただのそれだけ。

 はっきり言おう、奴もまた戦闘者としては二流だ。全距離において強力な攻撃を常に放てる京香、剣の才覚がずば抜けた将臣……いいや、オレの知る限りの戦闘者全員と比べた時、奏は底辺に属する程、戦闘者ではない。

 

 ならばコイツは何者か。

 その答えはシンプルに──()()()である。

 

 殺人などではない。真綿で首を締め付けるように、ジワジワと相手の長所を削り削り削り削り……最後に短所を剥き出しにした相手を喰い尽くして殺す。

 逃げ回る弱者、心折られた強者──総じて弱いとされる者を踏み躙る事に特化している。

 

「……」

 

 睨み合いの中でも隙を見せないようにジリジリと距離を詰める。

 コイツとの戦いは、如何にして向こうから手札を切らせて行くかにある。何せ向こうの方が技の練度だけでなく経験も上だ。

 対するオレは殺人者としては優れた才覚を持つものの、言うほど技の練度があるわけでもなし、経験だって対人戦は数える程しかない。

 よって切れる札は、オレでしかできない技になる。初見殺し──突破されればもう使い物にならない。だからこそ、最後の切り札にするものは慎重に選ばなくては。

 今しばらくは、奴の土台に乗って観察に徹する……

 

「──来ないのか? 殺す殺すと言いながら、怯えているのか? ククッ、存外つまらん男だったということか、馨」

 

 雑音など耳に入らない。

 研ぎ澄ませ、集中しろ。怯えを支配し予測しろ、骨を用いて虚を目指せ──切るべき札を"失敗するな"。

 

「来いよ。いつまで殻に閉じ籠っている」

「……」

 

 奴の手の内と札は分かっているが、どのタイミングでどのようにどの目的で札が切られるのかはわからない。ならば誘導するしかない。──どうやって? こちらから仕掛けるか、向こうから仕掛けさせるかの二択。

 

 基本的にオレの方が不利。

 ……この状況、将臣ならどうした? 茉子ならどうした? おじさんやおばさんなら? 親父なら? ──芳乃ちゃんなら?

 彼女だったら自分が最大火力であることを理解しているが故に待ちに徹して、噛み砕く。

 少なくとも意識を向けさせなければ攻められない。ならば……牽制。

 

「、は──!」

 

 跳ぶ。

 特に何をするわけでもなく、跳ぶ。そして左手を振り上げる。

 あぁそうだろう、短刀を振り上げて斬りかかる? しかも跳んで? 訳の分からない、破れかぶれとも取られて仕方ない行動。

 だから奏だって怪訝な雰囲気を出している。命を捨てるかのようだから。

 

 刹那、左手に握る短刀の重さが増し──振り下ろす。

 "それ"に気付いた奏は横に跳ぶが、その動作を狩るように左手の"それ"を肩に乗せつつ踏み込んでの横薙ぎと袈裟の斬撃……双方とも弾かれる。

 

「──十文字、片鎌槍とはな……!」

 

 珍しく奴が驚いているが、コッチの奇襲をあっさりと受け流しながら言わないで欲しい。

 なんてことはない、オレがやったのは奴らが刀を形成するように、短刀を核に黒い槍を形成しただけだ。

 ……十文字槍。ただし片鎌槍の形状ではあるが。過去に喰らった魂の中に、槍の名手がいたらしい。ソイツの持っていた槍を形成したが、オレの身の丈以上もあるし重い。

 片手で振り回そうにも、そうそう上手く行かんが……札は一つ切った。後は攻めるのみ。

 

「ふん──っ」

 

 シンプルに前進、槍を霧散させながらの斬り込み。なんでもない、分かり切ったその一撃は当然受け止められる。素早く左手を動かし、逆手の短刀で刺突──僅かに身を逸らして回避される。続け様に力の緩んだ鍔迫り合いから虚絶を抜いて逆袈裟──後ろに回避される。更に縦振り──届いたが防がれる。弾かれてはいない。

 

 ……やはり奴の方が三拍速く、オレの方が四拍遅い。性能は互角。ならば鍛えた技とその使い方の差。千年の蓄積は十年の蓄積に勝る。当然の帰結だ。

 だが弾かれていない、完全に対応できていないというのは都合が良い。打ち続ければいずれ対応されるのは自明の理。なればこそ、そうそう打つべきではない。いや、次にやっても完璧な対応をする可能性すらある。

 

 槍の使い勝手は微妙。火力と長さを求める時だけ使う方針で攻める。というかあんまり趣味じゃない。世の中じゃかつてポールウェポンが猛威を振るったそうだが、よくまぁ猛威を振う程使えるなと感心する。

 ……趣味の差かな。さっさと後ろ回って殺しちまえばいいのに。いや戦なんだし正面も当然か。

 

「──想定以上、か。お前の愛がそれ程とは」

「違うな、愛してもいない相手を愛するものか」

「ではどうだと言う」

「下らんな。死ね」

 

 背後に駆け跳ぶ。

 

「筋はいい」

 

 振りかざした首斬りの短刀一閃、刀身を掴み取られる。

 

「だが京香の方が素早いぞ──!」

「だろうな……!」

 

 読めない、とでも。

 槍に変化させ、奏を蹴って離れると同時に大きく薙ぎ払う。

 ブォン、と大仰な音がすると同時に遠心力に任せて奴を振り払い吹き飛ばす。

 

「チッ、ィ……」

 

 舌打ち。そして着地。しかし隙らしい隙も無く、追撃はできない。技量と経験の差が如実に現れている。

 が、流石の奏とて飛ばされた状況から反撃はしない。踏み込めば槍に出会うというのは、コイツとて警戒に値することなのだろう。

 ──しかしそんなものは刹那の感想。

 

 素早く左へ踏み込み、次いで右に切り返しながらコッチに来る。

 緩急を付けた動き……次なる一手を待ち構えず、コチラも敢えて迎撃に出る。呪力で短刀を形成、指に挟んで奏目掛けて投げ付ける──と同時に踏み込み、追って虚絶で斬り込む。

 

 しかし向こうはそんなことは無意味だと言わんばかりに飛んだ。跳ぶのではなく、飛んだ。上空を取られた。

 斬り込んだ後隙を晒すオレを串刺しにせんと、奏は逆手に刀を持ち替えて落下する。

 前? 遅い。踏み込まれて首を斬られる。後ろ? 遅すぎる。頭をブチ抜かれる。横? 前と変わらん。と、なれば不条理を以てして対応する以外に道は無い。

 

「……来い……」

 

 この身に宿る怨念を一つ、掬い上げて形成する。織り成されるは苦しみ嘆けと怨嗟吐き出す漆黒の顎門。浮かび上がる絶望宿す赤光の瞳。"奴"がもういいとしても、それでも五百年に渡り刻まれた怨嗟の宿り木は死を求める。

 ──そして繋がっているのは何もオレだけではない。この虚絶、転生にも繋がっている。人智を超え、不条理の域に達した速度で対応するべく、渦巻く怨嗟が顎門に宿り己の命を喰らった魔人に復讐せんと咆哮する。

 

 顎門が刃を喰い止める。

 と同時に奴はその身を大きく動かすことで順手へ戻し、そのままの勢いで転生を振り切る。顎門の隙間を刀身が滑り、当然ながらオレは飛ばされる。

 空中で体勢を立て直しつつ、背から黒の腕を生やして地面に爪を立てることで勢いを殺しつつ、追撃に迫る奏を見る。

 

 ──袈裟斬り。

 素早く虚絶を逆手に間違えて軌跡に嚙みあわせるように振るい、強引に防ぐ。……だが流石は常在戦場の時代の人間。目にも留まらぬ速さで刀を操り、鍔迫り合った状態からなんと虚絶を弾くと同時に、オレの肘から下を切り落とした。

 

 痛みを殺す。怨恨に指示する。

 迫るトドメの一撃を短刀でまずは弾き、腕を消しつつ奏を蹴ると同時に指の間に形成したクナイを投げ付ける。

 ──素早く下降してそれが避けられる。怪物め。物理法則を無視しやがって。

 

 そうして再びこちらの懐に飛び込もうする奏の背中を……

 

「な……っ……!?」

「まずは一手」

 

()()()()()()()()()()()()が虚絶を握って斬りつけた。恐らく角度的には浅いが、一撃を与えたというのが重要なのだ。

 唖然とする奴を無視して右腕を呼び戻す。今更帰ってこれなくなるとかそういうことを気にする必要は無い。既に魔人なのだから。

 

 怨恨と怨恨が結び付き、肘から上と再会した肘から下は、その肉体が覚えている記憶を頼りに一本の腕として再誕する。

 ……しかし、困ったなぁ。

 

「オマエの所為で、お気に入りのジャケットが一つダメになった。右肘から下の裾が無くなったじゃねえか」

「ククッ、先鋭的ファッションだろう?」

「オレの趣味じゃねえな」

 

 ケラケラと笑う奴を睨み付けながら、確実に殺すための思考を回し始める。

 蹂躙者を殺すならば、常に己を強く持たねばならない。

 

「槍に狼に腕にロケットパンチか。人間びっくり箱過ぎて私は心配だよ。馨」

「言ってろ。奏」

 

 虚絶を強く握り締め、短刀を構える。

 武器は出し尽くした。これ以上を求めると隙を晒すことになる、あとは……技を出すだけだ。

 どれだけの時を過ごそうが、どれだけの物を見ようが、知っていても初めて見るものには対応できまい。

 

「だが私にも火が付いたぞ。生きる為に、本気で行かせてもらおう!」

「舐め腐って一撃貰ってから本気出すような奴が、オレを殺せるものかよっ」

 

 ──交差する視線。

 第2局が始まる……!




Q:馨君急に強なってない?

A.殺る気スイッチオンしてるからです
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