千恋*万花~福音輪廻~   作:図書室でオナろう

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はい、年内完結無理です。
一年と何ヶ月かになりそうです、はい。うわあああん
で、でもとりあえずChapter6は終わらせられる……! よく頑張った俺!


魔人 稲上馨

 右袈裟に振りかぶって、駆け出す。

 

 ──だけどあいつの方が、動きが速い。

 

 でも見慣れた軌道と、振りかぶられた軌跡。

 だから初手で殺られなかったのは、必然でもあって偶然だろう。

 

「……腕を上げたな。一太刀で落とすつもりだったが」

「誰が俺に戦いを仕込んだんだよ……!」

「確かに、オレだなッ」

 

 鍔迫り合いを滑るように離脱し、勢いを乗せた回し蹴りが飛んでくる。回避も対応もできない時は、衝撃を受け流して距離を取る……馨と常陸さんから教わったことだけど、馨相手に実践することになるなんて。

 鈍い痛み──受け流す、というのは難しいがなんとかそれっぽくはなったらしい。ゴロゴロと転がりながらも距離を取って起き上がる。

 

 剣戟からの体術……こいつの得意技。今までに受けたものの中でも群を抜いて痛みを与えてくる。

 

 ──考えを改めろ、迷いを捨てろ有地将臣。馨は殺す気でいる。俺を殺す気でいる。加減とかそういうのを考える必要は無い。全力で討ち滅ぼせ、眼前の敵を……!

 でなければ約束を守るどころの騒ぎじゃない! でなければ馨を救えない!

 

「たァッ!」

 

 踏み込む。

 斬らねば斬られる。ならば斬るしかない。人を斬る、という抵抗を無理矢理にねじ伏せて、馨に斬りかかる。

 ギィ……ンと鈍い音が響けば火花が飛び散る──弾かれた! グッと堪え、大きく外側に弾かれた腕に力を込めながら、ふらつきを止める。

 姿勢を戻す勢いを使って、前に進みつつ切り返しの横薙ぎを二連──ゆらりと背後に下がってそれを避けると同時に避けた瞬間に踏み込んで袈裟を狙ってくる。

 

 ……起こりが、見えはするんだ。

 

 ──来るぞご主人!──

「っ、!」

 

 でも、疾い。疾すぎる。

 ムラサメちゃんに言われなかったらまたギリギリでしか対応できなかったろう。なまじ見える分、逆に困る。

 

 軌跡を予測し叢雨丸を横に構えて移動させ──不快な金属音を立てて。たったの、袈裟の一撃だけで後方へと押し込まれる。まるで泥で滑るように、俺の身体が後ろに流れた。

 理不尽にも思えるふざけた速度と威力。鉄の棒か何かをひたすらに力任せに、疾く重く振っただけの一撃で、刀で防いだ人間が後ろへと吹き飛ばされる。

 

 ……魔人。人にして人ならざる何者か。他を圧倒し自らの生存の為に他者を滅ぼし続ける、異端の生命。

 半ば衝動で動いていた祟り神より遥かに恐ろしい。人なのに人じゃなくて、そいつは俺の友達で──俺よりもずっと強い奴。

 

 ──呑まれるなご主人っ。強弱は勝負の話だ! 戦いに勝つのであれば、強弱よりもどのようにして敵手を討ち滅ぼすかであろう!──

 

 その言葉にハッとして、勝てる勝てない強い弱いの思考を無理矢理に打ち切る。

 そうだ、悩んでいては何もできない。悩むな。動け。目の前に敵が現れたなら、叩き斬るだけだ。それができなければ俺は死ぬ。

 ──馨に愛され(殺され)る。

 

 ……もう一度構え直す。目の前の"敵"を睨み付ける。

 

「は、──」

 

 跳んだ。跳んでくる。迎撃しろ。どうやって? 起こりを見るな。今日に至るまでに打ち合った全ての経験を総動員しろ。

 

 馨ならどうやってくる?

 馨ならどうやって打つ?

 馨ならどうやって対応してくる?

 馨ならどうやって次の手を用意する?

 敵は馨だ。

 馨とは何回も打ち合ったしなんならそれなりにやる気の馨とも一回だけ戦った。

 なら──

 

 決断は済ませた。

 それに賭ける。

 

 迎撃するべく、叢雨丸で──突きを繰り出す!

 

「血迷ったか……」

 

 すぐに踏み付けて止められる……そうだな。そうだよな。お前はそうするよな。わかってるよ。確実に踏んで飛ぶよな。

 ──わかっているからこそ、俺は力一杯に踏み付けられた叢雨丸を振り上げて足を振り払う。

 

「……何!?」

 

 驚愕の声……当たり前なのかもしれない。踏まれるのを前提に振り上げて隙を作るなんて。そういうのは馨のやることだから。俺なら堅実な手を選ぶと思ったんだろう。

 

 ──悪いけど、俺だって博打やるんだよ。

 

 振り上げた腕を、右袈裟の軌跡に振るう。

 避けさせやしない、必ず捕まえるための素早い斬撃。だがいなさせてはいけない、それなりの力を込めた一撃。

 後ろに下がるより早く、横に流れるより早く、踏み込まれるより早く──

 

 虚絶で防がれる、と同時に滑らせるように動かして鍔迫り合いを離脱させ、流した状態から斬り返す。

 まだ指が触れた程度だ。ここから胸倉を掴み上げて引き寄せる……!

 左袈裟──ダメだ重さが足りない。カキンと小気味良い音と共に完璧に流された。だが重さが足りない事が幸いして、向こうとこっちの反撃までの時間差は少ない。

 互いに構え直してもう一度踏み込む。逆袈裟の軌跡を描いて、向こうは横薙ぎの軌跡を描く。

 

「……っ」

「──ふん」

 

 重さは足りても、速さが足りない……!

 馨の方が早かったからと、無理矢理に防いだ結果、鼻で笑われるような無様な攻めに。流れを掴まれている。

 

 ──ご主人、虚絶の刀身にヒビが……──

 

 ……疲弊してこれか。

 お前は本当にすごい奴だよ。だけど、こっちにだって負けられない理由がある……!

 ──ムラサメちゃん、できる?

 

 ──……できるできないではない。やってみせよう。ご主人、そちらに任せた。吾輩は待とう──

 

 お願い。そしてごめん。いつも無茶なことばっかり言ってて。

 

 ──ふふっ、気にするな相棒。吾輩とそなたは一心同体じゃ。ならばこそこの戦い、必ず勝つのじゃ──

 

 ……あぁ!

 相棒に答えて、勢い良く攻勢に転じる。押されていた太刀筋を、押し付けるように力強く叢雨丸を振るう。切り返した一瞬と一瞬の隙間、馨が素早くその隙間を縫って虚絶を振るう。

 ガィン、ガィンと甲高い金属音を立てて刀身と刀身がぶつかり合う。火花散らして刃を叩き付けて、俺たちはひたすらに刃の応酬を繰り広げる。

 

 ──反撃や防御に移るだけなら、俺の方が早い。でも馨は反則級の性能差でそれを埋めている。だから全力を尽くしてひたすらに技量を研ぎ澄ませて行くしかない。

 振るう、弾かれる、踏み込む、振るう、弾く、更に踏み込む、振るう、弾かれる、振るう、弾かれる、振るう、振るう、振るう振るう振るう振るう振るう振るう!!

 

 疲弊も差も知らぬとばかりにひたすらに剣戟を続ける。捕まえたら離さない。離したらダメだ。掴み続けて引っ張り上げる。でないと──

 

 衝撃。

 剣戟の最中、俺を蹴って後方へと飛んだ。

 離される……! そう思った時には無我夢中で動いていた。左手を柄から離してズボンに付けていたホルスターの中身、"それ"に手を伸ばす。そして──投げる。

 

 ヒュッと風切り音を鳴らして飛んだ"それ"……手裏剣に目を丸くする馨。飛ばした手裏剣に追い付いて斬るように踏み込む。

 二段構え。どちらかに対応すればどちらかが辛い二者択一。

 

 ……が、奴は対応してみせた。

 短刀を素早く投擲し手裏剣を迎撃して、斬り込む叢雨丸を虚絶で無理矢理に防ぐ。鍔迫り合った状態から離脱し、横薙ぎを構える。対する馨は逆袈裟の構え──

 

 ならばと横に構えたまま更に踏み込む。

 もはや剣の間合いじゃない。短刀の間合いだ。袈裟にしろ逆袈裟にしろ、これじゃ当てたとしても柄で殴る形にならざるを得えない。

 それがわかるから馨は格闘に移行しようとするし──俺は肘を刺す。

 ガクンと馨の体勢が崩れる。踏み込む俺の方が距離が近い。

 

「はぁっ!」

 

 その体勢から逆袈裟を一閃……!

 途端、肉を裂く嫌な感触。自然と浅い、と感じてしまった自分に対して嫌悪感すら覚える。

 肉の塊を切ることはあれど、包丁がどんな入りをしてもさして浅いも深いも感じなかったのに……今ハッキリとわかった。

 

 ──自分の性格とは真反対な素質、適性。

 わかりたくないのにわかってしまう、そうではないのにそうである、矛盾しない矛盾。

 

 散々馨は「オマエの方が剣の才覚は上で、オレはゴミみたいなモンだ」って言ってたけど……どうもそういうことらしい。

 確かに俺は……剣の才覚もあれば、剣に適した素質があるようだ。まともに動物すら斬ったことなんてないのに、そんなことがわかるなんて。

 

「ちィ!」

「──っ!」

 

 僅かな隙。

 それを逃してくれる馨じゃない。被弾した瞬間には切り返し、胴が袈裟に斬り裂かれる。ただ咄嗟の反撃だったのか、流血こそしているものの動かして痛みを伴うわけではない。

 

 互いに大きく離れて、一息。

 そして同時に、踏み込んで同じ動作をした。

 突きを迎撃する突き。片手で放つそれは、突き刺して斬り捨てる為の第一歩。

 けれど両者が同じ動きをすれば──

 

 激痛が左肩から走る。見る必要なんて無い。虚絶の刃が俺の左肩の上部を斬り裂いたんだ、

 それと同時に、馨の左肩に叢雨丸の刀身が滑り混み、刃の部分で肩の上部を斬り裂いた。

 熱い血が出るのを感じる。それでもと堪えるが膝は崩れ落ちる。

 追撃をさせない為に無理矢理に左への横薙ぎ──当然ながら後方へ飛ばれて回避される。

 

 鮮血の滴る叢雨丸を見て、あぁなんて罰当たりな……なんて内心で苦笑する。

 神剣で友人の身を断とうとするとか、首を斬られても仕方ないくらいに酷い事だ。──けれど、そうしなきゃ馨の本当の願いは叶わない。

 ……それが、イナガミたちからの罰なのかもしれない。苦しんで殺し続けていたのを露知らず、生を謳歌していた罪への。

 

 でもそんなことはどうでもいい。

 

 罪とか罰とか知ったこっちゃない。過ぎ去って飲み込んで終わった程度の話が、今を生きる俺たちの邪魔をするんじゃない。

 俺は馨の手を引っ張って、常陸さんの所へと連れ戻す。ただそれだけだ。

 その次の瞬間、左肩が燃えるように熱くなった。

 何事かと目を動かせば、青白い輝きが湯気の様に昇っている──傷口が神力で無理矢理に治されている。

 

 ──ご主人! 叢雨丸が吾輩の制御を振り切って……! まだ平気じゃと言っておろう!──

 

 そっか。

 ……なら、わかった。制御に集中して。あっちは、今はいい。火力は俺一人でなんとかする。

 

 ──……信じておるぞ──

 

 任せろ。俺はお前の相棒だぞ。

 互いに向き合う。そして睨み合う。向こうも肩が治っていやがる。当たり前か。そういうのが出来て当然なんだから。

 

「……将臣、どうもそのじゃじゃ馬がオマエの顔を見て中々に暴れてるようだな」

「だったらどうする」

「オマエたちを愛す(殺す)のはこのオレだ。他の誰かに愛され(殺され)るのは我慢ならんさ。だから……もしもそうなるならば、対等に行こう」

「対等だと……!?」

「ムラサメ様が離れ、その神力の矛を収めるならオレもまた虚絶を離し、この呪力の矛を収めよう。──互いに純粋な剣戟勝負だ」

 

 ここでようやくわかった。

 本当に馨は……愛情表現が殺人なだけなんだ。殺したいから殺すんじゃなくて、愛することが結果的に他者を害することになってしまう──だから。

 

「断る」

 

 俺は俺にとって有利になる筈の提案を、真っ向から即答で切って捨てた。

 それでは殺し合いだ。だから戦いのまま──勝負のままでなくてはならない。

 そんな俺が不思議で仕方ないのか、馨はしばらく間抜け面を見せた後、ややあってから言葉を紡ぐ。

 

「……何故だ? 有利に動ける筈だろう?」

「かもな。でも俺はお前を殺したいんじゃない。連れ戻したいんだ。あと、そういう反応に困ること言うのはやめろ。俺が芳乃に殺される」

「あぁ、芳乃ちゃんは結構嫉妬深いもんなァ。ま、そんなこと言い出すとオレも茉子に合わせる顔が無いんだが……」

 

 ついそんな返答があんまりにも普通過ぎて、お互いに吹き出してしまう。

 

「目の前の敵より、遠くの愛か……ホント、恋愛ってのは頭をバカにさせてくれる。オレもオマエも、どうしようもない」

「そうだな。本当に俺も色々変わったよ」

 

 構え直す──

 わかったよ、馨。お前に殺す気が無いなら、存分に隙が生まれそうだ。遠慮無く突かせてもらうぜ。

 

「もう二度と、茉子を待たせたくないからなァ……行くぞ将臣ィッ!」

「──!?」

 

 来い、から、行くぞ。つまりそういうことだった。

 ──さっきとはまるで違う。気迫から何から何まで。

 そして、迫る。隙だらけの振りかぶり。だが疾い。無茶苦茶な性能にモノを言わせた突撃。一切防御を考慮しない、極めて雑だが凄まじい一撃……捨て身の剣!

 

 ──ご主人! 受けるな!──

 

 ムラサメちゃんの叱責と同時にその一撃の破壊力を知ることになる。

 

「堕ちろォッ!」

 

 避けられないと思って盾にした叢雨丸が、鈍い音を立てて地面に叩き落とされた。腕は痺れ、痛みすら感じ……魔技と呼ぶべきか力技というべきか。

 たった一撃。たった一撃で武器を一時的に失うことになった。

 ……ただの唐竹割りだっていうのに、なんて威力だ。

 だが素手での戦いなら──

 

 素早く掌底を繰り出す。

 馨は振り下ろしからの横薙ぎである以上、繰り出された掌底に対しては避けるか受けざるを得ない。

 それを馨は……肩で無防備に受けやがった。だが動じていない、怯んでもいない。押し殺したんだ、その性能で。

 即座に投げに移行するべく、掴み上げる。そのまま背負い投げるように身体を動かして──

 

「が、は……っ!?」

 

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 こっちの頭を潰す軌道を描く踵落としが迫る。転がって距離を取ることでそれを避け、ついでに落ちていた叢雨丸を拾って立ち上がる。

 土を踏み抜く音と共に、振り下ろされる足が、一瞬でも判断を誤ったら死んでいたことを如実に伝えてくる。

 

 ……あいつ、投げられかかった体勢から、ただ性能にモノを言わせて背で投げ返しやがったのか。

「馨くん? ……まぁ、無茶苦茶ですよ。はい。無茶苦茶です。なんかもう、酷いんです」って常陸さんが言うわけだなこりゃあ。なんつー無茶苦茶さだ。

 

 構え、駆ける──それよりも疾く迫ってくる。

 中途半端に構えたまま、繰り出される威力と速度を両立した、極めて雑な斬撃をなんとかして受け流す。

 そこから始まる弾けない程の威力、切り返せない程の速度を誇る剣戟と対峙する。合わせた刃の数を数えることすら難しい猛攻──それをひたすらに耐える。俺が防げるのは、まず間違いなく馨に、刀剣を扱う才覚の無いことが理由だろう。

 

 何度目かのぶつかり合い。敢えて鍔迫り合いを選ぶ。振り回されちゃ勝ち目が無いとして、借りて来たクナイで一撃与えるつもりだったが──

 ガキンと大きな音が鳴った途端、腕が動かなくなった。……いいや違う。虚絶で叢雨丸を絡め取ったんだ……! 一瞬の空白、同時に頬に痛み。今度は殴りか……!

 左手を離して負けじと殴り返す。回避不可能な距離だから別段避けられるとかは考えなくていい。当然向こうも殴り返してくるが、こっちも避けられないのだから殴られる箇所を予測して流せば──痛いけどまぁ、斬られるよりマシか。

 

 しばらく殴り合っているが、これでは決定打にならないと互いに判断して、互いに蹴って離す。

 ……仕掛けるなら、そろそろか。ムラサメちゃん!

 

 ──間隔は?──

 

 あいつは大体二拍で動くから……先を向くのは三かな。

 

 ──あいわかった──

 

 ……今度はこちらから。

 敢えて呼吸を整えること無く接敵する。一見して無謀。向こうの方が各種性能に優れているんだから、劣るこっちが、自己のコンディションを常に最善に保たないのは不思議だろう。

 だが、それが狙い目だ。

 全体重をかけての袈裟。フェイントも無しに放ったそれなんて、馨にあっさり横に流れて回避される。

 

 位置を確認──刀身は馨と平行。

 ……一拍!

 敵手を確認──踏み込む前。まだ観察。

 ……二拍!

 手元を確認──虚絶が左に構えられると同時に脚に力が込められる。

 ……三拍!

 

「──今!」

 

 刹那、俺たちの間にムラサメちゃんが現れる。

 

「ば、……っ──!?」

 

 目を閉じると同時に、そうしているにも関わらず光っていると分かるほどの強烈な閃光が発生する。そして返す刀で構え──

 

 ──今じゃご主人!──

 

 ムラサメちゃんが戻ってきたのと同時に踏み込む!

 ……やったことは単純極まりない。ムラサメちゃんの目くらましを打っただけだ。ただ馨は目くらましができるなんて知らない。だからこの手を使った。

 そして叢雨丸を振りかぶる。それでも馨はもうすぐ完全に復帰する。だからこの一撃で。

 

「でェィッ!」

 

 叫んだ。

 叢雨丸が横一文字を描いて風を斬ると同時に、ヒビの入った虚絶の刀身に当たって──甲高い音と共に、虚絶の刀身が砕け折れた……!

 

「、くっ!?」

 

 だが刀身をへし折って打刀の平均的長さを保っている。異形の刀剣は未だ健在──だったら!

 続け様に二撃目の横薙ぎを放とうとして……

 

「──!?」

 

 咄嗟の横蹴りで、こっちの刀身をへし折られた。

 なんてデタラメな……!?

 蹴り折るとかお前、本当に無茶苦茶だな! しかも蹴り方的に言えば無理ある体勢だってのに……!

 

 ──だけどっ

 

 循環していた神力が急に溢れ出し、暴走する神力の奔流を刃の形に無理矢理に形成し直させる。

 ……どうも、向こうも同じ考えだったらしい。

 虚絶を構えて、その刀身に青黒い瘴気の奔流を纏い滾らせている。この感覚は祟り神と対面した時に覚えるもの──つまりあいつは、己が得物の内に燻る呪いを咆哮させている。

 

 そして振るわれる。

 

 青黒の、瘴気の大刃が。

 左中段からの斬り上げ──斬撃を極限まで殺人に特化させた技。瘴気を纏わせ、叩き斬る。それだけだけど人間なんて一太刀で十は殺せる……!

 

 咄嗟に出力を上げて袈裟に振り下ろせたのは、ある意味で火事場の馬鹿力だったのかもしれない。

 雷鳴のような、あるいは轟音が月下に轟く。

 青白い神力の大刃と、青黒い瘴気の大刃が噛み合って弾け飛び──その衝撃でお互いに吹き飛ばされた。

 

「ご主人!? おいご主人! 起きんか!」

「……っ、ぅ……いっ、てぇ……」

 

 ムラサメちゃんに引き上げられながら身体を起こして──あれ? なんでムラサメちゃんがこっちに……?

 

「……得物の力が強すぎて制御役が飛ばされたのさ。オレにしろオマエにしろ、得物の方が張り切ってるからなァ……」

「……そうか」

 

 互いにふらふらと立ち上がり、なんとか呼吸を整える。

 天気が悪くなったのか雨まで降り始めた。開いてしまった傷に雨が染みて痛みを訴えるが、全て無視する。

 

「ムラサメちゃん、戻れる?」

「戻るには戻れる。じゃが、戻ってしまえば馨を殺す程の出力になりかねん」

「そっか……わかった。ここからは俺一人でやるよ」

「すまぬ、ご主人。肝心なところで役に立てないで。吾輩がもっと優れておれば……」

「ありがとうな。ここまで連れて来てくれて。裏返せば、この状況なら止められるってことだろ?」

 

 構え直そうとして、ガクンと視界が下がる。どうも短期間で濃密な死闘を繰り広げた影響か、身体の方はもうボロボロらしい。だけどまだ終われないと気力一つで無理矢理に立ち上がらせて、改めて折れた叢雨丸を正眼に構える。

 同じように立ち上がって構える馨もまた、疲労の蓄積か、あるいは相反する神力と何度もぶつかり合ったからか、見た目以上にボロボロみたいだ。

 ただ向こうは相棒と特に何かを語らうことなく、ジッと俺が戦闘態勢に入るのを待っていた。

 

「──正直な事を言えばな、将臣。さっきの撃ち合いにこれまでの被弾で、杭と鎖の結合がまた弱まり出してる。あぁまったく……言わば瀕死だ」

「え……?」

「クククッ、奏の中にさ、いたんだよ。まぁ、今はオレの中にいるって事だが。そんなわけで実のところ、オマエと打ち合う度に虚絶を通してオレの魔人足らしめている理由が削られていってな。大した話じゃない。オレはこの衝動に抗えるくらいには落ちたよ」

 

 戻りかけていることをつまらなさそうに語り、そして──

 

「だが、オレはオレの意志でオマエを討ち破ろう」

 

 表情を一変させた。

 それは、覚悟の表情。過去の記憶の中で見た、色んな人たちが見せていた死を覚悟しながら、生を掴み取るその表情だ。

 

「抗えない? 仕方ない? もうそんなくだらん理由など存在しない。衝動だからとかそういう戯言を宣う時間は終わった。魔人の生は、これが最初で最後だ。

 

 ──オレは魔人として、人間のオマエに勝ちたい。

 

 だからオレは、この戦いに魔人であるオレを賭けよう。オマエもそうだろ? 自分が倒れるより先に、外敵を打ち倒す。

 ……オレたちの敵はオレたち自身だ。自身を賭けた決戦だ」

 

「確かに人としての生を求めている。魔人としての生はオレは欲しくない。でもな、魔人である以上は、魔人としての生を謳歌させてもらう。オレの意志で」

 

「オレが茉子よりも、自分を優先させるのはこの刹那だけ。愛も憎しみも、今だけは何も関係無い。あるのは意地だけだ。

 さぁ、オレのわがまま(本音)に付き合ってもらうぞ──将臣」

 

 遂に、馨が虚絶を逆手に持ち変える。

 ……本気だ。

 そして衝動に抗えない自分じゃなくて、自分自身の決めたこととして、俺を倒して常陸さんを愛す(殺す)つもりだ。魔人として、刹那にも満たない魔人の生を走り切るつもりだ。

 

 走る気力もほとんど無い。

 聞こえるのは雨音だけ。見えるのは敵手だけ。下がるはずの体温も訴えるはずの痛みも何もかもが過ぎ去っている。

 馨がジリジリと近寄ってくる。だから俺に出来るのは、構えを維持して全力で迎撃することだけ。

 

 そして……一気に踏み込んでの首狙いの一閃。起こりをしっかりと見極め、研ぎ澄まされた一撃をなんとか横に凪ぐ軌道で受け流した。

 続け様に順手に切り替えての横薙ぎ──疲労が先に来て防ぐには防げたが、後方へ押し込まれる。

 追撃の袈裟。この一撃で倒すと決めて、馨よりも疾く、鋭く、袈裟を打つ。

 

「「ぬぅぅ……っ!」」

 

 鍔迫り合いは一瞬だけ──限界が来てお互いの得物が弾かれて飛ぶ。

 

 瞬間、馨は足元に落ちていた短刀を蹴って上へと飛ばし──掴んで突き出す。

 俺が姿勢を低くして懐に飛び込んだのとほぼ同じ。一旦下がると思って放った突きだったのか、左頬をその刃が斬り裂いた。

 修復するだけの神力を失って開き出した傷の痛みと疲労を無視して、右袖に仕込んでいたモノを取り出して手に握る。

 

 ……それは常陸さんから手裏剣と一緒に借りてきたクナイだ。

 

 それを馨の腹に突き立て──決着は一瞬だった。

 

 多分、馨は勝ちを急いだんだろう。だから俺より早く動き過ぎて、悪手を取った。

 とても分厚い紙一重の差。頬の傷の痛みでわかる。この一撃は、届いていれば俺の息の根を止めていたということに。

 何で敗れたのか──その答えを探す為に視線を落とした馨が、ふっと笑って。

 

「……ま……こ……」

 

 そう呟いて。

 クナイを引き抜くと同時に、仰向けに倒れた。

 

「……ムラサメ、ちゃん……後は……」

 

 お願い、とも言えずに。

 俺もまた、身体が崩れ落ちると同じくして意識を失った。




楽園(じごく)という名の地獄(らくえん)を追放されて、人ならざる者は遂に人となった。

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