千恋*万花~福音輪廻~   作:図書室でオナろう

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祝(?)、60話です。年内完結はできなくても足掻くぞぉ……
日時パートはスイスイ進むことに、自分の戦闘描写慣れしてなさと経験の浅さを感じる。


Chapter7 福音輪廻
目覚


 あれから一週間も経たないうちに彼らは目を覚まし──

 

 

 ……馨が閉じ籠った。

 

 

 ──またかと。

 ──もう何度目だと。

 ──本当にこいつはと。

 ──いい加減にしろよと。

 ……まぁ、どうせ自分は許してしまうのだろうが。

 馨が引き篭もった話を聞いてみづはは、あの何とも言えない少年が、それこそ勝手に物を買ってしまった幼子のように「ごめん……オレ……」と俯きながら呟く姿を幻視した。

 ……可愛くない。

 

「……あー、全くあいつは……」

「でもみづはさん、あんまり馨くんを責めないであげて下さい。きっとワケが──」

「流石にわかってるよ。でも閉じ篭るってさ……」

 

 茉子の擁護を理解できるが、それにしたってお前家に閉じ籠るとかなんだよ本当……と思わざるを得ない。大方あのバカの事だから、茉子達が見舞いに来たタイミングで狸寝入りでもかましていたのだろうと当たりを付け──ため息を一つ。

 

 馨と将臣の意識が回復したのはほぼ僅差というか一日違い。二人が連れ込まれた時、もう既に傷の大半は塞がっていたが、意識そのものは回復してないのでとりあえず寝かせておいたのだ。

 そして馨は将臣より二日早く目覚めて夜中に帰宅。将臣が目を覚まして、リハビリ──というほどでもないが──を始めたくらいに連絡を一報入れたが、それからというもの、一切顔を出すことはなく。

 ましてや、茉子が訪ねても顔を出さなかったというのだから、その重症っぷりは推して知るべしというところだろう。

 

「カオル……大丈夫でしょうか」

「どうだろう……流石にアタシ達じゃ理解できないことだろうから」

 

 茉子にも応えず、記憶がかなり朧げなので話してくれと願うレナや芦花にも応えない。芳乃が電話をかけても「ごめん」とだけ。

 将臣に問題無いと判明したのと同時期にそんなことを知ってしまったみづはの心労は察するに余りある。

 まぁそんなわけで将臣、芳乃、茉子、レナ、芦花、ムラサメは頭を抱えて、泣く泣くみづはを頼りに来たのだった。

 

「みづはさん、馨さんは……」

「あぁ、当たりは付いてます芳乃様。それにさしものあいつとて、私か中条先生からの電話には必ず出ますから」

 

 不安そうにする芳乃にいつものことだからとさっと流し、しれっと馨という人間の持つなんとも言えない点を暴露しつつ、電話をかける。

 

「もしもし?」

『……駒川……?』

 

 聴こえてきたのはひどく震えた声。本当に悪事のバレた子供のようだ。訪ねてきた全員には静かにするようにとジェスチャーして、こっそりハンズフリーに切り替える。

 

「馨」

『うん』

「どうしたんだい」

『……なんでも』

 

 しょげた声でこの反応。切り込むしか無いと判断してみづはは一気に踏み込んだ。

 

「これで何度目かな。心理的な面でも物理的な面でも閉じこもるのは」

 

 恐らくは心理的には閉じ籠ったフリをしているのだろうと当たりを付けつつ、更にズカズカと土足で踏み込む。稲上馨という人間が如何に面倒くさくて、勝手に迷走して勝手に変な事を始めるのかを知るからこそ、強引に引っ張ってやらなければならないとわかっているからこそ、彼女は逃すわけにはいかないと踏み込んで行く。

 

「話したくないのはわかるさ。色々思うところあるんだろ。でもいい加減みんなに顔だけは見せたらどうだい。家出少年じゃあるまいし」

 

 せめて顔は見せろと。その上で待ってくれなり言えばいい──それができない人間ではない筈だと伝えてみると、帰ってきたのは長い沈黙。

 ややあって、何かを観念するかのように、馨は"それ"を語り始めた。

 

『手に、残ってるんだ。斬った感触と一緒に、歓びが。これこそが魂が求めていたものだって。オレは今、生きてるって──そう思った。誰かを愛して、誰かに愛されているって思った。こんなにもすごいんだって、魔人の生命ってのはこういうものなんだって……』

 

 それは完全に手にすることになった、魔人の性の甘美な愉悦への恐れ。恐らくは止められるとしても、完璧主義的な面が邪魔してその可能性すら恐れているのだろうと読む。

 

『……オレはオレが怖い』

 

 そしてそれは当たっていた。

 震えた声が何よりも如実に語っている。

 取らぬ狸の皮算用に近い感情を持て余して、処理しようにもそれが愛情だからと困り果てている。茉子に求めれば応えるだろうと、彼女を理解しているが故の恐怖。

 

「そうか。でもそれは仕方ないんじゃないか。元より君はそういうモノだろう? そこにそうしたものを見出すのは自然なことだ」

『だから怖いんだよ。とても自然だから』

「止められるとしても、起こり得るもしもを恐れている──なるほどね。でもさ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 ただ。

 純然たる事実として。

 ──全てにおいて有利であった将臣との対決に、愛す(殺す)ことを目的に挑んだ結果、敗北した馨である。茉子との模擬戦では何度か勝っているが、あくまでも愛情表現に過ぎない攻撃とまるで性行為にただならぬ拘りを持つかのような態度では、茉子にその刃を届かせられるかどうか怪しい。

 

『……いやまあ、そう言われると確かにそうなんだけど……』

 

 もちろんそれがわからない馨ではないので、モゴモゴとした返答。聞いた全員がもう「あぁ、こいつ何も変わってない」と思う。また勝手に拗らせて悩んでいるだけだ。いい加減に相談というものを覚えて欲しい。

 

 ……勝てるかどうかで言えば五分五分。互いの手の内を知り尽くしている為、勝敗を分ける差は取る戦術と対応を間違えないか程度。

 話を聞いている茉子だって、殺し殺されでは馨の圧勝だが、殺る気の無い戦闘では負ける筈は無いと確信している。

 ──何故なら、負けた模擬戦は大抵馨が「勝ち」を狙ってくる……つまり勝利条件を満たすことを目的としてその性能を発揮するからだ。

 単なるルール無用の殺し合いが彼の愛情ならば瞬く間に愛される。だが、対等な立場と対等な能力での戦闘の結果殺すことが愛情ならば……どうして負ける要素があろうか。

 秩序の中の無秩序こそ最強たる稲上馨の強みを投げ捨てているのだから。

 

 さてどう畳んだものかと頭を回転させた時。

 

『だから言っただろう? お前が殺せるのは私のような怪物くらいで、人間を殺すには致命的に向いてないとな』

(????????????????????????)

 

 ──唐突に聞こえる最凶最悪の魔人の声に、全員が困惑した。

 

(……何故、彼女が……?)

(私に聞くな!)

(ムラサメちゃん、あれって……?)

(ムラサメ様、何故……?)

(知らぬ!)

 

 茉子は犬神に、将臣と芳乃はムラサメにコソコソと尋ねるが一柱と一人とて何でいるのかなんて知らないので宜なるかな。

 で、茶々を入れてきた相手に対して渦中の馨といえば。

 

『うっせぇ。人が話してる時に勝手に出てくるな。てかなんだ、そんなしたり顔して』

 

 まるでそこにいるのが自然なようにあっさりと流したどころか普段の彼では出てこないような……強いて言うなら廉太郎とふざけた会話をしているような雰囲気で対応していた。

 

『……やれやれ、そんなに自分に自信があるのか? 本来なら疲弊くらいしかハンデの無かったお前があぁして負けたのだから、実質的に不可能だろう』

『不可能かどうかなんてわかるわけないだろ』

『確かに我々は人を殺すことなど、虫を潰すこととそう変わらん。性能だけで見た場合はな。だがお前に常陸茉子が殺せるか? 魔人として愛せるか? ──無理だろう。可能だったらお前を死を選ばずあの日、彼女を殺していた』

 

 だから自分が目覚めるような事態になったんだろうと奏は語り、クツクツと笑う。

 みづはは、とりあえず理解が追い付かなくなったのでその声の主が誰なのか、まずは問い正すことにした。

 

「……どなた?」

『伊奈神奏だよ。引き篭もったこいつに餌付けしてた』

『黙ってろ! つか人の制御を振り切るな!』

『というか生きるのだろう? だったらなんで今更知った甘い味を振りきれんのだ。もっと良い味(常陸茉子)を知っている癖に』

『でも可能性が一つでもあるなら……それは消すべきだっ』

『別の意味で口ばかり。都合の良い存在などこの世の何処にも存在しないと何故わからんか……とにかく、この阿呆の引き篭もりを止めたければ無理矢理でも押し入って来い。相変わらずのヘタレなのでな』

『余計なこと言うな! というか駒川が押し入って来れるわけねーだろが』

『気付いていないようだから言うが、ハンズフリーだぞ? つまりそういうことだ。クククッ、可愛い声を愛しの「茉子ちゃん」に聞かれてたという訳だな』

『あああゴミカスゥゥ──ッ!? 死ね──ッ!』

『もう死んでる。それにお前は私を一度殺しただろう。おい、短刀を振り回すな暴れるな──ふんっ』

『待て腕をキメるなァァァアア゛ァ゛ァ゛ァ゛ー゛ッ゛!?』

 

 ……なんだろう、この流れ。

 シリアスがぶっ飛んで代わりにやってきたのは二種類の汚い高音。いや他にも色々あるのだが短期間の情報量が多すぎて理解が追い付かない。さっきまでの沈んで苦悩する声は何処へやら。というか殺し合いをした相手同士でこんなブラックジョーク塗れの漫才をしているのだろうか。

 

『というわけで来るなら来い。いや、さっさと来い。もっと言えば今すぐ来い。一週間だ、一週間やっただけでこいつの世話に飽きた……私はリヒテナウアーを殺そうとしたから気を病んで引き篭もった妹の相手もしなければならんのでな。──京香といい、馨といい、なんで真実に気付いているのに気付こうとしないのか……そういうところだけ似ることはないだろう……

 

 ブツクサと文句を言いながら電話を切った奏。唖然とするみづははもう訳がわからない。

 ……おかしい。

 なんでこのラスボス、自然に混じってるのだろうか。なんでこのラスボス、馨に餌付けしているのだろうか。なんでこのラスボス、殺し合いをする程の仲で蛇蝎の如く嫌う妹の相手をしているのだろうか。というかなんでこのラスボス生きてるの?

 その短期間における膨大な情報量に、彼女の頭と心は悲鳴を上げて──そして理解を放棄することを是とした。

 

 そしてくるりと振り向いて、一言。

 

「まぁ、なに。引いてダメなら押してみろってことじゃない?」

「……あの、なんで伊奈神奏が……? 馨が倒したんじゃ……?」

「そんなことは私の管轄外だよ有地君。とにかく行ってみたら? アレ、まーた拗らせてるみたいだし」

 

 それだけ言って、みづはは客人を追い出した。

 そして彼女は、グッタリと突っ伏して一言。

 

「……酒の席に付き合わせるぞこのバカぁ……」

 

 立ち直ったら酒に付き合わせて愚痴の一つや二つ言ってやろう……そう決めて、身体を起こした。

 

 

 

「やぁっと来たか……遅すぎるぞ」

 

 特に何事も無く到着した稲上家。

 その玄関の前には、あの忌まわしき伊奈神奏の姿が。漆黒の和装に身を包んだ、中性的かつ病的な美しさを持つ彼女が。

 一週間程前、穂織を恐怖に落とし込んだ存在。それが何故こんなところでこんなに疲れた顔をしているのか。世の中とは不思議なものである。

 

「ん? リヒテナウアーと馬庭芦花は来なかったか。まぁ、彼女らとて今の馨の相手は好き好んでしたくないだろうな。とかく、やっとの客人だ。歓迎しよう」

 

 ちなみにレナと芦花は「自分たちが行く必要の無い、出番の無いことだから」と普通に帰った。というか全身に光学迷彩付き地雷を装備した馨に発破をかけに行くには経験が浅すぎると判断してのことである。

 ……まぁ彼女らの本音は「どうせ惚気見て終わりそうだからいいやもう」だったりするのだが。

 

「あんたが静かにしてるってのは、なんか不気味だな……伊奈神奏」

「嫌われたものだな。いやお前たちに好かれるつもりも元より無いが」

 

 声をかけた将臣をまるで勝手に住み着いた野良猫か何かをあしらうように対応して、奏はジロリと茉子へ視線を向ける。ただ興味がありそうだったのは一瞬の事で、次の瞬間には視線を芳乃とムラサメに向けた。

 

「……なんだ、まだ気付いてないのか」

「なにがじゃ」

「まぁ、諸々のことは後にしよう。私や京香が何故消えていないかなどはな」

「やはり何か企んでいるのですか」

 

 警戒心を露わにした態度。思わせぶりな言葉を吐き続けるこの女へは妥当な対応であるが、言われた当人はさしてどうでも良さそうに受け流し、訝しむ視線に対しては堂々と告げる。

 

「いやまったく。敗者には敗者の矜持がある。故に大人しくしてるさ。それに、生存競争にも敗れた。ならば勝者の助けになるように動くのが、敗者の務めというものだろう?」

 

 敗者の矜持──彼女は己を敗者と位置付けた。かつて血を分けた宿敵に敗れ、敗者復活戦の機会を与えられてそれには勝ったものの、生きる事を求める子孫に敗れた。

 自身が何者か……その存在として相応しく生きるモノ。星の光を喰って生きる魔人ならば他者を踏み躙り、敗北者ならば敗北者らしく逆襲を試みて、生存競争に負けた弱者ならばそれらしく勝者の養分となる。

 伊奈神奏とは、つまりそんな性格の存在であった。

 

「さぁ行け。私は寝る。流石に疲れた」

 

 それだけ言って彼女は消えた。

 大方、馨の中に戻ったのだろうが……

 とにかく彼女は放っておいて、答えを目前とすると尻込みするヘタレのケツを蹴りに行くかと家に入っていくのだった。

 

 勝手知ったると言わんばかりにリビングを抜け馨の自室へ。先頭の茉子は有無を言わせずに扉を開けると、そこには観念したように馨がポツンと布団の上に座っていた。

 

「……馨くん」

「別に大した訳じゃないんだ。今更、自分の在り方に悩んだとかそういう訳じゃない。でも……」

 

 視線を動かして、小さく呟く。

 

「茉子の事を想うと、この手に残る、あの暗い愉悦を嫌に感じて……それを求めてしまわないかって、怖くなった。だから閉じ籠った」

「相談したっていいじゃないですか。水臭いですよ」

「そんなこと言われても、だろ?」

「まぁそりゃ否定できないけど、しないよかマシだろ馨」

「ごめん」

 

 悔やむような謝罪。

 そして馨は何かを振り切るように立ち上がった。

 

「……けど、オマエを見てよくわかった。怖いこととか、なんかどうでもよくなった。茉子──オレやっぱり、オマエとずっと一緒にいたい」

 

 ゆっくりと茉子へ近付いて、向き合って。

 意を決した表情で──

 

「二度と離さない、離れない。正しいことは痛いから……オレを苦しめてくれ(人足らしめてくれ)、茉子」

「うん。わかった。ワタシはずっと、アナタにとって都合が悪い女の子(苦しめ続けるモノ)でいるから。だから、ワタシを愛そう(殺そう)として、馨くん」

 

 互い、イカれた感情(本音の愛情)をぶちまけた。

 

 既に腹は決まっていた。だっていうのに中々擦り合わないのも、人間ということだろう。

 永遠の愛を誓い合った夫婦でさえ、喧嘩の一つや二つするのだから。馨と茉子の付いては離れてはの距離感など、別段亀裂が入るほどのことではなかった。

 

 これでひと段落か……と、ここで茉子は気になっていたことを尋ねた。

 

「でもなんで目が覚めた時にお見舞いに来たワタシに気付かなかったの? みづはさん不思議がってたよ? ほとんど同じ時間だったのにって」

「へ? 駒川が来た後のことか? あー……そん時、二度寝してたわ」

「──は?」

「いやだから二度寝。起きたけどあんまりに眠くて」

 

 ……つまりこの引き篭もり騒動はこのバカが二度寝していたから起きた珍事であり──

 

「馨くん」

「あの茉子……? 笑顔が怖いんだけど……?」

「流石に、怒るよ」

「手伝うわ茉子。さあ将臣さん」

「うん。ムラサメちゃん」

「おう。ご主人」

「えっ? まっ、ちょ……やめっ──ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ー゛ッ゛!?」

 

 ……流石に許せないと、汚い高音を響かせる逆襲劇が始まった。

 

 

 

 

 

「──大っ変、申し訳ありませんでした……っ!!!」

 

 土下座。

 事の顛末を安晴さんに伝える為、芳乃ちゃんの家に移動して真っ先にやったのは事情説明と土下座だった。

 ……いや少し弁解させてもらうと、二度寝したことでこんなになるなんて思うわけないやん……汚い高音を二回も出す羽目になるとは。

 

 ──ほぅ? エセ京都言葉か。殺されても知らんぞ──

 

 黙れ! うるせぇ! 静かにしてろ!

 

 ──いや私も二度寝してたら拗らせ始めるなどと思いもしなかったが──

 

 ……言わんでくれ。頼むから言わんでくれ。

 ムラサメ様は物凄く奏を警戒してか、まるで唸る犬のようにコッチを見てくる。やめてください。フツーにオレです。奏もやる気ありません。

 ……んで、京香は?

 

 ──ダメだ。完全に鍵かけやがった。私やお前と違って、あいつは魂だけの存在だからな。回線も違うし、階層も違う。自発的に出すのが手っ取り早い──

 

 そーかい……なんか、そっくりだなぁ。ホント。

 ちなみにレナと芦花さんは休憩時間の合間に尋ねてたそうで、記憶がぷっつりと途切れている事の真相はまた後で聞くとのこと。忙しい二人に無駄な時間を使わせてしまったな……如何にしても謝罪したもんか。

 

 ──私は謝らんぞ──

 

 オマエの所為だよバカ!

 

「二度寝して顔を合わせなかった影響で一週間近く閉じ籠ったのかい……僕が言うのもアレだけど、馨君は人に遠慮無く相談した方がいいよ。何でもかんでも自己完結し過ぎだ」

「はい……」

「それでええっと……結局のところ、伊奈神奏は消えてないと」

「おいおい、消えた方が良かったとでも? 私がいなければ、二度寝が原因でこいつはまた死んでいたかもしれんのになァ? ──二度寝はもういいだろボケ! つか出てくるなアホ!! 死んでろバカ!!! ──小学生の罵倒だなまったく」

 

 勝手に口を取って喋り出すこのご先祖様にはいい加減にしていただきたいものだが、どうせ聞かないんだろうなぁ。側から見ればただの一人芝居なので、芳乃ちゃんに至っては吹き出してる。将臣は……なんだろう、昔の事でも思い出してんのかな。遠い目してる。茉子は優しいから……あっ、生暖かい視線はやめて。

 なおムラサメ様。やめてください。

 

「で、でもこの傍迷惑なご先祖様は静かにしてますし、消す手段はあります。オレの方の問題は……まぁ、茉子と一緒に上手く付き合っていきますよ。コイツばっかりはどうしようもないので」

「そうか……色々とありがとう」

「これが仕事ですから」

 

 事の流れは知っていても、奏に関してはオレしか知らないのでオレの説明が無かったら完璧な把握ができなかったようだ。なのでオレの言葉を求めて……一方オレはと。はぁ。

 

「馨……本当にお主なのか? 化けられたりせんよな?」

「マジでオレですから安心して下さい ──まぁ私でもあるが──だぁってろ!! ──暇だ── チッ。……よし。これでいいか。大丈夫です」

「のう、吾輩の勘違いでなければ全然大丈夫には見えぬのじゃが」

「大丈夫です」

「ま、まぁムラサメちゃん。今はほら、なんかよくわからないけど敗者の矜持とか言ってたし」

 

 ……負けたから負けたなりの立場で色々しますってだけだろアレ。わざわざ矜持とか言う程か? カッコ付けやがって。

 

 ──黙れ。私はお前に負けてなどいない。私は朝武秋穂に敗れたのだ──

 

 はいはい負けてない負けてなーい強ーいでーすねー。

 

 ──……というかまさかああいう隠し方をして、こっちの端末を減らすとはな。お前の案か?──

 

 は?

 

 ──ん? 御神体とやらに綾……ムラサメの肉体を隠したのはお前らではないのか?──

 

「はぁ!? おい待て!? ムラサメ様の肉体が御神体に保存されてる!? 奏オマエなんだそりゃァ!? 初耳だぞ!?」

 

 思わず訳がわからずに家にいる時のように叫んでしまう。当然みんないるのでそれが聞こえる訳で──

 

「吾輩の肉体じゃと!? もう何百年も前の肉体が何故あるのじゃ! おかしいじゃろ!?」

「確かに僕らは御神体の中身を確認するなんてこと、恐れ多くてやったことなかったね」

「それが本当なら、ムラサメ様を元に戻して差し上げることができるかも……?」

「一つ区切りもありますし、ここは確認してはどうでしょうか。……あと大きな独り言だね馨くん」

「なんだこの……なんだ? なんか事態が今日は急転してばっかだなぁ……二度寝といいムラサメちゃんの肉体といい……」

 

 てんやわんやと、オレたちは本殿に急いで……そしてオレたちは、ムラサメとなる前の彼女を見た。

 

 ──正しくは幼女の裸体を見た、だな──

 

 やかましい!

 

 再び居間に戻って、オレたちは次に舞い込んできたとんでもな話の対応を考えざるを得なくなった。

 

「あれ程の神力に満たされた空間なら、時の流れを遅くするのも訳ないと思いました」

「オレは祈りにも似た憎しみを感じた。あれは間違いなく……アナタの両親の抱いた感情だ。娘を生かしてやることできない憎悪を、神力に転じて"生かし続ける"方向性に変えてる」

 

 ──凄まじい神力だった。

 奏がレナの治療に使った神力の出所はあそこだろう。足りない分は近くから取る、とは言っていたが結構な量を取ったにも関わらずなお余りある量。ただしそれが暗い感情を転じて祈りと成しているからこそ、オレは別段不調を起こすことはなかった。

 アレがもし正の感情に由来していたら、踏み込んだだけで死にかけたやもしれん。

 

「……脅威は去りました。ムラサメ様、人にお戻りになられてはいかがでしょう。あなたには人の幸せを掴み、人としての生を歩む権利がある」

「お主そこまで……じゃがな安晴。吾輩の肉体は病に侵されておる。それも医者が匙を投げたほどだ」

 

 ムラサメ様の言葉はごもっともだ。

 ……当時の状況では、と付くが。

 

「ならばムラサメ様、ここは黄泉に近しい存在に聞くとしようぜ」

「いきなりなんじゃ馨」

「はい虚絶ー」

 

 すると出てくるのは大人になった茉子みたいな見た目をした我が相棒。今更気が付いたが……まぁそういうことか。

 ちくしょう、顔が良いから見惚れちまう。やめろ流し目するなエロいんだよ!

 

「……あの肉体であれば、そう簡単に死にはすまい。だが放っておけば、だろうな。人間の治療技術の発展に期待か」

「だ、そうだ」

「要するに生かすも殺すも貴様ら次第──せいぜい悩め」

 

 あっ、奏が出てきやがった。

 ……まぁ虚絶は解説を終えるとすぐに戻ったので煽られることもなかったのだが。

 さて、悩んでいるムラサメ様にオレなりに背を押すとしようか。

 

「ムラサメ様、いつぞや言いましたが、オレはアナタに幸せになって欲しい、生きて欲しいんですよ。先にオレとか言ってたの覚えてますからね。次はムラサメ様ですよ」

「吾輩は逃げたのじゃぞ。そんな吾輩が……」

「当然に理由はわかりますがね、押し留めるのはよくないですよ?」

「うぐっ……いつぞや言ったようなことを……」

 

 あの時は恋心だったが、本質的には大して変わりない。あぁクソ、なんか鏡見てるみたいでムズムズする。

 困ったようなムラサメ様を見て、すかさず他の面々が畳み掛ける。

 

「500年ですよ。ムラサメ様は今すぐにでも報われるべきです。報われてくれないと私、困っちゃいます」

「俺はムラサメちゃんが人として、色んな人と接するのを見たいな。俺たちだけじゃなくて、もっと多くの人とさ」

「ワタシも戻るべきだと思います。それに彼だって、もうこんなことに付き合う必要は無いって言ってますから」

「確かに吾輩は生きたい。じゃが、永くを生き過ぎた。突然に機会を与えられてもやはりこう……躊躇してしまうのじゃ」

 

 すごくわかるが故に、それにウンウンと頷く。急に機会が降ってくるとどうして中々、秘めたる感情を発露させたくても発露できないのだ。

 ──いやホント、なんか自分を見ているようだ。

 

「まぁまぁ、みんな一旦落ち着いて。急な話です。それに確実に治るという保証も無いから、一度診てもらってから、改めて考えればいいんじゃないかな。それでよろしいですか」

「うむ。まぁ、それならば整理も付きやすいじゃろうな」

 

 安晴さんの提案に同意して──それを翻訳するのはオレたちだが──そんな訳でとムラサメ様がオレを見る。

 

「馨よ」

「なんすか」

「……で、どうやったら吾輩は自分の肉体に戻れるのじゃ?」

「あ、それ俺も気になった。戻る前提で話してたけど、その辺全く前例とか無いだろ?」

 

 ……え? マジ?

 もう面倒くさくなったのでご先祖様を無理矢理に叩き起こす。

 

「──何、簡単だ。肉体と霊魂が接触すれば惹かれ合う。特に生前の肉体とその肉体が似ていれば問題無く戻れるだろう。私がリヒテナウアーの肉体で、馬庭芦花の肉体を使う京香に敗れたのはそういうわけだな。勝手が違うと肉体も魂もすぐにズレる。だが当人のモノであれば」

「すんなり行く、じゃな」

「そういうことだ。おい、起きろ馨。わからんからと私に押し付けるな──こき使われるくらい了承しろっての」

 

 ただ問題は、だ。

 

「なぁ将臣」

「なんだ馨」

「いくら彼女同伴と言ってもよ、少女の裸体を見るのはマズいよなぁ。肉体年齢は然程変わらないだろうし」

「だよなぁ。安晴さんだと親子くらいの差があるから平気なんだけど」

 

 オレたち男組にムラサメ様の白く美しい肌は、少し刺激が強すぎる。

 新しい扉が開きそうなくらいには……


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