千恋*万花~福音輪廻~   作:図書室でオナろう

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筆が、進まない……いやもうほんとうに申し訳ないです……


落差

 血が吹き出す。刃が煌めく。火花が散る。

 

「──死ね」

 

 何度聞いたか忘れるくらいに聞いた声。何度も何度もその面を見せるな死ねと聞いて、いい加減聞き飽きたところもある。

 ……だが。

 

「クソ……」

 

 開始して1分も経たずに、二本の短刀は破壊された。何合と打ち合った訳ではない。僅か3合目で破壊されたのだ。まさか正面から刀身を両断されるなんて。

 

 ──ははは、流石は私の妹だ。この化け物の如き圧倒的な戦闘能力。さて何度死ねば足りるかな?──

 

 呑気にそんなことを言っている阿呆を無視して現状を分析する。

 ……手元には虚絶が一本、それだけ。彼我の戦力差は歴然。オレを殺せば済む京香とひたすらに耐えなければならないオレ。

 色々と解放して、小細工を使うという手もあるがさてそう上手くは行くまいよ。

 

「何故生きてる。疾く死ね、馨」

「悪いな、そうそう簡単に死ねないんだよ……」

「知らん」

 

 両手で握り、正眼に構えて。

 まったくらしくないことをしているなあと自嘲して──こちらから踏み込む。牙である短刀は完全に破壊され、あくまでも首斬り道具に過ぎない虚絶を持ち出している以上は、やるべきことをやらねばならない。

 

「ふ、っ……!」

「……」

 

 冗談ではない。

 完璧な一撃だった。踏み込む距離、振り下ろす速度……間違いなく人生最高だったのにも関わらずまるで邪魔な小枝でも退かすように、軽く流された。馬鹿正直に真っ向から受ける訳でもなく、刀身が振り下ろされる瞬間に横から刀身で押すだけ。文字通り、流した。

 

「脆弱」

 

 流したそのまま、袈裟が襲う。

 不安定な体勢で、弾くには遅すぎる。短刀も無い。故に受けるしかなくて──

 

「ぐ……っ!」

 

 冗談ではない。

 一撃が、違いすぎる。被弾した時、奏の剣には痛みを覚えた。将臣の剣には引き剥がされるような感覚を覚えた。だが、京香の剣は違う。

 痛みなどない。気付けば肉体が裂けている。

 

 ──1分15秒──

 

 袈裟に押され、後方へと下りながら修復を優先する。が、修復が始まるよりも先に京香が踏み込んでいた。

 咄嗟に盾代わりに虚絶を構えて──音を立ててへし折られる。

 

 一閃。

 たった一閃で、しかも構造的に弱いところでもなんでもなく真っ向正面から、文字通り向こうの刀剣でへし折ってみせた。

 

 ──1分17秒──

 

「……さぁ、どうする」

「まだだ」

 

 だからと言って止まるわけにはいかない。大人しく首を差し出してやるわけにはいかない。オレは生きてと言われて、生きろと言われたんだから。

 ……オレがオレでなくなる可能性を秘めたことに手を出さねば5分生き延びるのは至難の業だろう。だがそれでも──魔人から完璧な魔物に堕ちるのだけは、選ぶわけには。

 

「なら苦しんで、死ね」

「──っ」

 

 だがそんなことを悩んでいる暇があるのか?

 一撃絶命の威力を秘めた斬撃を必死になって回避しつつ、今になってそんなことを悩んでいる自分に問いかける。

 ……今更手段を選べるほどオレは聞き分けの良い男だったか? 余力を残してどうする? コイツさえどうにかすれば、後は穂織に生きる人々が何とかしてくれるのに? それは無責任だが、しかし……

 

 迷いながら、必死になって避ける。

 

 修復しても必ず一拍遅れる。

 だったらどうすればいい? 手段を選ばなければいい。だがそれをしてしまえばどうなるかわからない。自信が無いというわけではない。純粋に、わからない。

 

 ──いや待て。

 何故オレはわざわざ相手の土俵に乗ってこうも頭を悩ませているのだ。示された条件は5分の生存以外無い。そしてどうせ殺せないのだ。だったらコチラも八つ当たりしてしまってもいいんじゃなかろうか。いや、するか。

 

「なあ」

「……」

「オマエが何を考えてるかは知らん。わからん。そして理解できんだろう」

「命乞いか」

「いや」

 

 空いた距離を一瞬で詰められる構えをされながら話を振ると、何を考えているのかわからないといった視線と言葉。

 

「オマエの八つ当たりなんかオレ受けたくねぇ! ついでに言えばオマエの面ァ見るより茉子の裸が見てえんだよ!」

「何を言ってる……」

 

 本気の困惑が見えた刹那。

 オレは──

 

「喰らえェッ!」

 

 その場から飛びかかり、腕に負の神力を纏わせて引き裂くように振るう。

 

「──ッ、卑劣な……」

 

 如何に同質の力とは言え、受け流せるものではない。腕を切り落とす以外に潰す方法はなく、さしもの京香とて回避に徹する他ない。この隙を逃さぬと徒手空拳で攻撃を続ける。

 

「うっせぇ! 5分も命かけられるか! 割に合わねえわ! いつまで経ってもウダウダウダ悩みやがって! どうして素直にごめんなさいって言えねえんだ! クソが!」

「私が魔人だと言うのであるならば、その命を使ってでも未来が欲しいならば、そう難しいことではあるまい……!」

「難しいね! 誰だって自分の命は惜しいんだよ!」

「一度死を選んだ男が何を言う!」

「オレの半分は駒川のモンで、もう半分は茉子のモノだ! オレの命はもう誰かの所有物だ、許可無く死ねるかバカ!」

 

 回し蹴りを防がれ、切り返される。無手で斬撃を防げるほどオレはすごいわけでもなんでもない。ただわざわざ色々考えるのも面倒になったのは事実。ので──

 

 行け、潰せ!

 

 ──えぇ? 私を働かせるのかあ? ……あっ、動かされてる。ちぇ──

 

 奏の戦闘技術と意識を乗せた"尾"を背中から出現させ、京香へと襲いかからせる。無論切断される……が、所詮負の神力で作り上げたエネルギー体めいたもの。いくら破壊されようが動力源がある限り問題無く動く。

 武器が壊されるなら、壊されても問題無いものにすればいい。腕なぞ生やせばいい。尾なぞいくらでも作れる。要はやり方の問題なのだ。

 

「……殺さないとか考えてなかったのか。耐えなければと考えてなかったのか」

「確かにオマエに対して色々考えてたが本気で殺すつもりで来るのならコッチだってもうどうでもよくなる。言いたい放題言いやがって死ねだの殺すだのくたばれだの……あぁ!? ふざけんなっ、くたばるのはオマエだろうが! 子孫の為にカッコつけて成仏してみせろ家の恥晒しどもが!」

「それは姉様だ、私は悪くない!」

「知るか! オレからすりゃ全部引っ括めて恥晒しだド阿呆! 二人して大人しくくたばってりゃいいものをよぉ!!」

 

 "尾"を戻したと同時に反撃の斬撃が飛んでくるが、避けることに専念すればいいのだから前よりもより正確に──とは言えども紙一重なのには変わりないが──回避していく。

 なんというか、一度死ななきゃコイツの目は覚めないような気がしてきた。殺さないようにとか、止めなきゃとか、なんかもう全部どうでもよくなった。どうせ殺しても死なんのだ。人であって人ではないのだ。ならば殺してわからせるのもアリだ。

 

「貴様の宿痾を抑えられたのは、何処の誰のおかげだ!」

「虚絶のおかげだよ! テメエらはほとんど関係ねえ!」

「ならば常陸茉子への告白を決意したのは!」

「ありがとうオマエのおかげだよ! 茉子と恋人になれたのはオマエの後押しあってのことでしたね! ありがとうありがとう! 感謝してるからさっさと宿痾を持って死ね!!!!!!」

「貴様ァァァッ!!」

「テメェッ!! このォ!! 死ねェーッ!!」

 

 叫びあって殴り合う。向こうは絶対にコッチと同じか、後に行動する。何故ならオレが素手である以上、得物を掴まれては困るというものだろう。得物を放すというのは相当にリスキー、オレの面倒くささを理解しているなら絶対にしない。

 ……だからこその狙い目なのだがな。

 

 "尾"は払うか突くか斬るかしかできない。

 それで十二分で、かつ定期的に破壊される方がいい。食い込まない、という認識は重要だ。振り切ってしまうのだから──それが大きな隙になる。

 まぁ、あれだ。勝つのはオレだ。その為なら何だってしてやるさ。

 

 だから。

 

「オマエも手伝え、奏……!」

 

 何度も繰り返した拳と"尾"の応酬の中で、敢えて対処されるような軌道を取った"尾"に刃が食い込んだ瞬間、それを奏に変えた。

 あっ、という気の抜けた声が響くと同時に刃は奏の肉体に食い込んで動かなくなった。振るだけで切れた"尾"と異なり、しっかりと肉と骨で構成された肉体は、丁寧な技術が無ければ切断できない。だから止まる。

 

 この一瞬で、オレは奏を切り離す。

 京香が完全に停止している状況ならば、確実に攻撃が当たる。そしてこの場合における最大の攻撃を行うことにした。

 

 ──五分の生存ならば。

 

「な……っ!」

「行けェッ!」

 

 手を伸ばし──鎖に繋がれた杭を二人目掛けて飛ばす。

 黄泉の杭と鎖は、宿主であるオレの物だ。虚絶に紐づけられているものも含めて、オレが主人である。故にその全能力の使用など容易く、またその使い方も全て理解している。何が出来て、どう使えるのか──

 

 飛んだ杭が"開き"、檻を形成する。

 そして檻は二人を包み込み、鎖はオレの中に戻った。

 

「……五分生きてりゃいいんだろ? だったら出てこれなくしちまえばいいだけの話だ」

 

 もう付き合ってられん。それが正直な本音だった。

 だからオレの管轄下では無かった京香を奏と同じところに入れて、オレの許可がない限り出られないようにした。ついでに言えば文句も聞こえないようにした。あとは勝手に姉妹で殺し合っていてくれ。

 ……第一、なんでオレがご先祖サマの癇癪に付き合ってやらにゃあかんのだ。八つ当たり先はいるんだからソッチを殴ってくれ。

 

「……駒川ンとこ行こ」

 

 この話、茉子には聞かせられないなぁ……

 まさか五分間生き残れって言われて、別の誰かに押し付けて閉じ込めるとか、カッコよくないし。

 ──ま、本音を言えばどーでもいいがね。

 

 

 

「……で、君は傷だらけなわけだ。まったく一言言いいなよ。何も聞かされてないと心臓に悪い」

「ごめんごめん」

 

 傷だらけの身体でフラッと現れてみれば、いつものように小言を言われながら、診てもらう流れ。ただオレから来るのはよっぽど珍しい……いや実際珍しいな。とにかく、駒川はやや怪訝な顔をしていた。

 

「しかし、どういう風の吹きまわしかな? 君がこんな風に治療されにくるなんて」

「流石に同胞からの攻撃だし、不安も残るさ」

「私は喜べばいいのか、悲しめばいいのか」

「素直に頼ってるんだぜ、喜んでくれよ」

 

 前までなら自分で治してそれで終わりだったよ、と伝えてみるとそれもそうかという視線が返ってくる。

 

「やれやれ……ま、頼るようになった辺り成長か」

「成長って認めてくれるのか? ありがとな」

「背伸び程度だけどね」

「結構伸びてんじゃん」

「そんなのは詭弁だよ」

「ひでぇ」

 

 口ではそう言うが、自分でも詭弁なのはわかっている。背伸びは結構伸びるが、結局何も変わってない。所詮まだスタートラインに立ったくらいだ。

 

「いっつ……! もうちょい優しくしろよ。痛いもんは痛いんだ」

「十分優しくしてる。それと痛みは生命反応の証、生きてる証拠だよ」

「生きてる、ね」

「納得はした、理解もしている。けれど胸のつっかえは取れない?」

「いや──生きるのって、難しいなって」

「みんなそんなものさ。君も、私も、この土地も」

 

 ──生きるのは難しい。誰でもみんな難しく生きている。楽には生きているかもしれないが、簡単には生きていない。

 ……しみじみと噛み締めていると不意に頭をよぎったのは、経過の話と色々頑張ったご褒美だった。そう……その、治った後とはいつからでとか。そういうの。

 今まで放っておけば治っていたが、実際何があるかわからない時は、駒川に見せるのがいい。のでここに来たのだが──

 

 聞くしかない。意を決して尋ねる。

 

「……なあ」

「ん?」

「経過は2日にいっぺんくらい見せに来るとして」

「どちらかと言えば不調の確認とかそういうのだろう。見た目は相変わらずだけど、今回はレアケースだ。それくらいで頼むよ」

「不調とか、5日くらいなければ激しい運動とかオッケー?」

「そりゃね。でも君にとっての激しい運動って私たちにとっての限界稼働じゃ──」

 

 しかし。

 ここまで言いかけたところで、駒川は何か物凄く言いづらそうな顔をしてから、しばらく沈思黙考して、そしてとても嫌そうな……そういうとやや語弊があるが、絶妙な顔であったことは事実だった……そんな顔をして、ため息を一つ吐いてから。

 

「──まさか、そういうこと(夜の運動)とか言わないでくれよ」

 

 単刀直入にぶっ込んできた。

 

「あっ、はい。おっしゃる通りです。そっち(下ネタ)です」

 

 何一つ言い返せないので、大人しく白状した。すると今度は眉間を抑えてまた一つため息を吐き、なんだか諦めるように一言。

 

「……性欲強いのかね……」

「茉子は否定できないな……オレは知らん。あの時だって──」

「そんなこと聞きたくないから言わないでくれ。何が悲しくて人の性事情を聞かされなきゃならないんだ馨」

「あ、ごめん駒川」

「私ならまだしも、それ外で言うなよ?」

「言うわけないだろ!?」

「さてどうだか」

 

 ……そのなんだ、まるで一度そんな相談されたみたいな顔。え、なに、オレの知らんトコでバリバリそんな相談されたの? うわ可哀想だな……

 ていうかさてどうだかってオマエ。オレは弁えてるタチだぞオイ。そんな所構わず発情するような変態じゃない。

 

「よし、こんなもんかな」

「ん、サンキューな。……治療って、こんなのなんだな」

「そうだ。治りかけばかり見せていた君には久しぶりなんじゃないか」

「むず痒いな。他人に自分の傷を任せるって、むぅ……」

「慣れない?」

「……なんだろう、連中が色々言ってる気がするんだ。やれ自分で治せないのかとか色々さ。いや、まあ……あんなの治るもクソも無いんだけど」

 

 ──うるさいと言えばうるさい。

 ──静かと言えば静か。

 ──うっとおしいと言えばうっとおしい。

 ──が、そこまで嫌いにはなれない。彼らは彼らなりの考えでそれを発言しているのだから。

 

「彼らはよく喋るのか?」

「喋るというよりも、コメント残してく感じ?」

「好き勝手?」

「めっちゃ好き勝手。奏と京香見りゃわかるけど」

「なるほど」

「まぁ、最近は静かなんだけどね。その気になれば黙らせられるし。そう難しいものではないさ」

「京香さんはどうするんだ?」

「勝利条件は満たした。それでギャーギャー言われるならいくらでもどうとでも対処してやるさ。ただアイツは──姉と同じであるとは認めたくないんだろう」

 

 ……結局はそこなのだ。

 自分が仇と同じ。自分が最も嫌う存在と方向性こそ違えど自分は全く同じ。認められるか? 認められる筈がない。

 

「父と母を殺し、夫と子供を殺した血の繋がった存在。魔人の宿痾は認められる。だけど憎き仇と同じだとなれば、当然認めるわけにはいかない」

「……色々アイツに向かって言ったけどさ、オレはアイツが人の幸せを望めない奴だと思ってない。ただ……認めてくれないと、なぁ。オレたちは死に汚いし生き汚い。納得してくれなきゃ素直に消えてくれない」

 

 彼女はそれを望んでいない。

 だが、それから目を背け続ければそれが起きる。

 だから荒療治でもやらなきゃいけない。

 

「ま、そんな感じ。色々だよ色々」

 

 そうそう上手くはいかないと思うが、やるだけやってみせよう。

 

 ──半身よ、ある程度は落ち着いたぞ──

 

 ……もう?

 

 ──この短期間で奏を二百六十八回ほど殺して多少は気分が晴れたらしい。奴曰く「意味のある死なら少しはマシだ」と──

 

 そういうものか?

 

 ──らしい──

 

 ……慣れた死だからかね。

 さて、行くか。

 

「次の仕事だ。頑張るよ。遠慮無く心配しててくれ」

「まったく、とんだ悪ガキだ」

「言うだけマシだろ」

「スタートラインに立ったくらいで誇られてもね」

 

 ケラケラと笑い合い、そして席を立つ。

 

「世話になった。また来るわ」

「今度は風邪とかで来てくれよ」

「善処する」

 

 おっかないが、仕方ない。

 オレと茉子が、呪いの禍根にならないためにも。

 

 

 

 

「……気は晴れたか? 魔人殿」

「理性ではわかっている。だが、感情は認めたくない……」

 

 納得ができないとは面倒だ。

 魔人なのは認めよう。だがこれと同じと言われれば、それだけは認めたくない。そんな子供じみた感情が、今回の騒動を引き起こした。

 

「ま、それでいいじゃないか。個人の感情なぞ。ただ問題は、敗者の分際で勝者の行く手を阻んではならないことだ。お前とてそこは弁えているだろ?」

「……ああ」

 

 ただ感情あるものにそれをするなと言うのが無茶な話だ。

 

「して、どう納得するか──だよなァ?」

「……」

「そんなに私と同じが嫌か。そう嫌うなよ、血の繋がった姉妹じゃないか。似ているからこそ憎み合うもの。家族などそんなものだ」

「あんたがそれを言うのか!? 私から全てを奪ったあんたが! それを!?」

「知らんよそんなもの。お前の全てが私に奪われる程度のものであれば、所詮その程度に過ぎなかっただけの話だ」

 

 ……くだらんと嗤い、奏はつまらなさそうに椅子を作り上げて座る。

 

「ま、その辺はどうでもいいか。ところで京香、実は問題があってな。それも、我々の消滅に関わる大問題だ」

「は? どういうことだ、姉上」

「いやなに、どうも何処ぞの娘に母親を気取られたらしくてな。このままだと契約が不成立になる可能性がある」

「どちらの意味でだ」

「向こうの意味でだ。こちらはさして関係無いが、向こうにとっては中々に愉快だろうさな。なにせ死んだ女の残影だ、ククッ……二度も三度も見殺しにしたくなかろうて」

 

 ケラケラと邪悪に笑い、名残惜しさも隠さずにそう呟く。一切隠さず剥き出しにした魔性の宿痾が、悍ましさを纏って当たり前の感情を食い物にせんと牙を研ぐ。

 それに対して京香は顔をしかめ。

 

「ゲテモノ食いめ」

「お前に言われたくない」

 

 結局、ブーメランを投げ合うしかなかった。

 ただブーメランの投げ合いなどしたところで、問題そのものについては何も解決していない。

 

「さて、どうしたものか」

「どうって……」

「彼女と話すか?」

「話したところで意味ないだろう。必要なのは向こうへの対策だ」

「無理だろう。大人は知ったとて上手くやれるだろうが、子供ではな」

「狛犬を通して彼女も勘付いているんじゃないか」

「だろうな。結局、奴も甘い」

 

 ……やれやれとため息を揃って吐く。

 隠し通すと一番楽なのだが、勘付かれているとなると何処かで追求される。しらばっくれられるかと言えばそうではない。何処かでボロが出かねない、まったく面倒な話だ。

 

「はぁ……まったく、やっと死ねるのに、この仕打ちとは。死後の裁きを受けさせるのが正当な罰なんじゃないのか?」

「知るかそんなもの。あとは……馨に任せるしかあるまい」

「そうだ、馨にはどんな言い訳するんだ、お前?」

「……考えて、ない……」

 

 困ったような声が返ってくると、奏はあんまりにもあんまりなので爆笑した。

 

 ──せいぜい困れよ、と。

 

 

 ところ変わって茉子の家。

 今彼女は、尋常ならざる状況に苦悩していた。

 

(秋穂様が、虚絶の中にいるかもしれない……)

 

 芳乃から言われたその一言は、茉子に大きな衝撃をもたらした。理論的には納得は行く。あの剣は死者の念と共にあり、可能性としては大いにある。その真偽を知っているのは、馨だけだが──

 

(きっと教えてくれないだろうなぁ。……芳乃様には、それとなく聞いてみるとは言ったものの、こういう時の馨くんは手強い。どうしよう、何で引き出そう)

 

 本気で何かを隠している時の馨は、その何かが初めから存在しないように振る舞える。長い付き合いである茉子にとって、よく知る事実だ。滅多に使うこともないが、それ故に本人以外わからない。

 記憶の改変からいわゆる二重思考──やれるのだからやれるのだとあっさり披露してみせていたが、今考えれば虚絶の補助あってこそのものであったのだと理解する。

 

 しかし、それが相手になるとどうやって漁ったものか、さっぱりわからない。

 

(色仕掛け……? ううん、ダメ。絶対本来の目的忘れちゃう)

 

 そんなことをしたら片方が気絶するまで夜通しアレ確実だ。茉子だってどうやったら馨がその気になるか熟知している。しょーもない性癖から何まで割と知っているのだ。それをちょっとでも付けば大変なことになるのは確実。

 と、なれば正面から攻めることしか残ってない。真正面から行ってもあしらわれるのは間違いないだろうが──

 

 いや、待てと。

 

 正面から行くのは案外悪くないんじゃないか──?

 

「正面……」

 

 直球勝負はお互いにしたことがない。

 ならば、ここに勝機を見出すのは的確ではなかろうか。

 

「よし、なら」

 

 そうと決まれば行動を遅らせる理由が無い。

 茉子はすぐさま携帯を取り出して馨へと電話をかける。

 

「……」

 

 しかし茉子の行動に反して向こう側の対応はやけに遅かった。馨らしくないとでも言えばいいか。基本電話はすぐ出るか留守電で無視するかの二択である彼が、何故か留守電にもならない。つまり留守電を入れていない。基本は入れているのにも関わらず。らしくもない。

 4分くらい経っただろうか? やっと馨との通話は繋がった。

 

『……もしもし?』

「馨くん? 今大丈夫?」

『うん、大丈夫なんだけどさ。悪りい、今からオレんち来てくれない? 実は──

 

 ウチの倉庫、崩れちってなぁ。オレ今瓦礫の中なんだわ』

 

 ……なんて?


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