千恋*万花~福音輪廻~   作:図書室でオナろう

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……もはや何も言うまい。
ただ遅れたことに謝罪を。


顛末

 初めてその者を見た時、何とも言えぬ感覚を覚えた。

 

 ──なんと、矛盾した存在なのだろうか。

 ──なんと、壊れた存在なのだろうか。

 

 生を是としながら、死を是とする奇怪な精神構造。ありふれた凡人と同じ趣味嗜好でありながら黄泉の魔人に相応しい、尾を喰らう蛇が如き自己矛盾。そんな異常さに心惹かれた。美しいと思ったし、それが良いと思った。有り体に言えば、魅せられたのだ。

 

 その在り方が、あまりにも己の美学に沿っていて──いや、それは美学すら超越していて、魅せられたという言葉すら生易しかった。

 彼の者が愛した存在に自らの骨刃を託したのが、今更になって理解できた。それほどまでの存在だった。

 

 だから目覚めさせてはならぬ者を目覚めさせてまでも生き延びさせたし、ある程度の方向性は与えた。その最中に重しとなっていた者が目覚めたのは想定外だったが、自己と噛み合せることで認識の矛盾を──決して言ってはならないことを言わせないようにした。

 

 それが良いか悪いかなどどうでもいい。それが結果的に心惹かれたものを壊し殺すことになってしまうがそうしなければ生きてくれない。そのために使われた側が不満を募らせようが知ったことではない。そうまでしても、生きて欲しかっただけだ。ただひたすらに。

 

 有り体に言えば──反省はしていない。

 必死だったのだ。極限状況で出した答えと行動なぞ、平時で見れば反省点しか浮かばんだろう。なればこそ、反省なぞする必要は無いのだ。

 極端な答えとは、得てしてそんなものだ。

 

 

◾️

 

 

 ──ウチの倉庫が崩れた。

 老朽化していたところがあったのだろうか。たまたま。本当にたまたま、その時そこにいたオレは倉庫の崩壊に巻き込まれてあわや死にかけた。

 咄嗟に神力を使って結界を張り、身を守ったはいいものの、無理矢理身の安全を確保したせいで神力の結界を解けば瓦礫に押し潰されるという状況。困りに困って茉子に連絡したら、警察に始まり近所の人たちというか、街のほとんどの人が野次馬含めてやってきた。

 

 ……まぁ。

 クソほど恥ずかしかった。

 

 奇跡的に無傷ということで事情聴取も終わり、マジものの事故として処理されて親に連絡して、保険の話とか色々出てきて、親父とお袋も流石にということで帰ってくる運びになった。

 まあ諸々の都合も相まって2日ほどかかるようだが。

 

「……ねーわ」

 ──老朽化とはな──

 ──とりあえず生きててよかったじゃない──

 ──半身よ、肉体に問題はない。完全に保護することに成功した──

 

 別に何がしたかったわけでもない。

 倉庫の中身を掃除しながら、京香に声をかけてみていただけだった。そんな折に崩壊して死にかけるなど誰が想像ついたろうか。いや本当に運が無い。生きているだけでめっけもんだが……その、個人的にはすごくアレな気分。

 

「……本当に大丈夫なのか馨。お主、まさかそんな……」

「いやその、えっと、あれですわムラサメ様……あんまり、気にしないで?」

 

 マジものの事故だ。

 気にしたって仕方ないというかもう何も言えないというか……はてさて。

 

「いや、茉子君から聞いた時は冷や汗をかいたよ……」

「だからって何も走って現場に来ないでも。こういう時はどっしり構えてくださいってば」

 

 まさか、街一つを巻き込んでのてんやわんやになるとは思わなかった。比奈ねーちゃんなんて血相を変えてたし、ご近所さんたちもみんなぞろぞろやってきて「大丈夫か! 生きてたら返事しろ!」とか声をかけてくれたし……いやマジで茉子への連絡聞かれないでよかった。

 しかしまあ、茉子は随分と話を大きくしてくれたようで。まさかあの電話一本で関係各所ほぼ全域に連絡していたとは。おかげでドタバタと職務をほっぽり出して安晴さんまで来ちゃったじゃないか。

 

「……そんな大事でもないだろこんなの。たかが瓦礫に埋もれただけじゃないか。別に大した話でもない」

 

 冷静に思い返しても、なんでこんなセリフが出てきたのかわからない。とりあえず冷静ではなかったのは事実だ。

 ただまぁ、このあとめちゃくちゃ説教されたとだけは言っておこう。

 

 

「……みんなそんな怒るなよ……」

 ──いや君ね、怒られて当たり前でしょ──

「わかってるけどさぁ……てか、なんだオマエ、出てきたのか」

 ──腹は決まったからね──

 

 ……京香の腹が決まった? どういうこった、早すぎる。悩んだのか? 悩まなかったら逆に驚くぞ。そう簡単に答えが出せるのか? 無理だろ。

 

 ──私は……君に生きて欲しいと思った。それだけだよ──

 

 は? 生きて欲しい?

 

 ──大したことじゃない。殺しかけて、死にかけて、わかった。君はとことん様々な素質をドブに捨ててる。それが私にとっては好ましいんだ。だからこの手で終わらせたくないと思ったし、もしも面倒事が私の所為で起きたらそれはそれで困る。まぁ、あれだ。私は私の為に消えることにするよ。それに死後の楽しみも無いなんて、つまんないからね──

 

 姉妹揃って最低だなオマエら……

 

 ──褒めろよ。こうやって納得したことに──

 

 はいはいすごいねわーぱちぱちー……って言や満足か? 今更すぎるんだよ。

 

 ──けど間に合った。だろ?──

 

 そーかい。まあ……うん……ありがとよ。

 

 ──……ま、褒められたもんじゃないのは十二分に理解してるさ。けど馨、それ以上に厄介なネタがある。姉上から聞いてるか?──

 

 いや、何も。

 

 ──なら私から。……朝武秋穂の存在を、どうも芳乃ちゃんに気付かれたみたいだ。まだ確証は無いみたいだけど、こりゃ時間の問題かね──

 

 ……は?

 いや、どう……するの? これ。 いやマジでどうするのこれ。

 え、契約内容には向こうからとか無いけどこれアウトじゃね?

 

 ──シラ切れる?──

 

 無理だろ。できるわけない。

 近過ぎるとわかるんだ。無理に決まってる。

 シラは切らないけど詭弁を弄してなんとかはできなくもない。屁理屈で逃げ切れるかどうかは……怪しいけれど。彼女は知ってるのか?

 

 ──全然。これは姉上が先に気が付いた──

 

 なるほどね。

 ……黙ってやがったなオマエ。

 

 ──いや、ついこの前だぞ。流石にくたばる機会を逃すなどという愚行はせんよ──

 

 基本的に奏の反論には感情も何も乗ってない。ある種反射的に出てくるものであり、その出来事にほとんど関心が無いことの証明だ。だが、そんなコイツが拒否の感情を思いっきり表に出すなど……こりゃ事実だな。

 

 ……聞いてるのか?

 

 ──いや、切ってる。答えは分かるのでな──

 ──馨だって理解してるでしょ? 彼女は絶対に首を縦に降るはずもない。無駄なことだ。だけど芳乃ちゃんだけは別だろう──

 

 安晴さんへの対処は必要無いんだな?

 

 ──必要無いというよりも、彼は大人で人間だ。敢えて亡霊と会話するつもりもないだろう。割り切れるし、聞いてしまえば崩れてしまうからやらない──

 

 けど、芳乃ちゃんは違う。彼女なら……踏み込むだろう。してどういう踏み込みが──?

 そう考えていたとき、鍵の開く音がした。とうに夕方を過ぎて、沈み損ねた部分だけが浅く空を照らしている時間に鍵を開けられるのはたった一人だけ。

 

 茉子だ。

 

「どしたー」

「聞きたいことが、あって」

「今更聞きたいことってなんだ? もう隠してることなんて本命のエロ本の場所くらいなんだけど」

 

 真面目な話、ほとんど話した。

 残ってるのはマジでこれくらいしかない。しかし茉子の表情は何処か迷いを抱えているようで、それはかつての──素直になる前の彼女が時折見せていた表情そのものだった。

 はて、そんなに悩むようなことがあったのか? と思いながら、茉子を急かさず言葉をただ静かに待つ。

 

「あの、馨くん。虚絶の中に──「その答えが知りたければ自分で来いと芳乃ちゃんに伝えろ。オレが好きになった朝武芳乃は、従者に重荷を一方的に背負わせる女じゃないともな」

 

 自分でも驚くほどにスラスラ出てきた言葉は、紛れも無いオレの本音だった。オレが好きになった、姉と慕った、支えたいと思った芳乃ちゃんは、この事実に足を踏み入れることに躊躇わない人物だったからこそこんな言葉が出てきたのだろう。

 実のところ、何故こう即座に切り替えせたのか。後々になって思い返しても全くわからない。少なくとも誰の意志でもない、オレ自身の意志での発言だったのだが。

 

「茉子。分かるはずだ。これは彼女だけの問題だ。如何にオマエとて、首を突っ込んではならない。オレが言えるのは、それだけだ」

「……わかった。そういうことなんだね?」

「そうだと思ったなら、そう思えばいい。オレは何も言えない」

 

 ──実際、本当のことなどヒトには理解できないのだ。自分のことすらわからないヒトという存在が、どうやってこの世ならざる力によって発生した様々な出来事の詳細を理解できるというのか。

 結局、何も言えない。オレに言えるのは彼女はおそらく本人の残骸に本人の客観的な記憶がくっついて出来た『本人というにはあまりにも遠くて、別人というにはあまりにも近い』存在だということくらい。

 

 ……何を言われても、そう言うしかないんだ。

 

「ところで」

「ん」

 

 しかしそんなオレの内心とは裏腹に、茉子は話題を変えた。しかもなんだがちょっと不機嫌そうな、不安そうな、あるいは──なんだかちょっとモヤついているような、そんな顔をしている。

 ……はて、何かあったのだろうか。

 

「好きになった、って何?」

「え? ……芳乃ちゃんのことだよな? 別に、何ってわけでも。好きだよ、オレ。友達として。まさか茉子、嫌いとか言うなよな?」

「あぁ、うん……そっか。そうだよね。うん。そんなことだろうと思った」

「逆に何だと思ったんだ」

「教えてあげない」

 

 ……いや、大体わかるけどサ。

 オレが芳乃ちゃんを好きと言うのが引っかかるだけだろう。でも仕方ないことだ。オレは彼女が"好き"だ。それこそこの手で愛したい(殺したい)程に──友達として。

 

「そんなに嫌なのか? オレがオマエ以外を好きって言うこと」

「嫌……じゃないよ。でも嬉しくないかな」

「乙女心は複雑ですな。まああんま目くじら立てんでくれ。オレが惚れた女の子はオマエだけだ」

「いい? 馨くんはね、そう言っても全然信用ないんだよ」

「!? なんで! オレ、茉子だけだもん! なのにどうして!?」

「……レナさんかムラサメ様にでも聞いたら?」

 

 ジト目。ついでに低い声。

 

「露骨に不機嫌にならないでよぅ」

 

 ──というかなんでその二人なんだ?

 芳乃ちゃんとかそっちじゃない?

 

「わかんないならわかんないでいいよ」

「えぇ、なんだよそれ。わからないままだとオマエが気分悪いんじゃないのか?」

「ううん。そんなアナタを好きになったから」

「……まあ、なんだ。ありがと?」

「はぁ」

 

 すごく複雑そうなため息を吐かれた。

 ……どうもオレが何か悪いらしい。まったく心当たりが無い。何だというんだ、可愛い子に可愛いと素直に言って。別に誤解を招くようなことでもないだろ。

 オレ、茉子のことを好きだって公言してるし。

 

「馨くんはさ、どうしてナンパとかしてたの?」

「可愛い女の子やら綺麗な女の子やらがいたら声かけちゃダメなのか? 見た目が好みとか、そういうの理由でさ」

「彼女が欲しいとかじゃなかったんだ」

「ただまあ、一般的な思春期男子的な感情は無きにしもあらずってことで」

「本当に、普通なんだね」

「そりゃ一部が致命的に狂ってるが故に魔人だ。それさえ除けば至って普通。そんなものだよ」

 

 ……そういえば、彼はどうしたのだろうか。

 

「んで、犬神サマはなんて?」

「えっ?」

「……いや、なんでもない」

 

 何を言っているのかわからない顔を向けられれば察するというもの。

 アイツ、何も言ってないのか? いや、多分まだ言うつもりないだけだろう。ヤツが今更現世にしがみ付く理由なんかないなんて、ちょっと考えればわかる。

 ただ茉子には甘いからな、少しくらいは──とか考えてそうなものだ。

 

「それより茉子、ムラサメ様は?」

「ムラサメ様? 何も問題無いし、すごくピンピンしてるよ」

「そっか。よかった」

 

 とりあえずムラサメ様に何の問題もなければそれでいい。彼女の無事はなによりも優先されるべき事態だ。

 ……嫌だな、穂織を生かすことが困難だからって、優先順位決めて最悪見捨ててもいいなんて考えて。これでどのツラ下げてここに残りたいって思ってるんだ、オレは──

 

 ああクソッ、悪い癖だな!

 

「また怖い顔してる」

「ごめんよ」

「……やっぱり、自分が嫌い?」

「嫌いじゃないよ。好きじゃないだけで」

「それを嫌いって言うんだよ」

「違うさ」

 

 嫌うのは好きだから。好きだから嫌える。愛しているから憎み、憎んでいるから愛する。嫌いでもなければ憎んでもいないなら、それはきっと──

 

「でさ」

「うん」

「オレ頑張ったよね?」

「え? そう、なのかな?」

「めっちゃ頑張った。命賭けてあのバカと向き合った」

「ご褒美?」

「うん」

「……その……えっと……もう少しだけ、待って欲しい、かな」

 

 困ったような、宥めるような声色で、そんな表情。

 冷静に考えれば、確かに待つべき時だ。なのにオレは盛って茉子に迫ってしまった。やらしいとかいう問題ではないなこれ。

 

「そっか。うん。じゃ、待つ」

「馨くん待てるの?」

「冷静に考えたらこの状況でヤるのはなんか違うから、待てる。でもなんか今日は人肌が恋しいから……茉子」

 

 やっぱり死の危機に瀕するのは、怖い。

 そんな時はどうしようもなく──"()"を求めてしまうんだ。

 

「馨くん……生きててよかった」

「ああ……死ななくてよかった」

 

 ぎゅっと彼女を抱き締めて、この腕の中の命を手折りたい気持ちを改めて実感する。けれどしない。この苦しみが、痛みが、オレを人間足らしめているのだから──

 

 ──しかし、困ったことがあるとすれば。

 例えもし、穂織をどうにかする術を見出したとしても、犬神の処遇に関しては未だ何も決まっていないということ。

 ヤツもまた、最後に残る祟り。

 オレもヤツも、人と共に在れるがその内に小さく、しかし致命的な、極めて恐ろしい歪みを内包している。オレは言わずもがな。ヤツは──復讐鬼であること。

 

 魂まで染み付いた憎悪の咆哮は、彼の穏やかな部分だけで抑えられる程ヤワなものではない。恐らくは些細なきっかけで出てくることだろう。自分を棚上げするつもりは毛頭無いが、どうにもならなさで言ったら犬神の方が遥かに上だ。オレは最悪芳乃ちゃんか茉子の血を飲めばまあ……なんとか済むようにはなる。吸血鬼みたいだが仕方ない。神力とは受け継がれるもの、つまり血そのものでもあるのだから。自分の属性とは正反対のものを摂取する以上、やりすぎれば死ぬからあんまりやりたくないけど。

 

 が、犬神は一度暴走を始めれば祓う以外に止める術が無い。茉子と奇妙な友情めいた関係を築いている彼も、怒り狂って滅殺を行う彼も、どちらも同じで本物だ。今もまともな意識が残っているなんて、それこそ奇跡だろう。

 片方だけ残せるなどと、都合の良いことはない。オレだって殺意/愛情を捨てたらその根底や自覚が無くなった上に虚絶の意志に強く影響を受けるようになっていたのだから。

 

 ──オマエはどうしたいんだ。

 黙ってねえで、答えろよ……

 

 そう内心で語りかけるように尋ねても、答えは帰ってこない。当たり前だ。

 オレと彼は、正反対なのだから。

 

 

 

 ……それから数日後。

 

 ムラサメ様の具合が相当良くなり、外出許可も出たのでとりあえず例の会議へお越しいただくことになった。

 服に関しては、なんでもあの素っ頓狂なデザインの服がいいとかなんとか言ってて、けどそんなもの当然無いから芳乃ちゃんのお下がりを借りている。

 

 ……あんな服どこにあんだよムラサメ様ぁ。オレに作れとか言うなよな……言われたら作るけどさ。裁縫は割と得意だしさ。芳乃ちゃんには劣るけど。

 

 けどムラサメ様って何着ても似合うんだよなあ。素材がめっちゃいいんだよね。結構いいトコの生まれだったのか、元が病人だったとは思えないくらい初期状態も良かったから、肉付きもいいし。

 ……順当に成長したらって想像するだけでヤバイな。迫られたら断れん。

 

 ──浮気者じゃない──

 

 い、いや……その……冷静になってみろよ。ボンキュボンの高身長に成長なされたムラサメ様に寄られて平然としてられるか? ドキドキしちゃうだろフツー。

 

 ──じゃあ茉子ちゃんはどうなのよ?──

 

 いやそりゃもちろん茉子が一番で、そりゃ迫られたらめっちゃドキドキするだろうし食べちゃうだろうけどさ。それとこれとは、その、あれだよ違うって言うかなんて言うか。

 

 ──どー思うよ姉上ぇ──

 ──どうもこうも……馨が助平なだけじゃないか──

 ──だよねえ。やーい、スケベ男──

 

 うるせぇ! 仕方ねえだろ!

 男なんだから女の子に心惹かれて何が悪い!

 本命は茉子だしハメなんか外さない!

 茉子第一! 茉子ラブ! 茉子以外に恋はしない!

 

 ──でも欲情する──

 ──度し難い──

 

 否定できない。

 否定できないからこそめちゃくちゃ返答に困る。

 

 ──お前の初恋は彼女なのだろう? 僅かに垣間見たその姿に、一目惚れした──

 ──記憶が丸ごと吹っ飛んでたし、今になって思い返してみてもだいぶ朧げでもあってるでしょ?──

 

 ……確かにそうだ。

 もう朧げな記憶ではあるが、オレはかつてムラサメ様を見たのだ。本当に穂織に来たばっかの頃に、たった一度きり。何故見えたのかは知らない。確かにオレは魔人として生を受けたが、力の使い方を知らなければ只人と同じ。つまり本当に今の今まで、見ることが叶わなかったのだ。何せ力の使い方を知った時には死を選んでいたから。

 

 ただ──夕陽を背にして微かに見えたその姿に、幼少のオレは恋をしてしまったのだ。

 しかしそれはもう思い出。茉子に恋をしている、彼女を愛している(殺したい)と知った時にはもう風化していた。いや……正確に言えば、その時になって愛したい(殺したい)とも思わなかったことに気が付いた。

 

 何故一目惚れがほんの僅かな時間で消えたかなど当然の話だ。とても綺麗で、可愛らしい笑顔を見せてくれた憧れの少女と過ごす中で、自然と何者にも代え難いくらい愛おしくなって──幼少に見た微かな蜃気楼など、別に愛おしくもなんともなくなっていたというだけ。

 

 ……だからと言ってムラサメ様をそうした意味で特別視した行動はしてない。思い出したのはつい最近。吹き飛んだ記憶の中でも極め付けに朧げなものだ。故に彼女に対して向けていたのは純粋な尊敬の念や、報われて欲しいという思いだけで特別に思っているだけだ。

 だからやっぱり茉子に言われたことには納得行かない。そりゃまあドキドキはしたけどそれはそれ。何かこう……オレとして心を強く向けているつもりは毛頭無い。レナにも同じことが言える。

 

 しかしこう、自分では茉子を一番にしているつもりなのだが……省みるとどうも彼女とはまた別な一番が多いと言うか何と言うか、優柔不断っぷりが凄い。あれも一番これも一番、茉子が一番茉子も一番……よくこんなザマで愛想尽かされなかったと真剣に自分に感心する。ぶっちゃけ、そういう人間だとわかっていてもそれを受け入れられる人間の方が少ないのではないだろうか。口ではオマエが一番で、それ以外特別なものは何も要らない。オマエだけあれば何だっていいとかほざいてる割には、行動がまったく伴っていないし、すぐに鬱ぎ込むし挙げ句の果てに誰にも相談しない面倒臭さ。

 ……嫌われるのが当たり前なのにも関わらずよくまあ本当に、みんな好きでいてくれたモンだ。オレ、マジで人間性があまりにもゴミ過ぎる。

 

 ──ま、私らの言えた義理でもねーけどねー──

 ──クククッ。選り取り見取り、愉しいよなあ?──

 ──姉上、死にたいか──

 ──ほざけ、とうの昔に殺されてるわ──

 

 あのぅ、人ン中で喧嘩しないでくれませんかねェ? そのために封じ込めてるんじゃねぇからな?

 

 ──……へーへー……──

 ──わかっているさ。わかっているとも──

 

 やれやれ。

 中身がうるせえ。

 

 ──半身よ──

 

 あ?

 

 ──いや、なんでもない──

 

 ????

 珍しく感情を剥き出しにしているのに、何一つ感情が見えない不思議な感覚。彼あるいは彼女が何を考えているのかはわからないが、どうにも何か思うものがあるらしい。

 ……一体何を思ってるやら。気にはなるが、敢えて突き詰める必要も無いだろう。オレはオレで、彼あるいは彼女は彼あるいは彼女だ。いくら半身と言うべき関係性であっても、そうそう踏み入るべきではなかろうさな。

 

 ──……せめて、女扱いしてくれ──

 

 どうした急に。

 

 ──我はこんなのでも、存在としては女性的だ──

 

 あ、うん。わかった。

 ……おかしいな、オレから生まれたなら男寄りのはずなんだが……どういうことだ?

 とにかく今度から彼女ということにしよう。本人が女性と言うんだ、ならば女性なんだろう。なんか釈然としないけど。

 

 そうして集合すれば。

 

「なあ将臣」

「どうした廉太郎」

「よく保ったな」

「そこまで余裕なかったしな」

 

 リアルムラサメ様を見ていきなりである。

 流石廉太郎、一切ブレない。素晴らしくアイツらしい。

 

「余裕が無いって割には見た限り普段通りだったけどな」

「日中は安全だったんだ。だから……気を抜いてたは違うけど、気はそこまで張ってなかったかな」

「なるほど。メリハリが付けられればそうもなるか」

「それに祖父ちゃんに早朝鍛えてもらってて。それもあったと思う」

「そりゃそうなるわな」

 

 だから余裕が生まれていきなり芳乃ちゃんにアプローチをかけていたのだが……いや、鍛えていたとてそこまで硬いか? 性とは厄介なものだぞ? そう考えるとコイツすごいな。オレなら3日も保たないぞ。

 

「馨は慣れてるか」

「当然。今更だし」

「……嘘吐き……」

「あ?」

「なんでもない」

「そォかい」

 

 まあ、見栄を張ったのは否めない。実際その辺は人並みだし、ばったり茉子と全裸で向かい合った時なんて言わずもがなだ。だから小声で茉子が何か言ってたとしても、ここは気付かないフリをしよう。

 大方、嘘吐きだのなんだの言っていたのだろうが。そこまでオレもバカじゃない。

 

「さて、第2回じゃ! ほれほれ、案を出さんか!」

「ノリノリだねえ、ムラサメちゃんは」

「娑婆の空気が美味いのじゃ。それは心も弾むじゃろう」

「ふふっ、よかったです」

 

 実際、連れてこようと説得したのは芳乃ちゃんだった。彼女の鶴の一声が──いや、どちらかと言えば子供を擁護する母親の一声か? それによって折れた安晴さんと将臣が送り出したらしい。

 ……しかしまあ、こうして元気であられると非常に嬉しい。オレとしても素直に祝福したい。

 

 だからこそこの手で、彼女に()()を──

 

「ちょっと」

 

 茉子に裾を引っ張られ、蠢く宿痾がピタリと止まる。

 

「……悪い。わかるのか?」

 

 自制のできない自分を情けなく思いつつも、しかしそれほどまでわかりやすくはなかった筈だが、と尋ねてみる。すると茉子は少し考えてから。

 

「勘、かな」

「さいでっか」

 

 なら、何も言うまいよ。

 オマエの勘なら疑えない。

 

「意外と幼いんだ、ムラサメ様って」

「くくっ、もっと大人びたものを想像していたか? 小春よ。しかしながらご主人がちゃんを付けるような相手ともなれば、そこまで違和感は無かろう」

「確かに……お兄ちゃんがわざわざちゃん付けで呼んだなら歳下に見えたってことだし……なるほど」

 

 驚いた表情から一転して、ふむふむと頷く小春ちゃん。納得がいったようで何より。しかしちゃん付けをする相手が歳下限定と思っているのは何か違うような……いや、アイツそんなんだな。うん。

 

「まー坊にムラサメちゃん呼びされた時どうだったんですか?」

「新鮮じゃったぞ。当たり前じゃが、そんな風に呼ばれたことなどなかったからの」

 

 そしてしれっとニヤニヤしながら尋ねる芦花さんと、しれっと涼しい顔で対応するムラサメ様。この二人のわかってる感がすごい。まあ、大人同士通じ合う何かがあったりするんじゃあないのかね。

 オレにはよくわからんが。

 

「レナは……なんじゃろな、生身であってもさしてこう。元々見えておったからか」

「まあ、わたしとムラサメちゃんの仲でありますし、あれこれ言うのもヤゴでしょう? けれどこうして元に戻れたようで、何よりですっ」

「野暮じゃ野暮。レナよ、ヤゴでは虫だぞ?」

 

 野暮って……間違えるものか? ぼ、とご、は発音的には似てるけど遠い筈なんだが……ううむ。そうやって頭を悩ませているが、しかしこの状況──ふむ、そうか。

 

「今日もムラサメ様と触れ合い会かね」

「まさか。今からするんですよ」

 

 だが芳乃ちゃんはしたり顔で言う。様になっているようで様になっていないのはある意味で彼女らしい。

 

「そういうわけでほれ、案を言うのじゃお主ら!」

 

 そうムラサメ様が切り出すと、まずはドヤ顔の廉が──

 

「例の五輪はどうよ」

「狭すぎる」

 

 廉、オマエそこまでバカじゃない筈だが。

 

「じゃあ何かレースとかどう? ほら、あの豆腐屋さんみたいにこう」

「そんなんやったら事故るわ。芦花さんは観客ぎゅう詰めのマジキチ猛レースがお望み?」

 

 芦花さんはまず某熱狂期を見るべきだと思う。穂織でそれをやるということはつまりそういうことなのだ。

 

「うーん……ねえ馨さん、野球ならいいんじゃないかな」

「飛んだ球が民家にホームランするからダメだ」

 

 思考回路が廉と同レベルすぎる。小春ちゃん、キミもう少し賢い子の筈だよね? 穂織という狭い土地で甲子園的な事が出来てたまるか。そんなのが出来るならとっくの昔にどうにかなってる。

 

「穂織48?」

「……オレの茉子だ。誰にも渡さない。ましてや、訳の分からん連中なんかにはな」

 

 そして将臣は何をほざいているやら。

 はっきり言って自分の恋人がアイドルやってる姿を見て正気でいられる自信は無い。下手したら監禁しかねん。

 ──あとなんか穂織の子たちでアイドルグループ作ろうってのは……大変にいけない気がする。そう、なんというか……いや、何を考えているんだオレは? なんかもやつく。

 

「所謂他のところの普通が一切ダメではないか」

「異常である穂織を立て直すなら異常をするんだよ。けど生半可なことじゃ穂織に人は戻ってこない。やるなら徹底的にだ」

 

 しかしムラサメ様に対してこうは言うものの、肝心の内容が何も思いつかない。特にオレは。そもそもの始まりが叢雨丸ありきなのだから、いわば心臓の無い人間のようなものなのだ。

 

「けどその徹底的にやるものが何もない。だからどうしようもない、ですね?」

「その通り」

「いいところでありますし、星空とかキレイでありますのに」

 

 さて、そんなことを言っているレナだが、彼女は過去の自分に気が付いているのだろうか。オレは不思議とよく覚えているタチなので、その辺には目ざといのだ。

 

「ていうか……レナ、キミは穂織に来るって言うよりも日本に来るって感じじゃなかったか?」

「あっ」

「釣られたのって、古い日本の姿を割と残しているからだよな?」

「………………はぃ」

 

 別に責めているわけではないので、そんな申し訳なさそうな顔をしないで欲しい。

 結局はそうだ。心臓の無い穂織など代用品以外の何者でもない。穂織でなければならない理由が無いままだと、どうやっても人が戻ってくることはない。

 

「のぅ、りゃん太郎」

「廉太郎っス。なんでりゃんなんスか。せめて乱太郎とかそっちにしてください」

「すまんな。して吾輩思うのじゃが」

 

 そんな中、ヘンテコな名前の間違え方をしたムラサメ様が廉に声をかける。敢えて将臣ではないのは特に理由はないだろう。強いて言うなら、目に入ったからとか、そんな理由だろうさな。

 

「美味い食べ物を増やせば良いのではないか?」

「あの……それ、相当に無茶っす。確かに穂織には何も無いから、そういうものを作るのはアリでしょうけど、いかんせん時間が無いっすよ」

 

 したり顔のムラサメ様に対して物凄く困った表情の廉だが、アイツの言いたいこともムラサメ様の言いたいこともわかる。

 

「けど実際現実的ではあるから、うちで色々開発中なんだ。その内、みんなに味見役してもらおうかなって」

「私もお姉ちゃんも色々研究してる最中だから、ほら、ご意見番欲しいなあってなってたの」

「……そんなものでどうにかなるものかな……」

 

 ……楽観的すぎる。そんなもの、メインがなければ引き立たないサブだろう……

 

「馨さ、どうしたの?」

 

 そんなことをつい漏らしたオレを訝しんで、芦花さんが怪訝な表情で声をかけてきた。

 

「自分から意見は言わないのに、他人の意見は理詰めで否定的。けど諦めてるわけじゃない。ずっとそんな感じ。言ってることとやってること、噛み合ってないよ」

「……それ、は……」

「意地悪してるんじゃない。それはわかってるよ。でも何か……」

 

 それはおかしい──そう言われた段階で、オレの思考がぐらついた。聞いてはいけない、言ってはいけない、許されてはならない。何故ならそれは。

 

 ……どうせなら、いっそここで。

 ■■■(諸共に)■■■■■■■■(愛してしまおうか)

 ガチリと歯車が廻る。錆び付いたものが動き出す。そして──

 

「そこまでにせよ、芦花」

 

 起きた衝動が、ムラサメ様の声を聞いて再び眠りにつく。回ってはいけない、動いてはいけないものから解放され……オレは自分が何を考えていたのか、わからなかった。

 ──オレ、何を考えてた……? 何故この声でハッとした? オレは……

 

「その件については吾輩が説明する。ただ馨は席を外せ。その方がお主にとって良い」

 

 ……釈然としない、というには違う。納得はいくのだが。

 だがオレ自身に違和感はあった。何故の答えは出ないまま、とりあえず任せようと部屋を出るのだった。




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