千恋*万花~福音輪廻~   作:図書室でオナろう

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筆が進まないよぉ……なんでぇ……


左手

 ……わかっていても、追い出されるというのは悲しいくらいに心に来る。

 端的に言えば、凹んでいた。

 

「はぁ……」

 

 なんであんなこと言っちゃったんだろう、とか。

 もうちょいやりようあったんじゃないか、とか。

 もう過ぎたことだし仕方ないんじゃないか、とか。

 けど単なる事実だとしてもそれはそれでショックだなあ、とか。

 

 つまり、だ。

 

「……やっぱオレってダメだなあ」

 ──性格に首を傾げても仕方なかろう、半身よ──

「それでも首を傾げたいの」

 ──自虐が趣味ではあるまい──

「……自分を傷付けて見えるものもあるのさ」

 

 そんな言葉に呆れ返ったのか、深いため息が聞こえると彼女は自然と抜け出てきた。

 

「鬼にならねば見えぬ地平はあるが、自らを痛め付けて見えるのは己が限界と嗜好だけだぞ。馨」

「オレはマゾじゃねえよ」

「さてな。存外、常陸茉子に攻められて楽しかったのではないか」

「……茉子にならな……」

「ならば我はどうだ?」

「やめてくれ。一種の自虐もいいとこだ」

「フフフ……違いない」

 

 ──まったく、困った奴だ。

 そういう言葉を、そういう顔で言われてしまえば、コッチも微笑んでしまうのは知っているだろうに。

 

「んで、どうした急に」

「何、寂しいのだろう?」

「まあ、なんだ、ありがと」

「別に良い。我と貴様の仲だ」

 

 感謝を言い合う仲では無いとでも言いたいのか、はたまた別な感情なのか。実のところ、オレもよくわからない。自分のことは自分が一番よくわからない──そんなものだ。

 無表情で隣に座り込んで来たコイツを見て……やっぱり顔だけは茉子と同じだなと強く認識する。けれど、見てもこの手で殺めたいとも思わない。決定的な違いを感じる。

 でも顔はいい。腹立つ。

 

「オマエ、顔いいよな」

「貴様が愛した女の顔だからな、当然だ」

「よく言えるな」

「単なる事実だ。身体の方は……奴よりもやや豊満か。趣味がわかるな」

「よしてくれ」

「大艦巨砲主義は男の性ではなかったのか」

 

 そこを突かれると何も言えなくなる。すごくなにも言えない。そりゃ巨乳は好きだし色々と妄想したいさ。でも茉子の胸が大きかろうが小さかろうが、それが茉子の一部というだけでそれらが全て些事になるほどに愛おしいのだ。

 

「とは言え、等身大の彼女の方が好みなのだろう」

「そりゃな」

 

 いくら虚絶がオレの思い描く理想の茉子の形をとっていても、オレが愛しているのは茉子なのだ。姿形ではなく、オレは彼女の──格好いいところに惹かれたのだから。

 

「オレ、寝る」

 

 ただまあ、なんかふて寝したい気持ちもあって。

 

「剣は誤魔化しておこう」

「頼む」

 

 壁を背にし、片膝を立てて刀を立て掛け、瞼を閉じる。

 ……本当なら、こんな風に無理矢理に寝るのは好きじゃなかった。けれど長い時間を過ごす中で、寝れない時に寝るためのものになっていった。今はとにかく寝ていたい。寝て忘れたい。

 

「……なんで、こんな風にしか生きられないんだろ……」

 

 ああ、畜生。

 人間が羨ましくて、仕方ない。

 

 

 

 

 

 

「それはな、半身よ。お前がこの地を愛しているからさ──」

 

 愛しているから壊してしまう。

 そんな単純な答えが全てであり、それだけの話だったが、それだけのことだった。

 

「……難儀なものだ。死んだものを死に続けさせたとして、それは殺したということになるのか」

 

 馨は穂織を嫌いなのではない。むしろ好きだ。彼もまた、一族の例外ではなく穂織という土地に心惹かれている。だからこそ壊そうとするし、まともな案を出そうともしない。天邪鬼のようだが、別に故意にそうしているわけでもなく、無意識的にそうしている。無論そうするのは──

 

「不要になったものを元に戻せば良い。穂織とは人と愛と、そして神の三位一体だ。神たる剣が欠けたならば、神たる剣を納めれば良いだけのこと」

 

 叢雨丸が失われたことで危機に陥った。

 ならば叢雨丸を元の形に戻せば良い。

 現物はあるし、担い手すらいるのだ。何も困ることもない。何をやってもダメなのだから、何をするまでもなく元に戻すだけ。

 何も不思議な話ではない。

 穂織と神は切っても切れない縁がある。穂織には神が必要だし、神には穂織が必要なのだ。

 それを本能的にわかってるから、それを想起させるようなことを言わないし言えないだけ。

 

「まあ、言ってやる道理も無いが」

 

 虚絶にとってはどうでもいいことだ。

 正解を知ってようが、言ってやる必要など無い。何故なら彼女もまた馨の一側面である。愛情と殺意は両立する──それが答えだった。

 

 姿を消しながら、彼女は自分に眠る妬心をどうしたものかと考える。

 

 ──常陸茉子……何故貴様なのだ──

 

 虚絶自身の意志として、理想そのものと呼べる馨に選ばれなかったことが未だに響くのだ。

 

 ──何故我ではない。何故何もしなかった貴様が……──

 

 虚絶は別に穂織の人々が嫌いなのではない。茉子のことも好きだ。馨なのだから。しかし、生まれた時から共にいた自分が選ばれなかったことだけが、どうしても気に入らないのだ。

 何故茉子が、何もしなかった茉子が選ばれたのか? せいぜいが言葉をかけてやるくらいしかできなかったのに、何故だ?

 

 ──……何故だ、何故貴様なのだ……貴様でなければならない理由などないだろう……何が違うのだ。我と貴様の何が違う。共に寄り添い、心底に触れている。だというのに何故貴様だけが……──

 

 渦巻く感情、荒れ狂う思考、纏まらない答え。

 虚を絶つ刃に芽生えていた意識は、ひたすらに廻る。何故を求めてグルリと回って……

 

 無明長夜の昼行灯であるそれはまだ、答えを出せない。

 

 

 

「さて、まず馨についてじゃが──あれは無視せよ。そういう生き物じゃ」

 

 馨を追い出したと思ったら、いきなりムラサメはあっけからんと言い放った。飲み込めていない芦花、小春、廉太郎らに対して、更に噛み砕いて言葉を紡ぐ。

 

「まあ"そういうこと"で"そういうもの"じゃ。変わらぬし、変えられぬ。先祖から考えればそういう答えじゃ」

「……つまり、何かしらおかしなところがあると?」

「吾輩たちから見たらな。馨たちから見れば正常──それで終わりだ」

 

 稲上馨は、人には理解できない。例え茉子でさえも。

 ムラサメは言外にそう言いつつ、芦花に視線を向けた。

 

「芦花よ。先程否定する割には何も出さないと言ったな? それが馨だ。否定はできるが、肯定と改善案だけは出せん、ま、要は使えん男じゃ」

「使えないって……いや、まあ、そうですけど」

「ただ本人には言うなよ。言ってしまえばまたぞろ面倒なことになりかねん。あれは基本的に自己否定と自虐の塊ぞ? 本気で穂織の今後を考えたいのに自分が元々そういうことができないモノと知ってしまえば、大方また引き篭もるくらいのことは平然とする」

 

 ムラサメとて馨の根本が自己否定にあることくらい気付いている。穂織に住む人間の中で──現在過去含めて、あれほど狂気に満ち溢れた者はそういまい。

 そもそも馨は魔人であって、人間ではないのだ。絶対に人間とは相容れない。

 

「ただ少なくとも、合理の点で否定しているのは事実だ。馨は頭ごなし……ではあるが、理由も無く否定しているわけではない。そうじゃな……あやつが特に難色を示すものが、恐らくは穂織に必要なものとなるだろう」

「んん? つまりあれっすか、馨が絶対にできない、あり得ないみたいな反応をしたのが正解ってことになるんすかね?」

「正解かどうかはわからぬ。が、それが効果のあることであるのは間違いないじゃろう」

 

 死こそ愛──その根本的歪みを逆手に取った判別方法。正直いい気分はしないが、死そのものと極めて近しい存在が「殺し続けようとしているのではないか?」と漏らすのだ。やってみる他ない。

 

「理科の実験みたいですね」

「言い得て妙だな。確かに理科の実験を思い出すよ、俺も」

「リトマス試験紙の反応実験だろ? にしては随分な大事だけどな」

 

 小春の呟きにそうだそうだと反応する廉太郎と将臣。

 

「お兄ちゃんも廉兄も、馨さんを何だと思ってるの」

 

 確かにいい加減なところもあるし、正直に言ってろくでもないところが大量にあるのが馨だと小春も認識しているが、それにしたってもうちょっと何か言いようかあるのではないか──兄貴と兄貴分の結構ズバッとした言い方に、思わずツッコミをせざるを得ない。馨の事情は欠けらくらいしか知らないが、色々知ってそうな将臣からもこんなセリフが出てくるとは……

 しかし言われた方と言えば。

 

「え? ……って言われてもなあ、将臣。あいつだもんなあ」

「まあ、なあ……馨だもんなぁ……」

「めんどくせえし」

「ヘタレだし」

「ガサツだから変に思い切りがいいし、捻くれ者だから中々素直になろうともしないし、そのくせ繊細だから悩み事とか指摘すると、捻くれ者特有の誤魔化しをしながら自己嫌悪をするんですよ。本当に面倒くさい人なんです」

「み、巫女姫様まで……」

「この中で馨君と付き合いが一番長いのは私と茉子ですから」

「アタシ全然その辺知らなかったけど、聞くだけで根本的に滅茶苦茶面倒くさい性格してるってよーくわかるよ……」

 

 げんなりした芦花を見ながら、何故か芳乃は誇らし気にドヤ顔をしながら言った。

 

「まぁ、馨君の面倒くささを語らせたら茉子の右に出る人はいませんよ」

「芳乃様、ワタシの感じてる面倒くささはちょっとズレたところですから」

「ホント?」

「ホントです。けど流石に秘密にさせてください。本人から『言わないで』って念を押されてるので──……あ、ちょっとワタシ、席を外しますね。家から電話が。馨くんは任せました」

 

 そうして茉子は外に出ながら、内面に意識を向ける準備を整える。

 ──電話、などと言ったが違う。彼女の中の潜む犬神が、久々に声をかけてきたのだ。人気の少ない場所に足を運び……そういう必要は無いが、なんとなく気を使いたかった……自分の深層へと更に潜って行く。

 

(どうしたんですか?)

 ──単刀直入に言う。私を祓え──

(っ、何故ですか?)

 

 そんな気はしていたが、言われるとやはり動揺する。これまで何度とあったがいつまでも慣れない。これもまた、そんな話だった。

 

 ──単純な話だ。私はこれ以上の生き恥を晒す気は無い──

(生き恥って──)

 ──いや、死に恥か? まぁいい。とかく、それが答えだ──

 

 そう言われても、と言葉を続けようとしたが事情が事情であるが故に閉口し……彼は更に言葉を続ける。

 

 ──よもや、生きろと言うつもりではあるまいな? 私は……白山狛男神は既に死んでいる。この私は死んだ時に焼き付いた強い思念のようなものに過ぎない。もはや生も死も無く、ただそこに揺蕩うだけの亡霊だ──

 

 そもそもこの犬神は本当にそれそのものなのか、という問題について彼は触れていく。

 

 ──それに危険性もある。私という存在はどこまで行っても人間への憎しみで動く祟りだ。些細なことでまたぞろ面倒な事態に発展するのも疲れるだろう──

 

 そして告げられる、一番もっともな理由。

 

 ──恋人と明日を迎えたいのだろう? その明日に、私はいないのだ。私は既に昨日なのだから。今日であるお前たちとは異なり、昨日こそが全てなのだ──

 

 死んだ存在はそこで終わり。

 彼の言いたいことはそういうことだ。所詮そこまでの存在。己はそうなってしまったのだと。

 

 ──それにな、もういい加減、疲れた──

 

 そして、彼は本音を呟いた。

 死ぬのは怖いが、長く生きるのは疲れる。生きることは傷付くことであると、他ならぬ彼や馨が示しているように。

 ……もう疲れたから休みたい。長くを生きて、長くに死んでいた者の悲痛な叫び。それを聞いて茉子は、無理に引き留めたくはないが──それでも自分の心は全く違うことを言っている。だから……

 

(ワタシはアナタとも一緒にいたいですよ)

 ──一族を呪った相手がいいだと?──

 

 引き留めたいという意志はあるということだけは伝えることにしたが、帰ってきたのはごくごく当たり前の答え。何を言っているんだお前はという呆れもよく伝わってくる。ただそれでも、茉子は自分が何故そう思っているのかを素直に伝える。

 

(それとこれとはまた別です。だって何も悪くないんですよ、アナタは。それに、一緒にいて楽しい。だから一緒にいたいって思うのは不思議なことですか?)

 ──奴はそう思わんだろうな──

(……馨くんは関係ないでしょう)

 ──大いにある。奴は今後のことを考え、私を祓う気でいる──

 

 黙りこくる。わかっていても考えてこなかったこと。馨なら必ずそうすると知っているから。茉子だってそれはわかっている。わかっているけれど……それでも、と思ってしまうのだ。

 

 ──むしろ、あれが私を残しておくとでも思ったのか? お前も奴がどういうモノかを理解しているだろうに──

(馨くんは確かに、そうします。でも──……いや、だからこそなんでしょうね……)

 ──そんなに気になるのであれば、聞けばいい。話せばいい。その果てにどのようなことになるかは知らぬが、お前の望みが私がここにいることであれば──

 

 ……ある意味ではずっと避けていたことをしろと、彼は告げて沈んで行く。

 怖いけど、行かなければならない。

 ただそれでも、時間は欲しかった。

 

 

 

 

 眼下に広がるのは辺り一面の屍の海。

 知ってる顔、知ってる顔、知ってる顔……全員知ってる顔だ。実に素晴らしい光景、実に愉しい光景、実に虚しい光景、実に悍ましい光景、実につまらない光景。

 

 だってこれは──

 

「……いい夢だ……吐き気がする」

 

 夢なのだから。

 夢の中だが、それが夢であることを理解していた。そもそもオレでは絶対にできないことだ、そんなオチだと知っている。

 とはいえこんな夢を見るということはつまりそうしたいのであって。こういう光景を見れば多幸感に包まれるのもまた事実であって。

 

「……めんどくせえ」

 

 そういう風にしか生きられない己の虚しさを嫌悪しながら、決して現実にはならない夢を刻み付けようと覚醒を拒む。ちょっとくらい、いい夢を見てもいいじゃないか。どうせ何をしようとも人として生きて死ぬのだ、魔人としての生は掴み取らない。ただ夢に見たなら刻み付けてもいいだろう、自慰と何も変わらない。

 だから本当に一瞬でも長くこの地獄を目に焼き付けようとして──

 

「──」

 

 ……誰だ?

 誰かが揺さぶっている。声をかけている。瞼が重い、開けたくない。

 けれど起こしているんだ、起きなければ──

 そうして半分以上、イヤイヤで目を覚ましてみれば映ったのはレナの綺麗な顔だった。

 

「……レナ……?」

「はい。レナですよ」

 

 寝起きにレナは、強烈だな。本当に綺麗で──あぁ、確かにこれなら女神に見える。

 見惚れたし、思わず首に手が伸びかけた。本当に綺麗な女の子だよ。こんな友達を持ててオレは幸せ者だなあ。

 ……なんて半分寝惚けた頭で考えているオレと違って、レナは至って真剣に心配している表情だ。

 

「寝てたのですか」

「ふて寝してたよ」

「フテネ?」

「ふてくさって寝た」

 

 合点がいったような、いかないような顔。

 不思議と可愛いものだから、ついついクスッと笑ってしまう。そんなオレになんだか微妙な視線を向けてから、レナは心配そうに言った。

 

「やっぱりショックだったんですか?」

「いや。納得してるし、使えない奴を弾き出すのは当たり前だ。別段、何か文句を言うつもりは無い」

 

 事実、文句は無い。使えないのに口先だけ立派では、空気を悪くすることくらいしかできない。オレ抜きの方がよほど建設的だろう。

 

「けど、珍しいな。レナじゃなくて、茉子が来るものかと思ったけど」

「マコは何やら用事があるようで、一人でいたいそうですよ」

「なるほど。で、他の奴らはオレがめんどくさいからって消極法で?」

「いえ、わたしが様子を見たかったからです」

 

 ……レナが?

 普通に何故と、疑問が湧いた。

 

「なんで?」

「トモダチでありますし、それに……まあ、わたしにも少し残っているので、アテがあるといいますか」

「そっか。なんかごめんな」

「すぐに謝るの、悪い癖だと思います」

「そうかな? 実際悪いことしてるし」

「カオル──もしかして、自分が理由なら何でも悪いと思っていません?」

「実際、害悪だし災害だし無条件で悪いだろ」

 

 ……ため息を吐かれた。事実の筈なのだが、しかし、レナ的には何かもう色々違う模様。ああ、なんかこの顔……呆れた時の比奈ねーちゃんみてえだ。

 けどそんなのも一瞬。レナはすぐに表情を変えて──とても難しそうな表情だったが──オレに尋ねた。

 

「……ところでカオル、一番マコを愛せるのはその、傷付けることでありますよね?」

「うん? そりゃ……まあ、そうだけど」

「例えばですけど、マコではなくわたしに対して友情を示すのであれば、どのようにするのですか?」

 

 ふむ、と悩むまでもない。

 オレはそもそも、ありとあらゆる愛情表現が殺害なのだからその答えはたった一つだけである。茉子だけじゃない、オレが好きなものには、何一つ例外はない。

 

「もちろん、愛す(殺す)ことだな」

「ではわたしが生きていないとそれはできませんよね」

「まあな。生は死を以て生を確立し、死は生を以て死を確立する。殺すのであれば生きていなければならないし、生きているから殺せるのであって」

「では死んでいるものを愛するとしたら?」

「……ふむ」

 

 死んでいるものを?

 矛盾だな。

 

「愛しようがない。仮に死んでいないだけであるなら、完全に息の根を止めるが愛することにはなるけど……なんだ急に。理解できないことを理解する必要はどこにもないんだぞ?」

「いえ、カオルのおかげで何か見えてきそうです。ありがとうございますですよ!」

「??? ……まあ、なんだ、どういたしまして……なのか?」

 

 こんなことが何の役に立つのかさっぱりわからん。ただレナは何かわかったらしく、合点の行った顔をしている。はて、なんのことやら。本当によくわからないから悩んでいると、レナが頬に手を当てて視線を合わせてくる。

 柔らかいな……喰い千切って壊したい。白い肌を赤く染めたら、どれだけ綺麗になるんだろうか。それだけの痛みを伴えば、彼女にオレの気持ちは伝わるだろうか──

 

 ──そこまで。妄想だけにしな──

 

 ……わかってるよ。手は出さない。そう決めた。

 

 ──別にいいんじゃないか? 全て愛せばお前は死ぬのだろうし──

 

 やめると言ったらやめる。

 決めたのなら貫き通す。

 

 ──チッ、面白くない──

 

 それがオレだ。四の五を言うなら祓わず殺すぞ。

 

 ──わかってるわかってる……うるさいなァ──

 

 まったくうるさいヤツだ。そんなのだから妹に殺される。もう無視しよう。

 さて、視線を彼女に向ければそこにあったのは……何故か照れ顔。

 

「か、カオル……その……あんまりそういう目で見られると困るであります……」

 

 ──固まった。

 恐れでも嘆きでもなく、羞恥とは。まさかこれほどまでに理解されているとは。そこまで実直な感情を向けているつもりはなかったんだが……

 

「わかるの?」

 

 物は試しと聞いてみると、まるでエロ本の隠し場所を見られたオレのようにあたふたしながら頬を赤く染めたレナは、モゴモゴと呟きだした。

 

「なんというか、熱っぽいというか……マサオミがヨシノを見る目にそっくりというか……でも怖いようで優しいというか……あっ、いえ違くて……その! そういう目、マコ以外に見せちゃダメですよ!? ウワキです!」

「……そんなに?」

「はい、そんなにです」

 

 ──はっきり言い切られてしまった。

 ふむ、困ったな。これを茉子に知られれば殺される。間違いない。しかもそこまでの目を向けたともなれば……

 

「あー、ごめん。そんな風にするつもりはなかったんだけどなぁ……」

「カオルって、かなり怖いですね」

「怖いだろ? 魔人だし」

「いえ、怖いくらいに平等に誰かを好きであるということが」

 

 ──特別の無い、極めてのっぺりとしたその感覚が怖いのだと彼女は極めて普通の人間らしい観点から、オレの恐怖を告げた。

 

「……そうきたか」

「マコが特別だということはわかります。けれど方法は同じだから、平等過ぎるように見えるんです」

「特別な愛し方……か。どんなのがあるんだろうな? ヒトは抱くなり、婚姻するなり、色々あるけどオレには──全部、手にかけることでしか表現できない」

 

 ──それらは本当に愛しているのか?

 オレは自分自身が本当にその人に愛を伝えている実感が、それらの行動では浮かぶのかどうかさえわからない。ただ漠然と……怖い。

 

「レナ。オレにはわからないんだ。どうしてオマエたちは愛する者に順序を付けられる? 愛は平等に不平等だからか、それとも有限に無限だからか? 好きに、愛に一番も二番もあるものか。愛とは執着だ、狂気だ。そんなものに順番が付けられるならば、それは愛ではない──ただ優先順位が一番のものを愛と呼んでいるだけだ。愛に理屈も順番も無い。老若男女も関係無い。愛おしいもの全部平等に……それを、オレが……!」

 

 左手に握る虚絶の鍔を鳴らす。

 右手を柄に添える。

 全てがゆっくりと流れている。レナが呼吸を一つする間に彼女を──愛せる。渾身の愛を込めて、一息に、刹那に全てを賭けて、この友愛を異国の友人に、オーロラの向こうの住人として、最高の想いを。

 

 瞬きすらさせない。

 柄を握り、力を込めて鞘から悍ましくも神秘的な刃文を現世に抜き放つ。

 

 そして、

 

 そして。

 

 そして……

 

 そして──!!!

 

「馨、ダメだ」

 

 血が吹き出る。

 オレとよく似た顔をした魔物が、オレが振るった刃をその身で受け止めている。肩の筋肉だけで受け止めるなんて、まったくバカらしい。レナを庇って、本気で怒った顔をしている。

 庇われた彼女は唖然としながら、オレたちを見ている。なんで、とかそういう声も無い。突然向けられた殺意と行為に、怯えることすらできていない。いいや、怯えていないんだ。怯えないで受け入れてはいるんだ。もっとも急すぎて対応もできていないとも言えるが。

 

 ──悍ましい血で彩られた白い刃は、美しさの欠片も無い。

 

「……悪りぃ。京香」

 

 やれやれ、とため息を吐いてヤツは中に戻る。

 吐き気がする。

 こんなことをしても何の意味が無い。自慰にもならない、自傷にもならない、こんな、こんな、こんな……苛立たしいのに嬉しいなんて……!! あぁクソッ、邪魔しやがって! ……でも、邪魔されなければオレは……レナを殺していた。そんな自分に嫌気が指しながら、そこまで堪え性のない性格してたかと自己嫌悪して──とにかく謝ろうと行動に移った。

 

「ごめん、レナ。つい手が出ちゃった」

 

 しないと決めて貫き通すとしたのにこのザマ。腹切って詫びるべきだと卑下するがそれ含めてオレはもうそういうものである。とにかく謝るしかできない。

 ……ああもうままならない。格好も付かない。間抜けめ、ゴミめ、クソが。

 

「つい、で他の女の子にそうなるのはいけないですよ」

 

 宥めるような声色と表情。

 どういうものでどういうことかを理解しているからこそのこの言葉だが……さて、実際若気の至りとかそういうものなのでオレはこう言うしかできない。

 

「わかってんだけど、ね?」

「可愛くありません。マコが一番とは言いますが……それで最初がわたしなのですか? 何か違いますですよ」

「──いや、それは……茉子は一番だけど、でもほら、確かにこう、色々……平等だし、そもそもすべからく愛するのであればこの手で殺すわけだし……」

「わたしを一番最初に殺しては、ウワキです。その……せっくちゅ……みたいなものでしょうし……」

「そう、だな。うん、そうだね。うむ。ごめん。マジでごめん」

 

 いかん。それはいかん。

 やばいな、いかんな。浮気だわ、不倫だわ、やばい。茉子に殺される。

 そんなオレを見て、彼女は答えを得たように告げる。

 

「ジセイできないのではなくて、する気がないのでありますよカオルは。ありのままの自分でいい、と受け入れてくれた人たちが大好きだから、自分の愛情を全て平等に与えようとしているんです」

 

 ふむ……そう言われれば確かにそうだ。みんなオレを否定せず受け入れた。それでいいと言ったんだ。だからオレは無邪気に振り撒こうとして──なるほど。

 

「……言われてみれば確かに」

「それはいいことですけど、それではダメです。その中でもマコが特別である、ということを忘れてはいけません」

「でも大切なものに、オレは順番なんて付けたくないよ」

 

 ただなんだか順番を付けるのは嫌だ。

 

「付けなさい」

「レナ」

「付けられなければヒトではありません」

「けど」

「ヒトとして生きて死ぬ、そう決めたのでしょう? ならツゴーの良い言葉を並べて逃げるのはやめましょう、カオル」

「……逃げる? オレが?」

「はい。逃げてます」

「黙れ。オレは逃げてない」

「ならこう言いましょうか。できないのではなくやっていないだけです」

「っ……テメェ……」

「全部を平等に愛せるものがいるとすれば、それは神話の中のキャラクターだけです。でもカオルはそうではない。平等に愛情を示したいのにマコという特別がいる。ならヒトとして生きるのであればマコという特別を、もっと特別に愛しなさい。マジンとか色々格好付けて言ってばかりで何もしていないです」

「──言ってくれるな、小娘が」

 

 腑が煮え繰り返り、友情を振り切って激情が行動を起こす。胸ぐらを掴み上げ、睨み付ける。人間風情が、オレの何を知っているつもりだと。

 

「言いますよ。カオルはヒトとして生きたいのでしょう?」

「……待て、なんでそれ知ってる」

「秘密であります。ま、わかってるとは思いますけど」

 

 余計なことしかしないな、あの女……

 苛立ちも少しは落ち着き、離してから内面にいる同居人への愚痴を心中で吐き捨てていると、レナは何やら思い付いたように一言。

 

「外に出るようになってから、マコと恋人らしいことしてないでしょう?」

「そんなことしてる暇はない」

「そんなこと? わたしから見ればそこがおかしいんです。殺すことで愛するというならば、何故マコを殺そうとしないのですか。怖いから? いえ、そんなはずはありません。今のカオルなら何の迷いなくマコを愛せるはずです。ならば──何故しないか。カオル、他に何かを愛して(殺して)いますね?」

「他に? いや、待ってくれ。戻ってからオレが本気で愛そう(殺そう)としたのはオマエが初めてだよ。これはウソじゃない」

 

 ……他に愛しているものがあった? しかも行動を起こしている? どういうことだ? 明確に行動を始めたのは今回が初めてだぞ? 彼女は何を言っている? オレがもう既に行動を起こしているなら、それはとっくに死んでいなきゃ辻褄が……

 

「……なるほど、そういうことですか。今わかりました」

 

 思考の渦に沈んでいると、またレナが声をかけてきた。

 

「とりあえず、マコと過ごしてください。マコにその愛情を示して上げてください。でなければ少しかわいそうです。あんなに心配してたのに……それでこの件、ヒミツにしてあげます」

「ごめん……」

「あとちゃんと恋人らしいことをしたと報告してください。でないとバラします」

「うん」

「……それと、もう一つ。終わったらワイワイしよう、と言ってましたね? それを計画してくれませんか。言い出しっぺのナントヤラ、であります」

 

 そんなのでいいのか?

 

「……まあ、いいけど……それだけでいいのか?」

「それだけのことですから」

「日本語、もっと上手になったなぁ」

「オカミがよく教えてくれたので」

 

 満遍の笑顔と共に上手い返しをされてしまった。

 ……しかし、自制する気が無いか。言われてみれば自制するしない以前の自然な考えだ。やはり……茉子の命を狙うしかないな。重さを自覚的に知ろうとして実感すれば、オレがそうする頻度も少なくなるだろう。

 思えば前に一度やっただけだし、それに今確かめたのは将臣とレナだけだ。足りない。許せ茉子。オレは──そういうモノだ。

 

「さて、オレ戻っていいのかい?」

「いっそ帰ります?」

「あ、わかる? 正直面倒だ」

「まあお好きなように」

「じゃ帰るわ。オレは要らんだろうしさ。みんなによろしくー」

 

 呆れたような顔だが、まああの様子だとオレが空気の読めないことを延々と言うだけだ。帰ってグータラしてる方がよほど建設的だろう。

 ばいばいとレナに軽く手を振って、オレは自宅への道を歩き出した。




Q.馨ってここまで荒ぶったっけ?

A.口先だけならなんとでも言える
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