千恋*万花~福音輪廻~   作:図書室でオナろう

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遅くなりました


無明

「は? 帰った?」

 

 芳乃の冷たい声が響く。

 

「……馨くん、いい加減すぎない?」

 

 茉子の嘆くような声が響く。

 結局、中々話はまとまらなくて、今日はやめようと結論が出た。諸々の都合でさっさと場を去った芦花と小春、そして自分は自分で何か探してみると家に戻った廉太郎。

 残ってあれこれと話していた面々は、しかしレナの発言で凍り付いた。

 

「はい。なんだか面倒くさそうな顔してたので帰るか聞いたら帰りました」

 

 そんな彼らに半ばわかってただろうにと思いながら、顛末を明かすレナ。第一、馨は単純労働は好きだが複雑な労働は趣味ではないのだ。半分繋がっていてあれやこれや残ってる部分がそれを教えてくれたから、そうやって提案した。

 そして帰った。それだけの話だ。

 

「言い出しっぺ、あいつなんだけどなぁ」

 

 言い出しっぺがこれか……と馨のある種の自分勝手さに嘆きながら、まああいつだしと無理矢理納得する将臣だが、それにしては妙だとも感じた。具体的には何一つ言わずに帰ったという点だが。

 

「あとそうですねぇ。多分寝惚けてたからだと思うんですけど、ちょっと喧嘩してしまいました」

「喧嘩、ですか。レナさんと馨さんが」

「はいです。なんというか絶妙に違った気がしたので」

 

 なんだその解釈違いみたいなの……と色々渦巻く。特に茉子は馨が絶妙に違うとかなんぞいやどっこいこらみたいな感じである。

 

「けれど、色々わかりましたよ。カオルは間違いなく穂織を殺して……いえ、愛しています」

「なんじゃと? どのようにして──そういうことか。吾輩たちに蘇る方法を気付かせないことが、穂織を愛することか」

「穂織は既に死んでいる、だから馨さんは蘇らせないように殺し続けている……思考させないことで」

 

 あっさりとした答えではある。

 ただ本人の合理的な思考と、極めてややこしいグチャグチャなあれこれが複雑に絡まり合い、それが魔人故の否定なのか合理の否定なのかはまったく見えなくなっていた。

 なるほど、穂織を殺し続けるならは──それは立派に愛だ。

 ムラサメも、芳乃も、茉子も、将臣も。そしてレナも馨のそうした行動は当然の選択だろうと理解する。恐ろしい程に純粋で、おぞましい程に一直線……実直な愛情。

 

「気付いては、いないんですよね?」

「気付いてたらもっとロコツに隠すか告白するでしょう。そういう人ですし」

 

 それもそうか、と茉子は納得する。

 隠すか明かすか、どっちかだ。どちらもしないなら無自覚のまま、なら当たり前の話だ。

 しかし自分ではなくレナが気が付いたのか……と、茉子は少し複雑な心境になった。理由は想像が付く。だがそれでも気になるものは気になるのだ。厄介な乙女心である。

 

「レナさんのこと、ちょっとだけ羨ましいです。ワタシ、馨くんの気持ちとかそこまで鋭敏にわからないので」

「カナエがわたしの中にいたからでしょうね。カオルのパーツも合わせて入っていたようですし。マコと比べれば反則のようなものでありますよ」

 

 理解したとかではなく、知っているからわかるだけだということを宥めるような優しい表情と共に伝える。付き合いで言えば茉子が一番長いのだ。当然、茉子よりも詳しいなんて言えばそれこそ先祖ズやら虚絶やらになってしまう。

 でも茉子は茉子で、知らないことを知っているレナが羨ましいのだ。

 

「それでもです」

「あはは。マコは欲張りさんですね。けれど、全部手に入らないからこそいいものなんですよ?」

「……でも欲しいじゃないですか」

「本当に? カオルの全部手に入っちゃったら飽きちゃうかもですよ」

「そんなことないもん!」

「もしかしたら、わたしがそこで貰っちゃったりしちゃうかもしれませんね〜」

「絶対あげませんから!」

 

 キッと睨むように叫んだ茉子に対して微笑みながら「ジョーダンでありますよ〜」と宥める。

 もちろん馨に対してそうした感情は無い。と断言できるが、脇の甘さが否めないのでからかってやろう……というのは、レナ自身らしくないことだと自覚している。

 レナも中に奏が入っていたことが原因なのだろうと推測しているが、魔人への理解がやや深い。手に取るようにわかるというわけではないが、その思考がどういうものなのかはある程度理解できる。それ故なのだろう、どうにも馨に対して、弟や兄のような親戚めいた感覚を覚えるのだ。

 

「あとは……マコ、もしカオルに襲われても責めないでください」

「へ? 襲われ……って、えっ!? あっ、あのどっちの意味でですか!?」

「大変申し訳ありませんが、命の方です……。ちょっと喧嘩したときに、色々言いたいことを言ってしまって」

 

 ──ふむ。命の方? 稲上馨という魔人にとって命の方な話が出るということはつまりそういうことであって。

 恋人が他の女性を……愛そう(殺そう)としか可能性が極めて高い。

 

「──もしかして、レナさん」

「はい」

「愛されそうになったんですか?」

「モクジケンを行使します!」

「黙秘権ですね」

「もくじけん、って木人拳でもあるまいしのぅ……」

「すげぇアクロバティックな間違えだな」

 

 横のツッコミに律儀に反応するのがレナだが、今回は違った。

 

「絶対にムー! でありますよ! 約束したので!」

 

 大きく手でバッテンを作りながら、絶対に言わないと言いつつ実際何があったのかを伝えてしまっている。

 要は、馨がヤろうとしてしまったということだ。

 

(ま、誰彼構わず口説くから仕方ないかな……とはいえ、彼女放ってそれってどうなの?)

 

 やれやれと思いながら、ワタワタとするレナをどう落ち着かせたものか。そちらに思考を回し始めた。

 

 

 そのあと。

 

 

「ワタシじゃなくて有地さんとレナさん、かぁ……」

 ──妬心か──

「そう、ですね。いや、わかってはいるんですよ」

 

 帰宅した茉子は、内より浮上した犬神の声に応えていた。

 

 ──何故あの時抱かれなかった?──

「……なんというか、無機質な感じがしたんです。約束したからこうする、というだけのような気がして。意志が抜け落ちているような気がして……ちょっと、怖かった。それで逃げてしまったんです」

 ──なるほどな──

 

 情欲の無い無機質な目だった。

 あの日拒んだのは、確かにあんなゴタゴタがあった後にそういうことはできない……という茉子の気分的な問題ではあったが、それ以外にも茉子を求めている筈なのに『求めているように振舞っている』ように見えて、その姿に恐怖を覚えたという理由もある。

 

「……決めた。謝罪も兼ねて誘います」

 ──誘えるのか? 今の奴を──

「少なくとも性行為を要求するくらいには魔人だって性欲あるわけですし、大丈夫です」

 ──……まあ、特に言うべきこともないが……──

「そうと決まれば夜這いです。えっと……どんなのがいいかな?」

 

 どんなシチュエーションがいいか、どんな服装がいいか──そこまで考えて、不意に頭をよぎったのは、芳乃の言葉だった。

 

(そういえば芳乃様は初体験の時、巫女服で……ということは、ワタシの場合は……忍び装束かな)

 

 そして着替えてみる。

 鏡を見る。

 

「……背徳感がすごい……なんだか良くないような……いや、でも、元はと言えば夜這いは婚姻。つまりは神聖なもの。そして犬神様の時代なら一般的……」

 ──何を急に言っているんだお前は──

「お祓いの衣服で抱かれるわけですよ? 勘違いで巫女服で突撃した芳乃様と違って、ワタシはわかってやるんですよ? 色々不安になるじゃないですかっ」

 ──そんなことを言い出したら、奴の格好はどうなる。普段の衣服で祓魔を行なっていたのだぞ──

「……それは確かに」

 ──その衣服で行為に及びたいのであろう? ならば何を迷う必要がある──

「いいですか!? 神聖な衣服です! 先祖代々受け継がれてきた、由緒正しいお祓いの服装なんです!」

 ──だからなんだ──

「それをその……と、とにかくセックスのために使うって大変いけないように感じるんです!」

 ──抱かれたい格好で抱かれることの何が悪い。第一、お前はそうした場合の妄想を「わー!? わー!! やめてください!! お願いしますから!!」……やかましい──

 

 やぶ蛇を突いて面倒なことにしてしまったと犬神はあたふたと慌てる茉子を無視しながら自戒する。愚かなことをしたものだと。

 

(……というかこの女、何故そもそも誰にも相談していないのだ)

 

 しかし、何故なのだろうか。何故茉子は誰にも言っていないのか。犬神はさっぱりわからなかった。

 まさかその理由が、ただ単に「復興を見届けてもらった後に、諸々を決めた方がいい」という心遣いであったとは気付かずに。

 

 ──別に、犬神からすれば穂織なぞどうでもいいのだ。

 彼には女神と眷属たちしかいなかったし、それ以外には興味も無かった。彼が穂織と朝武の守護神をしていたのは、女神への義理立てである。

 だから正直土地そのものがどうなろうと知ったことではない。わからないことを知ろうとしてわからなかったという結論は出たし、十分に償いは出来ていると思っている。それだけのことだ。

 

 実に奇妙なすれ違いである。

 方や何も言われてないから贖罪を完遂していないと思い全てを見てもらおうとして、方や十分だからさっさと眠ろうとする──なんともはや。

 しかしそれが、相互理解の居心地良くも最悪な点なのだろう。

 

 ■

 

「やっちまったなぁ、馨?」

 

 からかうような奏の言葉には反論できないが、しかしやはり疑問が大きい。

 

「あんな堪え性無かったか、オレ」

 

 まだいくつかに分裂しているのだ、そうそう牙を剥くことは無いと思っていたのだが──堪える気が無いということは理解した。しかしそこまで誰彼構わずだったか? とも思う。

 

「まあ概ね彼女の言った通り、素直になっているだけだよ。堪える堪えない以前の話だ。だから堪えることはこれからになるね」

「参ったね」

「笑う泣く、楽しむ悲しむ──それら全てが殺人でしか表現できない以上、こうなるのは予想できたでしょ」

「……ぐうの音も出ないな」

 

 素直になるということはこういうこと……そう心の中で理解していても、ここまでは酷くないだろうとタカをくくっていた。

 やれはて、やってられん。

 

「あーあ、どーしたもんかなー」

「で、どうやって止めて欲しい?」

「止めようあんのか」

「そりゃ私たちが出りゃ奪うよ」

「……やっぱやめだ。自分でなんとかする」

「そうこなくちゃ」

 

 まあ、なんとかはできるだろう。なんとかは。

 その先が問題なのだが。

 

「よし、とりあえずオレぁ役に立たねえから何もしねー。元は外野だしな」

「元を辿れば同一であるはずなのだがな」

「うっせ。オレらは京都人だろ」

「まあ意見に対して現実的に言ってあげれば? 全否定にはならないようにね」

「善処するわ」

 

 こちらに関してはもう性格の問題だ。細心の注意を払い、常にその危険性を留意して──それからあと、発言する前にはその内容の確認だな。とはいえ性格は性格だ。完璧な対処は難しいだろう。本気で対処をしようとしたら、さて……それはオレなのか。まるでテセウスの船だ。そういう意味で、俺はオレと比較してもほぼ変わりなかった。

 

「ところで馨よ」

「んだよ」

「あの田心屋で新しい甘味の開発が行われているそうだな」

 

 奏はなんで真剣な表情と声色でこんなこと言ってんだ?

 

「らしいな。なんか言ってた」

「……味見係とか……」

「まあ、立派に敗者の務めを果たしてくれてるしいいよ」

「よしっ」

 

 コイツ、ホントに甘味好きだな……。ガッツポーズして喜んでる奏なんて中々見れないし、こんなの見たらムラサメ様が「吾輩は巨乳だった……?」とか発狂なされるだろう。

 

「となると……芦花さんに謝りに行かないとな」

「何故謝る?」

「結果的とは言え、嫌な役させちまったのは変わりねえからな」

 

 それくらいはして当然だ。礼節は重んじるべきなのだから。

 

 ……何故奏は朝武と稲上の真実を知っていたかと言えば、それは秋穂さんの存在が大きい。彼女と契約したことから、そちら側──つまり歴代巫女姫への接続ができた。そっちから仕入れた情報と自分が知り得る限りの情報を結び付けてある程度を推測。その後犬神の残滓が残るレナに取り憑いたことから犬神側の知識を覗き見して、自分たちの正体を割り出したそうだ。

 ヤツとしては実のところ、ほとんど当てずっぽうだったらしい。自分がこいたテキトー

 で、芳乃ちゃんたちが苦しむ姿を見てニコニコしていたかったらしいが、これが事実で死ぬほどつまらなくなったとかなんとか。

 閉じこもってた1週間の間に教えてもらった。

 

「……それにしても、奴は静かだな」

「虚絶が静かってのは確かに妙だね」

 

 しかし本気でどうしたものか、と考えている二人を見て何故そんな話をしているのかと考える。

 すっとぼけた顔をしているのだろうか。京香はオレの顔を覗き込みながら一言。

 

「いいかい、馨。キミの半身なんだよ?」

 

 ほーん、と流す。

 オレの半身、オレの半身……ふむ。

 オレの半身であれば──

 

「確かに……確かに!」

「お前ぜんっぜんわかってないだろ」

「バカッタレわかっとるわンなもん」

「ホントか?」

「ホントホント」

 

「嘘つけ」と二人が容赦無く切り捨てる。

 ……まあ、それもそうか。

 虚絶とオレは別で、奏と京香とも異なる。故にオレたちが納得しても──

 

「厄介な話だが、奴は奴独自の意志を持っている。それが我々と同じ目的であるとは限らんのが面倒な点だ」

「要は消えたくないって思うかどうかか」

「然り」

 

 とはいえ、問題はそれではない。

 京香にしろ奏にしろ、静かなことが気掛かりなだけであり、どんな行動をするのかどう対処すればいいのかなど、初めから決まっている。

 アレがオレなら、オレとしてやるべきことはただ一つなのだから。

 

 そうしてオレは虚絶について飲み込み、改めて腰を下ろす。

 ヤツが静かであろうがなかろうが、オレたちの間で交わすべき言葉は愛や情などではない。互いに食い潰し合う刃の応酬だけが、オレたちの会話だ。

 

「で、だ」

 

 急にニヤニヤしながら奏がグイと顔を寄せてくる。

 

「何故あの時常陸茉子を強引にでも抱かなかった?」

「まあ気分じゃなかったってのはあるが、それ以上に要求した以上はってだけだ。拒まれても強引に行く理由が無い」

 

 ああいうの、結構盛り上がるんじゃないかって思ったけど義務感でヤるのは違うと思った。なんというか──楽しくも愛しくもなく、そうしたものは感じられない

 有り体に言えば、趣味ではなかった。それだけの話だ。

 

「じゃあ今は?」

「食いそびれたことは後悔してっからフツーにヤりたいよ、オレ」

「素晴らしく欲に従ってるね」

「むしろ欲に従わない理由とかなくない? オマエらだってそうだろ」

「そうだな。大義名分など必要ない。我々は欲に従って生きるモノだ。だろう?」

 

 そこで黙り込んでいる京香もそうだが、欲望には素直なのがオレらだ。何を当たり前のことを……そう顔をしかめた時、奏は冷たく言い放った。

 

「そこまでわかっていながら、敢えて確かめるのか? 堪えることができるのかなどと」

「それは……」

「そこだ。堪えることができるかどうかに託けて、常陸茉子を殺そうとしているのではないかな?」

 

 ……事実、オレの愛は殺害でしか表現できない。

 確かに人の愛し方はできなくもないが、それで伝わっているかどうかはオレ自身にはわからない。ぼんやりとしか。

 だからオレは彼女を手にかけようとしてしまうのか──そう考えた時、スッと飲み込めた。

 

「否定できねえ」

「堪えるなどと、確かめる必要はないからな。それができない存在が」

「謝ろ」

「なぁんだ、つまらん」

 

 気付かずに殺して欲しかったのか。

 それこそつまらなくないか?

 

「……とはいえ、今日やれることはもうないな。普通に飯食って普通に寝よう」

「え、甘味は?」

「明日」

「……」

「あ、し、た」

「……うん」

「バカな姉上だこと」

 

 バカを言うな、今日は顔を合わせづらいんだよ。

 事が事であり、茉子に泣き付きたいところではあるが、今は一人がいい。素振りでもして、いらん煩悶を忘れるとしよう。

 

 ■

 

 ──なんで言えなかったんだろうとふと思う。

 

 でも言えないのは心配かけたくないからであって。

 

 それは心配であるかもよく分からなくて。

 ……だからこうして、昔から心安らげる男性の側にいる。

 というか夜這いをしている。

 

「馨くん?」

「……くぅ……」

(寝てるし)

 

 宣言通り、忍び装束で夜這いをかけた茉子。

 が、当の馨は完全に寝ていた。

 

(……どうせモヤモヤして寝れずにいるのかなとか思ったけど)

 

 見ればまあ──よーく寝ている。

 完全に熟睡している。それはもうぐっすりスヤスヤと。

 しかし茉子の存在に気付かないというのは不思議なものだ。眠りが浅いとも深いとも付かない半端な馨だが、それは別として自分の中にいる祟りに気付かないということはないだろう。

 ……気付かないほど寝ているのか。

 

「気づい、てる?」

「ぐぅ」

「ホントに寝てる……」

「ぐぅ」

 ──うむ、熟睡しているな──

 

 中の人のお墨付き。完全に眠っている。

 

(あの、こんなに眠り深いのって)

 ──ただ寝付きがいいのだろう──

(そんなだったかな……)

 ──己が欠けた状態から元に戻ったのだ。まともに寝ることも難しかったろうしな──

(つまり、寝てなかった分長く寝てるだけですか)

 ──うむ──

(そっかぁ)

 

 若干心配したが普通に平常運転だったらしい。こんな風に熟睡している印象などなかったのだが。

 いや、そもそも馨に対する印象は──手間のかかる弟みたいなものだった。常に何かをしていて、落ち着きがない。そんな印象。

 

「起きてよ」

 

 とりあえず軽く揺すってみる。

 馨を起こさねば話にならないのだ。今夜の目的は夜這いよりも相談なのだから。

 でも反応は無い。

 

「馨くん?」

「……」

「ちょっと、起きて欲しいんだけど」

「……」

「起きてってば」

 

 軽く叩いた瞬間。

 

「──っ!?」

 ──反応したようだな……──

 

 黒い影でできたような無数の手が、茉子を絡め取った。素早く手足を縛り上げて、身体中を這い回って弄る。

 

「ちょっ、そういう反応じゃ……ひゃぁっ!?」

 

 這い回る手とかそういう反応が欲しくなかったと文句をつけようとして、敏感な箇所にそれが触れて嬌声が漏れる。サワサワと触れるだけで別段何をするわけでも無いのだが、焦らすような動きに、身体は勝手に反応していく。

 

「何処に手を入れ……ぁぅ、っ……!」

 

 上半身を這い回っていた手は下半身へと移動していき、秘所すら弄り始める。

 

「まっ、待ってやだ……っ、せめて起きてからにして……おねがい……かおるくん……っ」

 

 ──無手であれば武具を調べるであろう? それだけだ──

 

 ……は?

 茉子の熱が急速に冷めていく。

 つまり、つまりだ。これはあくまでも寝込みを襲われていると判断されたからこういう対処をされただけで、勝手に盛り上がったのはこっちで──

 

「危害無し……か。だが拘束はさせてもらう。悪くおも──」

 

 ムクリと身体を起こした馨は、しばし呆然とした後、その影の手を消してから間の抜けた声を発した。

 

「……茉子? なんでオマエ……」

「そ、それよりも──影の手、何処に突っ込んでナニをしてるの! バカァ!!」

「へ?」

 

 つい頬を引っ叩いた茉子は、身体中を弄られた挙句、すっとぼけた顔でなんでなどとほざいた馨が悪いと、ちょっとでも期待した自分を恥じながら責任転嫁とわかりながらも、それでも責任転嫁した。

 乙女の心は、複雑なのだ。

 

 

 ■

 

 

 ……つまり、茉子は触手腕に弄られたと。

 ふむ──

 

「うわ、えっろ」

「……言うに事欠いてそれなんだ」

「じゃあ、えっち」

「そういうことじゃない」

「えっど」

「濁点着ければいいもんじゃないからね」

「え、ダメ?」

「ダメ」

「……忍者が触手負けってお約束だと思うがね」

「ふんっ」

「あでっ!? 脚踏むな!」

 

 プンスカと怒った茉子に脚を踏まれるが、そんなに怒るものかね? オレとしては役得だったからまぁ……

 

「ナニ鼻の下伸ばしてるの」

「いやぁ、感触は直に伝わって来てるんでな」

「ていっ」

「ごっ……!? 鳩尾は、やめろって……」

 

 更に怒った茉子に腹パンされる。そんなに気にすることかね今更。オマエの身体で触ってないところなんて尻の穴くらいしかないんだし、別にどうだって構わんじゃろが。

 

「んで、何の用だよ」

「えっと、彼は──自分を祓えって」

「いつ言われた」

「夕方ごろ。夕飯前くらいに」

「オレ以外には?」

「誰にも。……今、馨くんに言ったのが正真正銘初めて。大好きな馨くんに聞くのでも、怖かった」

 

 ほーん。

 誰にも言わず伝えず、まずオレに言うためにわざわざ夜這いかけて……あ?

 

「あ?」

 

 待て。

 コイツ、なんて言った。

 

「今なんて?」

「馨くんに聞くの、怖かったって」

「その前だその前」

「……誰にも言ってなかった?」

 

 いや、オマエよぉ?

 

「まさか、オレがこれを言う日が来るとはねえ……なんですぐ言ってねえんだよ。言うチャンスあったろ。というか言えよ、伝えろよ。これオレに言うより他に言わなきゃ意味ないだろ」

「だ、だって皆悩んでたしっ」

「正直言ぁ、穂織の今後よりよっぽど答えでる話題だぞオマエなぁ」

 

 とてもシンプルに、どうしたらいいかすぐに出てくる話題なのに、どうして何も言わないんですかね茉子さんや。オレだったらさっさと言ってるぞ。オレ一人でどうにもならんしさ。

 

「ヒトには言えだなんだ言っておきながらそれってさ、ちょーっと良くないんじゃあないかね? 茉子ちゃん」

「でも、でも! だってさ! 馨くんでも悩むでしょ!?」

「そりゃ悩むさ。でもな、オレ一人で決められるなら言わねえけどそれが無理なら言うぞオレ。まあ滅多にないんだけど」

 

 そしてそれが問題だとよーく理解している。それが原因でいらんことが無数に起きたのだから。

 

「オマエの考えはわかるよ。送るなら送るで、せめて穂織をなんとかしてから送りたいんだろ?」

「もちろん。大切な思い出が無くなるかなくならないかの瀬戸際ってところで送るなんて、ワタシにはできないよ」

「だと思った。それをみんなに言えばいいのになんで言わねえんだ」

「余計悩ませそうだったし」

「だからって一難去ってまた一難なのか?」

「うう……」

「つか、オレが役に立たないのは知ってるだろ。冷やかしに過ぎないんだ、茉子がダウンすると問題が多いんだよ」

 

 側から見てたら知ってるくせに、と少しご立腹。

 しかしこれは本題ではない。モゴモゴとした茉子に、知ってしまった以上、このスタンスであることだけは明言しておかねばならない。

 

「……まぁ、オレはアイツの側に立たせてもらうぜ。それが答えだ」

「っ、だよね」

「生きて欲しいよな」

「うん」

「明日、駒川のとこ行くぞ。色々情報が欲しい」

「え?」

「オマエたちとオレたちの意見は違う。でも、だからってできるできないを明確化しないのは筋が通らん。立場は変わらないが」

「……いいの?」

「それはそれで、これはこれだ」

 

 オレの気持ちはオレの気持ちだ。

 それに向こうがどうするかなんぞ向こう次第。道の開けないことで右往左往するよりも、まずできることからやっていけば問題あるまい。

 

「更に言えば、みんなにも言うぞ。オレだけ知っても意味が無い」

「えっ」

「なんだその顔。気まずいのか? でも言おうぜ。この話題は、避けては通れない」

「も、もうちょっと後に……」

「どうせ結論はみんな同じだろ。送るなら送るでせめてってな。なら悩むこともない」

「そうじゃなくて、そのぅ」

「彼を祓うとか祓わないとか、そういうの聞きたくないのか」

 

 核心を突くと、彼女は顔を伏せた。

 

「……うん」

 

 小さく呟かれた一言には、強い拒絶の意志がある。

 

「ま、面白くねえわな。否定しないよ。でも、彼は祟り神に変質している。それは事実だ。今はどれだけ落ち着いていようが、いつ何が起きてどうなるかなんて想像も付かない。嫌だろうけど、それだけは忘れないでくれ。頼むよ茉子。彼の為にも」

「わかってる──」

 

 ……なんて言っているが、茉子の表情は浮かないままだ。

 ──まあ、なんだ。人間、色々と便利なもので。慰めるともなれば、別に言葉だけでなく行動ですればいい。ということもある。

 

「あー、茉子」

「何?」

「いやな話したし、ちょっと、楽しいことするか?」

「楽しい……?」

「あー……そりゃあ、アレだよ」

 

 しかし、何故かはわからないが今日の茉子の服装に違和感を覚える。

 なんか、違うのだ。いつも通りの忍び装束とは言え、なんだろう──何かが違う。髪型とかじゃなくて、服装がほんの少し。

 

「……茉子、なんか色でも変えた?」

「今日、実は……スパッツ、履いてるの」

「え、なんで」

「好きでしょ?」

「……もしかしてオマエ、誘ってた?」

 

 コクコクと頷いて、裾の部分をたくし上げる茉子。

 ……当然中身をオレはガン見である。

 スパッツだ。黒スパッツだ。エロい。

 

「……あと、下着も着てないよ」

「ウチにオマエの下着の予備あったっけ」

「この前持ってきたじゃん」

「まあ、オレとしては下着は着けてて欲しい派なんだが……ノーパンノーブラも夢っちゃ夢か」

「なんで下着着てる方がいいの?」

「純粋に半脱ぎが好きだから」

「でもその手の雑誌はほとんど全裸だった気がするけど」

「そりゃあ、あれだよ。あの、あれだあれ。裸体がいい女と半脱ぎがそそる女はまたべっこって話で」

 

 純粋な趣味嗜好でしかないが──それが彼女にしてみれば、久しぶりに楽しくなるネタだったようで、急にニコニコしながら胸元に手を掛けながら迫ってくる。

 上気した肌に、何を使うまでもなくわかる淫猥な雰囲気。コイツと寝た回数は数えるほどだが、その全部が茉子からというのは……男として少し情けなく思う。

 とはいえ、誘われた回数より溶かして鳴かせた回数の方が多いのも事実だが。

 

「ワタシはどっちかな?」

 

 楽しげな質問。

 ──困る。裸の茉子も全部好きだから。

 視線を逸らして、素直に呟いた。

 

「……どっちも」

「あは、そんなにワタシが好きなんだ」

 

 本当に嬉しそうな女の顔と声だ。ただそんな彼女にどうしても恥ずかしさを覚える。大抵こんな話をすると、決まって彼女は「やーらーしー」とか言うのだ。

 

「やらしい男で悪かったな……」

 

 もう先手打ってしまおうと、どうにでもなれの精神でまた呟く。

 

「じゃあ、そんなやらしい馨くんにご奉仕してあげようか?」

「え、なに、急にノリノリになって」

「いっつも責められてばっかりだし」

「気にすることかそれ」

「別に」

「じゃあなんで」

「……そんな気分なの」

「茉子……」

「ね?」

「じゃあ、頼む」

「仰せのままに、ご主人様。あはっ」

 

 楽しげに、淫らに微笑みながら、茉子はそれらしく始める。他人に脱がされるのは妙に恥ずかしい。

 

 ……こんな女だったっけなぁ?

 昔はもうちょい色々と清楚で真面目なヤツだと思ってたんだが……どうやら淫らに真面目なヤツだったようだ。

 夢が壊れたようで、けれどそれが心地いい。

 惚れた弱みをしみじみ感じながら──今日だけの従者の奉仕に身を委ねた。

 

 

 

「……青姦って、馨くんも結構アブノーマルだよね」

「ウチの庭なんだから別に青姦ってほどでもねーだろ。なんだ、山奥の方が良かったか? それとも、路地裏でハメる方が夢だった?」

「ワタシ、見られる趣味なんかないからねっ」

 

 ものすごーく抗議したそうな目線を送りながら、心底から何を考えてるんだオマエという言葉をぶつけられる。

 なんてことはない。

 オレだけの淫らな従者に、「ちょっと外でシようぜ」と誘ってみた。そしたら難を示しながらも下は素直だったから、結構強引に行ったらイけた。

 ……しかし、尻もいいもんだな。中とは違った愉しみと良さがある。茉子も随分ヨガってたし、そっちの才能あるみたいだ。

 ふむ、開発してやるか? いや……たまにでいいな。気に入ったけど、色々とハマってしまうと問題だ。

 主にオレの方が。思ったよりキた。

 クツクツと笑っていると、それとは対照的な彼女と言えば。

 

「バレちゃったかもしれないんだよ?」

 

 本気でその辺りを気にしながら、羞恥に頬を染めて困ったように呟く茉子。

 

「気にするな。寝静まった時間だし、オマエも声を抑えて愉しんでたじゃないか。初めてヤった時と同じくらいだったぞ」

「言わないでよっ!」

「それにあんな猫撫で声を出しちゃってさぁ」

「……あの流れで有地さんにお姫様抱っこされた時のことを引っ張り出されたの、本当に驚いたんだからね」

 

 別に大した話でもないが……ヤってる最中に、そのことを引っ張り出して問い詰めただけだ。主従プレイのついでに、オレ自身嫉妬したのも事実だったから色々とこう……楽しかった。

 

「ホントはさ、実は将臣に気があったんじゃないか?」

「確かにいい人だなあとは思ったけど、いい人の先を見つける前に芳乃様とくっついたからわかんないよ」

 

 ──さてどうなのだろうか。今更そんなことを気にしても仕方ないとは言えども、一人の男としてはやはり気になるものだ。惚れた女が視線を向けている先とかその辺は。

 けれども、茉子自身どうなっていたかは想像も付かないようで、実際困ったような表情を浮かべている。純粋にわからない、そんな感じだ。

 腹立たしいことは腹立たしいが、将臣とくっ付いても上手くやれていたであろうとは想像がつく。腹が決まればグイグイ行く男と、腹が決まればグイグイ行く女。転がるように結ばれるのは想像に難しくない。

 ……ただ、それは茉子が素直になるだけの理由がなければならない。たとえそのカケラを、恋をしたいという願望を知っていても、将臣がその気であっても、茉子の心の壁を乗り越えるには、一つ二つの助力が必要だろう。

 

 くっ付けば幸せであろうが、くっ付くまでが難問の男女か。そういう意味ではオレと変わらんな。しかし、茉子の心の壁は厚いからな。オレみたいな幼馴染で、かつ幼少期から互いをよく知り、それ故に甘いも辛いも分かち合うような間柄でもない限り、茉子から何かアクションをするということはないだろう。

 ……これ、仮に実現するとしても茉子が素直になるようにするための、第三者の介入が必須じゃないか……? 結構、綱渡りな気もするな。

 

「……ふぅん。まあそういうことにしておいてやる。けど忘れるなよ。オレはオマエの男でオマエはオレの女だ、茉子。魔人だって、他の男に目移りすりゃ嫉妬するし、腹も立つんだぜ」

 

 別に今となってはどうでもいいが、それはそうとしてこの最愛の少女がオレ以外へ目を向けるのは色々思うところがある。故に釘を刺すというほどでもないが、前に言ったようなことを敢えて、カッコ付けてもう一度言ってみた。

 ところが茉子は、それを聞いて少し呆れたような態度を取った後、ニヤリと笑いながらオレに顔を寄せてきた。

 ……はだけた衣服と事後の汗に濡れた朱に染まる身体をグイグイ近づけられると、またやる気出そうなんだけど……狙ってんのかこの女。楽しそうにしやがって。

 

「だったらアナタに、ワタシこそ最初に愛す(殺す)べき人だってちゃんと自覚して欲しいな。朝から晩までずっとワタシを犯し続ければレナさんよりも早く──殺そうとしてくれる?」

 

 イジワルな笑みを浮かべて、イジワルな言い方で、イジワルに尋ねてくるキミが、とっても可愛くて──こんなキミが見たかったと強く感じて──オレが大好きなキミを見るには、オレの愛を伝えちゃったら見れないから──

 

「そっか、わかったよ……そういうことか」

 

 ……バカじゃないのか。こんなのが答えか。

 素直になる、殺したくない、イジワルで可愛いキミが見たいから、なんて。

 複雑に絡まりすぎてる。しかもそれら全て行動として基本的には同じという、訳の分からなさ。

 オレがオレとして生きるというだけで、オレが生きるという行動に全部覆い隠された……実にバカらしい。

 

「好きな子には、意地悪したくなる……たったそれだけのことだったんだ」

「え?」

「なんでオマエに色々する気があったりなかったりするのか。ごく単純な話だったんだよ。好きな子に意地悪する子っているだろ? オレも例外じゃなかったってだけだ」

「……わかりづら」

「言わんでくれ。自覚してんだ」

「意地悪も含めて愛情表現だって、一応覚えておいたげる」

「あんまり嬉しくないもんな、フツー。気をつけるよ」

 

「ね」

「ん」

「ワタシ、アナタだけのメインヒロインになれたかな?」

「本来ヒロインってのは女の主役って意味だぞ。単に主人公と深く絆を結ぶ女を指す言葉じゃない」

「ふーん。それで? どうなの?」

「しつこいな」

「忍者だから」

「忍者関係ねぇだろが……昔からずっとメインヒロインだよ」

「好きな人に身を引かれそうになるメインヒロインっている?」

「そこにいんだろ」

「……あ、そ」

「何拗ねてんの」

「拗ねてないもん」

「じゃあなんだその反応」

「なんでもないよーだ」

 

 二人で笑い合う。

 結局オレたちは、似た者同士なのだろうな。

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