千恋*万花~福音輪廻~ 作:図書室でオナろう
「……昨日は、悪かった」
結局。
翌日も平日なので、学院で謝るしかなかった。駒川を尋ねるのは、アイツの暇な時間に──医者に暇な時間があるものか、と疑問はあることにはあるのだがまぁとにかく暇な時間だ──することにした。
先日、思いっきり行為に夢中になって朝は二人して色々忙しかったが、遅刻しなかったのは奇跡に近いと勝手に思ってる。オレは特に寝起きが悪いし。
「色々その……まあ、あれだった。態度……悪かったな」
「お前、そんな風に謝れるんだな」
「言うことそれかよ、廉」
「いやあ? 別に? 常陸さんにだけかと思ってたよ、そういう顔」
言い方が酷い。
だが事実だ。それでもオレがそんな顔を茉子にしか見せないと思われてるのはなんか腹立つ。
しおらしい顔してなんか悪いのか、コンニャロ……
「ねぇ、馨さん。放課後、少し時間もらえないかしら?」
「──ああ、構わない」
バレているのだろう、わかっているのだろう。
だがそれでも言わねばならないことだ。オレの巻いた種を、オレの手で刈る為に。
──そう、最後は結局……秋穂さんを始めとした巫女姫たちの残骸を、このオレの手であるべき場所に還すのだから。
だがそれを、当の消える本人が伝えたくないという。ではどうするか? その答えは決まり切っている。
いつぞやは言わぬとか言ってたが、冷静になって考えたらそりゃ酷いだろうと。
「……なんか、浮気してるみたいだね。馨さんと巫女姫様。言い方がさ」
「はははは、そういうことは言っちゃいけないよ小春ガール。オレ一途だし? 浮気なんかできないししないし?」
「急にどうしたんですか」
「まあほら、馨さんですから」
「殴るぞオマエら……こちとらそれなりにやっちまったなーって顔出すの色々苦しいのに」
まあそんなこと言わずもがなわかっていたわけで、全員してだと思ったみたいな反応をされた。
引き摺り過ぎ? やかましいわ! オレぁ繊細なんだよ!
「ねぇ馨くん」
「なんだ茉子」
「……一途な人でもドキドキしちゃったりするのはどう思う?」
「なんかオレ、オマエに悪いことした?」
最愛の人に突然刺された。
笑顔の眩しい茉子の、そんな言葉を聞いて、昨日あんなに愛し合ったのにいきなりそういうのやめて欲しいなと、真剣に思った。
「胸に手を当てて考えてみたら?」
「……もしかして、昨日のアレか……!」
「ワタシからは何も言わないよ」
──今度から、言いくるめて過激なことをさせるのはやめよう。
そう、固く心に誓うのだった。
そんなこんなで学園での日々がまた始まるわけだが、なんというか……中々学業に身が入らない。いや自分でもわかってるのだ、理由なんて。
柄にも無く、言葉を選んでいる。
思考は盗聴されないようにオレの方から切っているから、こうやって芳乃ちゃんにさてなんて言ったものかと考えていても問題はない。
そもそも伝えるなとか色々あるのだが、腹は決まっている。もうぶっちゃけてしまおうということだ。正直、悩んでるのがバカらしくなったということもある。
どうせ最後にはわかるだろうし、向こうに気付かれているわけだし、だったらもう隠し立てする理由も無い。
それに──別にオレは、芳乃ちゃんがそれに耐えられない人間だとは思わない。あの時、彼岸へと近づいた時点で、ある意味では振り切ったろうし。
彼女は、どんなに辛いことだって乗り越えられる人間だ。
ので切って伝えればいいだけなのだが、切り過ぎてると気付かれてしまう。
正直、何を言われたって構わないし、約束を反故にされたとヘソを曲げられたとて、その気になれば無理矢理従わさせることもできるのだが、流石に友人の母の残骸にそこまでの不義理は働きたくない。
よって、怪しまれない程度に適当なところまでシラを切る。その後ほんの僅かな時間だけ切って、伝える。
ではそこまでの時間稼ぎはどうするか──それが何よりの問題だった。
しかも秋穂さんに怪しまれないセリフ回しまで要求される。いくら普段は切ってるとは言え、自分の娘と話してる時は流石に警戒して繋いでくるだろう。
どうやって、芳乃ちゃんに一旦引き下がってもらうか。あの頑固な子をどうやって……これに関しては誰にも相談できない。相談した時点で破綻するからだ。
なので自力で……待てよ?
虚絶は今オレから分離してるし、ついでに言えばアイツはオレなんだからそもそも回線が違う。
それにあくまでも巫女姫たちの残留思念は奏のオマケみたいなもんだ。なら──使うスピーカーを変えればいけるよな?
虚絶へと声をかける。
普段使っている、杭と鎖を経由したルートではなく──虚絶がオレの杭と鎖を持っていた頃に使ってた、『そういった術式』の方の回線で。
つまり、直通だ。
──どうした。こちらなど使って──
いや、こっちならオレとオマエだけだよな?
──そうだが。何かあったか──
……ちょっと共有してくれ。
──ふむ……記憶か。5秒待て──
そして時間にしてきっかり5秒後、虚絶は事態を把握してくれたようだ。
──なるほどな。それでこの回線を使ったのか。して、本題は如何にして下がらせるかだな──
そういうこと。
流石に変なところで変なことはしたくないからこういう手を使ってる。
──確かに、これは渦中の人間に伝えてしまうと話をややこしくしてしまう。ましてや、ひと段落も付いていない今ではな──
明かすとしたら、白狛の話が持ち上がった時か?
──それしかあるまい。が、それをやってしまえば……わかっておろう? ──
ああ、逃げ道は無い。
だがオレ一人でどうにかできるとも思えんところはある。
──我が聞けば問題無い。繋がってなどいないからな。この回線を使えば聞かれることもなし。更に言えば、常に筒抜けというわけでもなし──
は?
──覗こう、と思わねば覗けぬに決まっておろうが。お前、杭と鎖が元より自分のモノだと忘れているのか──
……オレ、ずっと元電源ぶっちぎってたの?
──言わぬ我の過ちだったか。すまぬ──
まぁ、いいんだけどさぁ。
とりあえずムラサメ様と安晴さんに芳乃ちゃんへのはぐらかし方聞いてくれる?
──任せろ──
■
「のっぴきならない事情で言えないことを追求する朝武芳乃を一旦引かせなければならない──このような理由により、馨が助けを求めている」
「……そう言われてものぅ」
「急すぎやしないかな」
ところ変わって朝武家。
療養中のムラサメと、少し暇してた安晴は突然そんなことを言われてた。
「とりあえず諸々にツッコミを入れたいところだけど、まあまずは質問に答えようか。──言えないって伝えるのが一番だね。あの子は頑固だから、シンプルにそう言うのが一番効く」
「えっぐいのう、安晴よ」
「ムラサメ様だってこうするのが手っ取り早いのはよくご存知では?」
「そうじゃが、その……それで良いのか?」
さらっと効率的に下がらせる術を、なんでもないように伝えた安晴に対してやや引き気味のムラサメだが、一方そんな視線を向けられている本人は至って平然としている。
「今は言うべきでないこと、と馨君が判断したんです。つまりもう言うことが確定しているってことですよ」
「まあそうじゃろが……言い方というものがな」
「何を面倒に言う必要があるんですか?」
要するに話が完結しているのだから単刀直入に言う以外にあるか? と仕事モードであっさり対応した上で、話はそれまでだろうとばっさり打ち切る。
──単にそれは愛娘とその幼馴染を信じているからなのだが、それにしたって言い草が冷たすぎることはムラサメ的にとてもその、気になった。
……だからご主人に怪しまれるんじゃろがとか思いながら。
「感謝する。そのように対応する、とのことだ」
単なる連絡。
だというのに、不思議とムラサメには、それが楽しそうに見えた。
何故? とは考えない。
とにかく、楽しそうに見えたのが──彼女にとっては重要だった。
「楽しそうじゃの」
「そう見えたか」
「……吾輩は思うのじゃ。良きものだけが残り、悪きものだけが消えねばならない道理など無いと」
……時に思う。
光だけが残ることもなければ、影だけが残ることもない。世の中には、相反する概念がある限り、その片割れが必ず存在する。
ならば輝かしい部分だけが残る理由などなく、深く昏い部分もまた残っても良いのだと。
「何が言いたい」
「お主も残っていいのではないか?」
「……我が?」
「そうじゃ。冷静に考えてみたが、死ななくてはならないのは死人であるあの二人であろう。別にお主も消える理由は無い」
一理ある、とは虚絶は思う。
されど、その真実を知るが故にそれだけは叶ってはならないとも考える。
「死と絶望の苗床より生じたのが我だ。確かに杭と鎖により確立した、馨の側面でもある。だがな、生まれが祟りなどとは比べ物にならん呪物だ」
虚絶とは、憎悪や無念を込めて打ち出された刀であり、苦しめた上で人を殺めた剣である。故にその始まりからして、呪われている。
「大方、そなたは"我"だけが残るような形を想像しているのだろうが──それは叶わぬ。転生は叢雨丸とは違い、無念より出で、人の生き血を啜り、絶望を喰らい、死を振り翳した一振り」
それを理解しているのは他ならぬ虚絶であり、その性質があまりにも神代のモノと酷似し、危険なものであると知っている。
「そうだ。あの刀はもはや冥界なのだ。杭と鎖を宿す魔人を害した刃など、黄泉の底へと通ずる関門である。アレは、人の世に在ってはならない激毒だ。故に祓い浄めねばならない。そのようなモノより生じた我という存在は、方向性が負に寄りすぎておる。そして正に転じることはない」
幸い、中身の魔人どもが消え去れば、効力は弱まる。そして杭と鎖の力を色濃く残す虚絶も消えれば、禍根は全て無くなる。
制御できぬ呪物の所以さえ消えれば、あとは恨み辛みの残った刀に過ぎない。
「──だから消えるのだ」
──故に消えねばならぬのだと、虚絶は淡々と告げた。
「可能性を試さぬ前に去ることは許されんぞ、虚絶」
「む」
とはいえそんなことムラサメは百も承知。
さりとて、だから諦めるなどという選択は無い。何よりも、こうしてくだらない日々を過ごす中で、楽しそうだと思うような相手が、消えなければならないというのはどうにも認められない。
「吾輩はな。馨の『きょうだい』にそれしかないと選択させることなど、認められん」
結局、そこだった。
大元に目を向ければ、穂織を祖とする同胞である。とうの昔に死んでいるにも関わらずしがみついてしまっている二人はともかく、そこにいる虚絶は稲上馨と共に生まれ育った『きょうだい』である。
片方には生きろと言い、片方には死んでくれなんてことを言えるほど彼女は厚顔無恥ではない。そして例え取り溢す可能性に満ち溢れていようが、実際徒労に終わるまでは諦めきれないのが、ムラサメであった。
「いや、これは合理的判断により……」
「と! に! か! く! 吾輩は諦めんぞ! 去るしかないならば、歯を食いしばって認めよう。だが何もしないまま死を是とするようなことは、同じ刀の管理者として許さんからな!」
貴様の意見など知ったことかとばっかり切り捨て、こっちの好き勝手にやらせろと告げる。
そんな様子を見て、虚絶は一つの疑問が無くなった。
「……なるほどな。だから馨が懐いたのか」
「なぬ?」
「ふふっ、確かに馨君はムラサメ様に懐くだろうね。彼、結構甘えたがりなのに厳しくされたがりだし」
意外な話でも何でもない。
稲上馨という人間は、強い女に心惹かれやすいだけの話だ。
誰の所為なのかと言えば、芳乃の所為である。それだけインパクトのある存在だったのだ。
「まぁよかろう……彼もまた、死を望みながら常陸茉子に存続を願われているのだ。似たような存在である我だけ外れるというのも筋違いか」
とにもかくにも。
虚絶的には納得したのでそこまで気にする話ではない。
しれっと先日仕入れたネタも暴露してるが、どうせ伝える伝えないで揉めそうだしもう言ってしまおうという、アシストであった。
「やっぱりそうなりましたか」
「うむ、そんなことだろうとは思っておったわ。まあ吾輩の意など既に決定しているようなものじゃがの」
しかしそれくらい既に予想済みであるのがこの二人。
「僕は、そうですね。まずどういう状況なのかを詳しく知りたい。結論はその時に出します」
「先送りか? らしくないな。朝武安晴」
「僕は慎重派なんだけどね」
どの口が言うやら──それが心外だと言わんばかりの表情を見せている安晴に対する、二人の感想であった。
慎重派を自称するならば、虚絶片手に祟りを殲滅せんとしないし、外から来て渦中の存在になった将臣を芳乃の婚約者としない。
なんだかんだで即断即決、やるからには全力投球。安晴とは、実にそんな男であった。
「──して、聞いたところでこんなものは二分するぞ」
「わかっておるわ。されど、常陸茉子を愛する馨が、問わずにはおられんというのも解しているだろうて」
「気持ちはとてもわかるよ。でも……」
結論が纏まらなかったらどうするのか?
安晴は、その一点のみを案じた。
だがどちらに転がるにせよ。
そう決めた意志を撤回させるだけの理由を用意するのは難しい課題であるのがこの世の常。誰を説得するにしても、元々が頑固な性格をしていれば、それを納得させるにたり得る理由を提供するのは、海の生き物に川で暮らせと言うに等しい行為だろう。
「あの子たちには、後悔のないの選択をして欲しいな」
ただ世の中は不思議と上手く回るものである。何がどうあれ、物事とはなるようになってしまうものだ。
それがたとえ、望まぬ結果だったとしても──全力を尽くせば、悔いは残るが受け入れられるのだ。
■
放課後になった途端、オレと芳乃ちゃんは示し合わせたように場所を変えた。どうせすぐ終わるのだからと何も言わなかったが、みんなもそれを察している。
人気の無い場所など、お互いに知り尽くしているから、悩むことなく同じ場所へ向かっていた。
「茉子から色々聞いているわ」
「ならさっさと終わらせよう」
「お母さんはいるの?」
「秋穂さんはいないよ」
お互いに早かった。
迷いなく尋ね、迷いなく答える。
「それは気休めとか誤魔化しとかじゃないわよね」
「ああ。確かな事実として、虚絶の中にオレたちの知る朝武秋穂という女性は存在しない」
「……そう。じゃあ、お母さんその人はいなくても──お母さんのようでそうでない人はいる?」
「いいや、いないな」
──嘘ではない。
何故なら、彼女は秋穂さんの残留思念を他の巫女姫が補強し、虚絶が読み取った安晴さんの記憶からそれらしく振舞っている集合体だからだ。本人から極めて遠く、限りなく近い存在……彼女のようでそうではない、というのには当てはまらない。それに、本人ではないが本人を本人足らしめていたものの一部は持っている。本人のように振る舞う、本人に限りなく近い別人……ややこしい話だ。
「……」
「……」
「……ごめんなさい」
くしゃくしゃに顔を歪めて、彼女は血を吐くようにオレに謝った。
「謝らないでよ。オレとキミの仲だろ?」
「っ、だからよ。私は馨さんにいっつも苦労と迷惑を──「いいんだ」……え?」
何も間違っていない。
芳乃ちゃんは、子として当たり前のことをしている。ただのそれだけ。
だから。
「それで、いいんだよ。芳乃ちゃん。キミは穂織の厄を祓う朝武の巫女姫。茉子は巫女姫を支える常陸の忍び。そしてオレは穂織の死を司る稲上の──魔人だ。オレたちはそういう役割なんだから、気にしないで。オレの仕事だよ」
オレは、彼女に困って当然なのだ。だって、困って然るべきものなんだから。
キミはそれでいいから、正しいのだからと、笑顔を見せてそれを肯定する。迷惑なんて気にしないでくれ芳乃ちゃん。キミはオレに迷惑かけて全然いいんだから。
……オレは、魔人だ。
人のことなんて理解できない。
だから……
約束を守る大切さも、死んだ人間は黙ってることとかいう偏見も。
死者の国より来たりし我らが何故、そのことに是とせねばならないのか?
人と神は交わることなかれ。
それが──この地の女神の考えで、望みだ。
それは神の考えだ。魔人の考えではない。
「芳乃ちゃん」
「何?」
「……今、少しだけ切った。都合が悪い。でも時が来れば本当のことを伝え切れる」
「その言い草って──まさか」
「ただ期待はしないでくれ。そして本物じゃない……その時、辛いかもしれないけど」
「辛くても、私は立ち向かえる」
「本当に?」
「だって、支えてくれる人がいるから」
そう告げた彼女の笑顔は、それはもう魅力的で──そして、決意に満ち溢れていた。
「なるほど。惚気られたか」
「そういうつもりじゃないのよ」
「わかってるよ」
闇での告白は終わった。
再び日の当たる場所へ戻る最中、オレは静かに内側の住人たちへの怒りを募らせる。
文句の一つくらい言え、賞賛の一つくらい言え。妬み僻み羨み賞賛し文句を言い感動し絶望し希望を持って逝け。
すべての命には、その権利と義務がある。だから──ブッ壊してやる。オレが、全て。
ああそうだ。
知るかボケ。
……娘の旦那に圧かけるくらいしろっての!
安晴さんがアメなんだから、ムチはアンタだろ秋穂さん!
──そういう方向で行くの? 秋穂ちゃんに知られたらやばそうだけど──
……だから?
オマエ言ったよな、自分が優先されるって。
──あー、うん。こりゃ私がどうのこうの言う必要も無いな! まあ姉上と一緒に妨害でもしてるさ──
頼んだ。
将臣の顔も見せてないんだ。
──さて、とりあえずなんとかはなるだろう。あとは解放するタイミングだが、そこに関してはオレの勘か。それと、どうやってあのネタを切り出したもんか。
虚絶が二人には明かしてくれたようだが。
「……なぁ」
「どうしたの?」
「こりゃなんだ、芳乃ちゃん」
「見ての通りのお煎餅よ」
とは言えども、流石に場の雰囲気というものがある。
そう、流石にオレも学園が終わった瞬間にほぼ拉致の形で田心屋に連れてかれてしまったら躊躇うというもの。どう考えてもシリアスな話題をするべきでは……
──煎餅かぁ──
凹むな奏。
──甘味が良かったなぁ──
意外性という言葉もあるだろう。
──勝手に期待したのは姉上だろうに──
──やかましい──
「……まぁ煎餅はいいよ。でさ、オレはなんで拉致されたの?」
「前科一犯って自覚あるかお前な」
「ははは、将臣。そんな居心地悪くなったからってこのオレが二度も三度も逃げ出すと思うか」
「思うね。お前ヘタレだし」
将臣の一言にみんなが頷く。
ひでぇ。
ちらりと茉子を覗き見る。……特に変わりはない。もう彼女の中で言うべきタイミングは定まっているのかもしれない。
「というかマジでなんだよ。目的を教えろ目的を」
「常陸さんから聞いてないのか?」
「……あ、それ?」
「馨さん、昼休みになった途端に何処か行っちゃってたじゃない。あの後茉子から話があるって聞いたのよ」
「野暮用だったんだよ、あれは」
実際野暮用だった……というか、大した話ではない。安晴さんと少し連絡を取っていただけだ。内容自体もそう変なことでもなく、親父たちがいつ帰ってくるか〜とかの話でしかない。あと色々と助かったから感謝してるということも。
それからムラサメ様とも多少話した。どうやったら犬神をこの地に残せるかとかも。祟り神である以上、どうしたらいいかまではわからなかったが……理屈としては可能だろうとのこと。
「茉子、教えてくれ。なんの集まりなんだ?」
「──お二人に言わなければならないことがあります」
「あ、それだったんだ……」
なるほどそりゃ言わなくて良いわけだなと納得。
すぅ、と深呼吸をした茉子は──芳乃ちゃんと将臣に対して意を決して、その裏側にある忌避感を覆い隠して。
「"彼"が……自分を、祓えと」
「茉子、私たちの返答はたった一つよ」
「どうしようもない、という結論じゃない限り、俺たちは"彼"を積極的に祓うことはしない」
「──あなたもそうでしょ?」
二人は即答だった。
自分たちの決めた結論として、そうしなければならないとなるまで、ひたすらに足掻き続けると。
「でも馨さんはそうじゃないわよね。あなたはあなたの考えで、"彼"を祓う」
「慈悲なんだろ」
そして二人はオレの答えもわかっている。
だからある意味で安心した表情をして、こうしてハッキリと言い切ってくる。
「……ありがとうございます!」
「気にしないで、自分で決めたことだもの。で、馨さんはどう──」
そしてボリボリと煎餅を食いながらお茶を飲んでいたオレは、全員から冷たい視線を投げつけられた。
──いや、オレの考えわかってるならそりゃ煎餅食ってお茶飲むよ? だってあーだこーだと話さなくていいもん。第一こうなることは想定済み。だったら後は駒川にあれこれ聞いてみるだけで、それで終わりだ。
「なんだよ」
「……正気か? 馨」
「こうなることがわかってたなら、煎餅だって食うし茶だって飲むだろ。ほら、さっさと駒川ンとこ行くぞ。聞かなきゃならんことも多いし」
そう言って視線を投げてみれば、返ってくるのは呆れ半分の視線とため息。
「……芳乃。馨ってこんなのだったのか?」
「馨さんはずっとこんなのです。子供の頃から割とふてぶてしいんですよ」
「有地さん、諦めてください。馨くんはワタシから言っても正直アレなところがすごく多いです」
「俺、お前のこと変なところとかキザなところもあるけどもうちょっとカッコいい奴だと思ってたよ」
「そういうところですよ馨さん」
そう言われましてもとは思うが……だが抗議したそうな表情を見せる将臣と、呆れ返った芳乃ちゃんを見るにそういうところをなんとか変えていかないと不味いんだろうなァ。
「なぁ茉子」
「なぁに?」
……笑顔だ。茉子が笑顔だ。
すごく良い笑顔だ。それはもう見惚れるぐらいで──
「怒ってる?」
「あは」
「……ごめん」
流石に、わかりきってるからと言ってのんびりするのは……不味かったか。
味の感想を聞こうとしていた芦花さんが引き返したのを見ても、あわあわと覗き見している小春ちゃんを見てもよくわかる。
これは──オレ、今日は寝られないかもしれない。
「"彼"をどうやってこの地に繋ぎ止めたものかってことか。なるほどね」
その後、オレたちは診療所を訪れた。
例によって駒川はそんな気がしてたよ、と呟いていくつかの資料を見せながら、特に感情を見せることなく段々と告げていく。
「繋ぎ止めるだけならいくらでも方法はある。器として使うに相応しいものを用意すれば良い話だからね。けど──まず第一、そんなものをどうやって調達するかだ」
「相応しいもの……となると歴史が長く、そして神秘的なものでしょうか」
「その通りです。が、"彼"は存在からして別格。この土地の神、その弟ですから並大抵のものでは受け皿足り得ません。それこそ巫女姫様に流れる血といったように、想像を絶する神秘を有するものが必要となります」
「当ては無いんですか? 穂織には色々古いものは残ってると思うんですけど」
「いい指摘だ。実際当てはあることにはあるよ」
将臣が言った古いもの、一体どこで見つけてきたやら、この女は相変わらず手が早いらしい。既に犬神が宿っても問題の無いものに目星があるとは。
「私の見立てでは山奥の石板、あれなら憑代として機能するはずだ。ただ余裕はあまりないから、元々の形に戻るまでは頻繁に祭祀が必要になるけどね。土地に馴染んでいただく意味もあるし、荒神としての性質を更に抑えるためにも」
「結局、時間は必要……なんだ」
「500年の憎悪が一瞬で消えるわけがないよ。君も想像している通り、改めて"彼"と長い時間をかけて、穂織という土地とそこに住む人間が対話をしていかなければならない」
茉子は俯く。その血の業が、果てを理解しているから。
人間ってのは、人間が信じる以上に残酷だ。確かにしばらくは、畏敬を忘れることなく敬虔な祭祀を忘れないだろう。だがいつかはその意味を失う。これからの穂織に祟り神もいなくなり、朝武の神秘性も消えムラサメ様も人間になる。残るのは敬虔深い人間たちだけ。その人間が意味を伝えても、実感の無い新しい世代にとっては年長者が敬えと言うわからないものに過ぎない。それは同じことの繰り返しかもしれない。サイクルとして成立してしまうのかもしれない。
ある意味で、ここが分岐点だ。
神の愛によって成り立っていた穂織が、初めて神の手を借りずに歩き出すかどうかの。
「君たちには敢えて言っておくよ。いて欲しいと思うのは美しい願いだ。でも美しいからと見て見ぬふりをしていたら何も変わらない。ああつまり──ロクに話し合ってもいないのに、互いの願いを伝え合っても妥協なんてできない」
駒川は自分で導き出した結論を言外に伝えながら、それでも足掻くことは素晴らしいが、言葉が交わせるのだから会話することで得られるものもあると告げる。
「妥協、ですか」
「何処まで行っても平行線なのは明白だからね。お互いに議論して妥協するか、片方が折れるしかない。でもこれは常陸さん、君と"彼"の間で解決することだ。外の私たちがどれだけの意見を持っていようが、"彼"が唯一個人として興味関心を向ける相手は君だけだからね」
犬神にとって、オレや芳乃ちゃんは全て神として目を向けるべき対象。だから何を言おうとも神としての意見でバッサリと封じられてしまう。でも茉子だけが例外的な存在だ。茉子とは個人で向き合っている。だから──可能性があるのはそれだけだ。
「……どう説得する……どう思いを伝えるか──」
「茉子、あなたはどう思ってるの? どんな形で、"彼"にいて欲しいの?」
「芳乃様……」
「まずそこよ。話を聞くにあなたたち、自分の結論はこれっていうことしか伝え合ってないでしょ」
「いやまぁ、それはそうなんですけど」
「しかも向こうの方は合理的に色々言ってると見たわ。そして自分の本音はほんのちょっとだけ」
「なんでわかるんですか」
「さぁ? 何処かの誰かに似てるから──じゃないかしら」
……そうして視線を向けられたオレは居た堪れなくなり。
小さく心中で"彼"に抗議した。