千恋*万花~福音輪廻~   作:図書室でオナろう

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到来

おーやってるやってる。

チラリと覗き見ると、玄さんと稽古に励む将臣の姿が。

ここは公民館。何故隠れるように修行をしているのかはわからないが、即断即決とは男らしいことだ。

 

翌日の放課後、気になって何処へ行くやらと学院から尾行してみたが、なるほどこれは無粋な真似だった。

邪魔者はそそくさと退散することにしよう。

 

「「……あ」」

 

そう思って公民館を後にすると、将臣の後をつけていたであろう茉子と遭遇した。こいつもどうやら学院からつけてたらしい。制服のままだ。

 

「忍者らしく間諜か? 趣味が悪いね」

「失礼な。単なる好奇心ですよ」

「ま、主人の男にコナかけるってのはどうかと思うが」

「それに関しては大丈夫です。きっと有地さんは、ワタシなんかよりももっと素敵な人を好きになるでしょうから」

「なんかって、可愛い美人ちゃんが何を言うやら」

 

いつも通りからかわれるのかと思っていたが、それに対する茉子の反応は普段と異なった。

 

「かわっ……せ、せめて美人だけにしてください」

 

何故か顔を赤くしてそんなことを言う。

あれ……おかしいぞ。冗談だと流されるのだとばかり思っていた。何? なんかあったの?

もしかして綺麗だとはよく言われてたけど可愛いなんて言われたことは特になかったり? となれば……

 

「ははーん、さては恥ずかしいんだな?」

「恥ずかしくないですからにぇ!」

「噛んでるじゃん。いや、なんだ。言われ慣れてるのか思ってたけどそうじゃないのか。うん、少し安心……は?」

 

……なんで安心してるんだろ、俺。

理由が一切わからない。別に可愛い子が可愛いとか言われるのは自然なことであって、むしろ言われてないことを聞いたら見る目が無いと言うべきだろう。

なのに何故俺は安心した? 相手は茉子だぞ? どこも安心する要素は無い。

 

「あは、嫉妬ですか〜?」

 

隙あらばからかってくる茉子。そのニヤついた表情がやらしい。

 

「嫉妬……何をバカな。じゃあ聞くがお前は俺が見知らぬ女からカッコいいとか言われて妬くか?」

「妬きませんけど……なんか面白くないですね。なんか」

「なんでだろうな?」

「ワタシに聞かれても困ります」

「だよな」

 

何故なのかを知る必要があるな。

もし分不相応な望みがあるとするのならば、それは捨てねばならない。

 

 

それから数日が経ったが……日に日に将臣の疲労が目に見えるようになってきた。そこまで身体を動かしていなかったというのもあるのだろうが、祟りを想定した修行ともなれば尋常なものではないだろう。

 

しかしアレでは……祟りとやり合う時に疲労の方が先に来てまともに動けないのではないのだろうか? どこかでフリーの日を作るよう進言しておくべきか、それとも……

 

まぁいい昼飯だ。

ガサゴソと荷物を漁り、ビニール袋を取り出す。その中身は──

 

「馨さん、それは」

「ん? 昼メシだよ、芳乃さん」

「生卵じゃないですか」

 

一つの生卵。

今日は寝坊したので昼メシを作るのも面倒くさくて生卵をビニールに入れて持ってきたのだ。

ヒビを入れてから割って、片方に黄身と白身を移し替えて飲む。出たゴミはビニール袋に入れ直して昼メシ終わりっと。

 

「卵そのまま食う奴なんて初めて見たぞ俺」

 

うっせー。面倒なもんは面倒なんだよ。

 

 

……しかし最近、奇妙な夢を見る。

誰かの嘆きと困惑であろうものが流れ込む夢だ。

 

──何故?

 

思考の主が何者かはわからないが、少なくとも俺に流れ込むということはつまり……祟りに関係することだ。

だがその夢は決まって同じ終わりを迎える。

──殺意と憎悪が夢を終わらせるんだ。

 

やはり……俺自身の始末も視野に入れた方がいいか。

 

祟りや呪詛が何であれ、俺には関係無い。だがそれが誰かに害をなすならば排除しなくてはならない。

それに祟りの始まりは、過去にあった朝武のお家騒動が原因だ。人によって生まれた祟り……俺がそうならないとは言い切れない。

 

やれやれ……殺しは嫌なんだがな。

──誰だって嫌か、そんなの。

 

 

それからしばらくしないうちに、また転校生が来た。

レナ・リヒテナウアーという女子だ。中々聞かない名前だが、家業の手伝いの経験則から考えるに欧州圏の姓だろうか?

 

……しかしまぁ、見事なモノをお待ちのようで。

デカい。金髪巨乳とは夢のあることだ。素晴らしい。

 

「なぁ将臣、お前もうコナかけたのか? さすが、廉の従兄だな」

「違う。祖父ちゃんの旅館の従業員になるから、その関係で案内しただけだって。常陸さんと一緒に」

「はん、茉子と……ねぇ? 両手に華とはいいご身分だな」

 

さっき小さく手を振られていた将臣に聞いてみると、どうやらもうコナをかけていたらしい。手が早いことで感心するよ。

リヒテナウアーの席は俺の近くになってしまったが、まぁ問題は……

 

──アネギミ……──

 

頭の中に響く声が一つ増えたってことだ。

……この感覚、夢のと同じだ。穏やかだが裏にひそむものがある。しかしアネギミって、姉貴ってことだよな。祟りの中にあるものが外の人間を姉呼び……? 誤認だろうか。

参ったな。存外、世界は狭く出来ているのかもしれん。また関わりが深そうな……

動揺は顔に出ていない。大丈夫だ。

 

そして休憩時間。

リヒテナウアーは茉子に話しかけに行って、その関係から集まった女子とあれこれとガヤガヤしている。

さて、何故俺がどうでもいい筈のリヒテナウアーを目で追っているかというとだ。

 

……虚絶の燃料の一つが反応しているっぽいというのもあるが、実はあの女を見たとき、はじめて将臣がここに来た時と同じく、微弱な衝動が送られてくるのだ。

大なり小なり……いやこの場合は小なりか。とにかく、何かしら祟りに連なるものがある……と見て間違いない。何せ将臣は担い手だったのだ。燃料の一つの奇妙な反応と極めて微弱な衝動。怪しむ理由としては十二分だ。

 

しかしなんかファッキンワサビとか聞こえるけどなんだよファッキンワサビって。彼女、日本語上手というか流暢だが、どうも妙なところで妙な間違いをしているのは何故なのか。

温泉を怨霊、畳を祟り──いやまさかな。彼女の親族が目撃者や関係者だとすると、辻褄が合うんだが……流石にあり得ないだろう。

 

とか考えていたら女誑しだのなんだとの聞こえる。どうやら廉が視線を向けたら迎撃されたらしい。

 

「廉太郎君サイテー」

「違う、誤解だ。二股だけは本当にやってない。アレは尾ひれが付いているだけ」

 

将臣には教えてなかったらしい。

なので茶々を入れに行こう。

 

「厳密に言うと、同じクラスの女と別れた後、すぐに他の女と付き合い出して、すぐ別れた。それが二股に見えたんだろ」

「言わんでいい」

「が俺には解せんね、どうも。別にいいじゃないか、人生経験の一つだ。甘いも辛いも棲み分けてこその人生。そこに非難される要素がどこにあると言うか」

 

俺としては本当に理解できない話だ。別れ話もよくあること。廉だからと目立っているだけで、取り立てて騒ぐようなことではないだろう。

しかし庇われた本人は物凄く微妙な顔を見せる。

 

「……お前、それ女子の前で言うか?」

「正論だぜ? なんか不満かよ。不当に言われてるのはお前だぞ、廉」

「向こうからすりゃ廉太郎が引っ掻き回してのほほんとしているのが気に入らないからだろうし、不当とは違うと思うぞ」

 

将臣の発言にウンウンと頷く廉。

 

「よくわかんねぇわ、恋愛とかってさ。面倒くさそうだし……」

 

まったく解せないのでボヤきながら、椅子と机の距離を調整して、机を脚場に椅子をキコキコと揺らす。

 

「の割には、常陸さんにコナかけたんだって?」

「あ? どこ情報だよ田宮」

 

よくつるむ内の一人、田宮から予想外の攻撃がすっ飛んで来て思わず出所を尋ねる。

 

「親父から聞いたよ。春祭りのとき、なんでも楽しげに回ってたんだって? 隅に置けねえなぁ」

「そんなに変か? 俺と茉子が二人で回るのは」

「いやいや稲上。巫女姫様のお付きの人である常陸さんと最も親しいのはお前だけだぜ? 親しい男女が和気藹々としている祭りの場で二人きり……こりゃもう邪推するっきゃないでしょ!」

「大平まで……」

 

同じくつるむ大平にまで言われる。それが聞こえた廉は──

 

「そうだ! 聞きそびれてた! いやーまさか本当にお前が常陸さんを誘って回るとは思わなかったんだ。それでどうよ、なんか甘酸っぱいことあったかよ?」

 

おい声でけぇぞ。おかげで女子に気付かれ……気付かれたァッ!?

散り散りになっていたクラスメイトのほとんどがドタドタと駆け寄ってくる。どいつもこいつも目ェギラギラさせてやがる。

えーっと……こういう時は、どうしよう。とりあえずホントのこと言おう。

 

「何もなかったぞ?」

「嘘でしょ。で、本当のところは〜?」

「柳生、無い袖は振れないって言葉知ってるか。そういうことだよ」

 

女子の柳生に問われるも何事も無いと返すしかない。

 

「茉子ー、助けてー」

「仕方ないですねえ、馨くんは」

 

休み時間いっぱいを使って誤解を解いたが、とても疲れたよまったく……

 

昼になったので、いそいそと飯を取り出す。この前は生卵だったが、今日はちゃんと作った。

……まぁ、茉子の弁当とは天と地ほどの差があるのだが。地味に将臣が羨ましい。美味いもの食えて。

 

「馨もどうだ?」

「あ? 悪りぃ、聞いてなかったわ将臣」

「お前も一緒に飯を食わないかってこと」

「いいぜ」

 

将臣と廉に誘われて昼を一緒に食うことになった──が、ここに変化が生じていた。

 

「……あぁ、リヒテナウアーさんがいるのね。けど男三人女一人じゃ、少しアレじゃないか?」

「いいんだって。レナちゃんがお前に話があるってさ」

「ふーん」

 

そう、件のリヒテナウアーも同席していたのだ。

 

「レナで構いませんよ」

「じゃ遠慮無く。あぁ、俺の事は馨でいいよ」

 

まぁ向こうの人だし、これくらいフランクなのは当然なのだろうか。いや、フランクだが硬いところは硬い……みたいな? ま、なんでもいいや。

 

「それで、なんだい? わざわざ俺を呼ぶほどの質問が、レナさんにはあるのかな?」

「はい。実はカオルの横顔がとても綺麗で、何かゲイシャのメガタ……? か何かをされているのか気になって」

「それを言うなら女形だよ。でも、残念。俺は別にそういうのじゃない。天然だ」

 

そう、俺の横顔……というか目元が見えない感じの位置で見ると、これがどういうわけか綺麗な女性に見えるのだ。

しかし俺は至って普通の男性。中性的でもなければ童顔でもない。少し肌が白っぽいだけだ。

ただ、顔のラインが女性的っぽく見える……らしい。自分じゃ全然わからないケド。

 

「……あれかぁ。レナちゃんと将臣にも見せるか? お前の女装姿」

「あぁ、見返り美人風の奴? 一年前に撮ったな」

 

一年前、クラスの連中とふざけて女装し、更に見返り美人風に、夕暮れを背に写真を撮ったが、いや我ながらとても良くできていた。

本当に、あまりにも良くできていて、学院の一年の奴らに『夕暮れ時にはとてつもない着物の美人が出る』なんて噂されちまったもんだ。

なお比奈ねーちゃんもこっそり写真撮ってたらしく、あとで問い詰められることになったが割愛しよう。

 

「生卵食ったり、女装したり……俺には馨のことがよくわからないよ」

「女装も案外楽しいぜ将臣。合っていようが合ってなかろうが、笑えてさ。ま、あの写真に関しては例外的だったが」

 

 

 

さて、そうこうしている内に授業も全て終わり、あとは帰るだけとなった。片付けも終わったし、今日も一足先に帰ろうとして立ち上がろうとしたとき──

 

──殺せ……──

──殺せ──

──殺せ!──

──殺せ!!──

──殺せ!!!──

 

刹那、頭の中で強く響く殺意。

虚絶が祟りを感知し、今まで神力に押さえつけられていた反動からか、衝動を送りつけるどころか暴れ始める。

 

肉体が制御を失い始め、勝手に動こうとする。行き先はもちろん山。とっとと殺しに行きたくて仕方ないということか。

いやダメだと強く思い、止まるべく無理矢理に足を動かした結果──

 

「カオル!? 大丈夫ですか!」

 

ガタンと大きな音を立てて、机と椅子を巻き込んで、倒れ伏した。痛みによって衝動に囚われていた肉体が完全に制御を取り戻す。

駆け寄ってきたレナさんに起こすのを手伝ってもらい、再び騒ぎ出す虚絶を無理矢理に黙れとねじ伏せる。

 

「ごめん、助かったよ……ああでも気にしないで。ちょっとコケただけさ」

「なら、いいのですが……」

「ありがとう、じゃあね」

 

軽く挨拶をしてから教室を出る。

フラつく身体が転ばないように意識を強く持ち、よたよたと歩を進める。まだ帰り始めだからか、人気は少ない。

 

「……黙れ、亡霊め……」

 

その意思を明確に言葉にして呟き、今回の初めての事態に困惑する。

狩りそびれも含めたら、たった三回だけだ、殺してないのは。それにいくら神力の塊である叢雨丸の影響によって多少俺への衝動が抑えられていたとしても、普段のこいつは祟りが出てもそれほど騒ぎ立てなかった。

最終判断はあくまで俺に任せる……といったような感覚程度でしかなく、これほどまでに暴れているのは初めてだ。

 

将臣やムラサメ様と接していたのはまだ二週間とちょっと程度のはず。祟りの頻度も考えると、たとえ出撃しなくても二週間でここまで騒ぎ立てることは決してなかった。

これほどまでに騒ぎ暴れるのは、よほど強力な祟りが出たときくらいだが、ついこの前奉納の舞を行い大凡は払った。

今までの経験から考えれば、あり得ない事態だ。

 

……なんとか家に着いた。

制服から私服に着替えて、顔を洗って布団に倒れ込む。

 

「耐えなければ……!!」

 

今日を乗り切ればいいだけだ。

今日さえ乗り切れば──!!

 

だが自身を拘束するものなどない。

夜まで待てば良いのだが……縋れるほどの希望は、無い。


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